【負のインサイトの掴み方】ほっこりのはずがトラウマを引き起こして炎上
最近の炎上広告、メディアから複数問い合わせをいただき、注目度の高さに驚いています。
男性の声がきっかけで炎上する広告は(男性が広告制作において意思決定者であることが多いので)少ないのですが、
— 中村ホールデン梨華 (@EnjoCheck) June 16, 2025
今回は男性が嫌悪感を抱いて炎上。
✅ 父のキゲンに左右されたトラウマ再起
✅実社会と広告での機嫌の意味のギャップ https://t.co/DHIqomUoET
私の専門は、広告に取り入れられにくい”一般市民の声”を聴いて、炎上リスクに対応することです。日本とイギリスの炎上広告を、市民の声を聴いてつくりなおす過程で、炎上は企業が消費者をもっと理解し、コミュニケーションを改善する機会だと考えるようになりました。炎上した広告について、社会視点から分析していきましょう。
炎上広告
今回は、良かれと思って言及した消費者インサイトが、多くの消費者が嫌悪感を持ち、炎上した事例について考えます。
「 今日は、父の日。 あなたのお父さんと ジャイアンツの思い出はありますか。 #父とジャイアンツ 」 というキャプションと一緒に、ソーシャルメディアXに投稿された野球球団の広告。現在、5000万インプレッションと、大きく注目されています。
炎上原因まとめ
父の日に掲示する広告として出された画像内の「父のキゲンは巨人が決めている。」という広告のコピーが批判を浴びていました。
1 言葉のあいまいさ
「父のキゲン(機嫌)は巨人が決めている。」というコピーは、消費者には、「野球の勝ち負けによって、父親の態度が悪くなる」といった意味に受け取られました。
キゲンという言葉の類語には、「気分」や「 快不快の感じ」「心の機微」「情動」
という言葉があります。
このコピーは、父の心の機微が野球の勝ち負けという、運ともいえる不確かであいまいな賭け事にゆだねられている…父親といういい大人が、自分の感情をコントロールできない、そんな状況を示唆するコピーで、ギャンブルや依存症などのネガティブな事柄を連想した消費者もいました。
2 トラウマの再起
「父のキゲンは巨人が決めている。」というコピーは、消費者個人が、過去に家庭内で父から受けた不機嫌ハラスメントを連想させました。不機嫌ハラスメントは不機嫌な態度や言動を繰り返すことで、周囲に精神的な苦痛を与える行為です。
今回炎上のメインの原因はこれですが、
父親から不機嫌ハラスメントを受けた人がそんなに多いのでしょうか。
昭和の野球漫画では、スポーツ観戦者の不機嫌ハラスメントとも捉えられる激昂シーンが有名です。登場人物である父親が「キゲン」を悪くして、テレビの前で野次を飛ばしたり、怒鳴ったり、テレビを壊したり、やけ酒、暴力をふるったりするシーンです。
この漫画は昭和の作品なので、今の時代ではもう見慣れないシーンになっているかもしれません。しかし、今回の広告の父親のポーズもガッツポーズをとるシーンで、その男性的なふるまいに、上記のような漫画のシーンとの相違を感じた消費者も居たはずです。
また、漫画の描写だけでなく、Xに掲載された広告への反応を見ると
私の義父がまさにこれで、負けた時は適当な理由つけて私を蹴りつけてました。私は台所の隅まで蹴られながら追いやられ震えながら泣いていました。こんな時代を過ごしたので野球に興味なくなりました
— エクレアさん (@gn01exia) June 15, 2025
実際にこのような父親の不機嫌ハラスメントを経験しなければならなかった人が多くいることが、今回の炎上で可視化されました。
大衆の中には、このような言わゆる父からの虐待を経験して、トラウマを持っている消費者もいます。今回の広告は、そのような消費者のトラウマを再起させるきっかけになってしまいました。
3 家父長制から抜けだせぬ実社会
今回の広告の炎上の原因の主な理由となってしまった「父のキゲン」ですが、家父長制の日本社会だからこそ、炎上した描写だったとも言えます。
もしも、普段からコミュニケーションがきちんととれる家庭がほとんどであったならば、父のキゲンは家族団らんの雰囲気を決める一つの要因でしかありません。しかし、ジェンダーギャップ指数の世界118位の日本社会では、家庭の雰囲気を決めるのがまさに父のキゲンであり、家族は父のキゲンを損ねないように毎日気を遣いながら、怯えながら、過ごしているということが、炎上で明るみに出ました。
4 広告主のアピールへの違和感
「父のキゲンは巨人が決めている。」というコピーで、消費者は、「父」という存在の主体性のなさを読み取りました。いい大人が自分で感情コントロールできず、スポーツという外部に自身の気分や感情の移り変わりをゆだねてしまう。 それを”家族あるある””憎めないお父さん”として表現しています。
野球のすばらしさを伝えるはずの球団が、スポーツの楽しさではなく、観客の機嫌の移り変わりをアピールしてしまう、それでいいのか?消費者が、もやっと感じても仕方ないコピーと言えます。
また、父の日の広告なのに、そんな姿の父を映してしまってもいいのか?という疑問にもつながります。このように消費者に疑問を持たせるような、分かりにくい広告は消費者をイライラさせる傾向がある事は広告業界ではよく言われています。
5 令和のスポーツ観とのズレ
さらに、令和の時代に消費者がスポーツに期待することは往々にして健康、ウェルビーイングであり、勝ち負けやプライド、野次の飛ばし合いといった戦闘としてのスポーツではないです。特にスポーツ観戦は応援サポーターと選手のつながりや、チームの一丸となる、といった社会性に価値があり、TV前でひとりで熱狂する父のスポーツ観というのは、昨今では共感がされにくいものになっていることも、炎上ポイントと考えられます。
広告主の意図
消費者のトラウマを刺激した野球の球団の広告ですが、その意図を見てみます。広告の目的は
A.家族団らんという野球の良さを伝える
B.ファン層に「野球の思い出」を想起させる
と予想することができます。(他の広告意図の可能性はこちら)
広告の目的 B.ファン層に「良き時代」を思いださせることは、トラウマ想起した消費者が多かったため、避けた方がよいと言えそうです。
ではどんな広告だったらよかったの?
市民との炎上広告の代案づくりワークショップで、A.家族団らんという野球の良さを伝える、を目的に広告主も消費者も納得できる代案ドラフトを作成してみました。
ポイントは
✅「キゲン」ではなく、「元気の源」
✅家族全員で野球に熱狂するシーン
✅マスキュリンポーズは払しょく
いかがでしょうか、もっといい案もあるかもしれません。
広告主からは見えないインサイト
さて、炎上に至ってしまいましたが、なぜ野球ファンや球団の文化に精通しているはずの広報チームが、消費者の感情や価値観に背を向けるような表現を生み出してしまったのでしょうか。
一つの答えは、広告主にとってはアピールポイントであっても、受け手にはネガティブな記憶を呼び起こすトリガーになってしまう可能性に自覚的になれなかったことです。そしてその無知による炎上に陥らないための多角的視点が抜けていたことです。
今回の問題となった広告表現は、「家父長制的な家庭内の暴力性」への無自覚な肯定です。昭和期の「お父さんの機嫌をとる」家庭内の日常は、今ではジェンダーの視点から再考されるべき対象です。
にもかかわらず、それを”家族あるある””憎めないお父さん”として表現したのは、作り手の視野が限定されたコミュニティ内部、それも男性的な文化圏に閉じていたからではないでしょうか。広告制作においては、あらゆる消費者の声を聞くこと、多角的に考えることがリスク管理としては有効です。
今回の広告で扱われた「球団チーム」は、タバコや酒のように倫理的な配慮が一般的に求められる商品ではないため、広告主にとっては負のインサイトに気づきにくい領域でした。それゆえ、無自覚に炎上リスクを抱え込んでしまったことは、広告主にとって不運だったと言えるでしょう。
広告主が今後できること
炎上するたびに「そんなのセンシティブすぎるよ」というのが企業人の本音でしょう。ひとくくりに「炎上」と言っても、映画や漫画といった、好きな人だけが自主的に触れるメディアでは、今回の広告のような不快感を起こすような描写は、問題はありません。
一方、企業が費用をかけて公共空間に出される広告には『社会的責任』が伴います。広範囲への影響力が大きくなるため、見えない教育として機能するからです。海外では、消費者に広く悪影響がある広告は差し止めるべきだという消費者保護の考えに基づいて、広告審査機関のルールが定められています。
残念なことに日本には、文化表象に対する広告審査機関も明文化されたガイドラインも存在しないため、
広告主が消費者インサイトに向き合って、広告制作、取り下げの判断をすることになります。だからこそ、広告主は、メディア発信者としての責任に、日々向き合う必要があるのです。
具体的に何をしたらいいのか、は以下。
1.多様な価値観を知ること
2.その価値観がどう評価されているのか理解する
3.企業ポリシーに沿って表現を選び取ること
企業や大学にこの詳細のセミナーを行っているので、興味がある方はAD-LAMPにご連絡ください。AD-LAMPのセミナーと研修を導入した企業がイギリスの「DEIな職場づくり」賞Under Oneにノミネートされました。
また、日本とイギリスの炎上広告を、市民の声を聴いてつくりなおす「炎上広告代案代理店」が、イギリスのCampaignが主催する広告界女性賞激励賞に選出されました。
炎上した広告への批判ではなく、具体的な代案をつくることで、一緒にやさしい形で、広告業界に市民の声を届けましょう。
( * 筆者は発信活動開始当時より、炎上に関する論文[山口 2015]などを参照し、他企業に倣って、X上でRetweetが 50 回以上されている広告を炎上広告と呼んでいます。)
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