久々の晒し上げ:議論に見せかけたnote便所コメントを解体してみた
今回はちょっと趣向を変えて、俺のnoteに迷い込んできた「生きた教材」、通称「電幸」という名の読者(?)について、みんなで楽しく観察していこう。
何言ってんだって? まあ聞けよ。これがなかなかに興味深い「人間性の闇」が詰まってるんだわ。
事の発端は、俺が書いた「デジモンアドベンチャー」の批評記事で、まあ、ご存知の通り俺は思ったことをストレートに書く主義だから、批判的な意見も容赦なくぶちまけるわけだ。そしたら、そこに湧いて出たのが、この「電幸」という御仁で。
今回こいつのコメントは以下の3点で語らせてもらう・
無知の露呈と論点のすり替え
自己陶酔型オ◯ニーコメントの開陳
「電幸」の生態:精神的弱者の典型
1.無知の露呈と論点のすり替え
事実確認という名の揚げ足取り「フリー種なんてあったっけ?」
はい出ました、枝葉の一点を無理やり突いてマウントとった気になってる奴。
この質問、アニメ・カード・ゲーム・アプリでそれぞれ登場時期違うし、「“定義としての存在”」は初代「Vテイマー」からある。
つまり、👉「“なかったっけ?”は“調べてないけど文句言いたい”の典型」なのだ。
しかも「ほぼ02の時期に登場したデジモンのはずだったが」と、お前の中での「登場」ってどれのことよ?カードか?ゲームか?Vジャンか?アニメか?
こういう言い方してくるやつは、「何をもって“登場”とするか」すら定義できないタイプ。議論以前に会話成立しない。
2.自己陶酔型オ◯ニーコメントの開陳
俺が上記コメントに対して、当然のごとく反論してやったんだ。そしたら、返ってきたのがこれだ。
アホすぎて反論する価値もねえが、とりあえず反論しといてやるか。
「感服して思いきって初コメント」だと?どの口が言うんだよ、ただ的外れな難癖つけてきただけじゃねぇか。
まるで自分が評論家気取りで、俺に「特別にコメントしてやるよ」みたいな上から目線。見てて反吐が出るわ。
そして、極めつけが「自分の好きな作品に否定的な意見を出すのがこういう方なのは本当に助かります 気落ちせずに済むので」って部分。
どうやら俺に図星を突かれて、まともに反論できないからって、俺を「こういう人」と断じて、「お前みたいなヤツの意見なら気にしなくて済むわ(精神勝利!)」という逃げと自己暗示か?
つまり、こいつは自分が愛する作品を批判されて、感情的にグチャグチャになってるんだけど、まともな反論ができないから、俺を「ヤバい奴」認定して、自分を納得させようとしてるわけだ。
徹底的に追い詰められて、何もできなくなった弱い奴が、最後の悪あがきで「あいつは性格悪いから、俺は悪くない!」って言い訳してるのと同じ、情けないにもほどがある。
3.「電幸」の生態:精神的弱者の典型
まとめると、「電幸」という生物は以下の特徴を持つ。
知識不足: 基礎的な情報すら知らないくせに、知ったかぶりをする。
論理的思考力皆無: 議論にならず、論点をすり替える。
レッテル貼り: 自分の意見が通らないと、相手を貶めることに走る。
自己陶酔: 自分がさも賢いかのように振る舞う。
精神勝利: 自分の弱さを受け入れられず、都合のいい解釈で自己正当化を図る。
結論:「承認欲求の塊」で自分の殻に閉じこもって現実を見ようとしない、そして自分と違う意見を一切受け入れられない、心の弱い哀れな人間ってことだ。
こんなヤツに構ってるだけ、時間の無駄だが、まさに「生きた教材・反面教師」として晒し上げるにはもってこいであろう。
いや〜、久々にこんな面白いやつを見た。まぁここまで書いたが、電幸には本気で感謝してる。
お前みたいな“見せしめにちょうどいい反面教師”がいてくれるおかげで、
noteに迷い込んだ他の誰かも「うわ、自分もこうなってたかも」ってハッとできるかもしれない。
だからこそ、自分のためにだけ振り回すな、相手に届く“意味ある刃”として、ちゃんと磨け。



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