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【みいちゃんと山田さん】男性ヘイトがやめられない亜月ねね氏の精神分析、または夜職女とツイフェミの萌芽について

『みいちゃんと山田さん』という漫画を読んだ。
夜の世界という刺激的な舞台で、ミステリー要素もあり、率直に言って漫画としては面白かったと思う。しかしながら読むにつれ、ちょっとした引っ掛かりが生じ始め、最終的にはある種の確信を持って、作者自身の「思想」に極めて歪んだものを感じたため、事の経緯と、彼女がなぜこのような思想に染まるに至ったのかを考察し、ここに書き記すことにする。

マスメディアと亜月さん

まず気になったのは以下の箇所だ。

「どうしても私達は自分以外の誰かと比べて
優れているとか劣っているとかで存在価値を測ってしまうけど」
「現代はSNSで自分よりマシな人間を見つけて優越感に浸り溜飲を下げている」
「誤解しないでほしいのは知能指数が低いと犯罪を起こしやすいという訳では決してない」

このような表現が作中にあるのだが、それぞれに

「私はそうすべきではないと思っている」
「私はそんなことはよくないと思っている」
「私はそんな差別はしない」

と作者が世間に対して何か自分のスタンスをアピールしているように感じてしまった。

考えてみると、上記のような主張はいずれも、「多様性」SNS批判」「反差別」といった、ことごとくマスメディアが言いがちなものであることに気付く。

比較的女性作者に多く見られるのだが、世の中の風潮・空気を読んで、それに迎合した表現をして、自分がいかに社会の一員としてふさわしい良い子ちゃんであるかを認めてもらいたい、というような性向が透けて見えてしまうのだ。

一方でこの作品では、

「口リ系を好むのはキモオタ系の客」
「バレンタインプレゼントで喜ぶのは学生時代この手のイベントに無縁だった客」

というふうに、平気で男性に対して誰かと比べて優れているとか劣っているとかを決めつけ、優越感に浸り、差別をしている表現が見られる(あくまでもキャラのセリフであり作者の考えとは違う、のならば、何らかのフォローが入るだろうがそれも全くない)。

片面では平等や寛容や多様性等の綺麗事を言っておきながら、もう片面では平気で男性差別を行う、このようなダブルスタンダードは、皮肉なことに、まさにマスメディアの姿勢そのものである。

また、知能指数云々についても、少し調べてみれば分かるが、残念ながら犯罪との相関は客観的事実としてある。事実に対して「差別」と叫んで「平等」を謳うのもこれまたマスメディアの得意技だ。

以上のように考えてみると作者は、世の風潮(マスメディアの声)を、そのダブスタ的欺瞞に気づくこともなくトレースしてしまっている、よくいる浅薄な大衆的人物である、ということになりそうだ。最初に引用したような主張・思想を本当に作者自身が持っているのなら、こんなダブルスタンダードが生じるはずがないのである。

しかし話はここで終わらない。彼女の本質はむしろ後者の男性ヘイトであった。そう判断するに至った根拠を紹介する。

男性ヘイトと亜月さん

そもそも亜月ねね氏は、いわゆる「チー牛」を差別する漫画を描いて炎上したことがあるというのを後で知った。先の男性ヘイト台詞と合わせてピンときてしまった私は、亜月氏が他に無料の簡易な漫画をいくつか描いているのを見つけ、ざっと読んでみた。そこでは例えば、

「コンプレックスのある男は女に酒でマウントを取るしかない」
「中年男は自分にない未来がある若い女性(キャバ嬢)に嫉妬しているから攻撃してくる」
「先生と呼ばれる人(男)はえてして傲慢になる」

というような、総じて自分の狭い経験を元に飛躍して一般化させて男性をヘイトする表現が多数見られたのである。

3番目の例は、コンカフェ店長が”先生”と呼称されて傲慢になったという話で

「何も持たぬただの一般人に役割を与えたらこうなる」
「コンカフェの雇われ店長ごときが」
「コンカフェの店長に人間性を求めても無駄か」

などと作者の代弁者である何も持たぬただのコンカフェ雇われ店員女が述べており、自分を棚に上げてなかなか凄い差別のオンパレードだった(このキャラが”山田さん”にそっくりなクール系美女であり、その他の漫画でも同様のキャラが代弁者として登場する。作者はクール系美女だと自認しているのだろうか?)。

ここまでくると、冒頭に掲載した綺麗事の数々は一体どんな気分で書いていたのだろうかと、純粋に聞いてみたくなるレベルである。

また、その店員女の学生時代に、教師に説教されたエピソードが描かれ、「社会を知らない教師ごときが社会を語るな」と社会を知らない学生ごときが、これまた自分を棚にぶん投げて罵倒していたのである。

極めつけに、「先生と呼ばれても傲慢にならずに理性で抑え込むのが人間ってもんじゃないですかね?」などと漫画を締めくくっていたのだが、これで自分が傲慢だと思っていないのは凄いの一言ですね、亜月先生

ちなみに”先生”を否定したいのであれば、女教師でもよさそうなものだが、当然のように男教師であり、なおかつ亜月氏が罵倒する対象は99%男であることに心の闇を感じざるを得ない。

当初はメディアに影響された側面の強い人物だと思っていたが、実際はメディアの言説を都合よく利用しつつも、男性に対してレッテルを貼って罵倒することでコンプレックスを発散している側面が強い人物なのではないかと認識を改めることになった。

心の闇と亜月さん

さてそれでは次に、なぜ彼女にこのような歪みが生じたのかが垣間見えるものを発見したので紹介しよう。

亜月ねね氏のX(旧Twitter)に掲載されていた漫画なのだが、幼稚園生と思われる女児が、同級生の男児に、「お前の鼻ブタみたい」と言われたことをきっかけに、ずっとその鼻を気にして生きてきたという漫画だ。高校時代には部活や遊びもせずに整形代を稼ぐことに没頭し、ようやく整形をしたのだが、整形後数十年経過してもその時言われた言葉が頭を離れない、というシーンで幕を閉じる。

私はここに亜月氏の根っこのようなものを感じた。彼女の性格からして恐らく”鼻”ではないのだが、コンプレックスが生まれる似たような出来事があったのだろうと推察される。それは男に加害されたという強い原体験となり、今もなお彼女の心を大きく占領しているのだ。

その後、整形なり化粧なりで、本来であればカースト的に下位に位置していた彼女が、上位に立った(と思い込んだ)わけである。となると、特にカースト的に下位に位置している「チー牛」「オタク」「弱者男性」は、まるで過去の自分を見ているような気分になり、「私はそんな奴らと同列にいない!」と徹底的に否定したくなってくるのであろう。否定することによって、今の自分の立ち位置は上位なんだと反芻しているのであろう。無論そんなものは虚構に過ぎず、どれだけ否定しても一向に確信は持てず、延々罵倒し続けるしかないのである。

彼女の”矛先”が、とりわけこのようなタイプの男性に向けられることへの答えは一定見えたと思う。しかし亜月氏の憎しみは、ほとんど男性全体に対するものに肥大化しかけていることは明らかである。もちろん先の原体験こそがその核となっているのだろうが、それをより強固なものにしてしまった背景について、さらに考察を深めたい。

夜職女と亜月さん

亜月ねね氏の漫画では、コンカフェやキャバクラが頻繁に舞台として出てくることからして、彼女自身が夜職だったことは想像に難くない。夜職女にありがちなのが、自ら進んでその職につき、大金を得ていたにも関わらず、無理やりさせられたんだ、仕方なかったんだと被害者ぶることによって、既に存在しない純潔を体裁的に保とうとする発作である(女がホテル前で急にイヤイヤ言い始めるあの”儀式”に近い)。

被害者ぶるために最も必要なものは何か? そう、加害者である。加害者の存在なしに彼女たちは被害者にはなれない。だから「私たちは買われた」と叫ぶし、「無理やりさせられた」と後になって吠え出すのである。不当な罪を着せようが、男を加害者にすることがゴールなのだ。

さらに女性の習性として、仲間・同志を作りたがるというものがある。「私は被害者」ではいささか弱く、「私たちは被害者」にしたいのである。その方が心強い。よく左翼系の女性政治家・活動家が「私は女性を代表して~」と勝手に他の女性を巻き込んで自身の主張を展開してしまうのがその典型例である。これは他の一般女性からしても「勝手に代表するな」とのブーイングがよく投げかけられるのだが。

被害者が「みんな」になると、加害者も「みんな」になる。かくして男全体へのヘイトが始まるのである。

夜職女の身近な”加害者”は客や店員、店長である。まずはそういった男を加害者にしていって、最終的には男全体を加害者に仕立て上げるのが彼女たちにとって最大の心理的安全性なのだ。被害者になれる上に被害者仲間も増える。女全体が被害者なのだから、夜職という相対的な負い目も霧消する。これ以上の妙案はない。

ツイフェミと亜月さん

こうして見ると夜職女とツイフェミの行動原理は見事に相似形である。ツイフェミたちは自分の不遇な人生とコンプレックスの全てを呪いに変えて男のせいにすることによって自我を保っている。そして、どんなにトンデモであろうが、ツイフェミたちの必殺奥義「とにかく男が悪い」は夜職女にとって非常に都合がいい。何はともあれ無条件に被害者になれ、過去の不純な選択と汚れた行為を正当化してくれるのだから。ごく自然な流れとして、夜職女たちは、ツイフェミ見習いとして男へのヘイトを吐き始めるのである。

りりちゃんと亜月さん

以上をもって、亜月ねね氏が男性ヘイトをやめられない精神の動きが多少なりとも分析できたのではないかと思う。

そう言えば彼女はXにおいて、「りりちゃんの接見に行ってきた」というブログ記事へのリンクを投稿していた。それは有料だったので中身は見ていないのだが、「りりちゃん」だけで通じる人物と言えば頂き女子りりちゃんであることは間違いないだろう。夜職女たちがやたらとこの巨額詐欺師を擁護していたのは記憶に新しい。当然のごとく亜月ねね氏もシンパシーを感じているのだろう。被害者だと思っているのだろう。金を貢いだ男が悪いと思っているのだろう。正常に脳みそが稼働していれば理解不能としか言いようがないが、その背後にある論理は、これまで説明してきた内容を読むと把握できるはずだ。それは凄惨な虐待事件を起こした母親を異様に擁護したがるツイフェミと同じ論理である。

みいちゃんと亜月さん

本作のもう一人の主人公であるみいちゃんは重症だ。一人ではとても生きていけそうにない。家庭環境が底抜けに悪く、知的な発達に問題があり、貞操観念が低いため数々のトラブルを起こす。りりちゃんと妙に符号する点も多い。

一方で何かあるたびにその出来事を曲解したり飛躍させたりして、「こういう男は〇〇だ!」と、自身の過去と現在に起因して過剰防衛的にレッテルを貼ってヘイトするという終わらない輪廻を繰り返す亜月氏。

みいちゃんと比べて、一体どちらが重症なのだろうか?
私には分からない。

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コメント

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note会員1000万人突破記念 1000万ポイントみんなで山分け祭 エントリー7/8(火)まで
何かを書きます。
【みいちゃんと山田さん】男性ヘイトがやめられない亜月ねね氏の精神分析、または夜職女とツイフェミの萌芽について|カキヲ
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