――それでも、お子さんが幼い頃は仕事に邁進することが難しいときもありますよね。
曺:娘が小学生になった頃には、報道の現場から外れて情報番組、いわゆるワイドショーのプロデューサーをしていました。情報番組の場合、曜日担当や企画担当で働く時間が固定されていて、報道と違ってスケジュールを組みやすく、子どもとの時間も作りやすかったんです。
もちろん、子育てのために報道の現場を外れることは、報道のキャリアにとってはマイナスです。それでも自分の哲学として、子どもの精神が一番不安定になる小学生の時期にはそばにいてあげたいという思いがありました。
ただ、自分では両立できていたつもりだったのですが、この頃の生活習慣が後に体を壊すことにつながってしまったんです。
――どういうことでしょうか?
曺:当時、情報番組は深夜・早朝勤務がマストで、担当によって、毎週、何曜日が徹夜というのが決まっていたり、5曜日午前3時出社という勤務体系でした。それでも子どものそばにいたかったので、子どもが寝ている間に働けばいいんだと思ったんです。
子どもが寝たあとに家事をして、朝3時に出社して、午後2時に帰宅して学校帰りの子どもを出迎える生活をしていたら、睡眠のリズムがぐちゃぐちゃになってしまって……。当時は合理的な生活だと思っていたのですが、いま考えたらとんでもないですよね。そんな日々を繰り返していたら、乳がんが発覚したんです。
◇子育てと病気の治療をしながらも、なぜ報道の第一線でキャリアを築くことができたのか。続く後編【子育ても、病気も、キャリアの妨げとは限らない――乳がん闘病中に『報道特集』元編集長になった曺琴袖が語る】で詳しく聞いた。