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「ここは地獄。でも抜け出せない」 史上最悪の麻薬にむしばまれた町

ヘロインとメタンフェタミンを混ぜて液体状にしたものを注射器で吸い上げる男性=米東部フィラデルフィア市ケンジントン地区で2024年6月25日、中村聡也撮影
ヘロインとメタンフェタミンを混ぜて液体状にしたものを注射器で吸い上げる男性=米東部フィラデルフィア市ケンジントン地区で2024年6月25日、中村聡也撮影

 フェルトペンのキャップほどの小さな容器に、麻薬性鎮痛剤「オピオイド」の一種でケシを原料とする「ヘロイン」と、覚醒剤「メタンフェタミン」の粉末が少量ずつ入っていた。そこに数滴の滅菌水を加え、慣れた手つきで混ぜ合わせると、二つの薬物は液体状に変わった。

 米東部ペンシルベニア州フィラデルフィア市にある薬物中毒者のたまり場、ケンジントン地区。

 「ヘロインだけでは眠気に襲われるから、目を覚ますためメタンフェタミンを混ぜている」。路上生活者のライアンさん(39)は言った。

 陶酔感をもたらす「ダウナー系」のヘロインと、興奮作用を引き起こす「アッパー系」の覚醒剤はともに依存性が強く、混ぜ合わせたものは「スピードボール」とも呼ばれる。

 「最も怖いのは摂取するときだ。過剰摂取(オーバードーズ)で死ぬかもしれないから」

 注射器で液体を吸い上げるとき、脳裏には毎回「ある物質」の存在がちらつく。これらの薬物に混入しているかもしれないからだ。

 その名は「フェンタニル」。オピオイドの一種に分類される合成麻薬だ。

 米麻薬取締局(DEA)によると、フェンタニルの効き目はヘロインの50倍、モルヒネの100倍以上。極めて依存性が強いことで知られる。

 致死量はたった2ミリグラム。とがった鉛筆の芯の先に乗る程度だ。

薬物中毒者のたまり場を歩いた

 記者は今年2~6月に計5回、現地を訪れた。路上生活者は、二つの鉄道駅を結ぶ高架下の公道約900メートルと、その周辺にたむろする。

 列車が通るたびに、「ゴー」という騒音が耳をつんざく。周囲を乗用車やバスが行き交う中、彼らは昼間から堂々と麻薬を打っていた。

 フェンタニルを乱用する患者に特徴的な、極端に前かがみな姿勢のまま動けなくなったり、ふらふらしたりしている人も頻繁に見かけた。

 記者が通り過ぎても、ちらっと見るだけ。「自分だけの世界」に入り込んでいる。話しかけても、支離滅裂な答えばかりが返ってきた。

 もともと医療用に開発されたフェンタニルは、麻酔や鎮痛剤として使われてきた。

 米食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品だが、規制強化でメキシコからの密造品が急増。DEAは昨年、フェンタニルが混じった偽造品の錠剤8000万錠以上と粉末約5・4トンを押収した。

 DEAによれば、フェンタニル1キロで50万人を死に追いやることができるという。安価で効き目も強いことから、ヘロインやコカインなど他の薬物に混ぜられている、と警告する。

 だが、ライアンさんは「しらふになると、また欲しくなるんだ」と言って、注射器の先端を首に刺した。そして、おもむろにピストンを押すと、液体が体内へと流れ込んでいった。

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通学路にまで注射器が散乱

 ケンジントン地区はかつて、ガラスや陶器の町工場などで栄えた。1960年代に産業が衰退すると貧困化が進み、ヘロインやコカインなどの違法薬物がはびこるようになった。フェンタニルが広まったのは2010年代とみられる。

 いつしか、米メディアは、2階建てのレンガ…

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