若い世代「どうせ将来の恩恵ない」 広がる悲観論、止める手立ては
「現役世代の社会保険料や税の負担を軽減せよ」。参院選に向けて、野党を中心に、そんな主張が勢いを増している。ただ、負担減に見合うよう給付をカットすれば、将来の社会保障に対する悲観論が広がり、財源確保がさらに難しくなる可能性が高い――。そんな警鐘を鳴らすのは、岸下大樹・一橋大准教授(32)だ。負担減と給付カットという負のスパイラルに歯止めをかけ、日本の社会保障を維持するため何が必要なのか。
――負担増に対する若い世代の反発が強まっているようです。
僕自身は社会保障を充実させ、維持したいと考えています。でも、自分の給与明細だけ見れば「社会保険料って高すぎるよな」と感じます。若い世代ほど賃金は上がっているのですが、そこに定率でかかる社会保険料の絶対額も増えるので、よりそう感じやすいのかもしれない。しかも、若いと、めったに病院に行かないし、「自分にどれだけ便益が返ってくるか」を理解するのは難しい。
あなたのお金はどこへ
給料からは所得税や住民税、社会保険料が天引きされ、買い物をすれば消費税も取られます。これらの負担が重くなっている原因は、140兆円近くになる社会保障費です。私たちの懐から出ていくお金はどこに行き、どう使われるのでしょうか。グラフやチャートで分かりやすく図解します。
――参院選に向けて「若い人のために社会保険料を下げよう」という政党が増えています。
そのためには、高齢者を中心に給付を減らさないといけない。確かに過剰な部分を減らす必要はあります。しかし、そうすることが「どうせ今後はどんどん給付が減る。国民皆保険は消えていき、将来の自分は給付を受けられないんだから、いま負担するのはイヤだ」という考えを増幅させる可能性があることを心配しています。
――その仮説を裏づけるような研究をしているそうですね。
「どうやったら人々に社会保険料や税を上げることに納得してもらえるのか」を知るため、世論調査のデータをもとに研究しています。
昨年、国際的な学術誌に発表した論文(注)では、インターネット調査会社を通じて集めた4367人の回答を分析し、「どのような情報を知れば、公的医療保険の保険料を1%上げることへの支持が増えるか」を検討しました。
――どんな内容ですか。
まず、全員に対して「75歳から84歳までの10年間、政府の医療保険制度からどのくらいの補助を受けられると思いますか」と聞きました。厚生労働省の調査では、平均710万円が正解ですが、全体としては8割の人がこの値より少ない金額を回答しました。大半の人は300万円以下と思っていたのです。
過小評価していた人に対して、「若いころは元気でも、年をとってから病気になり、75~79歳の人は5年間で317万円、80~84歳の人は5年で393万円、あわせて710万円を医療保険給付として受ける。がんなどの大病はせずとも、老後には多額の医療費がかかる」という文章を読んでもらいました。
そのうえで、回答者を二つのグループに分けました。
一つは、政府の財政悪化について知らない、もしくは知らせない人です。このグループは、医療保険の便益を知った後では、保険料引き上げへの支持は3割近く増えました。
ところが、「政府の財政状況が悪く、このままでは持続可能性がない」ことを伝えるか、もしくはすでに認識しているグループでは、医療保険の便益を伝えても負担増への支持は全く増えなかったのです。
つまり人々は、財政に深刻な問題がなく、将来の便益が高いと思えば、保険料は増やしてもいいと思う。でも、財政問題が深刻だと思えば、負担増を受け入れないのです。
――それから導き出されたことは。
負担増を受け入れてもらうには、将来も確実に、医療保険制度からの便益が受けられると思わせることが大前提になるということです。したがって、制度への広い支持を確保するには、国民に将来の便益を知らせるだけでなく、財政に対する国民の信頼を高める財政健全化政策への取り組みが不可欠となります。
「財政健全化のために増税する」といっても「どうせ焼け石に水」と思われたらダメです。財政も社会保障も持続可能性に疑いを持たれたら、「税や社会保険料を払うよりも、自分で民間の保険に入るなり、投資に回すなりした方がいい」と思われてしまう。
――どうしたらよいでしょうか。
一つは、現役世代が便益を受けられるしくみを用意し、知ってもらうことです。その意味では、政府が、月ごとの患者負担に上限を設ける「高額療養費制度」の限度額を引き上げようとしたのは悪手でした。若い世代が医療保険から便益を受けるのは、日々の通院よりも、大病をしたときです。そこを削ってはいけないでしょう。
最も大事なのは、政治のリーダーが、負担と給付をパッケージとして示し、そこにコミット(約束)することです。いまは「負担を減らす」ことばかりが議論されていますが、「どのくらいの負担だったら、どの程度の便益が将来にわたり持続可能なのか」をセットで示す。政府や、超党派の政治家が長期的なビジョンを考えることが大切です。
確かに、少子高齢化しているがゆえに、将来の便益にコミットできず、だから国民が負担増に反対するというジレンマがある。そんな状況で、国民に長期ビジョンを信じてもらうのは容易なことではない。
だからといって、その場しのぎばかり重ねて、その先に何があるのか語らないのが一番の問題だと思います。
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きしした・だいき 1992年生まれ。東京大学経済学部卒、同大大学院で博士号(経済学)を取得。東京理科大助教を経て、2025年4月から現職。
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