攻殻機動隊 2 全解説(仮) 5章(下)+6章
前回の続きです。この章で結末までを考察していきます。
前回の第5章中盤では、人工衛星「眠る宇宙」における草薙との戦いが描かれました。その戦いの最中、草薙の2つの人格・スピカとアンタレスは、成長と死に関する論争をおこないます。素子は敵の大規模融合計画について理解し始めますが、その瞬間にハッキングを受けて肉体が強制停止。停止した素子の意識は、「天御柱」における環との精神的対話へ移行。そこで、「非対称の鏡」という重要な概念と、「3つの北極星」に関わる自らの運命について悟ります。
前回同様に、荒巻素子を「素子」と、草薙素子を「草薙」と表記します。
05 MODE OF LIFE
電脳空間への復帰
環との精神的対話を終えた素子は、突如、霊的空間から電脳空間へと復帰します。そこに待ち受けていたのは、スピカでもアンタレスでもなく、両者が統合された「草薙素子」でした。
「あなたが面白い物を持って来てくれたお陰で意思決定が安定したわ」
と述べる草薙。どうやらケイ素生物の存在を知ったことで人格分裂が解消されたようです。
情報提供に関する要求
復帰した素子は、「眠る宇宙」への攻撃を控える代わりに情報提供を要求します。要求する情報は「草薙の問題が自分にも起こり得るかどうか」について。つまり、「成長=死への行程」問題について教えてほしいということでしょう。素子もこれからネットと能力を拡大していくのでしょうから、草薙と同じ問題に直面する可能性が高いわけです。
ケイ素生物によるブレイクスルー
素子の要求を受けた草薙は、返答の代わりに、例のケイ素生物を組み上げる予定だと述べます。第1回であらかじめ説明しましたが、このケイ素生物は多様性に必要な「死」のシステムを備えながらも、ミームは完全に継続性を保つそうです。言い換えれば、獲得形質を漏れなく子孫に遺伝させることができるわけです。「強くてニューゲーム」状態ですね。
このケイ素生物の特徴に「成長か死への行程」問題を解決する可能性があるという事は、即座に理解できるかと思います。これまで、スピカとミレニアムは個体を並列化させ、ミームの継続=成長を続けようとしていました。しかし、それは種の硬直化・結晶化というデメリットを伴ってもいました。二律背反の状態ですね。ケイ素生物の場合、単体での完全なミーム遺伝が可能であるため、草薙の二律背反を解消できる可能性があるわけです。そのためにスピカとアンタレスへの分裂が解消されたのでしょう。
鏡像の危険性
ところが、素子はケイ素生物を「鏡に映った人類」と評し、その危険性を指摘します。たしかに、人類を敵視するような知的生命体が生じた場合、その害は計り知れません。しかし草薙はその憂慮を一蹴し、「ケイ素生物と人類は2つで1つ」だと述べます。
前回を読んだ方はお分かりの通り、これは環との精神的対話で言及された「非対称の鏡」というテーマに関わる話です。人類とケイ素生物は陰と陽のように相補的なペアであり、相容れないような関係にはないという事でしょう。
環との対話を経ているため、素子もその主張を理解することはできます。しかし「現実問題として、ケイ素生物が人類社会に害をなさないという保証は無い」と不安を述べる素子。草薙はその意見に賛同せず、議論は平行線を辿ります。
ところで、「人類の鏡像」というアイデアは先行作品の『アップルシード』でも既に描かれています。アップルシードには「バイオロイド」という人工的に創り出された人類が登場します。そして、その行政総監であるアテナというキャラクターが「人類の鏡像」としての立場に悩む、という場面が存在するのです。この時、鏡像変換(パリティ)という言葉が使われています。その事から、非対称の鏡というテーマが既に作者の頭にあったということが見て取れます。
素子と草薙の契約
結局、素子と草薙は合意に至らず、今後も協議を継続することとします。素子は草薙の情報を手に入れ、草薙はケイ素生物の設計図を手に入れたところで手打ちとなったわけです。その際に「契約成立」と素子が述べ、天御柱が巨大なコマで描かれています。無論、このような大ゴマが無意味に置かれているわけもないでしょう。この議論継続に関する取り決めが、世界に多大な影響をもたらす決断であったということを示しているのだと思われます。
この契約の後、場面は「眠る宇宙」からポセイドンへと戻っていきます。
素子の脱出
眠る宇宙での対話から物理現実に帰還した素子。周囲を確認すると、ポセイドン保安部と装甲服の部隊がすぐそこまで迫っていました。前回も説明した通り、素子がデカトンケイル使用を強行したため、突入部隊が編成されたのです。リーが装甲服部隊を呼んでから到着するまでの短い時間に、ミレニアムとの戦いと、草薙との戦い・対話がおこなわれたということになります。その間、素子の電脳は超高速で稼働しており、時間感覚も通常の人間とは異なる状態にあったのでしょう。
素子は電動ローラースケートのようなものを使用し、通気ダクト側面を壁走りして部屋から脱出します。ダクト底面に痕跡を残さないための処置なのでしょう。
デコット素子との知恵比べ
とうとう装甲服がデカトンケイルのコントロール室に突入。しかし、そこは既にもぬけの殻でした。先述のローラースケートのおかげで、脱出の痕跡すら残っていません。困惑する保安部の元に、足止めされていたデコット(遠隔操作)の身代わり素子が現れます。
「デカトンケイルに侵入などしていませんが?私はずっと足止めされていましたよね?」とでもいうような、わざとらしい態度をとるデコット素子。リー保安部長はそれに呆れつつ、素子の専用飛行機を勾留して再び足止めを試みます。しかし素子はすぐさま別便を用意し、ポセイドン本社から堂々と退出。しかも専用機の費用を保安部に押し付けてしまいます。
素子の次なる行き先
去り際、素子は有給休暇の旅行先を「宇宙」にしたと告げます。ケイ素生物や眠る宇宙の今後に関わる上で、宇宙行きは必須と言えるでしょう。保安部に対して「一足お先に未来を観に行くの」と言って去っていきます。言うまでもないことですが、ここでの「未来」という言葉は、素子にとって特別な意味を持っています。
素子の新たなる目標が定まったところで章が改められ、物語のまとめに入ります。
06 EPILOGUE
冒頭回帰と未来視
第6章では、プロローグの霊能局へと場面が戻ります。霊能局では、「複雑成るもの」=ケイ素生物の影響を占うべく、環が霊的な未来予知をおこなっているようです。その場には、環の上司である五十鈴と、公安9課の荒巻部長、そしてバトーも臨席しています。
環の未来予知の内容を見ていく前に、「第5章から6章の間で時間が巻き戻っている」という点に注意する必要があります。
各章のタイトルに付けられた時刻を見てみると、
第1章:AM 5:05
第2章:AM 5:45
第3章:AM 8:12
第4章:PM 1:02
第5章:PM 1:54
第6章:AM 5:35
という並びになっています。全章とも日付は同日なので、第6章で時間が巻き戻っているわけです。
そのため、環の未来予知の内容には第1章から第5章までの出来事も含まれていると考えられます。その事がハッキリと説明されないため、混乱した読者もいるのでないかと思います。図にすると以下のような形です。
過去視と瓜子姫
未来視をおこなう環のビジョンには、まず過去の光景が現れます。過去から時系列順に因縁を辿っていくことで未来を見る、という仕組みようです。いわゆるアカシックリーディング等に近い印象を受けます。
その過去の光景には、幼少期の草薙素子が現れます。
おそらく全身義体実験の初期段階における光景なのでしょう。丸みを帯びたポッドが開いて、中から起き上がる義体の草薙。それを見た環は、以下のような言葉を発します。
「瓜から女の子が…」
草薙の入っていた丸いポッドが瓜に例えられているようです。前回までに布石を置かれていた、「瓜子姫と天邪鬼」の要素が、ここでも回収されたわけですね。この瓜子姫という昔話については、大きく分けて以下の三つの解釈が存在するそうです。
・「桃太郎」をベースとした、柳田國男の「異常誕生譚」説
・「三つのオレンジ」をベースとした、関敬吾の「通過儀礼」説
・「ハイヌウェレ型神話」をベースとした、猪野史子の「食物起源神話」説
この場面では、「異常誕生譚」に近い使われ方をしているように感じられます。草薙は幼少期に全身義体となっており、その意味で「普通の人間とは異なる」生まれ方をしていると言えるわけです。
また、後の場面では「食物起源神話」との繋がりを感じる部分も出てきます。
草薙の命宿と破壊神
過去視で草薙と対面した環は、次の言葉を発します。
「生まれは火の參宿… 心に鎮火の剣が 參宿の星は心に剣・口に毒 修羅を好み暴悪 菩薩又は悪鬼也」
これは、宿曜占星術に基づいて草薙の運命を語っているのだと考えられます。宿曜とは古代インドを起源とする密教の占星術です。空海によって中国から日本に伝えられました。宿曜では、生まれた時の月と星の位置関係によって、個々人の運命に関わる星=命宿が定められます。先ほど草薙が瓜から「生まれた」ため、宿曜で運命を占ったということでしょう。
草薙の命宿は参宿(オリオン座ゼータ)となっているようです。宿曜経における参宿の記述は以下の通り。
参は一星、形は額上の点の如し。魯達羅神なり、姓は盧醯底耶那にして血を食す。この宿の直りの日は、財を求め、及び地を穿ち乳酪を売り、酥を煮、油を押し、及び諸の剛猛の事に宜し。もし裁衣に用いば絡鼠厄を慎むべし。この宿に生れる人は法として猛悪梗戻、瞋を嗜み好むに合す。口舌毒害心硬くして、事に臨みて怯れざるに合す。
生まれつき口が悪く、荒々しい性格で豪胆。困難に立ち向かってもめげない。良くも悪くも我が強いタイプ。たしかに草薙はそういう性格かもしれませんね。
主神はルドラ。ヴェーダ時代のルドラは暴風を司る神の一柱に過ぎなかったのですが、時代が下るにつれてシヴァへと発展します。ウパニシャッドに至ると、シヴァはブラフマンと同一視されて唯一神の地位を得るようです。
仏教におけるシヴァ神というと大自在天が思い浮かびます。それに加えて、観音像も大自在天の像容に影響を受けることがあるため、菩薩とシヴァ神の間にも繋がりがあるとされるそうです。少し強引な比較ですが、「菩薩又は悪鬼」という環の言葉には、ルドラ・シヴァと観音のイメージが込められているのかもしれません。「非対称の鏡」と合わせて、草薙の持つ破壊・再生の二面性を表しているように感じられます。
「心に鎮火の剣」については、草薙のハッキング技術を意味しているとファンの間では考えられているようです。後に判明した裏設定によると、草薙は軍人時代に集積回路の製造ラインをハッキングして、バックドア自動設置システムを作り上げています。そのため、草薙はそれ以降に製造された電子機器のファイアウォールを無力化することができます。そのバックドアが「草薙の剣」と呼ばれているそうです。2巻の加筆時にそうした設定がどこまで用意されていたのか、私には分かりません。しかし、「何らかの力を得る未来が予言されている」と考えることは可能かもしれません。
また、後ほど言及しますが、「この宇宙のサイクルは剣・鏡・珠の3種のユニットによって成り立っている」という裏設定もあります。草薙がそのうちの剣の要素を担うということも含意されているのでしょう。
草薙と環、現在と過去、世俗と宗教
環の過去視は次なる場面へと移ります。政府機関の書庫らしき場所で古文書を漁る草薙。その草薙に対して、
「貴女がこんな黄泉の国へ?」
と話しかける清楚な環が描かれています。
「天探女」と同様に、この「黄泉」というのも記紀神話に沿った比喩でしょう。草薙が高天原で、環が黄泉というような対比になっているのだと思われます。現実に即して言い換えれば、草薙が未来志向で環が過去志向でしょうか。書庫=過去の記録というのは、草薙が本来属さない領域のようです。
書庫において、環と草薙は次のような会話をおこないます。
環 :文字は心の鏡 紙束はその体
生命の定義は人各々よ…
草薙:言霊信奉者と武人の確執も800年異常続いてるわ…
環は、過去=死んだ情報の記録もまた一種の生命なのだと論じます。生命を情報のパッケージだと考えるなら、確かに書物は生命だと言えるかもしれません。作者自身も、そうしたアニミズム的な生命観を欄外に記しています。しかし、草薙はそれに同調せず、「武人」という反対側の立場から対話に参加します。
草薙の言う「言霊信奉者と武人の800年に渡る確執」とは、中世以降に明確になった宗教権力と世俗権力の相克に近い話ではないでしょうか。ヨーロッパ史などでは頻出する話題ですね。つまり、ここでの2人の対立軸は以下のように整理できると思われます。
環 ↔ 草薙
黄泉 ↔ 高天原
過去 ↔ 未来
宗教 ↔ 世俗
我々現代人の多くは「国民国家が集団の基本的単位で、宗教は個々人の道徳の補助に過ぎない」と思っています。しかし、それは比較的新しい認識です。歴史の長期間にわたって、人類は宗教的な単位で人生を送り、宗教を元にした世界観を抱いてきました。現代でもそういう人たちは大勢います。
そのような観点からすると、我々の今見ている世界も、一直線の進歩の結果というよりは、人類史のサイクルの一段階に過ぎないのかもしれません。過ぎ去った過去の生き方も、いつか似たような形で巡りくるのでしょう。草薙と環は、そのようなサイクルと対立について、2つの異なる立場から語り合っているようです。
その後、2人は以下のような言葉をかわします。
環 :夢はみる?
草薙:実現可能な努力目標の事?
それとも俗に言うただ待ち過ぎ去る理想の事?
草薙が世俗的・現世主義的な立場から会話をおこなっているので、環はその対極となる「夢」について問いかけている、という風に見えます。つまり、物理現実から離れた世界のイメージを草薙が持っているかどうか問うたわけです。その質問に対して、草薙は「努力目標」や「理想」といった世俗的な解釈を繰り返します。
環の問いかけている「夢」とは、「努力目標」でも「理想」でもないでしょう。もっと心霊的・宗教的な事を言っているはずです。草薙の方も、それを理解していながら、からかっているのかもしれません。
草薙の人生とゆらぎ
現世と夢の相克についての会話が続く中、第1巻から抜粋された草薙の人生がモンタージュで描かれます。
01章の外交官暗殺、03章のバーチャル・セックス、08章の相馬亨との対決、10章の対テロ作戦と、過去から未来へ走馬灯のように流れる草薙の人生。その場面を辿りながら、2人は草薙の人生観について論じていきます。
環 :何をもって自己実現と?
草薙:今この時間が長・短期的に最善の選択なら
その積み重ねは最善の生では?
環 :だから死も受け入れられる?
先ほど草薙が世俗的な「夢」の解釈を述べたので、その人生の先にどんな思想があるのかを環は問い直しているようです。しかし、草薙はあくまで実利的な人生観を述べ、形而上学的な信仰のようなものを認めようとしません。
個別の人生の局面についてはそれで良いのかもしれません。では「死」という絶対的な終わりは、どのような意味を持ち得るのでしょうか?環のような宗教者にとっては、死後の世界こそが思考や祈りの対象となるわけですが、草薙にとってはどうでしょう?草薙はこの疑問に回答せず、次の話題へと移ります。
環 :では生老病死を求める情報蛭子との融合は?
草薙:ノーコメント
最後に、草薙の人生観における特異点「人形使いとの融合」について環が問いかけます。あれは果たして「長・短期的に最善の選択」を意図した実利的な行動だと言えるでしょうか?それについて草薙は「ノーコメント」と回答を拒否します。
第1巻における融合の場面を思い出してみましょう。草薙は実利を求めて人形使いとの融合を受け入れたわけではありません。最初の接触時に上部構造(=霊的世界)に触れたことで思考が変わり、融合を受け入れるような「予感」が生じたのです。人形使いの側も、実利で草薙を選んだわけではありません。彼女(彼?)は「エン」の導きによって草薙を選んでいます。
草薙の人生観においてすら、「人形使いとの融合」という霊的な導きが存在することは否定しがたいようです。実利主義的な人生においても、その因果は個人の認識外にあり、霊的なインスピレーションと無縁ではいられないようです。環はそうした霊的繋がりについて問いかけているのかもしれません。
天御柱と宇宙の3種ユニット
以上の過去視を経た環は、とうとう未来視へと移行していきます。具体的な出来事と結びついた過去視と異なり、未来のイメージは抽象的なものになるようですね。
未来では、草薙らしき人物が「天御柱」に接近していく様子が描かれています。環の見る御柱は、3種のモヤモヤした球形が組み合わさったユニット。これは第1巻で草薙が垣間見たネットのイメージと同じものです。ミクロにおいてもマクロにおいても、この3種ユニットの組み合わせによって宇宙のネットワークが生成・運行されているわけですね。
天邪鬼とケイ素生物の影響
草薙と天御柱に関する未来予知をおこない、それを抽象的なイメージで語る環。上官の五十鈴によると、こうした霊視のイメージは各人に固有のもので、他人に正確に伝達する事はできないそうです。しかし、読者は未来の出来事を既に読んでいるため、予知の内容をある程度理解できる、という仕掛けになっています。
環 :彼女ともう1人 彼女と非対称な影状のものとが樹を逆登って…
枝が揺れて樹全体が何かかすかに反応しているようです
これは、素子が草薙のところにたどり着き、ケイ素生物をめぐる対話に移行する様子を表しているのでしょう。非対称な影状のもの=天邪鬼=素子だと思われます。この第6章より未来にあたる、第5章の内容が予知されている形です。
樹全体が反応しているという発言からも分かる通り、ケイ素生物に関する素子と草薙の対話は、世界に甚大なる影響を与えるようです。上官の五十鈴も「今後千年間に大きな影響を持つ何か」と発言しています。
さらに、非対称の影=天邪鬼という現象についても、五十鈴による説明が入ります。
五十鈴:影はおそらく我々が天邪鬼と呼んでいる現象だ
内在する自身の影で 誰でも皆共存している
一般生活でも正確が豹変する等の現象で見る事ができるが
霊視ではっきりと確認できる例は極めて稀だ
このセリフに対して、「霊は内部・外部に無限の階層構造を持っている…」という作者の欄外説明が加わります。階層型ネット=天御柱の「部分」として個体が生じるわけですが、その際に非対称の影=天邪鬼も共に生じるという仕組みになっているようです。量子の対生成を想起させる仕組みですね。また、その影は必ずしも実体を持っているとは限らないらしく、素子同位体のようなものはレアケースだと説明されます。
かつて、ある種の精神疾患が「狐憑き」だと信じられていたように、攻殻の世界では鏡像=天邪鬼という霊格(すなわち素粒子レベルのネットワークにおける、人間には知覚できない何か)が存在し、個々人の行動や社会に影響を与えるようです。素子同位体のような例外を除いて、ほとんどの人は気付かぬうちにその影響を受けているのでしょう。
前回の考察で保留していた、魂合環の性格変化も、この天邪鬼の現象であると推測することができます。ただし、具体的な描写に乏しいため、天邪鬼のメカニズムについては不明点が多いです。
八咫烏と宇宙観
さらに、3種ユニットの中心部には黒い渦巻き状のものがあり、環はそれを「3本足のカラス」あるいは「八咫烏」と表現します。カラスは3種の生成ユニットから何かを吸い出すような形になっています。その吸い出されていく3本の流れを見て、環は「3本足」と言ったのでしょう。これと同じような見た目の渦巻きが、前章における素子との霊的対話でも描かれていました。そしてその渦は、宇宙の中心たる北極星と重ねて描かれています。
どうやら、この宇宙のメカニズムの中心に位置する何かを「北極星」あるいは「八咫烏」という言葉で表現しているようです。極めて抽象的な現象であり、観測した人間の信仰や知識・性向によって、表現する言葉が異なるのでしょう。環が「八咫烏」という言葉を使ったのは、彼女の中にアジア的・日本的な宇宙観があるからだと思われます。
カラスを太陽と結びつけて、神聖な鳥とみなすような信仰は世界中に存在します。日本でもアマテラス等の使いとして記紀神話に登場します。この信仰は中国の「三足烏」の影響を受け、三本足のカラスという図像で描かれるようになりました。そして、その八咫烏と太陽は星図の中にも位置づけられています。先ほど言及した宿曜と繋がる話です。キトラ古墳にもそうした星図の壁画がありますね。
宇宙の抽象的な構造を見た環は、宿曜的な宇宙観と、「宇宙の中心には3本足のカラス=太陽がいる」という日本的な宗教のイメージを、そこに投影したのでしょう。(アマテラスは日本神話で最高神ということになっていますからね。)日輪と中心には北極星、周囲には星宿という構図には、前回言及した「尊星王」のイメージも見てとれます。
こうした黒い渦巻きや三つの北極星等のイメージについて、それらが具体的に何を指し示しているのか特定することは困難です。語られていない意図が多分にあり、また我々の知る物理的な宇宙像に合致するように描写されているわけでもないように思われます。
ただし、「銀河中心の超巨大ブラックホールのイメージを模している」という作者のコメントがあるため、そのあたりがヒントになるかもしれません。どうやら「宇宙の中心は黒い渦巻き(八咫烏)である」というイメージの根底には、銀河系の構造があるようです。
さらなる日本神話的解釈
3種ユニットと八咫烏のペアについて、環は「噴出↔吸収」という宇宙の何らかのプロセスを表すものであると認識しているようです。(ブラックホールとジェットのイメージでしょうか。)そして、それを大消続姫(オオゲツヒメ)になぞらえているという欄外注釈も加わります。
記紀神話の大宜津比売(オオゲツヒメ)はスサノオノミコトに殺され、その死体から五穀が生成したとされています。瓜子姫の説明でも述べた「五穀起源神話」ですね。神の死体から様々な事物が生成したとする「死体化生神話」は世界中に見られます。宇宙における噴出↔吸収というプロセスが、生成と死体にたとえられているのでしょう。どうやら宇宙の生成消滅に関する何らかの原理を垣間見ているらしいという事が伝わってきます。
臨席した公安9課のバトーは「古い民話でこういうの聞いた事ありますよ」と発言。この民話とはもちろん瓜子姫と天邪鬼の昔話のことです。それを聞いた荒巻部長は「日本神話の国生みにも近い」と答えます。これは、オノゴロ島にて天御柱の周りをイザナギ・イザナミが回り、婚姻にいたったという神話のことでしょう。天御柱の周囲にいる草薙と素子が、見合いするイザナギとイザナミに例えられているようです。宇宙の3ユニットによる噴出=生成が、イザナミによる国生みにあたるのでしょう。さらに「死体化生神話」という要素もイザナミに含まれていますね。
神話素と上部構造
上記のような神話的説明にはどんな意味があるのでしょうか?ここで、五十鈴がその説明に入ります。五十鈴によると、世界各地の神話に共通の構造が見られるのは、世界中で天御柱が観測されてきたためのようです。大昔から各地の霊能者たちが同じ上部構造(素粒子や真空の作る未知のネットワーク)を垣間見てきたことにより、共通の神話素を持つ神話が作られていったのでしょう。逆に言うと、神話の共通因子を検討することで、宇宙の構造を知ることができる、というような話になっています。
これについては、「創作の順序と作中での解釈の順序が逆向きになっている」という話を前回しましたね。
どうやら、環の語る神話的ビジョンを構造的に読み解いていくことで、世界の構造やその流れを知る事ができるようです。
実の交換
次に、草薙と影の間で「何かの実」が交換されているという描写が入ります。これは、前章の最後におこなわれた、素子と草薙の間の契約を示すものだと思われます。その契約締結の際には、天御柱が大きなコマで描かれ、世界に多大な影響を与えることが示唆されていましたね。環はその近未来を抽象的なイメージとして予知しているようです。
ここで、抽象的な説明に飽きたバトーが「柿の実かな?」と茶々を入れます。『さるかに合戦』での柿とおにぎりの交換の話でしょう。真剣な場なので、荒巻部長はやんわりバトーをたしなめます。(しかし、『さるかに合戦』についても神話的な分析が色々とできそうではあります。)
ここから先、環の予知の内容は、漫画本編でも描かれていない部分に突入します。
五色の光華と3タイプの主権者
続いて、草薙が無数に分裂して蓮華ないしは曼荼羅のように広がるビジョンが描かれます。「光の華」(光華)や「五色」という言葉を使っていることから、環が仏教的なイメージをここに投影していることが分かります。草薙が将来至る場所は、悟りの如き境地なのでしょうか。
このビジョンについては作中で詳しく説明されていないため、作品のみを通じて読み解くことは困難だと思われます。しかし、作品外の文章に、多少のヒントが無くもありません。それを少し推察してみましょう。
作者曰く、素子同位体たちは「剣の主権者」という役割を持っています。どうやらこの世界には、剣・鏡・珠という3つのタイプの「主権者」が(おそらくどのレイヤーにも)存在し、その三主権者の相互関係によって社会や宇宙が運行されます。要するに世界のパワーバランスを決する者が三種類いるということです。そのうち、剣の主権者の特徴は以下の通り。
「類似の要素を劣化複製によって揺らぎながら多様化、増えたり減ったりしながら存在を継続している活動的な生命体」
私の勝手な推測になりますが、環の見た曼荼羅は、剣の主権者のあり方を抽象的に表したものではないかと考えられます。素子同位体は世代再生産によって増加し、多様性を獲得しながら、この世界への影響力を保ち続けるということなのかもしれません。逆に言えば、他の2タイプの主権者「鏡」と「珠」には、そうした多様化・増減の機能が無いのでしょう。「人形使いが人類という生物をハードウェアに選んだ事で、剣の主権者にそのような性質が備わった」という説明もできそうです。
この3タイプの主権者というアイデアは、士郎正宗ユニバースで現在も進行中であり、この作品単体で完結していません。その他の2つの主権者としては、スーパーコンピュータのガイアと、設定のみ明かされている未発表作品のキャラクターが存在します。願わくば、三体の主権者の成り行きについても今後の作品で深堀りしてほしいところです。
天御柱の二重化
未来視の最後には、天御柱と環自身が二重写しになるというビジョンが描かれます。それを見て「回転する鏡か」と呟く環。さらに「この鏡は非対称で歪んでる…?」とも語ります。これも読解の困難な描写ですが、後の会話で五十鈴による解説が入ります。
ここで、環の筋肉およびマウスピースに限界が生じていると霊能局員からの報告が入り、五十鈴は「式」を解くように指示をおこないます。どうやら霊能力による未来視は肉体に強い負担をかけるようです。環の額にも汗が浮かんでおり、消耗していることがうかがえます。「式」を解くとともに環はその場に倒れ込んでしまいます。
鏡の主権者と循環的時間概念
環の見た「回転する非対称な鏡」について、霊能局の五十鈴と公安9課の荒巻部長の間で議論がおこなわれます。ギュッと圧縮した会話になっており、少し分かりにくいところもあります。そのあたりを少し補足しながら考えてみましょう。
五十鈴の説明によると、環の見た「回転する鏡」は、今後の千年間において「鏡」の要素が強くなることを示しているようです。宇宙が剣・鏡・珠の三要素で成立するという話は上で述べましたね。どうやら人類史全体もその三要素が順々に強くなるサイクルとして説明されているようです。いわゆる「パラダイムシフト」に近いような概念かもしれません。鏡の千年とは、鏡の要素を担う者=ケイ素生物が決定的な影響を持つパラダイムを意味しているのでしょう。
具体的に何が剣・鏡・珠の各要素を担うかについては、各サイクルごとに変化していくようです。現在の剣の要素は「科学技術」であり、前の千年では「宗教」が珠の要素を担っていたとのこと。環と草薙も似たような話をしていましたね。さらにその前は鏡の千年ですが、歴史的資料が少なく、何が鏡の要素を担っていたのかよく分かりません。
ある特徴を引き継いだ三つの要素が入れ代わり立ち代わり出現し、世界を変化させるという事のようです。
ここでは、直線的時間に代わって循環的時間概念が前提とされているようです。環が「回転する鏡」という表現を用いたのは、循環する時間を回転運動に見立てたためかもしれません。宇宙全体が回転運動しており、そのモーメントが時間であるというような比喩的表現は、第1巻でも示されています。我々の物理宇宙に当てはめて説明することが難しいのですが、回転運動と三要素の循環というものが攻殻宇宙の根本にあるようです。
人類が直面する鏡
では鏡の要素が強くなった時、人類には何が起こるのでしょうか。五十鈴と荒巻部長は、人類自身の姿に(鏡で)向き合うような大きな事件が生じる可能性について論じ合います。素子と草薙の対話でも、ケイ素生物=人類の鏡像の危険性について指摘されていましたね。鏡の時代への移行は、何か人類の欠点に直面するような危うさもはらんでいるようです。
推測になりますが、人類が鏡像と向き合う事件の中には、『アップルシード』2巻の「ガイア事件」も含まれるのではないかと思います。ガイア事件とは、人類にバイオロイド技術を適用する法案がきっかけになり、スーパーコンピュータ・ガイアによる破壊活動が生じた事件のことです。この事件に直面したバイオロイドの行政総監・アテナは「ヒトの限界」を痛感する事になります。
このように、攻殻機動隊よりも未来の世界では、「他の知的生命体との接触をきっかけとして、人類という種が元から抱えていた問題があらわになる」というような出来事が重なっていくのかもしれません。ケイ素生物の設計図入手は、その契機となる出来事だったのでしょう。
非対称性と宇宙の誕生
環がダウン間際に発した「この鏡は非対称で歪んでる」という言葉についても議論がおこなわれます。五十鈴によると
「宇宙は非対称だよ だから存在するし進んでいる」
とのこと。逆に言えば、この宇宙の「鏡」が対称であった場合には、宇宙そのものが存在しなかったと。これはどういう意味でしょうか。
「宇宙が非対称性ゆえに存在している」というのは、物質優勢宇宙の条件が念頭にある話だとおもわれます。真空から粒子が生じる際、粒子と反粒子が同数だけ対生成されます。とすると、この宇宙では反物質が数多く生じるか、あるいは対消滅で物質もろとも真空に帰してしまうはずです。しかし実際にはそうなっていません。反物質は身近に存在せず、この宇宙は物質で満たされています。この不均衡はどのようにして生じたのか、というが「物質優勢宇宙」に関する議論です。
これについては、1967年にロシアの物理学者アンドレイ・サハロフが「バリオン数非保存・CおよびCP対称性のやぶれ・非熱平衡」というサハロフの3条件を提唱しました。現在でも研究がおこなわれているテーマです。私から素粒子に関する詳しい説明をおこなうことはできないので、知りたい人は調べてみてください。
素粒子・宇宙論・生物学等の知見が援用され、鏡像と非対称という概念がこの世界の核にあるらしいという事が伝わってきます。
環の調査予定
荒巻との対話の最後に、五十鈴が「昼頃に環に調査を再開させる」と発言します。霊体の環がホテルに現れて素子と出会うのは、第04章の午後1時54分以降の「予定」です。あの時の霊体の環は、どうやら五十鈴の正式な命令により調査活動中であったようですね。
未来と過去は同じもの
さらに、五十鈴は次のような発言をおこないます。
「今日これから起こる事は始まりに過ぎず通過点の一つで又終焉でもある」
まず「今日これから」という言葉にも表れている通り、この巻の全ての出来事が、この対話以降の1日間で起こることになっています。
また、その出来事の帰結として、人類は剣の時代を脱して鏡の時代へと突入していきます。この物語は鏡の時代の始まりであり、剣の時代の終わりであり、果てしなく続く三要素のサイクルの途中なわけです。五十鈴はそのような循環する歴史の転換点について語っているようです。
さらに、
「現時(リアルタイム)なので君にも同席してもらった」
と五十鈴が言うと、荒巻は
「未来を観るんじゃないのか?」
と困惑します。五十鈴の言う「リアルタイム」の意味が少し理解しにくいですが、天御柱への影響が現時点で生じているという意味かもしれません。
それに答える形で、五十鈴が締めのセリフを放ちます。
「未来と過去は同じ物だよ 違うのは観る側だ」
時系列上では一番最初にあたる場面が、プロローグ(本の最初)とエピローグ(本の最後)に配置してあるため、それとひっかけたセリフだと思われます。「違うのは読む側だ」というわけです。オシャレな演出ですね。それに加えて、循環的時間においては過去も未来も同じ円環の一部に過ぎないという話でもあります。
また、前回も少しだけ触れましたが、天御柱の上部構造にあたる霊的世界では、時間のベクトルに対してもメタ的に振る舞うのだと思われます(だから霊能者の未来視が可能なのかもしれません。)そのようなメタ視点に立った場合、本当に「未来と過去は同じ物」になってしまうのでしょう。
円環を閉じる
とうとう物語の結末に至りました。最終ページでは、倒れた環が何かをつぶやき、霊能局の職員が「何だって?」と尋ねます。環が何をつぶやいたのかは明かされず、読者の想像に委ねる形となっています。その時、環の顔がアップになり、その瞳に天御柱が映り込みます。未来か宇宙の構造について何やら語っている様子が感じられますね。
なお、環の最後の2コマは、素子の冒頭の2コマと対を成すように描かれています。環は上向き、素子は下向きで、ちょうど鏡像を成しており、両者の瞳に同様の樹形図が映っています。例の「非対称の鏡」を表すとともに、循環的時間を示すかのように、冒頭と結末で円環構造が作られているわけです。これも見事な演出と言えるでしょう。
5章後半~6章のまとめ
① ケイ素生物の処置をめぐる素子と草薙の議論・契約
② ポセイドンからの素子の脱出・宇宙行き
③ 環の過去視と未来視
④ 影=天邪鬼と3種ユニットから成る宇宙構造の説明
⑤ 循環的時間と鏡の時代への移行に関する予知
⑥ 鏡の時代で直面する「人類の影」に関する予知
⑦ プロローグとエピローグによる円環構造
全体のまとめ
さて、かなり冗長な説明となってしまいましたが、以上で攻殻2 MANMACHINE INTERFACEの考察記事を完結したいと思います。私がフォローできなかった部分、間違って理解している部分もあるかと思います。よろしければ、コメント欄にてご指摘・ご感想などを書き込んでください。
全体を振り返ってみると、攻殻2のストーリーは、おおまかに3層構造になっているという事に気づきます。その3層というのは以下の通りです。
◯1:素子とミレニアムの対決と、そこから派生する未知の敵の発見
◯2:素子同位体の生存競争と、非対称の鏡に関する発見
◯3:鏡の時代への移行と宇宙の構造に関する対話
この3層は、実はこの作品の3つの異なるバージョンに対応するものとなっています。攻殻2は最初に週刊ヤングマガジンという雑誌に連載されたのですが、その内容は単行本の第4章から第5章にあたる部分のみでした。その後、大幅な加筆や修正がおこなわれ、徐々に現在の形に変化していったのです。そうした経緯のため、攻殻2には雑誌掲載版・SOLID BOX版・KCデラックス版という3つの異なるバージョンが存在します。
考察でも用いた普及版がKCデラックス版です。このバージョンは最も多くの加筆部分を含んでおり、上記の◯1・◯2・◯3の全ての要素を備えています。
逆に言うと、一番最初の雑誌掲載版には◯1の内容しか含まれておらず、極めてシンプルな物語でした。普及しているKCデラックス版が少し分かりにくいのも、3つの層が重なって物語が複雑化しているからだと思われます。しかし、その分読み応えがあるものになっているとも言えます。初読の時にイマイチ内容が分からなかったという人も、その3層を切り分けて読んでみると、少し分かりやすくなるのではないかと思います。
第1章へ戻る・・・
(間違いの指摘募集中)


コメント