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第5話「オフパコ」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、出会いを求める人たちが集まっている。そして日々、ファンデルワールス力で引かれ合っている。

 かくいう僕も、そういった分子的結合に憧れる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、親密な結合を望む面々の文芸部にも、孤高の原子のような人が一人だけいます。性欲を抑えきれなかった男たちの中で、出会いすらスルーしてしまう清純派の女の子。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩は、世間ずれしておらず、とっても自然体の天然美少女だ。化粧なしでこれほど美しい女の子を僕は知らない。そんな、フォトショップがいらない美しさにめろめろになりながら、僕は楓先輩に声を返す。


「どうしたのですか、先輩。知らない言葉にネットで出会いましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが、歴史的な出会いを果たしたように、僕はネットで歴史的な出会い頭の事故に、何度も巻き込まれています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 楓先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。ネットに触れていなかった先輩は、そのパソコンでウェブを見始めた。そのせいで、ずぶずぶとネットの世界にはまりつつあるのだ。


「オフパコって何?」


 ぶふっ!!!!

 僕は、思わず噴きそうになる。やばい。これは、とてつもなく恐ろしい言葉が来た。


 オフパコのオフは、オフ会などのオフと同じ、オフラインを意味する言葉だ。このオフは危険ではない。危ないのはパコの方だ。

 パコは、パコパコするの略語である。パコるとも言われるパコパコするは、男女が交合する時の擬音から来ている。このパコは、そのものずばり、男女が交わることを表現している。


 ネットは、オフパコに溢れていると言われている。そのオフパコが何であるのかを、楓先輩が知れば、ネットジャンキーである僕が、オフパコマスターであると誤認される可能性がある。そうでなくても、何でそんな卑猥な言葉を知っているのかと、突っ込まれてしまう危険がある。


 これは地雷原のど真ん中に放り込まれたようなものだ。どうする自分? 僕は、念力でスプーンが曲げられそうなほど必死に考えたあと、ひとつの結論に達した。

 パコが擬音であることを告げ、その正体が何であるかを隠してしまおう。それしかない。触れるな危険。僕は、パコを巧妙に隠蔽しながら、楓先輩に説明することを決定した。


「楓先輩。オフパコは、オフとパコの合成語です。このオフは、オフラインを意味する言葉です。反対語はオンライン。このオンラインは、ネットに接続している状態を表し、オフラインはネットには接続していない状態を意味しています。

 このオフという略語は、ネット関係の用語でよく出てきます。オフ会と言えば、普段ネットで繋がっている人たちが、オフの場、つまりネットではない現実の場所で出会って談笑することを意味します。

 つまりオフパコとは、オフの場で、パコをすることを表現しているのです。


 では、パコとは何でしょうか? これは、オノマトペに属する言葉です。日本語は、擬音語、擬声語、擬態語が豊富な言語だと言われています。一説によると、その分量は、英語の五倍にもおよぶと言われており、日本語の特色とされています。

 さて、このオノマトペですが、語彙として定着する際には、四つの段階があるという研究が発表されています。


 レベル一の語彙は、臨時語と呼ばれています。キュピーン、バギューン、ズシャーンなど、その場限りで使われ、特に語彙として定着しないものです。こういったレベル一の語彙は、マンガの効果音でよく出てきます。日本語は、こういった音の雰囲気を上手く活用する言語なわけです。

 レベル二の語彙には、多くの日本語のオノマトペが含まれます。この語彙は、オノマトペのあとに、助詞『と』を補うことで、文章中に用いられるのが特徴です。カアカアと鳴く、ドカーンと爆発する。これらの言葉は、あとに『と』がなければ文章としてしっくり来ません。こういったオノマトペは、日本語に非常に多いです。


 レベル三の語彙は、『と』を省略したり、その代わりに『に』を使ったりします。あるいは、『する』『だ』『になる』という語を伴い、ひとつの単語して機能します。

 すっかりと治る、という文は、すっかり治る、と省略が可能です。また、ずたずたという言葉は、ずたずたに引き裂く。ぼろぼろという言葉は、ぼろぼろになると使えます。

 こういったオノマトペは、日本語の語彙の中でも、非常に定着度が高い単語だと言えるでしょう。


 最後のレベル四の語彙は、そういったオノマトペ語彙の派生語です。あるいは完全に動詞や形容詞になってしまった単語と言えるかもしれません。

 こういった単語には、びっくりする、かっかする、があります。また、べたつく、ふらつく、いじける、などがあります。これらは、べたべたする、ふらふらする、いじいじするが、短くなったものです。

 日本語のオノマトペは、このように使用頻度によって進化していきます。


 こういったオノマトペの進化は、ネットスラングでも見られます。たとえば、もにょもにょするを、もにょると呼ぶことは、そういった変化のひとつだと思います。そして、ネットでは、これまでの言葉の変遷とは違い、その速度が非常に速くなっています。また、登場の瞬間から、一気にレベル三の用法で使われたりします。


 さて、パコは、先述したようにオノマトペです。そのため、その語感から意味を想像することが可能です。

 パコが何の擬音語、あるいは擬態語であるのかは、僕からは控えさせてもらいます。これは、楓先輩が解くべき謎とさせてもらいます。それでは、三日かけて考えてみてください」


 僕は、そう告げて説明を終えた。楓先輩は、たいてい三日経つと飽きてしまう。だから、三日間かけて考えるようにと言った。これでオフパコの意味は藪の中だ。僕に被害がおよぶことはないだろう。僕は、胸をなで下ろす。


「なるほど、ヒントを出したから、自分で考えてというわけね?」

「そうです」


「じゃあ、ちょっと待って。今考えてみるわ」

「えっ?」


 あの、三日かけて考えてみてください、と言ったのですが……。

 しかし、そんな僕の思惑を無視して、楓先輩は真剣な顔で考え始めた。


「パコって、何を表現しているのかな。何となく、凸状のものが、凹状の状態に遷移するような音だよね。あるいは、凸状のものが、凹状のものにはまるというか。

 あと、オノマトペって、二回重ねることが多いよね。もし、そういった状態を省略しているのならば、元の形は、パコパコになるよね?」

「え、ええ。そうかもしれませんね」


 僕は、楓先輩の口から放たれる、卑猥な擬音に顔を青くしながら答える。


「ねえ、サカキくん。パコパコって、どういう意味なのかな? パコじゃなくて、パコパコの方ね」


 げふっ!

 僕は、吐血しそうになる。


 パコの意味を、楓先輩に考えてもらうつもりが、その作業がブーメランのように僕に戻ってきた。

 パコは自分で考えてくださいと言ったけど、パコパコを自分で考えるようにとは告げていない。あらかじめ伝えておけばよかったが、僕はそうしていなかった。


 僕は、楓先輩の従順な下僕だ。曖昧さを残していない質問をぶつけられれば、突っぱねることはできない。ここまで追い詰められたら終わりだ。ライオンに追われ、行き止まりに追い詰められたウサギのような気持ちで、僕は仕方なくパコパコの意味を説明する。


「パコパコは、男女が交合する時の擬音です。楓先輩が想像したとおり、凸状のものが凹状のものにはまる際のオノマトペです」


 楓先輩は、一瞬ぽかんとする。そして、徐々に顔を赤く染めた。


「つ、つまり、オフパコは、どういった意味なの?」

「普段ネットでしかやり取りをしていなかった人たちが、オフライン、つまり実際に合い、パコる、あるいはパコパコすることを意味します」


 僕の説明に、楓先輩は指の先まで朱色になる。


「サ、サカキくんって、ネットの達人よね?」

「はい」


「サカキくんって、ネットを使って、そんなことをしているの?」

「し、していません! 僕は、オフパコなんか断じてしていません!!」


 僕は必死に主張した。しかし、楓先輩は、僕のネット上の活動が、卑猥であると信じて疑わなかった。僕のネット上での行動が、健全すぎるほど健全なことを、受け入れてはくれなかった。


 それから三日ほど、僕はネットでオフパコを求める人間として、楓先輩に敬遠され続けた。

 だから、していませんってば!


 僕は、童貞すぎるほどの童貞であることを、どうにかして楓先輩に伝えたかった。しかし、自分から童貞だと告白することもできず、悶々とし続けた。


 今回は、久しぶりに、純粋にエロい単語でした。というわけで、楓先輩は赤面状態でした。


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