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優しい世界の壊し方-5-

 プリムローズが去り、俺たちの間に重苦しい沈黙が流れる。

 ヘルモンドゲート要塞の件も、エルフの女王の件も、どちらもプリムローズが鍵であった為、彼女に拒否されてしまえば、俺たちに打つ手はない。

 万事休す、というやつだ。


「はぁ、どうすっかな」


 その場に腰を下ろして考え込む。

 白い花がクッションのように、ふかふかとした感触だった。

 ほのかに光輝いているが、特に熱はないらしい。ヒカリゴケみたいなもんだろうか。


「ナナアンナさんもすまん。色々と助けてもらったのにな」

「いや……」


 彼女も所在なさそうに視線を動かす。


「私も甘かったんだ。ドリアードたちの考えを無視していたんだ。当然の事だ」

「ドリアードは人間に対して敵対的だったのかしら」

「正直、ドリアード族とはあまり交流がないんだ。

 プリムローズ様に会ったのも、今日が初めてだから。

 あの方が、あのようなお考えを持っておられたのは知らなかった」

「まあ、仕方ないわね。あっちは一族の長なんだもの」


 おいそれと会える立場ではない、か。

 それも含めて、今回の作戦は見切り発車だったのかもしれないな。


「私は一度、エルフの里に戻るよ。妹の様子も気になる」


 ナナアンナさんはそう言うと俺たちを見回す。


「あなた方はどうするんだ? もし帰るなら森の外まで送り届けるが」

「朝まではいていいって言ってたし、もう少しだけいるよ」

「なら、また戻ってこよう」


 ありがとう、と軽く礼を言うと、ナナアンナさんは再び先ほどの葉を取り出した。

 葉の汁を絞ると、彼女の体が一瞬で消える。

 うーむ、外から見ても不思議な現象だ。

 そんな事を考えていると、ふとアムダと視線が合った。


「どうしたんだ?」

「いえ……。別にこのまま森を出ても良かったんじゃないですか」


 アムダがそう切り出し、俺たちを見回す。


「この場で僕たちが出来る事はもうありません。

 であれば、この森に用はないはずです」

「それはそうだけどさ。もしかしたらまだ方法があるかもしれないし」

「楽観的なのはシライさんの良いところだと思いますが。この状況ではあまり利口とも思えません」

「だからと言ってこのまま出ていく訳にもいかねえだろ。

 魔神の件もそうだし、それにエルフたちの件もあるんだ」

「それがそもそも僕たちの関わる問題ではないんです」


 アムダはまっすぐにこちらを見返し、告げる。


「先ほどのプリムローズも言っていたように、僕たちは異邦人であり、この世界にとっては余分な存在なんです。

 わざわざ余計な事に首を突っ込む必要はないでしょう」

「ちょっとアムダ、その言い方は……」


 奏が口を挟もうとするが、しかしアムダは至って冷静な口調で続けていく。


「僕は事実を言っているつもりです。それは奏さんにだって理解出来るでしょう」

「それは分かるわ。でも、そんな事務的に処理出来る事でもないはずよ」

「そうでしょうか。僕にしてみれば、もっと作業的にやるべき事柄であると思いますが」


 アムダは小さく笑う。

 それはいつもの笑みではなく、どこか冷めた笑みだ。


「僕らの目的が魔神討伐ならば、ここで無為な時間を使うよりも、もっと使うべき時があるはずです」

「その魔神を倒す為にここに来たんじゃねぇか」

「それが空振りに終わったなら、もうここに留まる理由はないはずです。

 僕はそう言っているだけです。

 エルフの女王を助ける事は、僕らにとって必要な作業とは思えません」

「じゃあ、見捨てろって言うのか?」


 俺の言葉に、アムダは頷く。


「言葉が気に食わなければ、見なかった振りでも構いませんよ。

 どうせ僕たちはイレギュラーなんですから、そもそもいなかった存在なんです。

 プリムローズも言ってた通り、それが運命だったんでしょう」

「待てよ。魔神がトトリエルさんを狙ったのは、元を正せば俺たちと関わったせいだろ」

「元を正せば、この世界の存在そのものが原因ですよ。

 僕たちが関わったかどうかなど、些末な話ですよ。

 それに、この世界の問題はこの世界が解決するべきだ。違いますか?」

「それは……」


 アムダの言葉に、俺は言葉が詰まる。


「それにドリアードの助力がなくても、魔神を倒す方法がない訳ではないでしょう。

 この世界を救うのが僕らの目的じゃない。元の世界に戻るのが目的のはずです」

「それは分かってるつもりだ」

「ならばたかが一つの国に関わってる場合ではないでしょう。魔神を殺し、僕たちの目的を果たすのであれば」


 アムダはそう言うと、視線を奏に移す。


「たとえば、奏さんの魔力ならばもっと強大な破壊力を持った魔術を使う事も不可能ではないでしょう。

 それをぶつければ、いかに魔神とはいえ、無事では済まないんではないですか」

「……確かに、そういう手段がない訳ではないわ」


 歯痒そうに奏が答える。


「でも、この世界にも大きな被害が出るわ。

 それがどれほどの規模になり、どれだけ長引くかは分からない。

 そして、それだけの威力の魔術を使っても、あの魔神を討滅出来るかは分からないのよ」

「でも方法があるならば試してみるべきです」

「被害を考慮せず力を使えって言うのか?」

「それで魔神を倒せるなら、必要な被害であると思いますが」


 アムダはさらに続ける。


「それに馬鹿正直に魔神を出てきた順に倒す必要もないでしょう。

 オルティスタは人間領にいるのならば、こちらから攻め入る事だって可能です」

「でもそれは、プリエスト帝国との争いになるわ」


 オルティスタがプリエストにもぐりこみ、精神操作によって周囲を操っているのであれば、戦争は避けられないだろう。

 そうなれば、どれほどの被害が出るのかも分からない。

 しかしアムダは顔色一つ変えずに言う。


「それが必要とあれば、僕はすぐにでも戦いますよ。

 僕にしろブリガンテさんにしろ、それが出来るだけの力は持っています」

「だからってな、無関係な人間を巻き込む訳にはいかねぇだろ」

「無関係? 世界の命運とやらを賭けた戦いなんでしょう?

 無関係な人間なんて、この世界のどこにもいませんよ」


 アムダの言い分は理解は出来る。だが、納得が出来るかというと、そういう話じゃない。

 すべてを犠牲にしても、俺たちの目的を果たすつもりなら、それこそアムダの言うとおりなのだろうが。


「ちょっと二人とも、冷静になってよ。仲間うちで言い争ってる場合じゃないでしょ」


 ヒートアップしてきた俺たちを、奏が止めに入る。


「僕は至って冷静です。ゆえに合理的な手段を提案しているに過ぎません」

「合理的だって? そういうのはゴリ押しって言うんだよ」

「だからシライさんも言い返さないでよ。少しは落ち着きなさいよ」


 少し距離を取り、俺はアムダを見据える。

 いつものすました笑みはなく、鋭い目つきをしていた。


「一度落ち着いて話し合いましょ。アムダらしくないわよ」

「僕らしい、ですか……」


 奏の何気ない一言に、しかしアムダが予想外の反応を見せる。


「あなたたちが僕の何を知っていると言うんですか」

「アムダ?」

「僕は僕だ。僕でしかない。あなたたちに、分かるはずがない……」


 右手で自分の顔を隠すように、アムダはよろめく。

 突然の変調に、俺たちはどうする事も出来ない。


「アムダ、どうしたんだよ……」

「どうもこうもありませんよ。もう、うんざりなんだ。

 シライさん。僕はあなたの事、好きですよ。

 でもね、あなたのその甘い考え方が時々、ひどく僕を苛立たせるんですよ。

 誰も死ななければいい? そんなものは幻想だ。僕たちは殺し合いしか出来ないんだから。

 殺して殺して殺し尽くして。その果てに英雄と呼ばれたのが僕であり、僕らなんですよ」


 アムダは指の合間からちらりとこちらを覗き見た。

 その瞳は、どこか虚ろに見えた。

 いつも笑っていた、優しげな印象はそこにはなかった。

 俺の知らないアムダの顔。


「英雄なんてものはね、血溜まりの中でしか生まれないんです。

 人を救うのが上手なんじゃない。人を殺すのが上手いだけの存在なんですよ」

「そんな言い方って……」


 俺の戸惑いを、アムダはくすりと笑った。


「世界を救うとか、僕にはどうでもいいんですよ。

 元の世界でもそうです。僕は僕のやりたい事をやっただけだ。その結果、僕は勇者と呼ばれ、英雄になったに過ぎない。

 僕に出来るのはただ効率良く敵を誅滅する事だけだ。

 人助けがしたいなら、勝手にやってください」


 アムダはそう言うと、凍てついた瞳を俺たちに向ける。

 俺も奏も反応出来なかったが、おっさんが少し前に出る。


「……どうするつもりだ」

「決まっています。魔神を討つ。それが僕の役目ですから。

 一人でも森を抜けて魔神を倒しに行きますよ」


 俺たちに背を向けると、輝く花畑の中を一人、歩み出す。


「ちょっと待ってよ。本気なの?」

「…………」


 奏の引き留めの言葉にも、アムダは答えない。


「ここは深い森の中だし、一人でどうやって出るつもりよ」

「地の神剣の力を使えば、来た時と同じ方法で出る事は出来ますよ」

「でも、だからって……」

「待てよアムダ」


 縋るような言葉に、アムダは足を止め、振り返る。


「まだ何かありますか?」

「あるに決まってるだろ。一人じゃ何も出来ないだろ。俺たちは仲間なんだし」

「シライさん。僕たちは運命共同体かもしれない。

 でも、所詮はついこの間出会っただけの付き合いに過ぎない。

 たまたま、運命の悪戯でこの世界に飛ばされただけの、同行人です。

 向かう先が違うなら、道を違える事もあるでしょう」


 アムダのその言葉には、迷いなく力強さがあった。

 そして俺は、アムダの決意に揺らぎが無い事を知る。


「……本当に行くんだな」

「ええ」


 それだけを告げると、再びアムダは歩み始める。

 木々の合間に見えなくなるまで、俺たちはただアムダの背中を見詰めていた。

 やがて、奏が口を開く。


「よかったの?」

「……いい訳あるかよ」

「だったら――」

「じゃあなんて言って止めれば良かったんだよ。

 あいつの言う通り、俺たちはアムダの事も、何も知らない。

 アムダがあんな風に今まで考えていた事も、ちっとも知らなかったんだから」


 きつい事を言う事もあったが、心の中では同じ方向を向いていると思っていた。

 しかし、そうじゃなかったんだと知り、俺にはそれが辛かった。

 俺の決断が、アムダを一人にさせたんだ。

 思い悩んでいると、背中に強い衝撃があった。


「痛て……」


 見るとおっさんが俺の背を叩いていた。


「前を向け。まだ、我らにはやるべき事があるのだろう」

「でも……」

「たとえ向かう先が違えども、行くべき先が同じならば、再び道もめぐり合うだろう」

「それは……」

「胸を張れ、シライ。お前は間違っていない」


 その言葉に、俺はなんだか救われたような気がした。

 周囲を見ると、奏やバシュトラたちも小さく頷いている。

 そうだな。まだ、俺たちは何も成し遂げていないんだ。


「ありがとな、おっさん。それに奏もバシュトラも」

「お礼を言われる事なんて何もしてないわ。あたしたちはただリーダーに付いて行くだけよ」

「……別にいい」


 ひとまずやる気を入れ直したところで、今後について考える必要がある。

 そう思っていると、視界の端に人影が映った。

 ナナアンナさんだ。

 少し浮かない顔をしているけど、妹に何かあったんだろうか。


「どうしたんだ? 何か問題でも……」

「ああ、いや、何でもない」


 ナナアンナさんは薄く笑った後、俺の顔を見る。


「それで、何か良い案は出たのか?」

「ちょっとまだ思いついてないんだ」


 俺の言葉に、軽く頷いた後、彼女はこう答えた。


「なら、一度エルフの里に来るのはどうだろうか」


 

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