(耕論)荒れる選挙 畠山理仁さん、安田菜津紀さん、小林哲郎さん

 ■2025参院選

 選挙で個人を攻撃したり、差別発言や陰謀論を繰り広げたり、宣伝に利用したり――。最近、そんな候補者や支持者が目立つ。なぜ選挙は荒れているのか。荒れる選挙を生む土壌とは。

 ■恐れず、行動するチャンス 畠山理仁さん(フリーライター)

 選挙でヘイトスピーチや個人攻撃をしたり、宣伝に利用したりという候補者が目立つようになりました。私は、「選挙が荒らされている」と多くの人が気付いたことが重要だと考えています。この状況を、社会がよい方に向かうきっかけにできるかどうかは、有権者にかかっている。選挙で審判を受けるのは、候補者だけではないのです。

 もともと、政党に属さない独立系の候補者は目立つことを重視していました。「メディアは自分のことを報じない」という不満があった。「まずは認知されなければ」と、派手な格好やパフォーマンスをする人はこれまでもいました。

 過激になったのは、新型コロナ以降でしょう。集会など通常の活動がやりにくくなり、候補者が積極的にネットで情報発信するようになりました。たとえ「炎上」したとしても目立とうと、刺激的なことや根拠不明な情報を喧伝(けんでん)する人も出てきた。そうした玉石混交のネット空間に、有権者が情報を取りに行く。メディアではあまり報じられなかった候補者の情報にも触れるようになりました。

 その後も過激な言動を繰り広げる候補者は後を絶たず、社会問題となっています。「監視しなければひどいことになる」と関心が高まった。あなたが「嫌だな」と感じたら、チャンスです。「だから選挙には関わらない」ではなく、「だから何ができるのか」を考え、行動して欲しい。

 有権者にはできることがたくさんあります。極端な候補者ではなく、他の人に投票する。「この人はふさわしくない」と話して仲間をつくる。街頭演説に足を運んで「ヘイトはやめろ」と批判する。逆に「嫌だ」と選挙自体を拒絶してしまうと、問題のある候補者の影響力が相対的に大きくなります。「投票に行かない」は強力な政治行動になってしまうんです。

 立候補に規制を求める声もありますが、私は賛同できません。選挙に出るのは大切な権利です。候補者がいなければ「あなたは嫌だ」という意思表示すらできない。「出るな」ではなく、そういう人が支持される社会の貧しさを改善したり、より魅力的な候補者を育てたりするべきです。

 今の状況を恐れる必要なんてありません。まだできること、やっていないことがたくさんあるはずです。今は、荒れた選挙をどう社会に生かすか、ようやくその入り口に立ったところ。これからです。(聞き手・田中聡子)

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 はたけやまみちよし 1973年生まれ。選挙の楽しさを発信する。その活動がドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」に。著書に「黙殺」など。

 ■権力があおり、作った土壌 安田菜津紀さん(フォトジャーナリスト)

 最近の選挙で、差別や個人攻撃的な言動を繰り広げる候補者が目立ちます。ですが、選挙が差別やヘイトの手段になったのは新しいことではありません。これまで、誰が、どのように差別をあおってきたかを考え、手を打つべきです。

 「新しいことではない」とはどういうことか。「もともとそういう候補者はいた」「特定のルーツを持つ人たちを攻撃する団体はあった」というレベルの話ではありません。この国では権力を持つ政治家が差別をあおり、それが社会の土壌に染み込んでいきました。

 例えば2012年の生活保護バッシングの際、「不正受給」「恥」などの言葉で受給者を攻撃する議員が現れました。この年の衆院選で、自民党は選挙公約に生活保護の給付水準の切り下げを盛り込み、選挙後には実際に生活保護水準が切り下げられました。最高裁は先日、この切り下げを違法だと判断しています。性的マイノリティーを公然と差別する議員、性的少数者や同性婚への差別発言で更迭された首相秘書官もいました。政権側の差別やヘイトは数えきれません。

 最近、ユーチューブやティックトックなど拡散に使える身近な道具が増え、閲覧数で金もうけする人も現れたことで、選挙運動の状況が過激になっています。残念ながら差別は金になるし、攻撃的な言動を喜ぶ人が一定数存在して、票にもなってしまう。「選挙中だから」とメディアの批判も消え、「差別の自由」が与えられてしまっています。

 しかし、彼らはある日突然現れたわけではありません。差別が広がる土壌がまずあり、社会に浸透し、それが選挙によって顕在化しているにすぎない。公の権力側にいる政治家は本来、特定の属性の人への攻撃や、それに不安を抱く人たちに対し、「差別はいけない」とメッセージを発したり、ファクトを示して語りかけたりする責任があります。それが逆に「官製差別」をしているのです。

 今、人種差別の撤廃に取り組む人たちがつくっている法律のモデルには、柱の一つに「政府から独立した人権機関の設置」があります。権力が差別をあおるからこそ、独立した組織が必要だと感じます。

 今後の選挙でもまた差別が広がるかもしれません。メディアは萎縮せず批判するべきです。目立つ言動をする候補者の「面白さ」の中にある危うさを市民に伝えるのは、メディアの大事な役割だと思います。(聞き手・田中聡子)

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 やすだなつき 1987年生まれ。メディアNPO「Dialogue for People」副代表。東南アジアや中東など国内外で難民や貧困、災害を取材。

 ■「逆張りエンタメ」に需要 小林哲郎さん(早稲田大学政治経済学術院教授)

 日本人は中国やロシアのような権威主義国家の非自由主義的なナラティブ(正当性を主張する物語)に影響されやすい。そんな傾向が18~79歳の3270人を対象とするオンライン調査実験で浮かびました。他の研究者と共同で3月に論文を発表しました。

 例えばロシアのウクライナ侵攻に関する設問では、「一方的な侵略であり重大な国際法違反だ」という自由主義陣営の「物語」よりも、「NATO(北大西洋条約機構)が中立の約束を破りウクライナへの影響力を拡大したのが原因」というロシアに都合の良い「物語」の方が、説得効果が高いという結果が出ました。

 その理由は逆張りの目新しさにある、と考えています。つまり、社会の主流の価値観と異なる物語は新鮮で面白く感じられ、関心を引くということです。

 だとすれば、選挙でも陰謀論などを唱える候補者が説得力を持ってしまう可能性は十分にあるでしょう。

 ネット配信のドラマは非常に展開が速く、どんでん返しをたくさん入れて視聴者の関心を引きつけます。国内選挙の実証研究はこれからで、あくまで仮説に過ぎませんが、政治も最近エンターテインメントとして消費されている側面があり、ドラマのような展開を求める需要があるのではないかとみています。

 たとえば昨年の兵庫県知事選では、批判を浴びていた知事が「実は県議会やメディアからいじめられている被害者なのだ」という物語転換の効果が一定程度あったのではないでしょうか。韓国でも、「野党には北朝鮮の影響を受けたスパイもいるらしい」などと陰謀論が流れたこともあり、非常戒厳を出した前大統領への支持が、保守派の間では急回復しました。

 民主主義はまず法律があり、それに照らして理非が判断される演繹(えんえき)的なシステム。予想外の結論は出にくいです。「既得権益への挑戦」という物語に対抗すれば、既得権益側の物語とみなされる。情報を読み解く力を高めるといった個人の努力を求めてもなかなか響かないでしょう。「面白くない」ものに関心を持ってもらうのは難しい。民主主義はソーシャルメディア時代には不利なのです。

 しかし長い目で見れば、選んだ政治家が不適格だったと思えば、次の選挙で代えればいい。それができるなら、民主主義は機能しているということです。私はまだそんなに悲観していません。(聞き手・各務滋)

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 こばやしてつろう 1978年生まれ。香港城市大学准教授などを経て現職。社会心理学をベースに政治コミュニケーションや政治心理学などを研究する。

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