第4回刑務所出ても巨額の賠償請求 終わらない「迫害」、心折れ街を離れた
「香港政府の代理人弁護士の助手」を名乗る人物が刑務所に訪ねてきたのは2021年3月のことだった。
当時、暴動罪で拘禁刑4年の判決を受けて収監されていた梁柏添(29)は、その人物からA4サイズほどの封筒を手渡され、受け取りのサインをするよう求められた。
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香港国家安全維持法(国安法)が2020年6月30日に施行されて5年。香港政府は自由を求めて声を上げた人々を追い詰め続けています。いまもその軛(くびき)から逃れられられない市民の姿を追いました。
刑事裁判に関する資料かと思ったが、違った。助手は「政府と警察官の双方が今後、(梁に)賠償請求することになる」と告げた。
罪ならば今まさに償っている。さらにどうしろというのだ。梁に、絶望がよぎった。
2019年のデモ現場で
19年の大規模デモの現場の多くに、梁の姿はあった。6月に本格化したデモに対し、警察は直ちに催涙弾やゴム弾を発射して応じた。デモ隊と警察の衝突は次第に激しさを増していった。
7月14日、香港・沙田で起きたデモに梁が参加したときのことだ。商業施設での数百人規模のデモ隊と警察の激しいもみ合いの現場にいた梁は、そこから脱出しようとした。梁によると、その際、床に倒れていた警察官に足をつかまれたため、振り払った。「決して暴力は振るっていない」と梁は訴えるが、これが暴力行為だと判断された。
約1週間後、警察が自宅を訪ねてきた。梁は弁護士と相談し、警察に出頭。暴動罪で起訴され、20年9月に実刑判決を受けた。警察官2人にけがを負わせたことも認定された。
判決を受けた日は涙が止まらなかった。「すでに事実を争う意欲は残っていなかった」と話す。
刑務所に入った梁に対し、政府の代理人が賠償請求をすると告げたのはそれから半年後のことだ。梁の心は再び暗い闇の中に落ち込んだ。
出所しても「解放されない」
以来、賠償のことが梁の頭を離れなくなった。20人ほどが暮らす監房で、梁は1人眠れない夜を過ごした。23年4月、出所した日も、「まだ解放されたわけではないのだ」という考えが頭をよぎった。
出所後、警察の代理人に和解をしたいと電話をしたこともある。「こちらは和解したいと思っていない」と返ってきた。
24年5月、香港政府から正式に約170万香港ドル(約3100万円)を請求された。出所後、再就職先を見つけることができずにいた梁が支払える額ではない。
香港政府の請求は「二次迫害」と梁は考えている。「火種となりうる人物の収入源を奪い、生活を断ち切り、この社会に存在させまいとするやり方だ」。24年6月に台湾に赴き、そのまま香港に戻らないことを決めた。
無罪判決を勝ち取ったのに
ジムトレーナーの湯偉雄(44)も妻とともに21年に香港を離れることを決め、台湾に移住した1人だ。
19年7月、警察とデモ隊の衝突の現場から遠く離れた場所にいたにもかかわらず「共犯」として暴動罪で起訴された。湯は罪を否認。終審法院まで争って21年11月に無罪が確定した。
ただ、公判の最中、国安法が施行された前後から当局の嫌がらせとも思える行為が始まった。湯が当時、香港で経営していたジムを「通報があった」と警察や消防当局が頻繁に「検査」に訪ねるようになった。通報の理由は「騒がしい」だったり、書類を適切な場所に掲示していなかったりしたというものだった。週に数回、多い時は1日3回の「検査」があった。
迷わず離れた香港
警察の厳しい取り締まりに市民がおののいていたころだ。「私は危険な人物で、近づかない方がいいとみんな思ったようだ」。ひと月10万香港ドル(約180万円)あった売り上げは2万香港ドル(約36万円)に減った。
何者かに尾行されていると感じたこともあった。「いつか再び逮捕されるかもしれない」。香港を離れることに、もはや迷いはなかった。
「かつて香港の最大の利点は多様性だった」と湯は話す。「今では一つの考えしか許されず、その考えに従わねば抑圧される。香港はもはや香港ではなくなってしまった」と嘆く。=敬称略
2019年デモの逮捕者数
香港の警察当局によると、19年の一連のデモに関連し、25年4月30日までに11~87歳の男女計1万279人を暴動や傷害、違法集会に参加した疑いなどで逮捕した。このうち2422人が何らかの「法的責任を負った」としている。
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- 【視点】
社会運動で行使された暴力や被害者への賠償責任をどのように判断すべきか。さまざまな見方があり、各国に裁判の判例もあるが、昨今の香港において、果たして司法は正常に機能しているのだろうか。国安法の裁判では裁判官も政治情勢を配慮せざるを得ない。この記事で紹介されている梁柏添さんが約170万香港ドル(約3100万円)もの請求を受けるに至ったのは、どのような根拠や判断基準があってのことなのか。香港政府や裁判所に対して国際社会はもっと厳しい目を向け、情報公開や説明責任を果たすよう圧力をかけるべきではないか。
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