こんにちは、音楽ライターの桒田(くわだ)です。みなさん、この春公開された劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像』は観ましたか?

今年も例年に漏れず、迫力満点でおもしろかったですよね。そんな映画を華やかに彩るのが、作曲家・菅野祐悟(かんの・ゆうご)さんによる音楽です。

劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像(せきがんのフラッシュバック)』予告2【4月18日(金)公開】

予告編。毛利小五郎と長野県警の隻眼の警部・大和敢助がキーパーソンとなり、長野の雪山を舞台に巻き起こる過去と現在の事件をつないでいく

菅野さんは、近年の劇場版『名探偵コナン』シリーズをはじめ、アニメ『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ(2nd Season以降)『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ、ドラマ『さよならマエストロ』や『ガリレオ』シリーズ、『昼顔』など、さまざまな注目作の音楽を手掛けています。

ジョジョのファンの間で「処刑用BGM」と呼ばれる曲の多くも菅野さんが作曲。なんと第5部の挿入曲『il vento d’oro』はYouTubeで1億回再生超え!

映画やドラマ、アニメを観るとき、鑑賞体験をさらに上質にしてくれるのが「劇伴(=映像や物語で流れる音楽のこと)」。物語の展開や映像の動きに沿って、その雰囲気を演出したり、キャラクターの性格や感情を表現したり、ときには鑑賞者の情緒に訴えたり……。

作曲家の方は日頃からどんなふうに音楽を生み出し、どんなことを考えているのか? 菅野祐悟さんにインタビューし、その裏側を伺います!

 

菅野祐悟さんプロフィール

1977年生まれ。東京音楽大学作曲科卒。2004年ドラマ『ラストクリスマス』で作曲家デビュー。2014年NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』、2018年連続テレビ小説『半分、青い。』の音楽を担当。現在は映画、TVドラマ、アニメ、ドキュメンタリー等幅広い音楽制作で活躍し、「劇場版 名探偵コナン」や「ジョジョの奇妙な冒険」「PSYCHO-PASS」などといった人気アニメ作品の劇判も手がける。
☆公式サイト:https://www.yugokanno.com/

大河ドラマのクレジットを見て、「自分もこれになりたい」と思った

「2025年5月に公開された劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像』、鑑賞しました! 菅野さんの迫力ある音楽も相まって、エキサイティングな時間でした」

「ありがとうございます。コナンの映画音楽を手がけるのは、今年で4回目になりました。コナンって世界中でも人気のあるアニメで、積み上げられてきた歴史がすごいじゃないですか。だから、まずは既存のファンや鑑賞者が何を求めているのかを想像する。そして、いい意味でどう裏切っていくのかを心がけましたね」

菅野さんの仕事場でお話を伺いました

「なるほど。アニメ以外にも、これまで数々の映画やドラマの音楽を手掛けてきた菅野さんですが、そもそもどうして劇伴の作曲家になろうと思ったのでしょうか?」

「もともと、僕は音楽教室でピアノを習っていて、小学1年生で初めて作曲をしたんです

「小学1年生……!?」

「親も音楽好きで、クラシックやジャズなどが家でよくかかっていたんですよ。映画音楽もよく耳にしていて、『この音楽は一体何なんだろう。こんなにも心の琴線に触れる美しい音楽を書く仕事があるならば、自分もやりたい』と思うようになりました」

「すでに作曲家になる土壌が家庭の中にあったんですね」

「映像作品もたくさん観ましたね。僕が子どもの頃は『ドラゴンボール』や『ドラえもん』『忍者ハットリくん』が流行っていたので、みんなと同じように観たり。親もドラマや映画をよく観ていたので、隣で一緒に観ていました」

「やはり、多くの映像にも触れているんですね」

「特に大河ドラマは、オープニングでドンと書かれている作曲家のクレジットを見ては、『自分もここに名前が乗るような人間になるぞ!』と思っていましたね」

「そして、自然と劇伴を作る作曲家を目指すように?」

「はい。東京音楽大学の作曲科映画放送音楽コースを卒業し、27歳の頃にフジテレビの“月9”枠のドラマ『ラストクリスマス(2004)』で劇伴作曲家としてデビューしました。そこからは毎クールのようにドラマや映画、アニメなどさまざまな作品に携わっています」


「ちなみに、2014年に大河ドラマ『軍師官兵衛』の音楽を担当させていただき、オープニングにクレジットを載せてもらうという夢は叶いました(笑)」

 

物語の世界観を汲み取って作曲

「映画やドラマ、アニメをよく観るけど、実際に音楽が作られる過程はあまり知らない人も多いと思います。具体的に、どんなプロセスで作られているのでしょうか?」

「まずはテレビドラマの場合、作曲を行う時点で全10話あるうちの2話くらいしか脚本が完成されていないんですよね。『この後はこんなふうに物語が展開していきます』と説明はされますが、その時点で10話分の音楽を書き切って提出しないといけない」

「大変だ……」

「そこで、ドラマのオーソドックスな作り方として、いろんなシーンを想定して音楽を作ります。それらの音楽は演出と選曲担当の元にわたり、『楽しいシーンだから楽しい音楽を』『悲しいシーンだから悲しい音楽を』といった具体に、シーンごとに当てはめられていきます

「では、起こりうるシーンの雰囲気を想像しながら音楽をつくっていくわけですね」

「はい。ドラマって、楽しいシーンと悲しいシーンが必ずありますよね。そういった基本的なシチュエーションは押さえつつ、プラスで何かが起きたときに心拍数が上がるような緊張感のある音楽や、怪しんでいるような音楽、悩んでいるときの音楽なども作ります」

「そうすると、物語の持つ雰囲気や世界観、キャラクターの性格によっても、必要な音楽が変わってきそう!」

「その通りです。たとえば主人公がサイコパスだとすると、音楽で心情を過度に演出する必要はないので、淡々とした音楽をつくるなど。

あと、過去に担当したドラマ『昼顔』は、不倫ものだから必ず登場人物が思い悩むシーンが多いだろうな……なんて考えて、モヤモヤしているような音楽を多めに用意しましたね」

「『昼顔』のあの絶妙に落ち着かない感じ、音楽の力も大きかったんですね(笑)」

「他にも、恋愛系なのか医療系なのか刑事ものなのか、といったジャンルによっても大きく異なります。

たとえば刑事ものだとすると、誰が聴いても明らかに探偵っぽい音楽を作ってみたり、でもそれだけでは杓子定規だからちょっと違うテイストのものをあえて盛り込んでみたりして……」

「なるほど、そのジャンルのもつ雰囲気を押さえつつ、時には外して意外性を持たせているんですね! ちなみにテレビドラマではなく、映画の場合は作り方が変わるんでしょうか?」

「テレビドラマと違って、映画は作曲を始める段階ですべての映像が出来上がっているケースが多いです。

あと、テレビドラマではさまざまなシーンに応用できそうな2分程度の曲を多く用意しますが、映画はシーンに合わせてオリジナルの音楽を作ります。音楽をつけたいシーンが5秒ならば5秒の音楽を作りますし、それが10分のときもある。0.1秒単位で音楽と映像がマッチしている必要があるんですよ」

「職人技ですね……!

気になっていたんですけど、劇伴には作品の世界観を決定づけるメインテーマや、特定のキャラクターを象徴する音楽などがありますよね。『この作品にはこのテーマを』『このキャラクターにはこんな音を』といったアイデアの種って、最初から思い浮かぶものなのでしょうか?」

「これは一概には言えなくて……。

たとえば、小説の帯に書かれているようなキャッチーなセリフって、これは作家本人が『これを帯にしよう』と狙って書いたものじゃないと思うんですよね。物語を書くうちに、登場人物が動き出したことによって、結果的に生み出された言葉であって」

「確かに、そのセリフのために物語があるわけじゃないというか。」

「それと同じで、物語に想いを巡らせて試行錯誤して曲を書く中で、たとえば10曲くらい書いたタイミングで『これだ!』と思いつく。たまに打ち合わせのときに旋律が降りてくることもありますが、大抵は曲を書き進めている途中ですね。このタイミングが狙えたら、誰も苦労しないと思います(笑)」

 

100の現場があれば100通りの仕事がある

「ちなみに劇伴曲って、監督や演出によって、音楽のつくり方も全然違うんですよ。『このシーンに音楽が欲しい』と指定される場合もあれば、映像だけポンと渡されて『後はよろしく』というケースもある

中には、僕が過去にあらゆる作品でつくってきた4000曲以上からピックアップして『こんな感じで』とリクエストされる場合もあります」

「そもそも4000曲以上つくってきたという実績もすごいです……」

100回の現場があれば100通りの仕事がある。それくらい、現場によって全く違うんです。だから、仕事をするたびに自分の引き出しが増えていく

どんなに無理難題を言われても、『◯年前の引き出しを開ければ何とか対応できるか』『これとこれの引き出しを掛け合わせるとうまく作曲できるかも』とカスタマイズしています」

「過去に一緒に仕事をしてきた中で、印象に残っている監督はいますか?」

劇場版『踊る大捜査線』シリーズや『亞人』でご一緒した本広克行監督は、音楽にとても詳しい方でした。ほかにも、『ガリレオ』シリーズや『昼顔』の西谷弘監督は、『こんな音楽で彩りたい』というイメージが明確にある方でしたね」

「『踊る大捜査線』をはじめ、『ジョジョの奇妙な冒険』や『名探偵コナン』など、シリーズの途中で引き継がれるケースもありますよね。名作だからこそ、引き継ぐ難しさがありそうです」

「『ジョジョの奇妙な冒険』は2つ目のシーズン以降担当させていただいていますが、まずは勝手に自分で音楽の型を作って視聴者に喜んでもらうことを意識しましたね。そうして期待値を高めると、音楽へのファンも増えるというか

「過去を引き継ぎつつ、自分なりのフォーマットを作っていく……」

「でも、自分で期待値を高めることの難しさもあって。ジョジョの場合、戦闘中に主人公が相手を倒すようなシーンでかかる音楽(通称:処刑用BGM)が人気で、それを毎回すごく期待してくださる方が多いんですよね。

それに、シリーズが新しくなるたびに『今回の処刑用BGMはどんな音楽なんだろう?』と楽しみにしてくださる方が多くて。その度に過去の自分が作ったものを超えていく必要があり、それが大変で(笑)。過去の自分が常にハードルを上げている状態というか」

「今はアニメの感想をSNSで投稿する人が多いので、音楽への反響もリアルタイムで流れてきますよね。菅野さんも日頃からチェックしていますか?」

「はい。純粋に承認欲求で気になって、SNSは見ちゃいますね。褒められると喜んでがんばろうと思うし、けなされても落ち込んでまたがんばろうと思います(笑)

 

レコーディング、時には偶発性に任せて

「ご自身で作曲した音楽のレコーディングには、菅野さんも立ち会うのでしょうか?」

「はい。あらかじめどんなふうに演奏してほしいのかは楽譜にも書きますが、現場でもディレクションをします。

個人的に、ディレクションには3つの方法があって。奇跡的な偶発性を狙いにいく方法と、演奏者に任せる方法と、僕が思い描くものに到達してもらうために具体的にアドバイスをする方法。それを組み合わせることで、いろんな演奏が生まれていくんです」

「へええ。演奏は生ものなので、だからこそおもしろさと難しさがありそうです」

「そうなんです。たとえば、雪山のシーンで自然の厳しさを表現したいとき。そんなとき、ヴァイオリンには『ビブラートをかけず、音に圧をかけてキーっと弾いてください』とオーダーします。ビブラートをかけると、厳しさのない豊かで暖かみのある音になってしまうので」

「かなり具体的なんですね」

「あと、偶発性を狙ったケースとして、レコーディングに疲れて歌手の喉がかすれた状態の録音をあえて採用したこともありました。完璧な歌声ではなく、そちらの方が味があると思ったんですよ」

「実際に曲を作るだけじゃなくて、現場の音作りもお仕事の一つなんですね!」

「はい。劇伴作曲家は『作曲して終わり』ではなく、作品をどう運んでいくのか。出口までの責任者のような立場で取り組んでいます」

 

感動の数を増やして音楽に還元する

「普段、作曲のためのインプットとしてどんなことをしていますか?」

経験すべてがインプットになっている気がします。これまで経験してきた仕事も、趣味も。

たとえば、僕はファッションに興味があって。だからファッションショーを観に行った時も『この服をかっこよく見せるために、どんな音楽が流れるのか?』といった観点でみますし、レストランでご飯を食べていてもBGMは気になりますね

「どこにいても、ヒントは必ずあるんですね」

そこで流れている音楽に耳を澄まして、どんな音楽がその場にいる人々にどんな体験や感情を与えているのか。その視点が、自分の音楽のリアリティにもつながります。僕は監督として映画もつくっているんですが、それも曲づくりにも生かされていますね(※)

あと、できるだけ自分自身の感動の数を増やしたいとも思っていて」

 


※菅野さんは現在、映画監督としても活動しており、これまでに2作品『DAUGHTER』(2023)、2作目は『REQUIEM〜ある作曲家の物語〜』 (2024年)を手掛けている。どちらも音楽担当はもちろん、菅野さん!

「というと?」

「最近、奈良国立博物館で開催されていた特別展『超 国宝―祈りのかがやき―』に行ったんですね。国宝が国宝とされる裏側には、何百年のストーリーがあり、その文脈を把握して鑑賞すると、とても心が揺さぶられるんです。

それに、国宝はこれまで温度や湿度が徹底的に管理されてきた場所で、人々が丁寧に大切にしながらこれまで受け継がれてきたわけで。それを目前にすると、『自分はそれだけ大切にするに値する音楽を作っているのだろうか』と問いかけたくなるんですよ」

「国宝への畏敬が自分の音楽を顧みるきっかけになったんですね」

「あと、京都の二条城で開催されていた『アンゼルム・キーファー:ソラリス』展からも刺激を受けました。これは国宝からは一変して現代アートなのですが、これをみて、『人間のかつて見たことのないものを作ってこそ、芸術になるんだ』と思ったんですよね。で、『僕もそんな音楽が作りたい』と強く思って」

「国宝のような尊さがあり、一方で現代アートのように新奇性もあり……」

「劇伴の仕事に置き換えると、『悲しい音楽を書いてください』と言われたときに、想像の範囲内や自分の引き出しだけで雇われ仕事のように書くのではなく、『新しい悲しい音楽』を追い求めていきたいなと

「なるほど」

「そんな『本物の音楽』を作っていくためにも、自分は常に『本物』に触れていきたいですね。今はファスト商品だけでも十分幸せになれる社会で、それを責めるわけではありませんが、本物を生み出したいならそこに安住していてもいいのかを疑い続けていたい

そして、できるだけ本当にいいものや素晴らしいものに触れて、また新しく音楽を生み出していけたらと思います」

 

まとめ

今、まさに劇伴の作曲家を代表する一人である菅野さん。その裏側にある貪欲かつ謙虚な仕事とインプットへの姿勢から、菅野さんの生み出す瑞々しい音楽たちと大活躍ぶりに納得してしまう取材でした。

そして、劇伴の作曲という職人を徹底したような仕事へのリスペクトも深まり、ますます映像作品の深みを味わいたくもなりました。音楽に身を委ねながら、もしくは音楽を切り口に物語を読み解きながら、これからも映画やドラマ、アニメを楽しみたいですね。

 

撮影:飯本貴子

編集:吉野舞