≪EPILOGUE≫






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 「オドレ、ホンマにちーっとも運転上達せーへんな~」
 放り出された砂の上に大の字になりながら疲れたように呟かれ、ヴァッシュは作り笑いも引きつりながらよたよたと
バイクを引き起こした。
「ウ、ウルフウッド…今度こそ、今度こそ、もっと慎重に運転するからさ」
「…当ったり前や」
 打てば響くように悪態はかえるのに、いっこうに立ち上がる様子がない。まさか、どこか怪我でも…。
慌てて駆け寄って傍らにしゃがみこむ。外傷はみえないが、骨とか…。
「君、どっか怪我…」
「しとらん。触んな」
「でも…」
 言葉と一緒に伸ばした腕を煩げに払われ、サングラスごしに睨まれる。
「怪我してないなら触っても大丈夫だろ?」
「何でもないんに、ヤローにべたべた触られるいわれこそないわ」
「……」
 あー言えばこー言う。口で勝ったためしはないけど、本気の気遣いさえこんな風に躱されるのは腹が立つ。
「ウルフウッド!」
「喚くな、聞こえとる」
「君ねェ~」
 抗議の声は背けられた顔にかき消され、ヴァッシュは脱力した。ウルフウッドは相変わらず寝転んだまま空を
見上げている。
 ヤケになって真似してみると、変わりない青さが目に染みた。背中の熱さも忘れて、暫し休息がてらに見とれて
いると、嘆息めいた小さな息が隣で響く。
「………」
「ん?」
「ワイら、あそこから追われたんやな…」
 呟かれた声にぼんやり視線を向けたヴァッシュの目が見開いた。ぎょっとして起き上がり寝転ぶウルフウッドの
顔を覗き込む。
「…ウルフウッド?!」
 伸ばした手は今度は振り払われる事なく額に辿り着く。
「熱なんぞ、ないで」
 笑いを含んだような声音。質の悪い言葉を質の悪い真顔で呟くから、いつもヴァッシュはどうしていいのか
判らなくなる。彼が何を、どんな返事を望んでいるのか判らない。二の句が告げずに戸惑っていると、ゆっくり
手を押し退けてウルフウッドは立ち上がった。
「…行こか」
「……うん」
「今度こけたら、宿代な」
「う、分かってます」
 すでに3日分の飯代、酒代の支払いは約束させられた。一度こけるごとにヴァッシュの財布の中身は軽くなる。
「金かけたら普通、もうちょい上達が早うなるもんなんやけどな」
“オドレ、やっぱ普通とちゃうで…”
 つけつけと耳に痛い言葉を吐き出して、サイドカーに乗り込む黒い背中。動きに不自然な所は見当たらなくて
ヴァッシュはやっとホッと息をついた。
 安心して意気込みも新たにバイクのエンジンをふかす。
「目標、今日中に町の明かり」
「アホ、今日中に町まで行くんや」
 いつも通りの軽口。自分で急発進させたバイクにおたついて、前方の砂まみれの道に集中する碧の瞳。だから、
気付けなかった。
 もう一度空を見上げ、短く祈る牧師の姿に…。



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「やれば出来るやないか」
 サイドカーのウルフウッドが幾分弾んだ声を聞かせてくれる。
 ヴァッシュが自己最速記録を塗り替える勢いで走り続けた結果。日が暮れたとは言え、予定通りの日程で町
まで着いた。
「宿がとれたら言う事なし、ダメやったら酒場で夜明かしやな」
 降り立った町の入り口で今後の予定をさくさく決めて“お疲れさん”とヴァッシュの手からハンドルを受け取る。
彼なりのねぎらいを感じてヴァッシュは嬉しくなった。
 運良く手頃な宿が見つかったが、一部屋しか余裕がないと困ったように言われ、二人とも宿の主人と同じ困った
顔を見合わせた。
「しゃーないか」
 先に妥協したのはウルフウッドの方でヴァッシュも苦笑いで頷く。
「ソファくらい貸してもらえるんやろ?」
 その問いに宿の主人は頷きながら、明日には二部屋用意できるからと請け負ってくれる。
「まっ、こっちも飛び込みやしな。宜しゅう頼むわ」
 愛想よく笑顔を見せて、申し訳なさそうな宿の主人を安心させると鍵を受け取り2階の部屋へ向かう。階段を
登りきり、後ろを着いてくるヴァッシュを確認するように振り返って、溜め息が一つ。
「君って、時々すっごく失礼だよね」
「なんや? 時々なんか?」
 意地悪く持ち上げられた口の端だけの笑みに“可愛くな~い”と拗ねてみせると、嫌そうに眉が寄せられた。
「ワイが可愛くてどうすんねん?」
 呆れたと言いたげに足早に部屋に向かう背中を追い掛ける。その背にふと違和感を感じた。
「ウルフウッド?」
「今度は何や?」
 問いかけに律儀に振り向いてくれるが、右手はすでにドアノブを掴んで引き寄せている。
「あ? いや…何だろう?」
「アホちゃうか。それともボケか?」
「君、曲がりなりにも牧師だろ?! 口悪すぎ」
「別に、曲がってなくても牧師や」
 言い捨てて部屋に滑り込む。彼に口で勝とうとは思ってないが、こう立て続けに切り返されると自分が言葉を
知らないバカに思えてくる。
 悄然とドアをくぐると、窓辺でごとごとやっている姿が目に着いた。
「何してんの? 早速」
「ん~」
 僅かな隙間窓を開け、満足そうにしているウルフウッドに不審な視線を向けると、怒ったような照れたような
視線がかえってきた。
「何?」
「オドレ、けむい言うて煩いやんか…」
 窓辺に灰皿を引き寄せ、早速煙草をくわえた姿に一連の行動の意味を知る。
「……その顔、ごっつムカツクわ」
 無意識な自分の笑みにふて腐れた子供そのものの顔つきで煙草をふかすウルフウッド。廊下でのやりとりに少し
採算がとれたようでヴァッシュは笑みを深めた。
「お腹空いたね~」
「せやな…」
 荷物を置ながら、ぼんやりと漂う紫煙を見つめる。久しぶりの町。夜のとばりの降りた時間。どれもがのんびりと
した空気を誘って心地良い。
「トンガリ?!」
 滅多に漏れない優しい声音で、彼だけが呼ぶ自分の呼び名をヴァッシュはどこか遠くで聞いた。



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「う~~」
 眼裏を刺す眩しい光に手をかざしながら瞼を開ける。
「…あれ?」
 トレードマークのコートを纏ったままの自分を腕から順に辿っていきながら、ゆっくり首を巡らせると窮屈そうに
ソファに身体を押し込めたウルフウッドの姿が眼に入る。
 夕べの記憶と現状の把握に頭が覚醒した途端、目の前のみの虫状のものが身じろいだ。
「………」
「…おはよーさん」
「おはよう」
 ぎこちなく笑みをかえしながら、飛んでくるだろう罵声に身構えているとウルフウッドは寝ぼけたようなぼんやり
した視線を向けてもう一度掠れた声で「おはよーさん」と繰り返す。
「ウルフウッド」
「んぁ?!」
「ごめんね。ベッドとっちゃって…」
「別にエエ。昨日はオドレが運転やったから当然の権利やろ」
 先手を取って謝ってしまおうと思ったのに、あっさり肯定されてヴァッシュの方が面喰らう。
 立ち上がって身体を解すように大きく伸びをしたウルフウッドが呆然とベッドに腰掛けたままのヴァッシュを
見下ろすと、かしかし頭をかきながらぽつりと漏らす。
「なぁ、腹、減らん?」
「…あ、そう…だね」
「ちゃっちゃ顔洗って。まず飯や、飯」
「うん。あのさ、もしかして君、夕べから何も食べてない?」
「財布持たんで、飯食いにいくほど恥知らずやないで?」
「…財布って僕のこと?」
「約束やん」
「そうだけど、だったら起こしてくれれば良かったのに…」
 申し訳なさに語尾が小さくなってゆく、そんなヴァッシュにウルフウッドは笑いを含んだ宥めるような優しい顔を
見せた。
「昨日、頑張ってここまで着いたからな。御褒美や」
 笑みを絶やさずそう言って、大股に部屋を横切って洗面所に向かう彼の背中をヴァッシュは赤くなった頬を隠す
ように持ち上げた右手の指の隙間から見送る。
「トンガリー。早うせいやー」
「分かってるって」
 答えながら、赤くなった頬を誤魔化すようにぺしぺし叩くとヴァッシュもタオルを片手に洗面所に向かうのだった。







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