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「君ってさー、子供には甘いよね…」
ヴァッシュが少し呆れたような声で唐突に言った。 ヴァッシュは外を向いて床に座っているので、顔はウルフウッドの方からは見えなかった。 明るい月光がしんと照らす静かな廃墟に、ヴァッシュの何でもない声がやけに場違いに聞こえる。 「あー?」 辛うじて使える古い椅子に座り、目を顰めて地図を眺めていたウルフウッドは不機嫌な声で返事を返した。 今夜はプラントが死んで何年も前に人が去ってしまった古い町で夜を越すことになった。 日が落ちる直前にこの町に辿りついて、手近な家に入り込んで適当に埃をはらい、一晩寝られるくらいには整える。 する事もないので、明日の行程の確認でもしたらもう寝ようと思っている。 ヴァッシュは扉を開け放した戸口で片膝を立てて座り、月とそれに照らされる無人の通りを眺めながらウルフウッドに訊いた。 「ほら今朝だって。」 「別に甘いっちゅーほどのことやないやろ。」 ウルフウッドが地図を眇めながら身の入らない返事を返した。 「あの子に何て言ったんだ?」 「別に。」ウルフウッドは煙草を咥えたまま、特にヴァッシュの方も見ることもしない。「特に何も言ってへんけど?」 「ふーん…」 はぐらかしている訳でもなんでもなく、多分ウルフウッドは本心からそう思って言っているのだとわかってヴァッシュはその答えを黙って受け入れる。 今日の朝方発った町は、この星の中でも相当に荒れた部類に入る町で、住む人々は貧しく、明るい話題はそこには無かった。 出発を知らせようとウルフウッドを探していたヴァッシュは、路地裏でウルフウッドが10歳かそこらの少年を抱きしめるところに出くわした。 ウルフウッドは子供の目線に合わせてしゃがみ込むと、ごく自然にその男の子を抱き寄せてしっかりと抱え込み、少年の背中を何度か叩いた。子供には痛いんじゃないのかと思うくらい力が入っていた。もう少し優しく叩いてやればいいのに。 ウルフウッドはヴァッシュに背中を向けていたので、牧師がどんな表情をしているのかは見えなかったけれど、ウルフウッドの肩にあごを乗せた少年の顔は、口を真一文字に食いしばって怒ったように真っ赤になっていた。 それは泣くまいと懸命に意地を張る、けれど泣いてしまう一瞬前の子供の顔だった。 ウルフウッドの背中は少年の痩せた体を覆い隠していた。少年の頬にウルフウッドの黒い短い髪がぱさぱさと触れるのをヴァッシュはぼんやり見ていた。 ヴァッシュは声を掛けられずに、そのままその場を離れた。 暫くすると、牧師はいつも通りの何でもない顔で現れ、そして2人は町を去った。 今夜の月は綺麗だ。 この星でこんなふうに壊れ果てた街のすべてに、同じように月の光がしんしんと降り積もっていく様子がふと眼に浮かんだ。そんな町が、この星には幾つあるのだろう。 「おまえどう見たって子供好きって風体じゃないのにな。騒がしいけど無愛想でもあるし、大人相手なら人懐こいけど、どっちかっていうと子供から声かけられるよーなタイプじゃないじゃん。」 月明かりが斜めに射し込んでいる、部屋の奥のほうからウルフウッドの声が返る。 「どーいう意味やねん。」 「おまえさー、本当は別に子供好きっていうんじゃないんじゃないの?」 「まあ、言われてみればそうかもな。」 あっさり返されて、ヴァッシュは逆に拍子抜けした。 「好きで好きでしょーがない、っちゅーことはないわな。」 おってもおらんでも別にどうってことない、とウルフウッドは言った。 「そんななのに、よく孤児院なんかやってるな。」 「ガキは弱い。ワイは強い。」 ウルフウッドは煙草を咥えなおした。「そしたらワイが守ったらなあかんやろ?やっぱり。」 『ワイは強い』? よく言うよ。 何もかも突き放したことを言っている一方で、弱い者に頼られるとそれを守らなければという義務感がウルフウッドを駆り立ててしまう。ということにこいつ自身気付いているのだろうか。そのせいで彼の人生がひどく厄介なものを背負い込むようにできてることに、ひょっとしてこの馬鹿は気付いてないんじゃないのか? 声を出しているのはこの町で2人だけだったが、その2人はお互いあさっての方を向いてそれぞれ別のことをしている。ヴァッシュは相変わらず膝の腕をのせ、青白い光に満たされた死んだ街を見ていた。ここは捨てられた町だからおおよそ建物の形は残ったままだ。外れた戸板や真っ赤に錆びた看板が時々音をたてる。 ここに住んでいた人達は今はどこで何をしているのだろうかと思う。少なくともこの町は瓦礫の山となって消えたのではなく、町に住んでいた人々も死によってこの街から引きずり出されたのではないのだ。 「おまえ、スキンシップ好きな方じゃないだろ?」 部屋の中からウルフウッドの声と、煙草の煙を吐き出す音が聞こえてきた。 「そんなことないで?綺麗なおねーちゃんとのスキンシップは嫌いやないでー。」 「…茶化すなよ、ベタすぎだってソレ。そうじゃなくて例えば町のおっちゃん達と酒飲んでたりしても肩組んだり背中叩いたりっていうのはないだろう?めちゃめちゃ人懐こいふりしてるけど、おまえそういう付き合いって全然しないじゃないか。」 「そういやそうやな。」 「おまえってそういうことしていいような雰囲気に見えないんだよ、きっと。だからおっちゃんも無意識に避けて肩組んできたりしないんだ。」 「そうなんかな。」 視線だけ少し上に向けて考えていたが、その後「…だから何やねん。何の話や。」と我に返った。 「何の話だっけ。」 「おどれな~!」 「あ、そうだよ、だから子供抱いてるの見ると、珍しいもの見た感じがしてすごい違和感だったんだ。」 「さよか。」 「うん。」 「教会ではよおあることやけどな。」 「子供には甘いんだ。乱暴者のくせに。」 「そうか?」 ウルフウッドの話し方はいつもながら飾り気だとかデリカシーとかがまるでないな、とヴァッシュは苦笑した。 「ねえ、今朝の子、何があったんだ?」 「…あー?」 ウルフウッドはヴァッシュの問いかけに、頭を廻らせた。 「おまえが慰めてた男の子。…あの子に、何かあったのか…」 「ああ」ウルフウッドは煙草を口から離した。「あの子な。」 「あの子、どうしたのさ。」 ウルフウッドは肩をすくめ、あっさりと突き放した。 「内緒。」 ヴァッシュはウルフウッドからの言葉に、自分でも驚くほどショックを受けたのに気がついた。そしてこんな下らない拒絶にも心が脅かされるほど、自分が疲れていることを思い知って愕然とする。 気持ちを引き立てるように、ことさら大袈裟にウルフウッドにつっかかってみせた。 「何でさー!俺に教えられない訳でもあるのかよ!」 「ある。オドレには内緒や。」 「腹立つなあっ!ケチ牧師!」 ははは、とウルフウッドは軽くいなした。ヴァッシュはそのあと何を言っていいのかわからなくなって、口を閉じた。 そんなヴァッシュの方を見ることもせず、ウルフウッドは低い声で笑った。 「オドレが聞いたら泣くやろ。きっと。」 ウルフウッドの口調はいつも、怒っているわけでもないのにどことなくつっけんどんな感じに聞こえる。 「せやからオドレには言うたらへん。」 ひどく下らないどうでもいいことを喋っているようにしか聞こえない、乱暴な口調でウルフウッドがこっちも見ずに言い放つ。 「自分が参っとる時はよそのガキの不幸なんか放っとけ。阿呆」 ウルフウッドはそう言って短くなった煙草を揉み消すと地図をばさばさと畳んだ。 紙の音に混ざってヴァッシュの声が聞こえた。 「俺さ、生まれてこない方がよかったかも。」 また唐突に言葉が出てしまった、冗談に聞こえてくれるといいとヴァッシュは思った。 「そしたら月だって丸いままだったしさ。造形的に無様だよ、穴が空いてでこぼこの月なんか。」 ウルフウッドが立ちあがって戸口の方に歩いてきた。 「もうそろそろ寝るでー。」 座ったままのヴァッシュの脇を通りすぎて朽ちかけたテラスに出ると、ウルフウッドも同じように外を眺めた。 ヴァッシュは、ウルフウッドに何か責めるようなことを言って欲しいと思った。殴ってくれてもいい。 「おまえってやってること滅茶苦茶だよな。人殺しのくせに子供にだけは甘いし。」 (おまえと俺とじゃ殺した人数の単位が違う) 「見限れって言っときながら気まぐれで人助けたり。」 (混乱しているのはこの俺だ) …考えてしまえば身動きが取れなくなるのはこの俺だ。 「言ってることとしてることが全然違うぜ。馬鹿なんじゃないの?」 ウルフウッドがこちらを振り向いたのがわかった。 顔は見る気がしなかった。 ウルフウッドもさっきから一度もヴァッシュの顔は見ていない。 次に来る、息が止まるほど辛辣なウルフウッドの言葉をヴァッシュは無意識に待っていた。 ウルフウッドはヴァッシュの前にしゃがみ込むと、そのままヴァッシュを抱き寄せてしっかりと抱え込んだ。 「………っ!」 そのまま背中を何度か叩いた。少し痛いくらいの叩き方だった。 「何だよ…」 「ガキが羨ましいならハッキリ言わんかい。」 怒ってもいないのにぶっきらぼうな、いつものあの口調でウルフウッドは言う。 「めっちゃ回りくどいオサソイやったな。」 「…っ…誰が…!」 「ワイ、男も大人もスキンシップも好きやないから、なぐさめて欲しいんやったら金とるでー。」 ヴァッシュはウルフウッドの肩に頭をのせられたまま動けない。 「…コレじゃ押し売りじゃないか」 「当たり前や。金は取れる時に逃さず取る!これが生き残りの極意や。」 随分とさっきからヴァッシュの眼は涙の膜でろくに見えていなかったのだが、今はもう涙は目にとどまることすら出来ずに後から後からウルフウッドの肩に落ちていく。 ウルフウッドは背中を叩く手を止めない。 「どうすんねん。払うんか払わんのか。」 ウルフウッドの短い髪が、ヴァッシュの頬にぱさぱさ当たる。 そのまま顔を埋めると、ウルフウッドの髪のにおいがした。 呼吸を整えようと大きく息を吸ったら、しゃくり上がるように喉が鳴った。 それから少しして、 「…払う。」というヴァッシュの声が、ウルフウッドの耳に届いた。 |
『BEGINNER'S RACK』のさだゆき様よりサイト10000HIT祝いで頂きました!!
実はサイトトップのウルミリは、さだゆき様のお話に触発され描いたもので、
迷惑な事にはさだゆき様に押し付けたりしてました(汗)
そーしたプレッシャーが効を奏したのか、この様な「エビで鯛を釣る」的な状況とあいなったのです。
淡々とした牧師と、絡み節の台風にハラハラもピークに達した時!
牧師の優しさと、ギリギリの均衡が破れて台風が流した涙に、私も泣きました!
感動のあまり、思わずへたれ絵をつけてしまいましたが、イメージぶちこわしたらスミマセン!
一応私に下さると言う事で「色気あるもの」を目指したと仰るさだゆき様。
じゅ------------ぶん、色気漂ってます!やましくなくもやましくも(笑)
続きも書くとしたら、「そう読もうと思えば読める色気のあるもの」になりそうだとか…!
台風と共にキラキラ目で続き切望です!!
ほんっと~~~~~~に!ありがとうございました!!!