私の大好きな辛ラーメン
東日本大震災時に支援がありましたが、これはどうなのかと論争がありましたね
「食べれると思ってるのか」
「善意だから良いだろう」
能登でも似たような事があり、どちらも気持ちは分かります
能登の震災において、行政が弁当を1食、0食しか用意していませんでしたが「民間」の支援で食べれていただろうという意見も、現場を見てないと知らなくて仕方ないのだと思いました
パンがいっきに◯千個届きましたと言われても、賞味期限がそう長くもない同じようなパンばかりを、高齢者の多い避難所で、毎食のように栄養面も考えず「食事」としてずっと続けて提供できますか?
答えはNO
あなたの子どもの通う学校で、同じような種類のインスタント麺を、カロリーが足りてるから、飢えないからと、給食で何ヶ月続けて出され続けたら、怒りませんか?
能登も同じ
資料や紙の上ではアルファ米はある、インスタント麺がある、パンを必要数民間から支援したから大丈夫と言われても
偏って送って来られたり、実際食さない物は食事として運用できなくて、食べれない高齢者の分は捨てるしかありません
例えば、私の周りに辛ラーメン1000食があり、私は好きで食べれるからと、他の子ども達や高齢者に対して「食べ物があったよね?」「食事はあったよね?」なんて言ってたら、どう思いますか?
実際運用できていませんでした
そして、プッシュ型支援が切られてからは、これらすら大幅に無くなりました
これが真実です