奔 流 -2-
部屋の中、嬌声と荒い息遣いが辺りを満たしている。
ウルフウッドはもう何度ヴァッシュを受け入れたのか定かではなかった。
床の木肌に背中が擦れて、痛いと思ったのは最初だけだった。
今はもう、どこからが痛みでどこからが快感なのか、どこからが自分でどこからが彼なのか、ウルフウッドには
分からない。
ただ、生身の掌の温かさと、ギミックのそれの冷たさ、そして穿たれた最奥に刻まれる律動に追い上げられる
まま、反応を返す。
戒められたままヴァッシュの首にまわされた両腕だけが、縋るよすがを求めてヴァッシュにしがみつく。
「…あ…っ…」
あげる声も既に嗄れて、それでも止まない愛撫。たとえ望まない愛撫でも、施された瞬間、それは快感に変わる。
「…あ…や…っヴァッ…」
もう、自分は、壊れてしまっているのかも知れない。
ウルフウッドは、もう、押さえることも放棄した甘い声の下、追い立てられる躯の片隅で、そんなことを思った。
「いいかい?ウルフウッド」
ウルフウッドを貫いた姿勢のまま動きを止めると、日に灼けた頬に貼り付いた黒髪を撫でる様によけてその耳にかけた。
「…ふっ…」
それさえも、ウルフウッドの中で新たな波となって、駆け抜ける。
「僕は『死にたい』って思ったことはない」
ヴァッシュの息と声が耳許を掠めて、ウルフウッドの躯が小さくわななく。
ウルフウッドの中心を穿ったままヴァッシュが耳許に顔を寄せているため、自然、体を限界まで折り曲げられた状態で、
しかしそれ以上刺激がないことに焦れてついに哀願の声が漏れる。
「なぁ、ヴァッシュ、もう…」
「だけど」
ウルフウッドの懇願を遮って。
「『生まれて来ちゃいけなかった』って思った時はあるよ」
一瞬、ウルフウッドの瞳の焦点が合って、大きく見開かれる。
「…ヴァ…」
何か言おうと唇を開きかけた時、ヴァッシュはまた、律動を再開した。
刻まれる、これまでより激しいそのリズムに、言いかけた言葉も思考も飲み込まれて。
「---------- --- --っ!」
全てが真っ白に弾けて、ただ、快楽を示す音だけが、ウルフウッドの喉を支配した。
数刻が過ぎて。
ヴァッシュはベッドの縁に腰を下ろして、眠るウルフウッドを見つめていた。
幾度となくヴァッシュを受け容れて上り詰めさせられて、最後には気絶したその体を、ヴァッシュは浴室で
清めると、ベッドに寝かせた。
均整の取れた体に残された、自分に覚えのある痕以外に、手首や背中の擦過傷が赤く滲んでいるのを見て、
ヴァッシュは重い石を飲んだ様な気がした。
「…最低だ…」
言葉で、体で、傷つけ得る限り傷つけた。それも故意に。
そうすることで、彼の生き方を変えられるわけもないのに。
だけど、黙って聞いているなんて、出来なかった。
彼は、『死にたい』と言った。
何より自分の目の前で。
こんなに、彼がいなければどうしようもない自分の目の前で。
「言わないでよ」
眠る前髪を、梳く。
「『死にたい』なんて」
長い、睫毛。
「僕を」
疲労に縁取られた、頬。
「置いていかないで」
でも、遅かれ早かれ、僕は君を送らなければならない。
初めて、涙が頬を伝って、ヴァッシュは嗚咽を堪えた。
黒髪を、何度も何度も、優しく梳く。
先程の行為とは裏腹な、臆病な仕種で。
「…」
ふと、眠る体から小さな声がして、ヴァッシュは慌てて手を引いた。
黒い睫毛が微かに揺れて、ゆっくりと瞼が開かれる。
行かなきゃ。
ヴァッシュは思った。
きっと、彼は今、自分の顔など見たくない。そして自分も、彼に見られたくない。
深い闇色の瞳が、また、恐怖に歪むのを、そんな視線を自分に向けてくるのを、我慢出来ない。
逃げるように立ち上がりかけたのを止めたのは。
「やめんといて」
掠れて、ほとんど息だけの。耳を疑いながら、振り返る。開かれたはずの瞳は、閉じたまま。
毛布が動いて現れたウルフウッドの手が、ヴァッシュのそれを取ると、黒髪の傍まで持っていく。
「今の、気持ちええねん」
「…あ…」
ヴァッシュはようやく、彼の髪を梳いていた動作のことを言っているのだと気づいた。
再び腰を下ろし、おずおずと、黒髪に手を差し入れる。
ゆっくりと髪を梳き出すと、ウルフウッドはヴァッシュの方に体を回転させ、毛布ごと、丸くなった。
その口許から、小さく息をつくのが聞こえたが、髪と毛布に遮られ、その表情が見えない。
「…ウルフ…ウッド…?」
不安になって、ヴァッシュはその名を呼んだ。前髪の間から、ちらと黒い瞳が自分を捕らえ。
「…すまんかったな」
小さな声がして、また、瞼は閉じられた。
ヴァッシュは、目を見張って、しばらく消えた黒い瞳を見ていたが、やがて残った手で口許を押さえた。
思い出したかのように、涙が溢れて止まらない。
--------おどれにはおどれの苦しみがあんねんな
言葉にされなかったその続き。届く筈もないそれが、ヴァッシュには聞こえた。
気付かれない様にウルフウッドから顔を背けても、触れている手が、堪えてもせり上がる嗚咽と共に揺れて。
「…トンガリ…ワイも、そう簡単には死なんし、死ねん。ワイは…生きなあかんから」
声に顧みれば、悪戯っぽく笑う瞳。
「結構、生き意地、汚いんやで?」
ヴァッシュは、涙もそのままに一瞬、呆けた様な顔になったが、すぐに小さく吹き出した。
身を乗り出して近付いても、ウルフウッドが怯えないのを確認して、さらに顔を寄せると。
「汚くておおいに結構だね」
囁いた。
気付けば、夜が明けようとしていた。
「…今日は、出発、延ばそうか」
ウルフウッドの横に並んで寝転がって言うヴァッシュを、軽く睨み付けて。
「是非、そうして頂きたいもんやな」
「…ごめん」
「まったくや」
「……」
さらに小さくなるヴァッシュ。
そんなヴァッシュを見て、可笑しそうに目を細めると、ウルフウッドはヴァッシュに体を寄せる様にした。
「も少し寝かせえ」
およそ普段のウルフウッドらしからぬ行動に、ヴァッシュの心臓は跳ね上がった。
「う…うん」
慌てて答えた後、間近にあるウルフッドの顔をしげしげと眺める。
目を閉じると、一気に幼さが増すその面。薄く開いた唇からは、間もなく規則正しく寝息が聞こえ出した。
ヴァッシュの中に、水が湧き出る様に幸福感が満ちてゆく。
かまわない。たとえ今のこのひとときでも。
「…おやすみ…」
ヴァッシュは小さな声で言うと、穏やかな寝息を聞きながら、自分も深い眠りの縁へと落ちていった。
END
BACK
あ、甘い…。こんなはずじゃぁ…。
地上の『墓標』裏バージョンです。長くなったので、2部に分けました。
もともとこっちの方が先に頭にあって、このシチュエーションを作るために
『墓標』を書いたと言う。最初はもっと後味悪~い終わり方にしたかったのに。
救われてる(?)よ、二人。なんだかなぁ、もう。
少しは裏っぽくなったでしょうかねぇ。
(2000.3.19 わらび)
『地下室の幻聴』topへ