第179話 ヒトデナシのロジック その五

「──こっちだ」


 玉木さんに先導される形で、病院の中を進んでいく。上位のポーションが入手可能になってからは、めっきり縁がなくなったはずの病院。それがこの短期間で二度も足を運ぶ羽目になるとは、人生とは分からないものである。

 一度目はウタちゃんさん。彼女の場合は完全なとばっちりというか、どうしてこうなったと首を傾げたくなるような巡り合わせだった。

 当時はそもそも関わりがなかった上に、俺が事態を把握したのはことが公になった後。そして俺が把握するのとほぼ同時に火種がキラーパスされたので、どうしようもなかったことを憶えている。

 結果として、裏でアレコレを手を回すこともできずに、白々しい演技で法律の穴を突いてなんとか片付けた。

 対して、今回の天目先輩。親しくさせていただいている先輩でありながら、俺のいざこざに巻き込んでしまった。そして軽いとはいえ、怪我を負わせてしまってもいる。

 だが詳細な内容が公になる前に事態を把握することができたため、隠蔽も容易。裏工作でどうとでも片付けられる状況でもある。

 にも関わらず、取る手段は正攻法……というか、馬鹿正直に妙な手段を取ろうとしているわけで。

 なんというか、妙な因果を感じずにはいられない。ウタちゃんさんと天目先輩。二人の事例を並べると、気味が悪いぐらいに対照的なのが余計にそう感じるというか。

 ああ、そういえば玉木さんもか。前回は俺が事後承諾で振り回してたけど、今回は玉木さんが主導で俺が振り回されてるし。……なんだこれきっしょ。マジでキッショイ。

 偶然にしてはできすぎてるだろコレ。そういう因果的なナニカか? いやでも、俺にそんなものはねぇし。あっても断ち切ってる。

 となると、ウタちゃんさんと天目先輩かね。そういう星のもとにでも生まれてんのかね? 運命的な。


「ここだ」


 と、そんなことを考えていたら、どうやら到着したらしい。玉木さんがノックをすると、中から『どうぞ』と返ってくる。……いまの天目先輩の声だったな。しかも意外とはっきりした声だった。思ってたより元気そう?

 まあ、元気があるのはなによりだ。ちゃんと会話ができそうなら、こちらとしても気が楽だ。

 というわけで入室。ベッドの上にいる天目先輩の姿を確認した後、そのまま静かに近づいて膝を付く。


「──このたびはご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございませんでした」

「流れるように土下座したね!?」


 そして誠心誠意謝罪。本来なら額を割るレベルで頭を叩きつけるところであるが、それをやると逆に天目先輩に引かれる&迷惑になるので自重する。


「いやあの、山主君っ!? 良いからね!? そんな全力の土下座なんかしなくて良いからね!?」

「いえ。今回ばかりは完全にこちらの不手際です。ましてや、命を落とす危険性すらあったとなれば……。腹を切って詫びてもなお足りません」

「お前はいつの時代の人間だ。しかもお前の場合、腹搔っ捌いたところで詫びにならんだろ。大して痛くねぇんだからよ」

「いや、痛い痛くないの次元じゃないですよね? 切腹って普通は死んじゃいません……?」


 ところがどっこい。実は腹切ったぐらいじゃ、意外と人間は死なんのである。だから昔の切腹には、斬首がセットだったわけで。

 それすなわち、首も一緒に切らないと、なかなか死なないという証明だ。どっかで聞いたが、寝ぼけて切腹した武士とかもいたらしい。それでもちゃんと処置して助かったらしいので、人間って意外としぶといのよね。

 あ、念のため弁明しておくと。死なないのを分かった上で『切腹』を出したが、それは決して甘えとかではないので悪しからず。

 たんに俺の知識の中で、いっちゃん重そうな謝罪の仕方が『切腹』だから、それを挙げただけである。ちゃんとそれとは別に誠意は示す予定なので勘違いしないように。


「と、とりあえず! そのままじゃ話もできないから、立ってもらって良いかな!? ねっ、ほら早く」

「……かしこまりました」


 個人的にはまだ謝り足りないが、謝罪を受ける本人にそう言われてしまえば従うしかあるまい。無視して続行したら、それはもうただの独りよがりである。


「……はぁ。良かった。急に土下座なんかするからビックリしたよ」

「俺はむしろ、天目先輩がテロに巻き込まれたと聞いてビックリしましたけどね。……本当に大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。ビックリはしたけど、骨折自体は初めてじゃないし」

「それはなによりで。……なによりって言うのも変な話ですが」


 まあ、思ってた以上に元気そうなのは良かった。一応、怪我の内容は聞いてはいたが、伝聞だけでは安心できないのが怪我というものだ。

 それにいくら肉体は問題なかろうと、精神的なものはその限りではない。テロなどトラウマになっても全然おかしくないものだし、そうした心の傷はポーションでは治せない。

 いや、心に効くようなアイテムもあるにはあるんだけど。それってトラウマの原因となった記憶をピンポイントで消したり、催眠的なアレでトラウマをなかったことにする感じなので……。

 正直、治療なのか危害なのか分からないので、天目先輩には使いたくないのよね。本当に必要そうなら使うけど。

 ただ様子を見る限りだと、そのあたりの心配はなさそう……か? いやでも、精神的なアレコレはパッと見では分からんしなぁ。元気そうに見えても油断は禁物か?


「……てか、天目先輩アレですね? 軽装というか、なんというか。包帯やらギプスやらは付けてるものかと思ってたんですが」

「そこはこっちの指示だ。直ぐに全快する以上、ガッチリ処置しても邪魔なだけだからな。全体的な応急処置をやったあとは、骨折部分を軽く固定。後は痛み止めの投与に留めると、担当から連絡が入っている」

「さいで。じゃあさっさと治しちゃうか。痛み止めも完璧に効くわけじゃないだろうし」


 医療従事者じゃないから詳しくは知らんが、完全に痛みを消すレベルとなると、多分意識に影響が出る。でも天目先輩はそうじゃない。それはつまり、多少なりとも痛みを感じているということだ。

 ならば治療を優先するべきだろう。正直、訊きたいことはいろいろあるのだが、それらは治してからでもできるのだから。


「で、天目先輩。オプションで若返りとか不老とか付けられますけど、どれが良いですか?」

「普通で良いからね!? そういうプラスアルファは必要ないからね!?」

「この馬鹿。追加の問答が発生しそうな質問すんじゃねぇよ。いまやんなくても支障はねぇんだから、サクッと治療だけしとけ」

「まあ、それもそっか」


 確かに無駄な押し問答を発生させる必要はねぇわな。んじゃ、霊薬クラスは後回し。過剰な効能なポーションも天目先輩的にはアレだろうし、適正ランクより一つ上ぐらいの物に留めるべきか。


「てことで、天目先輩。こちらをお飲みください」

「な、なんか追加オプションを受けることが決定事項っぽいのは気になるけど……。う、うん。あり、がと? い、いただきます」


 若干戸惑いながらも、天目先輩はポーションをクピッと一口。……素直に服用したところを見るに、どうやら本当に説得済みらしい。


「……うわっ!? 本当に痛みとか消えた!? すごっ、え、なにこれ凄い!! 知識としては知ってたけど、ポーションってこんな感じなんだ!?」

「ああ、うん。やっぱり驚くよね……」


 パタパタと全身を触ってまわる天目先輩。そしてその姿を眺めながら、ぽそりと訳知り顔で呟くウタちゃんさん。

 なお、そんなウタちゃんさんであるが、俺と玉木さんの背にひっそり隠れている模様。玉木さんの提案に頷きこそしたものの、やはり気まずいものは気まずいらしい。

 とはいえ、気配を消していられるのはこの瞬間までである。天目先輩が完治した以上、話題はどうやっても入籍の理由へと移るのだから。


「──さて、これでようやく本題に入れますね」

「おう。だがその前に、入籍発表の方をお前のアカウントから飛ばしてくれ。テキストデータは、事務所の担当から送られてるはずだ」

「……いまそれやらなきゃ駄目か? てか、そんな連絡来てたん?」


 えーと、メールか? それともチャット……ああ、あったあった。本当に事務所から来てたわ。まーじで根回し早いでやんの。嫌になっちゃうねぇ。


「……そんで内容も過激な。公式からのメッセージで、ここまで言ってええんかってレベルじゃねぇか」

「そりゃそうだろ。自分ところの人間を殺されかけたんだぞ。お前の件を抜きにしても、強気の姿勢を見せなきゃ示しがつかねぇよ」

「そりゃそうだ」


 デンジラスにだって面子はある。一般企業なので物理に手を伸ばすことはないが、抗議の声明ぐらいは出さないと話にならないということだろう。

 んで、それに加えて俺の存在だ。政府側の思惑も重なった結果、この徹底抗戦としか捉えられない文章になったのだろう。……入籍報告とか『どこ?』ってレベルである。完全にインパクトで負けてる。


「ほれ、早くしろ。こういうのは早い方が良い。いまなら夜のニュースに間に合うはずだからな。このタイミングなら、丁巨己テレビはもちろん、他の局にも報道するかしないかの択を迫れる」

「……なるほど。それはありだな」


 話し合う前にやることかとは思ったが、そういう狙いがあるのならば話は別だ。

 下手人と、そいつが所属していた丁巨己テレビを許さないのは当然だが、他のメディアの連中もまた気に入らない。

 この事態を引き起こしたのは、間違いなく業界特有の驕りである。ならばその舐めた認識をぶち壊すために、選択肢を突き付けてやるのも悪くない。

 というわけで、文書のデータをSNSの投稿画面に貼っつけて、『重要なお知らせ』という一言とともに投稿。これにて賽は投げられた。


「投稿したぞ」

「少し待て。確認する」


 そう言って、玉木さんがスマホの画面に視線を落とす。そして暫く時間を置いたあと──崩れ落ちた。


「え、ちょ、なに? いきなり怖いんだけど。ぎっくり腰?」

「ちげぇよ馬鹿野郎……! これでようやく肩の荷が降りたんだよ……!! ホッとしてんだ察しろボケ!」

「急にキレるとか情緒不安定か?」


 更年期? 更年期なの? さすがにそれはまだ……いや中年以降だからジャストだな。じゃあ更年期だわ。


「天目さん、色羽仁さん。ご協力ありがとうございました。これで日本は救われました」

「は? 日本? 何で?」

「この状況でお前に暴れられたら隠蔽できねぇからだよ馬鹿野郎!! だからそこのお二人や事務所の人間に無理言って、天目さんとお前を公的に紐付けたんだろうが!!」

「……あっ!? 入籍の目的ってまさかそれか!?」

「そうだよ!! メディアと敵対してる状況で好き勝手されたら、ほぼ間違いなく社会の敵ルートだぞ!?」

「するにしてもちゃんと隠すが!?」

「信用できるか!! ましてやメディアが敵なんだぞ!? 十分すぎる動機があって、遠隔で暴れられる能力があると周知されてる時点で誤魔化すには無理があんだよ!」

「……そこはほら、疑わしきは罰せずの精神でなんとかならん?」

「それにしたって限度があんだよ……! 大企業を物理的にぶち壊す、または関係者全員皆殺し。どちらにせよ、なあなあで済ますにはコトがデカすぎる! 公でそんな大事件を起こされちゃ、こっちだってやることをやんなきゃならん! 裏で片付けられる範囲でならいくらでも手を貸すが、表に出ているものを揉み消すのは無理だ! 何度も言ってるだろうが!!」

「それは……まあ、うん」

「となれば、残ってるのはお前と警察&自衛隊による全面衝突か、黙り決め込んで警察の信頼失墜の二択。どっちにしろ国が終わるわ! そりゃ関係者全員必死になって足掻くに決まってんだろうが!!」


 それにしたって、もっと手段を選ぶべきだと思うんだけどなー!? 市民的な感性でさ!


「文句は受け付けねぇぞ! こちとら国の存亡掛かってんだよ!! 座して破滅を迎えるか、お前に喧嘩を売るの承知でミリの可能性に賭けるかならば、後者を取るに決まってんだろバーカッ!!」

「ぐぬっ……!」

「さあ、暴れたければ暴れろ! そうなれば入籍発表した天目さんに迷惑掛かるがな!! ──それはお前の中のルールが許さねぇだろ!? 巻き込んで怪我させた相手を、速攻で犯罪者の妻に変えられねぇよなぁ!? お前の中の矜恃がそれを許さない! 違うか!?」

「ぐぬぬぬぬぬっ……!!」








ーーー

あとがき


※最初に書いてたQ&Aコーナーを、近況ノートの方に移しました。

なので既に書いてあるコメントに謎な部分があるかもですが、気にしないでください。

移した理由は近況ノートにて記します。


それはそれとして、皆気付いてた? 天目先輩とウタちゃんさん、めちゃくちゃ色んな要素で対比になってること。気になる人は考えてみてね?


あ、あと明日はコミカライズ版のWeb更新があるはずなので、皆さんよろしゅう。それでは ノシ

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