心の傷がもとで人のことを信頼するのが難しくなります。
信じてはいけない人を信じてしまい、信じても大丈夫な人を遠ざけてしまう。
それが心の傷の再上演というものだったりするんです。
心の傷の再上演とは、傷を負った場面の記憶が抜けてしまって、その感情記憶だけが残ってしまいます。
感情記憶は、傷を負った場面の記憶でしか整理できません。でも、記憶が抜けてしまっているから「傷を負った場面と同じような体験をして記憶を整理しようとする」というのが心の傷の再上演になる。
これが家族からの心の傷のファミリー・シークレットだとしても同じこと。
心の傷を消すために、家族が負った傷の場面を再上演して心の傷をなんとか記憶の引き出しへと整理しようとしてしまう。
だから、信じては行けない人を信じて傷つけられる、ということを繰り返す。
信じた方がいい人を信じないのは、信じた方がいい人を信じても心の傷は整理されないから。
心の傷によって常にそこにあるものすごい不快感をなんとかしたいのが目的になってしまいます。
だから、悩み事でも相談してはいけない人に、話をしてしまって傷つけられて、という事を繰り返してしまう。
そんな人に話さなければいいじゃない、と心の傷のない人は思うわけです。でも、心の傷ってものすごく不快だから「居ても立っても居られない」という感じになって、不快な人に近づいていってしまいます。これはSNSの世界になっても同じ事。
最近ではAIが出てきて「AIにだったらチャットでどんなことでも喋れて気持ちが楽になる」ということができるようになりました。
以前だったら、人に自分の気持ちを打ち明けて傷つけられて、さらに心の傷の痛みが増していたのに、それをする必要がなくなって、AIになんでも自分の気持ちを打ち明けられるようになっています。
このAIに自分の気持ちを打ち明けるというのと「心に聞く」はある意味で同じ効果になります。
「心に聞く」の場合は「心と私の間の邪魔を排除する」をしてから、悩み事の相談をするので、心の傷の影響を受けずに心に相談することができちゃいます。
心の傷の影響は、簡単に表現してしまうと「常識に縛られる」ですね。
「これは常識」とか「このルールは絶対に守らなければいけない」と思っているのは、心の傷によって生み出された心の檻のようなものだったりするんです。
「心と私の間の邪魔を排除して」という催眠への導入的なプロセスをやることで、その心の傷の檻から解放されて、自分自身の本当の気持ちへとアクセスすることができるようになります。
(つづく)