心の傷を請け負うということは、どういうこと?
別に、心の傷を請け負ってあげてもいいじゃない!相手が楽になるんだったら、と思われるかもしれません。
例えば、子供がテストで赤点を取ってしまって「が〜ん!」とショックを受けます。
このショックが心の傷だとして「悔しい!」という記憶の引き出しに整理されると、テストの前になると前回の悔しさを思い出して勉強を頑張る原動力になる、となります。
子供が赤点を取った時に、お母さんが「が〜ん!」とショックを受けちゃうのが子供の心の傷を請け負う、ということになる。
子供のテストの結果なのに、お母さんはまるで自分の人生のお先が真っ暗になったような感覚に陥ってしまう。
お母さんは、子供の心の傷を受けて「ちゃんと勉強しなきゃダメでしょ!」と子供に怒鳴りつけます。
でも、子供はお母さんが赤点の心の傷を負ってくれているので「お母さんに隠れてゲームしよう!」ってなる。
子供の赤点のショックをお母さんが引き受けてしまって、子供の記憶の引き出しに整理されないことで学習がなされずに「また赤点を取っちゃった!」ということを子供は繰り返してしまう。
家族の心の傷を請け負ってしまう人は、職場のちゃんと仕事をしない人などをみても「が〜ん!」とショックを受けて、相手の心の傷を請け負ってしまいます。そして、心の傷を請け負うことで相手は学習がなされないから「同じ失敗を繰り返す」ということになってしまいます。
街中でマナーが悪い人を見た時も「が〜ん!」とショックを受けてグルグルしちゃうときに、相手の心の傷を請け負ってあげている。
心の傷を請け負って相手の本来負うべき苦しみを癒してあげているわけですけど、学習がなされないから同じことを繰り返す。
こんな風に書いてしまうと心の傷の人は「私があの人たちをダメにしてきたって責められている」と怒りが湧いてきてしまいます。
ここが一番大切なポイント。
「私があの人たちをダメにしてきた」と責任を負ってしまっている。
責任を負ってしまった時点で、相手の心の傷を請け負って癒しを与えています。
注目するべきは「私がみんなの苦しみを背負って苦しい思いをしている」ということ。
これは過去のことではなく現在進行形です。
こんな苦しみを背負ってきたのに、長期的には相手のためになっていなかったという虚しさ、怒り、罪悪感は相手の責任を請け負って相手に癒しを与えていることになる。
近所の人や家族と接触しても、ネットニュースを見ても、SNSを読んでいても「私がみんなの苦しみを背負って苦しい思いをしている」と気づいてみる。
すると「癒しを提供する役割を止めても続けてもいい」という選択が自然とできるようになります。
(つづく)