近畿で「汚染飲料水で高いPFAS血中濃度」示す大規模調査の結果発表。しかしなぜ10年以上も公表されず、根拠不明の情報が入っているのか
PFASがどれくらい人々の体内に取り込まれているのか。国内の曝露実態を調べた論文を、国立環境研究所(茨城県つくば市)が発表した。
それは、二重三重の意味で驚くべきものだった。
大阪、兵庫、京都、愛知では「汚染飲料水で血中濃度が高い可能性」
論文は、全国15地域の母子10万組を対象に、どんな化学物質がどのような影響を与えているかを、胎児が大人になるまで追跡する「エコチル調査」の一環としてまとめられた。
エコチル調査はエコロジーとチルドレンをかけあわせた名称で、正式には「子どもの健康と環境に関する全国調査」という。2011年に始まり、世界的にも貴重な取り組みといえる。
そのエコチル調査で、国立環境研究所は2万5千人の妊婦について、血液中のPFAS濃度を測定した。28種類のPFASのうち半数以上から検出できた7種類を分析したところ、PFOS、PFOA、PFNA、PFHxSの順に多く検出された。
血中濃度は地域によって大きな違いがあり、特に目立ったのは大阪府、兵庫県、京都府、愛知県の4地域だった。論文は、
<PFOA ⾎中濃度が予測値より20〜60%⾼い可能性がある>
として、「汚染された飲料水など」による可能性を指摘している。
さらに、妊娠可能な年代の女性に悪影響を及ぼす可能性があるとするドイツの指標HBM-II(血漿1ミリリットル中、PFOA5ナノグラム)に触れて、こうも記している。
<HBM-II 値を超えた参加者のほとんどが近畿地方に居住していた>
また、一部の参加者からはPFNAやPFBSなど、海外で規制対象になっているPFASからも高濃度が検出されたという。ただ、具体的な数値は希望する研究者にしか公開されないため、行政の施策に活かされる可能性は低い。
なお、東京都は多摩地区で水道水の汚染が確認されているものの、エコチル調査の対象区域に含まれていないためにデータはない。
なぜ公表までに10年以上かかったのか
なにより驚くのは、採血は2014年までに行われたにもかかわらず、結果が公表されるまでに10年以上を要していることだ。この間、食品安全委員会がまとめた「食品健康影響評価書」では、曝露データの不足が指摘されていた。
なぜ、手元にある貴重なデータを提供して、リスク評価に反映させなかったのか。
食品安全委員会のPFASワーキンググループで座長代理をつとめ、エコチル調査の取りまとめ役でもある国立環境研究所の中山祥嗣・エコチルコアセンター次長は、こう答えた。
「食品安全委員会から提供依頼がありませんでした」
また、公表まで10年かかった理由については、「血中濃度の集計だけでは論文になりません」とした。そのうえで、機械学習による解析は計算負荷が高くて時間を要したうえ、論文は2度にわたり投稿した雑誌で不採択となった経緯などを明かした。
ただ、採血から解析に取りかかるまで7年を要した理由についての言及はなかった。
根拠不明の記述が次々と
じつは、ほかにも問題がある。この論文には根拠不明の記述が散見されるのだ。
第1は、曝露量を減らすための具体的な手立てについてだ。
<PFAS曝露を減らすために、⽸詰⾷品や化粧品などの制限が強く推奨される>
⽸詰や化粧品による曝露が多いとする根拠をたずねると、国立環境研究所は「データは保有していません」と答えた。
第2は、体内に取り込んでも健康への影響がないとした耐容一日摂取量についてだ。
論文は、特定の地域では食品や飲料の摂取により一部のPFASの摂取量が高くなる可能性があることなどに触れたうえで、食品安全委員会の定めた耐容一日摂取量について、こう記している。
<EFSA(欧州食品安全機関)よりも約1桁高い値です>
比較に用いられたのは2018年の暫定値だった。しかし、EFSAは2020年に体重1キロあたり1週間で4.4ナノグラム(4種類のPFASの合計)と定めている。この値と比べると、食品安全委員会の耐容一日摂取量は60倍以上、つまり1桁ではなく2桁大きくなるはずだ。
EFSAの最新値と比べなかった理由について「特段の意図はな」いという。だが、少しでも小さく見せようとしたからではないかと疑わざるをえないのは、あとに続く説明にも不可解な記述があったからだ。
<FDA(米国食品医薬品局)と同様に、継続的なリスクモニタリングと評価が行われており、国際基準に沿うよう規制の見直しが行われています>
しかし、実際には、この耐容一日摂取量にもとづいて、欧米の規制とはかけ離れた飲み水の基準が決められようとしているのだ。
いったい、「規制の見直し」はどの組織で行われているのか。そうたずねると、
「特定の組織ではなく、世界的な傾向を記載したもの」
という。
しかし、論文の原文を何度読み直しても、そのようには読めず、文意も通らない。あらためて、「the regulatory approaches are currently being revised」という文章の主格は誰によるものかをたずねた。
答えは「『the regulatory approaches』そのものが主格です」というもので、規制の見直しをしている機関を示すことはなかった。
50億円を投じた大規模調査なのに…
全国の血中濃度の平均値をとらえ、特定の汚染地域もあぶりだした10年以上前のデータは、PFASの最新のリスク評価には反映されなかった。そればかりか、論文の記述は、欧米と比べて桁違いに甘いという事実を取り繕うかのように歪められている。
疑問に対しても、国立環境研究所はメールでしか応じず、回答までに1カ月以上かかった。しかも、回答の内容は環境省の確認をとったという。研究機関としての独立性にも疑問符がつく。
年間50億円が投じられる「エコチル調査」の基本計画には、「データが活用され、科学の進歩ならびに環境健康施策の推進に資することが期待される」とある。国立環境研究所のホームページにも「政府や国民のみなさまの意思決定の根拠となる科学的知見を提供することを使命としています」と記されている。
不都合な事実に目をつぶるなら、看板に偽りありと言わざるをえない。
スローニュースではこの「論文差し替え疑惑」について、8回にわたる連載やその後の国会質疑などを詳しく報じています。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『沖縄密約 ふたつの嘘』(集英社文庫)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)
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