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つらく苦しい旅を続ける君へ(勇者ヒンメルはこう言った)

ここではヒンメルの「僕はね、終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ」(単行本第2巻第11話、アニメS1-EP6)という台詞を扱っています。『葬送のフリーレン』屈指の名台詞とされていますので解釈はいろいろあろうかと思いますが、以下の文章はあくまでも私の解釈に基づくものですので、記事タイトルを読んで理解してから本文へ進んでください。

10年間は短いか

そろそろ卒業式の季節ですね。

うちの子供もこの春に小学校を卒業します。

この子が曲がりなりにも家庭を離れて社会のようなものに加わったのが幼稚園への入園だと考えると、そこからおよそ10年です。勇者一行の旅と同じくらいの期間になります。

この10年は、長かったと言えば長かったとも感じるし、短かったと言えば短かったとも感じます。

フリーレンからこの10年間について「たった10年でしょ」と言われたら、「そうだね。でも…」としか言えません。

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そもそも時間の感じ方として、ある期間を「長い」とか「短い」とかいうとき、寿命と比べるものではないですよね。

人間なら10/80だから10年は長い。エルフなら10/10,000だから10年は短い。そういうものではありません。

楽しい時間は短く感じるし、苦しい時間は長く感じます。10年前のことを思い出せば昨日のことのように感じますが、10年の間にあんなことがあったこんなこともあったと数えあげれば、ずいぶん長かったようにも感じます。

フリーレンが勇者一行の旅の10年間について「短い」とか「たった」と言うのは、1,000年を超える自分の人生と比較して短い期間だからなのでしょうか。

私はそうではないと思います。勇者一行の旅が「くだらなくてとても楽しい旅」だったからだと思います。(根拠は補足を参照)

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勇者一行の旅の現実

勇者一行の旅が「くだらなくてとても楽しい旅」だと言っても、これは「魔王討伐の旅」です。ピクニックではありません。

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当然、つらく苦しい時もあったはずですし、あきらめそうになった時も、死を意識した時もあったはずです。

いいえ。旅の全体を冷静に観察してみれば、楽しい時間よりも苦しい時間の方が長かったのではないでしょうか。それが「魔王討伐の旅」=「勇者一行の旅の現実」というものでしょう。

それでも、そのつらく苦しい旅の記憶のなかにも楽しい思い出があることは否定できない事実ですから、旅が終わって振り返って見れば、「くだらなくてとても楽しい旅」だったということになるのでしょう。

だから、あっという間の10年だった。

そういう意味を無意識に含めてフリーレンは「短い」、「たった」と言うのだと私は思います。(根拠は補足を参照)

つらく苦しい旅の中で

私は「勇者一行の旅の現実」を理解できたときに、やっと、ヒンメルの「くだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたい」という言葉の意味がわかった気がしました。

この名台詞が登場した場面を見てみましょう。

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「かき氷を出す魔法」ではしゃぐフリーレンとハイターを見て、アイゼンが「こんなことをしていていいのか?」と異議を唱えます。

すると、ヒンメルはなぜか「アイゼンは辛く苦しい旅がしたいのかい?」と問いかけるのです。

しかし、つらくて苦しい旅をしたい人なんているわけがありません。誰だってそんな旅は嫌に決まっています。聞くまでもありません。

では、なぜヒンメルはそんな意味のない問いかけをしたのでしょうか?(アイゼンも返事に困って黙っています。)

その理由は、ここでヒンメルが話そうとしているのは、つらくて苦しい旅を「したい」とか「したくない」とか、どんな旅をしたいのかというような、願いや希望の話ではないからです。

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考えてみましょう。

誰だって、「くだらなく楽しく世界中をめぐりながらついでに魔王を倒して世界を救う旅」ができたら最高だと思うでしょう。

でも、そんな旅なんて、あるはずがないのです。

アイゼンの言うとおり、勇者一行の旅は魔王討伐の旅であり、行く手には数々の強大な魔族が立ちふさがっています。そもそも、旅の終わりに魔王を倒せるのか、読者は結末を知っていますが、ヒンメル達は知らないはずなのです。それどころか生きて帰れるかどうかもわからない。悲惨な結末が待っているかもしれないのです。だから、どうしようもなく変えることのできない現実として、つらくて苦しい旅なのです。それが「勇者一行の旅の現実」です。

ヒンメルはその変えることのできない「勇者一行の旅の現実」を認めたうえで、こう言っているのです。

僕はね、終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ。

『葬送のフリーレン』原作:山田鐘人、作画:アベツカサ
単行本第2巻第11話、アニメS1-EP6

この言葉を、ここまでの解釈を前提に意訳してみます。

「確かにアイゼンの言うとおり、生きて帰れるかどうかもわからない厳しい旅だ。でも、それならせめて『終わった後には笑い飛ばせるような旅』にしようじゃないか。それくらいなら僕達にもできる。」

ヒンメルはそう考えて、その決意をアイゼンに伝えているのです。(アイゼンの受け止め方について補足を参照)

おわりに

思うに、つらく苦しい「勇者一行の旅の現実」とは、私たちのこの現実だと考えられるのではないでしょうか。

そして残念ですが、このつらく苦しい現実を根本から変えて、くだらなく楽しいものにすることはできません。

できることは、終わった後に振り返って見た時に、「くだらなかったと笑い飛ばす」のは無理だとしても、せめて「つらくて苦しい10年だったけど、良いことがないわけでもなかったな」と思えるように、何かを少し付け加えることだけなのだと私は思います。

作品をネタに人生訓めいたこと書くのはあまり好まないので、ここまでとします。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

作品紹介:『葬送のフリーレン』

原作:山田鐘人、作画:アベツカサ

読者が疑問を感じるとすかさず回答を差し込んでくる、疑問→回答→疑問→回答のテンポが心地よい作品です。人物描写が丁寧なので、登場人物の心理を読み取るのが好きな人も楽しめると思います。書店で探してみてください。2025年3月に第14巻が発売予定です。https://www.amazon.co.jp/dp/4098501805/

また、アニメの制作にマンガ原作者が深く関与していることは間違いなく、マンガでの説明不足を補う描写がたくさん追加されています。そのため、視聴するとさらに作品を楽しめるものになっていますので、アニメ版もお勧めします。
https://frieren-anime.jp

補足1(ヒンメルの言葉をアイゼンはどう受け止めたか / アニメ版追加要素)

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この場面、マンガではヒンメルとアイゼンは二人とも立ったまま会話をしていますが、アニメ版で変更があります。ヒンメルは終始床に座っていて、アイゼンには会話の内容に合わせた動きが付けられました。

  1. 最初はヒンメルとアイゼンが隣り合って座っています。

  2. かき氷を出す魔法で喜んでいるフリーレンとハイターを見て、アイゼンは立ち上がり「くだらん。こんなことをしていていいのか?」とヒンメルに異議を唱えます。

  3. ヒンメルは座ったまま、アイゼンは立ったまま会話を続けます。

  4. ヒンメルが「楽しい旅がしたいんだ」と言った後、少し間をおいてアイゼンは「くだらん」と言いながらヒンメルの隣に腰を下ろします。

  5. そして二人はくだらない魔法ではしゃぐフリーレンとハイターを見つめるのです。

この演出により、ヒンメルの思いがアイゼンに伝わったことが良くわかるようになりました。

ヒンメルの「名言」だけではなく、ヒンメルとアイゼンのつながりも感じられて、楽曲も美しいとても感動的なシーンです。

補足2(フリーレンの時間感覚)

エルフ(フリーレン)の時間感覚が表れているとされるシーンを見ると、いくつかの疑問を感じます。

疑問1

一つは、「なぜ、フリーレンは『人間の寿命は短い』と知っているのに、エルフの寿命を基準にして時間を測った結果をわざわざ人間に伝えるのか?」です。(ここでは「エルフの時間感覚を読者に説明するため」というメタ的な回答はなしとします。)

エルフという種族はお高く止まっていて他種族を見下す様なところがあるのが「ファンタジー」の定番ですから、エルフの特徴だという理解はできます。

他人の反応に関心がないとか、思った事を何でも遠慮なく言ってしまうといったフリーレン個人の性格によるものだという理解もできます。

ただ、他人に関心がないといっても、勇者一行のメンバーにも関心がないとすると「いくらなんでも限度があるだろう」と感じます。まあ、フリーレンはヒンメル達からそれだけ甘やかされてきたということかもしれませんが。

疑問2

もう一つの疑問は、フリーレンが10年間を「たった」とか「短い」等と形容する時の基準に関してです。

なぜ、フリーレンは、頑なにエルフの寿命と比較する客観的な基準を使うのでしょうか。

なぜ、主観的な時間感覚(楽しい時間はあっという間なのに、退屈な時間は長く感じる)を使おうとしないのでしょうか。

回答

ここには「フリーレンの妙なこだわり」を感じます。

詳細を省きますが、この作品において登場人物がこういった頑なな行動をとる理由は、大抵は防衛反応ですので、その線で考えてみます。

フリーレンは「たった10年」の重みを本当はわかっています。

しかし、それを素直に認められないので、「そのくらいの年月、自分の人生の長さと比べれば…」と言わずにはいられないのです。

第8話「百分の一」の一場面です。10年なんて自分の人生の百分の一だと強弁して防衛線を張るフリーレンに対して、アイゼンは「その百分の一がお前を変えた」と鋭く指摘します。(単行本第2巻第8話「百分の一」、アニメS1-EP5)

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フリーレンの視線はアイゼンの頭上にあり、虚空を見つめています。フリーレンだけが片足のかかとを浮かせた不安定な体勢で描かれています。アイゼンの言葉がフリーレンの心の防御機構を撃ち抜いたのです。

※(メモ)ここでの背景の描かれ方(前のコマの後ろにも描かれて、おおきな余白を作っている)にも着目してください。

※(メモ)アニメ版では「その百分の一がお前を変えたんだ。」の後にフリーレンのフラシュバックが入るのですが、おもしろいことにここで回想される場面はすべて、勇者一行の冒険が終わった後の出来事(つまりアニメS1-EP1~4の出来事)です。

補足3(シュタルクの誤解)

ヒンメルはつらく苦しい旅の現実を認めた上で、「それなら、せめて終わった後には笑い飛ばせるような旅にしよう」と考え、アイゼンに伝えました。(というのが私の解釈です。諸説あるかと思いますが。)

そしてこのときの言葉はアイゼンの旅の思い出話で使われて弟子のシュタルクに伝わり、シュタルクは師匠から聞いた言葉としてフリーレンに伝えています。

言葉のサイクルがエモーショナルなシーンですね。

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しかし、この時のシュタルクはまだヒンメルの言葉の真意を理解していないようです。

紅鏡竜を倒した後、フリーレン達に加わることを決めたシュタルクはこう言います。「俺もくだらない旅がしたくなったんだ」。(第11話)

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ヒンメルの言葉の真意を理解していれば、こういう言い方はできないはずですからね。

シュタルクがアイゼンから聞いた旅の思い出は、アイゼンの「思い出補正」によって、「くだらなくて楽しい旅」の側面が強調され、つらくて苦しい側面はかなり控え目になっているはずです。しかも今は魔王討伐後の平和な時代です。

ですから、シュタルクが「勇者一行の旅の現実」をこの時点ではまだ深刻に受け止めていないのも当然です。

このシュタルクの誤解は、数話後(第14話)でリュグナー達魔族に遭遇した時のシュタルクの「ヘタレっぷり」にも影響していると考えます。

※画像は『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ)の第2巻及びアニメS1-EP6より

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