参院選・注目の選挙区
今回は次期参院選で注目している選挙区をとりあげます。参院選は議員を半分ずつ入れ替えていく仕組みなので、今年の夏に改選をむかえるのは、前々回にあたる第25回参院選(2019年)で当選した人たちです。そこで第25回参院選(2019年)の出口調査や選挙結果を参考にしつつ、現在の擁立状況と照らし合わせながら検討を行います。
なお、ここでは次期参院選の見立てにも触れますが、どちらかというと過去と現在の状況を把握することに重点を置きました。また同時に、一人区と複数人区の票の流れを明確に可視化することを狙いました。一人区と複数人区の選挙は大きく異なるものであり、それを念頭に置くことは、選挙を見る人にとっても、選挙を闘う人にとっても、たいへん有益であるからです。
相撲と駅伝
衆院選が小選挙区と比例代表という2つの制度で行われるのは広く知られていることです。しかし参院選が3つの制度で行われていると聞いたら、疑問符が浮かぶ方も多いのではないでしょうか。
参院選の投票者は、選挙区と比例代表にそれぞれ一票を投じるので、一見すると制度は2つであるようです。しかしこのうち選挙区のほうは、地域によって一人区と複数人区という異なるものが混在しており、さらに2つに分けられます。ここで一人区とはもちろん一人だけが当選する選挙区で、複数人区は複数人が当選する選挙区です。
当選者の数が変わるだけではないかと思われるかもしれません。しかしこのことはルールと戦術のたいへんな違いをもたらします。
一人区の闘いは例えて言うなら相撲です。当落線上の二人は力をためて相手の力士とぶつかります。勝負はどちらか一方しか勝つことがなく、自分の有利はすなわち相手の不利となり、その逆に自分の不利は相手の有利となるわけです。
こうした一人区の闘いで必要となるのは、調整力と批判力なのです。
調整力とは、幅広い支持層をまとめて相手とぶつかる辛抱強さです。一人区では最も多くの票を得た一人だけが当選するので当選ラインが非常に高く、そこで展開されるのは「あらゆる票のかき集め合戦」です。選挙制度論では衆院選の小選挙区と同じ部類であるものの、参院選の一人区は県単位または二つの県の合区という広大な舞台である点も見落とすことができません。その意味では物理的により広い地域の調整が必要となるわけです。
批判力とは、相手の体勢を崩すような技を出すことです。自民党はいまだに「悪夢の民主党政権」などと言うことがありますが、2012年に掲げた「(民主党政権から)日本を、取り戻す」という攻撃的なコピーなどからも、この点をよく理解しているといえるでしょう。ここで意図した「批判力」とは、一概に理性的で上品なものとは限りません。相手にマイナスを付与すること全体をさしています。
調整は丸くなること、批判は尖ることなので、一見すると両者は食い違うようです。しかしこれは、自分たちの力をまとめて相手とぶつかることを要求する制度なのだという原則を言っているのにすぎません。相手に迎合すれば相手の支持層がとれる、あるいは保守に迎合すれば保守層がとれるという幻想はいまだに広くあるようですが、一人区の二候補が同時に当選することはあり得ないのですから、相手に迎合的に振る舞うのであれば、何のために土俵に上るのかという話になってしまうでしょう。
対して複数人区の闘いは駅伝のシード権争いです。箱根駅伝では10位以内に入れば次回大会の予選が免除されるため、これが一つの注目の的となるのですが、ここでは自分のチームが10位に入れるかだけが問題なのであって、その他の順位の変動は関係がありません。
複数人区の闘いでは宣伝力が必要です。調整や批判が不要であるとはいえませんが、それは限定的なものや媒介的なものとなっています。
複数人区は何人もが当選する制度なので、当選ラインを超えるのに必要な得票率は一人区よりも少なくて構いません。一人区が「あらゆる票のかき集め合戦」となるのに対し、複数人区は有権者の一部であっても、着実に自らの支持層を固め、伸ばしていくことが大切です。この調整が限定的になるという点では、「〇〇党はダメだ」「××党もダメだ」といって、敵を作るように割り切ったって構わないわけです。
また複数人区における批判は、ただちに自分の有利をもたらすわけではありません。1位の候補にマイナスを付与した所で、自分の順位が上がるとは限らないからです。もちろん批判を媒介して自分の訴えを浸透させることは有効となるでしょう。けれども逆に特定の候補や政党と協調する形で票を伸ばすことだってありえます。ともにゴールすることもありえます。
こちらについても「敵を作るように割り切ってもいい」「別に批判しなくてもいい」というのは一見して食い違うようですが、それが制度の要求です。重要なのは宣伝力であり、ここでは各党がランナーを出してくる中で、政策を訴え、自らの支持層を拡大し、着々と順位を上げることこそが鍵なのです。
複数人区のやり方で一人区は闘えないし、その逆もまた然りです。力士が襷をかけても追いつけるはずがないし、ランナーがまわしを締めたって片手で土俵からつまみ出されてしまうでしょう。一人区と複数人区、どちらも全力を尽くして争われる以上、同等に厳しいことには変わりはありませんが、やっていることは別なのです。
宮城県選挙区(1人区)
●前々回の出口調査
まずは一人区の宮城県選挙区を見ていきます。ここは前々回のとき、立憲民主党の新人・石垣のりこ氏が、自民党の現職・愛知治郎氏を相手に1ポイント未満の接戦を勝ち切った選挙区です。
当時、NHKが行った投票日出口調査を図解してみましょう。次の図では、左端を支持政党、右端を投票先として、両者の対応を帯状の流路で示しました。
この図1では、右端と左端をつなぐ流路は、左端にあわせて薄く塗っています。このようにすると右端に着目したとき、それぞれの候補に投票した人がどの政党の支持層によって構成されているのかが読み取りやすくなっています。
対して下の図2は、流路の配色を右端に合わせるようにしたものです。こちらは左端に着目すると、それぞれの政党支持層がどのような候補に分岐したのかを知ることができます。もっとも、右端と左端のつながりに注意すれば、どちらの図からも同じ情報を読み取れるようになっています。
政党のカラーは図1や図2の左端に記載したとおりであり、右端の候補者のカラーは、その候補が所属する政党に対応させています。たとえば愛知治郎氏は自民党の公認候補であり、左端の自民支持層の主な投票先となっていることが読み取れます。
これら2枚の図では、左端は「特になし」とした無党派層を除いて上から支持率の高い順となっていますが、右端は太い流路の交差を避けることを優先的に処理しているため、一概に多い順に並んでいるとは限りません。
どちらの端も多い順にした方が分かりやすい面もあると思いますが、今回は4人区や6人区も扱っていくので、なるべく交差を簡略化しないと図が複雑になりすぎます。このあたりのバランスは当面は手探りで進めていくこととして、ひとまず得票数順に並べた選挙結果を併記することにしました。あわせて次回の予定候補も載せています。
●前々回の選挙結果
●次回の予定候補
※これは表ですが、空白の棒グラフがあるとみなして図で通し番号をつけています。
予定候補の名前順は、形勢判断にもとづくものではありません(現職がいる場合は上に配置しています)。基本的にこの記事では、そういった序列は明記しませんでした。ただ未来の予想を示しても「信じるか信じないか」といった話になってしまうので、そうしたことをやるよりも、根拠を示しながら現状やこれからの見通しを書くほうに意味があると考えるからです。
●比例得票数の推移
参考に、宮城県内における比例得票数の推移も掲載しておきます。
比例代表では、基本的には各政党の支持層がそのまま政党に投票するため、その得票数は各政党の基礎体力を表すバロメーターとみなすことができます。上の図5では、衆院選と参院選を同一の折れ線で示しました。
ここで立憲の線に注目すると、参院選は谷に、衆院選は山になっていることが読み取れます。これは時間的な党勢の推移をあらわしているともとれますが、そもそも野党第一党には、政権選択選挙の衆院選のほうが票を取りやすい傾向がある可能性も否定できません。立憲は昨年の衆院選後にやや支持率を下げていることもあり、少し割り引いてみたほうがよさそうです。
●解説
宮城は1ポイント未満の激戦が展開された、野党共闘の象徴的な選挙区です。図1や図2を見てください。石垣氏は立憲、共産、国民、社民の支持層をほぼ固めきったうえで、維新の大半もおさえています。れいわは描画されていませんが、石垣氏が山本氏(れいわ)と共同で演説を行った経緯などから、票はまとまっていたと考えるのが自然でしょう(描画されていない理由は、れいわが結党直後であり、政党要件がこの選挙の開票の結果として獲得されたため、調査の時点では政党要件がなかったことによっています)。加えて無党派層に大きく浸透し、一部の自民や公明支持層にも食い込んでいることがうかがえます。
これだけバラエティーに富む票を集めに集めて、自民党の愛知氏との差は1ポイント弱にすぎませんでした。当時の宮城の自民党は全国平均に近い強さでしたが、それは野党が一人区で勝てるぎりぎりのラインだったのです。実際、このときの一人区で石垣氏は立憲の唯一の当選者でしたが、図1や図2の内訳は、勝つのにはこれしかなかったというような取り方です。一人区が「あらゆる票のかき集め合戦」だというのは、こういったことです。
石垣氏が、批判的な姿勢を積極的に示すスタイルをとっていたことにも触れておかなければなりません。討論会などで石垣氏は積極的に対立軸を作ろうとして動きました。このときの陣営が微笑んでいない選挙ポスターを用いたことも印象にあります。その後の6年弱のうちに他のパターンのポスターも作られていますが、この時は新人として与党の現職に一人区で挑戦したのであり、ファイティングポーズをとらなければならないということを象徴しているようでした。終わった後に立っているのはどちらか一人。一緒にゴールはできない制度です。
そんな選挙を勝ち切った陣営が今度は何を仕掛けるのか、宮城は目が離せません。
宮城の立憲、共産、社民などは次の参院選でも共闘の構えをみせていますが、れいわは独自に候補者を立てる見通しです。国民が擁立するかということについては、石垣氏が連合の推薦をとりつけていることなどから考えにくいと思われますが、まだ不透明な状況となっています。
維新はたとえ立てたとしても、昨今の党勢の低迷から、影響は限定的となりそうです。ただし図1や図2で石垣氏に流れた維新支持層が多かったことからは、擁立すれば石垣氏にマイナスになることが考えられるでしょう。
参政党は擁立を決めていますが、参政党が擁立すると、自民党支持層と無党派層をある程度とりこむ傾向があり、すなわち与野党のどちらか一方ではなく、双方に投票する層からそれぞれ若干の票が流れると推測されるため、影響は限定的になりそうです。
自民党が予定候補として選んだ石川光次郎氏は、県議会議員と議長をつとめた人物で、県全体の集票力は未知数です。県議選の際は、仙台市の宮城野区から選出されています。
総じて石垣氏の側は、石井氏(れいわ)などに票が分散することがマイナス要因となりそうです。対して石川氏(自民)の側は、昨今の与党の党勢の低迷を憂慮することになるでしょう。
宮城では、前回の第26回参院選(2022年)で自民党の桜井充氏が勝っています。石垣氏は現職の立場で選挙をむかえることになりますが、参院の野党としては再びチャレンジャーの立場となるわけです。
新潟県選挙区(1人区)
●前々回の出口調査
●前々回の選挙結果
●次回の予定候補
●比例得票数の推移
●解説
新潟は、前々回の選挙で無所属の新人・打越さく良氏が、自民党の現職・塚田一郎氏を破りました。4.1ポイント差なのでこれも接戦の範疇です。
この時の打越氏は無所属として、立民・国民・共産・社民から推薦を受けており、これらの支持層をほぼ固めていたことが図6や図7からはうかがえます。維新支持層も同様であり、驚くことに公明支持層の半数近くに浸透しています。
もっとも公明支持層は期日前投票の利用が多いので、投票日出口調査にもとづく図では、自民党の候補に対する公明支持層のまとまりが過小評価されています。とはいえ投票日に限定した分でも、野党の候補が公明の半数近くをとりこむのは稀です。
図6や図7を、図1や図2と比べると、社民の強さを除けば、新潟は宮城とかなり似ていることがうかがえます。
打越氏は、次期参院選には立憲の公認候補として臨みます。無所属から立憲公認にかわれば、立憲支持層を固めやすくなる一方で、他の野党の票がまとまりにくくなることも考えられそうです。
新潟では、前回の第26回参院選(2022年)で自民党の小林一大氏が勝利しています。打越氏は現職として選挙に臨みますが、やはりこちらも参院の野党としてはチャレンジャーの立場であるわけです。
沖縄県選挙区(1人区)
●前々回の出口調査
●前々回の選挙結果
●次回の予定候補
●比例得票数の推移
●解説
沖縄は、前々回の選挙で無所属の新人・高良鉄美氏が、自民党の新人・安里繁信氏に勝利した選挙区です。11.5ポイント差なので、両候補には一定の開きがありました。
図11や図12を見ると、公明支持層は自民の安里氏にまとまっていることがうかがえます。期日前投票のぶんも考慮すると、実際はさらに大きな自民への票の供与があったでしょう。対して高良鉄美氏は、立憲、共産、社民を中心とする幅広い支持層をまとめました。
沖縄の特徴としては、従来から共産や社民が強いことが挙げられます。しかし最近はれいわも伸びており、図15からは、昨年の衆院選では野党の2番手につけるようになっていることが明らかです。こうした支持層をまとめるのは大変で、昨年の衆院選では一部で足並みの乱れもみられました。
現職の高良鉄美氏は、自身では「オール沖縄の団結を損なう可能性がある」として、次期参院選には立候補しない意向を示しています。かわって統一候補に選ばれたのは高良沙哉氏です。
沖縄は、前回の第26回参院選(2022年)でも野党系無所属の伊波洋一氏が勝利しましたが、自民の古謝玄太氏との差は0.5ポイントまで詰まりました。全国的に自民が議席を減らした昨年の衆院選でも、沖縄は与野党それぞれ2勝2敗であり、次期参院選も緊迫した情勢となることが予想されます。
ここからは2人区の京都府、3人区の北海道・兵庫県・福岡県、4人区の埼玉県・大阪府・神奈川県、6人区(次回は補選込みで7人区)の東京都をとりあげます。そこで見られるのは一人区とはまた別の闘いです。出口調査の図も大きく異なるものとなり、公明と自民の票のやり取りや、票割りの妙技など独特の現象が見られるようになります。
みちしるべでは様々なデータの検討を通じて、今の社会はどのように見えるのか、何をすれば変わるのかといったことを模索していきます。今後も様々な成果をお見せできるように頑張っていくので、参加してもらえたらとてもうれしいです。


購入者のコメント
7②北海道選挙区において支持組織の動きを無視したかたちで立民2議席と予想するのには注意が必要です。まず、連合の組織票そのものは過大視禁物だと思います。そのうえで平日の日中などを含めたあらゆる時間帯で活動員を確保できるのは非組織の有権者へのアピールを考えても大きな強みです。連合は立民と国民1人づつの擁立を求める方針で2人目の立民候補には推薦が行かない可能性が高いです。また、過去には愛知県選挙区で連合推薦候補を2人当選させるために支持の低い候補に優先的に動員をかけた事例があります。立民が2人擁立したとしても立民の2人目に票があまり入らず自立国や立民2人目と国民の漁夫の利で自自立になる可能性も政党得票から考えられるもの以上に大きいと考えられます。
非常に詳細な分析の中で一部の気になった箇所に深入りしてしまいました。長々としたコメントすみません。
興味深く拝見しました.有り難うございました.
いつもありがとうございます。
はるさんならではの緻密な分析、とても興味深く拝読しました。
参院選に向けて忙しいことと思います。
体調には気をつけてくださいね。
良いです👍️