東京在住の女性Ｓ様から「熱海の家でゆっくりしたい」とご連絡をいただいた。私の家の正しい使い方である。Ｓ様は「最近過労で疲れている」と言った。私は「あなたの疲れは最近の話なんかではなくて、八歳くらいの頃からずっと疲れているんじゃないですか？」と鎌をかけた。Ｓ様は「二歳の頃から疲れている」と言った。父親があらくれもので、心を開くことができず、男の人全般に対して諦めにも似た感情を抱いていると言った。

男を諦めると、自分の女を諦めて、体が冷えて、循環が止まり、疲れが蓄積し、生きたくないけど死ねないから生きているみたいな状態になる。Ｓ様は、妻子ある男性と不倫をしていると言った。皮肉なことに、ちゃんとしなきゃと思うほど、ちゃんとしていないことをちゃんとやってしまう。誤解されると困るが、私は不倫を否定したい訳ではない。倫理や道徳で人間を縛ることは、本意ではない。ただ、不倫をすることで心身がすり減っている感覚を覚えるのなら、自分に合わないこと（疲れること）をやっている合図なのだと思う。

Ｓ様は「微妙なことをやっている自分にモヤモヤする」と言った。私は「ザコですね」と言った。Ｓ様は「ザコ中のザコです」と言った。私は「自分をザコだなんて言っちゃダメだよ」と言った。Ｓ様は「これでも一応努力をしている。男の人に心を開く練習をしている」と言った。真面目で健気なＳ様よ、耳の穴をかっぽじってよく聞け。人生は練習するものじゃない。覚醒するものだ。階段を一歩一歩登るのが人生ではない。それは古い世代の考え方だ。俺たちはすでに完璧で、何もやらないし、どこにも行かない。努力も練習も忍耐もしない。人生は修行ではない。俺たちは山を登らない。みんなが、俺たちという山を登るのだ。

人生に疲れた人は、人生に疲れた人を癒そうとする。それがメサイヤコンプレックスのはじまりである。自己肯定感の低さから生まれる優しさは、バンパイアの牙と同じだ。助けることで吸っている。助けることで奪っている。殺し合いの螺旋を降りるのだ。自分が長年苦しめられてきたことをオープンにすることで救われる人がいるならという動機で何かをやることは、美しいが、危険だ。はっきり言おう。人権を求めるな。人権を捨てるのだ。価値と功績は違う。人間の価値は存在に宿り、人間の功績は行動に宿る。価値と功績を履き違えると、何もしていない自分には価値がないということになる。それが、大いなる勘違いのはじまりだ。価値は、功績の有無を問わない。人権を捨てると、人間が輝く。人間本来の価値が輝く。

人権を求める旅は殺し合いの螺旋だ。承認欲求の殺し合い、コンプライアンスの殺し合い、正義の殺し合い、常識の殺し合いに巻き込まれる。すべての馬鹿げたものを通り抜けた時、人生全般に幻滅するのか、輝き続けるものを掴み取るのか。最後に残る感覚が「人間を愛した」なのか「人間を愛さなかった」なのか。最後に残る感覚が「生きた」なのか「生きなかった」なのか。言いたいことを言いなさい。やりたいことをやりなさい。好きなことをやりなさい。山が好きなら山に行きなさい。海が好きなら海に行きなさい。俺が好きなら俺に会いなさい。共に爆発する。それが愛だ。