先の戦争で日本軍が関わった「加害」の史実を取り上げた教科書の記述を巡り、厳しく批判する議論がかつてわき起こった。「事実の検証が不十分」「自虐的だ」といった観点からだった。とりわけ日本軍「慰安婦」に関する記述が非難の対象になった。
こうした動きの中心になったのが1997年に設立された「新しい歴史教科書をつくる会」。その後、つくる会が主導して中学の歴史、公民教科書が発行された。
八木秀次・麗沢大教授はつくる会の元会長で、公民教科書の執筆者の1人だった。保守派の論客として知られる八木氏の主張を聞いた。(聞き手・共同通信=福島聡)
▽「当時としては合法」
私は、慰安婦に関する教科書記述への批判を出発点として、1997年に発足した「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を以前務めていました。教科書の中で、日本にとっての「負の歴史」、加害の部分が、事実の検証が不十分なまま、過剰に取り上げられていた実態があった。いわゆる「自虐史観」です。
それを学問的な証拠に基づいて検証して、書き直していこう、というのが「つくる会」の目指すところだったのです。
戦時中に慰安婦と呼ばれる女性たちがいたのは間違いないし、日本兵を相手に売春をしていたのも事実。今から考えれば、彼女たちの扱いには問題もあったのかもしれない。しかし、当時としては合法の商行為でした。日本の軍や官憲が拉致や誘拐をして売春を強制した、といったような事実はありません。
1993年の河野洋平官房長官談話は、慰安婦集めを巡り「総じて本人たちの意思に反して行われた」とした。でも政府がつくった有識者チームは2014年に検証結果をまとめ、1993年当時は元慰安婦の証言を裏付ける調査をしていなかったと指摘しています。
▽時代状況や経緯も踏まえて
被害者の証言集めや資料の掘り起こしをするのはいいし、大いにやるべきだ。ただし、政治家などを対象にしたオーラルヒストリーの聞き取りでも同様ですが、当事者の証言はそれが果たして事実なのかどうか、他の関係者の証言や資料と突き合わせて、しっかりと検証する作業が欠かせないと考えます。
また、慰安婦について現代の価値観で批判するのはたやすいけれど、当時の時代状況や考え方、なぜ始まったか、といった経緯の部分も詳細に見て行く必要があると思います。
朝鮮人の強制労働を巡っても、さまざまな調査が進んでいて、「強制だった」との見方を覆すような資料や証言も出てきています。こうしたことも踏まえて考えていく必要があります。
南京虐殺について私は「なかった」という立場ではありません。ただ死者数にはさまざまな説や見方があり、はっきりしない部分があると考えています。
▽歴史修正主義との批判
日本人の国民性として「謙虚に反省する」という性質があると思う。歴史に関しても、そうです。また、メディアも加害の側面を取り上げることを好む、という傾向が一部にあるように感じます。それが加害の側面が過剰に強調されることにつながったのではないでしょうか。
このような私の主張について「歴史修正主義」だという批判を受けることがありますが、自分としては歴史に対して極めて誠実な立場だと思っています。
「加害」の歴史について、調査や継承の活動をする人たちが厳しい批判にさらされているのだとしたら、ネットやSNSによって言論空間が広がる一方で、発言の幅が逆に狭まるような現象が起きてしまっていると言えます。
一般の人が発信の手段を得て、歴史について十分な知識がない場合であっても、思いつきで発言できるようになりました。それが大きな社会的影響力を持ってしまっている現状があります。
決して好ましい状況ではない。それは歴史の見方を巡る立場や、政治的立場の違いを超えて、指摘しないといけないと思っています。
最近は(加害の側面を指摘するような)左派の人たちがネットなどで批判され、たたかれるようになったように思う。日本の言論空間の在り方はこの20~30年でずいぶん変わったなと感じています。
▽歴史共同研究の困難さ
中国、韓国との歴史共同研究の作業に携わった経験のある日本側の関係者に聞いたことがありますが、それぞれの国の主義主張が先にあり、議論の中で一致点を見いだすのは非常に難しかったといいます。
中国にとって歴史研究はいわば政治の道具だし、韓国からすると日本の朝鮮統治は「過酷」でなければならない。日本側が反論しても、なかなか相いれないのでしょう。
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やぎ・ひでつぐ 1962年広島県生まれ。麗沢大教授(憲法学、法思想史)。故安倍晋三元首相のブレーンの1人とされた。著書に「憲法改正がなぜ必要か」「公教育再生」など。
【戦後80年連載・向き合う負の歴史(9)】に続く
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これまでの連載
【(1)県が撤去した朝鮮人労働者追悼碑は「加害の歴史」伝えるシンボルだった】
【(2)フェミニズムを入り口に慰安婦問題を学ぶ若者たち―東京、5千人学ぶカフェ】
【(3)集団自決の傷痕撮る沖縄の写真家「真実伝え、戦争なくしたい」】
【(4)うそつき呼ばわりされても、731部隊の「本当のことを語る」―94歳の元少年隊員】
【(5)神奈川の人造湖を造った朝鮮人、中国人。碑が傷つけられても地域ぐるみで語り継ぐ】
【(6)戦争経験継承は未来に向けた責任、「否定論」は実証積み重ね欠く】