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『 44 』
・・・・・まだ帰らない。
あたしはムスっとしたまま、テーブルに頬杖をつく。
悠河クンはこの頃メチャメチャ忙しい。
遂に部署を一つ任されたらしいのよ。
でもって、休日返上御前様もしょっちゅう。
別にそんなことで機嫌悪くなりゃしないけど。
なんだかめきめき痩せてきたの。
遂には顔まで痩せてきて、あたしはそれがご機嫌斜め。
だって!だってっ!!
あのかわいい笑窪が消えそうなのよっ!!
指つっこんでぐりぐりしたいくらい、大好きな笑窪がっ!!!
だから栄養つけなくちゃ。
でもって、今日は奮発して松阪牛。
とりあえず、塩コショウとワインどぼどぼすればなんとかなるよ、って悠河クンの言うとおりに。
焼き加減も細心の注意を払って、あたしにしちゃ奇跡的な出来なのに。
なのに・・・・なのに・・・・帰ってこないの。
ふたりで飲もうととっといた、とっておきのワインの栓を開ける。
ああっ!今日もまたこんな時間。
りかさん寝ちゃったかなあ。
寝ちゃったよなあ。
この頃会話が少ない気がする。
朝はバタバタ、りかさんはベッドの中。
夜はこの調子、りかさんはもう寝ぼけまなこ。
一緒の時間は数えるくらい。
色々とご無沙汰になってるし。
一人でぐるぐる考えながら、灯りの消えた団地の中を行く。
なんかすっかり疲れちゃって、走る気力もわかないよ。
体力だけは自信があったけど、流石にこう忙しくちゃ・・・・
へろへろになって階段を上り、鍵を出す。
りかさん寝てるかもだから、そうっと音をたてないように。
「あ~~~、悠河クぅン~~~~~~~」
リビングで奥さんの声がする。
起きてまっててくれたんだ。
ネクタイを外しながら、急ぎ足でリビングへ。
椅子に丸くなってるりかさん。
ワインボトル抱え込んで、目を上げる。
「おかいりなさいいいいい~~~」
ちょっと呂律が怪しいけれど、ほんのりと赤らんだ顔はいつもながら色っぽい。
「ただいまー、りかちゃん。」
後ろに回って、おでこに、ちゅ。
ついでにぷっくりした唇にも、ちゅ。
「ごめんね、遅くなって・・」
そういうと、りかちゃんいきなりぷうっつと顔が膨れる。
「そんなの、別に・・・・気にしないわ。」
んもう悠河クンてば、あたしをなんだと思ってるの・
そんなことで怒るわけないでしょ。
「でも、この頃いっつもだし・・・」
「別に・・・仕事じゃない?あたしの為じゃない?」
うゎあ、言い切っちゃった。
あたし、酔った勢いとはいえ酷いこと言ってない?
でも悠河クン、ほにゃあ~と微笑んで。
「ん、だね。」
そういって、後ろから腕を回す。
寄せる頬に頬擦りで返す。
いつもの癖で唇を軽く触れ合わせて。
このままベッドに行きたいけれど、だめだめっ!折角料理したのに。
「ね!悠河クン!元気つくようにごはん作ったの~」
りかさんが得意げにテーブルを指す。
どかんと大きな皿に、400gはありそうなステーキが一枚。
流しには、格闘の跡らしきフライパンが突っ込んである。
うあ、かけすぎだよってくらいワインぷんぷん匂ってる。
「このごろ痩せてきて、心配なんだもん。」
俺、接待で食ってきたんだけど・・・・
でも、作ってるとこが目に浮かぶ。
あ~ん!とか言いながら、フライパンとにらめっこのりかちゃんが。
「ねえ、なんで笑ってるの?」
付け合せとか考える気もハナからなかったんだろうって位、皿だけどんっ!と。
「ねえ、食べなきゃだめよ。」
赤い顔してるけど、口調は真面目。
りかさんなりに心配してくれてるんだ。
痛いほど感じた途端、俺は猛烈に腹が減ってきた。
我ながら、単純。
「うん、ありがと。」
ステーキが存在感を主張しまくるテーブルを囲んで、りかちゃんと座る。
「ねえ・・・ちゃんと食べてね・・・・・」
りかさんぶつぶつワインボトル持ったまま呟く。
ちょっとウェルダンで、ちょっと冷めてる特大ステーキ。
テーブルの向こうは、大好きな奥さん。
なんかね、ささやかな幸せってこういうのかもしれない。
仕事バリバリするのも幸せだけど、
やっぱりりかさんの顔見るのはもっと幸せ。
りかさんの為に働くのも、なんだか幸せ。
なんか、俺ってすごく幸せ者じゃない?
そんなことを考えてると、明日も頑張ろうって気がしてくる。
りかさん、その辺わかってる?
ナイフでお肉を切る悠河クン。
細くて長い指が、とっても綺麗。
まくったシャツから覗く腕。
引き締まった手首がかっこいい。
左手の薬指には、お揃いのリング。
見慣れてるはずなのに、よく知ってるはずなのに。
あたしはやっぱりドキドキする。
くるんとした瞳で、俺の食べるとこじっと見てる。
俺もつい、りかちゃんの顔をじっと見る。
「・・・どしたの?」
りかさんは不思議そうに顔を上げる。
「ん。おっきな目だなあって思って。」
「やぁだぁ~、悠河クンだっておっきいじゃない。」
「なんか、きらきらしてる・・・」
「酔ってるだけよ・・・・変なの。」
そう言って、奥さんは又グラスを空ける。
「♪愛して~いる、愛して~いる♪」
悠河クンてば、にこっとしていきなり歌い出す。
「やぁん・・・なあに・・それ?」
「ううんと・・・・こないだ覚えた歌。」
頬杖をついて、顔を差し出す。
「♪愛して~いる、愛して~いる♪」
ちょっと怪しい音程で、それでも嬉しそうに歌う悠河クン。
「変なのぉ・・・・・」
あたしはなんだか、朦朧として。
ちょっと飲みすぎちゃったかしら・・・・・・・
愛している。
愛している。
愛している。
愛している。
悠河クンの声がぐるぐる回る。
ほわほわと愛の告白に包まれて。
今夜は酔ってるせいかしら。
ただ、その言葉を受け止めるだけ。
あたしはなんだか、とっても幸せ。
もう悠河クンの声しか聞こえない。
奥さんはいつの間にかつっぷして小さな寝息を立てている。
そうっと抱き上げ、軽くキス。
ふにゃふにゃって、朦朧とした声が洩れる。
驚くくらい色っぽいけど、驚くくらいかわいい奥さん。
何回言っても足りないくらい、愛してるってわかってる?
あたしはふわふわ抱き上げられる。
悠河クンの顔がぼんやり見える。
何か言おうと思うのだけど、だめだわ舌が回りゃあしない。
不意に悠河クンが、微笑んだ。
あたしの大好きな笑窪が浮かぶ。
あたしは思い切り安心する。
「りかちゃん、愛してる。」
耳元で囁く声がする。
体中の力が抜ける。
あなたに愛を告白されて、
何度でもあたしは恋に落ちる。
あなたの腕を感じながら、
あたしは幸せな眠りに落ちる。
あなたの笑窪を想いながら、
夢見るように眠りに落ちる。
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