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『 43 』
なんだか、このごろだらけ気味。
あたしは奥さんなのに、いけないわよねぇ・・・・って気分はあるの。
でもね、季節の変わり目なのかしら、一日中ぼや~んと過ごしてる。
朝はね、あたしがベッドでうだうだしてるうち、
悠河クンがちゃちゃっと朝ごはんトレイに盛ってベッドの上に。
桃のジュース、ふかふかのパン、しゃきしゃきのサラダ、5min halfのボイルドエッグ。
ねぼけまなこのあたし、無意識にあーん、って食べさせもらってる。
そして、じゃねっ!!という無駄なまでの爽やかはつらつな彼を、ベランダでお見送り。
夜もスーパーの袋抱えて帰ってきてくれて、ちゃちゃちゃっ!とディナー。
あたしはちんとすわって、またあーんしてもらう。
せめて、あたしに出来ること・・・・ってのたのたお皿洗ってると、
悠河クンは乾燥機から洗濯物だして、ハンカチとシャツをしゅっしゅっとアイロンがけ。
休日も早起きしてくれて、掃除もしてくれて、外食も誘ってくれる。
そのうえ、こないだの人事異動では最年少で管理職に抜擢されたんだって。
社の期待のホープらしくて、今までより段違いに忙しくなってるはず。
なんか、流石のあたしもまずいかもって冷たい汗が・・・・・
そうよね、専業主婦の団地の奥さんなんですもの、あたしが世話するベきなのよね。
と自己嫌悪のぐるぐるに飲み込まれてる。
どうしたらいいのかしら?なにしたらいいのかしら?
考えれば考えるほど、どつぼに落ち込む感じなの。
仕事の頃は、何にもできないことなんてなかった気分だったのに。
ベルリンプロジェクト構築するのなんかより、
悠河クンの役に立つことのほうが全然難しい、浮かばない。
と・・・とりあえずはディナーはお任せしたほうが安全な気がするし。
アイロンかけなんかどうかしら。
乾燥機から、ふかふかした洗濯物を取り出して。
アイロン台探すのに小一時間、そうよ、結婚以来あたしはいじっていないわよ。
なんか文句ある?と凶暴な気分。
まず、お手ごろっぽいハンカチから。
ぐぐぐ・・・なんで正方形がひし形になるのよう!
ゆっくり、ゆっくり、角が直角になるように・・・
ひー疲れたーめんどくさー
でも悠河クンがいつもやってくれているんですもの、あたしにだって出来るはず。
ん~と、次は・・一気に大物はむりだから、下着かなあ。
あたしのはなんか薄いのやら、色々ついてるから無理!
というわけで悠河クンのシャツとか、色々だしてみて。
ハンカチより厚いけど、曲線が多いのにいらいらしながらやってみる。
うん、ちょっと縦皺はいってるけど「あたし的」にはまあいっか。
そして、ついに、ワイシャツ突撃よっ。
勿論広そうな前身ごろから、ジュッ!ジュジュジュジュッ!
あ、なんかいいかんぢ。
生地がなめらかなのね、アイロンがよく滑る。
じゃあ後身ごろ・・・・・・がーん
しわしわじゃない・・・・
んーむ、しばらく眉間にしわ寄せて考える。
もしかして、アイロン台に広げてのせたら済む話なのかしら。
あーん、あたしのばかばかばかーーーーーーーーーーーーー
でもって、もいちどやりなおし。
前身ごろ、後身ごろをなんとか片付けたけど、次は襟とカフスだわ!
ここはぴしーんとしとかないとイイ男ランクは急降下だわね。
てことで、液体のりをばしばしにスプレーして、いざ!!!
ああああっ!やってもやってもカフス周りとエリ周りにちびちびした皺が寄るんですけどー
ももも、もしかしてあたし順番間違えた?
カフスとかエリとか最初なの?
だってええええーーーークリーニング屋さんに出してたから、知るわけないじゃなああああい!
あまりに縦横無尽に皺の寄ったワイシャツを前に、あたし呆然。
すると・・・・
チリチリチリチリッ
んぎゃあっ!!!!!アイロン置きっぱなしで魂ぬけてたの!
ひっぺがすとそこには無残な足跡のよーなアイロン跡が。
アイロンひとつかけられない、奥さんなんて・・・・・・・
ずずずずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
気分が温泉掘れそうな位落ち込んでいくわ。
「りっかちゃあん~」
ええっ!もうこんな時間なの?!
アイロン台につっぷして、そのまま寝込んじゃたみたい。
ああ、もう、あたしってばどうしたの?
「ただいまぁ。」
悠河クンがスーパーの袋を当然のように下げて帰ってくる。
いやだ、いきなり涙が。
「どっ、どうしたの?」
慌てて駆け寄る悠河クン。
なんだかあたし、どうしようもなくなって彼の胸でべろべろ泣き出した。
「り・・りかちゃぁん・・・」
困ったみたいな顔で覗き込まれても、なんだか涙が止まらないの。
だって、なんか、アイロンひとつかけられない自分が悔しくて、ばかみたいで。
悠河クン、しばらくあたしを見つめてる。
そして、やさしく、ちゅ。
ちゅ、ちゅ、ちゅ。
こぼれる涙を一粒づつ、ちゅ。
ぽろぽろ泣き続けるあたし。
涙をちゅうしてくれる柔らかな唇。
「りかちゃん」
「りかちゃん」
ひたすら優しい声で、呼びかけて。
「・・・・・もう、平気。」
やっと落ち着いたあたし。
「そっか、よかった。」
なんでもなさそうに微笑む悠河クン。
「聞かないの?」
「何を?」
「何で泣いてたのか?」
悠河クン、眉毛段違いにしてちょっと考える。
「聞いたほうがいい?」
「・・・・わかんない。」
そして、悠河クンはあたしのエプロンをしゅっしゅっと外して自分に巻きつける。
「さ、夕食つくろっか?」
あたしはのろのろ彼の後について、キッチンへ。
「今日は鍋なんてどう?」
スーパーの袋から葱をとりだして、しゃかしゃか洗ってる悠河クン。
あたし椅子に体育座りして膝抱えてる。
「・・・・ねえ。」
「ん?」
「嫌じゃない?」
「なにが?」
「こんなの。」
「どんなの?」
「んと・・・・奥さんがなんにもできないとか・・」
「別に。」
あまりにさらっと言われちゃって、あたし困って丸くなっちゃう。
なんとなく言葉がなくなってるあたし。
悠河クン、ぱたんと包丁置いて、こちらに向き直る。
「嫌じゃないよ。」
まじめな顔でいきなりアップ。
じいっと見つめて、あたしの頬に手を添えて、又キス。
ちょっと葱っぽいけど、甘いキス。
「言ってみる?」
なんだかいきなり大人びた声。
あたしはいつになく、どきどきし出す。
いやだわ、どうしたのかしら。
「・・・んと、わかんないの。」
「わかんないままでいいから。」
腰を折って、ぎゅうっと抱きしめられる。
あたしはなんだか子供みたいな気分になって、彼に縋りつくように抱きついて。
「んと、なんかね・・・」
「うん。」
「心配になっちゃったの・・・」
なんとなく頬をすりすり。
悠河クンの笑窪が心地いい。
「なにが?」
「なんかね、悠河くん、このごろ・・・ううん、いつもだけど。
かっこよくなっちゃってる感じがして。」
「それで。」
「なんかね、あたし、いつまでもべたべたの新婚さんでいたいんだけど。」
「いんじゃない?」
「でもね、悠河クン、かっこいいだけじゃなくて、会社でも頑張って偉くなったし・・・・
あたし、こんな風にしてたらどんどん置いてかれるんじゃないかなあ、って。」
「俺が置いてくの?りかちゃんを?」
「ううん、そんなつもりじゃなくても・・・・・
なんか、いつか、夢が覚めるみたいに、あたしが見えちゃったら・・・」
「見えちゃったら?」
「もしかして、どっかいっちゃったらどうしようとか、
ううん、それでなくても、もしかしたらあたしより、
もっと好きって子が出てきちゃったらどうしようとか。」
いきなりぺちん!って鼻をはじかれる。
「きゃっ!」
唇を突き出して、ああ、これってご機嫌悪いって顔じゃない?
そうよね、そうよね、なんにも出来ないくせに、いっちょまえに悩んでグダグダなんて。
相手したくないわよね。
あ・・・また涙がでてきそう。
鼻が熱くなりだしてる。
ふう、ってため息一つつく悠河クン。
「りかちゃん」
「はい」
ちょっと緊張気味に答えるあたし。
「俺がかっこいいなら、それは素敵な奥さんの旦那でありたいからがんばってるだけだよ。」
「はい。」
「会社で頑張れるのだって、りかちゃんを幸せにするっていう目標があるからだよ。」
「はい。」
そして、又眉毛段違いにして、かわいいなりに凄んでるかおになる。
「そしてね。」
「はい。」
「もっと好きな子なんて、ぜ・っ・た・い出ないよ。」
天邪鬼のあたしは、口を尖らして。
「・・・・・そんなこと、わかんないもん。」
悠河クン、一言一言子供にいいきかせるように。
「わ・か・る・。」
「だって・・・・」
又口をキスで塞ぐ。
「初めて見た時から、りかちゃんは俺の理想がそのまんまなんだよ。」
「でも、やっぱりよく見たら・・・ってあるじゃない?」
「よく見ても、キャリアなりかさんも、団地のりかさんも、
派手なりかさんも、泣いてるりかさんも。
やっぱり理想どおりなんだよ。・・・・・・こうやって駄々こねてるりかさんだって。」
『りかさん』にかわってるのは、かなり彼が真剣に話してるってことよね。
「毎日、新しいりかさんが見られて、それが理想のりかさんなんて、
それってすっごく楽しくない?」
「うー」
「だから夢なんて、覚めないの、俺。」
あたし、困ってまた下を向く。
「だめ、こっち見て。」
顎を上げられて、きらきら目至近距離。
「これだけ理想のいい女がいつもいて、相思相愛で、どうして他に目が向くとか思うの?」
「でも・・・仕事とか・・・」
あああっ!専業主婦の最悪のいいまわしっ!
地雷踏んだかも、とあたし又小さくなる。
「りかちゃん、仕事は仕事、オンとオフが分けられないほど、俺ガキじゃないよ。」
なのにあたしまだぐずぐずぐず。
「でも、あたしとは仕事で知り合ったじゃない。
あの会社だもん、きっと可愛い子が一杯入ってくるに違いないし・・・仕事だって・・・・・」
「りかさん、どんな女の人がこれから現れたって、
もう俺のキャパはりかちゃんでいっぱい。
十分なの。これ以上の理想なんてありえないだから。」
口でまだもぐもぐしてるあたしに、悠河クン畳み込むように。
「いい、これって、ぜ・っ・た・い!なんだからね」
「・・・・・絶対なんて、この世にないもん。」
「それでも絶対なの。俺、りかさんに会った瞬間に決めたんだから。」
「何を?」
「もしもこの人が愛してくれたなら、俺は絶対夢中になり続ける。
全世界、いや全宇宙にどんな女性がいようとも。」
そう言いながら、あたしを苦しいくらい抱きしめる彼。
「俺だって、不安なんだよ。
なーんだこの程度の男かって、いつ見切りつけられちゃうんじゃないかって。」
あわててあたし、首ぶるぶる。
「でしょ、だから俺たち一緒なんだよ。
きっと同じ職場じゃなくても、道ですれ違っても一目ぼれしてる自信あるもん、俺。」
彼の一生懸命さが、抱きしめられている皮膚から入ってくるようで。
あたしなんだか、圧倒されちゃう。
「夢見てても、夢覚めても、べたべたの新婚のままだよ。
りかちゃんは、嫌?」
「・・・いや、じゃない。」
そして、じっーと彼の胸の鼓動を聞いていた。
「絶対」なんてありえないけど、彼のなら信じていいかなと思えてきた。
なんだか急に喋りすぎて、悠河クンちょっと赤い顔。
「やっぱし、こういうとこがまだまだガキだよね、俺って・・・・」
あたし、胸が一杯になっちゃって、ううん、ううん、って首を振るばっか。
でもって、なんか力が涌いてきた気分。
我ながら単純ね。
「このまま・・・・したいな。」
悠河クン、ちょっとびっくり顔。
「だめ?」
涙にぬれた、上目遣い。
「ううん、まだ夕飯準備にはいってないから、平気」
いたずらっぽい、微笑み返し。
唇を、首筋に寄せる。
あたしは彼のエプロンを外し、ワイシャツの釦をはずす。
ふわりと唇を重ね合わせたまま、もどかしい思いで服をぬぐ。
裸の身体で抱き合って、彼はまた一つ痩せて、だけどシャープに筋肉がついて。
身体中にいつもより丁寧に、キスをしてもらい。
あたしはいつもより早く、ヒートアップ。
絡める指がセクシー。
洩れる吐息がセクシー。
火傷したみたいに、体温があがる。
唇で胸を転がされ、甘く噛まれたり舐められたり、もうぐるぐるして舞い上がりそう。
肌が桃色に染まる頃、そうっと優しくあたしの脚に悠河クンの手が触れる。
頬を寄せて、いとおしむ様に。
なんだかすごく、大事に思ってくれているのが伝わってくる。
なんかあたし、嬉しくて、さっきとは別の涙が止まらない。
「だいじょぶ?」
ちょっと心配そうな声。
「ん。」
あたしたちは、そっと重なり合って。
静かに、緩やかに、想いを伝え合うように動きあう。
柔らかく、ちょっと激しく、そしてまた柔らかに。
気持ちも重なり合う気がしてくる。
このままとけちゃったらいいのにな。
なんかの童話みたいに、二人でバターになっちゃって。
そして、波が一緒にやってくる。
あたしたちは流されないように、離れ離れにならないように、
一緒にしっかり抱きしめあって、お互いの波を感じあう。
フローリングにひっくりかえるあたしたち。
散乱したエプロン、スーツ、ワイシャツ・・・・・・
なんだか巣のなかにいるみたいで、やっぱり彼が大好きで。
むしゃぶりついて、ちゅ。
彼も。ちゅ。
二人でわらって、ごろごろころがって。
上向いて、ボーッとしてた。
「そろそろ、作るよ。」
「うん、あたしも片付け・・・ってか洋服クローゼットに入れとくだけだけど。」
「ありがと、今日はつみれ鍋でいい?」
「いい?」
台所からお鍋の匂い。
季節の変わり目のはた迷惑なローはどっかに飛んでった。
「絶対」はやっぱ信じられない。
でも悠河クンなら信じられる。
だから、夢見たままでいよう。
素敵なあたしの旦那さま。
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