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『 36 』
そうよ、折角こんなになったんですもの。
悩んでてもどーとなるもんじゃない。
これは目一杯楽しまなきゃ。
今日は快晴。
ドライブでも行って、ガンガン飛ばして、
それから・・・・そうね、とびっきりのいいオトコ!
・・・・・・は悠河クンで十分だから。
とびっきりのいい女の子なんか乗せちゃったりしたら楽しいかも。
るるる~♪なんて鼻歌交じりに、鍵をクルクル。
で気持ち良く扉を開けたら、丁度お向かいの扉も開いた。
「あ・・・・・」
そう、あのかっわいい奥さんじゃない。
「かおるさん。」
「は・・・?」
奥さん不思議そうな顔。
そうだわ、あたし、今オトコだったのよ。
えーと、えーと。
「あの・・・・大和さんのお友達ですか?」
つぶらな瞳でにっこり尋ねられる。
「あっ、そ、そうなんだ。」
思いっきり低音。
「・・・・・りかの従兄弟。」
「まあ、あのお綺麗な奥様の・・・
いつもお世話になっております、お隣の紫吹 薫です。」
物怖じもせずにきっぱりご挨拶できるなんて、いまどきめずらしいイイ子じゃない。
やっぱりあたしが見こんだ通りだわ。
「ちょっと、寄る用事があったもんで。」
「まあ。」
ぴかぴかの肌、にこにこの笑顔、ちっさく笑窪。
ああ、なんてあたし好みの子なのかしらっ!
「お出かけ?」
「ええ、ちょっとお買い物に。」
蛇柄のシャツホワイトジーンズ、D&Gのベルト。
あたし好みのちょっと尖ったおしゃれさんしてる。
開襟の胸元の膨らみをちょっとアピールするあたり、かわいいったらありゃしない。
これは都心に出るつもりねっ!
ようし!決めた!!薫ちゃんとデートしちゃえ。
「あ、じゃあ俺、車だから送ろうか?」
「え、でもそんなご迷惑じゃ・・・・
りかさんの従兄弟さん。」
あ、名前いわなきゃいっくらなんでも怪しいわよね。
とりあえず、咄嗟に浮かんだ名前をでっち上げた。
「迷惑とかじゃないよ。
で、俺、淳。」
薫ちゃん、ぽかんと口あけて、それから嬉しそうにふにゃあと笑った。
「どしたの?」
「え・・あの・・うちの主人と同じ名前なんです。」
げえええええ~~~~っ!!
よりにもよってあのカンジ悪いことこの上ないDV旦那とですって。
不覚もいいとこだわ!!
そんなあたしのひきつりなんてもちろん知らずに、薫ちゃんもっと嬉しそうにダメ押し。
「なんか淳さん、ちょっと似てるかもしんない。」
「え?」
「うちの主人に。」
くら・・・・・・
で、でも待って、あのカンジ悪いDV亭主、顔は確かに良かったわ。
クールで寂しげなハンサム系、確かにあたしに似てるかもしれない。
なにより薫ちゃんが妙に打ち解けてくれるのは、そのせいかしら。
ちょっと冷たい汗かきながら、ひきつりながらも笑顔で。
「そ、そりゃ、光栄だなあ。」
で、薫ちゃん乗せて国道へ。
「どこまで?」
「あ、駅までで・・・」
「でも、遠く行くの?」
「都内に出るんです。」
「じゃあ、送るよ。」
「いえ、そんな、遠いし・・・」
「今日は一人でお出かけなの?」
「はい。」
「忙しいの?」
「いえ、ちょっとしたお買い物だけだから。」
「じゃ、さ。その代わり買い物終わったら俺とデートってのは、どう?」
薫ちゃん、目をぱちくりしてくすっと笑う。
「でも、わたし人妻なんですよ。」
「じゃあ、旦那さんの代わりだってことで、エスコート係。」
そうだわ、きっとあのカンジ悪い亭主にいつもいじめられてるに違いないわ。
だからあたしが今日は、い―――――――っぱいかわいがってあげるの。
これは断じて浮気とかじゃないわ、人助けよ!人助けっ!
で、思いっきりキザにレイバンかけて、いざ、高速へ。
245折れて青山のセレクトショップ。
へえ、薫ちゃんなかなか通じゃない。
でも、ここメンズラインよね。
まっさっかっ!あの感じの悪い旦那に買ってあげるのかしら。
ああ、きっといじめられてるだろうに、なんて健気なの・・・
「あの・・淳さん。」
店の奥で薫ちゃんの呼ぶ声。
「ん?」
「ちょっとこれ、合わせて頂けませんか?」
夏らしい真っ白なシャツ。
でも切り返しが個性的。
流石薫ちゃん、ただもんじゃないわね。
「ご主人へのプレゼント?」
「ええ、もうすぐ父の日ですし。」
へ・・・・?
父の日って、でもどーみても薫ちゃんの細い腰、アイツが父親なんてありえないけど・・・
「なんかね、してあげたいんです、うちの淳さんに。」
怪訝そうなあたしの顔に気づいたのかしら。
「だから、記念日はとりあえず探しちゃうの、似合いそうなもの・・」
ちょっとはにかんだように言う薫ちゃん。
ああっ!なんてイイ子なのっ!!
あたし鼻の奥がツーンときちゃったわ。
「薫ちゃんみたいな奥さんで、幸せだね、旦那様。」
あいつのためってのが、かーなーり気に入らないけど、とりあえず袖を通しくるっとターン。
薫ちゃん、目まんまる。
「何?なんか変?」
「ううん、淳さん・・・いえ、うちの旦那様も新しい服はそうやって確かめるの。」
げげっ、あたしってあのオトコと行動パターンが一緒なのから・・・
ちょっと落ち込みつつもポーズ。
薫ちゃん、またほわーとした笑窪。
「どう?」
「うん、これなら似合いそう。」
小首を傾げて微笑んで、
「わたし、いつも時間かかっちゃうんです、選ぶの。
でも淳さんのおかげですぐイメージできて、今日はらくちん。」
「じゃ、買い物は終わり。
これからは俺との時間、ってことでいい?」
薫ちゃんははにかみながらこっくりうなずいた。
「薫ちゃん、どこ行きたい?」
「うんとね・・・純喫茶。」
は・・・・?
「好きなんです、純喫茶。」
ああっ、やっぱり一筋縄じゃないわ、この子。
あたしが見こんだだけはある。
この、常人離れしたセンスはあたしの狼心にジャストフィット。
「よし、薫ちゃん好みの純喫茶探そう。」
で、都内をぐーるぐる回って、なんだかいかにもって純喫茶におちついた。
なんにする?
「うーんと。」
眉間に皺寄せて、メニューに見入る薫ちゃん。
ちょっと眉毛が段違い、ちょっと悠河クンに似てる気がする。
「マンダリンにしようかな・・・」
「じゃ、俺、モカ。」
運ばれてきたコーヒーの香りを幸せそうに嗅いでいる。
「砂糖は?」
「あ、いいんです、わたしブラックなんです。」
渋いわ、薫ちゃん。
あたしの狼心はまたウズウズ。
ああん、あたしがマジ男だったら、こんなに可愛い子絶対奪っちゃうわ。
「なんか、不思議。」
いきなり空見て話し出す薫ちゃん。
「ん?」
「なんかね、わたし・・・結構人見知りなんですよ。」
「ふぅん」
「でも、淳さんとやけにナチュラルに喋ってますよね。」
両手でカップを抱えて、きらきらした瞳でこっちを見つめる。
「なんか、淳さん、初めて会ったカンジしないんだもん。」
ええ、ええ、そりゃあ。
あの草むしりの時ご挨拶した仲ですもの。
「そう、俺もおんなじかも。」
鼻なんか弾いて、口の端を上げる。
「なんでかなー、淳さんに似てるからかなー」
う~む、複雑だけどあの旦那も一つはあたしの役にたったって事ね。
「似てなかったら、ダメなタイプ?俺。」
きょとんとした目でこっちをむいて、首を振る。
「いいえ、ダメだなんて、そんな。
でも、すっごくかっこよすぎて引いちゃうかも・・・」
あら、あら・・・そりゃ、すっごくかっこいいんだけど。
本気で言ってる感じなのが、又かわいいったらありゃしない。
「薫ちゃんの趣味は何?」
「お料理・・・とかいえたらいいんですけど。
そっちは淳さんの方がじょうずかも・・」
「じゃ、好きなことは?」
「本を読むこと・・・かなあ。」
「ふーん、どんなの読むの?」
「こないだ読んだ『ダ・ヴィンチ・コード』が面白かったです。」
「あ、俺も読んだ。
面白かったよね、あれ。」
「うわあ、淳さんと一緒だなんて、嬉しいな。」
本当に嬉しそうに話すのね。
なんか、あたし、ドキドキしてきちゃった。
これってもちろん、悠河クンとは違う意味なんだけど・・・多分。
薔薇色の頬に小さな笑窪。
ぱっちりとした黒目がちな瞳。
あら、考える時はちょっと眉毛が段違いになるのね。
ああ、悠河クン女の子だったらこんなかしら・・・・・
そんな妄想に浸っていたら、つい思い出しちゃったのよね、あの占い。
あああ、こんな子に鬼畜攻めしたら・・・・
「淳さん・・・・?」
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃったかな。」
「ううん、ぼーっとしてるお顔もかっこいいですよ。」
いたずらっぽそうに肩を竦めて笑ったりしてる。
「大人っぽくて。」
「それ、老けてるってこと?」
「ううん、わたし大人っていいなあ、と思うもん。」
「薫ちゃんも大人じゃん。」
「でも、渋くないでしょ。」
し・・・・渋く・・・ですか。
「渋いの・・・・スキなの?」
「うん、大スキ!
憧れちゃいません?」
あたしは頭の中に、渋い薫ちゃんってもんが浮かびそうになるのを打ち消した。
そうね、きっと大人のイイ女(あたしみたいな)になりたいってことよね。
うん、そうだわ、と納得する。
で、ちょっとピン!ときたりして。
「ちょっとごめんね。」
あたしお手洗い行くフリして、カウンターへ。
「マスター、アイリッシュコーヒー、うんと濃い目のやつくれる?」
「はい、お嬢さん。」
にこやかにあたしは薫ちゃんの前に濃厚アイリッシュコーヒーを。
「あら、面白い香り。」
「でしょ、たまにはこういうのも、ね。」
「なんか大人の香りってかんじする。」
薫ちゃん、例によってストレートでこくこくこくと一気に流し込み。
「おいし―――――――いっ!!」
そうか、そりゃよかった、とほくそえむあたしの耳に入ってきた言葉。
「おかわり――――――っ!」
え・・・・・
ちょ、ちょっと・・・かなり強いんだけど・・・これ。
と思う間もなく、薫ちゃんこくこく。
「おかわり――――――っ!」
あああ、三杯目だよ。
目元がほんのり赤くなって、とっても可愛くて色っぽいんだけど、
かなりできあがってる気配。
「薫ちゃん、そろそろ出ようか?」
「え~なんれ~~、淳さんともっといっしょ~。」
やばい、完全に出来あがってるじゃん。
「ええとね、次は公園なんかで散歩とかどう?」
「ん~、淳さんといっしょお~?」
「ん、俺と。」
「じゃあ、いくぅ」
というわけで、あたしはサテンから薫ちゃんを引きずり出し、なんとかかんとか車に押し込めた。
「きゃ~淳さん、うちの淳さんと鼻のかたちまで、ソックリ~~!!」
「運転中に顔触っちゃだめだよ」
「やーだも――――ん」
ああ、いきなりなんだか積極的なボディランゲージ。
でも、かわいいのよこれが。
で、あたしったら、なんだかよくわからない感情がムクムクと。
こっ、これって・・・・もしかして、浴場、もとい欲情ってやつ?!
そうよね、今は立派な男なんだもの、こんなかわいい子にこんなにべたべた触られたら湧いて来てもおかしくないわよね。
「淳さ―ん、ねええ~わたしのこと好き~~~?」
「好きだよ。」
「どうしてえ~?」
「かわいいから。」
「それだけー?お料理もお裁縫もへたくそなのに~」
ああ、この子旦那とあたしと混ざっちゃってる。
まあいいか、便乗しちゃおっと。
「それだけで十分、俺の薫は。」
「きゃぁ!もっかい言ってー」
「俺の薫。」
「わたしの、淳、さん。」
そういってこてっと身体を摺り寄せてくる。
開襟シャツからかわいい胸の谷間なんか覗かせて。
あたしってば、女の子の身体にドキドキしちゃってる。
車内は暖房をつけてるかのよーな熱気。
ど、どっかで降りなきゃと必死でハンドルを回す。
「淳さぁん」
薫ちゃんって案外と大胆かも・・・ってくらい身体ぺたぺたくっつけてくる。
「はい、薫ちゃん、降りて。」
海に面したボードウォーク、ひんやりと潮風が心地よい。
が、ずらっとならんだベンチはカップルばっかじゃん。
ま、いいか、あたしたちもカップルだもん。
空いているベンチに座らせて、肩を抱く。
「うわぁ、きれえぇ~。」
でしょうとも、あたしがよく使ったデートスポット、夕日は絶品なのよ。
薫ちゃん、ぺたんってあたしの胸に丸まってる。
「あたしね、時々どーしたらいいのってなっちゃうの。
淳さん知らないでしょ~」
まだ、酔いは残ってるみたいの薫ちゃん、混乱したままぶつぶつ言う。
まあいいでしょ、抱きしめてるの気持ちいいもん。
「こんなに、こおんなに大好きなのにぃ・・・・・
わたし、かっこよく渋くなれないし。」
そして、胸でえんえん泣き出した。
あたしいそいでハンカチ出して、涙を拭う。
「今のままの薫が・・・・」
「ん・・・?」
「好きだよ。」
「嘘。」
「ほんと。」
「ほんと?」
「ほんと。」
ぱあああと、花が開くような笑みが広がる。
「嬉しいっ!」
と、いきなり立ちあがって・・・・歌い出した。
なんかちょっと調子っぱずれだけど、嬉しそうに一生懸命。
♪もーし、わったしがベルなら~~リンドンリンドン♪
くるくる回ったり、飛び跳ねたり、見ているだけで顔が緩んできちゃう。
「ああっと。」
よろけそうになる薫ちゃんを支える。
「淳・・・・さん。」
水平線の夕日が茜から紫へと変わる。
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