TOP




  『 31 』
















明日はやっと帰れるんだ。
りかさんの居る我が家。


だから、わざわざ電話することもないんだけど。
うるさい旦那だと思われるかな。
鬱陶しい子供だと思われるかな。
そんなこと考えて、もう小一時間。
いいかげん、仕事はやり終えた。
なんだか侘しいビジネスホテルの一室で、缶ビールを飲み干した。



だけど、声ききたい。
あのハスキーで甘い声。
声にまで惚れこんでる、俺って馬鹿なんだろうな。




『りかちゃん、戸締りした?』
『うん。』
ああ、なんか機嫌悪そうだ。
『ガスの元栓締めた?』
『うん。』
やっぱ・・・・・まずかったかな。
『ちゃんと眠れる?』
『うん。』
いいかげんにしろって思ってそう。

『知らない人が来ても、開けちゃだめだよ。』
何言ってんだ、俺。
『うん。』
『じゃ、俺、明日かえるからね。』
分かりきってる事、言うなよ。
『うん。』
『お土産はなにがいい?』
それでも少しでも、声が聞きたい。
『うんと・・・稚加栄の明太子。』
『了解。』




『じゃ、お休み。』
『うん。』



電話が切れる。


肩が変に凝ってる、俺。
ハスキーで甘くてセクシーな声。
その声だけで、俺はメロメロ。
きっと分かってないよな、りかさん。



もう一缶、ビールを開ける。
俺のせめて、半分でいいから寂しいって思ってくれてるかな。
そしたら俺、舞い上がっちゃうんだけどな。
こういうところがガキなんだってば。
りかさんは自立した、大人の女の人。
俺がいなけりゃいないで、優雅に過ごしてるに決まってる。
しゃっしゃっとごはんして。
薔薇でも浮かべて優雅にお風呂でも入って。
広いダブルベッドで、猫みたいに伸びして寝ちゃうよな。


それにひきかえ、俺ときたら。
窓の小さなビジネスホテル。
ユニットバスに備え付けの浴衣。
ビール空けて、りかさんのことばっか考えてる。
ああ、情け無い。
ベッドの上で、寝返りを打つ。
りかさんがいないだけで、ダメージ結構大きいじゃん、俺。
こんなことなら写真の一枚も持ってくるんだった。
ダサイ!とか断言されそうで、貰えなかったけど。
でもきっと、写真でもだめだよな。
いや、わかってるんだけど。

本当はまだ気になってる。
さっきの電話で、言い忘れた事。
いや、正確には言えなかった事。
甘ったるいにも程があるわ、とか言われそうで。


ああ~ってベッドで伸びをする。
しばらく悶々と考える。
馬鹿の考え休むに似たりを地でいってない?俺ってば。
りかさんに馬鹿にされてもしょうがないや。
それでも言う事は、いわなくちゃ。


そうじゃなくちゃ、一晩中眠れないよ。






『はぁい?』
ぼんやりとして、一層セクシーなりかちゃんの声が俺を包む。
『りかちゃん、・・・・・俺。』
なに慌ててるんだよ、俺。
『ん、どしたの?』
ビール飲み過ぎたかな、動悸が止まらない。
『いや、あのさ・・・忘れ物・・』
『え・・?』


そして息を整えて。
思い切り、気持ちをこめて。

『 ちゅっ! 』



『おやすみの・・・・・』
あとはこっぱずかしくて、言葉にならないよ。
『ん。』
ちょっと笑いを含んだりかさんの声。
なんだかほんわかあったかくなって、舌がやっと滑らかに動く。
『よく寝るんだよ。』
『ん、悠河クンもね。』
『明日は帰れるんだもん。
 頑張って早く寝る。』
そして、りかさんに届くよう思いを込めて。
『じゃ、今度こそお休み。』
『うん、お休みなさい。』






そのまま俺は眠りに墜落。
夢の中で、かわいい奥さんに腕枕。
後れ毛がふわり、小さな口が半開き。
眠る額に唇を寄せて。
心行くまで、キスしよう。



明日は早く帰るから。
そしたら一杯愛しあおう。
セクシーでふんわりとした、あの微笑みに包まれて。





やっぱ俺って世界一幸せ者。

いつまでも、どこまでも愛してる。
俺の可愛い素敵な奥さん。
















← Back   Next →












SEO