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『 27 』
扉の陰から部屋を窺う。
おっきな姿見の前に悠河クンの後姿。
なんだか白いスーツなんかに着替えて、
真っ赤なボルサリーノを被ってみたりしてる。
そう、彼って落ち込んでる時いきなりとんでもない格好するの。
この間は、全身まっ黄色のスーツに靴までまっ黄色。
「黄色、好きだから。
なんか気分よくなるでしょ・」
とか言い訳してたけど。
鏡に映してあーでもないこーでもないってポーズつけてる。
一人でこっそり一通りやると、気分が落ち着くみたいなの。
あたしが気が付かないと思ってるのが、かわいいのよね。
だからしばらく扉の陰にちいさくなって見てることにしたの。
白のスーツは花札みたいな花柄で。
ああん、もう、どっこでそんなもの見つけてきたの?ってシロモノなんだけど。
不思議に彼は似合ってる。
裾なんかくるんと翻してみたりして。
ボルサリーノをおもむろに外して、頭なんか整えてまた被る。
ああん、めちゃめちゃニヒルでかっこいいじゃない。
あたし、我慢できなくなって自分の部屋にそうっと戻る。
あああ、俺って結構落ち込みやすい。
特にりかちゃんに関しては。
帽子を回しながら考える。
この世に一杯いるいいオトコ。
選び放題だもんな、あの人は。
だから時々どうしようもなく心配で。
だけどそんなのぶつけたら、だから年下って!とか呆れられそうで。
そんな時仕方なくて、こっそり一人でいきがってみる。
どうしたら俺いいオトコになれるかな?
せめて外見だけでも、りかさんのボーダー越えたいんだよ。
そりゃ人間中身なんだけど、
なんせうちの奥さんばりばり面食いなのは火を見るより明らかだからなあ。
だからついとんでもない服買ってきちゃうんだ。
もしかしたらかっこいいかも、って。
でもって流石に恥ずかしくてこっそり研究してんだけど、
りかさんの理想にはまだまだ遠そうで、
俺は溜息をつきつつ、ネクタイを緩めた。
「ゆ・う・が・クン」
「り・・・りかちゃん!」
扉からぷくんとした唇で微笑んだ奥さんの顔が覗く。
「あ・・・いや・・・・これは・・」
ああ、この格好じゃ言い訳も浮びゃしない。
あわあわあわって顔してる俺を尻目に、奥さんすらっと部屋に入ってくる。
「りかちゃん、その格好。」
「ん?だって悠河クンとっても素敵なんだもん。
だからあたしも、お洒落しちゃった。」
白いサテンのブラウスにふわふわの黒いロングスカート。
たっぷりのパニエで膨らませて、
りかちゃんふわふわってこっちに寄り添って。
「ほら、お似合い!」
すごく嬉しそうに、腕に腕を絡める。
彼の肩に頭をちょこんとのせて、
まるでマフィアのわけアリなカップルみたいじゃなくて?
でもって、目をまたも真ん丸くする悠河クンといろいろにポージング。
ナルシストなんですもん。
こういう時は、一人より二人の方が楽しいわ。
だけど悠河くんはちょっとカチカチ。
あたしのいうままにポーズしてくれる。
なんか、お人形遊びみたいで、
いやぁん、楽しい。
きらきらした目、すっと通った鼻筋、柔らかそうな唇にシャープな輪郭。
悠河クンてばいつのまにこんないいオトコになっちゃったのかしら。
そんなこと考えて、あたしは首筋にキスしたり頬を寄せてみたり。
こんな素敵な人が戸惑ってるのは、とってもかわいいの。
できるだけおっきな上目をしながら、耳元に囁いた。
「ねえ、その気になりそう?」
「・・・・そりゃあ・・・」
悠河クンてば、片眉が上がって唇が尖んがって、
ちょっと拗ねたみたいにぽつり。
変なトコ素直じゃないのよね、B型って。
「じゃあ、ね。」
ってあたしは彼をベッドに押したおしちゃった。
我ながら、結構大胆。
「だ・・・だって、ごはん。」
「ごはんは、逃げないわ。」
「えっと・・・」
あたしは彼の上で、馬乗りで腕を組む。
「あたしとごはん、どっちが大事なの?!」
今世紀最大の、間抜けな質問。
「う――んと・・・ねえ。」
悠河クンてば考えるふり。
ああん、憎らしいけどかわいくて。
あたしは頬を包み込むようにして上からちゅう。
でも、お互いに啄ばむように、ちゅう、ちゅう、ちゅう。
「りかちゃんに決まってる。」
彼のネクタイを解きながら、胸の上で囁いた。
「一番大事なものはなあに?」
シャツをはだけて、唇を胸元に。
「り・・・りかちゃん。」
「でしょ。」
そう言っていきなり奥さん、スカートをばっ!と放り出す。
巻きスカートはマントみたいに見事に翻りばさりと床へ。
そしてパニエも放り出し、ベッドの床は脚の踏み場がなくなって。
なんかかっこいいなあ、とか俺はアホ面で口開けてる。
で、ブラウスの釦に手をかけて。
「あっ!それは俺がやるからだめっ!!」
あわわ、焦ってなんてガキ臭い事いっちまった。
りかちゃんはにっこり・・・・
というか我が意を得たりといわんばかりの満面の笑顔。
「はい。」
つんって胸を突き出して、一緒に唇もつんっ。
ぽわんとした唇はほわほわで柔らかくてそれでいて吸い付くようで。
俺ってば釦外す手が震えてるじゃん、ああ情けない。
悠河クンに脱がせて貰うのは大好き。
大事に大事に、そうっと触って、
ちょっとどぎまぎしてくれる。
必ずしばらく見とれてくれる。
だからあたしは大胆になれる。
今日はずうっとあたしが上で、
ナルシストの彼に、あたしが一番大事って一杯言わせちゃう。
ちょっと意地悪。
かなり我儘。
でもナルシストの奥さんもった宿命だから、諦めてね。
「愛してるのは?」
「りかちゃん。
「一番は?」
「りかちゃん。」
堂堂巡りの答える声が、あたしの下でだんだん掠れてくる。
あたしってやっぱり意地悪な奥さんなのかしら。
今日はあたしがごはんつくる、だからそれで許してね。
彼のちょっと辛そうな眉間の皺に、ちゅっ。
上がる顎にも、ちゅっ。
身体中に、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。
あなたとあたし。
シャイな美男と大胆な美女。
あたしのナルシスト魂は大満足。
やっぱりあなたは理想のオトコ。
いつまでもどこまでも愛してる。
あたしの素敵な旦那さま。
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