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  『 25 』










御用達のホテル。
最上階のスイートルーム。



なんだか緊張したまま、俺はうろうろ猿みたいに。
テーブルセッティングは完璧。
蝋燭の揺らめく光。
窓から広がる、パノラマのような夜景。




そんな中で、俺はあの人を待っている。
もうすぐ、俺のりかさんになる、
美しい人を。


染み一つ無いリネン。
ぴかぴかに磨き上げられたフルートグラス。
銀のカトラリー、テーブルには零れそうな花。
銀のウォーマー。




とりあえずカフスを直してみたり。
鏡の前で、タイの具合を確かめる。
送別会は随分と長引いてるみたいだ。
ついさっきまで仕事だったから、大急ぎでガーメントひっつかんで滑り込みセーフ。
俺はりかさんに相応しい大人にみえるのかな。










退社はいきなりで、勿論社内は大騒ぎ。
だけどりかさんはどこ吹く風で。
ピンヒールで闊歩し続けてた。
毎日が楽しくて仕方ない、って顔でさっさか仕事を片付け続け。
退社前に有給の消化なんて、考え付きもしないように、
毎日颯爽と、先頭切ってあちこちの仕事をこなしてく。
引継ぎも完璧にしないと気が済まない性質なんだな。

其の頃にはやっと俺にも少しずつ仕事が任されるようになってきて。
だけどそんな程度の俺があの人をなんて、誰も彼も半信半疑。
こんちくしょうって、仕事こなしてた。
社内でイチャイチャなんてもっての外。
ときたま廊下ですれ違い、ふわっと微笑を投げかけられて。
ふわっとティファニーの残り香を嗅ぐのがせいぜいで。
そりゃあ、デートはしたけれど、
もうりかさん何がなんだかわかんないくらい忙しいらしい。
でも指輪とか式とかこだわりだけはものすごい。
仕事みたいにすぱすぱ進めていってしまう。
俺なんて仕事で手一杯なのに。


こんなに凄い人なのに、俺ってばなんか・・・なんか・・・・


ぶるぶるっと頭を振る。
だけどりかさんがいいって言ってくれたんだ。
なのに俺が否定してどうするよ。
シャンパンの冷え具合を確認して、俺はあのソファに腰かけた。


りかさんがすすめてくれたソファは、あの日と変わらぬまま、
沈み込みそうにゆったり身体を包み込む。


りかさんの飽きた景色。
俺にとってはまだまだこれからって感じ。
りかさんのこなす仕事
俺はまだ手も足もでやしない。
でももしかしたらあるのかもしれない。
possibility。
信じたら頑張れるのかな。
俺の為に、そしてりかさんの為に。



やることもなくて、ぼーっと景色を眺めながら。
りかさんを思うとモチベーションが沸いてくる。
もしかしたら、いつか俺も一流品になれるかも。
ずっとずっと呆れるくらい、りかさんを愛しながら。
いつかりかさんに認めてもらえるオンリーワンになれるかも。
この圧倒するような夜景にすら負けないりかさん。
綺麗で、賢くて、だけどとても強くて、かっこ良くて。
デートでも俺多分口開けてばっかだったよね。
そのたんびにりかさんは、うふふって顔して人差し指を口にあてて。
その可愛らしさに、また俺の口は開きっぱなし。




見るとなく目に入るデジタル表示。
窓に映る俺は、焦った子供の仏頂面。
いけない、いけない、最高の大人の笑顔で迎えるって決めたんだ。



吸い込まれそうな夜景。
行き交う光の群れ。
そのなかのどこかに俺がいて、
りかさんがいた。


出会えただけでも、幸せ。
だけど俺はもっと欲張り。
もっと、もっと、幸せになりたいんだ、
二人で。










微かなノックの音。
ブザーじゃないのがりかさんらしい。
スコープの向こうには、おっきな目で唇を尖らせたりかさん。
急いでドアを開けた。



「・・・・・・・ただいま。」
「おかえり。」



白くて長いコートが長身に良く似合う。
腕には一杯の、ベージュの薔薇の大きな花束。
「もらったの。」
嬉しそうに、そしてちょっとだけ寂しそうにはにかむようにそう言った。


「随分沢山だね。」
「ジュリアっていうのよ。」
「りかさん、好きそうな薔薇。」
「うん、大好き。」


俺はホールでなんとなく突っ立ったまま。
りかさんの腕に溢れる薔薇を見てた。
「皆の人数分なんだって。」
そういって面白そうに唇を膨らます。



花瓶に花を挿して、りかさんはくるりとこちらに向き直る。
少し首を傾げて、目尻をちょっと下げて、
正面から抱きついて。
何ていっていいかわかんない俺は、コートごと身体をぎゅうって抱きしめる。



「暑い。」
「あ、じゃ・・・エアコン。」
「ううん、コート。」
「そ・・そっか。」


もう既に、地に足がついてない。
ここに来てくれたりかさん見た瞬間に、そんなもの全部ふっとんじまった。


「脱がせて。」
「あ、うん。」
そうっとコートを脱がせる。
俺はぽかんと又口を開きっぱなし。
「なあに?何か変?あたし。」



するりと出てきたのは、ほっそりとした白いスリップドレス。
身体の線がしなやかに浮き出して。
胸元とストラップに散りばめた石が、まばゆく曲線に沿って揺らめくようで。
さらさらの髪に揺れるイヤリング。
ふんわりつやつやの唇がすこし開いてて。


「ううん、綺麗。」
「折角だからね、退社祝いにって貰ったの。
 似合う?」
「すごく。」

うん、すごく、すごく似合ってて。
ドレスにりかさんはまるで少女のような、
それでいて色っぽくて。
そのアンバランスが絶妙で。
極端が同居して、えもいわれぬコラボレーション。
それがりかさんなのかもしれない。
なにが出てくるかわからない、びっくり箱みたいな魅力が一杯詰まってる。

結構皆、見てないようでみてたってことだよな。


「きゃっ!」
嬉しくて俺はりかさんを抱き上げる。
驚きで真ん丸くした目を、ゆっくりと伏せて、
細い腕がそうっと首にまわる。



剥き出しの肩のまま、柔らかな唇は俺の顔といわず首筋といわず触れてゆく。
くすくす笑いが聞こえてきて、俺も一緒に笑い出して。
「このままがいい。」
りかさんが胸で呟く。
「ディナーは?」
「ここで、食べるの。」


膝にりかさんをのっけたまま、二人シャンパンのグラスを合わせる。
「ね。」
唇を突き出して、お互いに口移し。
前菜もメインもデザートもとっちらかすように食べて、
行儀悪い事このうえないけれど、でもとても幸せ。



プロフィットロールをもぐもぐさせながら、
「ね、あっち行きたい。」
あのソファを指さした。










二人で座るあの日のソファ。
りかさんはゆったりと肘掛に寝そべるように。
白いドレスの裾から、形のいい脚を出したまま。
「ねえ、今度は何が見えてくるのかしら。」
夢見るように囁いた。
俺はなんと言っていいかわからずに、あの日のように座ったまま。



「あたしずうっと楽しかった。
 そしてきっとこれからも。」



そういってこちらに顔を向ける。
夜景に映って、瞳がきらきらしてる。
す、と指を伸ばし、俺の頬に触れて。


「あたしの知らない世界ですもの、
 きっと、きっと、素敵な事がいっぱいあるわ。」
きらきらした瞳から、一筋光が流れ落ちる。
俺は引き寄せられるように、光を掬い取り、
唇をそっと重ねる。
羽根が重なりあうように。



「うん。」

「あなたの奥さんになるんだもの。」

「うん。」












見えないはずの都会の夜空。
だけど俺たちは満天の星に浮いているようで。
折れるほどにりかさんを抱きしめる。
華奢な腕が絡みつく。
目くるめくほどの、この幸福。
愛してるから、どこまでも続くはす。







いつまでも、どこまでも、愛してる。
可愛い素敵な俺のりかさん。
















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