アメリカで「不法移民」になってみて
まさか誰も、大学院を卒業する1週間前になって、自分が「不法移民」になるとは想像もしないだろう。
しかし、人生何が起こるかわからない。現に自分は2025年の5月22日、結果的に約1日という短い期間ではあったが、「不法移民」を経験した。
ハーバード大学 留学生受け入れ資格はく奪
5月22日、私はハーバード大学大学院のクラスの友人たちとワシントン州シアトル・オレゴン州ポートランドを旅していた。5月29日に卒業を控える私たちにとって、卒業前に自由に使える最後の期間である。その日も朝からポートランドを観光しようと友人たちとレンタカーに乗り込んだ時、その知らせは届いた。
私の通う大学院の学生チャットに唐突に貼られたリンク。それはニューヨークタイムズの速報記事だった。
「トランプ政権がハーバード大学の留学生受け入れ資格を停止」
驚きと同時に、「ついにここまで来たか」と思った。
というのも、今年の3月末からトランプ政権とハーバード大学は対立を深めていたのだった。政権は「ハーバード大学が反ユダヤ主義などへの対応を怠っている」として大学の経営に介入する要求事項を突きつけ、それに対してハーバード側は「政権には屈しない」と徹底抗戦していた。
当時徹底抗戦を表明したのはアメリカではハーバード大学が初だったため、その後(現在に至るまで)ハーバード大学はとことんトランプ政権のターゲットにされ続けている。
数千億円単位の政府からの研究助成金が凍結され、非営利資格の停止が示唆され、留学生のビザが取り消され、….とどんどん報復はエスカレートしていった。
しかし、「留学生の受け入れ停止」が私に与えたインパクトは、正直それらを上回っていた。
これまでの助成金の停止や(全体から見れば極めて少数の)学生のビザ取り消しは、どこか「他人事」だった。だが、「留学生の受け入れ停止」は訳が違う。
いま在学中の自分はどうなるのか?卒業することはできるのか?
唐突に主語が「私」になり、脅威がジブンゴトになった瞬間だった。
【速報】トランプ政権が、ハーバード大学の留学生受け入れ資格を停止することを通達…。
— Largo (@Largo37980797) May 22, 2025
今年から留学する予定の学生にとっては最悪のニュース。そして、現在ハーバードに在籍している留学生の扱いもどうなるか…。 https://t.co/wMgHhaYmuZ
ネット上に次々に上がっていく各メディアの記事を読み続けること十数分。私たちは車の中で徐々に状況を理解していった。
ハーバード大学だけが「暴力や反ユダヤ主義を助長し、中国共産党と連携している」として留学生の受け入れ資格停止の措置を受けたらしい
既に受け入れは停止しており、政権の要求を受け入れなければ新たに留学生を受け入れることはできないらしい
現在留学中の学生は、他大学に転校しなければ滞在資格を失うらしい
(これについては余りにも突拍子もなく、想定外だった)
「存在を認められない」という不安
その日一日、大学からは何の連絡もなかった。恐らく大学としての対応を決めかねていたのであろうが、学生の間では不安が広がっていた。特に、私の通うハーバード大学公共政策大学院は、学生の6割が留学生である。不安もひとしおである。
留学生はみな「ハーバード大学は政権の要求を飲むのか、拒否して留学生受け入れをやめるのか」と不安がり、一部の学生は「ハーバードなら必ず訴訟をするだろうが、果たしてその結果が出るまではどうなるのか」と懸念し、一時的に海外に出ている学生は「自分はアメリカに再入国することができるのか」と心配し、卒業を控える学生は「卒業式は安全に挙行できるのか」と危惧した。
そして、それらに対する答えを持つ者は誰もいなかった。
これら全てがなくなったとしたら、同じ大学院とは言えなくなる。
何が起きているかわからないときには、何が起きてもおかしくないように思えてくる。
私の旅行グループは、アメリカ人2人と留学生3人(私含む)の5人組だった。旅行の行き先を決める際は、正直アメリカ国外も考えていたのだが、「今のタイミングで国外に出ると何があるかわからないから」ということで、国内の西海岸を旅することに落ち着いたという背景があった(結果的には良い判断だった)。
それでも、「明日のボストン(ハーバード大学の所在地)への帰国便に乗る際にハーバードの学生であることが知られたら搭乗が拒否されるのではないか」「ボストンの空港では検査が厳重になって拘束されるのではないか」「今海外にいるクラスメイトの○○は入国できないのではないか」など、全く持って根拠はないが、かと言って起こりっこないとは全く言えない不安が私たちの中にはあり、それが話題に上がるたびに、「大丈夫だと信じよう」とお互いをひとまず励まし合っていた。
私個人としても、不安に包まれながらも、日本のマスメディア各社の取材に応じ、その当時の状況や心境を語った。そうして記者の方々と話す中で、自分の状態をかろうじて客観的にことばにできるようになった:
これまで当然のように存在していた正当な滞在資格が危機に瀕したとき、人はここまで不安になるものかと、我ながら驚いた。自分の生活する国の政府が「自分の存在を認めていない」ということ、「不法移民」とみなしていること。その精神的負担は想像以上に大きかった。
幸い、明くる日の5月23日にはハーバード大学は再度徹底抗戦を表明し、留学生受け入れ停止をめぐって提訴している。連邦裁判所は同日中に一時的な受け入れ停止の差し止め処分を下している(このように、一度進行してしまうと回復しようがない損害を避けるために、一時的に元の状態を維持する司法的な介入を"injunctions"という)。
(補足)
実際、5/22時点で私の滞在資格がどうなっていたのか、今でも議論は分かれている。ハーバード大学は留学生データベースへのアクセスを失っていたことから、ハーバード大学への留学生の登録はその時点では一時消滅したことになり、その意味では本当に「不法移民」であったとも言えるし、かといって転校の余地が残されていたという意味では、世の中の人がイメージする「不法移民」ではなかったともいえる。とはいえ、「転校」などという制度はそもそも存在せず、迅速に他校に籍を移すことは実質的に不可能だった以上、「不法移民」としての脅威は十分に現実的だった。
差し止め措置が延長されるか否かの判断は近日中に出るとされているが、その間にも今もトランプ政権はさらに資金カット、ビザ面接の停止などあらゆる手を使ってハーバード大学への攻撃を強めている。
一方、東京大学を含む国内外の大学では、ハーバード大学への留学生の受け入れを進める流れがある。自分自身は幸い明日卒業できそうだが、いつ「不法移民」になるかわからない今の在学生やこれから入学する学生たちにとって、転学先の存在は(本意ではないにせよ)相当心強いことだろうと思う。
東大や香港科技大がハーバードの留学生の受け入れを決定した話、もちろん不本意に出国/転籍するのは最悪なのだが、一学生の立場で言えば、そういった好意的な対応を表明する名門大が(少なくとも世界のどこかに)存在しているのというだけで相当心の支えになるなと、今回自分が当事者になって感じた。
— Largo (@Largo37980797) May 25, 2025
「不法移民」のあいまいさ
さて、私が今回の件で改めて感じたのは、「不法移民」というのは、往々にして極めてあいまいなものだということである。
アメリカでも日本でも、「不法移民」と聞くと極めてネガティブな響きがある。「不法」とは「法を破ること」であるわけで、法を犯した人間、悪者、といった意味合いが無条件に付与される。
もちろん、正真正銘の悪者もいるかもしれない。平和な国に武器を持って密入国して、何の罪もない人々を傷つけようとする「不法移民」もいるだろう。それは断じて許容できないし、それを許さないために法律があり、その執行機関があり、捜査機関がある。
しかし、「不法移民」は全員、そのような悪者なのだろうか。
現に私は一日だけ「不法移民」となり、翌日には(恐らく?)「不法移民」ではなくなった。それは私の「悪者度合い」が変ったからなのだろうか。私はその一日だけ「悪者」だったのだろうか。
今年の4月には、全米で多くの留学生のビザが取り消され、「不法移民」となった学生の一部は拘束された。その多くは、過去のスピード違反や駐車禁止の無視など、軽微な交通違反の経歴があることを理由としたものだった。果たして彼ら/彼女らは「不法移民」と呼ばれるほどのことをしたのだろうか。
ボストンエリアだけでも、もう20人以上の留学生のビザが取り消されている模様(ハーバード、BU、バークリー、UMass、タフツ等)。
— Largo (@Largo37980797) April 8, 2025
ほとんどの学生は自分と同じF-1ビザを持つ正規の留学生だが、学校に通知さえないまま突如取り消され帰国を迫られるとのこと。もはや全く他人事ではなく恐ろしい。
さらに、アメリカで暮らす正規のベネズエラ移民の一部は、「ポイント制」で「不法移民」になる。王冠のタトゥーが入っていると-2点になり、-8点で「ギャング」認定され、不法移民として送還される。
トランプ政権がベネズエラ移民をギャングか判定する際にめちゃくちゃな"ポイント制"を使い、誤って送還される人々が発生中。
— Largo (@Largo37980797) April 24, 2025
例えば王冠のタトゥーがあるだけで2点が追加され、他の要件とともに8点を超えると「ギャング」に認定されて拘束・送還されるという。異常すぎる…。https://t.co/Ts0wKrSkqf
私たちが「不法移民」として一括りに語りがちな人々の中にも、全く異なる人々が存在している。無差別テロリストのようなThe 悪者から、私のような一介の学生まで、様々な人がいる。
そこに共通するのは、皆何らかの理由で「不法」であると「誰かに判断された」ということである。アメリカだけではない。どこの国も、当たり前に移民を「不法」かどうか判断する。それはある種国家に対して認められた権利であるとはいえるが、だからと言ってその「判断」が正しい保証はない。
だからこそ、「不法移民=悪」と通り一遍に決めつけることには、慎重でなくてはならない。
「不法移民」は、特定の人々を「不法」と定義する権力とセットで存在する。「不法」が"正しく"定義されているときもあれば、そうでない時もある。それを判断することを人々が諦めた時、あるいはそれを判断する権力を止められなかったとき、「不法移民」の言葉は急激に暴力化していく。
このような背景から、移住学や人権の分野では、近年「不法移民(illegal migrants)」ではなく「非正規移民(irregular migrants)」という言葉を使うことが多く、私も発信する際はできる限り「不法移民」という言葉は(鍵括弧付きを除いて)使わないようにしている。今回は、問題提起の意図からあえて「不法移民」の言葉を使っている。
誰もが「不法移民」になりうる
今回私に降りかかったことは、多くの人が「理不尽だ」と感じてくれるだろうし、私自身もそう思う。しかし、今回の状況を知らない人に、「私は不法移民です」と伝えたとしたら、恐らくその人は私を犯罪者扱いするだろう。
それくらい、「不法移民」という言葉には「理不尽か否か」をすっ飛ばして「悪」のレッテルを貼りつけてしまうパワーがある。
誰でも「不法移民」になりうる。今の政権ならばこれも過言ではないかもしれない。そんな状況だからこそ、"誰が"、"なぜ"「不法」だと判断しているかには常に敏感でありたい。改めてそう思った1週間だった。
ではまた。
(カバー画像はChatGPTにて作成)



コメント
12非常にいい、しかも質の高いレポートです。ありがとうございます。今回のハーバード大学の対応は正しい方向を向いています。確かに学生ビザを取り消されれば不法滞在者になります。でも学生ビザを取り消すのが正当であるかどうかについては疑問です。これは法解釈のディベートの領域であり、トランプ政権に合理性は全くありません。それはそれとして、卒業おめでとうございます。私はかつてテキサス州に住んでいましたし、不法移民に会いました。みんないい人で友達になりました。ただしパスポートを持たずにリオ・グランデ川を渡ってアメリカに入って来たのは違法です。今回の学生ビザ取消しは正しい判断ではありません。政府の無謀な拡大解消です。
わたしもアルゼンチンで、ビザ手続きの対応が行政側で遅れに遅れ、ビザなし状態になった経験があり、「不法移民」には存在論的に共感するものです。日本語では確かに「不法」なのですが、英語では、illegal よりも、undocumented とか unauthorized とかが使われていると思います。ニュアンスとして、「法を破った人」と「ビザが切れちゃった人」の間には、だいぶ落差があるのでは? 後者は、車で法定速度を超えたり、傘さして自転車乗るのとも通じるように、個人的には感じます。
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私は、無政府主義者で親中派ですが(矛盾)、いろいろ考えさせるトランプの排他主義を見守っていくつもりです(金融資産がドル建てなので)。
I-94確認して有効なら少なくとも出て行く必要はないのでは