~天使が護るべき者~
〔8.見てはならない所まで戻ってしまう〕
どこまでも澄んだ青い空。
雲は白い。
此処には空気を汚す工場も闇の美しさを乱すごちゃごちゃした明かりもない。
道は土、そうアスファルトではない。
雑草の色が何となく心を落ち着かせる。
500年前。
時は戦国時代。
此処、日向国も戦乱に巻き込まれながらも力を付けていったのである。
当主、日向火葦は鬼のように強いが、国の者達はたいそう彼を慕っていた。
火葦には2人の可憐な娘がいた。
娘達には他国の殿方との縁談が引っきりなしであった。
火葦は本人達が乗り気でない縁談に関してはあっさりと断っていた。
しかし半年前、次女の華姫様がある国の殿様と大恋愛の末、結ばれた。
「雛姫様、うちはの国の鼬殿がいらっしゃっております」
美味しそうな抹茶色をした畳。
畳縁は小豆色。
可愛らしい小物がバランス良く置かれている。
1段上がった部分に美しさを放って座っているのが長女の雛姫様。
墨を流したような美しい髪、触れたら溶けてしまいそうな雪の肌、薄銀灰色の目、何処を見ても眩しさを感じてしまう。
ひとつひとつの所作も美しく、侍女達も思わず見とれていることが多々ある。
本日は薄朱色の花柄の打掛を羽織っている。
雛姫は障子の人影の方を見て微笑む。
「鼬兄様が・・・・・・戦に出たと聞いていましたが無事に戻って来られたのですね。良かったです。すぐに参ります」
雛姫はすっと立ち上がる。
部屋の中に共にいた侍女達も後に続く。
外に控えていた侍女達によって障子が開かれる。
先ほど話に挙がった鼬殿はうちはの国の次期党首である。
うちはの国は1、2を争う程の強国として勢力を放っている。
日向国はうちはの国の同盟国である。
この次期党首、鼬殿は中々の色男である。
それに加えて、頭が切れ、剣の腕前も素晴らしい。
雛姫と鼬殿は幼き頃から兄弟のように過ごしてきた。
雛姫が案内された部屋に入ると頭を垂れた鼬殿がいた。
彼女が一段高い所に座り、ゆっくりと口を開く。
「鼬殿、表をお上げ下さい」
雛姫の言葉の一拍後、鼬殿がすっと頭を上げる。
そして、微笑んだ。
雛姫も同様に。
「お雛、相変わらず元気そうで何よりだ」
「・・・・・・鼬兄様も元気そうで・・・・・・今回の戦は大変なものになるかもしれないと螺旋兄さんから聞いていたので私、心配したんです」
雛姫は俯く。
そんな彼女を見た鼬殿は静かに立ち上がり、雛姫の傍に寄る。
「俺は大丈夫だ。傷1つ負ってはいない・・・・・・そんなに心配なら脱いで証明してやる」
「ちょ、ちょっとお待ち下さいっ!そこまでしなくても大丈夫です・・・・・・」
雛姫は顔を赤らめながら、着物に手を掛けた鼬殿を止める。
鼬殿はくすりと悪戯っぽく笑う。
「鼬兄様はすぐに私をからかうんですから」
少しむすっとした表情を雛姫はする。
そんな彼女も可愛らしい。
また鼬殿は笑って「すまない」と一言。
「やっぱり雛姫様は鼬殿に嫁ぐことになるのかしら?」
「そうよね・・・・・・お似合いだものね」
「でもそうなると日向家は誰が継ぐのよ?」
「雛姫様は嫡子ですから、弟の佐助殿が日向に来て下されば良いと思いますけど」
「あぁ、それもあり得るわ」
「私は螺旋殿を応援したい・・・・・・」
「螺旋殿は分家の者なのよ。可哀想だけれどもいくら螺旋殿が雛姫様を想ってもどうしようもないでしょ」
人目の付かない所では侍女達が雛姫の恋愛話に華を咲かせるのであった。
城の者の大部分は雛姫が鼬殿と結ばれると思っている。
それ程、2人は仲睦まじかった。
理想の殿様と姫様であった。
一部の者は鼬殿の弟である佐助殿が日向に来るかもしれないと思っている。
佐助殿と雛姫は同い年の為か仲が良かった。
彼もまた鼬殿と同様に色男で、各国の姫達からの恋文が後を絶たなかった。
そして、もう1人の候補が雛姫の従兄弟にあたる螺旋殿である。
彼は分家ではあるが、実力が認められ日向家の家老として高い地位に就いている。
密かに雛姫のことを恋い慕っている。
しかし、侍女達には何故かばればれであった・・・・・・。
「雛姫様、こんなところにいらっしゃいましたか」
此処は城の外れ。
かつては雛姫の祖父が使っていた部屋。
祖父は15年程前に亡くなったため、この部屋に近づく者は滅多にいなかった。
この部屋の前には綺麗な朝顔が咲いている。
祖父が雛姫のために育てていた。
彼が亡くなった今でも、誰も育てていないはずなのに、この朝顔は花開く。
雛姫は朝顔が好きだった。
「螺旋兄さん・・・・・・見つかってしまいましたね」
雛姫は小さく笑う。
何処か嬉しそうに。
螺旋殿は雛姫より数歩下がった位置に腰を下ろす。
「皆、雛姫様のことをお探しです。お戻り下さい」
そう言う螺旋殿を雛姫はちらりと見て、自分の隣の空間をぽんぽんと叩く。
『隣に来て下さい』と言っているかのように。
螺旋殿はすぐにその意味を理解したが、行動に移さない。
「俺は分家です・・・・・・申し訳ありませんが、貴女と同じ位置には座れません」
俺には彼女の表情は分からなかった。
少し目線を下げたのは何となく分かった。
本当は今すぐにでも彼女の隣に座りたい・・・・・・でも、それは許されない。
例え、誰も見ていなくても。
居心地の悪い沈黙。
雛姫様が何を考えているのか俺には全く分からなかった。
知りたくても近づけない。
「この朝顔はどうして毎年花を咲かすのでしょうか?」
雛姫様の肩越しに青い朝顔が見える。
どうして・・・・・・それは。
俺は開こうとする口を無理やり閉じた。
一呼吸置いて「分かりません」と答えた。
「そう、ですか・・・・・・私は螺旋兄さんが育ててくれていると思ってました」
未だに雛姫様の表情は何も分からない。
俺は驚いた表情をしていた。
気付かれていたのか。
雛姫様のお祖父様に頼まれた・・・・・・この朝顔を育てることを。
雛姫様はこの朝顔を見ると笑ってくれるから。
その笑顔がどうしても見たくて。
お祖父様の願いを叶えるためというよりもただ彼女の笑顔が見たいために育ててきた。
「どうしてそのようにお考えられたのですか」
俺は素直に問う。
「分からないんです・・・・・・ただこの朝顔を見ると螺旋兄さんの顔が浮かんでくるんです・・・・・・あ、気にしないで下さい。変ですね、私」
横顔すら長い髪のために見えなかった。
今、彼女がどんな顔をしているのか。
衝動が、ショウドウが抑えられなくなった。
「えっ」
雛姫はふわりと風を感じたと思うと身体に小さな衝撃を感じた。
そして、螺旋兄さんの香。
自分の顔のすぐ傍に彼の顔がある。
背中に彼の心臓の音を感じ、腕が暖かい。
自分の顔がますます赤くなるのを感じた。
熱い・・・・・・。
「すいません、雛姫様。俺も変です」
いつも以上に近い、螺旋兄さんの声。
聞いていて心地良い。
でも、恥ずかしい。
「・・・・・・やっと壁が壊れましたね」
雛姫は嬉しそうに笑う。
目には涙が溜まっていた。
「壁?」
「ずっと、ずっと・・・・・・待ってたんです。本家と分家の壁が無くなるのを。もっと、もっと・・・・・・螺旋兄さんの傍に近づきたく、て」
雛姫の目から涙が零れた。
螺旋殿がすっと雛姫の涙を拭う。
「こんなに近くにいるのだから、泣かないで下さい」
「悲しくて泣いてるんじゃないんです・・・・・・嬉しくて」
俺は思わず・・・・・・彼女の唇を奪ってしまった。
雛姫は一瞬、驚いた顔をしたが目を静かに閉じた。
(〔8.見てはならない所まで戻ってしまう〕終わり)
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お久しぶりの更新ですね・・・・・・
すいません。
ちょっと解説。
雛姫:ヒナタ
螺旋殿:ネジ
鼬殿:イタチ
佐助殿:サスケ
華姫:ハナビ
火葦:ヒアシ
イタヒナを書きたいと思ったんですけど、結局ネジヒナへ。
やっぱりネジヒナ好きですvvv
ヒナタはイタチのことを兄のようにしか思ってません(断言)
サスケをもう少し出したい。
今回、名前しか出てないし。
此処まで読んで頂きありがとうございました。
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