女性含まぬ「普通選挙法」100年、現在地は ジェンダー史、姫岡とし子・東京大名誉教授に聞く

 満25歳以上の男性に選挙権を認めた「普通選挙法」公布から今年で100年。しかし、人口の半数を占める女性の選挙権が認められなくても、なぜ単に「普通選挙法」と呼ぶのか。この表現から見える、ジェンダーと歴史の問題とは――。教科書における表現をたどりながら、ジェンダー史を研究する姫岡とし子・東京大名誉教授に聞いた。

 ――記者が高校生だった1990年代、日本史の先生が「女性がいなくても『普通選挙法』です」と授業で言ったことが印象に残っています。

 歴史の見え方は、見る観点によって異なります。世界では70年代に女性視点からの考察が始まり、市井の人に焦点をあてた社会史の台頭もあって、80年代には従来とは違う歴史像が多く提示されるようになりました。

 研究者から指摘が上がり始めたのは、この頃からです。「普通選挙法」ではなく「男子普通選挙法」ではないか、と。

 普通選挙とは、納税額といった制限を設けず、一定の年齢に達した国民に選挙権を認めるもので、「制限選挙」の対としてあります。1925年公布の改正衆議院議員選挙法は男性に限定しており、単に「普通選挙法」と呼ぶのはおかしい、という主張でした。

 ただ、議論は歴史学の中にとどまっていました。歴史教育に目が向けられるようになったのは2000年代に入ってから。06年に発覚した世界史未履修問題を機に日本学術会議の中で歴史教育についての議論が始まり、教科書などの記述には変化が出ています。

 ■男性に限定、フランス「人権宣言」も同様

 ――25年2月時点で手元にあった教科書をめくりました。「男子普通選挙を実現させた」(高校・歴史総合)、「男子普通選挙制を導入した」(高校・日本史探究)と書く教科書が複数ありました。

 22年に高校で始まった、日本史と世界史を統合し、近現代史を学ぶ「歴史総合」は、社会や文化の多様性の理解が重視されています。多様性の一つとして、ジェンダーの視点に配慮した記述が増えました。例えば1789年のフランス「人権宣言」です。

 人権宣言の「人権」は男性だけを指し、女性は含んでいません。フランス革命期に活躍したオランプ・ド・グージュ(1748~93)は当時から看破し、91年に「女性および女性市民の権利宣言」を出しています。

 歴史総合には、グージュを取り上げた教科書が複数あります。また、人権宣言が「男権」であったことに本文で触れた教科書もありました。人権宣言が、人権の出発点であると同時に、女性排除の出発点でもあったことは、近代という時代を理解する上で重要な視点です。ようやくとの思いはありますが、こうした教科書の記述は歓迎すべきことと考えます。

 ■教科書に多様な視点増 歴史の「当たり前」疑って

 ――歴史教科書には、ジェンダー視点はまだ足りないと言うべきでしょうか。

 足りません。女性の歴史である「女性史」もさることながら、男性と女性の関係性や、「男性らしさ」「女性らしさ」を生み出す社会構造とその変遷に焦点をあてた「ジェンダー史」の視点を増やしていくことが必要です。

 例えば、フランスのルイ14世(1638~1715)は白いストッキングにハイヒール、髪は長く、華美な服装です。それが、19世紀になると王や皇帝はひげをたくわえ、軍服を着るようになります。プロイセン(現ドイツなど)の首相をつとめたビスマルク(1815~98)がよい例です。

 どちらの肖像も教科書や資料集によく載っています。17世紀と19世紀でなぜこうも違うのか、何が姿を変えさせているのか――。そこから、男性性が強まっていく近代という時代について、子どもたちに考えさせることができます。歴史は「暗記科目」のように言われますが、考える力を十分に養える科目でもあるのです。

 ただ、教科書は学習指導要領に基づいて作らなければなりません。根幹部分にジェンダーの視点を入れた記述に書き換える必要があると考えますが、現実には難しい面もあります。コラムや注釈では「おまけ」のように感じるかもしれませんが、それでもいいのでもっと扱ってほしいと思っています。

 ――そもそも教科書の記述が男性中心的と言えるのでしょうか。例えば、1918年の大学令制定について、ある歴史総合には「以後、高等教育を受けた多くの人々が社会で活躍しはじめた」とありました。女性は基本的に大学に入れませんでしたが、触れられていません。

 教科書を執筆する研究者も、男性中心的である歴史叙述を内面化している面があります。だからこそ、「人」「市民」「民衆」「人権」と当たり前のようにある表現を疑ってほしい。いったい誰を指し、誰を排除しているのか。女性が含まれないのに、中立的な表現をするのはなぜなのか――。

 「普通選挙法」は、まさにこの文脈で考えるべき歴史用語です。そして、正確な意味での公布100年は、2045年です。市川房枝は1925年に男子普通選挙法が成立した日に「私はこの日を、女性から参政権が奪われた日として永久に記憶しておこう」との趣旨の日記を書いています。

 また、「人=男性」ではなく、男性自体を取り出して考察の対象とすることで見えてくる歴史もあるはずです。

 歴史の教科書は長年、歴史の中での権力交代が重視され、為政者を中心に叙述されてきました。それが「正史」であるかのように思われますが、多様な歴史叙述の一つにすぎません。身分や階級、民族、人種と同じようにジェンダーの要素を加えて歴史を読み解いていくべきです。

 (聞き手 編集委員・山下知子)

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 ひめおか・としこ 1950年、京都市生まれ。東京大大学院教授などを経て、奈良女子大アジア・ジェンダー文化学研究センター協力研究員。

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