自分はサトラレだと思っている人間の話
この放送はダイスポイントの普及によってお金儲けをガンガン簡単にするくまじろうこと熊谷次郎によってお送りします。(スタエフの再録です。一月に一回くらいはノートを更新しようかと思い、書きました。もし興味があれば、リンク先をご覧ください。
今日は自分がサトラレなのではないかと思うようになった話について話します。小学生の頃、僕が通っていたそろばん塾をやめて、同じ系列の別のそろばん塾に行こうと頭の中では考えてはいたものの、それを他人の誰にも話していなかったにも関わらず、妹から「いつそろばん塾を辞めて移動するの?」と聞かれたことが一番覚えている最初の違和感です。
なんで話したことないのに知っているのかなと思ったのが印象的でした。
心を読まれるのが嫌になったのは中学の頃の話です。多くの人が僕が考えていることを口に話すようになっていて、なんか嫌な感じでした。特に自分の好きな女の子の話で盛り上がっているのはとても嫌で、好きでもない子をあたかも好きな子のように情報を流して、情報を紛らわすのが普通となりました。心が読まれるのはわかっている時点で、心を純粋に読まれないようにしようと試み始めるので、別に心が読まれる状況になってもその人の心の中を100%読むことはできないというのが自論です。
というか、心を読まれるのは正直、そんなにキツくはないです。それよりも心の中に全く違う人間がいて、その人間の言う通りに動いてもその人間が全くこちらの意図と正反対の行動を取り続けられたことの方がきついです。
僕には幼馴染のものと思しき声が頭の中にいまだに聞こえるのですが、その女の子が僕の頃を好きだとか言ってきても、中学時代の時に揶揄われた経験があったので、嫌になって「ならお前が告白してこい」などとそっけない態度をとっていたら、自分からは一切行動してこないので、仕方なく告白したら、「あなたとは付き合えません」と手紙が返ってきて、なのに頭の中からは「私と付き合って」と返ってくるので正直ノイローゼになりそうでした。その後、何度も「付き合え」と言ってくるので、丁重に「君にはもっといいひとがいるよ」などと返していたのだけど、それも次第に億劫となった時、「うるさい。死ね」と返してからは地獄でした。
お互いに包丁を持って24時間殺し合いを続けているような状況が頭の中で続いて、それが嫌で自殺しようと何度思ったかわかりません。
その後、なんで彼女は僕に固執していたのかなと思ったのですが、メジャーという野球漫画を見て、「あ、これは僕と彼女の人生を元に書かれたものだ」と気付いて、実際にサトラレ政策はあったんじゃないかということになり、僕と彼女は結ばれる運命としてサトラレ政策ではなっていたのでは? という結論に至りました。それに気付いた後の僕は漫画とフィクションの区別が付かなくなって頭の中がおかしくなって、隔離病棟で入院しましたが、
その後、だんだん現実の方が漫画との境目がなくなってきて現在に至ると言った感じです。
声がいまだに聞こえる無馴染みの女の子とどうなったかといえば、いまだに彼女と会うことができていません。彼女は僕がいるからもう地元にはいられないと言ってどこかへ行ったらしいのですが、僕は彼女と会うこともしてこなかったので、彼女がそれほど僕の存在を嫌がる理由は僕の彼女の罵倒する声が彼女に聞こえていたからというもの以外に考えられないのですが、彼女と会いたいと思うようになってからは会うことはできていません。24歳くらいの時にサトラレ政策はあるのではないかと感じてから20年近く経ちますが、彼女と会えていない以上は、今後も会えないのかもしれないなとふと思っています。彼女の家にはタイムマシンのタイムパラドックスを食い止めるたった一人の男になるから会ってくれなどと言っているんですが、まあ、それは精神障害者の戯言でしかないのかもしれませんね。
自分がサトラレだということは自分から話したことはあるけれども、特に何もないですね。お前がサトラレだという話は聞かないし、そもそも同級生にも会いません。
しかし、ネット上でいる自称サトラレの人たちは何なんでしょうかね。僕は1999年に世界を滅ぼすという噂を流されて、その噂を実際に起こすことができるような内容の小説を考えてきたので、僕の存在は結構面白いと思うんですよ。いまだに広まっていないのか、それとも僕がアンタッチャブルな存在になっていたから、それごとアンタッチャブルな存在になっているのかは知りませんが、少なくとも何でただ、心の中が読まれた気がする程度のことで、自分をサトラレの特別な存在だと思えているのかがよくわかりません。まあ、僕もはたから見れば、お前のどこがサトラレなんだって思えるような存在なのかもしませんが。テレビを見て、生放送だったら、それをテレビの向こうの存在が見ているような気がするというのは何かどうでもいいことのような気がするんですけどね。フジテレビで生放送をひたすらしているのは、僕の情報を垂れ流しにしているのではないかとか馬鹿なことを思った時期もありましたが、正直、そんなわけねえじゃんと思いますよ。もっと面白いことを流せるはずでしょうし。
いまだに週刊少年ジャンプで連載しているワンピースも僕の近況を長年連載しているのだと思っている節もありますしね。そんなわけねえだろと思うのですけれども、否定のしようもない気もしますね。浦沢直樹氏の漫画もビリーバッドは面白かったけれども、僕の近況を書いているような気がする人は増えたのか減ったのかよくわからんですね。アンデッドアンラックも終わってしまいましたしね。ただ正直言えるのは、滑稽なアイディアな漫画ほど僕の存在がないとつまらない、僕の存在が滅茶苦茶漫画を面白くしていると思うんですけどね。そういう意味ではお金もらってもいいくらい貢献していると思うんですけど、僕には一銭も入ってきませんね。ミスチルのしるしとかどういうつもりで曲を作ったんでしょうかね。後悔してるんだろうなあ。まあ、今ぐらいの温度が一番いいのかもしれませんが、僕は今くらいの状況が続くと死ぬほどきつい状況が続く感じなんですけどね。
多分、僕の存在は広まっているとは思うのですが、今後、僕の存在が真の意味で広まる可能性はあるのかは不明ですね。僕が生きているうちに僕は有名になるのか、死なないと有名にならないのか、僕を封じ込める包囲網は相当強固なので、よくわからないですね。出なければ、とっくの昔に僕は有名になっているはずですよ。
まあ、僕が死んだら、その時は世界が終わる時かもしれませんがね。あーあ、お金稼ぐの死ぬほどきついな。明日死のうかなあ。幼馴染の彼女にしろ、僕を犯罪者に仕立て上げようとする人間も多いですよね。そうは問屋が卸しませんが、ただ、生きてこうという意欲は削がれますね。世界の終わり方、広まらねえかな。ではでは。


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