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『 15 』
新年よ。
元旦なのよ。
分かってるわよ。
なのにあたしはエプロンつけてキッチンにいるの。
早起きして、悠河クンを起こさないように。←【決死】
何してるかですって?
そうよ、黒豆を煮てるのよ!←【悲壮】
もちろんお節なんて、作るもんじゃないわ!
あれは買ってくるものよ!!←【違】
いいえ、ホテルのお正月コースで食べる物よ!!!←【大きく違】
でもね、今年は初めて新婚さんで迎えるお正月。
家で二人でお祝いしたかったの。
だからちゃあんと届けさせたわ。
テーブルの上には吉兆の三段重。
お屠蘇もちゃあんと用意した。
真紅のクロスを敷いて、上に帯なんか重ねてみて。
本漆の祝い箸。
セッティングは完璧、
なのに、なのに・・・・・メインが出来ないの――― !
だってね、だって。
黒豆は悠河クンが愛してるの。
あたしの次くらい愛してるの。
カラオケが気持ちよく歌えるって、大好きなの。
だから、それだけでも手作りで
・・・・・って思ったのが無謀だったのかしら・・・・・
クリスマスからずうっと探し回ってたわ。
最高級の黒豆。
そしてあたしが愛を込めて、ぐつぐつのツヤツヤに仕上げる予定だったの。!
だって悠河クンが、
「大掃除はいいよ。」って言ってくれたんですもの。←【押し付けた】
「俺、掃除好きだから。」って。←【そんなヤツはおらん(断言)】
ああ、あたしのダンナ様ってどーしてこう優しいのかしら。←【大ノロケ】
三浦屋も紀伊国屋も、
麻布のナショナルスーパーマーケットも回ったわ。←【ブランドは好き】
で、厳選に厳選を重ねた、丹波の黒豆を買ってきたの。
なのに、なのに、何回やってもダメ、玉砕。
煮足りなかったり、焦がしたり。
しぼんでで皮がびりびり破けてる。
ああ、そのたんびにあたしの心もしぼんでびりびりになってゆく。
結構落ち込みやすいのよ、あたし。
もう何回目かしら・・・これが最後の黒豆だわ。
「りかちゃん。早いね。」
朝からいつも清清しい、悠河クンが後ろからちゅっ。
「じゃあ、俺、雑煮作るね。」
さっさっさと悠河クンはお出汁をとって、
器用に三つ葉を結んで、お餅を入れて。
美味しそうな薫りが、キッチンにたちこめる。
なのに、あたし振り向く気力も無くて。
鍋に涙がぽとり・・・・・
「ど・・・どしたの?新年だよ。」
「だって、出来ないの、どうしても・・・」
「なにが?」
「・・・・・黒豆。」
悠河クンは、鍋の中のどろどろのグログロの物体を覗き込む。
ああ、あたしだって正視に耐えないのに!
こんなの・・・・こんなの・・・
遊星からの物体Xだわ――――― っ!!
「美味しそうだよ。」
・・・・嘘っ!
「器に盛ろうよ。」
・・・・嘘っ!!
呆然としてるあたしを尻目に、悠河クンはさっさとうちで一番いいお皿に盛り付ける。
ああ、こんなに崩れて皮とか剥けて、見るも無残な黒豆なのに。
「りかちゃんが、頑張ってたのってこれなんだあ~」
にこにこしながら、盛り付けてる。
「うわあ、たのしみだなあ。」
あ・・・あああ・・そんなに盛りつけなくても。
「・・・・のよ・・・・・」
下向いたままあたしは呟く。
「ん?」
黒豆好きな悠河クン、きっと黒豆には目も舌も肥えてるわ。
こんな無残な黒豆、見たことなんて無い筈。
なのにさっさとテーブルの真ん中に。
あたしは駆け寄って、皿を取り上げる。
「いいのよっ!こんなのぉ!!」
「ど・・・どしたの?りかちゃん?」
「だって、どおしてもできないんだもん!
一晩かけても、二晩かけてもだめなものはダメなのよ・・・・・」
そうしてあたしったら、新年早々ぼろぼろ泣き出しちゃったの。
情けなくて悔しくて。
ああ、どうしてあたしってば、悠河クンの好きなもの一つ出来ないのかしら。
悠河クン、ちょっと真面目な顔になりあたしの赤くなった鼻の頭に、
ちゅ。
そして、あたしの手から皿を取り戻す。
「こんなのとかじゃ、ないよ。」
「だって・・・」
「りかちゃんが作ってくれたんだよ。」
「でも・・・・」
「俺のためなんでしょ?」
そりゃあ・・・・とエプロン握り締めて頷いた。
「そんな黒豆、世界にこれだけじゃん。」
「え?」
「世界に一つだけの黒豆だよ。」
あたし、やっと顔を上げる。
「こんなのとかいっちゃあ、ダメ。
だめだよ、りかちゃん。」
めっ、ていう顔であたしをじっと見つめる。
「俺には貴重な黒豆なんだから。」
あんまり真面目にいうものだから、あたし困ってエプロン握ったまま。
「さあ、お屠蘇用意しとくから、りかちゃんはエプロン外して。」
情けないのか嬉しいのかわからないけど、頷くあたし。
部屋に駆け戻って、急いでグロスでおめかし。
着物は初詣までとっとこう。
ダイニングで待ってる悠河クン。
「あけまして、おめでとう。」
改めてご挨拶。
「今年も、宜しくお願いします。」
「ん・・・あたしも、宜しくお願いします。」
「本当は、今年とか言わず来年も、再来年もなんだけどね。」
とかいって、かっこよく片眉を上げる。
新年から素敵なあなたで、あたしはいつのまにか嬉しくなる。
吉兆のつやつやふっくらのお豆。
なのにあなたは、あたしのぶかっこうなそれだけに箸を伸ばす。
「ねえ、こっちも食べたら?
よほど美味しいわよ。」
お屠蘇で気分が少し上向いたあたし。
「ううん、俺はこっちがいいの。」
「変なの。そんなボロボロなのに。」
「変じゃない。」
「どして?」
悠河クンあんなに黒豆には目が無いのに、どうしてそんなの?って、
あたしは少し真面目に聞いてみる。
「りかちゃんの愛が溢れすぎて、破けちゃったんだよ、きっと。」
言った悠河クン、ちょっと照れてる。
言われちゃったあたし、かなり照れてる。
なんか二人で照れあって。
黙々とお節を食べつづけた。
悠河クンのお雑煮はさっぱりしてて、でもちゃんとお出汁が効いてて。
そんじょそこらの料亭には引けも取らない出来ばえなの。
なのにカレってば、あたしの黒豆を必死に食べてくれている。
それも、いとも美味しそうに。
来年までにあたしちゃんと練習しとくから。
だから、それまで待っててくれる?
お屠蘇でほんのり赤くなり、あたしは頬杖をついてカレをうっとりみつめるの。
「なに?もっと食べなよ、りかちゃん。」
「ん。」
「食べたら初詣、行こうか?」
「ん。」
「着物作ったんでしょ。」
「だけど・・・アレよ・・・いいの?」
そう、折角の着物だもの。
黒地に金銀で縫い取った紅い牡丹と蝶はいいとして・・・・
でも大振りが着たかったの。
呉服屋は渋ったけど、結婚したら大振りがだめとか、
セコイこと言うんじゃないわよ、って押し切った。
「あんな派手なので。」
「綺麗じゃん、あれ。」
「ん。」
「きっとね、一番綺麗だよ、りかちゃんが。」
素直にキラキラした瞳で言ってくれる悠河クン。
あたしは嬉しくて、はにかみながらお雑煮に口を付ける。
優しくてかっこよくて、お料理の上手なあなた。
今年も来年も、ううん、ずうっとよろしくね、
あたしの素敵なダンナ様
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