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 『 14 』











たまにさ。
ほんとにたまになんだけど、夜中に目が覚めちゃうことがある。



能天気だとか、何も考えてないどだろうとか言われるけどさ、
いや、そりゃ、そうなのかもしれないけど。
だけど、なんとなくたまらなくなる時がある。


そんな夜は、りかちゃんの顔をみる。
寝息をたてる、俺の奥さん。
長い睫がちょっと震える。
小さな唇が時折開いたりして。
あどけない、子供みたいな顔になる。


じいっと見てると、なんだかほんわりした気分になってゆく。
不思議なくらい心のもやもやが晴れてゆく。


こんな夜は、あの頃のことを思い出す。
りかちゃんの吐息を聞きながら。









新入社員で、訳分からないまま必死で仕事をこなしてた。
見るもの聞くもの、目新しくて新鮮で、ひたすらに走ってた。
ちょっと、息切れしてきたかな?って思った頃、
りかちゃんが配属されてきた。
いや、あのころは、りか「さん」だよな。


海外プロジェクトにばりばり参加してきた、キャリア・ウーマン。
ミニスカートに網タイツ、ピンヒールで闊歩するのも、りかちゃんだけ許されてた。
なんか気後れしちゃう位かっこいいひと、それがファースト・インプレッション。


いつも謎めいた微笑で、だるそうに机に向かってるわりには、
仕事はいつの間にか仕上がって。
アフター5は社内でも指折りのエリートからのお誘いがひきもきらず。
こういう人もいるんだなあって、
下っ端の新入社員の俺は口を開けてるばかりだった。


「悠河クン、口あいてる。」

ときたまデスクの向こうから、お声がかかるのが嬉しかった。
でも、それだけなんだけどね。


中国の出張に最初で最後のお供して。
いや、俺だけじゃなかったけど。
銀色のスーツケース、長い脚でスッスッと空港を闊歩してゆくりかさん。
その格好良かった事ったら。
俺なんか下働きみたいなもんだけど、
りかさんは当時の真琴部長の補佐で次々と交渉をまとめていったらしい。


どんなに忙しくても、慌しくても。
どうしてあんなに完璧なのかな?
差別するわけじゃないけれど、でもやっぱ女の人だもん。
疲れないかな?身体大丈夫かな?
スレンダーな姿を見るたび、そんなこと考えてた。

そう、その頃はもうすっかり、りかさんに嵌ってたんだよな、俺。

りかさんはオールマイティーで、色んな部署からヘルプのお呼びがかかってて。
りかさんがヘッドで行くっていうベルリンの仕事。
俺どうしても抜けられなくて、すっごく悔しかったんだよ。
すこしは仕事も慣れてきたし、今度こそ少しは役に立てるかと思ってたのに。


一緒に行ってた霧矢さんとか真飛とかに、なにげなく様子を聞き出して。
人使い荒かった、けど、それよりも自分がボロボロになるまでやる人だから、
文句なんて言えないと、うん、そうだろうとも。
りかさんってそーゆー人だ。
自分に一番厳しくて、凛々しくて。

でも、疲れないのかなあ。


まあ、俺なんかお呼びじゃないのは百も承知の上だけど。





きっかけはなんだったのか分からない。
「たまには飲みに行かない?」
山のような残業がなんとか片付いた時、いきなりデスクのむこうから声。
えっと・・・残ってんのは俺とりかさんだけだから、
てことは・・・俺と、ってことだよね。


やったあ!

「はい!」

即答。
だからなんだっていうわけじゃないけど、俺かなり浮かれてた。


りかさんらしい、物憂げなホテルのバーカウンター。
とても残業をこなしてきたとは思えない風情で、スツールに長い脚を組んで。
俺は浮かないようにするのがせいいっぱい。
とりあえずビール、とかいうわけにもいかないし、大緊張。


軽くアルコールが回った頭に、りかさんの声はとても心地よい。
押し付けがましいことも言わず、上司にありがちな説教なんてもってのほか。
ゆったりと、ぽつりぽつりと、夢見るように。
「風みたいにね、毎日を生きていけたらいいなあ・・・なんて。」
やけに印象に残ってる言葉。
りかさんらしいと思った。
気負わずに、だけど一生懸命で。
そんなりかさんを、おこがましくも可愛いとか思ってる俺。
酔ってんのか、ずうずうしい。






夜も大分に更けた頃、りかさん頬杖ついて、ぽつり。
「あたしね、ここで飲む時は上に部屋取っとくの、
 其の方が落ち着いて飲めるでしょ。」
なるほど、大人の女の人は違うなあ~とか、俺また口が開いてたと思う。

で、目元がほんのり赤いりかさん。
もしかしてちょっと酔ってる?って顔でこちらを向いて。
「悠河クンも、来る?」
え・・・え・・・・??俺にいってんの?
「疲れたちゃったから、部屋まで昇れるかしら?なの。」
ちょっとすねた上目使い。
こんなりかさん、始めてみた。、
こんなりかさんのためならば、俺エベレストだって登るってば!


「あ・・・・ご迷惑じゃなければ。」
「ないわよ。」


そのままキーをみせて、キャッシャーを抜けてゆくりかさんの後を、
コートを抱えて追っかけた。




夜景が凄い、最上階。
三面の窓から、金平糖みたいな都会の光が一望できる。
りかさんはふわっと滑るように入り、ヒールを投げ出し。
そのままソファに、ひっくり返る。
ドアで立ち尽くしてる俺に、ひらひらと手を振って。
「バーからね、なんでも好きなもの飲んで」。


いや、そう、いわれても。
俺酒弱い方じゃないけどさ、結構きつかったよな、あのカクテル。
ぐるぐる回った頭で考える。


ぼんやり立ち尽くしてる俺を見て、りかさん面白そうに。
「じゃ、こっちで休む?」
「いや、そっちはりかさんが。」
「ソファですもん、広いわよ。」


酔ってるとは思えない身のこなしで、ひらりと俺の場所を開ける。
おずおずと俺は座り込んで、
いいのかな?こんなとこにいちゃって、俺?


そしてふたりで、じいっとソファから夜景を見てた。
「つまんなくない?」
「いいえ、楽しいですよ。」
「もう、飽きちゃった。」
「なんにですか?」
「この景色。」

そういってソファで身体を伸ばす。
すっごく高い猫みたいに優雅に。
すらりとした足が目の毒だって思ったら、
ほんのり染まった顔の方が毒だった。


俺はきっとぼうっとしていたに違いない。
首っ丈の男の顔で。

「又、口、開いてる。」
りかさんの指が、唇に触れる。
たまらなくなって、俺は指に触れる。
りかさんの瞳がちょっと見開かれる。
吸い込まれそうになりながら、俺たちはしばし見詰めあった。


「そんな口は、いけないわね。」
りかさんの口の端が上がり、しゅっと顔が近づいた。
りかさんの唇は思いもかけないほどに柔らかく、甘い香り。
俺の心臓は跳ね上がり、爆発寸前。

もう、我慢とか言う問題じゃない。
限界だよ、俺。
ごめんね、りかさん。
心で呟きながら、りかさんをぎゅうっと抱き締める。
腕の中の身体は、思った以上にほっそりとしてて、
柔らかな曲線が服の上からも感じてしまう。
りかさんの腕がそっと首に回る。
胸によりそうような小さな顔。

「ねえ、これでお終い?」

甘えるような、悪戯めいた声。
俺の頭はぐちゃぐちゃでぐるぐるで、ただりかさんだけしか見えなくなっていた。






ベッドの中の真っ白な肌、
触れていいものか、この期に及んで迷ってる俺。
傷つけちゃいそうで、壊れちゃいそうで。
そっと、そっと、大事に触れてゆく。
格好良くて素敵なのは其のまんまなんだけど、
笑ったり喘いだり、可愛くて色っぽくて。


俺はベッドの中なのに、ますますりかさんを好きになっていった。


こんな人絶対いやしない。
俺、決して図々しいつもりは無いんだけど、
だけど、どうしてもこの人が欲しい。
ダメだったら死んじゃうくらい、この人が好きだ。










だから眠れなくて、ずうっとりかさんの枕もとで考えた。
なんていったらいいんだろう。
なに言っても嘘臭い。
何でもできる、確固たるキャリアのりかさん。
海のものとも山のものともつかない、駆け出しの俺。


これこそ格好つけてる場合なんかじゃない。

頼もう、ひたすら頼んでみよう。
もしかりかさんに鼻で笑われても、
それでもいいってくらい、りかさんが好きだ。




「  ん・・・・ん・・・。」

やっとりかさんの起きる気配。
俺は大きく深呼吸。


「りか・・さん・・」






     





あとはもう、記憶真っ白なんだ。
なんだか闇雲に嬉しかったってことだけで。
周りのヤツらは驚きつつも半信半疑、
だけどそんなことどうってことない。
大事なのは俺が今も、りかちゃん好きだって、
このことだけだもん。


















格好よくて、あどけなくて、美人でお酒が強い俺の奥さん。


「・ ・・ん・・」

寝返りを打つ身体を抱きしめて、無性にいとおしくなって、ぎゅうっ。
「悠・・河・・・クン  ?」
「りかちゃん?」

眠そうに薄目を開けたりかちゃんが、手を伸ばす。
とろんと甘えた声をだす。

「も、いっかい・・・」


そしてりかちゃんが安心して眠れるように、
俺は又そうっと手を伸ばす。



いつのまにやら、胸でりかちゃんの寝息。
抱きしめたまま、俺もまどろみはじめる。




いつまでも、どこまでも、愛してる。
俺の世界一、素敵な奥さん














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