『 6 』
今日はね、特別なの。
神様が悠河クンをこの世に送り出した。
これって、凄いことなのよ。
だって、世界一素敵なダンナ様がこの世に現れた日なんですもの。
そんな記念すべき一日なんだから、
会社なんか休んじゃって一日べたべたしてましょう、
そんな言葉が喉元まで出てるあたしに、この上なく爽やかな笑顔。
「行ってくるね、りかちゃん。」
ちゅっ。
あたしは奥さんらしくダンナ様を送り出してベランダで手を振るの。
ちょっと残念なあたしに、彼は振り返り手を差し伸べて。
ちゅっ。
あなたのいない間を、キスを抱きしめて過ごすしかないか。
悠河クンの誕生日、あたしはなにをあげたらいいの。
値がはって形のあるものなんか、いくらだって浮かんでくる。
でも彼がくれるのは形のないもの、だけど値段がつけられないものばっか。
言葉。
キス。
笑窪。
悠河クンがいるってことだけで、あたしは毎日プレゼントを貰ってるってこと。
ねえ、アナタ。あたしはなにを、あげたらいいの?
ああ、もう、こんな時間。
今日は朝から会議とかあって、すっかり誕生日とか忘れてた。
いや、そんなに浮かれるトシでもそろそろないもんな。
なんとなくベランダで手を振るりかさんは、不機嫌そうだったよな。
りかさんイベント好きだから、どっかメシでも出かけようかな。
階段二つ抜かしで駆け上がり、キーホルダをがちゃがちゃいわせる。
「りっかちゃああん !!」
台所は真っ暗で、例によってスポンジの残骸とはねた生クリーム。
ひっくりかえった泡だて器やらボウルやら。
テーブルには開きっぱなしの、『鉄人シェフのゴージャスケーキ読本』。
だけどりかさんてば、どこに行っちゃったんだ。
りかさんプライド高い上、あれで結構恥ずかしがりやなんだよなあ。
えばって顎上げてるりかさんも好きだけど、
困って下向いてるりかさんも好きだって、
ちゃんとそこんとこわかってるのかなあ?
・・・・・・・ ぽちゃん。
ああん、もう、どおしてあたしってば生クリームひとつマトモにできないのっ。
会社でできないことなんて、なあんにもなかったのに。
どんなプロジェクトだって、さっさかこなしたのに。
へこんだスポンジを見た瞬間、あたしも思い切りへこんじゃったの。
顎上げて格好よく、イイ女でいたいのよ。
下向いてめそめそしてるあたしなんか、見せらんないでしょ。
お風呂で涙を誤魔化しちゃいたかったの。
「り・・・・りか・・・・ちゃん。」
バスルームのドアに恐る恐る手をかける。
中からは蒸気に篭って、甘い甘い香りが爆発しちゃってる。
バスタブに一面の薔薇の花弁。
だって、入浴剤とかじゃ誤魔化せない位、あたしへこんでたんだもん。
花瓶の薔薇はもう開ききってたから、ぜえんぶお湯に浮かべちゃった。
甘い香りでしゃきんとさせて、悠河クンにお帰りのキスするつもりだったのに。
もお、もお、どうして帰ってきちゃったの。
「・・・・ お帰り ・・・なさい 。」
バスタブの一面の真っ赤な薔薇の花弁に埋もれて。
まあるい目を真っ赤にした奥さん、唇が尖ってる。
薄い色の髪がほわほわしてて、華奢な肩だけお湯から覗かせて
上気した肌、頬なんか薄紅色。
生まれたばかりの赤ちゃんみたいな、りかさんが上目でこっちを見てる。
「ごめんね、おふろ入ってたんだね。」
慌ててドアを閉じようとするから、つい言っちゃうじゃない。
「 ・・・いや。」
「ん?」
にこっと笑窪を浮かべて、こっちを振り向くあなた。
「こっち、きて。」
「え・・と、でも・・俺着替えてくるよ。」
「いいの、きて。」
なんかすごい不機嫌な声になっちゃった、あたし。
なのにあなたってば、濡れるのも構わずににこにこして来てくれる。
緩めたネクタイ姿が、とってもセクシー。
目の高さに屈んで、少し顔を傾けて。
あたしの大好きな笑窪が、もう目の前。
「ん・・?どしたの?」
だからね、思わず引っ張っちゃったのよ、ネクタイ。
無理やりリフォームした広いバスタブにあなたをひっぱりこんじゃったの。
ワイシャツのままのあなたを思い切り抱きしめて、
格好いいけどネクタイをなんかさっさと取っちゃって。
一瞬目を丸くする、その驚いた顔も好き。
「さっすがあ、りかちゃんだぁ。」
飛沫がざばっとあがる。
あたしがあなたを好きな分だけ、お湯が溢れ出すの。
きょとんとしてた目は、もう思いきり笑ってる。
思いっきり面白そうに、その笑い転げる顔も好き。
水も滴るいい男に、水も滴るあたし。
キスの雨を降らせるの。
あなたの投げキスには、到底かなわないんだけど。
ちゅうっと、ぎゅうっと、ぺたっと、幾度となく。
あたしは無言で薔薇を纏ったまま、悠河クンに纏わりつく。
頬っぺたに唇をよせる。
そのたんびにカレはあたしを抱きしめて。
「りかちゃん。」
甘く、だけど面白そうに耳元で囁いて。
「悠河クン。」
そのたんびにあたしは、カレの唇を塞ぐ。
さんざっぱらくっついて、もうあなたはずぶぬれになって。
そして、あたしを抱き上げる。
頬にちゅっ、てされる。
「続きは、あっち。」
薔薇の花弁が点々とくっついたままのあたしを、ベッドにそうっと横にして。
そしてまた、ぎゅうっとくっつくあたしたち。
あたしの上であなたは、身体中にキスマークの雨を降らせてくれる。
あたしったら、もうなんにも分かんなくなっちゃうくらい、
気持ちいいったらありゃしない。
上手い男や巧みな男は幾らでもいるけれど、
こんなに素敵なキスは絶対にできないわ。
このりか様が言うんだもの、間違いないってば。
「ああん~忘れてたああああ~~~!!」
んもう、あたしってばケーキの残骸ばら撒きっぱなし。
だって、気力なんか尽きちゃってたんだもん。
悠河クンてば、綺麗な人差し指でスポンジを摘んでぺろっと口へ。
「ああっ、だめえっ・・」
って言う間もなく、もぐもぐしてる。
あたしってば柄にも無く、赤面しちゃってる。
「美味しい。」
「嘘。」
「りかちゃんの、次くらい。」
笑窪浮かべてもぐもぐしてる口元に、あたしってば堪らなくて、
ちゅっ。
「プレゼント、あげらんなかった。」
「なんの?」
「誕生日。」
「だって、もらってるじゃん。」
「なにを?」
「プレゼント。」
「あげてないわよ。」
「もらった。薔薇の匂いぷんぷんのりかちゃん。」
ああ、なんてありがちな会話してるのかしら、あたしたち。
やだわ、バカみたい。
なのにあたしってば、もんのすごく嬉しいの。
「いつもあげてるもん。」
「え?」
「あたしなんか。」
エプロンつけながら、悠河クンは人差し指を立てて。
眉毛なんか上げちゃって、ちょっとニヒルに口角を上げる。
あら、やっぱりいい男。
「ううん、俺欲張りだから。」
「え?」
「まだまだ欲しい、りかちゃんのこと。」
人差し指を、ちょんとあたしの鼻の頭に。
「毎年毎年、ずうっと欲しい。」
もしかしたら、もしかしたら。
毎年ケーキを失敗しても、だけど困らなくていいのかしら。
あたしったら困って下向いちゃった。
耳が少し熱くなる。
そ知らぬふりで、鼻歌なんか歌ってる悠河クン。
自分でハッピーバースデイ、なんて可愛くてかっこいいの。
ちょっとずれてるメロディなのに、あたしの心を蕩かせる。
いつのまにかあたしも歌いながら、ならんでいそいそ片付ける。
「今日はね、なんか食べに出ようか?」
「うん。」
「じゃ、あと片付けとくから部屋いっていいよ。」
「でも・・・・」
「思いっきりおしゃれして、腕組んで出かけよう。」
あなたの笑窪におくられて、
あたしってば、又スキップで。
今夜はどんな服にしよう。
ずうっとずうっと、欲張りでいて。
あたしの素敵なダンナ様。
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