第17章 機械少女の記憶 

 
男の腕の中でカタリナは小さくわななきながら悦楽の吐息を漏らした。
「ああっ…ちぎれるよ…そんなに強く掴まれたら…私のオッパイちぎれちゃうよぉ…」
壁に架けられた小さな電灯の明かりが薄暗い部屋の中をぼんやりと照らし出している。
家具らしい家具は部屋の中央に置かれた大きめのベッドだけで、その上では一組の男女が互いの身体を重ね合わせている最中であった。
男はカタリナの細い身体の上に圧し掛かり、小さくて形のよい乳房を右手でまさぐる。
「ああっ、いいよ、いいっ…」
幼い容貌とは不似合いで淫靡な嬌声が部屋中にこだまする。
「このくらいの乳房の感触が一番心地いいんだ。おまえもそう思うだろう?」
掌全体に伝わってくる、熟れた果実のような弾力。男は今度は両手で左右の乳房を掴み、円を描くように荒々しく揉みしだく。
「ひ、ひぐっ」
そのやや乱暴な行為を嫌がる様子も無く、カタリナは後頭部をベッドに押し付けて悶えて声をあげる。
「ああっ、いや…オッパイ…私のオッパイ…もっと、もっと強く揉んでぇ…」



彼女の切なげな声に導かれ、男は露になった白い喉元に唇を押し付けた。そして喉から首筋、そして胸元へ。時には吸い、時には噛みつき、舌を這わせ愛撫を繰り返す。



彼女は味がしない。男にとってこれは不満点のひとつであった。
「人工皮膚は擬似体温を伝えることはできるが…発汗機能はないからな」
男のつぶやきを聞いて、少女は少しだけ頭をもたげると花の蕾のような唇を尖らせた。
「…だって私たちには汗を流す必要が無いんですもの…流していいのは…ここだけよ…うふふ」
そう含み笑いを見せると、カタリナはいきなり二本の足で男の腰を挟み込んだ。
「なんだ、もうベトベトになっているじゃないか?待ちきれなかったのか?」
「あんたが来てくれるのを楽しみに待っていたのよ。どう、嬉しい?」
「ふふ…。じゃあ聞くが、今日は俺の前に何人と寝た?」
「六人よ」
男は苦笑を浮かべた。そして罪悪感や羞恥心の欠片もない調子で答える美少女の顔にそのまま唇を押し付けた。
「ラッキーナンバーはあんたに残しておいたのよ。感謝しなさい」
「ほう…どうして俺に?」
男の腕の中でカタリナは瞳を丸くした。どうやら本人にも理由がわからないらしい。
「そうね…あんたは他の男と違っていい臭いがするからかな…この基地の男はみんな臭いのよ」
なるほど。この組織の構成員は男も女も全員黒の全体スーツを着用することが規則になっている。スーツは防臭処理が施されているから普段は臭いを気にする必要がないが、普通の成人男性なら身体が汗臭くなっても当然である。
「俺はちゃんとシャワーを浴びてくるからな。そんなの女性に対する最低限のエチケットだろ?」
「え?」
少し照れたのか、恥ずかしそうにカタリナは顔をあげた。作り物の瞳が新たな快楽を切望して潤み、その頬にはいつのまにか赤い花が咲いていた。
「め、めずらしい男ね…私はサイボーグよ、この体は全部作り物、玩具も同然なのよ。そんな私にエチケットだなんて…あはは、おかしいわ」
「おかしいか?」
「そうね、おかしいわ。私はSEXで気持ちよくなれればそれでいいの。相手なんて関係ない。…だって、こんな機械の身体にされちゃったら…もうそれぐらいしか楽しみが無いじゃない?」
男の本能をくすぐる表情を作りながらカタリナはさらに強く股間を男に押し付けてきた。そのポイントも絶妙である。
「わかったよ。楽しませてやるよ。こんなに濡らしやがって…さあこの淫乱娘、おねだりしてみろ」
「…しい。…欲しいよ。…いっぱい欲しいよ、入れてよ、お願い…」
「お願いばかりじゃなくて自分で自分の中に入れてみたらどうだ?」
カタリナはコクリと頷くと、男の首に両手を回した。そしてそのまま上下を入れ替わり、男の上に跨る。
「うわっ、鉄の杭みたい…うふふ…入れるよ…、きゃふぅっ!大きいっ!」
「おぅっ、入った…入ったぞ、そのまま動け、ゆっくりと…」
「う、うんっ、動くよ…い、いいっ、太いっ、固いよっ!ひいいっ!」
下腹部を突き動かす衝撃に泣き叫びながらもカタリナは自分から腰を盛んに上下させ、快楽を貪り始める。
もちろんそれは男の方も同じである。しかしあくまで男はサイボーグとしての彼女を観察することを忘れてはいなかった。
――やはり膣のサイズもこれぐらいが絶妙だ。これより広くては得られる快感も薄く、逆に狭くては痛みを伴う。いやはや、よくできている。
頭の中で分析しながら男は自分の腰の上で一心不乱に体を動かし続けている彼女の動きに合わせて、自らも一段強く突き上げた。人工子宮の最億部に先端が当たったのを確認する。これがスイッチだ。
「いぎぃっ!?きゃあっ、入った!スイッチが、入ったよぉっ!いやっ、あっ、あっ、いいっ、いいよぉっ!ああっ!」
子供と大人の表情がめまぐるしく入れ替わるかと思えば、艶やかな嬌声がその口から次から次に飛び出してくる。声だけではない。陰部の奥に呑み込まれた肉棒の隙間からは透明な汁がとめどもなく溢れ出して来ていた。
「どうだっ、どうだ“カタリナ”!気持ちいいかっ!どうだぁっ!」
「はいっ!はいっ!くはあっ!いいよぉっ!脳が、脳がぁっ気持ちいいよぉぅぅっ!」
 形式番号ではなく彼女の名前を呼んで、男はさらに動きを早めた。子宮の奥のスイッチをただひたすらに叩き続ける。
やがて、カタリナが絶叫したかと思うとその下腹部から異様な駆動音があがった。
「ぐほおっ!?いつもながらこいつは、た、たまらんっ!おおっ!」
 男はまるで別の生き物のように絡み付いてきた子宮と膣壁によって、成す術も無く熱い白濁液をカタリナの胎内に吐き出していた。
「あっ、ああっ!?…出てる、出てるよ…精子が…いっぱい精子が、私のお腹の中に…ああ…気持ちいい…」



 天井を仰ぎながらカタリナは愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。なおもグイングインと小さな駆動音が少女の胎内から響いている。
人工性器が胎内に放出された精液をタンクに溜め込んでいるのだろう。当然、彼女の子宮をはじめとする生殖器は全て人工物に改造されている。妊娠の恐れは全く無いが、その からくりを知っているといささか興醒めもする。
しかしそれを差し引いても人工性器のもたらす快楽は筆舌を尽くしがたい物があることもまた確かであった。
「くっ…ちゃんと最後の一滴まで綺麗に飲むんだ。しっかり搾れよ」
 男の命令に、カタリナは両目を閉じたまま二度、三度と頭を縦に振ると、なおも腰をグラインドさせ始める。
「うぐっ」
「あふぅっ、また射精したね、出ているのが分かるよ、ああん、おいしいぃ…」
 やがて力を失った男自身が少女の蜜壺から抜け落ちた。
瞬間、カタリナは糸が切れた人形のように男の胸に倒れ込む。
「…疲れたか?」
 男は胸元に顔を摺り寄せてくるカタリナの頭を撫で、その黒髪の感触を味わう。
「…少し固いな、やはり合成素材の毛髪はまだまだ開発の余地があるか…」
 そう呟き、視線を顎の下に向けるとカタリナが顔を向けていた。
「あんたは私を抱く時、いつもそうやって分析しているみたいだけど…なぜなの?」
猫のように細められた瞳が笑っている。
これは男を誘惑するために計算された媚笑だ。プログラムの産物だ。
「カタリナ…」
「なあに?」
 男はもう一度、彼女の名前を呼ぶと身体を起こした。カタリナは胸に両手を添えて肌をすり寄せてくる。
「サイボーグに改造される前のおまえは…どんな女の子だったんだろうな」
「さあ…?普通に学校へ通っていたと思うけど…改造手術を施されたときに人間としての記憶は全て抹消されてしまったからわからないわ」
 その答えは実に事務的かつ機械的であった。
「そもそもどうして私がここにいるのかすらわからないのよ。だってサイボーグに改造されてから蓄積されていた少ない記憶も、あなたたちが消しちゃったじゃない」
 カタリナは口を開けて笑った。感情のこもっていない、乾いた笑い。
 サイボーグにされてしまった者に人間であったときの記憶は重い枷にしかならない。ゆえに改造手術を施す側は素材たちの記憶を完全に抹消してその枷を取り除く。
その手段は様々で、薬物による処理を始め生体脳の一部を機械化するなどいくつかの方法がある。とはいえそのどれを施されたとしても、素体とされた者たちが人間としての存在を否定されることに何ら変わりはない。
「でも不思議なのよ。あんたに抱かれていると生体脳が気持ちいいんだ。他の奴らに抱かれている時には感じないこの感覚…一体何なんだろう?」
そのとき男はカタリナの身体を強く抱き締めていた。
「カタリナ…俺は…」
このとき彼は今自分が何を思い、何を考えているかわかっていた。
そしてそれが叶わないことであることも理解していた。
どうしていつも分析なんてことをやりながら彼女を抱いているのかもわかっていた。
カタリナはサイボーグなのだ。
機械でできた人形であり、組織の所有物なのだ。人間ではない。
「…そうだ、人間としての記憶はおまえにはもう不要だ。だから消去した。一度サイボーグにされてしまった以上、おまえはもう二度と人間には戻れないんだ。未練は無い方がいい」
男はそうカタリナの耳元に囁きかけ、ベッドの上に押し倒した。
「子宮の精液タンクにはまだ余裕があるだろう。今夜はもっと楽しませてやる」
「うふふ、嬉しい…SEXしている時だけは私の生体脳が生きているって…感じられるの…。今夜はたっぷりと可愛がって…」
カタリナの義眼のレンズが音を立てて焦点を合わせる。
そのとき一瞬だけ潤んだ彼女の瞳が泣いているように見えた。
冗談だろう。このサイボーグは命令されれば女子供でも虫けらのように容赦なく殺す。どんなに残虐非道なことでも平然と遂行する。そのように改造されているのだ。
ありえないことなのだ、サイボーグにされた人間が感情に任せて泣くなどということは。
そう自分自身に言い聞かせながら男はカタリナの唇を貪り吸った。
「…む?おい、唾液になにか混ぜたのか?」
「うふぅ…何もしてないよ…どうして?」
なぜだろうか。このときのカタリナの唇はほのかに甘く感じられた。
男はカタリナの乳房に顔を埋める。
「なぜ…おまえはサイボーグなんだ…」

形式番号WCA-CB1。
コードネーム――エイツ・ビー。
組織の秘密の地下施設に設けられた手術室で彼女は目を覚ました。
グリエフ博士により強制的にサイボーグへと改造され、さんざん利用されたあげくに廃棄処分された日本人留学生・九条すみれである。
彼女は自分が身体中に接続された太いチューブやコードによって宙吊りにされていることに気が付いて微かに動揺した。



――私はどうしてこんなところにいるの?わからない。何も思い出せない…。
少なくとも意識は戻っていた。しかし手足どころか頭すらまともに動かすことができなかった。そもそも、肉体の感覚自体が無いのだ。
幸いにも視界ははっきりしていた。両目に映るこの手術室の様子を彼女はじっと見つめる。人の気配はするがその姿は視界の中にはない。
「おや、エイツ…意識が戻ったのか?」
いきなりその男は視界の下から顔を出した。何のことは無い。このやや丸い体型をした研究員はすみれの身体の修復を行っていたのである。
研究員は黒の全体スーツに白衣を着ており、眼鏡の下からわずかに覗く顔は油と彼女の擬似体液で黒く汚れていた。その口元に引きつったような笑みを浮かべ、研究員は興奮気味に言った。
「あれだけ生体脳がダメージを受けていたから、もうダメだと思っていたが…奇跡だよ。おまえ、やはり運がいいぞ」
男が嬉しそうにすみれの顔を撫でていると、奥の扉からもう一人の研究員が部屋に入ってきた。こちらの研究員は修復作業を行っていた研究員とは正反対の長身かつ細身の体型をしていたが、姿格好は同じである。
「なんだよ、例の女サイボーグとお楽しみじゃなかったのかよ、24号?」
「ふん。そういうおまえこそ今の今までエイツ・ビーの身体で楽しんでいたんだろう、28号?」
そう言われた28号はズボンのチャックが開いたままであることに気付いて慌てて衣服を整えた。
「お、俺は何もしていないぞ」
「嘘をつけ。…おい、このエイツの股間に付いている臭い体液はなんだ?」
すみれはこのとき二人の会話から、この28号という研究員がつい先ほどまで何をしていたか悟った。しかし不思議と嫌悪感は感じなかった。これまで散々、生身の肉体を切り刻まれ、弄ばれてきた彼女にとって、もはや機械化されたその身体を性欲処理に利用されることなど、たいした問題ではなくなってしまっていたのである。
「む?…お、おい28号、まさかエイツ・ビーの意識が戻ったのか?」
「なんだ、今頃気付いたのか。確かに覚醒している。神経回路は切断してあるから身体は一切動かせない状態だけどな」
24号は驚きかつ喜色を浮かべながらすみれの身体のあちこちをチェックし始める。
「新しく埋め込んだ人工心臓は順調に稼動している。人工血液が生体脳に流れ込んだことで脳細胞が活性化したのかもしれん…しかし本当に意識を取り戻すとは奇跡だ」
「だろう?」
自慢げに相槌を打った28号を横目で睨みながら24号はすみれの顔を覗きこむ。
「君もつくづく運の無い女性だ。このまま死んでいれば、これ以上苦しまずに済んだかもしれないのに」
すみれは28号が言ったこととは全く逆のその言葉を聞いて、自分が置かれた状況を少なからず把握していた。
――そうだ…私はサイボーグに改造されたんだったわ。と言うことは…また戦闘兵器として人殺しをさせられる…。好きでこんな身体に改造されたわけじゃないのに。…帰りたい、お父様やお母様の所に帰りたい…。人間に戻りたい…元の身体に戻りたい…。あれ…でも私は…私は、一体誰なのかしら?
チチチ…。
そのとき、すみれの両目が赤く明滅を開始した。
――えっ、いやだ!…やめて、私の頭が勝手に…やめてぇっ!



すみれは自分の意思によらず、プログラムが命じるままに補助電子頭脳へアクセスを開始していた。
「な、何をしているんだ!や、やめないか!おまえの補助電子頭脳はもう壊れてしまっている!無理に負荷をかけると生体脳が焼ききれてしまうぞ!!」
異常を察した24号がすみれの頭を両手で掴んで呼びかけて来る。しかしすみれはアクセスを止めようとはしない。いや、止められないのだ。
「ピッ…私は…サイボーグ…形式番号WCA-CB1…。所属は…ピー…データ破損…。命令権限プロテクト…ピー…データ破損…」
 プログラムによりすみれの口から報告される内容はデータ破損によるエラー警告ばかりである。
「おいっ28号、やばいぞ!そっちの主電源を落としてくれ!」
 突然の事態に呆然としていた28号は慌てて主電源レバーを引き落とした。
 バチチッ!
「ピギッ!」
エラーを連呼していたすみれの額から火花が弾け飛ぶ。
研究員24号と28号は、さらにすみれの身体の各所に接続されていた電源ケーブルを全て引き抜いた。
「バッテリー不足…バッテリー不足、機能ヲ停止シマス…」
すみれの頭がガクリとうなだれるのを確認して、二人の研究員は床にへたりこんだ。
「ふう…やれやれ驚いた…。しかし28号、これじゃあ彼女の補助電子頭脳はもうそっくり交換するしかないぞ」
やっと修復作業の目処が付いたのも束の間、このような結果となり研究員24号と28号はため息を漏らし、肩を落とした。

「随分と魅力的な姿になったじゃないの、フィオラ?」
ドルークに案内されたミス・クリムゾンは改造手術室の奥で宙吊りにされた状態でいる、変わり果てた姿のフィオラを見つけた。
フィオラの肉体はその殆どが機械化されていた。上半身と下半身は切り離され、下半身は下の手術台に乗せられ今も組み立て作業が続けられている。



フィオラの頭部には額のコネクタだけでなく、開頭され露出された生体脳にも電子ケーブルが接続されていた。彼女の意識に干渉を行っているのだ。
そして、まだ人工皮膚が貼られていない胴体も金属部品や人工臓器が不気味に稼動しているのが見て取れた。
もはやフィオラはフィオラでなくなってしまっていたのである。
「意識は無いみたいね?」
俯いたフィオラの顎をつまみ上げ、その無表情な顔を観察するミス・クリムゾンを見て、脇で控えていたドルーク博士は不愉快そうに目線を逸らした。
「なに?何か言いたいことがあるのかしら、ドルーク博士?」
「意識を消去できたのは今朝のことです。それまでは麻酔も効かず、覚醒状態のまま手術を行ってきました」
これを信じることができるであろうか。これが真実ならばフィオラは意識を持ったまま全身を切り裂かれ、想像を絶する激痛と苦悶を味合わされながら改造されたことになる。
手足を切断され、臓器を摘出され、そして直接、脳に手を加えられ、冷たい機械部品を埋め込まれる。考えるだけでもおぞましいその行為をフィオラは意識のある状態で施されたというのだ。
普通の人間であれば絶対に耐えることなどできなかっただろう。しかしフィオラは機械化改造の前に生体改造を施されていた。この処理により彼女は人外とも呼べる強靭な生命力を与えられていた。そしてその生命力は肉体組織の殆どを取り除かれてもなお肉体の中枢である生体脳の生命活動を支え続けていたのである。
「王女の絶叫と悲鳴をずっと耳に聞かされながら手術をさせられた者の身にもなって欲しいですな」
「まあ?非道な人体実験を数多くなされてきたドルーク博士とは思えない優しいお言葉ですこと。もしかして今頃になって忠誠心に目覚めたとか?それとも罪悪感を感じているとか?」
これは痛烈な皮肉のしっぺ返しであった。
「この娘、いやアイアス王家の人間にはこれでもまだ生ぬるいわ。もっともっと苦しめて悲しみと絶望のどん底に叩き込んでやるくらいでないと…」
フィオラの金属で形作られた造りかけの乳房を指先でなぞりながらミス・クリムゾンは赤い唇を歪めた。
冷たい金属の感触が指先から伝わってくる。その感触はめずらしくも興奮してしまった彼女の心を少なからずクールダウンさせた。
「それで記憶の抹消と服従プログラムのインプットはどうなっているの?」
「それはこれからだ。背面部に取り付けた高出力ジェネレーターの制御に手間取っていたのでな」
「高出力ジェネレーター…ああ、あの駆動機構を制御するための装置ね」
ミス・クリムゾンは吊るされたフィオラの背面に回りこんで確認する。
フィオラの背中には左右の肩甲骨に当たる部分にそれぞれ噴出口らしい口が開いた装置が埋め込まれていた。
これがフィオラ改造において最も難しいとされていた機構であることを彼女は了解している。そしてサイボーグとなり戦闘兵器となったフィオラの最強の武装となるものであることも。
「ミス・クリムゾン、あんたは本気でフィオラ王女をルシアン女王と戦わせるつもりなのか?」
「もちろんよ。最初からそう言っているじゃない。それともなに?自分が改造して造り上げたフィオラがガルディやグリエフの造ったサイボーグに劣るとでも思っているのかしら?」
他の研究員同様、マスクとサングラスを着用しているため唯一外から確認できる彼女の素顔は口元だけである。その口が明らかな嘲りを込めた笑みをドルークに向けた。
「わ、私を愚弄しているのか!?」
「そう思うのなら別にそれでも構わないわ。違うというならフィオラを最強完全な戦闘サイボーグに改造することね。それがあなたの優秀さを誇示する唯一の手段よ。…それにあなた、自分の可愛い娘を助けたいのでしょう?」
ミス・クリムゾンに頭を撃ち抜かれた娘のセリカのことを持ち出されたときドルークの顔が一気に青ざめた。
ドルークにとってガルディを裏切ってこの謎の組織に力を貸しているのはその娘を人質に取られているからでもあるのだ。
しかしこの時点でドルークはそのセリカが性処理用のサイボーグ――セクサボーグに再改造され、組織の構成員たちの慰み者にされていようとは知る由も無かった。
「フィオラがアイアス王国の女王になればあなたの栄耀栄華は約束されたも同然…。研究活動もこれまで以上に自由に行うことができるようになる。そうではなくて?」
ドルークに否を唱える理由は無かった。自分が利用されているという事実を理解しながらも、彼はサイボーグ研究者として、自らメスを振るうこのフィオラの改造手術に対して    激しい高揚感を抱いていることも自覚していたのである。
やがてドルークは大きく息を吐き出し、改造中で意識の無いフィオラを見つめた。
「心配するな、ミス・クリムゾン。フィオラを徹底的に改造して完璧な戦闘サイボーグに再生させてみせる」
ミス・クリムゾンは満足そうに頷いただけであった。
フィオラの機械化改造をドルークに一任したのは彼女である。少なくともどのように嘲笑しようとも彼女自身がドルークの才能を認めていることは間違いなかった。

エイツ・ビーが意識を回復してから三日が経過していた。
その日、研究員24号と28号は修復を終えたばかりの彼女を特別手術室に運ぶように命令され、互いに顔を見合わせた。
特別手術室ではフィオラ王女の手術が行われているはずである。どうしてそこに彼女を運ぶ必要があるのか理由が分からなかったのである。しかしミス・クリムゾンの命令とあっては従うしかない。
二人はエイツ・ビー――九条すみれの意識を強制的に切断すると台車に載せて運び出した。



特別手術室に入った研究員24号はそこで思ってもいない少女と顔を合わせた。
戦闘サイボーグのカタリナである。
ミス・クリムゾンの横で姿勢を正して待機していたカタリナは24号の顔を見るとさりげなく微笑んだ。
「エイツ・ビーを運んでまいりました」
28号の言葉で24号は我に返っていた。振り返ったミス・クリムゾンが歩み寄ってくる。彼女はベッドに横たわる全裸姿のすみれの身体に手を触れて、その感触を確かめ始めた。



「ボディの修復は完了しているようね。美しい肌だわ…褒めてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「それで生体脳の方はどうだったのかしら?」
「は、はい。生体組織の維持管理には支障ありません。ただ損傷部分も多く、サイボーグ化された折に施された洗脳は解けてしまっているようです」
「まさか人間であったときの記憶が戻っているのかしら?」
「いえ、戻っていると言っても記憶の断片に過ぎません。言わばジグソーパズルのピースのようなものですから、その記憶が何であるかさえ彼女には理解できないでしょう。失われているも同然です」
「そう。まあ改造されたときの記憶なんて無い方が幸せだわ」
満足げにすみれの肉体を確かめ続けるミス・クリムゾンの様子を伺いながら、二人の研究者は例えようも無い緊張感に包まれていた。
そのとき二人の研究者のひとり、24号の横にカタリナがさりげなく身を寄せてきた。
「…どうして君がここにいるんだ?」
「知らないわ。私はお姉さまに呼ばれたから来ただけよ」
小声で会話を交わしながらカタリナは熱っぽい視線で24号を見つめると光沢のある全身スーツに覆われた乳房を彼の腕に押し付けた。



「おい、や、やめないか、こんなところで…」
慌てて彼女から身を離そうとした24号であったが、すでに遅かった。
ミス・クリムゾンが二人の様子をじっと観察していたのである。
「随分と仲良くなっているようね、二人とも」
「と、とんでもありません!」
「ただの戦闘サイボーグと研究者の関係には見えないけれど」
「と、とんでもありません!!」
24号は鸚鵡返しに答えるだけであった。ミス・クリムゾンはニタリと笑った。この微笑がとても恐ろしいものであることをこの組織の人間は誰もが知っている。
「お姉さま、聞いて欲しいの。私は24号が好き…愛しているわ。24号だけは私をサイボーグとしてではなく、一人の女として毎晩可愛がってくれるんですもの」
いきなり何てことを言うんだ、という様子で24号は顔色を失った。口が何度か開閉したのはあまりの驚きで声がでなかったのだ。
「そうなの24号?おまえ自身はこのカタリナを愛しているの?彼女は組織の所有物、それも体の中には機械が詰まった戦闘サイボーグなのよ?」
「い、いや、その…」
「私のことを愛していないの、24号?私は色々な男に抱かれてきたけれど、その中であんただけは違うと生体脳が感じていたわ。まさか…あんたも私をただの機械人形としか思っていなかったの?」
ミス・クリムゾンとカタリナに問い詰められて24号は頬を痙攣させる。見れば、ミス・クリムゾンの脇で28号が心配そうにさりげなく首を振っている。「違うと言え」と暗に指示しているのだ。
24号はごくりと喉を鳴らした。ふと、伏せた目が腕にすがりついているカタリナの目と合わさった。
――まただ、また泣きそうな目をしてやがる。サイボーグが泣くはずなんてないのに。こいつの感情なんてプログラムの産物にすぎないのに。なんでそんな目で俺を見るんだよ、カタリナ…。
「…です」
蚊の鳴くような小さな声で24号は答えた。
「聞こえないわ」
「好き…です。俺もカタリナを本気で…好きになってしまいました」
28号が額に手を当てて頭上を仰いだ。24号は殺される。確信を持ってそう思った。
「カーカカカカカカッ!アハ、アハハハハハッ!!」
瞬間、壊れた人形のようにミス・クリムゾンが口を大きく開けて笑い出し、いきなりネジが切れたようにそれを止めた。
「機械人形が愛だの恋だの言い出すとは思ってもいなかったわ。ドルーク博士、あんたがガルディの所で開発したサイボーグはとんだ出来損ないのようね」
フィオラの傍らで様子を伺っていたドルークは口をへの字に結んだまま顔をそらす。少なくともこの男も今のカタリナの発言には驚かされていたのであろう。
「生体脳を残してある以上、いくら人為的に感情や記憶を消去しても完全に抹消できるとは思っていなかったけれど、こんな結果が出るなんて驚いたわよ」
カタリナは自分の言ったことがいかにサイボーグとして認められない発言であったか理解できていないようであった。小さな瞳を何度も瞬きさせながら寄り添う24号に説明を求める視線を送っている。しかし24号から返答はなかった。
「でもねカタリナ。サイボーグにそんな感情は必要ないのよ」
そう言って頬肉を吊り上げるように笑みを浮かべたミス・クリムゾンを見て、カタリナは思わず後ずさりしていた。
「な、なに、お姉さま、どうしちゃったの?ねぇ24号…え、動けない?動けないよ!?助けて、助けて24号!」
逃げることはできなかった。服従プログラムが働いている以上、カタリナは自分の意思でここを逃げ出すことはできないのだ。
「カタリナに命令します。記憶消去プログラムを始動させなさい…」
24号はミス・クリムゾンの言葉を耳にして我に返った。
「ま、待ってください、ミス・クリムゾン!そのプログラムを使っては彼女の記憶が…それに彼女は我ら組織のサイボーグとするために記憶抹消処理を施されたばかりです。この短期間で再度、記憶処理を行っては生体脳が負荷に耐えられません!」
しかしミス・クリムゾンは24号の言うことなど聞いてはいなかった。
「構わないわ。カタリナ、プログラムスタートよ」
「な!?…やめろ、カタリナ!やめるんだ!!」
「ピッ!命令を受諾しました。これより記憶の完全抹消を開始します。プログラムスタートまで10秒――」
このプログラム開始までの短い時間だけカタリナは自我を取り戻していた。
「や、やだ、また記憶を消される!?…24号!何とかして、何とか…ピッ!?」
「カタリナッ!?」
「ピピピ!抹消開始!ピピピピ…ひっ、ひっ、きゃあっ、ピピピ…ああぅ、ああっ…ピピピ…ピピピピピ………ひぎぃっ」
カタリナの両目が黄色く激しく明滅し、頭部からけたたましい電子音が鳴り響く。彼女の唇から苦しそうな呻き声があがる。そしてカタリナは立ったまま身体をかきむしるように痙攣させ、その肢体を何度も曲がりくねらせる。



「いやだ、いやだよぉっ!ピピピ…消えちゃう…私の記憶が…ピピピ…」
カタリナは苦しみのたうちながら24号にすがりついた。
「カタリナ!プログラムを停止させろ!はやく!」
「ピッ…その命令は受諾できません。…やだ、24号、ピピピ…頭が…真っ白に…ピピピピーッ!!」
「好きだっ!カタリナ、おまえが機械であろうと人間でなかろうと関係ない!俺はおまえを愛している!忘れるな!俺のことを忘れるなぁっ!!」
「…私も…ピピピ…ああうっ、ひぃっ、愛してる…いぐっ、いぐーっ!ピピピピ!!」
24号はカタリナを強く抱き締めた。激しい呻き声を漏らしながら、痙攣するカタリナの肉体をひたすら抱き締めた。
やがてガクリとカタリナの頭が前に倒れた。先ほどまであれほど聞こえていた電子音も止まっていた。
カシュン!
カタリナが機械的に頭を持ち上げ、手足を垂直に伸ばして直立した。
「ピッ、記憶抹消完了、抹消完了。生体脳ニ異常ガ発生シテイマス。制御プログラムヲ再インプットシテクダサイ。…生体脳ニ異常発生。制御プログラムヲ再インプットシテクダサイ…」
棒のように立ち尽くし、電子音交じりのメッセージを呟き続けるカタリナを前にして24号は呆然と彼女を見つめていた。
「お、おい、カタリナ…?そんな…嘘だろう…?こんなことって…」
カタリナはただの機械人形になってしまった。その姿を見て24号はがっくりと膝をつきうなだれた。
「エイツ・ビーはこんなことにはならないでしょうね、28号?」
「は、はいっ、大丈夫です!!」
「そう、信用しているわ」
丸い身体を恐怖で小刻みに震わせている28号からミス・クリムゾンは床にうずくまったままの24号にサングラスの下の瞳を移動させた。
「24号と28号に命令します。カタリナとエイツ・ビーに新しい制御プログラムをインプットしなさい。二人にはこのフィオラ王女の両腕になって戦う忠実な戦闘サイボーグとなって働いてもらいます」
このときドルークは彼女の意図していることを悟った。
ルシアン女王には“ワルキューレ”という女学生サイボーグ親衛隊の他にセレスとエルセアというグリエフ自慢の女戦闘サイボーグが護衛についている。いざ戦闘となればいくら戦闘サイボーグ化されたフィオラでもそれだけの敵を一度に相手にするのは骨が折れるに違いない。それゆえ少なくともこの二体をエイツとカタリナにぶつけることで、なんとしても王女姉妹を互いに殺し合わせようと彼女は考えているに違いなかった。
しかし彼女はどうしてこれほどまでアイアス王家を憎んでいるのであろうか。
ドルークには皆目見当が付かなかった。
「私に…私にカタリナをこの哀れなカタリナをまた改造しろとおっしゃるのですか、ミス・クリムゾン…」
マスクと眼鏡で表情は外から分からなかったが24号は泣いていた。
「本来なら即刻処刑する所だけど、サイボーグの思いがけない欠点を見つけることができました。結果往来かもしれないけれど、おまえに生き延びるチャンスをあげようというのよ」
「チャンス…ですか?」
「あなた自身の手でカタリナを造り変える…それができたら今回の不祥事は見逃してあげる」
24号は即答しなかった。死ぬのは恐い。しかし、だからと言ってカタリナを自分の手で再改造するのは容易に受け入れられることではなかった。
「断る気かしら?」
ミス・クリムゾンの口調がこのとき初めて変化した。冷たいナイフが胸を抉るような感触が周囲の全員に走る。
「やります!もちろんです、ミス・クリムゾン!我ら二人、協力してきっとご満足いただける戦闘サイボーグを造り上げて見せます!!」
二人の間に割って入って叫んだのは28号だった。相棒のその必死な姿を見ては24号も今はただ深々と頭を垂れるしかなかった。
「そう。時間はもう残り少ないわ。ルシアン女王の戴冠式に合わせて北方のグルジエも軍を動かすに違いない。我々が動くのもそのときよ」
ミス・ミスクリムゾンはそう告げると奥で十字架にかけられたような改造途中のフィオラに歩み寄った。
下半身はまだ分離させられているが、その身体には人工皮膚が貼られていた。白磁のような冷たく硬質感のある人工皮膚である。触れてみると外見の印象とは異なり人肌の弾力が感じられた。



ミス・クリムゾンは以前よりやや大きめに造型されたフィオラの乳房を弄びながら首から頬に手を這わせて感触を楽しんだ。そして小さく開かれた唇に自分の唇を重ね合わせた。
ねっとりと唾液にまみれた舌をフィオラの口の中に押し込み内部を愛撫する。新しく取り付けられたフィオラの舌に己の舌を絡み合わせ、その味を堪能する。
「はぷっ、新品はちょっとおいしくないわね。臭いがあるわ」
一分近くフィオラの口を貪った彼女は唇を離すとそう言って笑った。
フィオラの瞳はこのとき何も映してはいない。
誰かに助けを求めてもいない。
ここにあるフィオラの形をした機械は、まだ彼女の生体脳を収めているだけの人形でしかなかった。

フィオラの改造とミス・クリムゾンの陰謀が着々と進められている中、北部国境基地で行動を再開しようとしている少女――リーファがいた。
赤いロングヘアを右手ですき上げながら、彼女は全裸のままベッドから立ち上がった。ワルキューレ部隊の女サイボーグたちとの戦闘で負った傷は既に完治していた。これは通常ならありえないことであるが、基地指令のグルジエ大佐は彼女を深く追求することはしなかった。むしろそのことを了解していたと言ってもよいかもしれない。



出発に際し、グルジエが武器とは別に用意してくれたのは黒く冷たい光沢を放つ特殊な化学繊維で作られたボディスーツであった。それを手に取ったリーファは、その素肌に吸い付いてくるような素材の滑らかな感触に思わず頬を赤らめた。
 生まれたままの姿になった彼女は全身一体型のボディスーツに足を通し少しだけ躊躇した。
「この感触は…まずいわね…もう…」

リーファは下唇をキュッと噛み締めると、思い切ってスーツを腰まで引き上げた。少しだけ驚いた。その素材の薄さに比べ、思ったほど柔軟性に富んでいるのだ。
とは言うものの、このときリーファはつま先から内腿、そして股間を覆った冷たい感触に思わず身震いもした。下着を着用していないので、その刺激がダイレクトに彼女の皮膚から肢体へ駆け抜けるのだ。
スーツのステルス機能を有効にするためには裸身の上に直接着込まなければならないらしく、リーファは全身にうっすらと汗をかきながらその感覚に耐える。
下半身をスーツで包み込んだ彼女は、次に両袖に腕を通した。そしてスーツを上体へ引き上げて胸の豊かな双丘を強引に中に押し込んだ。
「あっ、あふっ」
リーファの淡いピンクの唇からまた恥ずかしい声が漏れ出た。
「はうっ…。だ、ダメ、こんな声を出すなんて私…」



リーファは誰もいないはずの室内を見回す。誰にも今の声を聞かれていないことを再確認し、彼女はふうと熱い吐息をついた。
この最新型のステルススーツ開発の実験台になったであろう女性兵士たちはさぞ色々な意味で苦労したであろうとリーファは同情した。
不思議なことにこの素材は最初こそ感覚を刺激するが、肌に密着して馴染んでくると、まるで皮膚に同化したかのように違和感が無くなって行った。穿った見方をすれば裸でいるような錯覚に陥りそうでもある。
一息入れたところで、リーファは大きく息を吸い込むと、意を決して背中のファスナーを引き上げる。
「きゃっ、ああん、いやだ、これ、くっついて…くる…」
熱く火照った彼女の肢体はこうして首から上を覗いて完全にこのボディスーツによって外気から遮断された。リーファは体の中心である背骨を伝って全身を駆け巡ってくる熱い刺激を感じて、その肉体を艶かしく、くねらせる。そして消え入りそうな喘ぎ声を発しながら床にへたり込んだ。
「はぁはぁ…私でもこんな性欲が残っているなんて…。女だな、私も…。いやだ、そんなことよりまさか染みてきたりしてないわよね。うふ、それじゃあ、ボディスーツの意味がないか」
 リーファが自嘲を繰り返していたそのときドアをノックする音が響いた。
「グルジエだ。着替えは済んだかな」
リーファは慌てて立ち上がった。
「は、はい。どうぞ」
 入室してきた軍服姿のグルジエはリーファの顔が赤いことと、奇妙に内腿を擦り合わせているのを見て、不思議そうに首を傾げた。
「サイズは問題なかったと思うがどうかね。まだ試作品の域を出ない代物だが充分実戦仕様にも耐えることは保障する」
「は、はい。大丈夫です、あの、ありがとうございます」
リーファは微妙な笑みを返した。この笑みの含む意味は恐らくグルジエには分からないであろう。
しかしこのときリーファにはグルジエの心中を容易に読み取ることが出来た。
「クレオさんの行方は掴めなかったみたいですね…」
「ああ…。いや、あれのことはいい。娘を軍人にした時から常に覚悟をしていたことだ」
グルジエは淡々と言ってのけた。
「それよりも君のことだ。装備を用意しておいて言うのもなんだが、本当に一人で行くつもりかね」
 リーファは一緒に用意されていたブーツを履きながら短く「はい」とだけ答えた。
「フィオラ王女の行方はまだ掴めていない。一体どこに行くつもりなのだ」
 ボディスーツと同じ素材で作られた手袋を嵌め、両手を握り締めて感覚を確かめるリーファの次の返答も一言であった。
「王都へ戻ります」
「王都へ?それは無謀だ。今はもうガルディに同調した軍によって完全に制圧されていて戒厳令まで敷かれている。そんな所に飛び込んで行くなどいくら君でも自殺行為に等しい。それに…それに第一、フィオラ王女が王都にいるとは限らないではないか。ましてやそのフィオラ王女ももう…」
 そこまで言ってグルジエは口をつぐんだ。
グルジエが言おうとしたことをリーファはわかっていた。
もちろんそれは最悪の結果の想像であり、想像ではなく充分に考えられる予測でもあった。
「フィオラ様も…もうルシアン様と同じように人間ではなくなってしまっているかもしれません…。あれからかなりの時間が経過してしまいました。敵がフィオラ様の身体に手を加えるには充分な時間です」
 リーファは卓台の上に置かれた銃を手にとって弾丸が装填されているのを確認すると腰のベルトのホルスターに収めた。



「でも…」
 唇が、声が震えている。
「例えフィオラ様がどのような姿にされていようと、フィオラ様を守るのが私たち姉妹の使命です。姉様がいない今、私がその使命を果たさなければなりません。フィオラ様のお側にあることが私の存在理由、全てなんです!」
 リーファは最後に強い口調で吐き捨てるように言い放つと、哀しげな微笑を浮かべた。
「あいつが君たち姉妹にしたことは人の親として、いや、それ以前に人間として許されることではなかった。だが、私にも君たちの父親を責める資格などない。私も人の親としては失格だからな」
 リーファは答えなかった。答えずに手にした双振りの高周波ナイフを確かめ左右のブーツにそれぞれ差し収める。
 準備は完了した。それを察してグルジエは静かに頷く。
「我々は明後日、全軍を持って王都へ進軍を開始する。ルシアン王女の戴冠式をなんとしても阻止せねばならん。途中でガルディ派の部隊と雌雄を決することになるだろう」
「大佐に勝てる軍指揮官がこのアイアス王国にいるとは思っていませんわ」
 リーファは軽く肩をすくめながら笑って言った。
「ははは。高く評価してくれていることは素直に喜んでおくよ。だが恐らく敵は軍隊だけではあるまい」
 グルジエが言っているのは言うまでもなくガルディたちが量産に取り掛かっているであろうサイボーグ部隊のことである。王都の若くて健康な男女が次々に徴発されているとの報告が既にこの基地にも入ってきている。彼らが改造手術を施され、サイボーグ兵士にされているのは間違いないであろう。
「…やはり考え直して、我々と行動を共にしないかね、リーファ?」
「ありがとうございます、大佐。でもやはり私は一人の方が動き易いですから。それに王都には力を貸してもらえる当てもあります。大丈夫です」
「当て?…ふむ、わかった。そうまで決意が固いのならば、もうこれ以上何も言うまい」
 そのときリーファはグルジエの太くて固い大きな腕で抱きしめられた。思いがけないグルジエの行動ではあったが全然嫌だとは思わなかった。むしろその腕はとても温かく、彼女にとって久しく味わったことのない温もりを与えてくれた。
 ずっとずっと昔、このように父に抱きしめてもらったのはいつのことであったろうか。父の腕の温もりはリーファの記憶に残ってはいない。初めから無いのか、それとも消されてしまったのか。それすら分からない。
リーファはそのまま黙ってグルジエの胸に顔を埋めた。
グルジエもまたそんなリーファの赤い髪を優しく撫でながら、言った。
「…リーファ、王都で会おう。そして姫様たちをお救いし、アイアス王国を元の平和な国にしよう。いいか、絶対に死んではいかんぞ」
 耳元にそう囁きかけるグルジエの言葉にリーファは黙って頷いていた。

第17章/終

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