第13章 リーファの戦い  

  紅い。紅い血の色が支配する世界。
「姉さま!姉さま!」
 幼い少女の涙声が聞こえてくる。
「シルフィア姉さま!」
 そこには苦しそうにうずくまる姉に寄り添う赤毛のショートヘアをした少女の姿があった。
少女と同じ色の長く美しい真紅の髪を持つ姉は、心配そうに泣きじゃくる妹の髪を優しくなで上げる。
「大丈夫。大丈夫よ、リーファ。」
「でも、でもシルフィア姉さまとても苦しそうなんですもの。リーファは、リーファは・・・」
 そう言って幼いリーファは両目に拳をあててまた泣き出した。
「リーファ・・・泣かないで。姉さまはお父様の研究に協力しているの。だから・・・」
「だって・・・だって・・・いつも姉さま、大きな声で痛がってる・・・やめてってお父様に、叫んでる・・・」
 やがて周囲の真紅の色が大きく姉妹の姿を包みこむ。
 これは私の古い記憶だ。
 心の奥底にしまいこんだ封印された記憶。
 今の私には無用の記憶。
「どうして!どうして今ごろこんなことを思い出させるのよ!?」
*
 ツンと鼻をつくガソリンとオイルが焼ける臭い。
 リーファは静かに瞳を開いた。
「くう・・・迂闊だったわ・・・」
 雪の中に埋もれたまま苦々しく口の中で言葉を噛み砕きながらリーファは頭だけゆっくりと動かした。見えるのは大破し、炎上するスノーモービルの残骸と白銀に覆われた針葉樹林である。さらにその奥に雪に埋もれるように倒れている少女の姿が見えた。
「ふぃ、フィオラ様!?」
 不意にリーファは起き上がろうとするがそのまま前のめりに倒れこんだ。
「ぐふっ!」
 雪の中に顔を突っ込ませながらリーファの顔が苦痛に歪んだ。右足の骨折をリーファは自覚しつつ、彼女は改めて慎重に立ち上がった。
 リーファの全神経は周囲に警戒網を張り巡らせている。この緊張感を持続させたままリーファは近くの大木の幹に寄りかかり、骨折した右足を両手で掴んだ。


「ふっ、ふんっ!うぐううっ!!」
 バキッバキバキッ!
 鈍い音がリーファの細くしなやかな右足から響き渡る。額に汗をにじませながらリーファは自らの手で折れた骨を繋ぎ合わせると、大きく息を吐き出した。
「はあ・・・はあ・・・」
 リーファは傍らの雪の中をまさぐると一本の木片を探り当てた。彼女はそのままそれを右足の添え木にする。
 驚くべきことにリーファはそれだけの手当てで今度は平然と立ち上がったのである。
「この程度の骨折なら、一時間もあればくっつく・・・」
 リーファは倒れたままのフィオラのもとに急いだ。
「フィオラ様!しっかりなさってください!!」
 幸いにもフィオラは傷を負ってはいなかった。


リーファの呼びかけに静かに眼を覚ましたフィオラを見て、彼女の顔に安堵の色が浮かんだ。
「り、リーファ?」
「フィオラ様、動けますか?」
「えっ?あ、あの・・・」
 このときフィオラはリーファの眼鏡が無いことに気がついた。いつものリーファとは口調も態度も違う。しかしそれは自分たちが今置かれている状況が危険な物であることを認識させてくれるものでもあった。
「スノーモービルが!?」
「はい。やられました。おそらくすでに敵に囲まれていると思いますわ。」
 グルジエ大佐のいる北方国境基地に向かう二人の乗るスノーモービルが突然の砲撃を受けたのである。その砲撃の主は姿を見せず、四方から間断ない砲撃を加えてきた。
 リーファは逃走しつつ携帯小型撹乱煙幕を使って襲撃者を振り切ろうと試みたが、偶然の一発がスノーモービルを直撃したのである。爆発の直前フィオラを抱えてリーファはスノーモービルから飛び降りていた。
 爆発と合わせて雪混じりの爆風が雪上に投げ出される二人をさらに空中に舞い上がらせる。フィオラの記憶はここで途絶えていた。
「まさかガルディの追手なの!?」
「あの四方からの攻撃・・・おそらくはガルディのサイボーグたちかと思われますわ。」
「サイボーグ!?」
 フィオラは息を飲んだ。クレイン伯爵邸で出会ったあの機械少女たちの記憶が脳裏に甦る。
「フィオラ様、走れますか?」
 リーファの問いにフィオラは黙って頷いた。それを確認してリーファは再び周囲に視線をめぐらせる。
 パチッ。パチッ。
 炎上するスノーモービルのくすぶる音が鈍く銀世界に響いている。
「フィオラ様、走って!早く!!」
 リーファの声に合わせてフィオラは駆け出していた。それに続いてリーファも走り出す。
 ヒューン。
 空気が切り裂かれる音。
 ズガガガーンッ!!
 それまで二人がいた地点に着弾した砲弾が凄まじい爆発を巻き起こした。
 爆風に吹き飛ばされながらフィオラとリーファは雪の中に埋没する。
「くそっ!」
 リーファの動きは素早かった。その右手には愛用の拳銃が握られている。装填済みの弾丸は対サイボーグ用に用意された特別製である。
「フィオラ様!走って!!」
 リーファは叫びながら銃口を爆炎の方向に向ける。
「来るっ!」
 そのときリーファの視線の先、炎の向こうに突然人影が揺らめいた。その影は紛れも無い。炎の中から飛び出してきたのは金属的な銀色の光沢を放つボディスーツに身を包んだ黒髪の少女であった。リーファは咄嗟に左手で高周波ナイフを腿のホルスターから引き抜く。
チュイーンッ!
甲高い金属と金属が弾けあう音が鳴り響き、合わせて青い火花が激しく飛び散る。
黒髪の少女は空中で身を翻すと、まるで猫のように反転し雪の上に着地した。
「あ、あなたはっ!?」
 ゆっくりと顔をあげたその少女の顔をリーファは知っていた。それが一瞬の躊躇を生み出してしまったことは言うまでもない。少女の右腕に閃光がきらめく。
「ちいっ!」
 リーファは咄嗟に横に飛んでいた。少女の腕に輝くのは鋭利な刃-アームソードである。リーファのナイフが高周波ナイフでなければ間違いなくその攻撃は受けとめきれなかったであろう。


キュイーン・・・ピピピ・・・・。
少女の瞳が妖しい電子音と共に無気味に赤く点滅しているのがわかる。
「セレス!?あなたセレスね!?」
リーファの呼びかけにセレスと呼ばれた少女はなんら反応を示さなかった。いや、これは予想できたことである。社交界で顔をあわせてきた友人たちの多くがあのクレイン邸で拉致されている。彼女たちの多くがルシアン王女同様にガルディたちの毒牙にかかっていてもなんら不思議なことではなかった。
「セレス・・・そう・・・あなたも・・・サイボーグに改造されてしまったのね・・・」
 セレスは無気味な笑みを無言で浮かべたままリーファに襲い掛かった。
 ガーン!ガーン!ガーン!
 容赦なくリーファは銃の引き金を引いていた。三発の銃弾はセレスの顔面に寸分の狂いもなく命中する。
「ギャピッ!?」
 セレスは着弾の衝撃をまともにくらい後方に吹き飛んだ。
「リーファッ!!」
 その声にリーファは振り返った。見ればそこにはこちらを心配そうに見つめているフィオラがいる。
「フィオラさま!何をしているんです!!早くこの場を離れてください!!」
「でも!でも!リーファを置いてはいけない!!」
「私に構わないでください!自分の身は一人で守れます。それよりも国境基地まであとわずかです。今は一刻もはやくグルジエ大佐のもとへ!!」
 フィオラはいまだに決断をしかねている様子であった。のんびりしている時間はないのである。ガルディのサイボーグはセレス一体のはずではないからだ。
 ヒューン。
 またもや空気を引き裂く音。
 ズガガーン!!
 リーファとフィオラは地面にひれ伏した。爆風と砂塵が二人に降り注ぐ。
「追いつかれた・・・」
 リーファは周囲の樹木の陰に現れた三つの気配を感じ取っていた。
「・・・ターゲット・フィオラを確認。」
 褐色の肌の少女が薄笑いを浮かべながらつぶやく。
「・・・フィオラは生かしたまま捕獲すること。」
 長身の金髪の少女がこれに続く。
「・・・障害物は排除抹殺せよ。」
 髪を三つ編みに結い上げた幼い風貌の少女が残酷な笑みを紅く点滅する瞳に浮かべる。


「あ、あなたたちは・・・」
 フィオラは彼女たちを見て言葉を失った。地面に倒れたままのセレスを含めて全員あのクレイン邸の舞踏会に出席していた貴族令嬢たちであったからだ。もちろん全員フィオラやリーファとも交友関係の深い間柄の友人たちなのである。
「ドミ、アンナ、カタリナ!?あなたたちがどうして!?」
 三人はフィオラの呼びかけに答えるでもなく低い声で笑い出した。
「ドミ?」
「アンナ?」
「カタリナ?」
 三人はそれぞれ自分が人間であった頃の名前をつぶやきながら無気味に瞳を光らせ笑い出す。
「私たちは偉大なるガルディ閣下のために改造手術を施されて生れ変わった。愚かな人間の肉体を捨てた我らは閣下直属の女サイボーグ親衛隊「ワルキューレ」となったのだ!!」
 言うが早いか彼女たちは右腕を前方に突き出す。その手首が元から折れ曲がり、そこから冷たい金属の砲身が姿を現した。
「危ないっフィオラ様!!」
 リーファはその照準が自分ではなくフィオラに向けられていることを敏感に察知していた。フィオラの元に走り出そうとしたリーファであったが冷たい腕が彼女の足を掴む。
「!?」
「・・・障害物は・・・ピ・・排除・・抹殺・・・せよ」
 それはセレスの腕であった。倒れ伏したままセレスは顔をリーファに向ける。
「せ、セレス!?」
 リーファの鉄鋼弾をくらったセレスの顔はその半分が引き裂け内部の機械組織が醜く露出していた。パチパチっとショートし火花も散らしている。


「セレス!離しなさい!!」
 その様子に三人のサイボーグ少女たちは無関心であった。彼女たちは一斉に右腕のカノン砲をフィオラめがけて撃ち込んだのである。
「フィオラさまぁぁぁっ!!」
「きゃあああああっ!!!」
 ズガガガーン!!!
 再び爆風と砂塵が濛々と巻き上がる。
「くそっ!!」
 リーファは銃口を足にくらいつくセレスに向けた。そのときリーファは思わず息を飲んだ。
 セレスが黒い涙を流しているではないか。
「わ、私は・・・ワルキューレ・・・005・・・、任務は・・・任務は・・・ピピ・・・苦しい・・・苦しいよう・・・ピピ・・・障害物は・・・ピ・・・どうしちゃったの・・・私・・・ねえリーファ・・・私・・どうなっちゃったの?・・・苦しい・・助けてよう・・・ピピピピ・・・」
「セレス、ごめんね・・」
 ガーン!
ガーン!
リーファの発射した弾丸は露出していたセレスの脳髄を納めたカプセルを撃ち抜いていた。機械音と黒い液体を吹き出しながらセレスは崩れ落ちる。
リーファはフィオラのもとへ駆け出した。三人の砲撃がフィオラの捕獲を目的としている以上、直撃を意図しているものではないことは容易に推察できる。恐らくは爆発の衝撃で意識を失わせ逃亡を防ぐのが第一の目的であろう。
右足の骨折を庇って戦う余裕はもはやリーファにはなかった。
*
「う、うう・・・」
 フィオラは泥に汚れた顔をぬぐう事もないまま静かに瞳を開いた。爆風に吹き飛ばされて打ち付けた身体が鈍痛に包まれ自由が利かない。
「ピ・・・こちらワルキューレ002、ターゲット・フィオラ捕獲しました。」
 褐色の肌のドミがフィオラの顔を覗き込むようにしてつぶやいた。その瞳のレンズがグリグリと回転しているのがわかる。
 続いて金髪のアンナがフィオラの胸倉を掴んで彼女の小さな身体を持ち上げた。
「うふふ。小さな身体・・・フィオラ王女、あなたも私たちと同じようには完璧なプロポーションに改造してもらいなさいよ。」
 そう言いつつアンナは右手でフィオラの小さな乳房を衣服の上からまさぐる。
「う、うくっ!」
「まあ、乳房はまだまだお子様ね。ふふふ。」
 頬を紅く染めながらフィオラはブーツのつま先でアンナの胸を蹴ろうとするがなんら影響を与えることができない。冷笑を浴びせかけるアンナにフィオラの知る以前の面影はもはやなかった。
「ワルキューレ003、手荒にしてはだめよ。そうねえ、やるならこんなのはどう?」
 三つ編みのカタリナである。最も幼い容貌のカタリナは三人のなかで最も残酷な仕打ちをフィオラに施そうとしていた。
「私の改造された性器とこのお姫様の性器どっちが綺麗かしらね?」
「うふふ、じゃあ確認して御覧なさいよ。」
 アンナはそう言うとフィオラを地面に放り投げた。地面に倒れ伏したフィオラにカタリナは冷酷な微笑を浮かべながらフィオラのスカートの中に手を差し入れたのである。

「きゃっ!い、いやああっ!!」
 スカートをめくりあげられたフィオラは黒いガーターベルトとストッキングを着用していた。露出されたその姿はいやに艶かしく挑発的である。
「まあ。さすがはお姫様・・・エレガントでいらっしゃるわ。」
「006、傷をつけてはだめよ。」
 ドミに釘をさされつつもカタリナはそれを無視した。差し出した彼女の人差し指が緑色に発光する。
「お姫様動いちゃだめよ。下手に動くとレーザーナイフであなたの大事なところズタズタよ。フフフフ・・・」
「や、いやあ・・・助けて・・リーファ・・・・・」
 カタリナの指がフィオラのパンティを引き裂こうとしたそのときである。
 ガーンッ!
 一発の銃声と共にカタリナの人差し指が吹き飛んだ。
 銃声のした方向に全員の視線が集中する。そこには両手で銃を構えたリーファの姿あった。
 ガーンッ!
 二発目の銃声。その弾丸は慌てて身をかがめたカタリナを避けその奥にいたアンナの腕を撃ち抜いていた。
「きゃあっ!」
 頭を抱えるようにフィオラが雪の中で身を伏せる。
「あんな所から私の腕を撃ち抜いた?」
 アンナは怒りと驚きの表情を視線の先のリーファに向ける。それほどフィオラたちとリーファの距離は離れていたのだ。リーファは狙撃用ライフルを使用することなく一歩間違えればフィオラを撃ちかねない距離にもかかわらず見事ターゲットに命中させたのである。
「003!ぼやぼやしてはだめよ!!」
 言うが早いがメタリックスーツに身を包んだドミが駆け出していた。リーファもこちらに向かって走り出している。
「あの女、足を負傷しているわ。死ぬ気かしら?」
 カタリナが視覚センサーの弾き出したデータを確認して嘲笑する。そしてそのままうずくまるフィオラの襟首を掴むと無造作に立ち上がらせた。
「御覧なさい。あなたの女騎士さんが死ぬ光景を。うふふ。」
「り、リーファ・・・」
 ドミの動きは雪上を走っているとは思えない速度を有していた。リーファとの距離が縮まるにつれドミの表情は狂喜に歪み始める。
「私のバストは特に念入りに改造されているわ!受けてみなさい!!」


 リーファはドミのメタリックスーツに覆われた乳房に白い閃光が走るのを確認した。瞬間、前方に飛び込むように転がる。
 ジュバッ!!
 それはドミのバストから発射されたレーザー熱戦砲であった。リーファのいた地点の雪が瞬時に蒸発し凄まじい水蒸気を巻き上げる。
 驚いたのはドミであった。並の人間がどうしてレーザーを避けるなどという芸当ができよう。
「ピピ!近接戦闘モードに移行!!」
 ドミの両腕が発光を始める。全てを切り裂くかのようなレーザーの輝きである。
 ブウウン!
 冷たい冷気を切り裂きながらドミの右腕が水平にリーファの頭上の空を切る。すでにリーファはドミの懐に飛び込んでいた。リーファのナイフがドミの腹部を容赦なく斬りさく。
「ギャピッ!!」
「くうっ!」
 ドミの腹部から真っ黒な液体が噴出し、何十本という電子ケーブルやチューブが火花を発しながら飛び出す。

「ピピ・・・障害物は・・排除せよ!ガルディ閣下のために!!」
「ドミ!!」
 懐でナイフを振るうリーファの頭上にドミの右腕が振り下ろされる。
 バチイイッ!!
 驚くべき光景であった。リーファはそのドミの腕を自分の左腕で受け止めたのである。
「なぜだ?なぜ斬れない?データ不足!解析不能!!」
 バキキッ!
 しかしリーファの腕も無傷では済まなかった。切り落とされはしなかったものの鈍い音がリーファの左腕から響き渡る。
「か、かはあっ!」
 苦痛に耐えるかのように息を吐き出したリーファは腹部から機械部品をこぼれ落とすドミの顎に銃口を押し当てて引き金を引いた。
 ガーン!
 静寂が周囲を包む。
「ドミ?私が・・・わかる?」
「ピ・・・ピピッ・・・わ、私は・・ドミ・・・ではない!ガルディ閣下の忠実な下僕だ!!・・・私は・・・私は・・・」
 リーファの顔が一瞬だけ哀しみに染まった。とどめの銃声。
リーファはそのままドミを突き放すとフィオラに向かって再び走り出す。
「ピピピピピピ!!!!・・・ガルディ閣下ぁぁぁっ!!」
 爆発。ドミの身体が爆発四散した。
 この間、わずか一分たらずである。
「006、フィオラ王女を連れて離脱しなさい。私があの女をくいとめるわ。」
 アンナの言葉に両目を紅く点滅させるカタリナがなにか反論しようとするが、命令遂行プログラムが発動したのか機械的にその言葉に頷いて見せた。
「ピッ!了解しました。任務を遂行します。」
 カタリナはそう言うとフィオラの顔に平手打ちを見舞った。平手とはいえサイボーグ化されたカタリナの一撃は尋常ではない。
「くはあっ!」
地面に倒れこんだフィオラの口から鮮血が滴り落ちる。
「これで、おとなしくなったな。この場を離脱する。」
 カタリナはその小さな身体の右肩にフィオラを担ぐと常人の数倍の跳躍力で樹木の上に飛び乗り、枝から枝へ樹林の奥へと離脱を図る。
「フィオラさまああっ!!」
リーファはそれを目の当たりにしていた。しかし右足が言うことを利かない。その隙にもアンナがこちらに攻撃を加えようとしているのが見えた。
「あれは・・・アンナ・・・あなたまで・・・」
 アンナの機械化された瞳は確実にリーファをロックオンしていた。
 それと同時にアンナの四肢が異様な方向に折れ曲がり、展開を始める。そしてその全身から幾つもの砲身が姿を現したときリーファは動きを止めた。
「ピピピ・・・重戦車モード変形完了・・・ターゲット補足・・・ピッ!」
 アンナの両肘両膝から飛び出した機関砲が火を噴く。


 ズガガガガガッ!!
 リーファは横に移動していた。まともに飛び込めば蜂の巣にされるのは確実である。
「ターゲット移動・・・無駄無駄・・・無駄ですわ!」
 アンナが勝ち誇ったように笑い声を張り上げた。彼女のふたつの乳房が内側へ格納されるとさらに二門の砲身が姿を現す。
 それは迫撃砲の砲門であった。
 その二門の砲身が轟音と共に砲弾をリーファめがけて撃ちこむ。
 ズガアァァン!!
 樹木が薙ぎ倒され、爆炎と砂塵が白銀の世界を真紅の地獄へと彩り変えてゆく。
 リーファは全身に傷を負いながら、地面に転がっていた。直撃は確実に回避しているが爆風と衝撃波、さらには二体のサイボーグとの戦いで彼女の肉体も限界に達しようとしているのは間違いなかった。
「くっ、なんとか近づかないと・・・」
 リーファは銃に弾丸を詰め込みながら反撃の隙を探る。
 アンナの首がまるでレーダーのように回転しているのが見えた。おそらく爆発の影響で一時的にリーファをロストしたのであろう。強力な弾薬が仇となったのである。しかしそれも僅かな時間でしかない。すぐにアンナはリーファを探知するであろう。そしてそのときはありったけの弾薬を撃ちこんでくることは確実である。
 リーファはそのときある装備を手にとっていた。
 スノーモービルでの逃走時に使用した撹乱煙幕弾の最後のひとつである。
 ザザッ!
あえて目立つ音をたててリーファは立ち上がり、アンナ目指して駆け出す。
「ターゲットロック!全弾発射・・・ピイイッ!?」
 突然アンナの全センサーがエラーを巻き起こした。リーファの放った撹乱煙幕によりセンサー全開にしていたアンナはまともにその影響を蒙る結果となったのである。
 リーファは瞬時のうちにアンナに組み付いていた。
 全身武器の塊のようにされてしまったアンナの身体は冷たくそして固い。
「アンナッ!!」
 リーファは友人の名前を叫びながら銃口をアンナの頭部に押し当ててありったけの弾丸を撃ちこんだ。
「ギャピッ!ギャピッ!ギピイイイイイイイイイッ!!」


 およそ人間とは思えない悲鳴を発しながら、アンナは糸の切れた人形のように停止した。その瞳や唇、そして頭部から鮮血ならぬ黒い液体が噴出す。
「なによ・・・この機械臭い液体は・・・」
 リーファはその黒い液体を浴びながら吐き捨てるようにつぶやいた。
 そのときである。
「ギピイイイッ!!!」
 稼動を停止したと思われたアンナが背後に組み付いたままのリーファに向けて顔を180度回転させたのである。
「あっ!?」
 無気味な笑いを張り上げながらアンナはリーファの身体を拘束する。
「ねえ?ねえ?リーファ?リーファ?私、私どうしちゃったの?工場でみんな手術されて・・・ねえ?私はどうしちゃったの?ねえ?ねえ?」


「あ、アンナ!?」
「いやああ。死にたくない!死にたくないよおっ!ピ!自爆モードセット!いやああっ!助けて!助けてリーファァッ!!」
 黒い液体を撒き散らせながらアンナが半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
「くうっ!アンナ!!」
「いやよおっ!ママッ!パパッ!私ちゃんとピアノのレッスンするから!!ピッ!爆発10秒前。いやああっ!!」


 ザンッ!
 鈍い感触がリーファの左手に伝わる。リーファの左腕に握られた高周波ナイフが彼女の身体を拘束するアンナの腕と足を切り落としたのだ。リーファは跳ねるようにアンナから身を離した。
「いやあっリーファアッ!置いていかないでええッ!!ピッ!敵離脱、任務失敗。自爆する。いやああああっ!!!」
 ズガアアアアアアンッ!!!
 アンナの悲鳴と共に彼女の身体はその身体に装填されていた弾薬の威力をもって爆発四散した。
「きゃああああっ!」
 リーファの身体はまるで木の葉のように吹き飛ばされる。そのまま雪の斜面を転がり巨大な幹に身体を打ち付けていた。幹がへし折れ、リーファの身体はそのままその先の谷底へと転がり落ちていく。
「ふぃ、フィオラさまああああっ!!」
 リーファの叫びが空しく雪山に響きわたりそして消えていった。
*
「まあ?ワルキューレ003の反応が消えた?なによ、案外だらしがなかったわね。」
 カタリナは仲間を失ったことになんら感傷を抱いてはいなかった。いやサイボーグに改造された時点で彼女たちの感情は消去されているのだからその態度もなんら不自然なものではない。彼女たち「ワルキューレ隊」サイボーグに与えられているのはガルディとルシアン女王への絶対的忠誠心だけなのである。
「ピッ!こちらワルキューレ006。ターゲット・フィオラを捕獲完了。回収を求む。」
 ガガガガガ・・・。
「回収を求む・・・って!?なに、このノイズは!?」
 カタリナは耳の裏の回路を調整しながらなおも交信を図ろうとする。しかし、どこから発信されているのか強力な妨害電波によってそれは果たされなかった。
「まさかあの女の仕業?・・・いや、あの女の反応は003と一緒に消滅したわ。では誰が邪魔していると言うの!?」
 カタリナのセンサーは周囲に警戒網を張り巡らす。予想外の事態に陥っていることは明らかであった。
「!!」
 そのときである。センサーが樹林の奥に十人前後の人間の姿を捉えたのだ。
「全て人間か。」
 カタリナはニヤリと笑った。人間が相手なら全身武器の兵器として改造されたサイボーグの彼女にとってはなんら恐れる敵ではなかったからだ。
 バシイッ!!
 突然であった。
カタリナの眉間に一発の弾丸が撃ちこまれたのである。
 その衝撃にフィオラは放り出される形となり、カタリナはよろめくように片膝をついた。
 ワルキューレ隊のサイボーグ少女たちは骨格も全て強化チタン合金に改造されている。頭蓋骨も無論同様であり、特に眉間部分は頑丈に造られているのだ。並の弾丸では人工皮膚の表皮一枚傷つけるのもやっとのはずである。
 それゆえにある意味リーファの使用する特別製の弾丸にワルキューレ隊の彼女たちは、油断して倒されたとも言えなくは無い。しかしここにいるのはリーファではないのだ。
 カタリナは眉間をぽりぽりと掻きながらその身を起こした。
「あら?」
 カタリナはやや驚いた声をあげた。眉間に弾丸が食い込んでいるのである。
「結構、強力な弾を使っているみたいね。つまらないなあ、皆殺しにしちゃおうか。」
 そう言いながらカタリナは樹林の奥から迫ってくる人影の方向に右腕を差し出した。手首が折れ曲がり、その先からカノン砲の砲身が伸び出る。


「照準固定・・・ピッ!」
 カタリナの瞳が無数の電子情報を表示し、点滅する。
 ズガガガガガッ!!
 冷気をつんざく炸裂音が轟く。センサーに映る反応が激しく動いているのがカタリナには手に取るようにわかった。
「あははは、死んじゃえ!死んじゃえ!あははは!!」
 ピッ!
-はい、そこまで。攻撃中止。
「ピッ!・・・・・了解しました。ワルキューレ006稼動停止します。」
 意外な展開であった。カタリナがカノン砲の第二射を行おうとしたその瞬間、眉間に撃ちこまれた弾丸から発信された音声信号により彼女は自ら稼動を停止させてしまったのである。
 そこに現れた集団は異形の手段であった。


 頭から足まですっぽりと黒い光沢を放つ全身スーツに身を包んだ彼らはその上に白衣をまとっている。唯一露出している生身の部分は顔だけであったがそれもまた黒のサングラスによって人相の判別も不可能であった。
その中の一人、絶妙な美しいプロポーションをその全身スーツに投影している唯一の女性だけは白衣をまとわず流麗な体型を全身スーツの上に露出していた。手袋とブーツは白で統一しており、黒一色の他の者とは明らかに待遇が違うことが伺うことができる。
「サイボーグは停止したわ。さあ、フィオラ王女を運びなさい。」
女の命令に黒の男たちは無言で動き出す。男たちはフィオラを抱えて状態を確認した。
「生命反応に異常はありません。外皮に軽傷が見受けられますが・・・」
「構いません。どうせすぐに人工皮膚にしてしまうのですから。サイボーグ体に必要な脳さえ無事なら他は必要ありません。」
「了解しました。実は・・・そのことで。」
男の一人が女の耳元にささやく。
「ウェルター博士が先ほどの攻撃で死亡しました。」
「なんですって!?なぜ連れてきたの!?」
「自分の手で改造する素材を自ら確認したいと言われて・・・申し訳ありません。」
「愚かな!」
女はいまいましげに吐き出した。
「それで改造手術は不可能なのか?」
「いえ、ただ成功率が半分になることは避けられません。今回の改造手術はウェルター博士のプランが重点的に採用されていますので・・・」
「・・・半分では話にならん!」
女は顎に指をあてて思案をめぐらす。その視線は目の前のカタリナに向けられて停まった。
「・・・わかった。その件は私がなんとかする。お前たちはいつでも手術に取り掛かれるように準備を怠るな。」
「了解しました。」
フィオラはこの先、自分にどんな過酷な運命が待ち受けているか知らないまま黒の男たちに運ばれてゆく。女はサングラスの下から鋭い視線をフィオラに向けながら、自分はカタリナに歩み寄った。
「可哀想に、その若さでサイボーグに改造されてしまって。どうせ男の味も知らないまま改造されてしまったんでしょうねえ。」
 そう言いながら女は人形のように無表情のカタリナの頬を撫でる。
「ほんと可愛い顔しているのに・・・フィオラ王女とたいして年齢はかわらないでしょうに・・・」
女の指がカタリナの頬から首筋に伸びる。そのとき女は不意にその指をカタリナの首筋に突き入れたのである。
「ギピッ!!」
 カタリナが短い悲鳴をあげる。女はカタリナの首筋から数十本のケーブルを引き抜いた。
「おとなしくしているのよ。」
 どのケーブルが何のケーブルか知っているように女は三本のケーブルを選んで引きちぎった。
 バチバチ!
「ひぎいいっ!!ピーッ!」
 まるで回線がショートしたようにカタリナは激しく痙攣して倒れ伏した。
「さあ、“これ”も一緒に運んでちょうだい。」
 女は残った男たちにそう命じると、フィオラの運ばれた先へと歩き始めた。
「いよいよ・・・そう、いよいよね。うふふふ・・・」
 女の紅いルージュのひかれた唇が無気味かつ妖艶な笑みを浮かべていた。

第13章/終

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