第12章 機械化女王ルシアン
暗闇。
「・・・では、ルシアン王女のサイボーグへの改造手術は間もなく完了するのだな。」
闇に浮かんだ男は豪奢なデスクの上に置かれたPC端末の画面の向こうにいる人物に向けて問い掛ける。返事は無い。しかし男にとってはその無言こそが解答でもあった。
「一国の王女をサイボーグに改造して意のままに操る、執政ガルディとかいう男、大胆というか異常だな。とはいえ、たかだか東欧の辺境小国がこれほどのサイボーグ兵器を開発しているとは驚きだよ。現在、先進国の多くがサイボーグの開発を行っていると言うが、量産実用化に至っている国はまだ殆どない。国というのは多かれ少なかれ倫理だとか人権だとか過敏に対応せざるをえないからな。それゆえにそのような制約とは無縁の我が組織のサイボーグ技術こそが人類最先端をいくものと自負してきたが・・・君の報告から推測するにアイアス王国の技術力は我々に匹敵するものがある。」
男は下卑た笑みを浮かべながら葉巻をくわえた。
「美しきサイボーグ王女が治める国家か・・・。ふふふ、このまま捨てておくわけにもいかんな。」
端末の画像が切り替わる。新たに送られてきた画像の少女を見て男は「ほう。」と声をもらした。
「この金髪の少女は・・・第二王女フィオラ・・・か。なるほど、君の考えはわかった。この妹の方を我らが陣営に引き込むのだな、この幼い王女様には少し可哀想だが・・・名案だ。アイアス王国を我が組織の傀儡とする。」
闇の中に男の吐き出した紫煙が舞う。
「すぐに我が組織選りすぐりの改造技術班をアイアス王国に潜入させる。そうだな、新規開発されたばかりの戦闘用サイボーグの素体も持たせよう、もちろん女性型だ。好きに使うがいい。」
PC端末が切断された。男は座椅子を回転させるとゆっくりと立ち上がる。そこは超高層ビルの一室。ガラス張りの壁、そして眼下には美しいネオンの夜景「ニューヨーク摩天楼」が広がっている。
「ルシアンとフィオラか・・・哀れなお姫様たちだ。姉妹揃って我が組織のために役立ってもらおう。フフフ・・・が、それにしても彼女のアイアス王室への恨みは相当なものだな。ふっ、まあ仕方もあるまいて。」
男は独り言をつぶやきながら葉巻を灰皿に押しつぶす。そして改めてPC端末を開くと、専属秘書の美女に指示を告げた。
*
マニピュレータが冷たい機械音を発しながら作業を続けていた。
機械の指が細かい機械部品を掴み、手術台の全裸に剥かれた女性の腹部へと移動する。
紛れも無い、手術台の美女はルシアン王女その人である。
ルシアンは両手両足を手術台に拘束されている。そして抵抗できない状態にされたままその細くしなやかな肢体の胸から腹部にかけて、縦一文字に切り開かれていた。
すでに本来そこにあるべき内臓組織は全て摘出されて無い。その代わりそこには新たに生命維持を担当する人工臓器が埋め込まれており、冷たい金属の光が鮮血の中に輝いていたのである。
そしてマニピュレータは今もその隙間に微小な電子回路やコード、部品を接続する作業を続けているのである。
「あっ、あううっ!!」
苦痛の声が響いた。マニピュレータが人工臓器に電子回路のひとつを接続したとき、そこからバチッと火花が弾け飛んだのだ。そのショックで僅かにルシアンの意識が覚醒してしまったのである。
両手両足を手術台に拘束されたままルシアンは苦悶の声をあげ、四肢を痙攣させた。
額に無気味な二本のチューブを接続されたルシアンは苦しそうに喘ぎ、頭を後ろにのけぞらせる。
「く、苦しいっ・・・。助けて、助けて・・・、お父様・・・フィオラ・・・う、うぐううっ!」
ルシアンがあまりの激痛に助けを求めて叫ぶ。彼女の両足の指がピンと硬直し、両手の指は手術台に爪を立てた。
「ううっ!ううっ!もう許してください・・・いやああぁぁ」
ガクガクと全身が震え出したルシアンを見てマニピュレータを操作していた白衣の男は不快そうにコンソールからその手を離した。
「エリーシャ、ルシアンを黙らせろ。気が散って改造作業が進まん。」
白衣の男は誰あろうガルディであった。ルシアンの改造データを分析していた銀髪の女性が慌てて手術台の女性に駆け寄り、ルシアンの切り開かれた胸部に露出している人工肺の回路に手をふれる。
「う!う!ぅぅ・・いやぁ・・・・・ご、ごふっ・・・あ、あが・・・・・・・・・」
人工肺を制御され、声を発することができなくなったルシアンがそれまで閉じていた瞳を見開いた。
そこには以前の美しいルシアンの琥珀色の瞳はなかった。人工眼球もまだ接続されていない状態のその部分からは内部機械が覗き見えたのである。
エリーシャは電子回路がチカチカと点滅しているルシアンの瞳を冷めた表情で見つめていた。
「閣下、よろしければ人工声帯の埋め込みを行いますが・・・」
「構わん、やれ。」
エリーシャはゆっくりと頷くと天井から降りてくるレーザーメスを手にとる。そしてルシアンの喉もとにメスを差し入れた。ヒューと空気が傷口から漏れ出る。しかし出血はほとんど無かった。
なぜならばすでにルシアンの血液は全て抜き取られ、人工心臓埋め込みと共にサイボーグボディ用の人工血液に交換されていたからである。
エリーシャはルシアンの喉を切り開き、すでに強化改造された人工脊髄から延びる神経端末と微小な人工声帯回路を接続してゆく。
「接続完了、テスト開始。」
エリーシャが声帯回路のスイッチを入れる。
「ピ・・・ワ・・・ワタシハ・・・ル、ルシアン・・・。あいあす・・・ノ・・・オウジョ・・・。」
このルシアンの電子音のような声を生体時の声に調節するエリーシャは、ルシアンの表情を眺めながらふと視線を前に向けた。そこではガルディが黙々とマニピュレータを動かしてルシアンの肢体を機械へと改造する行為に没頭している。
バチィッ!!
再び人工臓器が火花を飛び散らせた。
「ピイイイイイッツ!!!!」
「ガルディ閣下、拒絶反応が再発しました。人工心肺の機能障害が発生しています。」
ガルディは舌打ちしながら、マテリアルの美女を見つめる。
「人工心臓稼働率を10%減して、抗反応薬を投与したまえ。」
「了解しました。」
エリーシャは手術用のゴム手袋を装着すると、強引にルシアンの開腹され人工臓器が露出している体内の奥にその手を潜り込ませる。
「ギャピッ!!ヤメテッ!!イタイ!!!アアアアッ!!!」
泣き声のような電子音声があがった。体内をいじりまわされる感触は筆舌に尽くせない物があるであろう。しかしエリーシャは気にした様子も無く彼女の体内をまさぐると目的のチューブをそこから引きずり出す。そして注射器で青い薬品を注入した。
「!?」
プシュウッ!
突然、ルシアンの股間から透明な液体が噴出された。しばしの沈黙が流れ、それを最後に王女は再び手術台の上の物言わぬ材料に戻ったのである。
手術台を濡らし、床に滴り落ちる液体を見つめながらエリーシャが言った。
「人工性器への改造はまだでしたか?」
「ああ、これからだ。ま、これが生身最後の潮吹きというやつだ。すぐに子宮とそれに連なる生殖器官も摘出するからな。」
「・・・かしこまりました。」
ガルディはそう言ってレーザーメスを装備したマニピュレータに下腹部切開と生殖器の摘出及び人工性器への交換を命じるプログラムを打ち込む。
レーザーメスが自動で女性のシンボルとも言うべき臓器に伸びてゆくのを眺めながらエリーシャは元の位置に戻った。その視線は同じ女性としてはあまりに冷たい。
「閣下、拒否反応が大きすぎます。このままでは王女の体がもたないのではありませんか?」
エリーシャの問いかけにガルディは顔をあげて、にやりと笑った。
「私がグリエフとドルークの研究成果を取り込み、独自に開発したサイボーグシステムはその能力の強大さゆえに並みの人間では負荷が大きく、改造手術にすら耐えられない。ゆえに私はこのルシアンの肉体をまずは生体兵器として強化改造を施し、さらに精神面の補強も考慮してタニアの脳とルシアンの脳との融合改造処理を行ったのだ。」
「承知しております。」
そう言ってエリーシャは答える。
しかしタニアの脳を保存していたうえに、あえてそれをその娘に移植するというガルディの屈折した異常性愛が別に存在していることを彼女はすでに認識していた。
「拒絶反応が、これまでグリエフ博士が執り行ってきた女たちのサイボーグ手術に比較して大きすぎますので・・・」
「全ては予測通りだ。その範囲を越えてはいない。ふふふ、機械王女の覚醒のセレモニーは盛大に催さなければならないな。楽しみだ。」
穢れのない清純な身体をガルディの欲情により汚され引き裂かれたルシアンに待っていたのは陵辱と狂気の洗脳、脳改造、そして薬物による生体強化改造処理であった。その過程においてカプセル培養液の中に閉じ込められたルシアンの肉体を構成する細胞組織はすでに人間から別の生体へと変貌していた。
手術台のルシアンの外見は一見すれば人間の姿を保っていたがその皮膚に体温を感じさせる赤い血の流れは感じられない。人工皮膚でもないその肌はまるでエナメルのような淡い光沢を保ちながら雪のように白く染まっている。
「人工心臓と人工血液の循環は投薬後も順調です。その他各種人工器官も正常値に戻ったようです。」
ガルディは満足そうに笑みを浮かべた。
「ずいぶん美しい姿になってきたじゃないか、ルシアン・・・フフフ。」
ルシアンは背骨をはじめとする骨格と神経組織、そして筋肉組織も生体と人工のものがバランスよく融合改造されていた。サイボーグルシアンのその姿は外見も内部構造もこれまでグリエフやドルークの改造してきた完全機械化サイボーグとは明らかに異質な機械生命体と呼べるものであった。
「ふむ・・・では美しく生れ変わる姫君に新しい瞳を埋め込んで差し上げようか。」
「了解しました。」
エリーシャが用意したのは液体に浸された義眼の入ったカプセルであった。
それを手にとりガルディは自らの手でルシアンの顔に覆い被さるようにして義眼の移植作業を開始する。作業自体は数分で終了した。
ルシアンの改造手術はいよいよ佳境に至ろうとしていたのである。
エリーシャの指が端末のキーボードを叩く。
ドクン。
ルシアンの人工髪の植毛を終えた頭部につながったパイプが大きく脈動した。ルシアンの剥き出しになった胸部腹部の人工臓器が低い稼動音を発しているのが聞こえてくる。
「うふう・・・」
ガルディがその声に無気味な笑みを浮かべた。
それまで苦悶の声しか発していなかったルシアンの唇から今までと全く違う、甘い吐息が漏れ出たからである。彼女の脳にはこのとき特殊な電子信号と薬品がパイプを通して送り込まれていた。
ピッ!ピッ!
ルシアンの頭部から電子音が聞こえてくる。それに合わせて剥き出しのままの人工臓器が次々に稼動ランプを点滅させ始めた。それを確認したエリーシャがゆっくりとルシアンの顔を覗き込む。
ルシアンの顔つきは人間時とは明らかに変化していた。
穏やかで暖かく、春風に舞う野の花のように優しいルシアンはそこにはもはや存在しなかった。
金属骨格により新たに整形されたそのルシアンの顔には血のように赤い唇。そして雪のように白い肌は陶器のような淡い光沢に包まれている。
その純白の肌と真紅の唇は見るものを凍りつかせるような鮮烈な美しさを漂わせていた。
「氷の魔女・・・」
エリーシャのつぶやきに反応したのか、そのときルシアンの瞳がゆっくりと開いた。
「これは・・・」
それを見てエリーシャは声を漏らしていた。
ルシアンの瞳もまた血のように真紅の色に染まっていたのである。紅玉のような光を発しながら焦点を合わせる眼球から冷たい駆動音が聞こえる。
カシャ、カシャ、ウィィィ。
紅いレンズが焦点を合わせて停止する。例のごとくその瞳に感情は無く、その視線はただ天井の巨大な手術用照明に向けられていた。
「美しいよ・・・ルシアン。そしてタニア・・・。どうかね気分は?」
ガルディは人肌の温もりをもう持たない冷たいルシアンの頬を撫でながら笑う。
「・・・はい、ガルディさま・・・。新しき体を・・・与えていただき・・・光栄・・で・・・す。」
たどたどしくルシアンの小さな唇がから発せられる。
「ふむふむ。ルシアンモードは正常に稼動しているようだな。答えよ、ルシアンおまえは私の何だ?」
問い掛けられたルシアンは天井を見つめたまま無表情で答える。
「私はガルディ様の・・・忠実なる奴隷人形・・・でございます。永遠の忠誠をガルディ様にお誓い・・・致します。」
「そうだ。おまえはもう姫でもなければアイアスの王女でもない。淫乱で下賎な冷たい機械人形、私の奴隷なのだ!これからは俺のためだけにその身体の全てを使って奉仕するのだ!!よいな。」
「・・・はい。かしこまりました。ガルディ様。」
そう答えるルシアンの顔を満足そうに撫でながらガルディは低い声で笑い声をもらした。「よしよし。ではあとでタニアモードのチェックを行う。・・・と、そのまえに。」
ガルディはそのままルシアンの顔に己の顔を近づけると、唾液にまみれた舌をのぞかせる。
「美しい肌になった。まるで雪のように純白で、冷たい・・・人工皮膚ではこの感触は味わえぬ。」
ガルディの舌がルシアン顔に触れる。そしてルシアンの真紅の唇をひと舐めするとガルディは荒々しくその舌を差し入れた。
もちろんすでにルシアンの口の中も人工粘膜に改造されている。その口腔を舐め吸い、貪られるルシアンの真紅の瞳はそれでも変化を見せず宙を見つめていた。
「あっ!?」
エリーシャは思わず声を飲み込んだ。
無表情のまま熱いくちづけを交わすルシアンの金属フレームで形作られたバストの乳首が隆起しているのである。さらに取り付けられたばかりの人工性器が人工愛液を噴出しているのを見て、エリーシャは顔をそむけていた。
「これがあの高貴なルシアン王女の姿とはね。改造前の姿からは想像できないわ。・・・肉体だけでなく脳まで散々に改造調整されてしまった時点で、もう別人になったともいえるけれど。」
ルシアンは機械の肉体となってはじめての快楽に飲み込まれていた。取り付けられたばかりの人工性器にセンサーを挿入されながらルシアンの顔がぎこちなく緩み始める。ガルディは以前より豊満に改造した乳房に舌を這わせて味見を続けていた。
「あはっ!あはっ!ああああっ!!」
絶対の忠誠を捧げるガルディに己の肉体を捧げる至福の喜びに彼女の神経回路は激しい電磁パルスを発生させている。彼女の改造調整された脳に注がれるその快楽はルシアンの最後の自我を消滅させるのに充分なものであった。
-・・・フィオラ・・・さよなら・・・。
ルシアンの脳裏にほんの一瞬だけ金髪の少女の笑顔が浮かんで消えた。
そのとき挿入されたセンサーを押し出すようにしてルシアンの股間から、これまでないほど大量の人工愛液が噴出する。ルシアンの歓喜の絶叫が暗い研究室に響きわたった。
「改造手術・・・成功ですわね。」
この瞬間、ガルディの性欲解消と野望成就のための「機械人形奴隷・ルシアン」が誕生したのである。
*
惨劇の夜から一週間が経過しようとしている。
フィオラたちはこの間、リーファの屋敷に身を潜めて状況の分析を続けていた。
「お父様が亡くなられた・・・」
フィオラは手にした紅茶の入ったティーカップを取り落とした。
このことを告げたのは冴香であった。冴香はフィオラが落ち着きを取り戻すのを見計らって、今現在フィオラ自身がどのような状況に置かれているかを冷静にかつ正確に伝えたのである。フィオラの傍らに寄り添ったリーファは慌てて、こぼれた紅茶をふき取っている。
「おじさま・・・いえ、ガルディに殺されたのですね。」
「証拠はありませんが、状況から分析するにおそらく間違いありません。執政ガルディの指示で王都には戒厳令がしかれ、軍部が主要官庁及び放送施設などを占拠しているようです。」
「まるでクーデターみたいですわあ。」
「"みたい"じゃなくて立派なクーデターよ。」
メガネの下の瞳を丸くさせながら、いつもの間延びした調子でしゃべるリーファに冴香は思わずつっこんでいた。
「冴香さん・・・姉は、姉のルシアンがどうなったか、情報は入っていませんか?」
冴香は口ごもった。冴香はルシアンが国王共々連れ去られる光景を目の当たりにしている。その場で確認したローム三世国王とクレイン伯爵はすでに殺害された。
二人の死は国際テログループにより暗殺されたと国営テレビのニュースで大々的に報道されている。
しかしルシアン王女の死は報道されていなかった。少なくとも拉致されていることは確実である。拉致されたルシアン王女がどのような扱いをされているのか、冴香はある程度予想していたがそれをフィオラに伝えることには抵抗があった。
「大丈夫ですわ。ルシアン様はきっとご無事ですわ。」
リーファが微笑みながら合いの手を入れた。フィオラはうつむいたまま口を開こうとはしない。
沈黙が周囲を包んだ。
バタン。
フィオラを部屋に残して二人は広間を出た。
「リーファ、あなたは覚悟しているのかしら?」
冴香が不意にリーファに問い掛けた。リーファはキョトンとした調子で首をひねる。
「あのお~、えへっ、どういうことでしょう?」
「いいから・・・まずはメガネ取りなさい。」
不満そうにリーファはメガネを外した。瞬間、リーファの顔つきが豹変する。それを見て冴香はやれやれと言った表情でため息をもらした。
「ルシアン様はたぶんご無事では済まないでしょうね。」
冷淡にリーファはつぶやいた。その口元が薄笑いを浮かべる。
「あなたもそう思っているのでしょう?サイボーグのお姉さん。」
毒のこもった口ぶりに冴香はやや眉をしかめたがすぐに受け流した。こういう中傷には慣れている。冴香はまだ自分が信用されていないことを自覚していた。
「リーファ、聞いて頂戴。私がこの国を手に入れようとするなら、国民に人気のある王女姉妹を利用しない手は無いわ。でも聡明な王女姉妹が自分の意のままに動くとは到底思えない。」
「・・・簡単だわ。動くようにすればいいのよ。」
「そう。そしてその技術を奴らは持っているわ。」
そこまで言って二人は視線を交わした。さすがに考えは一致したようであった。
「ルシアン王女がサイボーグ改造手術を施されているのはほぼ間違いないと思う。情報が公開されていないのは今現在、改造手術の真っ最中である証拠よ。・・・もう手遅れだわ。」
冴香の宣告にリーファは奥歯をかみ締めるように頬をゆがめた。そしてふと哀しげに顔をそむける。
「フィオラ様・・・いかに悲しまれることか・・・。あれほど慕っておられた姉上がそんなひどい目に、まさか機械人間に改造されているなんて。」
ガシャアン!!
不意に広間で陶器が割れる音が鳴り響いた。冴香とリーファは慌てて広間の扉を開く。
「!?」
そこには蒼白になったフィオラが呆然と立ち尽くしていた。
「ふぃ、フィオラ様!?まさか今の私たちの話を・・・」
冴香はそう呼びかけながら自分の不注意を呪った。それはリーファも同様である。
「お姉さまが・・・あの女たちのような・・・機械人間に改造されている!?」
「フィオラ様!!」
リーファはフィオラを抱きしめていた。
「まだ望みはありますわ!このリーファがルシアン様を助け出して見せますから・・・」
フィオラは震えていた。しかしリーファの腕の中でフィオラはゆっくりと立ち直っていく。フィオラは一連の事件を乗り越えることで確かに強くなっていた。
「リーファ、今、ラジオを聴いたの。」
「ラジオ?」
「お姉さまが王立総合病院で療養されているそうなの・・・」
「えっ!?」
リーファと冴香は顔を見合わせた。
ルシアンの所在を報道したということは、彼女の改造が終わったか、間もなく終了するであろうことを暗に証明していることになる。
「私は王都へ戻るわ。」
そう告げたのは冴香であった。
「私だけならまだ自由に動ける。それに、ホテルに戻ればある程度の装備も手に入る。さすがにバストウェポンだけでは心もとないし・・・」
「信用しろって言うの?このままあなたはアイアスの情報を持って日本へ逃亡するかもしれない。」
リーファの瞳が鋭いナイフのように光を放つ。しかし冴香もそれに一歩も引く様子を見せなかった。
「大丈夫ですよ、リーファ。」
リーファはその言葉に不意に緊張を解いた。フィオラである。
同時に鋭い表情を作っていたリーファの顔が一瞬、硬直した。彼女は額にびっしりと脂汗を浮かべながらメガネを捜し始める。
「あ、あの、フィオラ様、こ、これは・・・その・・・あの・・違いますのよ・・・リーファは・・・」
明らかに動揺しているリーファを見て、フィオラの表情が緩んだ。
「今のリーファも、いつものリーファも私の大切なお友達よ。気にしなくてもいいわ。・・・いえ、むしろお礼を言わないと。いつも影から私を守ってくれてありがとう。」
「え?・・・ということは・・・もしかして、ご存知だったのですか!?」
フィオラは静かに頷く。それを見たリーファはメガネをかけると脱力したように床にへたりこんでしまった。
「さすが一国の王女はあなどれませんわね。」
苦笑を浮かべる冴香にフィオラは微笑みを返した。
この笑顔である。見る者の心を暖かく包み込む生命溢れる笑顔。冴香の機械の身体にもその暖かさが確かに感じ取れる。
冴香は何も言わず少しだけ頭を下げた。これが冴香の答えであった。冴香が逃亡する気ならいつでもできたはずである。冴香自身このフィオラという王女を守ろうと必死なのだ。フィオラもその想いを確かに感じ取っていたのである。
「フィオラ様、よろしいでしょうか?」
不意に呼びかけたのは老執事バフマンであった。
バフマンは扉のところで一礼するとゆっくりと歩み寄る。
「これからのフィオラ様ですが、私はブルジエ大佐に援助を頼まれてはどうかと思っております。」
バフマンの突然の進言にフィオラは驚いた。
ブルジエ大佐といえば、ローム三世の片腕として数々の武功を挙げた軍人である。しかし例の国立科学研究所の大事故を境に国王の不興を蒙り、北方の国境駐屯軍基地へ左遷されているという人物である。
フィオラ自身はブルジエ大佐と面識がない。しかし、高潔な人物で厳しい辺境警備につく兵士たちからは絶大な信頼を得ているという話を姉のルシアンから聞かされたことがあった。そしてどうしても困ったときはブルジエ大佐を頼るようにとルシアンがフィオラに告げていたことを思い出したのである。
「ブルジエ大佐ならガルディのクーデターに加担するとは思えません。ルシアン様の救出にきっと力を貸してくださると思います。」
フィオラはリーファに視線を向けると彼女も黙って頷いて見せた。
「そうね。ルシアン様を取り戻せればガルディのクーデターはそのシンボルを失う。ま
だ手はあるわ。」
冴香も援助を頼むことに同意した。
「わかりました!ではリーファがブルジエさんの所に行ってきますわ~。」
「メガネは外していきなさいよ。」
「わかってますわー。」
二人の会話を聞きながらフィオラは深呼吸する。
「わ、私も一緒にブルジエ大佐のもとに行きます!」
リーファの顔が硬直した。動揺したのか困ったようにメガネを駆けなおしたリーファは頭を思いっきり左右に振ってフィオラに詰め寄る。
「だ、だ、だ、だ、だめですわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!ピクニックに行くんじゃないですのよ!フィオラ様にお怪我でもさせてはリーファ、泣いちゃいますうううっ!!」
冴香は思わず頭を抱えて倒れそうになる。しかしその機械の瞳はフィオラの決意に凛と輝く瞳を捉えて離していなかった。
「私はアイアス王国第二王女です。一軍を動かすには今となっては私自ら赴かねばならないでしょう。そうでなければ、ブルジエ大佐は了承してくれないと思います。」
「でも、でも、でもおおおっ!北の国境までの道のりは大変ですのよおおっ!雪山を越えなくてはなりませんし、寒いんですのよおおっ!!」
冴香は泣き喚くリーファを引き寄せるとフィオラに優しい口調で問い掛けた。
「姉上様を、そしてこのアイアス王国をガルディのような狂人に任せてはおけない。王女の御覚悟はよくわかりました。」
「あ、ありがとう・・・冴香さん。」
「でも・・・」
そのとき冴香の瞳が冷たい光を放った。
「先ほどのお話。あなたの姉上様はもう人間ではなくなっているかもしれません。このような・・・」
そう言って冴香はブラウスをおもむろに脱ぎさる。そこには機械が剥き出しになった冴香のサイボーグボディが露になっていた。
フィオラは思わず口に手をあてて絶句する。
「このような姿になっていたとしても、姉上を受け入れる覚悟はありますね?」
フィオラは一度だけ瞳を閉じた。そして再び開いた碧色の瞳の輝きは変わりなかったのである。
「わかりました。王都でお会いしましょう。あとリーファ、王女はこの屋敷に残すよりはあなたの傍にいた方が安全かもしれない。」
リーファはそれに異を唱えることはなかった。この屋敷に目をつけられるのは時間の問題であろう。初めから選択の余地はなかったのである。
三人の行動は素早かった。屋敷には執事バフマンを残し、冴香は一旅行者として戒厳令下の王都へ、そしてリーファとフィオラは屋敷に用意された一台のスノーモービルで北国境を目指して出発したのである。
昨晩から降り積もった雪で周囲は銀世界に包まれていた。しかし三人にはその美しさを楽しむ余裕は微塵もなかったのである。
「お姉さま、きっとフィオラがお助けします。待っていてください!」
スノーモービルを駆るリーファの背中に掴まり、防寒着に身を包んだフィオラは決意を固めていた。
*
深夜。王立科学研究所の地下講堂はその日、異様な熱気に包まれていた。
中世のオペラ座のように豪壮華麗な装飾を施されたこの地下講堂にガルディの召集により集まった政府高官、軍部首脳陣ら百人近い人間が集められていたのである。いわば現在アイアス王国を動かしている人間の殆どがこの場に集まっていることになる。
言わば彼らはガルディ派に人間たちである。反ガルディ派とも言うべき人物はその多くが例の舞踏会で殺害されていた。またその家族たちの多くもすでに処分されている。もちろん若く健康な子女たちは全員、ドルークの改造工場へ送られたことは言うまでもないであろう。
しかし集められた高官たちはこの夜の召集の理由を誰も聞かされていなかった。そのため一際目を引く奥の舞台に彼らの関心が向けられるのも必然である。
「このような深夜に召集とは、ガルディ閣下の考えていることはわかりませんな。」
「王都は以前戒厳令が敷かれたまま。病院で療養中というルシアン王女の御様態が気になります。」
ガルディ派に組していたとしてもガルディの狂気とも言うべき計画を聞かされている者は少ない。ルシアン王女がガルディによって改造手術を施されていることさえ知らないものが殆どであった。
そのときである。不意に照明が落ちたかと思うと、ライトに照らし出されて舞台の上に一人の男が姿を現した。
「諸君、今宵はご苦労であった。」
その男は正装に身を包んだガルディであった。見れば舞台の脇にはワインレッドのドレス姿のエリーシャと、これまた正装のグリエフとドルークが控えているのが確認できる。役者はここに揃った。
「今宵、皆に召集をかけた理由はただひとつ。先王ローム三世陛下崩御により、今日ここに新たなアイアス王国の主の即位式典を執り行うためである。」
闇に包まれた講堂がざわめきに包まれた。
「我がアイアス王国は新王のもと新たに生れ変わるのだ!これまで東欧の一小国に甘んじてきたがこれよりは影から世界を支配する帝国へと進化するのだ!」
ざわめきが大きくなった。ガルディの言っている意味が理解できないというのが実際であったろう。
それを予想していたようにガルディはパチンと指を鳴らした。不意に講堂の四方の壁から巨大なプロジェクションモニターが姿を現し、スピーカーが大音響でワーグナーの曲を演奏し始める。
-いやあっ!お許しください!!
若い少女の哀願の叫びがモニターから発せられる。そしてそこに映し出された光景に一同は息を飲んだ。
それはドルークのサイボーグ改造工場の光景であった。
モニターの中では若い女性たちが次々に引きずり出され、怪しげな手術台の如きカプセルの中に押し込められてゆく。カプセルに入れられた少女の一人が麻酔ガスによって意識を失うとカプセルはそのまま巨大な改造装置とも言うべき機械の中に送り込まれていった。
その女性たちこそ舞踏会場で捕らえられた反ガルディ派の貴族令嬢たちであったのだが、講堂内でモニターを鑑賞する者たちにはそれを認識する余裕は無い。モニターの中で美しいドレスを着ていた令嬢たちは白衣の男たちに全裸にされ、正体不明の機械装置に拘束されてゆく。その機械装置は彼女たちの身体データを計測する物らしく、傍らのコンピュータ端末のモニタに測定された少女たちのデータが次々に表示されてゆくのである。
白衣の男がデータを吟味しながら一人の少女を指差した。蒼白になった少女は他の男たちに引きずられてゆきカプセルの中に押し込まれる。泣き喚く彼女の顔がアップに映し出され、次の場面で彼女のカプセルは改造装置の中へ消えて行った。
映像は続く。同様にデータを採取されたほかの彼女たちもある者は両腕を男たちに掴まれ放心したようにカプセルに放り込まれ、中には観念したように自らカプセルの上に横になる少女もいた。
残酷でエロティックな夢物語のごとき映像を目の当たりにして高官たちからは静かなざわめきだけが聞こえてくる。その様子を横目で見ながらガルディはモニターの映像を満足そうに鑑賞していた。
映像は切り変わった。モニターは彼女たちが巨大な装置の中で切り刻まれ、機械の身体に作り替えられてゆく過程を克明に映し出してゆく。取り除かれた臓器がそれぞれ分別されて培養カプセルに詰められ、内臓のなくなった彼女たちの体内に人工臓器がオートメーションで埋め込まれてゆくのである。
機械のボディになった彼女たちはそのまま手足なども機械化されてゆく。さらに映像は切り替わり、脳の一部を機械化改造する場面になると、さすがに会場から嘔吐を催す人間の声が聞こえてきた。
「彼女たちはアイアス王国のために人間の肉体を捨てて、新しき支配者のための神兵として生れ変わったのだ。このサイボーグ改造技術により、我が国は無敵の軍隊と、高い情報収集能力を手にすることができる。これよりは世界各地から有能な素材を調達し、サイボーグとして改造する。そうなればわが国が真の世界の支配者たることも夢物語ではないのだ!!」
ガシャン!!
突然、壁沿いのライトが点灯し、そこにずらりと並んだ美女たちの影が現れる。
全身を色とりどりのメタリックなボディスーツに身を包んだ女性たちの姿がそこにはあった。そこに並び立っている女性たちは先ほどの改造工場で改造手術を施されていた少女たちであった。
サイボーグ兵士として完全に機械化された彼女たちの瞳が赤く無気味に輝く。かつては貴族の令嬢として穏やかな生活を送っていたであろう彼女たちだが、戦闘サイボーグとなった彼女たちのその記憶は全て消去フォーマット済みである。彼女たちは脳の半分以上を機械化改造され、全身に武器を内蔵したガルディのために働く忠実な機械化兵士となったのだ。
「どうかね、諸君。美しい女戦士たちを見て、感動しただろう?」
ガルディの呼びかけに一時の沈黙が周囲を覆い尽くす。
「ピ!我々、ガルディ閣下直属女サイボーグ部隊"ワルキューレ"総勢125名。閣下に永遠の忠誠をお誓い致します!」
女性サイボーグの一人が冷たくも強烈な口調で忠誠を誓う言葉を発した。
「ガルディ閣下に栄光あれ!」
予定されていたかのごとくサイボーグ少女たちの斉唱に合わせて講堂のそこかしこから拍手が起こると、やがてそれは怒涛のような喝采となってガルディを飲み込んだのである。
「ガルディ閣下万歳!!」
「アイアス王国万歳!!」
片手をあげてそれに応えるガルディの顔は愉悦に浸りきっていた。
やがてガルディは両手でもって喝采を押しとどめる。
「諸君、新生アイアス王国が目指すのは全人類の支配である!まずは全てのネットワークというネットワークを手中に収める。我々のサイボーグ技術をもってすればそれはたやすいことである!情報網を制するものこそ全人類の支配者である!!戦闘サイボーグ諜報員による情報の掌握はその第一歩なのだ!!」
そこまで拳を振り上げて熱弁をふるっていたガルディは不意に黙り込み、ニヤリと笑った。
「アイアス王国は生れ変わる。そしてまた国の主たる者も生れ変わらねばならない。」
そのときである。突然、ガルディの背後に多彩色のライトが向けられた。
ゴゴゴ・・・。
低い機械駆動音が響き始める。
この音がどこから響いてくるのか、誰もすぐには判らなかった。だが、やがて誰ともなく「あっ」と声をあげる。暗闇に照らし出された壇上の奥に巨大な黒い機械装置がせり上がってきたからである。
その無気味な機械装置はその全貌を見せて停止した。
「我らが主は自ら生れ変わることを選択された。アイアス王国の新しき女王の目覚めるときがきたのだ!!」
ざわめきが起こった。黒い機械装置に縦一線に閃光が走る。
白く冷たい冷気がそこから溢れ出し、機械装置はその扉を低く重々しく開き始めた。
ライトが扉の奥を照らし出す。そこに照らし出された物を確認したとき、その場にいあわせた高官たち全てが驚嘆の声をあげていた。
ひとつひとつ照明が当てられてゆくに従い、この講堂の人間全てがその機械装置の中でまるで機械の部品のように眠る人物の姿を認識し始めたからである。
十字架のイエスキリストのように無数の配線をその身体に接続された磔の美女。
ガルディはグリエフに目配せする。
ブシュウッ!
美女の周囲から白いガスが噴出され、彼女の身体に接続されていた配線が切断される。
漆黒のドレスと宝石で彩られた美女は両手を吊られて眠っているようであった。うつむいているその美女は、まるで人形のような光沢をもつ白い肌をしている。その陶器のように白い肌と対照的なドレスと黒髪が異様な美しさを漂わせているのである。
「眠れる森の美女」と呼ぶ者がいるかもしれない。
しかし彼女には幸せな結末は用意されてはいなかった。なぜならばこの美女はガルディによって改造されたルシアン王女、その人であったからだ。
「諸君!我らがルシアン女王の目覚めの刻が来た!!女王は人間もロボットも越えた存在として生れ変わったのである!!」
グオオオオン!
機械が大きな音を響かせ始める。装置の各部が点灯明滅し、なおも続けて白いガスを噴出するとライトは機械装置の中のルシアンに集中した。
ドレス姿のルシアンの黒い手袋に包まれた指がかすかに動き始める。
沈黙がこの会場全体を包み込んでいた。この場にいる者全員の視線が今、目覚めようとする女王へと注がれていたのである。
うつむいていたルシアンがゆっくりと顔をあげる。まつげが振るえ、ルシアンはゆっくりと瞳を開いた。真紅の義眼が無気味に輝く。同時にルシアンの唇に妖艶な笑みが浮かんだ。
「ふ、フフフ・・・」
豊満な乳房を強調したドレスを着たルシアンが静かに腕に巻きついた配線をひきちぎり、装置の中からその身を起こすようにして歩み出る。
カツン。
ドレスの裾の衣擦れの音とハイヒールの音だけが周囲に響き渡る。
カツン・・・カツン。
ゆっくりと壇上から降りてくる美女の姿に誰もが息を飲んだ。
その様子をゆっくりと見回しながらルシアンは「ウフフ」と無気味に笑う。
「わたしは・・・第13代アイアス王国女王・・・ルシアン・ド・アイアスであります。」
以前のルシアンを知る者たちは、彼女の変貌に言葉を失っていた。まるで氷の刃が突き刺さるような声と容貌、彼らの前に姿を現したルシアンは以前とは全くの別人となっていたのである。
舞台には王の玉座が用意されていた。
ルシアンは薄笑いを浮かべながらなんら躊躇も無くその玉座に腰を下ろし眼下の人間たちを睥睨する。そしてその傍らにガルディが立った。
「・・・お聞きなさい、我が忠実なるしもべどもよ。アイアス王国の世界制覇のために、私は新しき生命と肉体を手に入れサイボーグとして生れ変わりました。」
ざわめきが起きた。ルシアンの紅く輝く瞳は明らかに冷たい人工の光を放っている。
なおも続けるルシアンの言葉に一同は全員、言葉を失った。
「皆の者、このルシアンの奴隷として身命を捧げなさい。矮小な人間の肉体を捨て、私だけに絶対の忠誠を誓うサイボーグとなるのです。恐れることはありません。サイボーグになる素晴らしさは私が保障致します。いずれ我が妹フィオラも私と同様にサイボーグ改造手術を受けさせます。そして私専用のサイボーグ兵士として働くことになりましょう。」
この恐ろしい宣告に不思議と高官たちから声はあがらなかった。
むしろ高官たちの顔には羨望と恍惚とした笑みが浮かんでいるのである。
それを確認しながらルシアンは手の甲を口にあてて笑った。その笑みの表情は悪魔が取りついたとしか思えない妖艶な笑みである。
「よろしいですね。アイアス女王として勅命を申し伝えます。アイアス国民は老人、女子供も全てサイボーグ兵士となるべく改造手術を義務付けます。この勅命に従う者には人を超えた存在・・サイボーグとしての永遠の命を約束いたしましょう。そして抗う愚か者には完璧なる死を与えるのです!よろしいな!」
ルシアンの笑い声に高官たちは拍手喝采で答えた。彼らの口からはだらしなく涎だ流れ、眼の焦点は宙を彷徨っている。
これは実はルシアンの改造された人工声帯から発生している洗脳音波の影響であった。
「ルシアン女王陛下万歳!!」
「サイボーグ帝国万歳!!」
壁際に居並ぶ女性サイボーグたちが斉唱する。それに続いて洗脳音波に支配された高官たちもルシアン女王をたたえる言葉を巻き起こした。
だが。
「ルシアンさまあああっ!!!」
その叫びは歓声ではなかった。
ルシアンの洗脳音波を必死に跳ね返す絶叫とも悲鳴とも呼べるものである。
そのとき凄まじい形相の軍士官が舞台に飛び上がった。その右手には拳銃が握られている。その士官は実は以前、ルシアンの近衛兵の一人であった若者だった。
「おいたわしや、姫様!どんなひどい目にあわされたのか、おのれガルディ!!この逆賊があああっ!!」
銃口はガルディに向けられた。瞬間、銃声が講堂内に響き渡る。
静寂。
何かが床に落下した。
いつの間に現れたのか、銀色と黒色のスーツに身を包んだ金髪と赤毛の少女二人が士官の左右の横に直立している。
士官は床に転がっていた。両腕と両足をレーザーナイフで切断された士官の胴体が床に落下したのである。
「あ、あああ・・・」
士官の顔が恐怖で硬直する。自分がなぜ床に転がっているのか理解できなかった。痛みはまだ無いはずである。
「女王陛下、お怪我はございませんか?」
赤毛の少女エルセアが一礼しながら主人に確認する。
同様に金色の髪の少女もまたうやうやしく頭を垂れた。
両手両足を切断された士官の顔が恐る恐る自分の両傍らに立つ少女たちの顔を見つめる。
「え、エルセア!?」
士官の目が赤毛の証書の顔を確認したとき引き裂けんばかりに見開かれた。
黒い淫靡な輝きを放つスーツとブーツに身を包んだエルセアの視線が床に転がる士官に向けられる。自分の人間であった頃の名を呼ばれてもエルセアにはなんの感情も湧きあがってはこなかった。
「エルセア!僕だ、アレクだよ!!なぜ、どうして君が・・・」
士官の呼びかけにエルセアの冷たい視線が答える。
「・・・無礼者。私はルシアン女王陛下にお仕えするために選ばれ、改造されたサイボーグコードネーム"WCA-CB3"なの。おまえのような裏切り者など知らないわ。」
「ば、ばかな!?き、君までサイボーグに改造されてしまったというのか!?」
士官は絶句した。自分を見下ろすエルセアの冷たい機械の瞳が小さな駆動音を上げて駆動しているのを見てしまったからである。彼女がもはや人間ではなくなっていることを実感させられた瞬間であった。
「ほう・・・あれがエルセアの・・・。ふふふ、そうか。」
その光景を端で見物していたグリエフが低い声で笑った。
「まあ、WCA-CB3・・・あなたの知り合いでしたの?フフフ・・・」
ルシアンは笑みを浮かべていた。その玉座の姿が陽炎のように揺らめいて見える。
次の瞬間、ルシアンとガルディの前方で小さな物が空しく床に落ちた。なんとそれは士官の発射した拳銃の弾丸だったのである。
「女王陛下、"荷重力障壁"システムは正常に稼動しておるようですな。」
「ええ。問題ありません。ガルディ、あなたが私の肉体に埋め込んだ装置は正常に稼動していますわ。」
ガルディの問いかけにそう答えるルシアンの瞳が大きく見開かれ、異様な赤い輝きを放っている。その瞳から発振されている加重力振動波が見えないバリヤーを形成し、士官の発射した弾丸を防いでいたのである。
「全く、機械化されていない人間は無粋極まりますわ。」
そうつぶやいたルシアンは血も凍るような妖艶な笑みを横たわる士官に向けた。
「おっしゃるとおりでございます。」
セレナとエルセアが声をそろえて答える。
「折角の即位式典がだいなしになってしまいましたね。」
「る、ルシアンさま・・・もとのお優しいルシアンさまにお戻りください・・・!!エルセア!君も・・・元の、人間のころの優しさを取り戻してくれ!う、ウグウウッ!」
士官は涙を流して絶叫していた。両手足の傷口からの出血と激痛が彼の意識を飲み込む。
「花を愛し、小鳥と戯れ、誰にでも優しく接してくだされた・・・あの、あのルシアンさまがどうしてこのようなことに!?思い出してください!あのお優しいルシアンさまを!!」
だがルシアンはその言葉に眉ひとつ動かしはしなかった。
「愛?優しさ?・・・人間のそんなくだらない感情はガルディが綺麗さっぱり消去してくれました。私は支配者としてふさわしい存在・・・そう機械の神"機械女神"となったのです。サイボーグ帝国の女王として君臨するために!!アハハハ!!!!」
ガルディによって肉体も精神も徹底的に洗脳改造されているルシアンにこの士官の悲痛な訴えが届くはずも無かった。
「る、ルシアンさまあああっ!!!ガルディ!貴様一体ルシアンさまをどうしたのだぁぁぁっ!!!ルシアンさまを元にもどしてくれえええっ!!!エルセアァァァッ!!」
「おとなしく従っておれば、WCA-CB3と同じ立派なサイボーグに改造してあげたのに。さっさと死になさい。」
ルシアンの瞳が一瞬だけ閃光を放つ。
次の瞬間、仕官の額に大きな穴が空いていた。その穴はみるみる大きくなり数秒で士官の身体は肉片ひとつ残さずこの世から消滅したのである。ルシアンの内蔵された武装・荷電粒子砲が発射されたのだ。
「皆に宣言する。アイアス王国女王の名において今宵よりガルディを我が夫とし、国政の全てを委任します。ガルディに刃向かうものは私に反逆するものと心得よ!」
再び湧き起こった凄まじい歓声の中ルシアンは狂気に満ちた笑い顔を浮かべる。
そのなかで金髪の少女セレナがエルセアに意地悪な笑みを浮かべた。
「WCA-CB3、あの無礼者・・・あなたの人間のときの知り合いだったんじゃないの?」
「そうかもね。グリエフがその辺の記憶を全て消去してくれたからわからないわ。」
エルセアは無表情で受け流した。
歓声に包まれながらルシアンは横に立ったガルディの腕の中にその身を委ねる。
「ガルディ、我が・・・ご主人様、これでよろしゅうございますか?さあ、わらわに次のご命令をお与えください・・・」
ルシアンは両手でガルディの顔を引き寄せると唇を重ね合わせた。
「上出来だよ"タニア"。さあ、最後の仕上げだ。ここにいる者ども全員の深層意識まで完全に洗脳してしまうのだ。」
「わかりました。」
セレナとエルセア、二人の美少女サイボーグを従えて両手を広げたルシアンは玉座から立ち上がり、催眠状態の高官たちの喝采を全身で受け止める。
ガルディはその光景を満足そうに見つめていた。ガルディのもとにエリーシャ、グリエフ、ドルークがやってくる。
「女王陛下のサイボーグシステムは無事、稼動しているようですな。閣下、おめでとうございます。」
「グリエフ、ドルーク。早速、この会場にいる連中の脳改造を行うのだ。決して裏切らぬように念入りにだ。」
「かしこまってございます。全員女王陛下の洗脳音波に取り込まれておりますゆえ、手間はかかりません。」
ドルークが慇懃に頭を下げた。彼の改造システムの出番である。
「あとの邪魔者は・・・フィオラだ。行方はまだつかめぬのか?」
「ご心配には及びません。すでに追っ手を差し向けております。」
エリーシャの報告にガルディは低い声で笑った。
「あの淫売のポーラの娘・・・淫売の娘には淫売にふさわしいセクサボーグに改造してやるわ。グリエフ、よいな?」
「はい。あの王女の改造は是非、私目にお任せください・・・」
ガルディとグリエフは好色そうな笑みを浮かべて笑った。
「ルシアン女王陛下!!」
「ルシアン女王陛下!!」
ルシアンを讃える声はいつ果てることもなく続いていた。
白面の美女ルシアンは真紅の唇を妖艶に舐めあげる。その機械の瞳はただただ闇の奥を映し出していた。そこに映っているのは冷たい照明の光だけである。
第12話/終