第11章 廃棄処分
二人の少女の改造手術を終えたグリエフは暗い研究所の廊下をゆっくりと歩く女性の姿に目を留めた。
ギイ・・・ガシャ・・・ギイ・・・ガシャ。
無機質な金属音を発しながらゆっくりと近寄ってくる女性を確認したグリエフはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「どうやら応急修理は終わったようだな。CWB・・・いや、エイツ・ビー嬢。」
そう声をかけられたのは誰あろう、戦闘サイボーグ第一号として改造された日本人女学生・九条すみれ、今はコードネームとエイツ・ビーという名前を与えられた女性の痛々しい姿であった。
「ぐ、グリエフ博士!」
すみれは自分をサイボーグに改造した張本人たるグリエフに目一杯の笑顔を浮かべて歩み寄る。
すみれは黒い軍服の上着だけ着用しており、その下が全裸であることは容易に察することができた。
そして一際目を引いたのは彼女の顔の損傷である。白く滑らかであった皮膚は汚れ、なおかつ彼女の右目は義眼レンズが剥き出しになっており、さらに左頬の傷の下からは内部機械が覗き見えるのだ。
グリエフのもとにやってきたすみれは軍服の上着をいきなり脱ぎ捨てた。
「グリエフ博士、私を改造してください。もっと強くなって、ガルディ閣下のためにお役に立ちたいのです!」
すみれの姿は無残であった。
美しかった人工皮膚はいたるところが引き裂けており、機械組織が丸見えになっている。特に左腕と左足などは肘と膝の先が金属骨格を取り付けたままの状態なのである。
彼女の身体から発せられる金属音はこれが原因であった。
裸体をさらして、すみれはグリエフにすがるように訴えた。
「・・・役に立ちたい・・・か。ふふふ。」
グリエフはすみれの言葉にそう答えながらいきなり彼女の右乳房を掴みあげた。
「ひゃ、ひゃう!」
このとき彼女の左乳房は失われており金属製のバストパーツが丸見えになっている状態である。グリエフは原型を留めている右乳房に爪を食い込ませるように荒々しく揉みしだき、すみれの身体を抱き寄せた。
「は、博士、あ、あう、私・・・あう・・・あう・・・」
甘い声を発しながらすみれの右の瞳が鈍く明滅する。それを観察しながらグリエフは不意に愛撫の手を止めた。すみれの表情が強張る。
「ふん。いやらしいサイボーグになったものだ。改造手術直前まで処女だったとは思えんな。」
「!!・・・ぐ、グリエフ博士にサイボーグに改造していただいて私は生まれ変わったのです。私は、私は、この機械の身体に改造していただいたことを心から感謝しております!!私は!私は!・・・」
いきなり愛撫を止められたうえに、冷たい言葉を突きつけられたすみれはまるで牝猫のようにグリエフに身体を摺り寄せて必死に訴える。しかしグリエフはそんなすみれを一瞥すると彼女を突き飛ばし、身体を離した。
「は、博士!?」
「役に立たないサイボーグを造ってしまったな。私が手塩を掛けて改造してやったというのに初任務でその損傷ぶりとは・・・失望したよ。」
「こ、これには理由があります!き、聴いてくださいませ!!」
突然のグリエフの言葉にすみれは動揺と困惑で蒼白になって叫んでいた。
彼女の損傷は舞踏会会場で遭遇した謎の女性サイボーグとの戦闘によるものである。もちろんそれはグリエフも報告を受けて承知していた。しかし彼は自分の手で改造し生み出したサイボーグが正体不明のサイボーグにスクラップ同然に損傷させられたことが許せなかったのである。
まだアイアス王国ではサイボーグ改造手術の技術が確立されてから日が浅い。
改造手術成功例の第一号サイボーグであるすみれの実戦データの解析を待たずに、グリエフが武装・性能をさらに強化したサイボーグとしてセレナとエルセアという少女二人を新たに改造したのは明らかにその謎のサイボーグに対する嫉妬と焦りがあったことは間違いなかった。
「う、うう・・・それではグリエフ博士、私は・・・私は・・・何のために人間からサイボーグへと改造されたのですか・・・」
言葉は明らかに泣いていたがすみれの瞳からはもう涙は流れなかった。その代わりに彼女の瞳は赤く明滅し、角膜レンズが激しく動いているのが見える。
その様子を前にしてグリエフはいつもの冷酷な微笑を浮かべると、いきなり足元でしゃがみこんでいるすみれの股間を強く踏みつけた。
「ひゃ、ひゃうう!」
すみれがのけぞるように悲鳴をあげた。機械がのぞき見える身体を小刻みに震わせながら彼女は天井に顔を上げながら甘い吐息をもらす。見れば彼女の股間に押し付けたグリエフの靴先が妖しく濡れているではないか。
「ここだけは特に念入りに改造してやったからな・・・」
グリエフはすみれの人工性器をつま先で刺激しながら、ある考えを思い浮かべていた。
「エイツ嬢。」
「は、はい!・・・ああ!」
「君に汚名挽回の機会を差し上げよう。30分後戦闘訓練ルームにきたまえ。」
「あ、ありがとうございますうう!あはあっ!!」
愉悦の表情を浮かべるすみれを一瞥したグリエフは靴先ですみれの人工性器のスイッチを入れる。
「ひゃ、ひゃあああ!!」
その豆粒のようなスイッチはサイボーグの脳に直接MAXレベルの快感電流を流し込む装置のものであった。グリエフは悲鳴をあげるすみれの股間から足を離すと、彼女の傍を離れてその場を立ち去っってゆく。
「ああっ!は、博士、行かないで・・・くださ・・・ああああ!!もう。我慢・・・できなあああい!あああ!!」
すみれは脳を直撃する快感に快楽の嬌声を張り上げながら、前かがみになって妖しく蠢く人工性器を愛撫し続ける。
「はひ・・・はひ・・・私は・・・サイボーグに・・・改造されて・・・ああっ・・・幸せです・・・」
歓喜の笑みを浮かべながらすみれは人工性器が生み出す絶頂感に身を委ね、冷たく暗い廊下を淫靡な液体で濡らしていた。
*
戦闘訓練ルーム。
すみれがこの部屋に入るのは何度目であろうか。改造手術が終わり、サイボーグとなった彼女はこの部屋で戦闘訓練を受けた。機械化された身体の運動能力試験を始め、彼女の身体に搭載された武装の使用テスト、そして模擬戦闘をこの部屋で行ったのである。
ルームの扉が開き、すみれはそのまま中へ進んだ。
照明は消されている。すみれの両目のセンサーが稼動するが、いかんせん修理不十分のため思うように暗闇の奥を判別できなかった。
「は、博士、グリエフ博士!!」
すみれは無意識にグリエフを呼んでいた。だが、それに答えたのはグリエフではなかった。
ガシャン!
それは一部の照明に電源が入る音であった。その照明はすみれの正面に二人の少女の姿を浮かび上がらせた。
二人の少女は全身に密着したエロティックなボディスーツを着ている。金髪の少女はシルバー。そして赤毛のショートヘアの少女はブラック。両腕を組んだ二人は不気味な笑みを口元に浮かべて、すみれを見つめていた。
言うまでもあるまい。グリエフに改造された新たなサイボーグ少女・セレナとエルセアである。
「お、おまえたちは・・!?」
すみれの言葉にセレナとエルセアは妖気漂うよう無気味な瞳で答えた。
「グリエフの奴。こんなスクラップ同然のサイボーグで私たちのテストをしようなんて・・・」
「ホント、馬鹿にしているわ。フン!」
そのときである。
セレナとエルセアの表情が突然静止した。実はこのとき彼女たちの脳に仮想敵として眼前のすみれが強制的にインプットされたのである。
「ピ、ターゲットを確認しました。」
「作戦目的、ターゲットの完全破壊。了解致しました。」
セレナとエルセアの口から機械的なプログラムの復唱が行われる。すみれは自分に迫る危機を認識した。
「く!!」
すみれは咄嗟に機械丸出しのままの右腕を突き出す。
バシュ!!バシュ!!
鋭いニードルが連続で射出され、セレナとエルセアを貫く。・・・かのように見えた。
まるでその場から消滅したかのように二人のサイボーグ少女たちのいた場所にニードルが突き刺さる。
「は、早い!?」
そのときすみれは言葉を失った。彼女の背後から金髪の少女が右肩越しに顔を寄せてきたのだ。セレナがニコリとあどけない少女のように微笑み、すみれの頬に口づけする。
「ダメですわよ。あんな遅い攻撃は私たちには無意味ですから。」
「そ、そんな、いつの間に・・・」
不調とはいえ感覚センサーに全く反応されないセレナの運動性能に驚くすみれに優しく語りかけながらセレナは、すみれの機械剥き出しの右腕をそっと掴み上げる。
「まあ、まだ修理してなかったのね。でも当然よね。明らかに私たちより性能の劣るサイボーグを修理する必要なんて無いんですもの。うふふ。さあ、この悪い右腕にお仕置きしなくちゃ、ね。」
「な、なにを言っているの、あなた!」
ザシュ!!
すみれの問いに答える気も無く、セレナは指先から放出されるレーザーソードで躊躇無く彼女の右腕を斬りおとしたのである。
「きゃああああ!!」
前に転がるようにすみれは倒れこんだ。
振り返ればそこにセレナの姿はもう無い。バチバチとすみれの右腕の切断面が火花を上げていた。彼女の周囲は闇である。ただひとつ灯された照明がすみれを死のステージに浮かび上がらせていた。
「このままでは標的にされるだけだわ・・・こ、殺される!?」
すみれは両目を見開いた。サイボーグ化されて制御されていた感情がこの恐怖という負荷によって僅かながら表面に出始めていたのである。
「あーら、あなた怖くて震えているの?」
「ひ!?」
今度は赤い髪の少女がまたもや背後からすみれを両手で抱きしめてきたのである。
戦闘サイボーグにとって相手に背後を取らせることは死を意味する。それを二度も連続で味わったすみれの意識は動揺を隠し切れなかった。
「ああん。」
すみれの背中に喘ぎ声を漏らすエルセアの豊胸された二つの乳房が押し当てられる。そしてエルセアの手がすみれの左右の乳房を掴んだ。
「どう、私の胸大きいでしょう?グリエフがとてもエッチで淫乱な私にふさわしい身体に改造したのよ。うふふ。」
耳元に唇を押し当ててエルセアはささやく。そして不意に乳房を掴む両手に力を込めた。「ひっ!や、やめて!!」
グシャアア!!
金属のひしゃげる音と皮膚組織が引きちぎれる音が同時に起こり、すみれの両胸から煙と火花が迸った。
「い、いやあああっ!!」
両乳房を握りつぶされたすみれは絶叫をあげながら左腕に仕込まれたレイピアを稼動させる。
「だめだよ、そんな物騒なもの抜いちゃ!」
バシユウウウウ!!
エルセアが高笑いするのと同時であった。すみれの背中に押しあてられていたエルセアの乳房がその体勢のまま高出力ビームを発射したのである。
「ギャフ!!」
胸部に大きな二つの穴を開けられたすみれが一瞬宙を舞い、そのまま床に激突した。
「う・・ピ・・・あふ・・・ピピ・・・」
奇妙な電子音を発しながらすみれは沈黙した。うつ伏せに倒れたすみれの身体から人工血液や人工体液が噴出し、床を黒く染め替えてゆく。
「あれ、もう終わりなのかしら?」
セレナのシルバーのブーツがカツンと床を鳴らす。
「私たちの先代サイボーグって言うから期待していたのに、拍子抜けだわ。」
そう言ったエルセアは腕組みしつつ自分の乳房の感触を楽しんでいる。よほどこの豊満に改造された乳房が気に入ったようである。
「いかがですかな、ドルーク博士。私の新型サイボーグの出来栄えは。」
戦闘訓練ルームの司令室でグリエフとドルークはこの陰惨な戦闘訓練を観察していたのである。
「・・・さすがとしか言いようがないですな、グリエフ博士。」
冷めた眼差しでサイボーグ少女たちを見つめるドルークにグリエフはいつもの笑みを消した。
「何かご不満でも?」
「あなたのサイボーグ技術は素晴らしい。だがあのような高コストのサイボーグはいかがな物か。」
「フフフ。サイボーグ兵士の開発を行うドルーク博士らしいご意見だ。そうそう、例の舞踏会で捕らえた娘たちの改造手術は進んでおりますか?」
「心配するな。全員改造工場フル稼働で改造中だ。一週間後には完璧なサイボーグ兵士部隊をお目にかける。」
「それは楽しみですな。いざ実戦となれば駒の数が物を言いますからね。」
ドルークはグリエフの言葉が嫌味でしかないことに気づいていた。しかし彼の推進してきたサイボーグ兵士量産計画においていまだグリエフの生体改造技術が必要であることも確かである。改造工場の成功もグリエフが九条すみれのサイボーグ化に成功した技術が大きく貢献していた。
「エイツ・ビー・・・いや九条すみれか。」
不意にドルークの視線が横たわるすみれに向けられていた。
ドルークは先の舞踏会襲撃にすみれと同伴している。彼はそこで改造され、戦闘サイボーグ「エイツ・ビー」となったすみれの完成度に魅せられていた。そして自分の技術で改造した女学生サイボーグたちを率いて作戦を実行した能力をドルークは影ながら評価してもいたのである。
バシュ!!
いきなりセレナとエルセアの悲鳴があがった。
「こ、こいつ!?」
セレナが胸をかばうように身構えている。見ればセレナのボディスーツが胸の辺りから引き裂けていたのである。それはすみれがセレナのブーツのヒール音を目標に左腕から射出したレイピアによるものであった。
「私のスーツが・・・おのれええ!!」
セレナは人が変わったように横たわるすみれをブーツのつま先が腹部に食い込まんばかりに蹴り上げた。そして宙を浮くすみれをエルセアのバストビームがさらに撃ち貫く。
ビームでちぎれ飛ぶようにして、すみれの上半身と下半身が床に転がった。
「私の!私の美しく造られた身体に傷を付けるなんて!!許しませんわ!!」
セレナはすでに朦朧と瞳を明滅させているすみれの頭を踏みつける。
メシメシ!
すみれの金属頭骸骨格が潰れる音が周囲に響く。
「グリエフ!やめさせたまえ!あれでは肝心の脳細胞まで潰されてしまうぞ!!」
慌ててドルークがグリエフに促す。しかしグリエフはそれを楽しそうに眺めているだけであった。
「構いませんよ。所詮、1号機は1号機。後継機がそれだけ優秀ならそれでいいではありませんか。あんな出来損ないはもう不要です。」
「な、なに!?」
ドルークは息を飲んだ。これまでともにガルディのためにサイボーグ開発を行ってきたがドルークはグリエフの狂気性を改めて認識させられたのである。
「ほら、潰れてしまいなさい!!」
「セレナ!見てごらん、この女サイボーグばらばらにされて濡れチャッテルヨ!アハハハ!!」
エルセアがセレナに見せたのはすみれの下半身から抉り出した人工性器であった。エルセアにつかみ出された人工性器からボタボタと人工愛液が滴り落ちる。
それを目にしたセレナの顔が嗜虐に喜ぶ表情に変わった。
「いやらしい女、こんなにされてもまだ欲情しているなんて。ふん、すぐに何も感じなくしてあげますわ!」
ベキ!ベキ!!
セレナのブーツの下で、すみれの額が裂けて透明な液体が噴出を始めた。それは彼女の脳髄を納めるカプセルが破損した証拠であった。
「・・・助けて・・・でぃ・・・な、ぱぱ・・・まま・・・」
すみれの唇が静かにわななく。
「さあ、潰してさしあげますわ!!」
セレナが一気にすみれの頭と脳を踏み潰そうとしたそのときである。
「そこまでだ。」
戦闘ルーム全体に響き渡る大音量でスピーカから声が流れた。
それはグリエフの声であった。
「なぜ、止めますの!?」
「そうだよ、おもしろいところなのに!」
不平をあげる二人だが、先ほどと同じく彼女たちの脳の服従プログラムが起動し、彼女たちの顔が無表情に硬直する。
「ピ・・・戦闘停止命令。了解。」
「戦闘モードリセット。グリエフ博士のご命令に従います。」
無表情のまま、そう復唱した二人はすぐにまたもとの苛立った顔つきに戻るとかつて九条すみれと呼ばれた少女の残骸から離れた。
「いまいましいですわ。ルシアン女王陛下とガルディ閣下以外に命令に従わなければならない相手がいるなんて!」
「私たちの脳の一部がそうやって改造されてしまった以上、仕方ないわよ。くそ!」
ぶつぶつとぼやく二人を眺めながら、グリエフはやれやれといった調子でドルークに顔を向けた。
「これでよろしいですかな?ドルーク博士。」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながらグリエフは言った。
「・・・ああ。あのエイツ・ビーをこのままスクラップにするのは忍びない。わしの専用セクサボーグとして可愛がってやりたいのだ・・・。」
「おやおや、ドルーク博士もしっかりサイボーグ女の魅力に取り付かれているようですな。ははは、結構結構。ではあのスクラップはお好きなように再改造してやってください。なあにすでにしっかり淫乱なサイボーグに改造してありますから後はお好みのままに。ははは。」
そう言ってグリエフはドルークの肩をポンと叩いて部屋を出て行った。
ドルークにグリエフはこれからセレナとエルセアの微調整を行うと言っていたが、二人の機械化した身体を楽しむであろうことは彼には容易に予想できたことは言うまでもあるまい。
「エイツ・・・」
ドルークは無残に横たわるすみれの残骸に視線を落とす。
その視線に答えることも無く、すみれは全身を真紅の血ならぬ黒い擬似体液に染め上げたまま光を失った空ろな瞳を闇の向こうに注いでいた。
*
アイアス王国王都の郊外に入ると貴族たちの屋敷が多く点在している。平地の少ないアイアスの国土においてその屋敷は山間の風光明媚な場所に建てられていることが殆どである。そのため貴族同士の付き合いも王都におけるパーティーに限定されることが多く、お互いを屋敷に招いてもてなすということは極端に少なかった。
貴族たちの多くは王都に仮の屋敷を持っているため、郊外の自宅は別荘や隠居所という意味合いが強かったのである。
満月が天頂に昇った。
時刻は真夜中を有に過ぎている。
深い森の闇に包まれてその小さな屋敷はあった。深夜だというのにその屋敷の窓には明かりが灯っている。
その窓の奥に紅茶をトレイで運ぶ白髪の老執事の姿が見えた。
深い眉とひげに顔を覆われた温和そうなその老執事は片手でトレイを支えながら暖炉のある広間の扉を開く。部屋の中は暖かい空気で満たされていた。
「失礼致します。」
広間に入り一礼した執事が顔をあげる。その先には柔らかそうなソファに小柄な身体を預ける少女の姿があった。
疲れきった表情を浮かべるその少女の視線はやや宙を彷徨っているかのように見える。
彼女が身に纏う真紅のドレスからは当初の優雅さは既に失われ、裾を始めあちらこちらが擦り切れ破れていた。また少女自身も顔や腕に擦り傷を追っており、泥と砂で汚れてもいたのである。
これは少女がこの屋敷に至るまでに体験した過酷な出来事の証明であるかのようであった。
執事はその瞳を細めるとゆっくりと少女の傍らに歩み寄る。そしてソファの前に置かれたテーブルの上に静かにティーカップを置いた。
「紅茶をお持ちいたしました。どうぞお召し上がりください、フィオラさま。」
自分の名を呼ばれたことと心地よい紅茶の香りによって、それまで呆けているようであったフィオラの碧色の瞳にゆっくりとではあるが光が戻ってきた。
「わ、私は・・・」
フィオラは両手で頭を抑えるようにして身体を硬直させた。その細く小さな肩が小刻みに震え出す。
「私は!私は!いや!近寄らないで!いやああああ!!」
フィオラのその様子に執事は慌ててなだめようとするが泣き叫ぶ彼女に触れていい物かどうかもわからずただ困惑するだけである。
バタン!
突然、扉が開いた。
長く赤い髪を持つ少女が広間に飛び込んできたのである。
「フィオラさま!落ち着いてください!大丈夫ですわ!ここはリーファの家ですの。何も怖いことはありませんわ!」
その少女は裾の長いスカートを履き、私服に着替えたリーファであった。
フィオラに駆け寄ったリーファは子供をあやすようにフィオラをその胸に抱きしめる。
リーファの乳房の間に顔を埋めたフィオラはその暖かく優しい感触に徐々に平静を取り戻していった。やがて涙交じりのしゃっくりがフィオラから漏れる。
「・・・り、リーファ?」
リーファの胸から顔をあげたフィオラのそれは涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。しかし心を許せる友人であるリーファに強く抱きしめられたことで、フィオラの顔にやっと僅かながら安堵の笑みが浮かんだようであった。
リーファのトレードマークとも言うべき丸いめがねをじっと見詰めていたフィオラは恥ずかしそうに彼女から身体を離した。
「あ、ありがとう・・・リーファ・・・」
「いいえ、これぐらいのこと。それよりももう落ち着かれましたか?」
ニッコリと笑いかけるリーファにフィオラは恥ずかしそうに頷いて見せた。
その様子に安心したのか、リーファはテーブルのティーカップに紅茶を注いでフィオラに手渡す。それを受け取ったフィオラは暖かい紅茶をそっと唇に運んだ。
「痛っ!」
突然フィオラが眉をひそめた。口の中が切れている。同時に彼女の脳裏にクレイン伯爵邸での悪夢のような出来事がよみがえってきた。
再び震えがフィオラを襲う。
「りー、リーファ・・・私、捕まっていたの・・・女学生たちに・・・そしておじいさまが・・・怖い・・・縛られて、き、キスされて・・・変な薬を飲まされて・・・い、いやあ!リーファ!!」
「大丈夫です!!」
リーファが大きな声で一喝してフィオラをもう一度強く抱きしめた。
「リーファがフィオラ様をお守りしますわ。」
耳元にささやきかける快いリーファの声にフィオラは「うん。うん。」と何度も小さく頷いていた。その瞳を幾筋も涙が伝い落ちる。
執事は二人の傍を静かに離れた。
そして広間を出て、そっと扉を閉める。
「王女は落ち着かれたかしら?」
背中から声をかけられ執事はやや驚いた様子で振り返る。そこには黒いショートヘアの東洋人の女性が立っていた。エメラルドグリーンのワンピースを着た理知的な美女である。
この高城冴香が人としての肉体を捨てたサイボーグであることは彼女の体のあちこちから覗き見える機械組織が証明していた。
「これは冴香さま。お体の方はもうよろしいので?」
「とりあえず、応急修理はね。あのレイナという女の子の体から使えそうなパーツは全て使わせてもらったから・・・」
冴香の顔が暗く沈んだ色を浮かべた。
その理由を執事は承知している。
激しい戦闘でかなりのダメージを追っていた冴香は彼女自身が倒したサイボーグ少女のパーツを使って自らを修理したのである。この日本を遠く離れた異国の地においてまともな修理メンテが受けられない以上、レイナの壊れたボディパーツを使って修理するしか冴香には方法が無かったのだ。
「ところでバフマンさん。」
名前を呼ばれて老執事は首を傾げる。
「一体、あのリーファお嬢さんは何者?そしてあなたもね。」
バフマンは答えない。この老執事はリーファに導かれてこの屋敷を訪れた冴香の姿を見てもまるで動じた様子を見せなかった。このただものとは思えない老人を冴香の瞳が鋭く捉えて輝く。
「あの娘の人外とも言える運動能力と戦闘技術、そしてこの屋敷の地下に設置された研究施設。とても普通の貴族には見えないわね。」
そう突き詰めながら、冴香の唇がわずかにほころんだ。さりげなくバフマンの体から放たれていた殺気がこのとき消失したからである。
「冴香さまはお嬢様がお連れした御方であります。さらに私はあなた様のお世話をするよう仰せつかっております。」
バフマンはそう言うと彼女を促すようにして歩き出す。冴香は黙ってそれに続いた。
二人が向かったのは屋敷の地下室である。暗く冷たい階段を降りたその先に設備の整った一大研究室は存在した。
研究室に入った二人の目にまず飛び込んできたのは白いシーツのかけられた手術台である。そのシーツの盛り上がりは明らかに人がそこに横たわっていることを示していた。
冴香は手術台のシーツを少しだけずらす。
その下から顔を出したのはあのサイボーグ少女レイナであった。いや、レイナという少女であった物と言うべきかもしれない。なぜならば、安らかな眠りに就くレイナの首から下はすでに分解されており、今ではかろうじて人の形を成す金属骨格が残るのみであったからだ。
「・・・バフマンさん、教えてもらえるかしら。」
シーツをもとに戻しながら冴香が言った。バフマンはしばし沈黙で答える。
「まさかリーファも私と同じ・・・」
「いいえ。お嬢様は人間でございます。」
「!?」
冴香の動きが一瞬だけ止まる。
「お嬢様がサイボーグなどではないことは冴香さま自身がよくわかってみえるのではありませんかな?」
図星であった。冴香は自分に内蔵されているセンサーでリーファが人間であることをすでに確認していたからである。しかしそれでは説明できないことがあまりにも多すぎる。
「私がお仕えするこのリイアネイル家は王国建国以来、王室の護衛を務めてきた家柄でございます。もちろん、このことは王族でも知るのは国王陛下のみ。リイアネイル家の人間は影としてその任を務めてきたのでございます。」
「日本の忍者・・・みたいな物ね。それではフィオラ王女もこのことは・・・」
「もちろん、ご存知ありません。」
冴香は息を吐き出した。緊張感がその身を包みこんでくるのがわかる。
「あの・・・そんな極秘中の極秘を得体の知れない私にしゃべるなんて、その、いいのかしら?」
「冴香さま・・・この老骨の願い、聞き遂げてはくださいませんか。フィオラ王女をお守りするリーファお嬢様の力になっていただきたいのです。」
冴香は即答しなかった。今この国で起きつつあるのは明らかに内乱である。
それも普通の内乱とは訳が違う。その相手は一般人を何のためらいも無くサイボーグ兵士へ改造し、利用するような連中なのである。
また通常考えれば、諜報活動を目的に入国している冴香がその国の内政混乱に手を貸すというのはナンセンスとしか言いようがない。
しかし冴香はその正体をすでにバフマンやリーファに知られてしまってもいるのである。と、なれば諜報員として彼らの口を封じたうえで、独自で国外脱出を図る。
その思考を脳がはじき出した時、冴香は瞳を閉じて軽く頭を振った。いつしか機械的な思考を展開している自分に気づいたのだ。
自分は脳以外の殆どの肉体組織を機械化している。もちろん女性の象徴とも言うべき器官も同様である。普通に愛する男性との子供さえ作れないのだ。しかし感情まで冷たい機械に改造したつもりは無かった。
-光司さん、ごめんなさい。今回の任務は一筋縄ではいかないみたい。あなたにもらったこの機械の体・・・目一杯使わせてもらうわ。そして必ず私は日本へ帰ります。
冴香は明るく凛としたフィオラの顔を思い起こしていた。
あのお姫様をこのまま見捨てることはできない。冴香は少なからずフィオラを気に入っているのである。
少なくともフィオラの姉であるルシアン王女が拉致されていることは冴香自身が直に目の当たりにしているため疑う余地が無い。そのルシアンが今どのような目に合っているか、冴香は嫌な考えを思い浮かべて、すぐにそれを打ち消そうとした。
-まさか、あの王女様を・・・自分たちの国の王女をサイボーグに改造したりしないわよね・・・。でも・・・。
冴香の表情が厳しく引き締まる。
バフマンは彼女が覚悟を決めたことをそこに読み取っていた。閉じていた冴香の瞳が開いた。黒い瞳がチカチカと小さな光を放っている。
「わかったわ。バフマンさん、その話引き受けるわ。」
バフマンの顔がほころぶ。
「武器弾薬、手配できるかしら。特にこの型の弾薬が欲しいわ。」
そう言って冴香はおもむろにワンピースの左の肩紐を下ろした。豊満な左乳房が露になるが冴香は顔色ひとつ変えずに乳首を押し込んだ。
カチャッ。
冷たい機械音が乳房から聞こえると、そこから一発の弾丸が頭を出した。
「これよ。」
冴香はその取り出した弾丸を、バフマンに差し出した。
「この弾は?」
「私の胸の銃の弾丸よ。もう撃ち尽くして一発も残っていないの、それが最後の一発。」
バフマンはその弾丸を確認すると承知したように頷いた。
「全く同じ物とはいきませんが、この型ならすぐに用意できます。」
そう聴いて冴香も安堵の色を浮かべた。とりあえず戦闘になっても武装がしっかりしていれば多少の事態はくぐりぬける算段が立つというものである。
そのとき冴香は改めてこの研究室を眺めまわしていた。
「ここは一体・・・なんの研究室なの?」
バフマンの動きがブリキ細工のように止まる。
「先代の・・・旦那様の・・・遺構でございますよ。」
「先代の?」
「十五年前の王立科学研究所の事故で、リーファお嬢様の姉君にあたるシルフィア様を失ってより先代の旦那様はここで研究を続けられたのです。その旦那さまも三年前に病死されました。」
「なんの研究をしていたのかしら?」
冴香の問いかけにバフマンは詳しくは答えなかった。
「リイアネイル家の人間の宿命とはいえ・・・リーファ様も亡くなられたシルフィア様も・・・お可哀想に・・・」
そこでバフマンのつぶやきは途絶えた。
そのとき微かに老執事の肩が震えているのを冴香は見逃さなかった。
静かに研究室を出て階段を上ってゆくバフマンの背中を冴香は黙って見つめていた。
第11話/終