第5章
一台のタクシーが平坦な一本道の国道を走っている。
初老のタクシー運転手はご満悦であった。
その理由は街のホテルで乗せた客が相当な美女の外国人であったからである。
美女は二十代後半。このアイアスでは珍しい黒髪をショートにまとめた東洋人である。
なめらかな光沢を放つ魅惑的なドレスの上にコートをはおった後部座席の美女を運転手はちらちらとバックミラー越しに盗み見る。
「ど、どちらの国からおみえにならえたのですか?」
たどたどしい英語で運転手が話しかけると美女は少し微笑む。
「日本よ。」
美女の答えに運転手はさほど関心を示さなかった。このアイアス王国の国民にとって日本はなじみの深い国ではない。
せいぜいアジアの経済大国程度の認識が程度である。
「クレイン伯爵のお屋敷までどれぐらいかかるかしら。」
「あと一時間というところです。山道を走りますから揺れますよ。」
美女はそれを聞くと黒のサングラスをかけた。そして脇の鞄から小型のパソコンを取り出して電源を入れる。
「ごめんなさい。データの処理をするのでしばらく話しかけないでちょうだい。こちらをちらちら盗み見をして事故を起こさないように。」
運転手は先からの自分の行動がばれていたことに赤面した。美女はその様子をおもしろそうに見つめている。
「じゃあ、よろしくね。」
美女の指がキーボードを叩き始める。彼女は次にパソコンに繋がれた細いケーブルを手に取った。
チュン。
小さな電子音が鳴った。なんとそのケーブルは美女の手首の裏側に直接、接続されたのである。
もちろんその部分は運転手からは確認できない。せいぜいコードが腕時計に繋がれているように見える程度であろう。
そう、彼女は人間ではない。彼女は明らかに全身を機械化されている改造人間-サイボーグであった。
サングラスの下の美女の瞳がデータを受信しているのか、赤や青に明滅する。
「九条すみれ・・・ね。」
彼女の脳に音声データが直接、流れ込んでくる。
「冴香くん、くれぐれも気をつけてください。東欧の小国とはいえ、とかく情報の少ない国です。万が一、君の身に何かあったとしても救出することは不可能になります。いいですね、君が無事に帰ってきてくれることだけを心から祈っていますから。」
優しく語りかけてくる男性の声に、美女の頬がポッと赤く染まった。
彼女の名前は高城冴香。日本で開発された女性サイボーグである。
サイボーグ開発を行っているのはここアイアス王国だけではない。
しかし実用化レベルに至っている国は決して多くはなかった。
声の主は日本のサイボーグ開発の第一人者である草薙博士である。
-わかっていますわ、ありがとう・・・光司さん。でもこののどかな国でサイボーグ開発が行われているなんて信じられない・・・。
次に映像データが流れ込んでくる。
長い髪をもつ穏やかな笑みを浮かべている少女の映像である。
「これがアイアスで行方不明になっている九条財閥の令嬢、九条すみれさんです。」
-彼女の捜索も任務のひとつということね。
冴香はふうと息をついた。
サイボーグとは言え彼女の脳は機械化されてはいない。
そのため膨大な電子情報は頭部に埋め込まれた補助電子頭脳が処理していた。
やがて彼女の頭脳へのデータ転送は終了したようである。
車が揺れ始めていた。山道に入ったのであろう。
「あっ!」
不意に破裂音が鳴り響き車が急停車した。
「すいませんパンクしたみたいです。すぐに直しますので。」
運転手が頭をかきながら車を降りた。冴香も車を降りる。
外の空気を吸いたいという感傷からではなかった。
外へ出た冴香のセンサーが周囲を探索する。戦闘用サイボーグとしての性であった。
そのとき冴香のセンサーがこの道を近づいてくる車の存在をキャッチする。
この先にあるのはクレイン伯爵の屋敷だけである。行き先が同じなのは間違いないであろう。
「それじゃ、情報収集といきますか。」
冴香はサングラスを外しながら、つぶやいた。
*
三人の美しいドレスに身を飾った少女たちを乗せた高級リムジンが山道を疾走している。
頬にかかる金色の髪を指先で弄びながら少女の一人、誰あろうフィオラ王女は終始、落ち着かない様子である。
「フィオラ、もしかして緊張しているの?」
「き、緊張なんてしてませんわっ」
後部座席に向かい合って座っている姉のルシアン王女のからかうような問いかけにフィオラはぎこちない笑みを浮かべて答える。
「フィオラさま、大丈夫。このリーファがついていますわ。」
明らかに緊張している様子のフィオラに、傍らの少女がすり寄る。
腰まであろうかという細く美しい赤い髪の少女は、丸いメガネをかけている。
もちろん彼女も光沢のあるシルクのドレスを来ており、そこから漂う気品は紛れもなく貴族の物であった。
この赤毛の少女。
名前をリーファイス・リアネイルという。
リアネイル家はアイアス王国の貴族の中でも名門として知られている家柄である。
最近は政界からも遠ざかっていたが一人娘のリーファイスがフィオラ王女と同年齢であったことから、その学友に選ばれたのだ。
リーファイスは生来のんびりした性格であったが、なぜか対照的なフィオラとは本当の姉妹のようにウマがあった。
自分のことを「リーファ」と呼び、フィオラやルシアンも彼女をリーファと呼んだ。
ガクン。
突然、車が停まった。
フィオラは何が起きたのかと後部座席から身を乗り出す。
「こら、フィオラはしたない!」
ルシアンの声を聞いてか聞かずか、フィオラは運転手に問いかける。
「どうしたの?」
「ひ、姫さま!?何という格好を!?」
「いいから、いいから。で、なに?」
屈託のない笑みを浮かべるフィオラに初老の運転手は前方を指さした。
「どうやらパンクした車が道を塞いでいるようです。先行の護衛車両から連絡がありました。」
「ふうん。」
フィオラは砂利道の続く前方を眺め見る。見れば確かに黒の護衛車両と民間のタクシーらしき車影が確認できた。
そのときである。車の無線から男と女性の口論らしい声がフィオラの耳に飛び込んできたのだ。
「・・・ようし!」
フィオラは乗り出していた身を元に戻すと、車のドアを開いて外に飛び出した。
「ちょ、ちょっと!待ちなさいフィオラ!!」
ルシアンが止めるのも聞かず、フィオラは駆け出すが長いドレスの裾と履きなれないハイヒールのため思わず転びそうになる。
それを間一髪、回避したフィオラはドレスの裾を掴み上げると再びぎこちなく駆け出した。
「お、お待ちになってください!フィオラさま~っ!!」
リーファも慌ててフィオラの後を追いかける。
「だ・か・ら!どうせ行き先は一緒でしょ!?乗せていってくれてもいいじゃないの!」
「ふざけるな!我々をなんだと思っているのだ!」
フィオラが見たのは激しく護衛官に喰ってかかる東洋人の美しい女性だった。
「外国人・・・ね。」
まだ少女の面影のあるフィオラから見てその黒髪の女性は何とも強く美しく見えた。
そのときリーファが追いついてきてフィオラの腰にしがみつく。
「フィオラさま~っ!ダメですよっ車に戻りましょうぉぉ。」
リーファのあまりに大きな声に周囲の視線がフィオラたちに集中する。
そして次の瞬間、護衛官たちの表情が硬直した。
「ひ、姫さまっ!?車をお降りになってはいけませんっ!!」
護衛官たちが慌ててフィオラたちの周囲を取り囲む。当然である。
しかし驚いたのは護衛官たちだけではなかった。
黒髪の美女・高城冴香も同様であったのだ。
冴香の脳に埋め込まれた補助電子頭脳が瞬時の内に目の前の金色の髪を持つ美少女のデータをはじき出す。
-ま、まさか。フィオラ王女に会えるなんて!?
あまりの驚きで冴香も声が出ない。
「その方は困ってみえるのではありませんか?」
護衛官に囲まれたフィオラは先ほどまでの活発な少女という風ではなく凛とした口調で護衛官の責任者に問いかけた。
「は、はあ。実はこの女性が車に便乗させてくれなどと申しまして・・・」
フィオラのまわりから発せられる気品ともいうべき空気に護衛官が緊張気味に答える。
それを聞いたフィオラは顎に人差し指を当てると小首をかしげてニコリと笑った。
「じゃあ、みんなでそのタクシーのパンクを直してさしあげればいいではありませんか。それでみんなで参りましょう。」
「フィオラさまの言うとおりですわ!どのみちそのタクシーが動かなければ先に進めないわけですし。」
リーファが感動したように言った。
「さあさあ、始めて始めて。」
フィオラに促されるまま数人の護衛官がタクシーの運転手の元へ駆け寄って行く。
冴香はこの屈託のないまた気品溢れる少女に好感を抱かずにはいられなかった。
テロ対策サイボーグとしての任務の中で多くのVIPと接触してきた彼女だがフィオラのようなVIPを見たのは初めてであったのだ。
「どこの国の方ですの?」
フィオラが不意に冴香に問いかけてきた。もちろん英語である。
「日本です。あの・・・雑誌の取材でこのアイアス王国を取り上げることになりまして、本日の舞踏会に特別に出席させていただくことになっております。」
冴香はそう言ってパスポートと取材許可証をフィオラたちに見せた。
「日本ですか、遠い所からいらしたのね。そういえばクレインお爺さまは大の日本通なのよ。よくお屋敷で日本から取り寄せたサムライのビデオを見ていらっしゃるそう
よ。」
そう言ってフィオラは笑った。冴香も合わせて微笑む。
冴香はこのフィオラが人間をサイボーグに改造するという計画に関係しているとは到底思えなかった。
しかし国の機関としてその計画は存在するはずである。
そうでなければ冴香ほどのサイボーグが送り込まれるはずがないからだ。
ほどなくして護衛官の一人がパンク修理が終了したことをフィオラに伝えに来た。
「では冴香さん、またあとで会いましょうね。」
フィオラはそう言って軽く手を振ると、来たときと同じくぎこちなくリムジンに戻ってゆく。リーファもそれに続いた。
「あれがフィオラ王女。」
冴香は久々にゆったりとした気分を味わっていた。
彼女は全身を機械化されていても感情は持ち合わせている。
冷たい機械の身体に不思議と暖かい物が満ちるようであった。
「こら!フィオラ!!」
車に戻ったフィオラに姉ルシアンの叱咤が飛んだことは言うまでもない。
*
「あ、あふう・・・」
熱い吐息をもらしながら美女は老人の唇から真紅の唇を離した。
広い屋敷の中の一室。
クレイン伯爵の荘厳な寝室にその二人はいた。
コートを脱ぎ黒のドレス姿の美女はベッドに横になった老人-クレイン伯爵に覆い被さるようにしてもう一度、唇を重ね合わせる。
「う・・・うむ・・・」
「あむ・・・あふ・・・」
クレインはまるで子供のようにエイツ・ビーと名乗った美女に唇をむさぼり吸われ
ていた。
エイツ・ビーは誰あろうガルディ一派に拉致されたあげくサイボーグへと改造された日本人女性・九条すみれである。
すみれはクレインの舌を吸い上げ、さらに自らの舌とねっとりと絡み合わせる。
お互いの唾液が糸を引き、それを楽しげに見つめながら、すみれはなおも自らの唾液をクレインの口に流し込んだ。
クレインはその唾液を恍惚としながら喉の奥に流し込んで行く。
「伯爵・・・とても八十歳になられる老人とは思えませんわ。」
すみれが唇と唇の間に唾液の線を引きながら言った。
クレインは焦点の合わない視線を泳がせながら、皺の寄った両手を掲げて傍らのすみれを抱え込むように抱き寄せる。
「こ、こんな・・・いかん・・・このようなこと・・・許されぬ・・・」
うわごとのようにつぶやきながらクレインはすみれの頭に手を回すと言っていることとは正反対にすみれの顔を引き寄せて、今度は自らすみれの口をむさぼり吸い始めた。
「はう・・・うむ・・・あふ・・・」
舌と舌を絡み合わせながらすみれは熱い吐息を漏らす。
ほんの数週間前までは深窓の令嬢として生活してきた彼女もサイボーグへと改造された結果、今では妖艶な娼婦と化していた。
「伯爵、うふふふ・・・」
すみれが頬を紅潮させながらクレインの股間に手を伸ばす。
クレインのズボンのチャックを下げると、そこからとても老人の物とは思えないほどの物が屹立した姿を現した。
「こ、こんな?」
クレインは信じられないといった表情を見せるが、すみれは妖しく笑みを浮かべながらドレスの背中のファスナーを下ろす。
優雅にドレスが床に落ちた。
「ふふふ・・・」
そこには芸術的ともいえるプロポーションのすみれの裸身があった。
もちろん彼女のこの体型もすべて改造手術によって造り出されている。
朦朧としながら身を起こしたクレインは引き寄せられるようにすみれの豊満な乳房に顔を埋める。
クレインの瞳にはもはや思考というものが感じられなかった。
すみれの口の中の人工粘膜から分泌されている唾液は強力な媚薬である。
それをたっぷりと味わったのだ。思考を失うのも無理はなかった。
「まだまだですわ。」
すみれの唇が妖しく笑みを浮かべる。
クレインは衣服を脱がされ全裸となった。
そして唾液を滴らせるすみれの舌がクレインの口から首筋から胸へ、さらに下腹部へと降りて行き、屹立する肉棒を舐め上げ始める。
「むふ、あふ・・・」
やがてすみれの口がクレインを包み込む。
「おおおっ」
媚薬の唾液に包まれてクレインは悶絶するようにのけぞり、すみれの口の中に熱い迸りが発射されるのにさして時間はかからなかった。
それをすみれは平然とこくり喉を鳴らしながら飲み干すと上体をお越し、跨ぐようにしてクレインの顔に自分の性器を押しつける。
「伯爵・・・さあ」
すみれの性器ももちろん機械化されている。そこから溢れ出る愛液もまた強力な媚薬であることは言うまでもないだろう。
クレインはその愛液で口を一杯にしながら愉悦の表情を浮かべていた。
すみれはそれを確認すると再び全身を密着させながら、人工性器にクレイン自身を飲み込む。
「ぐああああっ!!」
クレインがあまりの快楽に悲鳴にも似た叫びを上げた。精液の最後の一滴まで絞り出すように騎乗位になったすみれの腰が激しく音を立てて上下する。
すみれの人工性器からクレインの放った白濁液が愛液に混じって溢れ出した。
「年寄りのくせに、たくさん出すこと。ふふ。」
そのときすみれの瞳が緑色に変化する。
「はうっ!」
突然の激痛にクレインが瞳をカッと見開いた。
豊満な乳房をすみれがクレインの胸にに押しつけている。
見れば乳首の先から細い注射針が飛び出しているではないか。
そこから何かの薬品を注入しているのは間違いなかった。
クレインの苦悶の色が和らいでゆく。
まるで麻酔をかけられているように陶酔の表情をクレインは浮かべ始めた。
「伯爵、ガルディ閣下のために働いていただきますわ。」
「う、うう・・・」
すみれの瞳が不気味に輝く。
「いくわよ。」
すみれがにやりと笑みを浮かべたとき。
チュイィィィン!
短い金属音がすみれの股間から発せられる。
「は、あうう・・・。あああっ!」
すみれが高い喘ぎ声をあげてのけぞった。
見ればすみれの人工性器の一部から鋭い円筒状のニードルが飛び出してきていたのである。
「ああ、あああっ!いいいっ!!」
まるで出産するような苦痛にもだえ苦しみながらもすみれは、ニードルを突出させる。
そしてまるで女王蜂のようにニードルをクレインの菊座に挿入したのである。
「ぎゃあああっ!」
悲鳴をあげるクレインの口をすみれの唇が塞ぐ。
「う、うぐううううっ!!」
クレインが必死にすみれを引き離そうとするが人間以上の力を持つすみれを老人が引き離せるわけがなかった。
ただでさえすみれの愛撫と媚薬によって全身が弛緩してしまっているのである。
筒状のニードルを通してすみれからクレインの体内に何かが送り込まれる。
「ああああっいいいっ!!」
恍惚とした表情を浮かべてすみれが歓喜の声をあげる。
そしてクレインが泡を吹いて失神しているのを確認して、ニードルを引き抜いた。
「ふう。」
すみれは事を終えて満足そうに息をつき、静かに立ち上がった。
眼下には白目をむいて失神している老人がいる。
「CGS-01。02。入っていらっしゃい。」
すみれの呼びかけに答えるように二人の女学生が部屋に入室してきた。
「異常は?」
「ありません。全て順調に進行しております。」
青い髪の少女が機械的に答える。
彼女たちはドルーク博士によってサイボーグ兵士へ改造された女学生たちである。
「お姉さま、この老人死んではいませんか?」
金髪の少女の問いかけにすみれはドレスを着ながら、低く笑った。
「大丈夫。死なないように様々な薬品を注入しておいたわ。とはいえ、もってあと数時間ってところかしら。」
「まあ。」
二人の女学生が顔を見合わせながら冷たく笑う。
「最後の仕上げはまかせるわ。」
そういってすみれはハンドバックの中から極小の針状の回路を取り出し、彼女たちに手渡す。
「これをこの老人の脳に打ち込んでおけばよろしいのですね。」
「そう。それでこの老人は私たちの操り人形よ。」
すみれはそう言って二人の少女サイボーグの頬に軽くキスをする。
「可愛い妹たち。私たちに素晴らしい身体を与えてくだされたガルディ閣下の栄光のためにがんばりましょう。」
「はい、お姉さま!ガルディ閣下、万歳。」
「はい!ガルディ閣下、万歳。」
三人はその瞳を不気味に輝かせながらガルディへの忠誠の言葉をつぶやき合う。
その瞳はまるで人形のように無機質で冷たかった。
第5章/終