第1章
男は憮然として国王の宮殿を後にしようとしていた。
宮殿の庭先に出た男は美しい草花が植えられ、優しい水音をたてる噴水のある美しい宮殿の庭先を一瞥すると苦々しげに口元を歪める。
「私を解任なされるとは。陛下・・・いや兄上、残念ですな。」
男の名はガルディ・ジウ・アイアス。
ここ東欧の小国アイアス王国の王弟であり、執政として国の政治、軍事を牛耳っていた男である。
「牛耳っていた。」
そう。すなわちガルディはつい先ほど兄であるアイアス国王ローム3世じきじきに執政の地位を剥奪罷免されたのだ。
アイアス王国は周囲を険しい山脈に囲まれた国土を有するため、周辺の国々との国交は極端に少ない。けれどもその国土からは豊富な鉱物資源が産出されるため国は最低限の貿易を行うだけで国の財政を十分潤すことができた。
また老齢だが国王も人徳厚いことで知られ、国民の人気も高い。
その国王の最大の失政と言われているのが王弟ガルディを執政職に就けたことであった。
ガルディは当初、科学技術大臣と国軍最高司令官の地位にあり、その最先端の情報と技術を背景に国王に自分の執政職就任を迫ったという噂である。
それだけの理由で剛胆でも知られる国王が冷酷で残忍との風評が強いガルディを執政職のような重要な職に就けるとは到底信じられないが現にガルディはその地位を手に入れている。
それでもアイアス王国は表向きは平和な国であった。
が、しかし最近、信じられない黒い噂が国王ローム3世の耳に入ってきたのである。
それはガルディがその地位の権力を利用して恐ろしい計画を進めている、というものであった。
その計画とは人間の身体を機械化、忠実なサイボーグ兵士へ改造するという常識ではとても考えられない研究計画であったのだ。
現にアイアス国内では若い男女の原因不明の失踪が多発していた。
これこそガルディの指揮のもと設立された国家秘密情報機構による人体実験のための人間狩りであるともその筋で噂されている。
このことを何者かが国王に告げたのである。
事態を重く見た国王は内密にガルディを呼び出し、厳しい口調で彼を詰問することとした。
そして国王は言葉を失うことになる。
詰問されたガルディは驚くべきことに、その噂の全てを国王の面前で平然と肯定したのである。
アイアス王国には第2次大戦終戦間近、多くのナチス技術者が逃げ込んで来ていた経緯がある。先代国王ダウス2世は彼らを保護し、国内の科学技術発展に利用したのだ。
そしてガルディは彼らの一部と接触、自分がかねてから興味を持っていたサイボーグ兵士の研究を続けさせてきたというの
である。
サイボーグへの改造手術実験には健康な肉体を持つ若者が不可欠である。
これまでは軍部内の若い男女将校たちを人選し実験材料としてきたが、最近はより広域なサンプルを求めて一般の民間人や旅行者を拉致し、改造実験を行っているというのだ。
「な、何ということを!?」
国王は驚愕した。とても人として許せることではない。
しかしガルディはそんな国王になおも平然と笑みを浮かべ答えた。
「お気になされますな。このアイアスのような小国が列強の中で生き残ってゆくためには科学技術で対抗する外ありません。
強力なサイボーグ兵士による戦闘部隊、多機能を持つ諜報サイボーグ、さらには要人暗殺を目的としたサイボーグと、用途は無限にありましょう。」
「そのために多くの若者を実験材料などにしてよいはずがあるまい!」
「アイアス王国のために一命を捧げる。サイボーグ改造技術はすでに実用化に至っております。実用化サイボーグ改造実験第1号となった女性士官などはよろこんでその若い肉体を実験に捧げてくれましたよ。彼女もきっと本望でしょう。」
「ばかな!!」
国王は吐き捨てた。
もちろんガルディの言ったことは偽りである。
真実は、士官学校を卒業したばかりのこの若い少女士官はガルディに呼び出され、その場でサイボーグ改造手術を受けることを命令されたのだ。
少女士官はこの異常な命令に困惑する間を与えられなかった。
待機していた技術者たちが恐怖で暴れる彼女をその場で取り押さえると地下の手術室に強制連行し、ただちに改造手術実験を行ったのである。
手術はデータを採取しながら3日間にわたって行われ、4日目には少女の殆どの臓器の機械化が完了する。
しかし、さすがに神経組織の機械化、さらに脳の摘出には耐えられずに機械と生身の身体という異様な姿にされた彼女はこの日絶命した。
恐怖で怯える彼女が手術台に乗せられてから遂に絶命するまでの間、手術の様子をモニターで逐次観察していたガルディ
は、彼女の死亡を伝えられると平然と次の人選を命じたという。
現在、その絶命した少女はカプセルに入れられサンプルとして研究所地下に眠っている。
もちろん家族には事故死として報告されたことは言うまでもない。
「我々が行っている実験は必ずアイアスの国益となります。全て私にお任せ下さい。」
慇懃に頭をさげるガルディの肩を、そのときローム3世は手に持った杖で激しく打ち据えた。
「ガルディ!おぬしの執政の任を今この場で解く!」
この言葉を受けてガルディの口元の笑みが消えた。
「陛下・・・本気で私を?」
「むろんじゃ!屋敷で謹慎しておれ!処分はいずれくだす!!」
激昂している国王を冷ややかに見つめるとガルディはふうとため息をついた。
「陛下、後悔なさいますな。」
一礼し、国王に背を向けたガルディはゆっくりと謁見室をあとにしたのだった。
そして今、ガルディは緑の庭を眺めている。
そのガルディの瞳はゆっくりと周囲を見回しバラの花で飾られた庭園のアーチで動きを止めた。
「おや、これはこれは。」
ガルディは口元に下卑た笑みを浮かべながら呼びかける。
そこに現れたのは二人の美少女であった。
二人は姉妹らしく金糸銀糸宝石で彩られた美しいシルクのドレスをまとっている。
楽しげに笑う姉妹は冷ややかな笑みを浮かべているガルディに気づき表情をこわばらせた。
「ルシアン姫、フィオラ姫、ご機嫌うるわしゅう。」
姉のルシアンは肩まである黒髪と琥珀色の瞳をもつ美少女であり、妹のフィオラは、金色の髪と碧色の瞳をもつまだあどけなさの残る少女である。
二人の髪の色が違うのには理由がある。ルシアンは前王妃タニアの娘であり、フィオラは昨年病死した後妻ポーラ王妃の娘であった。
前王妃タニアはルシアンの母というだけあって美しい王妃であったが十五年前、アイアス王立科学研究所視察中に事故死している。
テロによる爆破に巻き込まれたということで遺体は発見されていない。
その後、後妻として王妃に迎えられたのがフィオラの母ポーラである。
母は違ったがこの姉妹はとても仲が良く美しい王女姉妹はアイアス国民の人気も高い。
しかし誰に対しても笑顔と優しい心遣いをわすれない王女姉妹も、叔父にあたるガルディにだけはその笑顔を見せることはなかった。
ルシアンもフィオラもこの氷のように冷たい瞳を持つ叔父に好意を寄せることができなかったのである。
それを承知の上でガルディは石段を降りると二人に歩み寄る。
フィオラが姉の背後に身を隠すのをガルディは苦笑をもって受け入れた。
「叔父上、今日は父上になにか?」
ルシアンが気丈を装い問いかける。
「まあ、陛下におかれましてはいろいろと・・・」
ガルディが言葉を濁す。
そんなガルディをルシアンは緊張した面持ちで見つめていた。そして自分のドレスの腰をクイクイと引っ張るフィオラに向
き直ると静かに頷いた。
「叔父上、私たちはこれで。ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
ドレスのスカートを軽くあげて会釈するルシアンに習ってフィオラも同じ動作でガルディに会釈し、姉妹はガルディの横を
通り過ぎる。
ルシアンらが通り過ぎたとき、ガルディは頭を下げつつ姉妹が残した香水の残り香にひかれて歩み去る姉妹の背中を見送った。
「・・・ほう、母親と同じ香水を使っているのか。ルシアンもいい女になりましたよ、姉上・・・。それにフィオラも。」
ガルディの意味深な独り言が姉妹に聞こえるはずもなくルシアンとフィオラは庭園の奥
に逃げるように身体を躍り込ませた。
同時にフィオラは軽く頬をふくらませて姉に話しかける。
「お姉さま、わたしあのガルディおじさま嫌いだわ。」
はっきりと言うフィオラにルシアンはやや驚いた顔を見せたが優しく微笑むと「私もなの。」と舌を出して言った。
フィオラも思わず吹き出す。
「アハハハ」
「ウフフ」
姉妹は手をつないで歩き出す。
フィオラは母が違う姉のルシアンに深い憧れを抱いていた。また母を失ったばかりの
フィオラにとって姉ルシアンは母の温もりを感じさせてくれる唯一の存在でもあったのである。
優雅で美しく心優しい。絵本や物語に出てくるお姫様というのは姉のような人に違いないとフィオラは常々思っていた。
「あーあ、私も早くお姉さまみたいに社交界にデビューしたいわ。」
思わずフィオラの口から出た言葉に姉のルシアンはやや苦笑いを見せる。
「そう?あれはあれで結構、大変なのよ?」
「いいえ、だってパーティーに行かれる時のお姉さまってとっても綺麗なのですもの。」
「そ、そう?」
率直に誉められてルシアンは頬を紅潮させていた。
このときフィオラが「しめた」とばかりにルシアンにすり寄って続ける。
「お姉さまお願い!今度のパーティーに私を連れて行って!」
これがお目当てなのね、とそのとき気づいたルシアンだったが緑色の瞳を輝かせながらお願いしてくる妹に叶うはずもない。
「わかったわ。今度、クレインお爺さまの誕生日パーティがあるの。お父様にお願いしてあげるわ。」
「わあ!お姉さまありがとう!」
フィオラが両手をいっぱいに広げてルシアンに抱きついた。
「こら、フィオラ、はしたないわよ!」
「大丈夫、パーティではお姉さまよりもお淑やかにするわ!!」
「まあ、言ったわねえ。ウフフフ」
姉妹は互いに笑顔一杯に踊るように舞い、笑った。
その姿はまるで大地の女神が空から舞い降りた天使と舞うようであった。
*
「閣下、お迎えにあがりました。」
その頃、庭園を出たガルディはを黒い高級車とSPに出迎えられていた。
ガルディは黒服の屈強そうなSPに守られるようにその車に乗り込む。
「閣下、陛下はなんと?」
助手席に乗り込んでいた面長で白衣をまとった男が問いかける。
「罷免だそうだ。」
白衣の男はヒヒッと笑った。
車がゆっくりと走り出す。
「それで、いかがなされるのですか?研究は中止なされるのですか?」
「馬鹿な。何のために私がこれまで長い年月、莫大な資金と多くの人員をつぎこんできた
と思っているのだ。」
「承知しております。」
「グリエフ博士、肝心の研究状況はどうなっているのだ?」
「サイボーグMCX-S1の開発は成功しております。ただ・・・」
「ただ?」
「女性サイボーグ開発が若干遅れております。最終段階にまで達してはおりますが、なにぶん男と違い、体力的な問題で改造手術に耐えられない事が多く・・・」
「実験材料のストックは?」
「先日来、民間人や旅行者の拉致も難しくなってきておりまして思うようには・・・。
ただ先日拉致した者の中になかなか良いデータを持った娘たちがおりましたのでその者達のうち一名を現在、研究所で改造手術中です。
残る二名についても現在、身体データの採取を行い準備中であります。
この娘たちを使って改造手術が成功すれば一気に女性サイボーグ実用化へ入れます。」
ガルディは腕を組んで黙り込む。
「どんな娘たちだ?」
「どうも学生らしく、現在改造中の娘と一人はイギリス人、もう一人は日本人のようです。
なに好きこのんでアイアスに来た事やら。」
博士がニヤリと笑い舌なめずりする。
ガルディはグリエフの性癖を知っていた。グリエフは改造手術を行う前に気に入った娘を抱く習慣があり、こうして自分が楽しんだ娘を自らの手で改造実験に使うのである。
たいした異常趣味の持ち主だとガルディは思ったが、自分もたいして変わらないことに気づき自嘲気味にふんと鼻を鳴らした。
「日本人か。大丈夫か?」
「軍士官から候補者を選抜するのももう限界です。現状では文句のない最高の素材です。
お許しがいただければ優先的に残る
二人の改造手術を行いたいと思いますが。」
「わかった、追って指示する。とりあえず博士は現在改造中の娘の手術に全力をそそいで
くれ。私が執政職を罷免された今、時間はあまり残されてはおらん。この結果如何によって今後の展望が変わる。むしろ博士
の方こそ研究をここで中止するのは本意であるまい?」
「確かに。で、閣下におかれては何か策がおありなので?」
グリエフ博士の問いかけに、そのときガルディは周囲の者がゾッとするような微笑を浮かべ、冷淡に言った。
「当然だ。」
ガルディは国王など恐れてはいなかった。
執政職の罷免も正式になるまでまだ時間がかかるであろう。
それぐらいの手は打って合る。議会や国王周辺への根回しは完璧であった。
「兄上、あなたも所詮わたしと同じ穴のむじなだということをお忘れなさるな。」
ガルディが憎悪を込めてそう独白したとき、その脳裏に一人の女性の姿が浮かび、すぐ
に消えたことを気づく者はもちろん誰もいなかった。
第1章/終