サイバーヒューマン社の最上階の特別会議室では、定例の取締役会が開催されていた。
議題が、新型宇宙服の完成の報告と、販売方法に移った。
 私は、席に備え付けられたインターホンに指示を出した。
「水沢主任、特別会議室に来てくれ。私が呼ぶまで、特別会議室の控え室で待機していてくれ。
いよいよ、君の出番だ」
 宇宙製品開発担当役員から、新製品である長期着用型宇宙服の技術的な説明が行われた。
役員たちに何とも言えない溜息が聞こえてきた。
 私には、理由がわかっていた。役員たちは、こんな身体の代償を払ってまで、長期着用型宇宙服に身を包むアストロノーツを選抜する国があるのだろうかという疑問と、もしあったとしても、そのような境遇に置かれたアストロノーツに自分がなった時の恐怖感であった。
 その奇妙な沈黙を破って、宇宙製品の営業担当役員が、
「各国のアストロノーツたちの間には、今の宇宙服よりもっと制約が無く宇宙空間や惑星での作業が出来る宇宙服が開発されるのを期待しています。また、各国の宇宙開発当局は、人間の限界を超えて宇宙空間で活動できるような宇宙服とアストロノーツを開発することに躍起になっています。ロボットや無人衛星など機械任せでの宇宙開発には、現場の人間は、限界をとうに感じているのです。人間が宇宙開発の最前線にいないといけないことを痛感しています。今回の我が社の製品は、コスト的にもこなれていて、各国のニーズを充分に満たすため、かなりの反響と需要があると考えています。各国の開発チームが考えたものよりも斬新なものなのです。自信があります」
 宇宙製品営業担当役員は、自信をみなぎらせて言った。
 私は、そのタイミングを見計らって、インターホンに向かって、
「水沢主任、入ってきてくれ。」
といった。
 間をおかないで、杏奈が、特別会議室の新商品準備室につながる扉を開いて入ってきた。役員たちの目には、薄緑色の人影が、突然、会議室の中に入ってきたように見えた。その人影が杏奈なのである。
 私は、杏奈を私の横に立つように指示を出した。
 杏奈は、役員が座る大きな円卓を約半周して、私の横に立った。
「これが、我が社の開発した最新型の長期着用型宇宙服の実物です。装着実験者として、秘書課の水沢杏奈主任が志願してくれて、このように実際の装着モデルになってくれました。彼女が、我が社の長期着用型宇宙服の装着第一号ということになります。もちろん、秘書としての機能も存分に発揮できるように、サイボーグ手術は、長期着用型宇宙服着用適合手術だけでなく、秘書機能強化のための手術も同時に施されているのです。彼女に私の秘書として、私と一緒に各国の首脳や関係者と会ってもらい、実際の着用者としての広告代わりになってもらうことになっているのです」
 私の説明に、役員から、うめき声が上がった。
「こんにちは、役員の皆様、秘書室の社長専属主任秘書の水沢杏奈です。志願して、長期着用型宇宙服の永久装着実験者として装着試験及び、サンプルとしての生活を開始しています。よろしくお願いします。」
 そう言って、杏奈は挨拶をした。
 といっても、杏奈にとって、身体を曲げるような行動があまり得意ではない身体になっていたため、軽い会釈をしただけであった。
 役員たちがヒソヒソ話をし始めたのを見て、私は、
「水沢主任の長期着用型宇宙服を装着した時の集音能力は非常に高いと先程説明したばかりなのですよ。みんながしているヒソヒソ話は、全て、水沢主任に聞こえていると思わないといけません。注意するように」
 役員全員が沈黙し、会議室内は水を打ったように静かなった。
「大丈夫ですよ。役員の皆さんの小さな会話に気をつかわせないように、集音ボリュームを下げています。今は、標準人体並みの聴力しかありませんのでご安心ください」
 役員の顔に安堵の表情が広がった。
「水沢君、気遣い感謝するよ」
 私は、杏奈にごく事務的に感謝の言葉を言った。
「社長、ありがとうございます」
 杏奈も事務的に答えた。
 TPOによる会話の使い分けは、二人とも心得ていたし、杏奈は、秘書サイボーグとして、コンピューターのアシストにより、より、ビジネス上のモラルが完璧になっているようだった。
 杏奈のインナーヘルメットから見えるアウターヘルメットのフェイスプレートには、このような時の
担当役員との会話の仕方が表示されるようになっているのである。ただし、杏奈の業務の習熟度合いを脳との協調によりコンピューターが判断し、杏奈が判断に困る可能性がある場合か、杏奈が必要だと感じた時にのみ表示されるようになっていた。
 役員から、
「水沢主任に質問しても好いでしょうか?」
という声が上がった。
 私は、その為に杏奈を呼んでいたため、断る理由がなかった。逆に杏奈の長期着用型宇宙服を装着された一般的に異様な姿が社内で受け入れられるには、役員が納得するまで質問をしてくれた方がいいのだと判断していたのであった。
 いつも、杏奈を見慣れていた副社長が口を開いた。
「水沢君は、長期休暇を取っていることになっていたのが、まさかこういうことになっているなんて
思いもよらなかったです。長期着用型宇宙服を触っても好いだろうか?」
 私は、他人に杏奈が触られるのを見るのもいやだった。たとえ、ボディーケースの上からでもなのであったが、少し、理性で抑えることが出来た。何故なら、杏奈にとって、長期着用型宇宙服の外側に作用した感覚が杏奈に伝わることは全くなかったからであった。
 副社長は、杏奈が装着している長期着用型宇宙服を上から下まで叩いてみていた。しかし、
杏奈にとっては何も感じることはなかったのであった。
「すごい、まるで肌のような弾力だ」
 副社長が感心した。他の役員が、
「水沢主任は、サイボーグになって、経口での食事が出来なくなったと聞いているのだが、食事をしたいと思ったことはないのかね?」
 という質問が飛ぶ、
「最初のうちは、そう言う願望というか欲望があったのは事実です。でも、今は、食事を口から摂りたいという欲望もなくなってしまいました。そう言う欲望を消す訓練や精神処理も受けていますから。それに、もう今となっては、口を使用して固形物を摂取するという習慣もなくなっていますし、訓練も受けていないですから、口から食物を摂取するという動作を行うことは無理になってしまっていると思います」
 役員たちの中から、また、ため息が漏れた。
 彼らは、自分がそのような身体になったらどう思うのだろう、自分はサイボーグには、たとえ命令をされたとしてもなりたくないと思っているに違いがなかった。
 杏奈も、そういう空気を読み取ったに違いなかった。
「でも、このサイボーグという身体は、慣れてしまえば、どんな環境下でも平気ですし、まして、長期着用型宇宙服をという鎧を装着されていますから安心なんです。前からの懸案だった、我が社の宇宙ステーションへの出張も簡単に出来るようになりました。私は、宇宙ステーションや各国の月面基地への出張も希望していましたので、その志願がしやすくなったので嬉しく思っています。
地球外環境での生命の安全性が飛躍的に上がったということに感謝しています。各国のアストロノーツの皆さんからのアンケートでも、宇宙生活が長いアストロノーツの皆さんは、生身の身体よりも、はるかに生命維持機能の高い身体になることや装備に包まれることに強い希望を持っています。生身の身体より、宇宙空間での作業性の向上を優先したいと思う方が多いという事実もあります。私の姿を見たら、きっと、この新商品を採用することに強い欲求を覚えることと思われます」
 杏奈は、自分の身体の優位性やアストロノーツたちの願望をよどみなく説明してくれた。それでも、役員たちにとって自分の身に起こりたくない事だという意識は消えるはずもなかった。その気持ちは、無理のない事であった。
 何故なら、人間としての身体を意志があるという点では人間と変わりないとはいえ、身体のほとんどを機械に置き換えられたロボットと変わらないものに変えられてしまうのであるからだった。しかも、アストロノーツたちは、そういう身体になってもいいと思っている事にも驚きを感じているようだった。
「ところで、水沢さん。長期着用型宇宙服の着心地はどんなものなのですか?」
 別の役員が質問をした。
「はい、この長期着用型宇宙服の着心地は、私の身体が全て包み込まれているように感じると共に、従来の分厚くて運動性のない宇宙服に比べると素肌に近い感じで、外の気配を感じる事が出来るという点で、普通の洋服を着ているよりも、素肌に近い感じです」
 杏奈は台本通りの答えをした。普通の長期着用型宇宙服なら、杏奈の解答そのものなのだが、杏奈のために作られた長期着用型宇宙服は、外部からの刺激感覚を全て排除されていて、素肌に密着していて、ボディーラインがハッキリ出ている程の密着度にかかわらず、分厚い従来の宇宙服以上に外部感覚を感じさせてくれないようになっていた。
 杏奈の身体が包まれているのは、私の希望により、宇宙服ではなく、全身貞操帯なのだから、当然なのではあった。杏奈は、言葉を続けた。
「もう、長期着用型宇宙服を装着されて一ヶ月間の訓練を受けましたので、今は、この状態が普通になりました。たぶん、長期着用型宇宙服を脱いでのサイボーグ単体の姿の方が、違和感と不安感を感じると思います。今の状態が私にとって快適な状態です。長期着用型宇宙服の中は、どんな環境下でも人間にとって一番快適な状態に保たれていますから。自分の体温の放出を利用して、バックパックのコントロールによって、長期着用型宇宙服内が最適環境に常時なっているようなシステムになっています。それに、サイボーグ手術で生体皮膚と同化処置を受けた人工皮膚によっても最適体温が保証されていますから、二重で、最適環境に置かれるように管理されています。逆に言えば、刺激がない生活というのかもしれません。」
 杏奈の実際の身体に起こっているサイボーグとしての宿命と、長期着用型宇宙服の着用者としての宿命が淡々と語られる事により、役員の反応は、人間が別の生命体になった事による自分たちとのギャップに驚きの声にならない声が上がった。
 違う役員から、
「水沢君は、空気を呼吸していないんだよね。その感覚ってどんなものなんだろうか?」
 杏奈のガス交換システムへの質問がとんだ。
「私の呼吸は、循環液という特殊な液体で行われている事は、最初の技術担当役員の三瀬取締役が説明されたとおりです。私は、空気を呼吸していません。バックパックから私の体内、そして、体内のタンクに満たされた循環液によって、ガス交換、栄養交換などの全ての代謝機能が賄われています。それに、心臓も人工心臓として取りつけられているロータリーポンプによる循環機能が代替されているのです。もう、心拍音もしない身体になっています。もう慣れましたが、心臓の鼓動がしないというのも、なにか変な感覚がありました。しかし、液体呼吸をしている事により、宇宙空間に作業に出る時には、減圧処理の必要が無く、宇宙作業効率の向上が図られる事になりました。それに、この循環液のリサイクルによって、3600時間ノーメンテナンスでの生命維持が可能なのです。
私のこのシステムは、現在開発中の完全環境独立型スーパーサイボーグの開発の前段階に当たるシステムなのです。将来は、完全リサイクル循環代謝システムが開発され、そのシステムを搭載した、完全環境独立型サイボーグが、外惑星での長期滞在探査や海洋作業、宇宙空間や海中での軍事作業に活躍する事になるのです。呼吸を必要としないサイボーグ体にも、今は完全に慣れています。外界と隔離された生活も快適ですよ」
 役員たちにとって、ついこの間まで、同じように生活をしていた人間だと、杏奈を思う事が出来なくなっていたのだった。役員にとって、杏奈は、まさに宇宙人だった。それに、今見ている長期着用型宇宙服の着用者である杏奈以上に人間離れしたサイボーグが開発段階であり、スーパーサイボーグの出現がもうそんな先の話ではないという事も、わかっている事なのだが、現実味を実感する事が出来ないでいる役員が大半を占めていたのだった。 
 一通り、杏奈への質問が終わったところで、私は、役員に対して、長期着用型宇宙服の商品名を
何にするかを決めたいと提案した。
 役員たちの推薦の多かったものが、『スペースフィットスーツ』であった。
 私は、杏奈が装着している長期着用型宇宙服を『スペースフィットスーツ』にすることを決めた。
 杏奈の装着されている商品の名称が正式に取締役会で決議され、取締役会は終了をした。終了時点で、私は、役員全員に
「水沢君の身体について、補足しておくが、彼女は、純粋なサイボーグアストロノーツではなく、秘書サイボーグとしての能力も付け加えられている。対外的には、あくまでも、サイボーグアストロノーツが、秘書をしているという事にしておいて欲しい。彼女の秘書サイボーグという側面に関しては、我が社の商品ではなく、我が社の優位性を保つ秘密兵器であります。だから、そこの部分は、役員以外には秘密である事を肝に銘じて欲しい。もし、この秘守義務を怠ったものは、技術的に完成しつつある、スーパーサイボーグの実験体となってもらい、外惑星開発、海底開発の仕事についてもらう事になるから、覚悟しておいてくれ」
 と言明したのであった。
 役員全員が、凍り付いたようになって、絞り出すような声で、
「わかりました」
 そう言って、席を立って会議室を出て行った。
 会議室には、私と杏奈だけが残った。
「水沢君、お疲れ様」
 私は、杏奈に業務的に言った。杏奈が疲れる事は全くないし、精神的にも、サイボーグであり、スペースフィットスーツの装着者である誇りを持っていたので、疲れてはいなかったのであった。
 杏奈は、人間である前に、機械人形でしかないのであった。
 しかし、私は、その機械人形だけを愛する特殊な人間なのであった。
「お気遣いありがとうございます」
 そう、気丈に事務的な会話をする杏奈を私は、愛おしく思わずにはいられず。
「今日の夜は、私の杏奈になってくれ、水沢君」
 そう答えた。杏奈は、
「わかりました。社長のスケジュールは、今日は、役員会の後は社内での書類の整理となっていますので、18時以降がプライベートとなっています。私は、18時以降は、一人の女性に戻らせていただきます。一人の女性ではなく、一人の片桐伸二に愛される身体をもらった水沢杏奈に戻ります。」
といった。プライベートとの線引きが、キッチリと頭の中にある、秘書としても最高の人間をサイボーグとして、私好みにしたのは正解だったのである。杏奈の公私のけじめは最高の秘書としての最高の条件であった。私は、この地球上でも、スペースフィットスーツを私が脱がす以外には、閉じこめられて抜け出す事の出来ない、囚人生活を送っている杏奈がたのもしく思えた瞬間であった。
 私と杏奈にとって、新たに迎える初夜になることであろう。
「それでは、私の部屋に19時に来てくれ」
「ハイ。了解しました」
 私の言葉に杏奈は嬉しそうに答えた。
「今日は、私から君への贈り物がある。楽しみにしていてくれ」
 私の言葉に杏奈は、心を弾ませて、
「楽しみにしています。後で伺います」

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