2Y270D00H00M00S。
  火星上での私と未来は、430日に及ぶ火星上の大探査旅行を終えて、ベースキャンプに帰還した。普通の人間の表現ならば、長く辛い旅行もやっと終わりという表現になるところだろうが、私と未来の火星探査・開発用サイボーグの身体のシステムは、順調に作動し続けて、火星での活動に何の不便も不都合もきたさずに任務を遂行し終えたのであった。もちろん、機械と電子部品の身体が、疲れや辛さを訴えるわけがないので、旅行中の自身のサイボーグアストロノーツ体のメンテナンスに注意すれば、困難の起きようもない通常の行動による普通の探査活動なのであった。
  私と未来は、久しぶりのベースキャンプに帰投し、居住区内のメンテナンスチェアーに取り付けられ、徹底的なチェックとメンテナンスを10日間に渡って行われた。この間は、当然ながら、メンテナンスチェアーに固定され、自分の意思では全く動くことが出来ない退屈で苦痛な気分になるものであった。
  それでも、次の探査旅行に行くための重要な休養期間であるため、私も未来も退屈を我慢し続けた。もちろん、私たちよりも辛い時間を過ごしているのは、惑星探査宇宙船のコックピットに取り付けられてこの任務に入ってからずっと動くことを許されていない、みさきであることは間違いなかった。
  そして、そんな彼女が気を遣って私と未来の気分を紛らわせてくれていることが、私たちにとっての清涼剤のようになった。


  2Y280D00H00M00S。  
  私たちは、今度は、赤道上の探査活動旅行に出発することになっていた。今度の旅は、365日余りの探査活動になる予定であった。
  私と未来は、再び探査旅行の準備に取りかかっていた。そんなところへ地球上の宇宙開発事業局のコントロールルームからのメッセージが届いた。
  その内容は、火星開発プロジェクトがさらに重要プロジェクトになり、前倒しの計画になったこと、その為、新に49名のサイボーグアストロノーツ手術処置被験者が、サイボーグアストロノーツへと改造されたこと、そして、私たちが火星を離れる360日前に第2次火星探査チームの3体のサイボーグアストロノーツが、火星に到着することが私たちに明かされたのであった。
  そして、最後の360日は、4名の火星探査・開発用サイボーグでの探査活動を行うようにミッションが変更されたことが告げられたのであった。私たちの仲間と過ごす時間が長くなったことは、喜ばしいことであった。当初の計画では、私たちが火星を離れる10日前に第2次火星探査チームが到着することになっていたのであった。
  そして、引き継ぎ作業程度しか協働ワークが出来ないようなスケジュールになっていたのである。それが、計画の前倒しにより、360日もの間、火星の探査活動をはじめとした協働ワークが、出来るようになったのである。私と未来そしてみさきは、はるみ、ルミ、直樹との再会を楽しみにしながら、探査旅行に出発したのである。


  2Y425D00H00M00S。
  神保はるみ、進藤ルミ、大谷直樹の3名のサイボーグアストロノーツが、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルに積み込まれて、月面基地への移動を開始された。
  彼女たちのモードがアクティブモードに切り替わると、彼女たちは、突然のことのような速さで、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルに移動を命じられたのである。 
  そして、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルの中で、3名のサイボーグアストロノーツは、安全な移動を目的として、完全に動くことができないように固定され、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルが、密閉されたのであった。
  そして、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル搭載用特別輸送車に積み込まれ、月面基地連絡宇宙船打ち上げ基地のある首都沖合150㎞に浮かぶ人工島に向けて出発していった。
  サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル搭載用特別輸送車から、海中潜水艦型サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル搭載用特別輸送船に積み直され、月面基地連絡宇宙船打ち上げ基地のある首都沖合150㎞に浮かぶ人工島に運ばれていった。
  そして、地下ロケット打ち上げサイロに係留中の月面基地連絡宇宙船にサイボーグアストロノーツ搬送用カプセルごと積み替えられ月面基地連絡宇宙船に積み荷としてサイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルが固定された。
  そして、神保はるみ、進藤ルミ、大谷直樹の3名のサイボーグアストロノーツが、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルごと積み込まれた月面基地連絡宇宙船は、月面基地に向けて出発したのである。 
  月面基地に到着すると 神保はるみ、進藤ルミ、大谷直樹の3体のサイボーグアストロノーツは、サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルごと運び出され、月面基地内に作られた火星植民計画用サイボーグ待機カプセルにサイボーグアストロノーツ搬送用カプセルを連結され、サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルから出されて、火星植民計画用サイボーグ待機カプセルに設置されたサイボーグメンテナンスチェアに据え付けられ固定された。


  2Y428D00H00M00S。
  神保はるみ、進藤ルミ、大谷直樹の3体のサイボーグアストロノーツは、2日間に渡っての徹底的なサイボーグアストロノーツ体のシステムチェックと数少ない生体部分のメディカルチェックを受けた後、神保はるみ、進藤ルミの2体の火星探査・開発用サイボーグは、月面上にでることを許可され、月面上での最終活動訓練と最終調整を始めた。
  神保と進藤は、月面を自由に歩き回ったり、月面上で股間のエネルギー交換用コネクターのカバーを開き、お互いのエネルギーの交換の訓練を行ったりした。股間同士をコネクターで接続している姿は、レスビアンを楽しむ姿のようであった。
  一方、大谷は、再び、サイボーグアストロノーツ運搬用カプセルに積み込まれ、サイボーグアストロノーツ運搬用シャトルで、月周回軌道上で最終調整を行われている惑星探査宇宙船「希望2号」に運ばれていった。そして、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして、惑星探査宇宙船「希望2号」の最終調整を行うことになっていた。
  大谷は、サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルのまま、コックピットに運び込まれると、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ取り付け位置に、身体拘束ベルトにより、完全に固定されていった。大谷は、この任務が終了し、火星から、地球に帰還するまで、美々津みさき同様に全く、この位置から1ミリたりとも動くことが出来ない状態で過ごすことになっているのだった。
  そして、大谷の両脚、両手の切断面のコネクターに無数のケーブルを30のコネクターセクションになったものを脚に各10グループ、手に各5グループが接続されていった。コードケーブルが接続するたびに大谷は、性的絶頂感を味わうことになり、喘ぎ声やよがり声をあげた。惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのストレス軽減のための性感システムなのだが、ケーブルを接続されることでしか性的興奮を得られないようになっていたのであった。
  次に股間の部分のコネクターに太いケーブルが差し込まれ、接続時防護カバーがその部分を覆うように取り付けられ大谷が、大きな喘ぎ声を出した。
  股間の部分のコネクターも同じような構造になっていて、ここに外部コンピュータと内臓ハードディスクとの接続ケーブルを差し込んだり、エネルギー外部供給用および、受給用コネクターにケーブルを差し込むと快感が得られることになっているのだった。
  そしてケーブルの接続が全て終了し、バックパックやフロントパックに生命維持系統やエネルギー供給系統のチューブやケーブルが次々と接続されていき、そして、最後に頭部のコネクターにケーブルが次々に接続され、宇宙船との同化作業が終了した。七年間、宇宙船としての感覚しか味わえない生活が大谷を待っていたのである。
  惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとしての任務に大谷が入っていった。まず最初に惑星探査宇宙船の全体の機械チェックに入っていった。
  大谷は、惑星探査宇宙船の最終調整の任務に入っていき、神保と進藤の搭乗を待つことになったのである。


 2Y443D00H00M00S。
 月面での訓練とシステムのチェックを終了し月面基地の火星植民計画用サイボーグ待機カプセルの
メンテナンスチェアで、待機していた神保と進藤のもとへ大谷からの惑星探査宇宙船の準備が
整ったという知らせが入った。
 すぐさま、神保はるみ、進藤ルミは、サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルに移され、
身動きが出来ないように拘束ベルトによって固定された。そして、惑星探査宇宙船「希望2号」に
積み込まれるためにサイボーグアストロノーツ運搬用シャトルへの積み込みが開始されたのであった。
 惑星探査宇宙船「希望2号」に着くと、コックピットまで、サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルのままで
運ばれた二人は、惑星探査宇宙船の船内作業職員により、コックピット内の
火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルまで運ばれ、
サイボーグアストロノーツ搬送用カプセルのハッチが開けられた。
 惑星探査宇宙船「希望2号」の船内作業職員に促され、神保と進藤は、
火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに収まった。神保はるみ、
進藤ルミは、右手の近くにある拘束ベルト自動装着ボタンを押すように指示され、
ボタンを押すと自動的に拘束ベルトがをグルグル巻きにしていき、サイボーグアストロノーツの力を
持ってしても、完全に動くことができなくなってしまった。
そして、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーが自動的に閉じられて、
火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中にパッキングされてしまった。
すべてが順調ならば、約七ヶ月間の間、この動くことができない状態で火星までは積み荷として運ばれ、
火星に着陸した直後に火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルから解放されることになるのだった。
来る日も来る日もコックピット内の決まった風景しか見れないようになってしまったのだった。
 そして、惑星探査宇宙船「希望2号」の船内で、出発を待つことになるのであった。


  2Y445D00H00M00S。
  神保はるみ、進藤ルミを積み込み、大谷直樹が宇宙船の一部になってしまった惑星探査宇宙船「希望2号」は、最終秒読みを終わり、月の周回軌道を離れるため、メインエンジンに点し、姿勢制御エンジンを全開にして、月の軌道上を離脱していった。
  火星での如月はるか、望月未来、美々津みさきに再び会うことを楽しみにしながら、火星へ向けて出発したのであった。


  2Y446D00H00M00S。
  地球上では、来るべき、化学戦争や核戦争に対応するために、軍事医学研究所でのサイボーグ兵士の第一弾の改造手術も行われていた。
  これで、澤田が考える国民をサイボーグや二度と脱ぐことの出来ない機密服を装着させ、惑星植民地の火星と、地球本国で、精鋭によっての生存計画が始まったのであった。
  澤田は、自分の立てた計画が順調に進んでいることに満足していた。
  この数年から十数年の間に選抜された人間が、地球上の国土と火星の新天地に別れて、新たな建国に向かっていくことになるであろう。その選抜された人間は、為政者の立場で選抜された人間は、どの様な状況でも生存できて、支配者としての優位性が保証されるように、身体的犠牲を払うことにはなるが、サイボーグとして、機械部品と電子機器、生体の複合体であるサイボーグに改造された上で、生存していくことになるであろう。
  二度と脱ぐことが出来ないラバーフィットスーツを装着されるのが、被支配者として選抜される人間であった。ラバーフィットスーツを装着事で、行動の制限という意味があるのだ。ラバーフィットスーツ装着者は、生命維持システムに24時間に一度は、必ず、接続していなければ、呼吸液や高濃度栄養や排泄物の交換が不可能になるため、生命維持装置の管理を支配者側が行うことにより、支配者に従わなければ、生命維持が不可能になるからであった。
  澤田自身、このラバーフィットスーツを装着してみて、始めて、いちいち、生命維持のために呼吸液の交換や、高濃度栄養液の補給、排泄液や排泄物の除去、ラバーフィットスーツのメンテナンスを行うことの煩わしさや、それに伴う自由性が無くなることでの被征服感を膚で味わい、ラバーフィットスーツが、見えない牢獄につながれているかのごとき拘束感があることを悟った。ラバーフィットスーツは、地球上でも火星上でも被支配者の証となる事に間違いなかった。
  そして、ラバーフィットスーツ装着者は、被支配者としての従属の代価として、サイボーグとなった為政者たちのもとで、安定的な快適な生活を送ることが保証されるのである。何故なら、サイボーグになった為政者たちは、最強の兵器としての抑止力や新天地での開拓作業の最高の推進機械となれるからであった。
  澤田にとって、為政者と被支配者の理想的な共生社会がそこに生まれると信じていたのであった。


  澤田は、毎日配信される火星からのサイボーグアストロノーツたちの視覚から送られてくる映像と聴覚から送られてくる音声に期待と希望をふくらませる国民に第二次火星探査チームの出発という新たな刺激を与えることに成功した。
  澤田瑞穂が進める火星植民地化計画が、国民の圧倒的支持を受け続け、澤田瑞穂率いる現政権の支持も圧倒的なものとなっていた。
  前回の総選挙から、地球のカレンダーでも薄手に3年が経過していた。
  ここで、澤田は、再度の政権維持を行うために議会を解散し総選挙に出たのであった。
  澤田自身にとって、地球上のこの国の首相として行う総選挙はこれが最後となるはずであった。次回の総選挙は、政権の委譲を行う予定の三谷紘子が行うはずであろう。澤田自身は、火星の地で為政者として行動しているか、その準備をしているはずであった。
  しかし、現在は、ラバーフィットスーツ装着者としての生活を満喫していた。彼女と三谷のラバーフィットスーツは、特別製であるから、かなり長い時間、ラバーフィットスーツ装着者生命維持システムと連結されなくても、活動が可能であったが、それでも、定期的に、ラバーフィットスーツ装着者生命維持システムと連結しなければならなかったが、それさえも、赤ん坊がへその緒で繋がれている感覚を想像して、楽しくさえあったのである。三谷にしても、ラバーフィットスーツ装着者の立場を楽しんでいた。三谷についても、地球上の祖国の指導者として、澤田と相前後して、どんなことがあっても生き残れるようになるためにサイボーグの身体になるはずであった。
  この国がどんな事態になっても、二人は生き延びていかねばならないと澤田は思っていたのであるし、国民も二人の指導者に対し、生き続けて欲しいと思っていたのである。
  澤田のもとに、明るい緑色の人影が近づいてきた。その人影は、澤田の秘書である中山陽子であった。中山は、通常型のラバーフィットスーツを装着されているため、常時、ラバーフィットスーツを脱ぐことができない装着者の一人であった。
「首相。党首討論会が、今日の20時から、テレビの生で入っています。資料はここにおいておきます。私は、夜に備えて、ラバーフィットスーツ装着者用生命維持システムと連結して、ラバーフィットスーツの身体をリフレッシュしておきます。2時間ほど、お暇をいただきます」
「ご苦労様。どうぞ、ラバーフィットスーツメンテナンスチェアで休養してちょうだい。私も、ここで、党首討論会の内容を予習しておくわ」
「わかりました。それでは失礼します。補給を終了して、時間になったら、お迎えに参ります」
  そう言って中山は執務室を退出した。
  中山の場合、ラバーフィットスーツ装着者用生命維持システムに一日一度は、接続する処置を怠ると生命の危機に直結することになるのだった。
  実際には、もっと長い時間の間、ラバーフィットスーツ装着者用生命維持システムとの接続は必要ないのだが、習慣づけをしておくことと用心の意味も兼ねて、一日一度という間隔がラバーフィットスーツ装着者には義務づけられていたのだ。
  中山の居室にあるラバーフィットスーツ装着者用生命維持システムは、クイックチャージが可能なシステムであった。首相秘書という立場を考えて、宇宙開発事業局で特別に開発してもらったものであった。
  彼女は、居室に戻り、ラバーフィットスーツ装着者用生命維持システムと連結されているメンテナンスチェアーに身を委ねた。中山の身体は、自動的にメンテナンスチェアーに拘束され、中山の身体やバックパックのコネクターにチューブやケーブル類が自動接続された。この瞬間が中山にとって、人間性を捨てたと感じる瞬間であった。しかし、彼女にとっては、澤田と共に、今以上の状態になる準備としか考えていなかったのである。
  今の不便な状態をより良く改善されることが楽しみでもあったのだ。それが、たとえ、機械部品や電子機器に肉体が置き換えられる処置であっても好かったのである。
  そして、ラバーフィットスーツに閉じこめられた身体は、彼女の激務にとって、疲れない身体を手に入れたと同じなのであった。だから、むしろ好都合であったのだった。しかも、首相秘書にとって疎かになりがちな健康管理を毎日、自動的に受けられるのであるから、これほどいいものはないぐらいにしか思わなかったのである。
  ただ、一時期は、愛する人と、肉体関係がもてないことの悩みを感じたことがあったのも事実であるが、仕事に集中できるという切り替えをしてからは、その感情も吹き飛んだし、今は、彼氏とプラトニックな良い関係を構築でき、とても充実した気分に包まれていた。そして、早く、彼氏にもラバーフィットスーツを装着して欲しいと考えるようになったのである。彼女にとっては、もう脱ぐことができないこの服は、自分にとって最高の生活形態であった。親兄弟に自分の今の姿を見せたときは驚かれもしたし、悲しまれもしたが、今は、この姿をみんなが受け入れてくれているのも彼女にとっては有り難いことだった。
  中山は、ラバーフィットスーツの整備が整ったことをゴーグル内のサインで確認すると、メンテナンスチェアーから、起きあがり、澤田を迎えに行った。
  今日は、党首討論会で、今までの圧倒的な澤田への指示を確実にする重要な討論会であったので、中山自身も気合いが入っていた。そして、いつも変わらないペースの澤田に気合いを入れて送り出していくつもりだった。
  中山は首相執務室に向かって歩を進めていった。そして、待っていた澤田と共に公用車に乗ってテレビ局に向かっていったのである。 


  2Y460D20H00M00S。
  地球時間の午前四時過ぎ、今回の選挙の大勢か決した。
  澤田の今回も圧勝であった。圧勝というよりも地滑り的な大勝という方が適当かもしれなかった。澤田の今の内政外交への厚い支持と共に、火星に対する植民地化の推進への支持、そして、軍事上の外交手腕、そして、大まかにしか知らされていないが、国土防衛、有事の国土保全計画が国民や国土を最大限に守ることの努力といった諸々ことが支持を受けたのであった。
  澤田は、選挙の大勝の結果を軍事医学研究所で、木村と共にサイボーグ兵士の被験者の手術の視察中に中山から聞いたのであった。
  このことで、地球に残り為政者として国土と国民を統治する精鋭たちの選抜とサイボーグ化手術の処置も加速度的に進められることだろう。そのとき、今手術を受けている被験者も中心的な存在になるのである。
「彼女は、自分がこのような処置を受けることは最初に知らされていなかったドナーだから、如月はるか大佐のように自分の身体と心の調和がとれるまでに、少し時間が必要かもしれないけど、如月大佐同様、リーダーシップやサイボーグの適正は抜群だから、紘子の重要な側近となること間違いなしよ」
  木村は、このドナーの適正に頼もしいものを感じていた。そして、その言葉を聞いた澤田もまた、今、目の前で機械部品と電子機器の身体を与えられている被験者に期待の念を抱いて見つめていたのである。
  そして、澤田は、自分の遠大な計画の成功をこの時に確信していたのである。
「瑞穂、おめでとう」
  木村が声をかけた。
「ありがとう。でも、これからが本当の戦いになるわ。この国の周辺はいついかなる戦争が起こってもおかしくない状況だと思う。だから、それに対抗する対策と、生き残る対策が必要なの。玲子、あなた協力引き続きお願いします」
  澤田は、短く木村の祝辞に応え、祝勝会場の記者会見の席に向かっていった。
  木村は、いよいよ、火星に行く準備を私もしなければならないと心の中で呟いた。


  2Y595D00H00M00S。
  火星では、私と未来が今回の探査旅行の終盤にさしかかっていた。
  マリネス渓谷の調査のため未来と渓谷を下っていた時だった。突然の落石に未来が巻き込まれた。落石した巨石が未来の右足を下敷きにした。
  幸い、右足が巨石に下敷きになっている以外、未来のサイボーグ体に異常はなかった。しかし、私の火星探査・開発用サイボーグ一人の力では、どうしょうもないほどの巨石であった。このままでは、未来の脚が修復不能になる可能性があった。
  私は、その場に立ちすくんだ。
”落ち着くんだ”と心に言い聞かせた。しかし、未来の動けなくなった姿を見るととても平常心ではいられなかった。
  私は、かろうじて平常心を保った状態で判断を下した。
  この場面は、私の胸のビーム砲で巨大岩石を砕くしかなかった。瞬時の判断で、みさきに話しかけた。
「みさき、未来が巨石の下敷きになった。未来のサイボーグ体に異常はないけれど、下敷きになった右足を早く岩の下から取り出さないと修復不可能になる可能性があるの。私の胸のビーム砲を使用して岩を砕くしかないの。それ以外岩を取り除けないの。胸のビーム砲を使用します。使用許可の追認をお願いします」
「はるか。了解しました。ビーム砲使用を追認します。慎重に使用してください。未来に危害のないように使用してください」
「了解。みさき、ありがとう」
  私は、そう言うと、未来にむかい、
「身体に岩の破片が飛ぶことも考えられるから、注意して」
  未来は、冷静に
「了解よ」
  そう答えた。
  未来の状態は、普通の人間だったら、気絶しているどころかショック死していてもおかしくない状況だが、不幸中の幸いなことに、私たちは、火星での探査活動を目的に生身の肉体に大量の機械部品と電子機器を取り付けられた火星探査・開発用サイボーグなのである。
  脚だって、機械と生体の複合体になっているため、こんな状態でも、苦痛というものを感じないし、脚だって、修復可能な状態なのである。
  私は、私の胸に内蔵されたビーム砲二門の効率的な火力を補助コンピューターで割り出し、素早くビームを発射した。二回に渡る照射で、岩は砕け散った。
  私は、未来のもとに駆け寄り、未来の身体を引きずるようにして、火星探査用バギーの座席のサイボーグシステムチェックに座らせた。そして、右脚の状態を確認した。未来のサイボーグ体の右脚は、膝から下は、ブーツのような補強してある人工皮膚の強度に守られて損傷がなかった。大腿部に一カ所、人工骨が砕けている箇所が発見された。それ以外は、全く損傷はなかったのが不幸中の幸いである。少し、人工皮膚が裂けたり、傷が着いたところはあるが、それは大したものではなかった。
  私と未来は、すぐさま、探査旅行を中止し、未来を私のバギーに乗せ、未来のバギーや機材車をみさきのサポートによる自動操縦に切り替えて、ベースキャンプに戻ることにした。
  ベースキャンプに帰還すると、エアシャワーももどかしく、未来をベースキャンプ内の火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアに未来のサイボーグ体をくくりつけて、破損箇所の分析を行った。その結果は、大腿部に15㎝に渡って人工骨の粉砕箇所が見受けられた。
  そして、脛部に3カ所の人工皮膚の破壊が確認され、さらに大腿部にも3カ所の皮膚の破損箇所が発見されたのである。
  私は、すぐさま、未来の修理に取りかかった。
  未来は終始ここまでの間、言葉を必要以上に発することはなかった。
「未来、我慢してるのね。何でも言っていいんだよ」
  私がこういうと、未来は、
「サイボーグって悲しいよね。痛みも感じないし、こんな大事故でも、死ぬことが出来ないんだから」
「未来、何を言うの。サイボーグアストロノーツだから、大切な命が守れたんだよ。私たちは、何が何でも、この火星で死ぬことは出来ないんだよ。再び、人間の故郷である地球の大地に立たなくちゃいけないんだよ。その為に、サイボーグになって強靱なボディーを手に入れたんだから」
「でも、はるか。私たちは、本当の人間じゃないよね」
「いいえ、違うわ。私たちには、オリジナルの感情や意識がある以上、人間なんだと思うわ。たとえ、身体のほとんどが、機械部品や電子機器に置き換えられても人間は人間だもの」
「そうだね。はるかの言うとおりだわ。私たちは、人間の改訂増強版なんだし、その意味で、始めて火星の地を歩いた人間なんだよね。誇りを持たないといけないんだよね」
「そうだよ。未来。さあ、修理を開始します」
  私は、そう言うと未来の修理に取りかかった。
  まず、大腿部の人工皮膚を切開し、培養液に保存された。
  人工骨を粉砕された大腿部の大腿骨の補修できる長さに加工し、粉砕された人工骨を除去し、その部分に新に用意した人工骨を挿入した。そして、両端をつなぎ合わせて、接続部を補強用人工骨接続テープで、補強した。そして、生体接着剤を使い大腿部をもとの状態に接合した。
  そして、6カ所の人工皮膚を張り替える処置を施した。
  全ての修理が終了した。私たちは、火星探査・開発用サイボーグの修理の処置を嫌と言うほど訓練しており、このぐらいの修理は慣れたものとなっていた。


  そして、この間の映像が地球に配信されており、全世界の人々が固唾をのんで、未来の事故から修理完了までを見ていたのであった。
  そして、未来が無事修理完了した時、地球上では安堵の溜息が起こったほどであり、未来が悲劇のヒロイン、私が、救世主として、称賛を受けたのであった。そして、地球上にサイボーグアストロノーツの優位性が、認識されていくと共に、サイボーグアストロノーツになる事への憧れの念も強まっていったのであった。そのことが、サイボーグアストロノーツの支持やサイボーグに人間を改造する事への支持に
つながっていくのであった。
  私たち、火星のサイボーグの運命が、ドラマのように感じているのであった。だから、今回の事故も、地球上の人々にとっては、ドラマの盛り上がりの1シーンの様に受け止めていたのであった。
  私たちにとっては、もちろんのことだが、重大な事故であり、最小限ともいえる損害で食い止めることができたし、もう、七海のように仲間を失うことは、なんとしても避けたいことだったのである。
「ねえ、未来、みさき。ここまで来たら、何が何でも、地球にスーパーヒロインとなって帰還しようよ。その後、地球上でどんなに見せ物のような生活になっても構わないから、とにかく、これ以上事故の無いように今まで異常の細心の注意を払って行動しよう」
  未来が答えた。
「そうだね。私が今まで使ってきた人間の身体だったら、ここで療養生活とか、リハビリが必要だけど、今の身体は、そう言うものが必要ないから、明日から、残りの探査活動を再開しよう」
「未来、意気込みはわかるけど、地球の宇宙開発事業局のコントロールセンターから、未来の火星探査・開発用サイボーグの身体の損傷が軽微だといっても、もっと精密に検査を行うように指示が届いているわ。しばらく徹底的なメンテナンスを行った後、2Y600D00H00M00Sに探査旅行の残りの行程を短縮行程にて再開するように指示が出たわ。
  未来は、メンテナンスチェアに完全固定の上、徹底的なメンテナンスを行うこと、そして、はるかも、胸のビーム砲を使用したり、事故の二次被害の可能性があるから、メンテナンスチェアーにて、身体のメンテナンスをすると共に、ビーム砲の使用時の身体データを取得するようにとの指示があったわ。だから、二人とも、暫くは、動けないことになるわ、ゆっくり休息して下さい」
「わかったわ、みさき。でも、宇宙開発事業局としても、突発的な状況だったけど、胸部内蔵型ビーム砲の使用データが取得できて、最高の探査旅行だったかもね」
「はるかの分析力は恐ろしいわ。本部はそのように考えているみたい。胸部内臓ビーム砲の実戦使用データが取得できたことが今回の探査旅行のミッションの最大の収穫だと言っているらしいわ。やっぱり、私たちは、あくまでも、宇宙開発事業局にとって、人間ではなくて、色々なデータを取得するための実験材料であり、火星探査機材なんだね」
  みさきがそうつぶやくように言った。
「それでも、はるかが、さっき言ったように地球にスーパーヒロインとして帰還しようよ。みさきもはるかも前向きに考えて、ミッションを成功させよう。私、もう一度地球の地を踏みたいもの」
「そうだね。そのためにも、休養をとりましょう。未来、火星探査・開発専用サイボーグ用メンテナンスチェアーに固定されるわよ。いいわね」
  私はそう言って未来を促し、二人それぞれの火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアーに身を委ねた。
  私と未来は、火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアーに固定された上で、サイボーグ体の様々なチェックとデーター取得を行われたのである。その間、私も未来も、強制的にレストモードにされていた。私たちは、数日間、アイドリング状態で過ごしたのであった。


  2Y600D00H00M00S。
  私と未来は、再び、強制的にアクティブモードにモドされた上、探査旅行の残りの行程を行うためにベースキャンプを後にした。
  もう慣れてしまったが、私たちには、寝るとか起きるといった基本動作を選択する自由さえないのであった。本当に、タイマーで自動電源オンオフを繰り返す電気製品や機械と全く同じなのであった。この動作に関しては、残念ながら、サイボーグアストロノーツという存在になってしまった私たちにとっては、自分の意思が介在できない動作になってしまったのだ。
  私たちサイボーグは、やはり人間ではなく、アンドロイドに近い存在なのかもしれない。


  2Y655D00H00M00S。
  私たちは2日前に探査旅行から帰還し、昨日までメンテナンスチェアにサイボーグ体を拘束され、身体のチェックを行われていた。そして、やっと今日解放されたのである。
  また、今日は、はるみやルミ、直樹が火星に到着する日であった。
  みさきが、火星にむかう惑星探査宇宙船「希望2号」の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグである直樹と交信をにより、惑星探査宇宙船「希望2号」は、順調に航行を続けており、予定通りの航行を続けて、今日、火星に軟着陸を行う予定になっていた。
  私たちは、はるみとルミ、直樹と久しぶりに会うことを心待ちにしていたのである。


  2Y655D12H00M00S。
  みさきが割り出した着陸予定時間に私たちの居住棟のすぐ隣に軟着陸したのである。
  私と未来は、居住エリアから外に出て、惑星探査宇宙船「希望2号」に近づいた。惑星探査宇宙船「希望2号」のハッチが開き、はるみとルミが出てきた。そして、私と未来を見つけ近寄ってきたのである。
「はるか、未来、ご苦労様、本当に久しぶりだね」
  はるみが話しかけてきた。
  私たちは、しばしば、地球の情報や仲間のことなどを聞いたり、こちらの火星でのことを話した。
  ひとしきりの再会の喜びが一段落して、惑星探査宇宙船「希望2号」を中心としての第2ベースキャンプの設営を始めた。ベースキャンプの大きさは、第1ベースキャンプの2倍の規模になっていた。そして、第1ベースキャンプと連結された新しいベースキャンプが完成したのである。
  そして、私たち4名とみさきと直樹によって明日からの共同探査活動の予定の確認が行われた。
  普通の人間の宇宙飛行士なら、宇宙食での歓迎パーティーとなるのであろうが、私たちサイボーグアストロノーツにとっては、ものを食べるという作業は必要なくなっている為、少しの仲間同士の会話を楽しむ時間を過ごすことにしたのである。
  私と未来をはじめとした火星にいるメンバーは、もう5年半もの間、食べ物を食べるという人間としての習慣を奪われた状態が続いていることを改めて思い知ることになった。
  もう、食べ物の味などというものは忘れてしまっているし、食べるという習慣自体、自分たちの現在の身体にとって必要では、無くなっているのであった。私たちが活動していくためのエネルギーは、人間の時と違い、自分自身で作ることが出来るのであり、全く周囲から独立した存在として活動できるようになるため、本来の人間の身体を機械部品と電子機器に置き換えられたのである。
それが、ここにいる6体のサイボーグアストロノーツの正体であった。
  私たちは、つきぬほどの話をしながら、いつの間にか、6体での火星生活の第一日目が過ぎていったのであった。


  地球上の人々は、この火星でのサイボーグアストロノーツたちの再会に歓喜の表情で見ていたのであった。
  この時に、火星植民地計画への民意がさらに高まっていったのである。
  地球上の人々は、火星上のサイボーグアストロノーツが、いろいろな苦労を克服しての仲間との再会と火星の未知の大地のマッチングに酔っていた。
  澤田は、このチャンスに火星への植民者決定権や催行時期を決定する権限などの火星植民計画の重要な権限を澤田に集中する法案を可決させることに成功した。
  もう、ほとんど、火星への移民を行う澤田の野望を阻害する要因はなくなっていたのであった。
  後は、地球上での我が国の国民の一部の生存を保証する計画の決定と火星への移民の実行であった。
  澤田は、澤田も含めた選ばれた指導者たちのサイボーグか手術のタイミングも考えていた。政治の道具として、効果的な時期を選ばなければならないだろうと思っていた。自分自身の身体も政治のため、国民のために道具にする覚悟は出来ていたのであった。


  2Y658D00H00M00S。
  私たちは、火星探査の任務を4体のサイボーグアストロノーツで行うために、はるみとルミの火星探査・開発用サイボーグの身体の徹底的なメンテナンスチェックを2日間で行って、今日から、火星の南半球の探査旅行に出かける準備に入った。
  今度の探査旅行が、第一次火星探査チームの私と未来にとっての最後の探査旅行であり、第二次火星探査チームのはるみとルミにとっては最初の探査旅行になるのであった。
  今回の火星探査旅行の期間は、350日前後となる予定であった。
  準備が整い、4体の火星探査・開発用サイボーグが、ベースキャンプを後にしていった。
「どう。火星の大地に踏み出した感想は?」
 私の問いかけに、はるみが、
「もの凄く感動している。自分の身体をサイボーグアストロノーツの機械部品と電子機器の身体にするという犠牲を払っても来た甲斐があったわ」
  ルミも、
「この光景の中にいるということが嬉しいわ。今この時、サイボーグアストロノーツの火星探査・開発用サイボーグに改造手術処置を受けて良かったと思える瞬間ね」
  二人とも前向きに自体をとらえ、火星探査を最高の栄誉と考えて行動を開始したのであった。彼女たちは、自分がサイボーグになったことを誇りにさえ思っているのである。


 私たちの探査旅行は、順調に進んでいった。


  地球上では、多くの我が国の国民が、火星の植民地化がさらに身近なものになったという思いを持ち、自分たちの移民地建設を望むような意識が強くなっていった。ただし、人々は、かなりの過酷な土地での生活に適応した身体処理が必要になるだろうことも理解するようになっていて、火星に行くために、身体処理を受けるチャンスを求める動きも盛んになってきていた。
  民意が、サイボーグという人間の存在を肯定すること、その存在になることへの違和感の解消に向かっていったのである。
  そして、火星での優秀な指導者が必要であるという世論が高まっていった。その中で、澤田が火星での指導者になって欲しいという民意も形成されていった。
  澤田は、この機会を逃さなかった。協力政党や野党の党首と次々と会談をして、火星植民地のリーダーに澤田が納まることの約束と、地球上の次期指導者に三谷紘子を据えることを約束を取り付けた。
  そして、火星の為政者として、協力政党や野党からも火星へ行く候補者を出させることに成功した。
  澤田は、国民の中からも火星移民の候補者を選出すると発表した。希望者を国民から募ることで、開かれた火星移民計画をイメージさせ、限られた人間しか行けない星というイメージを払拭する狙いがあった。しかし、身体の改良が必要であり、そのことに、精神的、肉体的に耐えられる肉体であることが条件としてアナウンスされた。
  選考された国民が、火星に行くための準備をするのは、かなり先の話になるということが現時点では、決まっていた。しかし、火星行きの切符を手にしたい人間の数は多く、選考定員の100倍にも及んだ。それだけ人気の高いミッションであり、この計画でのサイボーグアストロノーツたちから送られてくる映像が、刺激的であることで、サイボーグへの憧れがふくらんだと同時に、地球上の緊張感の高まりの表れであった。
  そして、国民に政府が、火星移民計画に本腰を入れて取り組む事を示すため、澤田は、自分を含めた数人の火星植民地の指導者になる予定の人間の火星定住対応型サイボーグへの改造手術を行うことを公表した。そして、澤田は、自分が火星定住型サイボーグへの手術を受ける時に、地球上のこの国の舵取りを三谷紘子に禅譲すると発表した。
  この発表を火星での火星探査・開発用サイボーグたちの活躍に酔いしれる国民は、大歓迎で受け入れると共に、応募した火星移民希望者が旅立つ日を心待ちにし、それに憧れる国民という民意が形成されていった。


  澤田は、第一次火星探査チームの帰還に合わせて自分も含めた火星植民地のリーダーが、火星定住型サイボーグとして、第一次火星探査チームを出迎えるという青写真を描いていたのだった。澤田は、自分と中山や寺田の3名が、火星定住型サイボーグへの改造手術を最初に受けることを決断したのである。火星に移民する指導者として、火星人となって火星からの帰還者を出迎える演出が現状では、国民に一番アピールできる演出なのであった。 第一次火星探査チームが火星を離れた直後というタイミングが、自分自身のサイボーグアストロノーツへの改造手術のXデーとした。
  そして、火星定住型サイボーグであり、首相として、火星からの帰還者を出迎えた後、三谷にこの国の宰相の座を禅譲し、火星へと旅立つのである。三谷は、橋本共に、時期を見て、地球上での悲惨な戦争でも生き残ることが出来る核・化学・生物兵器戦対応型サイボーグへの改造手術を受けてもらうことになるであろう。本人たちは、その覚悟を既にしているが、国民に不安の無いように、新指導者を替えることと、人間の改訂増補版の指導者を据えることの民意をどの様に形成していくかが課題だった。
  しかし、お誂え向きという言葉は不謹慎なのであるが、隣国がきな臭さをさらに増している状況が発生し、全面戦争も起こりかねない緊張が少しずつ増しているのであった。
  澤田は、その緊張状態をどこで利用するかが鍵であったし、どの様に利用するかも考慮しなくてはならなかった。
  しかし、澤田には、その時の目算がこの時立っていたのである。そして、その目算は、大正解を引き出す結果となるのだが、この時は、澤田の頭の中だけにしまわれた青写真であったのだった。


  3Y340D00H00M00S。 
  私たちが火星探査・開発用サイボーグ4体で行う大探査旅行も何事もなく終了をした。 
  私と未来は、最後の火星上でのメンテナンスを受けるため、メンテナンスチェアにサイボーグ体を固定した。はるみとルミにとっては、初めての火星上でのメンテナンスになる。長期探査旅行のダメージがサイボーグアストロノーツの身体にないかどうかを点検し、整備するために必要なことであった。
  4日間にも及ぶ、火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアにサイボーグ体を固定された時間が退屈な時間が過ぎていった。


  3Y344D00H00M00S。
  私たち4名の火星探査・開発用サイボーグは、火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアにサイボーグ体を固定された状態を解除し自由の身になった。
  私と未来は、火星を離れる準備をみさきと共に開始した。6日後に火星を離れる事が決まっているのだ。地球時間での4年間に及ぶ火星での生活による探査活動を終了し、地球に向けて帰還するのであった。私たちは、地球への旅立ちの準備に追われた。
  惑星探査宇宙船「希望1号」の火星離陸準備のチェックをみさきがおこない、直樹が補助して順調に行われている。そして、私と未来は、自分たち、火星探査・開発用サイボーグの身体の最終チェックと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグであるみさきの身体のチェックをはるみとルミに手伝ってもらいながら行った。
  全ての作業が順調に行われた。
  地球上では、澤田たちの火星定住型サイボーグへの改造手術の日が迫っていた。
  自国内の世論をまとめた澤田であったが、国際世論は当初澤田にとってきびしいものであった。国際社会のマスコミは、澤田の計画を耳にした時、「史上最悪の独裁者」「現代のマッドサイエンティスト」といった論調に終始した。
  各国の反応も、狂気の計画であるという反応が大勢を占めた。
  しかし、各国の反応は、火星を一国の権益に出し抜かれた敗者のやっかみも多分に含まれていたのである。しかし、その論調が変わってきたのは、この国を取り巻く情勢が、抜き差しならないものであることを各国が認識した時であった。澤田以上の狂気の独裁者が周辺国に存在することを各国が認識すると共に、澤田の決断は、勇気ある決断と評価を受けることになる。
  そして、澤田が、核戦争や化学戦争といった非常の戦争に巻き込まれた時のために、対核、対化学戦争にも生き残ることが出来るサイボーグの研究が完了し、開発計画が進められているという情報が流れるに至って、澤田が率いるこの国が、第2の警察国家として注目されるようになった。
  そして、澤田の決断を評価し、指示する首脳が飛躍的に増大すると共に、火星移民計画に自分の国も乗せてもらいたいという意志を示す元首が急増した。
  澤田は、完全に、全世界のスーパーヒロインの地位を手にしたのであった。
  しかし、周辺諸国の焦臭さは、澤田の計画が世界に指示されるに従って、増していった。近隣の数カ国は、完全に敵対国として、警戒を強めていたのであった。


  3Y350D00H00M00S。
  私と未来、みさきが火星を離れる日がやってきた。
  今までの長期間にわたり収集した火星のデータを地球に持ち帰り、火星植民地化のためのデータにするのである。私たちの任務は地球に帰還して、データをマザーコンピュータに吸い上げるために、データ交換用処置台に取り付けられるまで完了しないのである。
  はるみとルミ、直樹に別れを告げ、私と未来は、惑星探査宇宙船「希望1号」に乗り込んで、コックピット内の火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに横になり、再び完全拘束ベルトにより火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中に固定された。火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのふたが閉まり、火星からの離陸を待つのみとなった。再び、私と未来は、単調な210日間のアクティブパートとレストパートの単純な繰り返しの日々が続くのであった。
  全ての準備が整った。惑星探査宇宙船「希望1号」のハッチを閉めることをみさきが行った。
  そして、火星からの出発の時が来た。


  3Y350D10H00M00S。
  惑星探査宇宙船「希望1号」のメインエンジンに2年240日ぶりに火が入る。
  轟音と共に火星の赤い大地から惑星探査宇宙船「希望1号」が離れていく。火星上の惑星探査宇宙船「希望2号」の映像が小さくなるのをメインモニターで見つめることが出来た。
  赤い大地がどんどん遠くなっていく。火星の大地で活動するために普通の人間を捨てた私たちが、地球という火星用のサイボーグにとって暮らしにくい場所に連れ戻されていくのであった。
  火星周回軌道に程なく入り、火星の重力を利用し地球へ向けての軌道に入っていった。私と未来、みさきの3体のサイボーグアストロノーツは、地球に向けての道をたどりはじめたのであった。
  地球上では、全世界の人々が、火星から地球に帰還するサイボーグアストロノーツの3体の姿に注目していたのであった。これから、このサイボーグアストロノーツたちが、どんなデータや火星のサンプルを持ち帰るのか、210日後を心待ちにする日々が始まったのである。
  コックピットのメインモニタースクリーンに映る赤い星がどんどん小さくなっていくのがわかった。私たちは、地球に本当に帰還しているのであった。地球に帰還した後、私たちは、この醜い姿のまま、記者会見や帰還報告会といった活動を行ったり、研究材料になったりするため、このままの姿でいなければならないのだ。
  私たちは、きっと、人類の動く記念碑として、生涯の間、奇異の目に晒され続けるに違いなかった。私たちは、それでもこのサイボーグアストロノーツという機械部品と電子機器にほぼ全てを置き換えられた異形の身体で生きていかなくてはならないのであった。私たちに死を選ぶ権利はないのだし、元の温かい血の通う人間本来の身体に戻れる権利もないのであった。
  それでも、私は、生き続けられる限り生きていこうと思った。地球上で、温かい太陽を浴びて暮らせることを願っていた。
「もうすぐ、地球に帰れる」
  心の中でそう思い、無事に帰れることを祈った。
  どんな姿になろうとも、私は、自分が生を受けた星で暮らしていきたかったし、それが当たり前だと思っていた。
  しかし、私の運命は、私の願いが叶わない方向に動き出そうとしていた。しかし、この時の私は、そんなことは、思っても見ないことだったし、奇異の目に晒されても、地球にいれるものだと思っていた。


  3Y351D00H00M00S。
  地球上では、昨日の第1次火星探査チームの火星出発が話題になっていた。
  サイボーグアストロノーツたち3体が、いつ地球に帰還するのか、無事に帰還できるのか、
どの様なデータを持ち帰るのかと言った話題が、マスコミを賑わせ、全世界の人々の話題の中心となった。冷めやらぬ、全人類の興味と希望の中で、火星移民隊の指導者たちの火星定住型サイボーグへの改造手術の開始が発表された。
  全世界の人々が好奇と火星への特権階級への羨望の目を送っていた。澤田をはじめとした火星定住型サイボーグが、第1次火星探査チームの地球帰還までの話題の中心になることであろう。


  3Y360D00H00M00S。
  澤田が、中山、寺田と共に宇宙開発事業局に到着した。澤田は、宇宙開発事業局のプレスルームに直行すると早速、木村と共に記者会見に臨んだ。
  自分がサイボーグアストロノーツとして、火星に移民する為にサイボーグ改造手術を受けることになったこと、自分が手術中の国政を副首相の三谷に任せることを発表した。火星への移民計画が順調に進んでいて、計画の結実の第一弾として自分たちの火星定住型サイボーグへの改造手術が当てはまることなどを記者会見で発表したのだ。
  記者たちは、澤田たちの勇気と火星移民計画をたたえる論調を発表した。この国が、サイボーグという人間の身体を機械部品と電子機器で置き換えて過酷な環境の中で生存を保証する方法を賛辞を持って受け入れたのであった。


  澤田は、会見を終わり、木村と共に、局長室に戻っていった。
「瑞穂、いよいよ、あなたの身体を火星での永住に適するように変更することになるけど、本当にいいのね。後悔はないわね」
「玲子、もちろんよ。私が、自分がこうだと決めたことを後悔したことがある?それよりも、玲子も一緒に手術を受けるのだから、あなたの方が後悔しているんじゃないの?」
「私は、もう、この仕事を受けた時から覚悟してるから、後悔なんてないわ。それに、私は、身体の構造上、もうサイボーグと言っていいような状態だから、サイボーグとしての強化手術に過ぎないから、あまり劇的な変化をする時の決意とは違うと思っているわ」
「それは、私も同じでしょう。前回のラバーフィットスーツ装着時にの時に大幅に身体をいじられているもの」
「瑞穂が言うとおりだわ。だから、逆に瑞穂のサイボーグ手術は普通のラバーフィットスーツを装着した陽子さんよりはるかに簡単に行えることになるんだけどね」
「私は、それだけサイボーグに近い存在にされているということなんだよね。サイボーグの強化手術か・・・」
「それでは、瑞穂、処置室に移動するわよ。もう陽子さんと寺田大臣は手術処置室に入っているわ」
  木村が澤田を促して、二人は、火星定住型サイボーグへの身体の変更のため処置室に移動した。それぞれの処置室に入っていった。澤田の処置室には、濃紺の人工皮膚に包まれた如月えりかと医療スタッフの前田緑が薄桃色のラバーフィットスーツを装着された姿で、そして、技術スタッフの佐藤絵里が、薄黄色のラバーフィットスーツを装着された姿で待っていた。
「一足先に改良型火星探査・開発用サイボーグに改造されてしまったわ。私の手術も成功しているし、現在55名のサイボーグたちは、順調に任務をこなしたり、準備のための訓練に励んでいるわ。
火星植民地化計画は、順調に進んでいる証拠よ」
  地球上での視覚確保のために視覚保護シールド用ゴーグルを取り付けた如月えりかが話しかけた。
「えりか、その濃紺の人工皮膚似合っているわ。訓練は順調のようね。私も、火星に移民できる身体にこれからなるわ」
「瑞穂さん、ありがとう。後は、もっと訓練を積んで、火星に行くだけよ。お姉ちゃんが帰ってくるのを出迎える任務が残っているけど・・・。それから、今日から、瑞穂さんの火星定住型サイボーグへの改造手術処置のお世話をさせてもらうわ。よろしくお願いします」
「えりか、こちらこそよろしくね。それに、前田ドクターと佐藤ドクターよろしくお願いします。おふたりも、火星移民メンバーに入ったそうね。お先に火星で活動できる身体になって、火星で待っています」
  澤田の言葉に、前田が答える。
「ありがとうございます。首相。私たちも、すぐに後を追わせていただきます。火星の大地に立てること楽しみにしています。その前に首相という重要人物の処置をさせていただきます。それでは処置を開始させていただきます。まず、ラバーフィットスーツを脱いでもらうことからはじめます。処置の一部始終をごらんになっていただきます。ご自分に施された処置を認識していただくためですのでご勘弁ください」
「私は、自分の処置を見ていたいから、気にしないで下さい。さあ、始めてください」
  澤田の言葉に、前田が、
「それでは、火星定住型サイボーグ改造手術処置を開始します。身体の感覚剥奪処置を開始します。如月少佐、パネルの操作お願いね」
  こうして、澤田のサイボーグアストロノーツへの手術が開始された。
  澤田は感覚を剥奪され、視覚と聴覚のみとなった。痛みやかゆみなどの他の感覚は全く感じることはなかった。そして、コミュニケーションの手段として話をすることも可能であった。
  如月えりかが問いかけた。
「瑞穂さん、後気分はどう?」
「えりか、気分といっても何にも感じないわ。ただ、声が聞こえて、私の前のモニターを見ることが出来て、話せるだけ」
「瑞穂さん、それでいいの。前田ドクター、感覚剥奪処置は完了です。完璧に状態になっています」
「それでは、ラバーフィットスーツを脱がせる処置を開始します」
  佐藤ドクターが指示を出した。
  澤田のラバーフィットスーツの裏側と皮膚の間にラバーフィットスーツ専用剥離剤が注入され、ラバーフィットスーツを脱がせる作業が開始された。ラバーフィットスーツ専用剥離剤の効果が現れるまで数時間、澤田はそのまま放置された。
「身体の感覚はないけど、何か熱くなったように感じるわ」
  付き添いの如月えりかに澤田は話した。
「瑞穂さん、剥離剤が効いてきた証拠よ。生体皮膚が化学反応を起こしているんだわ」
「感覚が普通にあったら気絶しても不思議じゃないわね」
「そうね。かなりの激痛があっても不思議じゃないんだって。
  さて身体の方は、データ的にも、もうラバーフィットスーツを脱げるようだわ。ドクターを呼びますね。ラバーフィットスーツを脱いだ自分の姿を見ると自分が人形になったみたいでなんか変な感じになるよ。でも、瑞穂さんの場合、ラバーフィットスーツ自体が透明で、いまも人形のように見えるから違和感を感じないかもしれない」
「えりか、そう言うものなんだ。じっくり、ラバーフィットスーツを着るために改良された私の全裸を見るのが待ち遠しいわ」
「それじゃ、すぐに見れますよ。首相」
  佐藤ドクターがそう言って、ラバーフィットスーツのジッパーを専用の道具を使用して開封していった。
  澤田の身体は、ちょうど昆虫の脱皮のように透明のラバーフィットスーツから取り出された。ラバーフィットスーツ専用剥離剤を洗い流し、生体皮膚を安定させるためのラバーフィットスーツ専用生体皮膚安定処置剤を前田と佐藤と如月の3人で手早く澤田の全身に塗りつけた。
  澤田は、処置台に上がった時に、バックパックやヘルメットを外した状態だったので、バックパックやヘルメットを外す処置は必要なかったが、処置室のラバーフィットスーツ装着処置者専用の生命維持装置と澤田を接続した。
  これで、澤田を火星定住型サイボーグへの改造手術の準備は整ったのである。生体皮膚の安定を待って手術を開始するばかりの状態になったのであった。
「瑞穂さん、久しぶりの生の全裸は如何ですか?」
  如月えりかのちゃかしに澤田は、
「本当に貴方が言うとおりだわ。まるで、マネキン人形を見てる見たい。私の身体だとはとても思えないわ。爪もないし、体毛だって一本もないもの。えりかもこの不思議な光景を見たのね。そして、これが、本来の人間の身体の見納めなのね。さすがに感傷的になるわ。でも、私は、火星で生きれる身体を手に入れるための処置を受けるこれからのことの方に関心があって、感傷に浸っている暇はないわね」
  澤田は、感傷で決意が揺らぐことがないほど、自分の下した人生の決断に自信を持っていたのであった。
「さあ、ラバーフィットスーツを装着した時と同様に、卵子を保存の為に採取します。排卵促進剤を投与します。首相。48時間、絶頂の連続に浸ってください。最後の性感の絶頂を楽しんでください」
  前田は、そう言うと特殊排卵促進剤を澤田に投与した。薬が投与されると同時に澤田の身体に生理が、30分おきに襲ってきて、30分に一度の排卵が起きるようになった。澤田は絶頂と生理を30分に一度繰り返し、前田は、96個の澤田の卵子を採取し冷凍保存を施した。澤田にとって身体感覚のない中での絶頂感を何度も何度も味わった後果ててしまう。
  こうして、48時間持続した最後の性的興奮が終わったのであった。
  そして、澤田は、性器のない新しい身体に変身する時がやってきたのだった。


「瑞穂さん。いよいよ、火星定住型サイボーグへの改造手術を開始する日が来ました」
  如月えりかが、澤田に話しかけた。
「いよいよ、火星人へ変身できるんだわ。ワクワクしてるわ。えりか、一緒に火星の大地に植民地を作るんだよ。今から楽しみだわ」
「瑞穂さんらしいわ」
  そんな会話が交わされている時、前田と佐藤が入ってきた。
「首相。いよいよ。今日から、火星定住型サイボーグへの改造手術の本番を迎えることになります。数日後には、完全な火星生活適応型の身体になります。地球人類としての身体の見納めになります」
「いいわよ。もうこの身体に未練はないわ。手術を開始して、前田ドクター、佐藤ドクター」
  澤田の決意は揺るぎなかった。前田が、
「それでは、手術を開始します。まず、呼吸システムの処置に入ります。如月少佐、外付け型人工心肺システムの用意をお願いします。人工血液も火星定住型サイボーグ用に開発した高濃度型ガス交換循環液に置換しますから、高濃度ガス交換循環液を用意して下さい」
「わかりました。」前田は指示を出すと同時に手早く、澤田の身体を切開し、澤田の身体は、内臓が完全に見渡せる状態に切開された。
  前田は、澤田の身体の心臓につながる動脈と静脈を素早く外付け型人工心肺システムに取り付けた。これで、澤田は、心臓を介さないでの血液循環システムに切り替えられたのである。
  そして、澤田の身体に流れていた白い色をした人工血液は、外付け型人工心肺システムに吸い取られ、代わりに、高濃度ガス交換循環液が澤田の身体に供給されていった。澤田の身体に供給されている呼吸液は、従来の人工血液としてサイボーグアストロノーツに使用されているものより、ガス交換効率とガス含有濃度を飛躍的に高めた呼吸液であった。この呼吸液を澤田の身体に取り付けられる新型火星定住型サイボーグ用バックパックのクローズド型ガス交換機から、心臓の代わりに組み込まれる高性能ロータリーポンプの仲介で体内に循環させる仕組みになっていた。
  そして、この新しい呼吸液は、澤田の人工皮膚で生成されたエネルギーをバックパック内の生体エネルギー変換システムにより生体用に変換されたエネルギーが液が、高濃度栄養液の代替物として、バックパック内の生体部エネルギー交換機で、循環液に混入されて、生体部分に供給され、体内の老廃物と交換されるようになっていた。従って、体内での栄養物の補給と老廃物の除去の動作が全てバックパック内で完結するようになっていた。若干の排泄物が人工膀胱経由で排泄されるだけになったのであった。そのため、火星定住型サイボーグは、体内の空間を有効に利用できるようになったのであった。
  前田は、呼吸液貯蔵タンクを取り出し、循環液の詰まった新しいタンクを澤田のもともと肺のあった場所に組み込み、澤田の生体心臓を取り出し、取り出した場所に、循環液循環用ロータリーポンプを取り付けタンクと接続した。そして、タンクから伸びるチューブを背中から体外に伸ばした。そして、チューブの端を外置き型火星定住型サイボーグ改造手術専用生命維持装置に接続した。さらに、循環液循環用ロータリーポンプから伸びる人口血管を外置き型人工心肺システムから外した動脈と静脈に注意深く接続したのである。この結果、最終的にバックパックを取り付けるまでの間、澤田のガス交換と栄養補給および老廃物の排泄は、外置き型火星定住型サイボーグ改造手術専用生命維持装置でおこなわれることになった。
  不要になった小腸や大腸、直腸といった生体内臓が取り出され、人工肛門や栄養液を供給するためのバルブが澤田の身体から取り除かれていった。
  そして、澤田の生体肝臓や腎臓といった血液浄化用の内臓類が新型の血液浄化解毒用システムという名の高性能人工器官に置き換えられた。この人工器官は、肝臓、膵臓、腎臓といった内臓機能を小型の機械に代替したものであった。このシステムが血管に取り付けられ、もう一方が人工膀胱の役割を果たす排泄物貯留タンクにつなげられ澤田の体内に納められた。そして、排泄物貯留タンクは、接続チューブを背中から体外に出され、外置き型火星定住型サイボーグ改造手術専用生命維持装置に仮に接続された。これによって、澤田の内臓部分は、ほぼ全て機械部品に置き換えられた形になった。
  そして、澤田の体内には、広いスペースが確保された。その身体の空いた広いスペースには、人工皮膚で生成されたエネルギーを貯蔵するタンクと、澤田の記憶や思考を補助するコンピュータやハードディスクが搭載されることになった。そして、火星の移民たちが、澤田に忠誠を維持するためのシステムも搭載された。
  澤田の体内に埋め込まれたタンクは、呼吸循環液のタンクと、エネルギー貯留タンクの二つであり、これらのタンクは、火星定住型サイボーグに組み込まれたエネルギー生成システムや酸素生成システム、二酸化炭素再生システムなどの火星定住型サイボーグの生命維持のための重要なシステムが故障した場合でも、これらの貯留タンクにより、最大240時間生命維持が可能になっていた。もちろん、機械や電子機器の器官へのエネルギー供給も同様の時間可能になっていた。
  また、エネルギー貯留タンクは、澤田の胸に取り付けられる予定の光子ビーム砲のエネルギーとしても利用され、光子ビーム砲をエネルギー無補給の状態で、10時間打ち続けることが出来るように設計されていた。実際には、エネルギー生成システムから無限にエネルギーの供給を受けるので、半永久的に打ち続けることが出来るのであった。
  そして、コンピュータやハードディスク、そして、大量の電子機器は、澤田が火星上の植民地での移民者の統治に必要なシステムが全て詰め込まれているのであった。
  澤田の首から下は、機械部品と電子機器のかたまりと表現されるものになった。澤田は、意志を持つ火星のマザーコンピュータと言ってもいい存在になるのであった。
  頭部の改造が始まり、目は人間の目よりもはるかに解像度が高く、地球上の明るさからかせいの夜以上の暗さまでの光度に対応でき、しかも、遠くのもの、そして、物陰のものが見えるような高性能な人工眼球に置き換えられた。彼女の目は、緑色にひかるゴーグルのようなものになった。これは視界を拡大するために必要な処置であった。
  聴覚は、コミュニケーションサポートシステムと高性能集音機を兼ね備えた人工聴覚に、そして、口の部分には、人工音声合成機とコミュニケーションサポートシステムの発信器が取り付けられた嗅覚は、人工のセンサーに置き換えられ、臭いの分析もできるようになっていた。
  澤田の感覚システムは、普通の火星定住型サイボーグと違い守秘機能が完璧になるようになっていた。
  そして、彼女の体内の電子機器や生命維持システムなどの機械部品や電子機器、そして、ごく僅かに残った生体部分を守るための骨格の変換が行われ、カルシウム主体の人間の骨から、元素変換器によって、成分をチタニウムとセラミックの合成金属に変換された軽くて強い素材に変換された。
  そして、骨格の関節部分には、彼女のパワーを20倍以上に増幅させるための補助モーターが取り付けられた。そして、筋肉も人工筋肉と生体筋肉の生化学合成処置により常人の50倍の能力としなやかさ、弾力性、強度を持つように改造されていった。
  そして、切開された澤田の身体は丁寧に生体接着剤を使用して元通りに修復された。そして、人工皮膚と生体皮膚の融着作業がはじめられた。
  澤田の新しい皮膚となるスーパーラバーメタルスキンは、光沢のあるゴム質の赤色をしていた。この人工皮膚は生体皮膚と融合し、生体皮膚と変わらない機能を持ち、そして、強度があり、耐熱、耐薬品等の耐性機能が優れていた。
  そして、この皮膚は、火星の光や二酸化炭素をエネルギーや酸素に変換する機能を持っていた。さらに、エネルギー、酸素生成機能を持つ素材が、火星探査・開発用サイボーグのものと比べると素材が4層にしかれているため、5倍の能力を持っていた。そして、人工皮膚の厚みが増したため、人間本来の皮膚のような弾力性も実現することができたのであった。
  脚の部分は、膝から下が白いロングブーツを履いたように見えるような人工皮膚になっていて、この白の部分は、硬めの素材になっており、他の、火星の地表などを効率的に踏みしめることができ、脚のパワーを無駄なく伝えられるようになっている。もちろん脱ぐことができないのだが、外見的に見栄えのよいスタイルになるように工夫されているのであった。
  人工皮膚融着剤で脚から丁寧に澤田の身体に貼り付けられていく継ぎ目のない人工皮膚が、頭部まで澤田の身体の全てが覆われた。数時間後には、人工皮膚融着剤により、人工皮膚と生体皮膚は全く融合してしまうのである。そして、澤田の頭部の保護のため、メタルファイバースキン製のヘルメット上の人工皮膚が融着されて、その部分に人工感覚器が取り付けられた。
  そして、火星定住型サイボーグの生命維持や機能の中枢となる重要器官のバックパックが、澤田の背中に永久固定された。バックパックは、サイボーグアストロノーツの呼吸やエネルギーの交換を行う重要器官であり、補助コンピューターやコミュニケーションサポートシステムのメインシステムなどの重要機器が詰まっていて、外部は、メタルファイバースキン製となっていた。
  また、バックパックにはもう一つの機能がある。それは、火星定住型サイボーグのサイボーグ体内で発生する熱を熱交換システムによって放出する機能と、熱交換エネルギーを電子エネルギーに変換し、サイボーグ体内の電子機器に体内に取り付けられた貯留電池を経由して再供給する機能があることであった。
  澤田の火星定住型サイボーグへの改造が全て終了し、澤田の身体は、脳を除いた全てに手が
加えられたことになった。火星での定住に耐えられる身体となったのであった。
「これで、私は、火星人になったのね」
  澤田が如月えりかに問いかけた。
「そうだよ。瑞穂さん。これで私と同じように、いいえ、私以上に火星に適応した身体を持つことになったんだよ」
  澤田が、自分の新しい身体を隅々まで点検するように見つめて、
「早く火星の住人になりたいわ。未開の大地を走り回った感想をはるかに聞きたいし、みんなと一緒に楽しみたいわ」
  澤田は、処置台からゆっくりと起きあがり、前田の指示に従い、新しい身体が正しく機能するのかのテストを行うため、テストルームに移動していった。


  テストルームには、今回、一緒に火星定住型サイボーグへの改造手術を受けた木村、中山、寺田の3名が火星定住型サイボーグとなった姿で入っていた。
  澤田は彼らの姿を確認して、
「みんなも、火星人になったわけね。これからもよろしく」
  そう言った。
「私たちの人工皮膚なんかより、はるかに派手な色ね。瑞穂が選んだ色は、あなたのお好みの色だといっていたけど、あなたが火星のどこにいても、目立つわね。私たちは、人工皮膚の色は、薄い茶色になったの。火星の大地にとけ込みやすい色を指定したのよ。工作活動の時便利でしょ。それに、この色も、渋くて良いでしょ」
  木村がいった。
「他の二人から笑い声が聞こえる」
  テストルームで、機械の調整をしていた火星開発用サイボーグが、
「皆さんの新しい身体の機能テストを開始します」
  と声をかけた。火星開発・定住用サイボーグに一足早く改造手術を受けて、新しい身体を手に入れた水谷だった。4人は、彼女の指示に従い、自分たちの新しい身体をフルに使うための機能テストと、馴化訓練が開始されたのだった。
  彼女たちの機能テストと馴化訓練は、順調に進み、四日後には、彼女たちは自分の新しい身体を自由に使いこなせるようになっていた。
  普通の被験者であれば、このまま、さらにトレーニングを宇宙開発局で繰り返すのであるが、この4人には公務があるため、彼女たちは、この後すぐに公務の場に戻っていった。そして、公務の合間を縫って、サイボーグとしてのトレーニングをこなすことになるのであった。


  3Y400D00H00M00S
  澤田たち、火星定住型サイボーグになった政府首脳が、初めて国際舞台の場に姿を現したのだった。
  国際会議の会議場に澤田が姿を現した。会議場内の各国の首脳から、歓声やうめき声が聞こえた。澤田の変わり果てた姿に複雑な反応があがったのであった。澤田が、壇上に上がった姿は、真っ赤な宇宙服を身につけた異星人そのものであった。
  彼女は、演壇のマイクではなく、彼女のバックパックに音響システムからのケーブルを接続して、会場内のスピーカーへ彼女の声が聞こえるようになっているのであった。肉声をそのまま音響システムに伝達することが出来るからであるし、コミュニケーションサポートシステムの特性によるものであった。
  各国の首脳たちにとっては、現実の世界の出来事とはとらえることがとうてい出来ず、事態の把握に苦労する首脳が数多くいた。
  目の前に、環境の違う世界で生存するために作りかえられた人間が、国の代表者としてスピーチしている姿は、確かに異様であった。その現実を飲み込むことは並大抵のことではなかったのであった。
  そんな周囲の見方を気にする澤田ではないことは明らかだった。彼女は、火星開発の重要性、そして、火星に生存権をのばすことが人類の未来の新しい選択だということ、火星での人類の存続は、人体を改造することが今の技術の中では一番有利であること、今の世界情勢から、国の生き残りの方法として、火星移住を急がなければならなかった事情をわかりやすくスピーチすると共に、火星の開発にパートナーとなる友好国が名乗り出てくれれば、その国の重要人物や開発のためのエリートたちに火星で生きることに適した身体の提供の用意があり、共同開発をすることが理想であり、南極条約上の南極以上に公平な土地利用をして、人類の共通国家を火星に建設する主導役を引き受けることを熱く語りかけたのであった。
  各国の首脳は、その熱い思いに感銘を受け、火星での人類共通の国家建設のために協力を申し出る国が、多く出ることになった。澤田の行動は成功したのであった。
  会議後、澤田主催のレセプションに、協力を申し出た各国首脳が、参加すると共に、大国の首脳も協力や協議を澤田に申し込むために参加したのだった。レセプションには、木村、中山や寺田と一緒にえりかも参加していたのであった。
  えりかは、火星環境標準室から、サイボーグ搬送用カプセルを使用して、レセプション会場に運び込まていた。レセプションの席は、さながら火星探査・開発用サイボーグや火星定住型サイボーグのサイボーグアストロノーツの見本市という様相を呈していたのだった。
  各国首脳は、澤田と話したり、その他の首脳やえりか、中山と話しながらも、彼女たちの姿そのものに興味の中心が集まったのも当然のことだった。サイボーグというシチュエーションとその宇宙服を着ているような容姿は、充分に好奇心の対象だったのだ。火星に送り込んだサイボーグの実物を目の当たりに出来るのであるから、誰でも興味が湧くのは当然のことであったのだ。
  澤田にしては、自分の信念があるから、自分の身体のことを好奇心で見られても何とも思わなかったし、えりかにしても、もう、サイボーグアストロノーツとしての生活がかなり長くなって、見られることへの戸惑いなど全くなくなってしまっていたので、好奇心の瞳に対してもへっちゃらだったのである。
「えりか、自分の身体の公表範囲での説明は十分にしてあげるのよ」
  コミュニケーションサポートシステムを通じて、澤田からの指示がとんだぐらい、見られることに慣れてしまっていたのだった。
  彼女たちの性能を目の当たりにして、さらに各国の首脳たちは、澤田に対して、畏敬の念を持つようになったのであった。
  そして、澤田の求めたサイボーグアストロノーツ外交は、成功裏に終わったのであった。


  3Y560D00H00M00S。
  いよいよ私たちの乗った惑星探査宇宙船「希望1号」は、月の周回軌道上に到着したのであった。 私たちは、やっと地球の影響圏に帰ってきたのだった。地球上での出来事が緊迫性を増していることなどこの時点では、全く知るよしもなかったのだった。
  月の周回軌道上に惑星探査宇宙船「希望1号」が停泊するのを待ちかまえたように、船外作業員が、船外の係留作業に入っていった。私たちが旅に出たときから、地球時間で六年の月日が流れていた。
  その間に、地球側の火星移民計画などの宇宙開発計画が飛躍的に進んでいるのか月周回軌道上に「希望一号」よりはるかに大きい惑星船が数隻、建造が進んでいるのが、モニターから確認できた。そして、その作業に従事する技術者に姿にみさきがクローズアップしてくれた。
「はるか、未来、メインモニターを見て!」
  みさきに言われて、私たちは、メインモニターに視界を移動した。
  そこには、惑星船を建造する作業員の姿が大写しになっていた。彼らは、船外作業用アンドロイドかと最初は思った。下半身や背中のバックパックに取り付けられた推進姿勢制御用推進システムを駆使して、惑星船の作業に従事していた。その姿は、脚が無く、手の変わりに4本のマニュピレーターで作業をしているのであった。まさにSF映画のシーンを見ているようだった。
  その中の一体が、「希望一号」に気づいて、交信を求めてきた。みさきが交信許可を出すと、その一体から交信が即座に入ってきた。「如月大佐、望月中佐、美々津少佐。お帰りなさい。皆さんを月面基地までお送りした田中です。覚えていらっしゃいますか?」
  その声は、私たちの存在を羨ましいと言った田中さんの声だった。私の中のデータ保管用ハードディスクからデータを参照して照合しても間違いなく彼女の音声データであることが確認された。
  ということは、宇宙空間で惑星船建造の作業をしているのは、アンドロイドではなく、新型のサイボーグアストロノーツなのであった。
「懐かしいわ。もちろん覚えています。やっと故郷まで帰ってきた気分よ」
「それは良かった。私も、念願のサイボーグ化手術を受け、宇宙空間作業用サイボーグとして、このように我が国の宇宙開発計画に従事しています。宇宙空間での作業性のために、地上での機能を全て取り上げられましたが、宇宙空間で何の制約もなく作業が出来て、私の希望がかない幸せです。地球上でも色々なことがありましたので、環境の変化に皆さんは戸惑うかもしれませんが、我が国の宇宙開発がよりぺーが上がったので、私たちサイボーグが理解された社会になっていますよ。
  それから、大佐たちの帰還はものすごいピックニュースになりますよ。スター扱いで戸惑わないように心の準備をして下さいね。皆さんの帰還作業補助部隊が間もなく到着します。私は、作業に戻ります」
  そう言って田中さんが作業に戻っていった。
「はるか、私たちまるで浦島太郎だね。サイボーグが、たくさんいる世界になったなんて信じられない。もっと驚くこともあるんだろうね。地球に帰還するのが怖くなっちゃった」
  未来の言った言葉は、3人の共通した感想だった。一体地球では何がどう変わっていったのであろうか?興味と恐怖の入り交じった感情が芽生えてきた。
  そんな私たちの感情はお構いなしに、帰還作業が進んでいくことであろう。どんなにサイボーグアストロノーツを理解してくれる社会になろうとも、私たちは、火星移住のための調査機材という存在に変わりはないのだ。私たちの意志とは関係なく、私たちの身体に蓄積された火星の調査データーを地球の宇宙開発事業局は待っているのだ。無事な帰還をして欲しいのは、私たち全体ではなく、私たちの身体に搭載されたデータ蓄積用ハードディスクなのであった。私たち本体は、補充が効くが、貴重なデータがたくさん詰まったデータベースは替えがないのであった。
  しばらくすると、私たちの地球帰還作業のための部隊が、月面基地連絡宇宙船を操縦して、惑星探査船に接舷して、「希望一号」のエアロックのメインロックを解除するようにみさきにリクエストが入った。みさきはすぐに、そのリクエストを受諾し、月面基地連絡宇宙船が、「希望一号」とドッキングが完了した。
  作業員がサイボーグ搬送用カプセルを三個運んで、コックピットにやってきた。
  私と未来は、コックピットの火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセル拘束ベルトを解除して、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーを開けて、コックピットの中に出て、サイボーグ搬送用カプセルの中に入った。そうすると作業員により、サイボーグ搬送用カプセルの中に拘束ベルトによって固定された。そして、サイボーグ搬送用カプセルのハッチが閉じられた。
  私と未来の地球までの荷造りが完了した。
  続いて、作業員は、みさきの荷造りにかかった。
  作業員は、みさきの身体固定用コントロールシステムのリリースボタンを押した。すると、みさきの身体に取り付けられたケーブルやチューブ類が外れ、拘束ベルトが惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所の壁面に収納された。
  みさきの身体から、ケーブルやチューブ類が外れる時、みさきは、「あーーん」という大きなあえぎ声を上げた。ケーブルやチューブ類を付けたり外したりするたびに彼女は性的な興奮を感じることが出来るようになっているのである。彼女にとって、本当に久しぶりの直接的刺激であった。
  そして、作業員は、みさきの身体を抱き上げて、惑星探査船操縦用サイボーグ専用サイボーグ搬送用カプセル固定され、ケーブルやチューブ類が再び接続された。みさきは、再び、ケーブルやチューブが接続されるたびに、彼女は性的な興奮刺激の快感を味わうことになったのであった。みさきのカプセルも閉じられ、3人の荷造りが終了し、3人がつめられたカプセルが、月面基地連絡宇宙船のサイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル固定エリアに固定された。
  そして、みさきのカプセルには、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用の生命維持システムが接続され、私たち3人の地球への最後の旅の準備が整った。
  月面基地連絡宇宙船が、「希望一号」から、離脱し、地球への軌道を地球へと向かっていった。


  3Y563D00H00M00S。
  私たち3人が地球の地上基地に着陸するときが来た。いよいよ地球に帰還するときが来たのだった。
  本当に何年ぶりに見る青い惑星なのだろう。地球がどんどん大きくなっていくのが分かった。昔のアニメのキャラの台詞じゃないけれど、地球の何もかもが懐かしく感じる。やっぱり、生まれ育った、青い星の方が、赤い星よりいいに決まっている。でも今の私の立場は、火星で暮らすために造りかえられていて、地球上で暮らすには、色々な不都合が感じられる存在なのに、やっぱり、地球で生まれたという人間の郷愁だけは改造できないのだと思った。そう言う意味で、身体の形状は変わってしまっていても、人間であることに変わりがないのだと思うとなんだか嬉しかった。
  月面基地連絡宇宙船の操縦士のアナウンスが入る。
「地球大気圏再突入します。耐ショック姿勢を確認して下さい」
  そう言う間もなく、宇宙船は、大気圏に再突入していった。
  そして、間もなく、月面基地連絡宇宙船は、着陸予定の宇宙開発事業局の敷地内の滑走路への最終着陸態勢に入っていった。
  軽い衝撃がサイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル越しに私の身体に伝わってきた。私は、無事に任務を終えて、地球に帰ってきたのだ。えりかや、まりなさんにもうすぐ会えるのだ。そんな感情がおさえきれなくなった。懐かしい地球の空気に触れたい。たとえ、機械の身体であっても、センサーによる感触で地球を充分に満喫しようと思った。
  月面基地連絡宇宙船の機体が、駐機場に停止した。
  エアロックが開けられて、作業員が搭乗してきた。サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルの固定解除の作業にかかった。
  私たち3名が各自入れられたサイボーグ搬送用カプセルが、船外に運び出された。地球上の太陽光を浴びて、私たちのサイボーグ搬送用カプセルは、宇宙開発事業局の本部の建物に運び出されていった。
  私たちを出迎えたメンバーは、みんな火星用に造りかえられたサイボーグだった。生身の人間が一人もいなかった。ひときわ目立つ人工皮膚の火星用サイボーグが瑞穂さんで、濃紺の人工皮膚に包まれたサイボーグの中に、えりかやまりなさんがいることが確認できた。
  私たちが地球を離れていた間に、火星開発計画が急ピッチで進められ、サイボーグになった人間が増えたとは想像できたが、その中に首相の姿があるということには驚いたし、えりかが、サイボーグになって出迎えてくれることも覚悟していたが、まりなさんまで、サイボーグになっているとは思いもよらなかった。最初は、ラバーフィットスーツを着用している状態かと思ったが、私の対人アナライズシステムが彼女たちが、サイボーグであることを私に知らせたのであった。
  私も、未来も、みさきも、何でこのようなことになるのかまるで狐につままれたような気持ちだった。

「如月大佐、望月中佐、美々津少佐。お帰りなさい。これから、バイオハザードセキュリティーエリアに移ってもらい、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルから、出てもらうようにします。何はともあれ、任務完了ご苦労様です。あなた達は、世界が熱狂的に帰還を待っていました。私が代表して、出迎えの挨拶をいたしました」
  瑞穂さんの声だった。本当に彼女は、サイボーグになったのだった。
「お帰りなさい。3人の帰還を宇宙開発事業局の全員が、待ち望んでいました。本当にご苦労様」
  声の主は、木村局長だった。木村局長も、サイボーグに自らを改造していたのであった。
「お姉ちゃん、お帰りなさい。待っていたわ。私もサイボーグとして、第一次火星開発チームとして、約3ヶ月後に火星に旅立つことが決定したの。お姉ちゃんと行き違いにならなくて、地球上で会えてよかった」
  えりかが声をかけてきた。彼女ももう元の姿に戻れない身体になっていたのであった。そして、驚いたことには、まりなさんまでもが、火星にいく準備を終えていたのだ。つまり、火星探査・開発用サイボーグへの改造手術を完了され、サイボーグとして、機械と電子部品の身体を手に入れていたのであった。
「はるかさん、お帰りなさい。私は、再来月出発予定の第二次火星開発チームのメンバーになりました。はるかさんと同じようにサイボーグの身体を手に入れることが出来ました。私は、開発の最前線ではなく、後方支援ですが、火星の大地で、我が国の移民地を創る任務にあたります」
  まさか、まりなさんまでとは思っていなかった私はいささか面食らってしまった。でも、気を取り直して、
「皆さん、ただいま帰りました。地球からのパックアップに助けられ、任務を完了して、再び地球に帰還することが出来ました。された調査任務の全てを無事完了しています。私の身体に蓄積された手データーは、必ず、火星植民地化計画に役立つデーターであると確信しています」
  私は、3人を代表して、短くコメントした。
  私たちのサイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル越しの帰還セレモニーは、プレスが、熱烈に同時中継を行っていた。
「それでは、三体のサイボーグアストロノーツをバイオハザードセキュリティーエリアに運びます」
  私たちは、火星で未知の細菌と遭遇している可能性もあるため、バイオハザードセキュリティーエリアで、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルから出され、考えられる全ての殺菌処置を施された上で、地球の大地に立てると言うことであった。私たちは、この惨めな囚人運搬の光景を全世界にさらしながら、バイオハザードセキュリティーエリアに移動したのであった。
  バイオハザードセキュリティーエリアのサイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセル連結ポートに接続され、バイオハザードセキュリティーエリア側のエアロックの操作によって、サイボーグアストロノーツ搬送用移動カプセルの蓋が開けられ、ラバーフィットスーツによってセキュリティーエリアへの侵入を許されている作業員によって、私たちの拘束が解かれていった。
  そして、私たちは、バイオハザードセキュリティーエリアに移動し、その中の会見エリアのサイボーグ専用チェアに座らせられた。もちろん。みさきも職員に抱きかかえられるようにして運ばれ、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用のサイボーグ専用チェアに乗せられた。みさきに関しては、さながら、石膏の上半身の彫刻が、運ばれるような印象を受けてしまった。しかし、みさきは、自ら能動的に動くことが不可能であるから仕方なかった。
  会見場は、ガラス越しに向かい合う席が、バイオハザードセキュリティーエリアの外側にも作られていた。そこに、浩、美紀、望の緊急補充用バックアップチームの3名の姿があった。本当に懐かしかった。そして、瑞穂さんや、木村局長、えりか、まりなさんなどが、続々と入ってきた。
  そして、ガラス越しの席に着席して、私たちの帰還セレモニーが始まった。
「改めてお帰りなさい」
  瑞穂さんが話し始めた。
「出迎えが全員サイボーグと言うことに驚いたと思うけど、あなた達が地球を離れて、任務遂行中に火星移住計画を加速することを決定しました。というのも、我が国を巡る環境が最悪の状態になったため、火星への移民も全て、サイボーグか、ラバーフィットスーツ装着者で構成することになり、その移民者の選抜も済んでいます。そして、私たち政権担当者の中で、私や寺田、中山などが、火星移民団の責任者になるために、一足早く火星定住型サイボーグとしての改造手術を完了しました。
後は、3ヶ月後と4ヶ月後に出発する火星開発チームの後に永住のために出発することになるのです。だから、この数ヶ月で、何十人にも及ぶ選抜者が火星での定住に耐える身体を取得しています。そして、あなた達が持ってきたデータを元に、さらに多くの選抜者に火星に適した身体を与えることになっています。地球上に残る国民も、出来る限りの選抜者が、対核、化学戦、生物兵器戦に備えたタイプのサイボーグ兵士やサイボーグ体を持つ指令者へと順次、改造手術を行われているのです。そして、一般国民で地球に残る人たちも、出来る限りの人に、特殊戦防護用ラバーフィットスーツの装着を進めています。この国の国民は、数年後には、サイボーグかラバーフィットスーツ装着者にほとんどがなるはずです。でも、この国の安全が保証されている時間は少ないのです。間に合う限りの国民を救うつもりなのですが・・・」
「首相は、出来る限りを尽くしています。もちろん、腹心の三谷副首相達を地球の国土防衛の最高責任者として対応させ、地球と火星の二つの国土と国民を守ることにしています。三谷副首相達数名の指導者が、耐核戦争、耐生物化学兵器戦用サイボーグへの改造手術も終了しているのです」
  木村局長が、瑞穂さんの言葉を補足した。私たちが地球を離れる頃より、この国を取り巻く事態がさらに緊迫してきていた。それでサイボーグが増えていたし、田中さんが言っていたように、サイボーグという存在が理解されやすい社会になっていたのであった。
「はるかや未来、みさきは、火星に最初に降り立った人類として、地球で見せ物にならなければならなかった当初の予定が、変更されたんだ。僕たちもそうだが、火星探査・開発用サイボーグとして、再度火星にいくことになったんだ。今度は、地球に帰ることがない出発になるんだよ」
  浩が教えてくれた。
「お姉ちゃん、まりなさん達と火星で暮らすことになるんだよ。私も一緒だよ」
  長田部長という素体で作成された火星定住型サイボーグが、
「その通りよ。我が、宇宙開発事業局は、火星に全て移動することになったわ。局員全員が火星へ定住することを命令されて、サイボーグ若しくは、火星定住型のラバーフィットスーツの装着者とされてしまったの。もちろん私たちの家族も、火星定住型ラバーフィットスーツの装着を完了しているわ」
  木村局長が続けた。
「如月大佐、望月中佐、美々津少佐は、最近の洗浄殺菌処置が終了後、体内に蓄積されたデーターの吸い上げを行います。そして、その後、如月大佐については、サイボーグ体の再改造を行い、他の二人については、最新システムへの補完処置を受けてもらい。再出発に備えてもらいます」
「再改造ですか?」
  私がそう言うと、木村局長が、
「火星でのリーダーの一人として、それにふさわしいサイボーグ体へ、今の身体よりももっと適したものへの改造を受けてもらうのです。あなたは、火星移民地のリーダーの一人に選ばれたのです。そのための特別なサイボーグ体なのです。機械の身体をいじるのですから、最初に改造されたときほどの苦しみがないから安心して」
  木村局長は簡単に言うが、私の身体の再度の改造と言うことは、もっと人間離れしてしまうことであろう。おそらく、瑞穂さんのような最新型のタイプに改造されるのであろうが、そうなれば、火星でのみ生命を維持できればいいような身体になることであり、もう地球に戻ることは可能性すらなくなってしまうということなのだった。
  でも、このままで、地球で過ごさなくてはならないよりも数段、私たちサイボーグアストロノーツにとっては、好いことでもあったのだった。
「さあ、久しぶりで束の間の地球の大気に機材をさらしてみたいでしょうから、すぐに殺菌処置を開始するわね。引き続き、閉じこめられた空間で、我慢して生活してね。それが終わったら、取材とか、撮影で、地球上をどうしてもらう日々がしばらく続くからね」
  長田部長がそう言うと、私たちは、ラバーフィットスーツ姿の作業員から、殺菌処置室に移動するように促された。
  殺菌処置室は、小型の高圧タンクのような構造をしていて、私たちの身体にあった、サイボーグ専用メンテナンスチェアーが置かれていた。私たちがその部屋のサイボーグ専用メンテナンスチェアーに拘束されたのを確認して、作業員は、部屋のエアーロックを閉じてしまった。
  私たち3人がタンクの中に隔離されたのだった。私たちが持ち帰ったデーターにおいては、地球上に危害を加えるような最近や微生物は発見されていないため、このような処置は、私たち3人が最後となると思われる。もっとも、地球に帰還を果たす火星探査・開発用サイボーグ自体が、私たち三体のみになるだろうから、無駄な施設であったと後世に評価されると思えた。
  しばらくして、この部屋の中は、殺菌液で完全に満たされたのであった。
  地球を出発する前に受けたプール訓練のように、私たちの身体は、完全に液体の中に没してしまったのであった。そして、液体に圧力と温度がかけられて、高圧高温の状態の液体に一週間もの間、居なければならなかったのであった。


  3Y570D00H00M00S。
  消毒殺菌液が抜かれていき、私たちは久しぶりに液体の中の世界から解放された。
  そして、部屋の入り口のエアロックが開けられ、作業員によって、私たちは、サイボーグ専用メンテナンスチェアの拘束を解除された。
  私たちは、みさきを抱えた作業員と共に、バイオハザードセキュリティーエリアを出て、情報管理室に連れて行かれた。
  ここでも私たちは拘束ベルトで、火星探査・開発用サイボーグ専用データ交換ベッド、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用データ交換ベッドに寝かされ拘束された。そして、私たちの股間のカバーが外され、データー交換専用コネクターにマザーコンピューターからのデータ取得用ケーブルが接続された。
  私の隣でまた、みさきのあえぎ声が聞こえた。私と未来は何事もなかったように股間にケーブルが差し込まれた。
  私たちが集めた火星での活動で収集したデータやみさきの航行データの吸い上げは、高速アクセス機能を利用しても、優に140時間のランタイムが必要だった。つまり、私たちは、まるまる6日間このベッドに拘束され続けたのであった。
  私は、この間、半覚醒状態の中に置かれていた。
  そして、火星での活動や今まで自分に起こったことが、夢うつつの中で浮かんでは消えていった。マザーコンピューターにデーターが吸い上げられるときに、脳の記憶中枢とデーター蓄積用ハードディスクのリンクによって起こる現象だと言うことであった。また、一度吸い上げられたデーターは、私の補助記憶として、ハードディスクに圧縮されて送り返され蓄積されていたのだそうであった。
  私たちにとっての拘束された生活はこれで終わりではなかった。さらに24日間の長期にわたり、サイボーグ専用メンテナンスチェアーに縛り付けられ、レストモードのまま、私たちの身体の徹底的なメンテナンスチェックと修理が行われた。
  これは、私たちの身体の専門的な点検の目的もあるが、それ以上に、火星で、実際に探査活動を行ったサイボーグアストロノーツの身体の長期的な使用状態におけるパーツの消耗度や耐久性などのデータを採ることが重要な目的であったのであった。この任務の仕上げといえるものであった。
  実際に、火星で過ごし地サイボーグ体のデータは、やはり、シュミレーターで過ごしたチームのデータと比べて格段に重要性の高いものであり、今後のサイボーグアストロノーツの生産や、今まで改造手術を受けたサイボーグアストロノーツの改良に大きく役立ったのであった。
  私たちのデーターにより、欠陥とされた部品がすべてのサイボーグアストロノーツの同じ部品の交換という形で、緊急に行われたりもしたのであった。


  3Y600D00H00M00S。
  私と未来とみさきの3人は、この日やっと自由の身となったのであった。
  もっとも、みさきは、自由の身と言っても、全く自らの身体で動くことが出来ない手足のないダルマと同じなので、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用の移動台車に乗せられて、サポートヘルパーが移動の手伝いを行うのではあるが、今までのように拘束はされていないのであった。
「やっと自由になれた気がする」
  そう未来が言った。私もそう思った。
「自由といっても、動けないから変わらないよぅ」
  というみさきのおどけた不満が聞こえて、3人は、緊張の糸が解けていった。
  そんな私たちを木村局長やえりか達が局長室で待っていてくれた。局長室に置かれた椅子は、以前と違い、ほとんどが、サイボーグが座れるような椅子になっていた。
  そして、木村局長自身のサイボーグアストロノーツの身体をメンテナンスするための専用のメンテナンスルームまで作られていたのであった。
「如月大佐、望月中佐、美々津少佐。改めてお帰りなさい。任務ご苦労様でした。火星ではいろいろあったみたいだけれど、3人の精力的な探査活動任務の遂行のおかげで、予想以上に火星のデータが蓄積できました。感謝します。ここにいるメンバーは、私も含めて、あなた達が集めてくれたデータのおかげで、安心して、火星に移民できることになりました。
  もちろん第二次探査チームのデータも必要になってくると思うけれど、それは、火星で受け取ることになると思います。もう、火星から、帰還する火星用のサイボーグアストロノーツは、いないと思います。全てが、火星に定住をすることになりました。もちろん私や澤田首相も含めてです。
  あなた達も、再調整や再改造の処置を受けてもらって、火星への定住のための指導的立場を担ってもらいます。いいですね。」
「了解しました。でも、正直言って、木村局長の言葉の全てについて、戸惑うことばかりであることは事実です。私たちは任務終了後、このかわり果てた身体で地球上で生きた資料としての人生を送る覚悟で戻ってきたのですから」
「それは当然だと思います。でも、これは否応のない命令ですし、火星での生活に適したサイボーグアストロノーツを地球で遊ばせておく余裕が無くなったことを理解して下さい」
  木村局長は、ぴしゃりと言った。もちろん、私たちにとって、木村局長の命令を拒絶することは出来ないので、再度火星に赴き、そこでの新しい人生を送ることになるのだと言うことは理解できたし、覚悟も出来たのであった。
  もちろん、私たちの身体は、火星で生きていく方が、地球で生活するよりもはるかに楽なのであった。なぜならば、火星での生活に適した身体なのだからであった。
  でも、覚悟が出来たとはいえ、地球への郷愁を捨てきれているわけではない自分がそこにあった。


  3Y601D00H00M00S。
  この日から、記者会見やテレビ出演、講演会といった毎日が続いた。私たちのことはもの凄く人気があるらしく、会見場や講演会場は常に人が多かったし、視聴率も好い状態が続いた。
  私たちの話で、興味を示す内容は決まっていた。もちろん火星での体験談がメインに聞きたいことなのだろうが、それよりも、私たちの身体のこと、つまり、サイボーグアストロノーツの身体の構造や、能力、そして、私たちが、サイボーグアストロノーツになったときの心境といったことを聞きたがったのである。
  私たちの身体への好奇心や憧れといった感情や嫌悪感や悲壮感といった感情が入り交じったものであった。
  私たちは、会場への移動は、常に、専用車や専用の飛行機を使用し、世界全体を飛び回った。
  専用の移動手段があてがわれているのは、私たちが特別な待遇を受けているからではなく、私たちの身体が、専用の座席を持った移動機材でないと運べないと言うことであった。
  当初は、サイボーグ搬送用カプセルを使って移動するという案もあったが、やはり、もっと人間的な運び方をしないと特別な存在という箔がつかないと言うことから、わざわざ移動用の専用機材を製作したのだった。


  3Y640D00H00M00S。
  私たちは講演旅行も一段落したところであった。
  私たちは、瑞穂さんに呼ばれて、首相官邸に赴くことになった。首相官邸には、瑞穂さんや中山さん、寺田大臣達が待っていた。そして、瑞穂さんの傍らに、見慣れないタイプのサイボーグが私たちを出迎えた。
  その見慣れないタイプのサイボーグこそ、三谷副首相であった。そのことは、瑞穂さんの紹介で判った。
「紹介するわ。彼女が、私の腹心で、地球上の我が国の舵取りを私達が火星に旅立ったらお願いしてある、三谷副首相よ」
「紹介を受けました。三谷です。よろしくお願いします。火星からの帰還ご苦労様です。そして、再出発でまた大変になるでしょうけれど頑張って下さい」
  三谷は紹介されて、そう言った。
  彼女の身体は、私たちの身体と比べると硬質感のある金属に近い感じのある人工皮膚に覆われていた。
  三谷副首相は、私たちの視線を感じたのか自分のサイボーグ体について簡単に説明してくれた。
「私の身体は、映画のアンドロイドのように金属感や硬質感があると思ったのですよね。私の人工皮膚は、核戦争や、生物化学戦やそれに類するテロにあっても被害を受けることがないような構造になっているフルメタル硬化樹脂型人工皮膚になっていて、火星定住型サイボーグである皆さんと違い地球での戦争でも生き残れることを目標にして造りかえられているのです。ですから、昆虫の外骨格のような装甲をイメージした人工皮膚になっています。
  そして、護身用に胸に光子砲を2門、手の指の先端にも、小型光子銃を計十丁内蔵されています。そのほかの生命維持システムなどは、皆さんとあまり変わりがありません。ただし、地球上での軍事活動や指揮を行うために、地球上でのタキオン粒子通信システムが採用されていたり、体内の電子機器が外部影響を受けることがないようになっていたり、電子戦に対する対策も、より高性能になっています。また、逆に高度電子戦能力も付けられています。
  さながら、生きた作戦司令本部というような機能になっています。皆さんよりもより兵器に近い存在になっています。パワーも皆さんよりも大きい出力を実現できるようになっています。
  ただし、指揮命令順位が、澤田首相の下位になっていますので、澤田首相にクーデターを起こすことは不可能ですけどね。もし起こすとしたら、私の身体の中の自爆装置がすぐに作動することになっています。私が敵の手に落ちて、脱出不可能と判断された場合も、自動的に自爆装置が稼働するようになっています。そう言うことなので、一生澤田首相についていきますがね」
  そう言ってから、彼女の悪戯っぽい笑い声が聞こえた。
  もちろん、そんなことは冗談に決まっていることはこの場にいる全てのサイボーグが、判っていることだった。ここにいる全てのサイボーグは、澤田に対しての信頼と忠誠を確認している仲なのである。もちろん、彼女の言うように、指揮命令系統遵守回路によって、指揮命令系統が最悪でも守られるようになっているのであるが。
  三谷副首相の身体は、サイボーグ兵器と言うにふさわしいものであり、火星上で活動する我々とはやはり異質であった。彼女でこのように思うのだから、完全に兵装を施された戦闘用のサイボーグ兵士は、もっと兵器らしくなっているのだろうということが想像できたのである。
「紘子は地球上の祖国の指揮を執ることになるから、あなたとも、やり取りをする機会が増えると思って紹介したの。さて、本題にはいるわよ」
  瑞穂さんが切り出した。
「あなた方は、再度の準備を行ってもらった後、私と一緒に火星に旅立つことになったのです。その準備にかかって欲しいのです。玲子にもその旨を伝えてあるけれど。再度火星に言ってもらい、私の片腕になってもらいます。指揮権の順位もかなりの上位ランクの火星での指導者になるから、そのつもりでいて欲しいの。地球は、紘子達に任せて、火星と地球上の二つの土地での我が国の優位を確立し、火星側では、そこを足掛かりとして外惑星への領土拡大策を採っていこうと思っています。そして、あなた達は、玲子と一緒にその政策の中心としての指揮を執ってもらいます」
「判りました」
  私たちに答えの選択肢はそれしかなかった。火星に再びいくことがここで決定したのである。


  私たちは、翌日から、火星へいくための準備に再び入っていった。未来やみさきは、身体の部品のごく一部を取り替えられたり、付け加えられる程度のものであったが、私への処置は、大幅なものとになった。
  私は、翌日から、火星へいく準備に入った。
  サイボーグ処置専用台に寝かされた私は、身体の全てを分解され、新しい部品と取り替えられたり、電子機器のバージョンアップをされたり、機械部品の改良作業を行われた。
まるで、バラバラ死体のようになった身体の光景が、私の視覚に飛び込んできた。
  私の身体もこの処置により、もっともっと機械に近い存在になるのだった。今回、私に施された処置は、消化システムを完全に取り外され、呼吸システムと統合された。人工血液が、瑞穂さんに使用された呼吸液に入れ替えられた。この呼吸液の特徴である栄養分と酸素などのガスの併用配給システムをフルに利用することにより、私の身体はごく微量の排泄物も排泄する必要が無くなり、生体部分が必要なガス交換と栄養分の交換が、呼吸液だけで行われ、そのリサイクルも、バックパックで完全に行うことが出来るようになったのであった。その結果、私は、今よりももっと外部環境から独立する存在となったのであった。
  ただ、緊急事態のため、体内に、呼吸液の貯留タンクと使い終わった呼吸液の貯留タンクが、取り付けられた。このタンクは、バックパックの機能が故障したときに、修復までの間、10日間の生命維持が可能になっていた。
  そして、機械や電子機器の部分へのエネルギー供給と廃棄物の処理のために、小型分子融合炉を中心としたエネルギー循環システムが私の腹部に取り付けられた。
  そして、胸に仕込まれている光子ビーム砲の強化と、そのエネルギー供給システムの増強がはかられた。また身体の空いた部分には、今まで取り付けられていたハードディスクや補助コンピューターに変わって、新開発された超小型大容量ハードディスクと超小型スーパーコンピューターが取り付けられ、今までの私の情報処理能力が飛躍的に引き上げられた。
  そして、視覚システムの能力も大幅に引き上げられ、明度が大幅に向上することになった。これによって、火星の夜で見にくかったものがはっきりと見えるようになった。私の視覚は、火星の夜でも、地球の昼と変わらないほどの物体認識性が与えられると共により遠くのものを見たり、透視能力が高まったりした。
  聴覚システムは、より多くの情報を取得するために、可聴範囲が波長的にも、範囲的にもかなり広がった。
  そして、電波が、デジタルや高性能粒子通信波が傍受できるようになると共に発信も可能になったため、コミュニケーションサポートシステムが、特殊暗号通信という方式のコミュニケーションも可能になった。このシステムは、瑞穂さんとのホットラインや地球上の三谷副首相との交信、火星や地球の指導者とのコミュニケーションに使用されることになる。
  そして、嗅覚システムや、口のあった部分に取り付けられた分析システムの充実が図られた。そして、駆動系も新たに造りかえられ、新しい筋肉組織駆動モーターや関節組織駆動補助モーターにより、私の駆動系の性能も飛躍的に向上したのであった。
  それに合わせて、バックパックも小型で高性能なタイプに変更され、今までのような宇宙服を着ているような容姿よりも、はるかにバックパックが目立たなくなった。
  その代わりバックパックの背部に二機のイオン推進機が取り付けられ、跳躍の補助や同時に
取り付けられた通常はバックパック内に収納される翼によって、短距離の飛行も火星上で可能となった。また、このシステムにより、宇宙空間での独立行動性能が向上したのであった。
  そして、人工皮膚も、瑞穂さんと同じスーパーラバーメタルスキンへの変更処置が行われた。私は、あらかじめ、今度の人工皮膚の色を明るいパールブルーにしてもらうように希望を出していた。私の人工皮膚は、今までの濃い緑色から変更され、希望通り、ファッショナブルなパールブルーになった。
  ただし、脚の部分のロングブーツ状になった人工皮膚は、バランスを考えて黒になってしまった。私は、もう再度は変更がきかないので、私の希望を叶えてもらったのでった。私はこの皮膚の色に満足であった。
  こうして、一度バラバラにされた私は、再度人というか人型ロボットの形に組み上げられていった。そして、私は、いままでの火星探査・開発用サイボーグから、高性能火星定住型サイボーグへと変更されたのであった。今までの身体とは格段に人間離れしてしまっていることは間違いのないことであった。
  もう、ここまでの変更を受けてしまったら、自分を人間だと言い張れる自信が私にはなかった。
  そして、前田ドクターと、佐藤ドクターの見守る中での新しい身体の馴化訓練を終え、再び火星に飛び立つ準備が完了したのであった。
 前田ドクターも、佐藤ドクターも、身体は、火星への定住のため、サイボーグ体になっている事は言うまでもなかったのである。
  私は、火星への出発の間をみさきと未来と一緒に公務をこなすことになった。


  4Y000D00H00M00S。
  えりかが、火星に旅立つ日がやってきた。私も新しい身体に完全に慣れることが出来たところであった。
  私は、えりか達、第一次火星開発チームの出発を見送ることになった。
「お姉ちゃん、火星で待っているからね」
「えりか頑張るんだよ。火星はあなたたちが受けたシュミレーション以上に過酷な環境なんだからね。いってらっしゃい。すぐに追いかけることになるわ」
  私とえりかが地球上で交わした最後の会話だった。次は、火星上で会話がなされることになるのだった。
  えりか達、第一次火星開発チームのサイボーグアストロノーツ達は、促されるようにサイボーグ搬送用カプセルに積み込まれ、惑星探査宇宙船に運ばれるために、シャトルに積み込まれていった。
  私もあのように積み込まれていったのかと思うと、懐かしい光景に感じてしまった。
  あのサイボーグ搬送用カプセルに積み込まれるときに、私は、完全に人間という立場ではなくなって、火星探査機材という立場になったことを実感させられたことを思い出したのである。そして、今度は、火星の住民になるためにサイボーグ搬送用カプセルに乗せられることが決まっているのだった。私は、えりかが乗ったシャトルが私の高性能の視覚システムから完全に見えなくなるまで見送ったのだった。
  いよいよ、火星への移民が開始された日であった。今、火星にいるサイボーグアストロノーツも含めて、サイボーグアストロノーツ達は私たちのように地球への帰還を許されることのないミッションに向かっていったのであった。


  5Y000D00H00M00S。
  私たち第一次火星移民団の旅立ちがやってきた。
  私や瑞穂さん、木村局長、未来などの火星での指導者として旅立つ選抜された人類であるサイボーグアストロノーツは、個別のサイボーグ搬送用カプセルに積み込まれ、一般移民者として、移民するラバーフィットスーツ装着者達は、5人単位で乗り込むことが出来るシャトルで、移民船が停泊している月周回軌道上へ移動することになった。
  この第一次火星移民は、超大型の移民用宇宙船にラバーフィットスーツ装着者を40名、サイボーグアストロノーツを15体積み込むことが可能であり、その船が、今回は、山積の船団を組んで出発することになっていた。
  つまり、指導者の立場のサイボーグアストロノーツが45体、被支配者として活動をするラバーフィットスーツ装着者が120名、火星に永住するために旅立つのであった。3ヶ月後には、もっと大がかりな船団が出発する予定になっている。
  今回のメンバーのほとんどは、火星では、サイボーグアストロノーツについては、最高指導者となるメンバーだけであるし、ラバーフィットスーツ装着者にしても、サイボーグアストロノーツ達の指示を忠実に仲介する中間指導的役割を果たすアストロノーツ達であった。言うなれば、選抜された中の選抜メンバーであった。
  私たちサイボーグアストロノーツは、月面基地にひとまず下ろされて出発までの時間を過ごすことになった。各人が月面上で身体を慣らす時間に当てられたのであった。
  その間に、みさき達、この移民船団のパイロット達が、移民船のコントロールシステムと繋げられて、出発までの最終調整に入っていった。
  私は、月面基地では、身体を慣らす必要がないので、月面を自由に歩き回り、地球を眺めたり火星を眺めたりして過ごした。もう、地球をこんな近くで見ることはないと思うと感傷的な気分になったが、反対に火星を眺めると、私たちは、火星人になれるという気分の高揚感が拡がるから不思議である。 
  ちなみにラバーフィットスーツ装着者達は、専用カプセルから、ラバーフィットスーツ装着者専用のカプセルに入れられる作業を行われていたのであった。このカプセルは、ラバーフィットスーツ装着者が半覚醒状態のまま、旅の長さを感じずに火星まで運ばれることが出来るように彼らの身体機能を最大限に落とすことによって、冬眠状態と同じ状態で、火星にいけるようなシステムになっていた。彼らは、本当の積み荷状態で出発を待つことになるのだ。

  瑞穂さんをはじめとした、私と未来、浩、美紀の4体を除いたサイボーグアストロノーツにとって低重力下の体験は初めての経験であった。
  それでも、機械部品と電子機器にほとんど置き換えられたサイボーグアストロノーツの身体は、すぐにこの環境に対応し、サイボーグアストロノーツのみんなが月面を自由に動きまわっていた。
  瑞穂さんが、私に話しかけてきた。
「はるか、地球上よりも快適に動けて月面って面白いわね。それに、地球があんなに青くてきれいだなんて、あそこで、ちっぽけな利害で争って、汚染を繰り返す人間の存在が愚かに思えるわね。地球への郷愁もあるけれど、新しい新天地を地球のように我々が壊していく事がない世界を作らないといけないという使命感を感じるわ。はるか、私と一緒に頑張って欲しいわ。火星を理想郷にするために頑張りましょう」
  私は、瑞穂さんの決意を改めて聞いて、この人についていくことを新に心に誓い、
「よろしくお願いします。」
  と短く言った。
  私たちが積み込まれる前に、移民船に積み込まれる重要な積み荷があった。それは、一般には極秘になっているものであった。それは、私たちから採取され、冷凍保存された卵子や精子が、地球上と半分ずつに分割され積み込まれた。
  そして、選抜されて採取された数千人分の卵子と精子とそれらの採取された人の詳細なデーターと共に積み込まれたのであった。
  これらの冷凍卵子と冷凍精子は、必要な時に必要な組み合わせによって人工受精卵として、私たちの子孫を造り出すのに利用されるのである。その時に利用されるのが、実は、ラバーフィットスーツ装着者の子宮なのであった。
  彼女たちの子宮を自分たちが使えないようにして残されている理由は、私たちの卵子と精子で造られた受精卵の着床の場所として使用する目的があったのである。そして、火星での選りすぐられた子孫を造り出すための試験管として使用されるのである。
  その為に子宮を女性のラバーフィットスーツ装着者が温存されていることの理由はひた隠しにされていたのであった。そして、今後も、一部のサイボーグアストロノーツだけが、その場面まで知るだけの事項なのであった。
  冷凍された精子と卵子は、大切に、しかも極秘裏に移民船に積み込まれた。
  また、移民船と船団を組む一緒に火星に飛行する3隻の貨物船も、大量の火星開発のための資材が積み込まれ、そして、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの据え付けも完了し、準備が完了したのであった。
  私たち、火星用のサイボーグアストロノーツが、月面を離れ、最後の積み荷として、3隻の移民船に積み込まれていった。私は、瑞穂さんと同じ宇宙船に搭乗し、船内のサイボーグアストロノーツ惑星間搬送用保護カプセルに入り、作業員に拘束され、動けない状態になった。
  作業員は、その状態を確認してからサイボーグアストロノーツ惑星間搬送用保護カプセルのふたを閉めた。私たちはそれぞれのカプセルの中に閉じこめられた。ラバーフィットスーツ姿の作業員が、
「行ってらっしゃい。幸運を祈っています」
  と声をかけて宇宙船を出ていった。宇宙船のエアロックが閉じられて出発の準備が整った。 
  私たちが最初に火星に行った時はたった一隻の宇宙船だったのが、今度は6隻での航海になる。それももう帰ることのない航海になるのだ。
  みさきが、機材の最終チェックと秒読みの交信を続けていた。
  そして、私の頭に、みさきの声が聞こえてきた。
「2度目の火星への航海だね。そして、今度は火星での新しい生活を始めるための航海だよ。みんなを安全に運ぶから、ゆっくりしていてね」
  そう言って間もなく、カウントダウンが0を数えた。
  メインエンジンが点火され、振動がサイボーグアストロノーツ惑星間搬送用保護カプセル越しに私の身体にも伝わってきた。瞬く間に、月の周回軌道を離脱し、火星への進路に入っていった。
  そして、私は、みさきからのコントロールによって、火星に着くまでの永い眠りにつくことになる。だんだん意識が無くなっていった。今度起きる時は、赤い星の周回軌道上になるのであろう。
  私は、再び、火星人となることを思い描いてサイボーグアストロノーツ惑星間搬送用保護カプセルの中の積み荷になっていったのであった。
  人類の希望を乗せた幌馬車隊が、新たな約束の地を目指していくのであった。


-完-

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