動画 アダルト動画 ライブチャット
「メインエンジン異常なし、順調に月周回軌道を離脱しました。火星への想定軌道に入ります。メインエンジンを3分間全開し、その後、慣性加速軌道に入ります。その後、大出力イオンエンジン点火します」
みさきとコントロールルームとの交信が続いた。
1Y001D01H38M00S。
「大出力イオンエンジン点火します。1時間22分点火後、加速慣性航行に入ります。現在、機体および、機器類、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグに異常ありません。火星探査・開発用サイボーグ2体および、火星探査機材に損傷はありません。すべて順調に飛行しています」
みさきの声が再び響く。
発信直後の緊張が解け、地球上の宇宙開発事業局の火星植民計画のコントロールルームに安堵の声が起こった。
木村局長が、
「火星に向けての安定加速慣性航行に移行するまで、気を抜いてはいけません」
戒めの言葉が飛ぶ。
薄い黄色のラバーフィットスーツに全身を覆われたロケット航行担当の水野麻里主任が、
「もちろんです。私たち、コントロールルームは、火星に安全に着陸させるまで、七ヶ月間、気を抜く閑はありません。軌道安定まで特に注意してください」
コントロールルームにいるスタッフが更に、気を引き締める。コントロールルームにいるスタッフも全員が、ラバーフィットスーツを全身に装着されているため、表情が全て判るわけではないのだが、みんなが長い間、自分の身体に装着されたら、二度とは脱ぐことが、出来ないラバーフィットスーツを装着されてまで関わり続けているプロジェクトであるから、失敗するわけにはいかないという執念をここにいる誰もが持っているのである。だから、気を抜けないという雰囲気が、表情は確認できなくても、この場全体を支配していることが解るのであった。
薄いグレーのラバーフィットスーツを装着されたアストロノーツや薄い緑色のラバーフィットスーツを装着された女性サイボーグアストロノーツ候補者、薄い青色のラバーフィットスーツを装着された男性サイボーグアストロノーツ候補者たちが、バックアップ部隊として、コントロールルームやもにたー室で固唾をのんで、第一次火星探査チームの旅立ちを見つめている。
そして、薄い桃色のラバーフィットスーツを装着された医療スタッフや白いラバーフィットスーツに全身を包み込まれたサポートヘルパーや一般スタッフが祈るようにモニター上のロケットとコックピット内部の3体のサイボーグアストロノーツの姿を見つめていた。ここにいる全員の気持ちが、私たちの背中を押し続けているように思えた。
地球のコントロールルームから、交信が入ってきた。まりなさんの声だ。
「はるかさん。みんなが期待しているわ。ここにいる全員の、いや、世界のみんなの期待が、はるかさんや未来さん、みさきさんに集中しているわ。がんばって往ってきてね。私、常にはるかさんたちの活躍を見守っているわ」
「ありがとう。まりなさん。私たちは、もう、火星での任務を遂行するしかない、そして、引き返すことは絶対に出来ないけど、絶対にこの火星探査ミッションを成功させて、次のミッションへ繋げてみせるわ。応援していてね」
私はそう答えた。もう、惑星探査宇宙船のなかで、火星への想定航路上にいて、引き返せないし、私の体自体、火星探査・開発を行うために、都合よく、設計し直されてしまったため、地球上で生きるには、多くの不具合があるに違いなく、そのような意味でも、もう火星探査に往くしかないのであった。
そして、火星探査ミッションの成功を手みやげに地球に帰還して、ヒロインになるシナリオしか、私と未来、みさきの3人には、人生のシナリオとして残されていないのであった。
1Y001D01H38M00S。
突然、みさきの声が聞こえた。
「加速慣性航行に入ります。大出力イオンエンジンをアイドリング状態に移ります。安定航行状態に入りました。引き続き、警戒管理状態にサイボーグアストロノーツ3体を引き続きおきます」
みさきが惑星探査宇宙船「希望一号」の一部としてミッションを遂行しているため、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして、機能している証拠でもあるのだが、幾分機械的な声に聞こえる。惑星探査宇宙船の航行に集中してる証拠であり、私たちを安全に火星まで運んでくれるように全力を尽くしてくれているので、ありがたいことなのだが、みさきが、人間としてではなく、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとしての美々津みさきになっていることを強く感じる一瞬であった。何か、みさきが機械になったように強く感じてしまうのだった。サイボーグアストロノーツは、全身を機械部品と電子機器にほとんど全てを置き換えられたことを痛感させられるのであった。
私は、自分の身体を改めて眺めた。濃い緑色をした人工皮膚、そして、脚部は、白いブーツ状をした人工皮膚に覆われている身体。そしてこの人工皮膚は、本来の私の生体皮膚と化学反応によって融合したものであり、この皮膚で覆われ、ゴムと金属の両方の感触が同居した鈍く光る身体、そしてその身体の中には、生体筋肉と人工筋肉の複合体の人工筋肉、そして、金属置換処置を行われ、造り替えられた人工骨格、そして、多くの人工器官として内蔵された機械部品、そして、たくさんの電子機器とその電子機器と協調して働くことになってしまった生体脳や神経、そして、それをサポートする人工神経といった数多くの部材が内蔵されているのだった。
そして、この身体は、人類を火星の大地に降り立たせるために最善の形態として設計されて、正常な人体を一つ使い実現されたものであった。私は、そのような身体を与えられ、火星での任務に就くのであった。まさに火星に往くために作り替えられたものであり、元の血の通った人間の身体とは全く違ったコンセプトを持つものになってしまい、元の人間の身体に戻ることなど出来なくなってしまったのであった。
目の焦点を上方に移すとみさきの身体が、
コックピットの惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に拘束用ベルトで完全に身動きが不可能なように固定据え付けされていた。手脚というものを取り去られたみさきの身体が、無数のケーブルやチューブによって惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして惑星探査宇宙船の一部となっていた。その身体は、人工皮膚が、内部機器の保護のため、金属に近い材質になっているため、金属光沢に鈍く輝いていた。そして、その手脚のないサイボーグ体の内部は、惑星探査宇宙船をコントロールし、船内や船外の制御統制管理を機材や私たちを含めて行っていくための電子機器や、電子制御システム、そして、それと協調する生体脳や生体神経、人工神経などが、所狭しと詰め込まれているのである。
みさきの姿も私と同様に人間としての姿をとどめていなかった。特に、みさきの身体は、SF映画に出てくるアンドロイドのように見えた。
そして、私の横に視覚の転換を行う。私と同じ身体になった未来が火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中に横たわっていた。私と全く違わない姿形をしている、私との見分けは、胸とバックパック後部にかかれた識別用ネームであった。未来の胸の「MARS4 MIKI MOCHIZUKI」というコードと名前が描かれている。私と未来の見分け方は、オリジナルの身体の身長が若干違うため、骨格は変更改造という方法での改造のため、若干私のほうが大きいのである。そして、私のバストにだけ取り付けられた胸部光子ビーム砲の影響で、私のほうが、グラマラスな容姿になっているのである。
私は、未来のことを思った。
七海という性格の何もかもよく似た一卵性双生児の姉の死という逆境を乗り越えた精神力には、本当に感心するものがある。姉の死というショックと自分にも同じ故障が起こる可能性があるかもしれないという恐怖、そう言う精神的なものを乗り越えてきた精神の強さを未来に感じた。頼もしい仲間である。彼女となら、この火星探査ミッションは必ず成功するという自信が改めて湧いてきた。
私の身体と頼れる仲間たちを見つめて、火星の探査ミッションへの期待と責任感が私のこころに湧いてきたのであった。
惑星探査宇宙船は、火星に向けひたすら安定航行を続けていった。
何事もなければ、七ヶ月後には、私は、火星の大地を未来と二人で踏みしめているはずである。
私にとって、みさきが惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして、宇宙船をコントロールすることへの信頼感が私にはあるのだ。みさきの優しさ、慎重さの中にある決断力の正確さ、そう言ったものが、必ず、この惑星探査宇宙船を火星まで到達させるに違いなかった。
私たちの旅立ちは、全て順調だった。
1Y002D18H00M00S。
地球上では、澤田の賭けである総選挙の大勢が判明する時刻であった。
総選挙の大勢が判明した。地球時間の未明であった。澤田の率いる政党の大勝であった。今後四年間は政権を任されるに足る結果であるとプレスの評価がなされた。もちろん火星植民地化計画への指示を背景にした澤田の支持率は、絶対的なものになった。
澤田は、この結果に満足していた。
国民は、澤田の政権が長期になることを熱望していた。そして、火星植民地化計画の前倒しによる実行の促進を熱望する結果になった。
澤田は、火星植民地化計画の強化促進をすぐさま決断した。世論の中には、生身の人間を人体実験のような形で、機械の身体に正常な人間を改造するサイボーグ手術に反対する声がないわけではないが、宇宙空間や異星の地で人類が、自由に活動していくには、サイボーグアストロノーツという形態に人間を改造することもやむを得ないし、むしろ前向きに考えていくべきとの意見が大多数を占めたのである。
澤田は、火星植民計画の前倒しを決意した。澤田は、宇宙開発事業局の局長である木村に連絡を入れた。
「玲子。惑星探査宇宙船「希望一号」の航行は順調なの?」
「瑞穂、航行は順調よ。火星に向かって一直線といったところだけれど、まだ七ヶ月の長丁場だから何がこれから起こるか解らないわ」
「そう。気を抜くことは出来ないわね。そこのスタッフは、全員火星に目が向いてるから、気に留めていなかっただろうけど、総選挙の結果は圧勝よ。また、もう四年間の政権を国民から委せられたわ」
澤田の言葉に、木村玲子は、
「瑞穂。本当に選挙のことを忘れていたわ。選挙戦の勝利おめでとう。ところで、瑞穂のことだから、
私に選挙戦勝利報告だけじゃないでしょうね。電話の目的は何なの」
「さすがに玲子だわ。付き合いが長いと話が早いわ。国民は、私の政権を支持したというだけじゃなく、火星植民地化の早期実現を希望しているの。だから、予算を傾斜的に注ぎ込むから、火星植民地化計画の前倒しをしてほしいの。第二次探査チームを2年以内に出発させ、第一次探査チームと入れ替えに第一次開発チームを送り込むぐらいの計画の前倒しをしてほしいの」
「瑞穂。あなたの考えていることはわかったわ。そうであるなら、計画の遂行を急ぎます。火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグをはじめとするサイボーグアストロノーツを新たに二十体から三十体この2年間に造らないといけないし、惑星探査宇宙船の建造もしないといけないわ。計画を根本から見つめ直して、瑞穂の意向に添うようにするわ。
ただ、この七ヶ月は、火星に3体のサイボーグアストロノーツを届けることに宇宙開発事業局全体で注力するわ。そして、火星からの火星探査・開発用サイボーグからの映像を全世界に送ることに注力させてほしいの。そうすることで、我が国の威信を世界に示せると思うから。そのことを優先しないと次へは進めないと思います」
「玲子、そのことは解っています。ですから、無理の無いように、そして、話題が切れないような間隔でプロジェクトが進むようにコントロールしてちょうだい。そして、最後は、私たち自身が火星植民地を統治するようになることが目標なのだから、そこまでに今の計画より前倒しで進めるようにしてほしいの」
「解りました。ご要望にお応えするようにします」
「玲子、お願いね」
そう言って澤田は電話を切り、勝利宣言をするためにプレスルームに向かっていった。
電話の向こう側では、木村玲子が、苦笑していた。
彼女は、
「瑞穂の性格は相変わらずね。常に前に進むことを考えているんだから。すこし、私たちで手綱を閉めないといけないかしら」
と呟きながら、火星植民地化プロジェクトの統括責任者である部長の長田静香を呼んだ。
しばらくすると、局長室のドアがノックされた。
「長田です。入ります。」
そのような声が聞こえ、長田が入ってきた。
「静香、いそがしいときに呼び出してごめんなさい。急いで相談したいことがあったものだから」
木村玲子が切り出した。長田は、身を乗り出して、玲子の次の言葉を待った。
「実は、今、澤田首相から連絡がありました。今回の総選挙で澤田首相が勝利したそうです。それも、大勝であったそうです」
「それはよかったです。私の担当する火星植民地化プロジェクトが続けられるからいいことです」
「ところが、静香。そうでもないの。澤田首相を国民が信託したということは、火星植民地化プロジェクトを前倒しして、急ピッチで行うことになるのです。そして、火星植民地統治プロジェクトも本格化することになるのです」
「局長、それじゃあ、かなりのハードワークになりますね。それに、第一次探査チームを火星に送り届けない限り、次のワークにかかることは無理かと思います」
「わかっています。まずは、みんなが第一次探査チームに最大限の注力をするように指示してください。それと同時に前倒しのスキームをくんでください。火星への第一次探査チームの着陸後にすぐに次の手を打てるような準備をしていてください」
「わかりました。すぐにスキームを組むようにします」
そう言って長田静香が部屋を出て行った。
「これで、私もめでたく、火星永住型サイボーグになることになるわね。機械の身体になるのもいいものかもね」
玲子は、呟くように独り言を言った。
1Y110D00H00M00S。
この日も、自動的に生活モードが切り替わり、自動的に意識が覚醒した。
火星への飛行は順調に消化されていき、もう半分以上の道程を消化していた。旅だった日から五日の間は、私たちの意識は、24時間覚醒状態におかれていたが、順調な飛行が確実になったため、16時間のアクティブパートと8時間のレストパートに分割された一日に合わせたモード変更が自動的に行われるようになっていた。ただし、みさきの生活モードは、22時間のアクティブモードと2時間の反覚醒状態のレストモードでの生命活動を強いられているのであった。
もう、地球からの交信の10分遅れの状態になっていた。それだけでも、もう地球からだいぶん遠くに来ていることを感じてしまう。無重量の宇宙空間での生活にも慣れた。
といっても、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中に拘束されたままの110日間が過ぎているので、実際には、無重量の空間を漂って楽しむことは、私たちには許されていない。ただ、動けない身体のままの110日間なのであった。
私と未来が動くことが出来ないまま火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに固定され続けているということは、順調な航行を惑星探査宇宙船が続けていて、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのみさきの身体にも異常がないということであった。私たちは、惑星探査宇宙船の重要な積荷の立場を満喫していたのである。退屈だけれど、地球上と交信したり、未来やみさきとコミュニケーションしたりしながら、過ごす充実した110日間であった。
そんな日々を過ごしていた私と未来に地球のコントロールセンターから通信が入る。
「如月大佐、望月中佐。ご機嫌はいかがですか?」
水谷ドクターの声だ。
「二人に仕事が出来ました。美々津少佐の背面のケーブルコネクターの接触が少し点検する必要が生じました。このまま放っておいてもいいのだけれど、後々、重大な故障につながらないように、今のうちに点検と補修をお願いします。内部の結線もチェックしてもらいたいから、惑星探査宇宙船の操縦を補助コンピュータによるオートパイロットに切り替えて、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所から、美々津少佐を取り外して、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグチェック用シートに固定して点検修理を行ってください」
「了解しました」
私は、そう答えると、右手の届くところの火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの内部壁の拘束ベルトリリースボタンを押した。
そうすると、身体を完全に動くことの出来ないように拘束されていたベルトがはずれて、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの内部に収まり、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーが開いた。
私は、コックピットの移動用バーを使い、無重量空間を漂うようにみさきのもとに寄っていった。そして、みさきの身体固定用コントロールシステムのリリースボタンを押した。
すると、みさきの身体に取り付けられたケーブルやチューブ類が外れ、拘束ベルトが惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所の壁面に収納された。
みさきの身体から、ケーブルやチューブ類が外れる時、みさきは、「あーーん」という大きなあえぎ声を上げた。ケーブルやチューブ類を付けたり外したりするたびに彼女は性的な興奮を感じることが出来るようになっているのである。
そして、空間に漂いはじめたみさきを未来と二人で捕まえて、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグチェック用シートに持って行き固定した。
「みさき、これから、あなたの身体の点検と修理を行います」
「ありがとう、はるか、未来、少し、背中のケーブルコネクターの接触が悪いの。大きな故障につながる前に直してほしいとコントロールセンターと交信で、お願いしたの。航行も、安定しているから、今のうちに素早く処置をお願いします」
私は答えた。
「了解よ。みさき。未来、準備は良い。手早く作業するわよ」
「はるか。了解しました。はじめましょう」
私たちは、まず、背中のバックパック部分のケーブルコネクターの点検を行った。やはり、少しケーブルコネクターの接点が緩くなっていた。ケーブルコネクターの接点を修理し、その他のケーブルコネクターの接点の点検修理を行った。幸い、背中のバックパック部分のケーブルコネクター以外の異常は見つけられなかった。
私と未来は、念のため、腹部と胸部の内部点検パネルをあけて、みさきの内部の機器の接続ケーブルのチェックを行った。
みさきの身体の中は、電子機器しか見えないほど、機械化されていた。
私たちもそうだが、みさきの身体はサイボーグアストロノーツとして、機械部品と電子機器がほとんどの身体になったことを思い知らされた。私たちは、機械と電子機器によって生きているという現実をいやでも思い知らされた。
みさきの体内の電子機器の結線を未来と二人で丁寧に点検し、異常がないことを確認した。
「はるか、未来、また惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付けられて、ケーブルやチューブ類を接続されて、再び、安全な惑星探査宇宙船をコントロールするからね。点検してくれてありがとう。火星までの後半戦、がんばるからね。安心してくつろいでいてね」
「わかった。それじゃ、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付けるからね」
私は、そう言って、未来と一緒にみさきを惑星探査宇宙船操縦用サイボーグチェック用シートから取り外し、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付け、据え付けようボタンを押した。そうすると、再び、みさきの身体を拘束用ベルトが、ぐるぐる巻きにして、完全に動かないように拘束していった。そして、ケーブルやチューブ類が自動的にみさきの身体に接続されていった。みさきは、ケーブルやチューブ類が接続されるたびに喘ぎ声を激しく上げた。そして、彼女は、再び、惑星探査宇宙船の一部になってしまった。
私は、それを確認し、補助コンピュータによるオートパイロットから、みさき自身の惑星探査宇宙船操縦システムへの切り替えを行った。これで、再び、完全に、惑星探査宇宙船は、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのみさきのものになった。
この切り替えが、正常に行われたことを確認し、私と未来は、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに戻った。そして、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに横たわった。そうすると、自動的に、拘束用ベルトが私の身体に巻き付き、私の身体を元通りにぐるぐる巻きにして身動きを完全に奪い拘束していった。そして、拘束が終わると、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーが閉じられ、私と、未来は、再び、積荷としての状態になった。私は、地球の宇宙開発事業局のコントロールセンターと交信し、作業が順調に終了したことを報告した。
作業が終わり、レストモードに入ろうとしたとき、みさきから、
「はるか、未来、ありがとう。前にも増して好調な状態になったわ。火星までの航行はお任せください」
というみさきからのメッセージが入ったのだった。
私は、この日、この火星までの旅で唯一度だけの無重量空間での活動に満足して、意識をなくした。
1Y210D00H00M00S。
私たちが乗った惑星探査宇宙船の船外モニターに映る赤い星が、日に日に大きくなっていき、二日前に赤い星である火星の周回軌道についに乗ることが出来た。
ここまで来ると地球のコントロールセンターとの交信は、20分のタイムラグが生じていた。
そして、いよいよ今日、火星周回軌道上から、惑星探査宇宙船は、火星着陸モードに船体を切り替え、徐々に降下していき、火星に軟着陸を試みることになる。
火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに入れられている私たちに向かって惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付けられているみさきが、
「いよいよ、火星軟着陸軌道に入ります。もうすぐ、はるかと未来の機能を発揮させるときがくるのよ。私として、前半最後にして一番慎重な作業に移るわ」
みさきがそう言い終わると惑星探査宇宙船「希望一号」は、着陸用姿勢制御ロケットと火星軟着陸用サブエンジンが点火された。久しぶりの轟音がコックピットに轟く。
モニター画面に火星の赤い大地がどんどん近づいてきた。
1Y210D12H00M00S。
私たちを乗せた惑星探査宇宙船「希望一号」は、火星の昼の赤道付近のアマゾニス平原に着陸場所を定め、着陸のための最後の逆噴射を開始した。数秒後、私たちを乗せた惑星探査宇宙船「希望一号」は、火星の赤い大地に降り立ったのである。有人宇宙船として、最初に火星に着陸した記念すべき宇宙船になったのである。
「まず、外部の安全を確認するわ」
みさきはそう言うと、外部調査システムを起動させた。
「二酸化炭素(95.3%)、窒素(2.7%)、アルゴン(1.6%)、酸素(0.15%)と水(0.03%)の大気。気圧、約7ミリバール、大気温摂氏二十二度。昼間の標準気温です。船外に異常は認められません」
みさきが機械的にそう言うと、
「はるか、未来。いよいよ、二人の火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルからでて、船外に降りてもらうことになるわ。とうとう、この日が来たわね。火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルをあけてください」
みさきに指示され、私は、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの内面の壁にある私の身体を完全に拘束しているベルトをリリースするための拘束解除ボタンを押した。
私の身体を拘束する完全拘束用ベルトが外れ、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの内面に収容され、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーが開いた。私は、身体を起こし、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルからコックピットへ出た。
普通の人間の身体だったら、七ヶ月間もほとんど完全に拘束され動けない状態におかれたら、動くことが出来るようになるまでかなりの時間がかかるだろうが、私の身体は、機械部品と電子機器にほとんど全てを交換された火星探査・開発用サイボーグであるため、何の問題もなく、すぐに身体は完全に動ける状態になっていたのである。
関節が固まるとか筋肉が硬直するということは、もう私にとっては、無縁のことなのである。こんな時、機械の身体は便利なのである。
私と未来は、惑星探査宇宙船の惑星探査用エアロックを開けて外に出た。
隔離用ルームを二つ経ていよいよ、外へ通じるエアロックをくぐり、火星への第一歩を踏み出した。私がまず、記念すべき第一歩を踏み出した。火星の酸化鉄の地面は、さながら赤い砂漠といった感じであった。
「はるか、ついに、火星人になったね。私は、はるかの目と耳からのデータで火星に来たことを楽しませてもらうわ。私も手脚があったら、火星の大地を歩くことが出来るんだけど、火星まで来たのに、地球時間の約四年間の火星での生活も、惑星探査宇宙船内で惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付けられたまま動くことさえ許されないなんて・・・。でも、はるかと未来の見たもの、聞いたもの、体験したものを共有させてもらうわ。二人とも、火星の大地をあまさず探査して、任務を全うしてください。私は、バックアップに徹します。それから、火星探査用機材や、火星滞在用機材を降ろし始めます。火星での探査の準備を火星に立った喜びにひとしきり浸って、周囲の状況を確認した後に、開始してね」
「みさき、ありがとう。私たちと一緒に火星を楽しんで。火星の大地をみさきと未来と私の3人で共有しましょう」
私はみさきの祝福の声に答えた。
私と未来は、火星探査・開発用サイボーグの能力を最大限に発揮し、5キロ四方の惑星探査宇宙船の周囲の状況を確認した。
私たちに宇宙開発事業局が与えてくれた火星探査・開発用サイボーグという新しい身体は、地球上の訓練でも超人的な能力を発揮することを実証させてくれたのであるが、重力の小さい火星においては、もっと怪物といえるほどの超人的なパワーを具現化させてくれるのだった。私たちは、火星での活動で、このサイボーグとしての能力を余すところ無く発揮して活動することになるだろうし、能力を最大限に使用することを義務付けられるのであった。
そして、着陸場所に問題が無く、安全であることを確認して、惑星探査宇宙船の下に戻って、探査用機材や火星滞在用機材、そして、火星滞在のために必要な資材の梱包を解いて火星探査の準備に取りかかった。
安全確認の周囲の探査行動でも、私と未来の人工器官が、データをとり、それを体内に納められた情報保存用ハードディスクに全て記録されていったことはもちろんだが、映像データや音声データが、地球上のコントロールセンターに送信された。そして、このデータが、地球上の全世界に配信されていくはずであった。
私と未来は、火星という未知の大地で、私と未来の二人しかいないこの世界を思う存分楽しんだ。
私と未来は、女性二人であり、しかも、身体のほぼ全てを機械部品と電子機器にされてしまった火星探査・開発用サイボーグであったが、人類創世の時のアダムとイブのようにこの火星の創世人類としての立場を楽しんだ。
「はるかと未来、お楽しみのようだけれど、作業予定が押してきているから、そろそろ、火星探査のための準備に取りかかって。これから、二人だけの世界の探検を地球の時間で四年間にわたって味わえるんだから、その準備に早く取りかかってよ」
みさきの指導的な指示が飛んだ。
「ごめんごめん。久しぶりに動くことが出来たし、初めての火星という大地に感傷に浸っちゃった。作業を急ぐわね」
私は答えた。未来も、
「ごめん。七ヶ月全く動くことも、何をすることも許されない状態でいたものだから、ついつい、火星の荒涼とした赤い大地の風景に見とれちゃった」
「はるかと未来の気持ちは解るわ。それに、私だって、二人からのデータが私の内部記憶装置に送られてくるから、私も、二人の感動の気持ちを共有させてもらっているので、火星の赤い大地に見とれてしまうのは私も同じだけれど、私たちに与えられたミッションを正確にこなすことが、与えられた指名なんだから、そのことを忘れてはいけないのよ」
みさきは、手厳しい。でも、当然、私は、みさきの言葉を隊長として、自覚しているべきであった。それが、火星探査・開発用サイボーグのMARS1というコードネームに与えられた宿命なのだから、自覚をしてこれから行動しなくてはいけないと思った。これから、未来とみさきを率いて火星探査活動をしていくときに、私のリーダーシップが問われることも出てくるのだから。そして、私のリーダーシップと判断が、この第一次火星探査ミッションを成功させるか失敗に導くかを左右することも多くなるのだから。私は、気を引き締めなければならないことを再度心に誓った。
地球上では、宇宙開発事業局のメンバーはもちろん。全世界が、20分遅れで届くみさきの視覚と聴覚や、はるかと未来の視覚と聴覚で送られてくる映像と音声に釘付けになっていた。どんどん大きくなっていく火星の地形。そして、惑星探査宇宙船の火星への軟着陸の瞬間といったスリリングで初めて見る光景に全人類が興奮した気分になっていた。そして、その興奮が最高潮に達したのは、はるかと未来が、火星へ降り立ち、彼女たちの見た火星の風景が、パノラマのようになって地球に届いたときだった。
はるかの妹のえりかの祈るような姿でモニターを見ている姿が、全世界の人々の姿を象徴していた。そして、宇宙開発事業局のコントロールルームが、はるかと未来が、火星に第一歩を踏み出した瞬間に歓喜に包まれていった。火星探査・開発用サイボーグという、機械人間が、スーパーヒロインになった瞬間だった。全世界の誰もが、火星の無限の可能性を秘めた大地に希望とあこがれを抱いた。そして、自分も出来ることなら、火星の大地を踏んでみたいという気持ちに誰しもが包まれていったのであった。
この気持ちは、火星探査が進むにつれて、その映像を毎日見ることによって、スーパーヒロインである、火星探査・開発用サイボーグへの憧れを抱く人々が潜在的に増加していったのである。それは、この火星植民プロジェクトの指示者である澤田瑞穂の思惑通りのことであった。澤田の支持率がまた、この惑星探査宇宙船「希望一号」の火星着陸で、上がったのである。今や、澤田の政権は、盤石のものになりつつあった。そして、澤田が描く、火星植民地計画も盤石のものになっていったのであった。
澤田は、初代の火星の統治者になるために、今度のクリスマスとニューイヤーの長期休暇を利用し、極秘に、側近の副首相や秘書たちとともにその計画の第1段階として、木村玲子と同タイプではあるが、改良型で、通常の人間と普段は変わらないようなタイプのラバーフィットスーツを装着するための手術を受けることにしていたのである。澤田は、もう通常の人間でいるのも、数ヶ月であると割り切っていたのであった。
澤田の野望は、火星の植民統治を早期に完成させ、火星植民地を橋頭堡に木星や土星を始めとする太陽系の遠隔惑星の開発植民地化を押し進める遠大な計画の統治を行うことであり、そのためなら、自分の身体が大幅に変更されても、それは、些細なことでしかなかったのである。
澤田にきている情報によれば、この二十年以内には、この国を巻き込んだ、核戦争で、焦土と化す可能性が、高いと言うことであった。そうであれば、この国が生き残るような政策は、地球以外の惑星に広大な植民地をいち早く建設し、そこの統治権を確保し、国民の一部とともに生き残るために移住すると同時に、地球上の核戦争や化学戦争でも応戦できるような兵器と兵士を持った最新鋭の軍隊を作ることでの戦争適応力と抑止力を持つことであった。
その二つの目的のためにも、サイボーグという人間改造技術は必要不可欠なものなのであるし、指導者が、隠れなくても生き残ることができるような処置を受けておくことは、重要なことなのであった。
澤田は、従姉妹の如月はるかの火星での素晴らしい活躍の姿に自分を重ね合わせていた。
私と未来は、火星探査のための準備に取りかかった。
火星の大地に惑星探査宇宙船から降ろされた機材で、まず、惑星探査宇宙船の周りを安定させ、惑星探査宇宙船の保護をはかった。
そして、その周りに、火星探査・開発用サイボーグの居住エリアである惑星定住用カプセルをつなぎ合わせ、私や未来、そして、みさきのサイボーグアストロノーツの検査修理用ユニットや居住室でくつろぐためのサイボーグアストロノーツ用メンテナンスチェアーを室内においた。そして、機密性の高い居住エリアと外部の環境を繋ぐ、エアロックやクリーンシャワーを整備設置し、私たち、サイボーグアストロノーツの補修修理機材や機械部品、電子機器といった補充部品、医療器材の倉庫ユニットを設置した。
そして、火星探査機材や居住ユニット、惑星探査宇宙船の内部動力を賄うことが可能なエネルギー供給ユニットの設置を行った。惑星探査宇宙船へのエネルギーを常時供給しておくのは、いつでも、火星離脱用メインエンジンを瞬時に作動させることができるようにしておき、緊急時に備えるとともに、メイン動力システムを切った惑星探査宇宙船の電子機器類や、火星探査サポートの機材を使用可能にしておくとともに、みさきの生命維持は、惑星探査宇宙船に完全に共生している状態のために惑星探査宇宙船は、常にシステムを生かしておく必要があったのである。
そして、火星探査容器材の倉庫カプセルを設置した。さらには、火星探査用バギーを四台組み立てた。火星探査の予定の遅れは許されないので、予備車両も惑星探査宇宙船に積み込まれていたのであった。
そして、バギーを収納するカプセル型車庫を組み立て、その中に火星探査用バギーを収納した。
私たちは、四日間の連続作業をこなして、惑星探査宇宙船の周りに火星探査用基地が完成した。
惑星定住用カプセルと惑星探査宇宙船は、常に行き来できるように通路で繋がれた。また、各カプセルも行き来できるようにチューブ型の通路で繋がれたのであった。
私たちは、ここまでの作業を終了した時点で、居住エリアのメンテナンスチェアーに入り、レストモードにモードを移行した。火星に着陸してから初めての休息をとることになったのであった。四日間の不眠不休の作業などという神がかりのような行動は、生体脳以外は休養を必要としない機械の身体であるサイボーグアストロノーツにしか出来ないことであろう。
それに、火星の低重力下でさえ普通の肉体の人間では、到底持ち上げることの出来ない重い機材を軽々と持ち上げられるのも火星探査・開発用サイボーグというサイボーグアストロノーツにしかできないことであった。もちろん、この火星の二酸化炭素中心の薄い大気の中で機械的な保護なしに生きることが出来るし、何の補給もなしに生きていられるということも火星での活動のために身体を機械部品と電子機器の人工器官に取り替えられた火星探査・開発用サイボーグにしか出来ないことなのである。私は、人為的につくりかえられた火星で生きていける超人になったのであった。私たちは、地球上のまちを歩くのと同じようにこの火星の過酷な赤い大地で何事もなく生活できるのであった。いや、地球上以上の驚異の力を持った存在として、生存していくことが出来るようになったのであった。
1Y214D00H00M00S。
地球上の全ての人類が再び固唾をのんで火星上の私と未来に注目していた。この日は、私たち火星探査・開発用サイボーグによる火星上の探査活動の最初の日なのである。
私と未来は、ごく普通にそして、機械的に覚醒をすることになった。
機械に全ての生活サイクルを支配されている火星探査・開発用サイボーグというサイボーグアストロノーツとしては、当たり前の生理であるのだが、火星探査・開発用サイボーグに改造手術を受けて最初の頃はとまどったことであったが、この身体になって430日以上経った今は、ごく当たり前のこととして受け入れられることであった。人間の慣れるという能力はたいしたものである。
覚醒は、生身の人間の時とは違い、徐々に覚醒するというのではなく、スイッチが切り替わるように、突然の覚醒を迎えるのである。この感覚は、サイボーグアストロノーツへの改造手術の処置を受けたものでなければわからない感覚だと思う。生体と機械装置の強調により生命を維持している身体の特徴である。起きている間は、常に眠気が起きることもなく、完全覚醒状態だし、休息に入り、一旦パワーセーブモードに入ってしまうと意識が完全に落ちてしまうのである。つまり、機械のオンとオフの感覚なのであった。生体活動パターンは、完全に機械システムの特徴に変えられてしまっているのが、私たちサイボーグアストロノーツなのであった。
私と未来が覚醒すると同時に私たちが人工眼球を通して見ている風景と、人工聴覚を通じて聞こえてくる音が、20分遅れのライブで地球に届けられるようになっている。また、私と未来の火星探査・開発用サイボーグの体内に納められたデータ保存用大容量ハードディスクにデータとして全て保存されるようになっているし、私と未来が体験したデータは、ライブで、惑星探査宇宙船内に据え付けられているみさきに供給されるようになっていて、みさきは、私と未来の体験を惑星探査宇宙船内に据え付けられたまま共有できるようになっている。
そう言うシステムになっていなければ、みさきは、惑星探査宇宙船のコックピットの中で、動くこともできずにただ待つばかりの火星時間の二年に及ぶ歳月は、彼女の精神に重大な影響を与えることになるだろう。
もし、そういう事態になった場合、私たちは、地球に帰還できなくなってしまうので、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグにも、私たち同様の刺激を与える必要があったのである。
私と未来は、準備を整え、再び火星の赤い荒野に出て行って探査活動を開始した。地球上では、再び、未開の火星の荒野の光景に歓声が沸き起こることだろう。
私と未来は、まず徒歩で、惑星探査宇宙船の周囲20キロ四方の探査活動に入った。私たちは、地質データや地形データを取得したり、大気のデータ、地下資源データにつながるデータを順次に取得していった。火星の赤い荒野と空の中、どこまでも続く地平線を追いかけるようにして、私と未来の探査活動は一日中続けられた。
私たちにとって、基地に戻って補給をする必要など全くない。全てが、自分自身の身体の中で完結しているのである。火星の赤い荒野を歩き回ることは、私たちにとって、地球上の山野を歩くことと何も変わらないことであった。そして、休息すら必要としていないのである。
標準の人間の生体を火星に送り込んだのなら、定期的な休息が必要だし、火星探査用宇宙服への電源や酸素、生命維持に必要な食料、水の補給のために定期的にベース基地に戻る必要があるため、長期間の探査活動が不可能なため、効率が非常に悪い探査活動になってしまうのである。ふつうの人間だったら、惑星探査宇宙船や火星探査用地上基地から生命維持用の宇宙服の活動時間内の距離が、活動範囲になってしまうのである。
しかし、火星探査・開発用サイボーグの私と未来にとって、そのような制約はいっさいないし、もちろん、休息というものも標準人間生体に比べ、凄く少なくて済むことなのであった。そのため、探査の効率としては、非常によいものになっているのであった。
一方。無人探査機を使った火星探査と比べても、無人探査の場合、故障が起こったらその時点で探査が不可能になってしまうし、必要に応じた探査活動という点でも、融通が利かない。その点、火星探査・開発用サイボーグを使用した場合は、有人火星探査であるため、故障への対応力、探査の融通性が非常に高いのであった。
そのような意味では、火星探査・開発用サイボーグというサイボーグアストロノーツに高額な予算を投じて、標準的な人間の肉体を造りかえることが、一番効率のよいものだという結論に達したのは、当然のことであった。
勿論、生身の人間とサイボーグアストロノーツの中間的存在であるラバーフィットスーツ装着者の場合も、生身の人間に近い補給の問題が、起こるため、ラバーフィットスーツの装着者にさらに手を加えた形のサイボーグアストロノーツを火星に送り込むのがベストと言うことになったのである。
私と未来は、最初の探査活動を10日間の連続作業として、何の制約もなく楽しむように行っていった。火星での行動を心置きなく楽しませてもらうぐらいのことは、もう、標準型人間生体に生涯戻るという選択肢を絶たれた私と未来には、当然の権利として与えられてもいいのだと思ったのである。私たちは、火星を自由に歩き回ることを目的に造りかえられた新人類なのである。
私と未来しかいない火星の大地は、地球上の何十億もの人間が住む大地に比べて、はるかに開放感があるように感じられた。何せ、この広い世界に火星探査・開発用サイボーグとなった私と未来、そして、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのみさきの三人のサイボーグアストロノーツしかいないのである。人口密度から言っても、最高の開放感が味わえてしかるべきであった。
私たちは、10日間の惑星探査宇宙船周辺の探査活動を終了し、12日ぶりに休息をとるために火星探査用ベース基地である惑星定住用カプセルに戻り、火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアーに横たわった。私たちサイボーグアストロノーツでも、生体の機能を考えると10日間の連続探査活動は、かなりの重労働であることに代わりはないのである。
私たちは、火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアーで、火星探査・開発用サイボーグの身体に異常がないかを入念にチェックされ、異常がないことを確認した上で、少し長めのレストモードに移行していった。
異常のチェックと判定は、みさきの仕事になっている。私たちの機能が正常作動しているのか、長期連続活動での負荷の有無といったデータは、今後の火星植民地化計画プロジェクトでの火星定住用サイボーグの開発の重要不可欠のデータになるのである。そして、そのデータを管理するのは、みさきの役割となっていたのである。
「はるかも未来も今回の活動においての火星探査・開発用サイボーグ体の異常は全くないし、順調にサイボーグ体が機能しているわ。私自身も自己診断のデータをとったけど、全て順調に機能している。三人とも、全て順調よ。ただし、明日から、火星探査用バギーを使用したり、もっと長期で長距離の探査活動に入っていくから油断は禁物よ。特に、火星探査用バギーへエネルギーを補給したり、火星探査機材へのエネルギー補充のために二人の股の部分のエネルギー交換用コネクターを使用するとき、埃などに十分注意してね。使用する旅のメンテナンスと使用後の股のコネクターカバーがしまっていることの確認と自動洗浄が行われているかの確認を怠らないでね。私たちサイボーグアストロノーツの身体は、デリーケートなところもあるから、何か起こることがないように最大の注意を払ってね。カバーの開閉もコネクター洗浄も自動処理だからといって安心したらだめだからね。そう言った故障につながる要素を確認することが、人間と機械の中間系としての私たちを火星探査に火星に送り込んだ理由だからね。この広い火星の荒野にいるのは、私たち三人だけなのだから、無駄な処理に時間をかけることは許されないから、故障修理などという時間の無駄が生じないようにして下さい。そして、無駄と言うだけならいいけど、故障が重大事態につながったら、二度と地球に生きて戻れないと言うことなんだからね」
みさきの言葉は、事実として、非常に重い注意喚起であった。私と未来は、みさきの言葉を真剣に受け止め、注意と確認を自分に言い聞かせた。
そして、私たちは、次の探査活動に向けての休息として、レストモードに入っていったのであった。
1Y228D00H00M00S。
今日から、火星のさらに遠くの範囲を探査する活動にはいるために火星探査用バギーを使った活動になる。
火星探査用バギーは、私たち火星探査・開発用サイボーグがペダルをこぐことにより、時速250㎞以上のスピードを出すことも可能である。私たち自身が自力で120㎞以上で走ることが出来るのだが、バギーと協調により、130㎞以上の速度を加速させることが出来るのであった。
私と未来は、火星探査用バギーの整備をまず行って火星探査用バギーに以上のないことを確かめた。そして、火星探査用バギーが収納されている収納用カプセルから、火星探査用バギーを出して、私と未来は、火星探査用バギーに探査用機材を積み込んだ後、火星探査用バギーに乗り込んだ。
火星探査用バギーのシートには、火星探査・開発用サイボーグの股間の部分にちょうど当たるようにエネルギー供給用コネクターがついていた、私がシートに座ると私の股間のコネクターカバーが開き股間のエネルギー供給用コネクターに自動的にシートのコネクターが接続された。
私と未来には、みさきのように股間のコネクターを接続されても、快感を得るようなシステムを取り付けられていないので、何事もなかったかのようにコネクターが接続されていった。私と未来の火星探査・開発用サイボーグのふたりは、少なくとも、地球帰還後まで、聖人君主でいなければならないのであった。
そして、私がシートのシートベルトを締めて火星探査・開発用サイボーグの身体を固定すると火星探査用バギーのコックピットの透明強化樹脂製の風防カバーが自動的に閉まった。私は、脚を火星探査用バギーの走行アシストペダルの脚を固定した。
私は、未来に合図をして、火星探査用バギーのハンドルを握り、走行アシストペダルをこぎ始めた。私と未来を乗せたそれぞれの火星探査用バギーは、静かに火星の赤い荒野に走り出していった。第2回火星探査旅行の始まりであった。
今回の探査は、惑星探査宇宙船のある赤道上のアマゾニス平原から、南へ下り、南極までの探査になる。この最初の探査旅行も全ての光景が、20分遅れのライブで、地球上に映像が届けられたのであった。
私と未来は、75日間に及ぶ探査旅行をこなしていった。そして細かな地形データや地質データなどをきめ細かく集めていった。私たちが活動する姿に、地球上の全人類が三度歓喜したのであった。
1Y295D00H00M00S。
火星上では、火星の赤い荒野の探査が、火星探査・開発用サイボーグのはるかと未来の2体により、順調に進められていた。そして、これ以上ないほどのデータが順調に集められていた。
そして、地球上では、クリスマス休暇を迎えようとしていた。
宇宙開発事業局の火星環境標準室では、火星上と同じ事をシミュレーションしている2体の火星探査・開発用サイボーグと1体の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの3体のサイボーグアストロノーツが、疑似宇宙探査旅行を行って、サイボーグアストロノーツ体の基礎データを順調に集めることに成功していたのである。
渥美浩と高橋美紀そして、橋場望の3体のサイボーグアストロノーツたちは、火星上の3体のサイボーグアストロノーツたちと違って人知れずに活動をしていたが、重要なデータを宇宙開発事業局にもたらしていた。そして、火星植民地化プロジェクトの基礎データを提供し続けていたのであった。
そんなサイボーグアストロノーツたちが活動を精力的にこなしているときだった。
首相の澤田が、宇宙開発事業局を極秘に訪問したのである。表向きは、クリスマス休暇とニューイヤー休暇を連結した久方ぶりの長期休暇という名目で国民の前から身を隠して、宇宙開発事業局に来たのである。
澤田と一緒に澤田の秘書の中山陽子、副首相の三谷紘子、国防大臣の橋本紀子、科学技術大臣の寺田カレンの4人の澤田にとっての腹心も一緒だった。
中山、三谷、橋本、寺田の4人は、悲壮な決意を持った表情をしていた。澤田の晴れやかな表情と対照的であった。
宇宙開発事業局の局長であり、澤田瑞穂の信頼すべき親友でもある木村玲子が、5人を宇宙開発事業局の玄関で出迎えた。
「首相、ようこそ。そして、皆さんご苦労様です」
「玲子、今日から休養を使ってお世話になるんだから、いつものプライベートな呼び方でいいわ」
澤田の言葉に、瑞穂は、口調を変えた。心おきなく信頼し会える友人としての会話になった。
「瑞穂、本当にいいの、後悔しても知らないわよ」
「玲子、私に後悔なんて気持ちはないわ。これからのこの国のことを考えて、そして、人類存続のことを考えた上で、私が、その責務を負えるのなら後悔はしないの」
玲子の言葉は、後悔というものを微塵も持たないきっぱりしたものであった。
木村は、その言葉に気おされながら、
「瑞穂分かったわ。でも、他の4人の皆さんの決意は悲壮に感じるけれど・・・」
その言葉を聞いて、4人の中で、三谷が答えた。
「それは、瑞穂のように固い信念を持っていて、自分の言い出した計画の推進だからいいけど、私たちは、やはり、心配や恐怖を決断にいたるまで、心に乗り越えるハードルがいっぱいあったもの。でも、今は、決断はみんな揺るぎないものなの。玲子さん、よろしくお願いします」
玲子は答えた。
「判りました。それでは皆さん、処置室にご案内します。ついてきてください。もう一度確認しますが、今日、この玄関を入ったら、人間本来の姿で、再び、玄関を出ることはないのだけれど、いいのですね」
瑞穂はもちろんだが、他の4人も同意をすることをうなずきで表現し、玲子の後に続いた。
玲子は、中山、三谷、橋本、寺田をそれぞれの処置室に案内した。そこには、ふたりのサポートヘルパーが待っていたのである。
そして、最後に澤田を彼女のために作った特別処置室に案内した。そこには、如月えりか中尉と、山田クリス少尉、高橋まりなの3名が、サポートヘルパーとして待っていた。
「瑞穂、今日は、あなたが、常日頃不味いと言っているここの食事で夕食会を行うわ。最後の晩餐なんだからね。落ち着いたら、私の部屋に来て、待っているから」
玲子は、そう言い残すと特別処置室を出て行った。
瑞穂は、如月えりかに声をかけた。
「えりか、はるかは、順調にミッションをこなしているようだね」
「瑞穂さん、ありがとうございます。私も安心しているの。でも、私ももう少し経てば、機械と電子部品がほとんどのサイボーグアストロノーツになるのだから、お姉ちゃんが地球に帰還するときは、サイボーグアストロノーツの姉妹の再開抱擁と言うことになるよね。二人とも機械仕掛けの人形に限りなく近い人間の姉妹の再開の抱擁なんて絵になるかしらね」
「なるよ絶対。大丈夫、私が首相権限でニュースのトップにしてあげるから安心しなさい」
「瑞穂さん、相変わらずだね。口の悪さは・・・」
「えりか、いつも一言余計だよ」
「ごめん。ごめん。ところで、ようこそ、宇宙開発事業局の特別処置室へ。私と山田少尉、高橋さんの三人が、瑞穂さんのサポートヘルパーです。これから、ラバーフィットスーツの瑞穂さんへの装着処置をサポートします。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく。確か、まりなさんは、はるかがお世話になったスタッフだったわね。従姉妹共々お世話になります。よろしく」
「覚えていただいていて光栄です。首相」
「瑞穂でいいわ」
「瑞穂さん、困ったことがあったら何でも言って下さいお手伝いします。よろしくお願いします」
まりなに続いて、山田が声を瑞穂に掛ける。
「同じくお世話を今回させていただきます。山田です。よろしくお願いします」
「確か、美々津少佐をサポートした第2期サイボーグアストロノーツ候補だったわね。えりかと一緒に次の次になると思うけど、火星への任務についてもらうわ。我が国の命運がかかっているからよろしくお願いします」
しばらくして、えりかが、木村の元に澤田を案内した。
「局長。澤田首相をお連れしました」
「どうぞ。入ってもらってください」
木村のことばに澤田が答えて、局長室に入っていった。
「玲子、入るわよ。えりかもここに居て」
そう言われてえりかも一緒に局長室に入っていった。そして、木村に誘われて、澤田は局長室のソファに座った。えりかも木村に促され、一緒に座った。
えりかにとっては、通常の人間が座りやすいソファというものは、バックパックが邪魔していて、非常に座りにくいものであった。ラバーフィットスーツを装着されたアストロノーツたちにとっては、ラバーフィットスーツ装着者専用メンテナンスチェア以外の椅子というのは、休養することの出来ないものになっていたのであった。木村や数人の例外はあるが、ラバーフィットスーツ装着者の宿命であった。
そんなえりかの姿を見ている澤田に向かいえりかが言った。
「瑞穂さん。基本的には、ラバーフィットスーツ装着者は、私のように普通の人間の生活は不自由なものになってしまいますし、地球上ではいろいろな制約があるの。そんな身体にすすんでなるなんて。本当にいいの?」
えりかがそう言うと、木村も、
「瑞穂、本当にいいんだね。一度ラバーフィットスーツを装着してしまうとあとには戻れないんだよ」
「二人とも、何を深刻になっているのよ。私の腹はもう決まっているよ。火星を誰よりも早く植民地化し、我が国の国民を移民させるために誰かが、植民地の為政者として火星に行く必要があるのよ。それも、普通の国民を統治するための優位に立てるような身体を持つ人間が為政者として移民する必要があるの。そして、私は、その為政者の代表になることが、私の政策の最重要事項なの。その為の準備として、ラバーフィットスーツ装着者になることは、必要不可欠だと考えられるから、私は、早いうちにラバーフィットスーツになる必要があるの。後悔とかという感情は微塵もないわ。早く処置を始めて欲しいのよ。はるかたちが、火星のデータをいっぱい集めて帰還して、それを分析して、植民地化を急ぐ必要が世界情勢を分析すると、どうしても必要なの。それが私の政治家としてやるべき仕事なの。だから、ラバーフィットスーツを装着して、普通の人間の身体と違ってしまうことぐらい苦痛じゃないの。このまま、火星定住型サイボーグへの手術をして欲しいくらいだわ」
澤田の決意を聞き、木村が
「瑞穂、わかったわ。それにしても瑞穂らしいわね。明日から、ラバーフィットスーツ装着処置を行うから、覚悟してね。それから、火星に往くときは、私も一緒よ。一人だけ往かせないわ。だけど、副首相は、火星要員から外れていたはずなのに、何で一緒にラバーフィットスーツの装着処置を受けるようになったの?私は理由を聞いていなかったわ。瑞穂の大事な地球上の後継者の一人でしょう」
「玲子だけじゃなく、私と紘子しか知らないことだけど、ちょうどいいから、玲子とえりかには話しておくわ。彼女は、火星植民計画のためのラバーフィットスーツ装着やサイボーグ改造予定じゃないの。彼女は、地球のこの土地で生き残り、我が国を守るために生き残ることを考えての処置としてラバーフィットスーツ装着処置を私と一緒に受けるの。同じ目的で今回ラバーフィットスーツ装着処置を受けるのは、紀子も含めて、二人なの」
えりかが口を出す。
「ということは、核兵器や化学兵器を使用した戦争の可能性が高いと言うことなの?」
澤田はあっさりと
「えりか。その通りよ。我が国の周辺で、我が国を巻き込んだ大きな戦争が起こる可能性が高いという判断を私たちはしているの。だから、何があっても地球上で我が国の指導者が生き残れるようにしておかなければならないの。その為の対策として、私の後継者として地球に残る人たちも、生き残れるようにするための処置として、彼女たちもサイボーグ手術を受けさせておく必要があると判断したと言うことなの」
木村が
「瑞穂はそこまで考えて処置をしているんだ。わかったわ。全力を尽くしてのラバーフィットスーツ装着処置をしてあげる。この先、確かに地球で生きていくよりは、火星で生きていき、場合によっては、木星や土星にいける道を探った方が良さそうだわ」
その様な暗い話が一段落したころ、他の4人が局長室に到着した。木村はそれに気付き、みんなに言った。
「それでは、今日は、最後の晩餐をしましょう。生身の姿で皆さんが固形物の食事をするのは最後になります。ですから、心おきなく楽しんで下さい」
澤田が続けた。
「ただし、一生記憶に残るほど不味いこと請け合いよ。ここのメンバーに味のことを言っても無駄だからね。なんと言っても、食事というものをする必要がないし、出来ない人たちばっかりなんだからね。覚悟はいい?でも、私たちも口からの食事の必要が無くなって、食べるという習慣が無くなるんだから、今日は楽しむのよ」
澤田は、そう言うと食卓に座った。みんなも澤田に続いて座席に着いた。
そして、晩餐が始まり、木村とえりかを除く5人は、食事を楽しみ、明日からの処置に備えた。そして、それぞれの処置室に帰っていった。
1Y295D00H00M00S。
翌日、澤田は特別処置室のラバーフィットスーツ装着処置用寝台の上に全裸でしかもM字開脚で固定されていた。澤田は、固定されて完全に動けないことに新鮮な戸惑いを覚えていた。
「えりか、処置台に固定されるってこういう事なんだ」
「これから、サディスティックな拷問のようなラバーフィットスーツ装着処置の始まりだよ」
えりかがそう言ってからかった。それをクリスとまりなが楽しそうな声で笑っている。
「もう始まっているよ。昨日からおむつ装着なんて、特殊なプレイ以外何ものでもないじゃない。しかもM字開脚だよ」
「まあ、そう言わないで下さい。ここのメンバーは、みんなトイレも必要ないようになってしまっているんですから。それに、これからの処置ではその格好をしていてもらうのが都合がいいのです。勘弁して下さい」
薄桃色の医療スタッフ用のラバーフィットスーツを装着されたドクターの前田の声がした。
「今回、首相にラバーフィットスーツの装着処置を行う医療スタッフの前田緑です。そして、私の右にいますのが、技術スタッフの佐藤絵里ドクターです」
「よろしくお願いします」
薄い黄色のラバーフィットスーツを装着された佐藤が、軽く会釈した。
前田が、
「それでは処置を開始します」
前田の一言で処置が始まった。
澤田は、事前に自分がどの様な処置を施されるのかを打ち合わせしていたのであろう、処置の具体的な説明を受ける気などなく、すぐに処置にはいることになんの疑問も持っていなかった。
澤田の処置は、体内の消化器に残っているものを体外に排出するための消化器洗浄から始まった。ほんの1~2時間で消化器官が全て空になった。そして、全身の感覚剥奪処置の為の特殊全身麻酔の投与を受けた。澤田は、解毒剤を投与されるまで完全に身体から視覚と聴覚以外の感覚を失うことになる。見たり聞いたりすることと、喋ること以外は何も出来ない、感じないという状態が続くのであった。
えりかが、
「この状態を私も経験しているけど、何か変な感覚になるから我慢していてね」
と声をかけた。
「大丈夫、私に何が起こるのかを見れるのが楽しいから退屈もしないと思うわ」
そう言う澤田を洗浄室で洗浄と同時に永久脱毛と汗腺などを処置し、ラバーフィットスーツと皮膚が癒着しやすくする処置を行った。
澤田の栗毛色の綺麗なロングヘアがみるみる抜け落ち、彼女の綺麗に処理されている体毛も根本から抜け落ちていった。普通のラバーフィットスーツ装着者に使っている薬より、短期間でラバーフィットスーツ装着適合皮膚を作るために強いものが澤田に使われていたのである。
彼女の皮膚は、2日間で完全に毛根も汗腺もないラバーフィットスーツを装着に適合する皮膚になったが、その代わり、皮膚に炎症が起きたため、その治療に1日かかったため、4日目にラバーフィットスーツを装着する処置に入ったのである。
まず、排卵促進剤で30分に1回の排卵が2日間連続させる処置がとられ、澤田の卵子を100個近く採取することに成功した。採取された卵子は、素早く冷凍保存された。澤田は48時間連続で性的刺激のため絶頂を迎え続けた。卵子の採取が終わったとき、さすがにタフで知られる澤田もヘトヘトになっていた。
「ねえ、えりか、もうしばらく性的興奮はいいわ。遠慮する」
「瑞穂さん、もう、性的興奮というものを味わうことも出来ないし、その欲求も奪われた身体になるんですよ。しばらくと言わず、永久に味わえないと思いますし、それでも欲求不満にならないようになってしまいますから、安心して下さい」
「それはよかった。私、セックスに興味がなかったから、ちょうどいいわ」
澤田は、文字通り、政治に捧げた一生を送っていたため、澤田の言葉は強がりでは決してなかったのである。
澤田の本格的処置は、消化器官の処置から行われた。小腸の30%と大腸の半分と直腸の一部が残されその他は除去された。そして、直腸の先端が、人工肛門に接続された。そして、人工肛門は、彼女の肛門の位置に取り付けられた。食道と胃、十二指腸は取り除かれ、小腸に高濃度栄養液供給管が直結された。そして、尿道が尿貯留タンクを経由して人工尿道が直腸壁を貫通し、人工肛門に取り付けられた。彼女の排泄は全ておしりから行われることになった。
この処置は、澤田がバックパックや生命維持管理システムから離れて活動することが多いことを配慮しての処置なされている。彼女は、膀胱と尿貯留タンクで液体排泄物を貯めることが出来るので、最長72時間、バックパックや排泄管理システムに接続しなくても済むようになっている。
小腸に接続された高濃度栄養液供給管の先端は、高濃度栄養液貯留タンクに接続され、高濃度栄養液供給簡易タンクが、体内に留置された。そして、澤田の背中に外部高濃度栄養液補給弁が取り付けられた。タンクと供給管で結ばれた。
つぎにガス交換が据え置き型人工心肺に連結され、人工血液への血液交換が行われ、その間に、澤田の肺が切除され、液体栄養液ガス交換システムと液体呼吸液貯留タンクが体内に納められた。肺を介さないガス交換システムと液体呼吸液貯留タンクにより60時間の間、バックパックを背負ったり、生命維持管理システムに連結されなくても生命維持できるようになったのである。
そして、背中の部分にバックパックと体内呼吸システムの接続弁が取り付けられた。澤田の立場と仕事内容を考えて、生命維持管理システムやバックパックと短時間で接続したり外したりが出来るように改良されているのだ。
つぎに頭部の処置が行われた。ヘルメットを着脱しても大丈夫な特殊構造に頭部の処置が行われた。
まず、眼球部は、眼球表面を完全にコーティングするようなカバーがまぶたと眼球の間に入っている。そして、カバーと眼球の間に液体呼吸液が流れる構造になっている。呼吸液が、液体呼吸液貯留タンクから循環するように細いパイプが頸部を通り、目の部分につながれた。
口腔部と鼻腔部は処置も通常のラバーフィットスーツ装着者と違い鼻腔部は外から目立たないようにふさがれ、口腔部には、食物を高濃度液体栄養に変換できる装置が取り付けられていて、口腔部から食事を摂らなければいけないときのカモフラージュに使用されることになる。
それから口腔部の奥に簡易型音声発生器を取り付けられていて、耳の部分に簡易型集音機が取り付けられた。
そして、小型蓄電池が鼻腔部の奥に付けられた。このような処置で、バックパックとヘルメットを付けなくても、60時間は、通常の人間のように振る舞っていられるのであった。
ここまでのハードな処置にも、澤田はびくともしなかった。
そして、いよいよラバーフィットスーツの装着の処置をおこなう時が来た。澤田のために作られたラバーフィットスーツの入ったケースが運ばれてきた時、澤田が絶句した。
「これを着るの・・・」
澤田の絶句の意味はすぐにわかった。澤田が装着するラバーフィットスーツは、頭部から脚までの全身一体型で、まるで全裸の澤田の抜け殻のように見えた。
「瑞穂はそれを着るんだよ。」
木村の声が聞こえた。
「だって、これじゃ全裸と変わらないじゃないの」
「瑞穂、そうだよ、その上から、普通の下着や服を着て通常生活を送るんだよ。あなたは、バックパックを付けて生活することが私より少ないんだからこっちの方が便利よ」
木村の言葉に瑞穂が反論した。
「だって、ラバーフィットスーツとバックパックの標準帯での生活もあるんだよ。全裸状態じゃ洒落にならないわ」
「それは大丈夫、ラバーフィットスーツ単体でバックパックを付けた標準体の状態になった時は、瑞穂のラバーフィットスーツは、薄い紫色に変色するようになっているの。その辺は安心して」
「それを聞いてホッとしてけど、ラバーフィットスーツを装着しても普通の服を着なきゃいけないなんて面倒だわ」
「仕方ないでしょ。海外の公式の場にラバーフィットスーツ姿で出席というのは現在は出来ないでしょ」
「玲子の言うとおりだわ。早くラバーフィットスーツを装着して」
えりかが、
「相変わらず、わがままなんだから、瑞穂さんは・・・。では、ラバーフィットスーツ装着を始めます」
そう言うと、澤田へのラバーフィットスーツ装着処置が再び始まった。
体毛の全くない澤田の予備処置の終わった身体に下半身から順番にラバーフィットスーツが融着されていく。澤田の本来の色白の皮膚に忠実に近づけられた色になっているラバーフィットスーツがつま先から頭までを覆い尽くし、背中の熱処理ジッパーが永久的に閉じられ、背中のバルブ類や目の部分や口腔部の処理が終わった。耳の部分と毛髪が無いのと少しゴムの光沢が感じられるのを除けば、今までの澤田の身体と何も代わりがなかった。続いて、バックパックとヘルメットを装着されると澤田のラバーフィットスーツが自然に薄紫に変わっていった。
ラバーフィットスーツを装着した澤田は、自分の姿に満足そうに言った。
「なるほど、色が変わるんだ、あのままじゃどうなるかと思ったけどね。ラバーフィットスーツの装着の結果に満足したわ」
「瑞穂さん。ラバーフィットスーツの装着とバックパックとヘルメットの着脱作業、バックパックを外した状態のメイクになれるための訓練を受けてください」
「えりか、わかったわ」
澤田はそう言うとラバーフィットスーツに慣れる訓練を行うためのトレーニングルームに向かった。
澤田の装着したラバーフィットスーツのシステムは、バックパックとヘルメットは、ワンタッチの操作で着脱が可能だったし、ラバーフィットスーツ単体の状態の時は、耳たぶとカツラも本人のものを忠実に再現したものを装着し今まで通り、下着や服を着て、澤田がラバーフィットスーツ装着者であることがまったくわからないようになっていた。
2日間に渡る、ラバーフィットスーツの慣熟訓練が終わり、澤田は、木村がいる局長室に入っていった。
木村が席を勧めるとラバーフィットスーツ姿になった澤田が席に着いた。
「瑞穂、ラバーフィットスーツの装着感はどう?」
「何とも言えないわね。何か常に全身を押されているような窮屈な感じがしていたけど、慣れれば、暑さ寒さなんて関係ないし快適そのものだわ。それに、食事やトイレも気にしなくて仕事が出来るなんて素晴らしいわ」
「そのまま、国会や来賓の出迎えにでないでね」
「玲子。気を付けないとやらかすかもしれないわ。せいぜい気を付けるからね」
「瑞穂、首相がラバーフィットスーツを装着したことは、極秘事項なんだからね。側近以外には悟られないように慎重にしてね」
「もちろんよ。私の頭の中にある計画は、まだ序の口だもの。ここで、極秘事項が暴露される状態には絶対しないわ」
澤田と木村の会話が一段落したところで、局長室に澤田の秘書の中山陽子、副首相の三谷紘子、国防大臣の橋本紀子、科学技術大臣の寺田カレンの4人が入ってきた。
彼女たちもラバーフィットスーツを装着された姿で入ってきた。しかし、4人のラバーフィットスーツのタイプはそれぞれ違っていた。
副首相の三谷紘子のラバーフィットスーツは、澤田と同じくバックパックやヘルメットを外している時間が長い事を想定したタイプのラバーフィットスーツを装着されていた。
国防大臣の橋本紀子、科学技術大臣の寺田カレンの二人に装着されたラバーフィットスーツは、木村玲子が着ているラバーフィットスーツと同じタイプのもので、バックパックやヘルメットを外すことを想定しているのだが、着ていることを悟られないようにする必要がないため、ラバーフィットスーツを着ていることがはっきりわかるタイプだった。彼女たちのラバーフィットスーツは、木村と同じく白のラバーフィットスーツを装着されていた。
そして、澤田の秘書の中山陽子に装着されたラバーフィットスーツは、普通のタイプのラバーフィットスーツであった。
彼女は秘書であり、人前に姿を見せることは少ないことラバーフィットスーツを装着された秘書という話題づくりを狙っての装着である。彼女のラバーフィットスーツは、明るい緑色をしていてゴムの感触と光沢感があった。
三谷が、
「意外とラバーフィットスーツの装着感というのは、素晴らしいですね。脱ぐことが出来ないという代償を払っても着てよかったと思います。ただ、生命維持管理システムとの接続の時間を気にしないといけないというのが玉に瑕かな」
そう言うと、中山が、
「私なんか、ラバーフィットスーツを完全に脱ぐことが出来ないし、私は、地球上なのに宇宙空間にいるみたいです。でも、このラバーフィットスーツにくるまれている限り、暑いとか寒いとかと言う感覚が無く、常に快適な状態でいられるし、疲れることがないし、素晴らしいわ。でも、この姿でずっといなければならないなんて両親にどういおうかしら」
と言っておどけた。
「出口に迎えの車を差し回しました。それぞれの私邸と公邸、公用車、専用機などに生命維持管理システムなど、ラバーフィットスーツで生きていくために必要な装備を積み込むことも完了しています。ラバーフィットスーツでの生活を充分に楽しんでください。楽しい休暇、ご苦労様でした」
木村がそう言うと、
「玲子も、皮肉がうまくなったこと。それでは、公務に戻りましょう。それから、火星探査チームは順調なの?」
「瑞穂。お褒めいただきありがとう。火星の3体のサイボーグアストロノーツたちは、順調に活動を続けているわ。その映像も逐一入ってきています。安心してください」
「わかったわ。また来ます」
澤田は、そう言うと車に乗り込み、4人のラバーフィットスーツ装着者と共に公務に戻っていった。
1Y320D00H00M00S。
澤田たちのラバーフィットスーツの装着が終わったころ。私たちは、火星で順調に探査の任務をこなしていた。
2日前に南極までの第一次探査旅行を終了し、今日からは、北極に向けての探査旅行に
出発することになっていた。今度の探査旅行は、火星の北半球の山岳地帯や渓谷の調査も行うため、220日の長期の探査旅行になる予定であった。私たち、火星探査・開発用サイボーグにとってもかなり大変な長期旅行になる予定である。
そのため、万一の火星探査・開発用サイボーグ体の故障や事故に備え、修理機材やメンテナンス機材を火星探査用バギーに貨物車を連結して、その上、予備の無人バギーに修理に必要な部品や機材を搭載して、基地に待機させ、みさきからのコントロールにより、無人運転させることができる態勢を整えての出発となった。
地球上で映像を見ている人々は、その物々しい準備風景に今回の探査旅行が、何事もなく進むように祈るような気持ちで、探査旅行の出発を視ていたのである。
準備が整い、みさきに
「行ってきます。留守はよろしくね」
と声をかけると、
「はるか、未来。今度は無理をしないのよ。危ない真似をしないでね。補充部品なんていう物は使わないに越したことがないのだから、第二次探査チームにそのまま残してあげるぐらいでいいんだからね」
とみさきが心配して答えてくれた。
「ありがとう。みさき、心配しなくても、危険な真似はしないから安心して」
未来が答えた。
みさきは心配してくれるが、私たちの身体の構造は、火星での探査のため、どのような衝撃があっても、それに耐えるだけの設計がなされているのであった。つまり、かなりのことがあっても故障したり、破損したりすることはないのである。生身の人間のアストロノーツなら、即死という場面でも私たちは、傷一つ付くことはなかった。勿論、無人探査機材よりも安全という判断が聞くので、危険に曝される確率も低かったのである。
そこに、地球の宇宙開発事業局のコントロールセンターから交信が入った。
「如月大佐、望月未来中佐。美々津少佐も心配して声をかけていると思うけど、無理はしないで下さい。私たちは、2体の火星探査・開発用サイボーグが、故障や破損のない状態でたくさんの火星のデータを地球に持ち帰ってくれればいいのですから。この前の探査旅行みたいなことも起こして欲しくないのです。安全が一番なのです。いいですね。これは命令です」
長田部長であった。人工眼球内の映像と音声の長田部長に強い口調で釘を刺された。
みんながこうまで言うのは、私と未来に前科があるのだ、それは、前回の南極往復探査の後半に、事故を起こしているのだ。それは、クレーターを調査しようとして、クレーターのかなり急な斜面を降りているときに脚を滑らせて未来が80メーターの高度を滑落してしまったのだ。そして、それを助けようとして、私も降りることがかなり困難な斜面を下っているときに滑落するという二重遭難事故を起こしていたのだった。普通の人間は勿論、無人惑星探査機材であってもただでは済まないどころではなく、大破して、この探査計画の中止という事態にもつながりかねないような大事故なのであるが、幸い、私たちは、人間の本能と機械の保護機能が連動して受け身をとれたし、火星探査・開発用サイボーグは、設計上かなり頑丈に造られているため、このぐらいの事故では、何事も起こらないような造られていたため、かすり傷一つ、部品の損傷一つなかったのである。しかし、その事態以降、私たち以外は、私たちの行動に過剰な反応を示しているのである。
しかし、みさきにしても、地球上のスタッフにしても、今回の探査プロジェクトの大切な機材が壊れてしまったら、計画が第一段階から躓くということになるのと、私たちを人間として気遣うのと相まって、心配してくれているのであった。
私は、長田部長とみさきに
「今度は、無茶をしません。安全第一な行動をします」
と約束をして、未来と二人での長期探査旅行に出発した。
確かに、あの事故のあとは、二人でみさきに手伝ってもらい、入念な点検を行ったりとかえって大変な思いもしたことも事実であったので、未来と二人で、今度は無理厳禁と誓い合っている。だから、今度は無茶なことをすることはないであろうと心に誓っての出発であった。
火星の赤い大地を猛スピードで走ることは気持ちよかった。大気の薄い火星であっても、これだけのスピードでの走行なら、生身の人間だったら、頬に感じる風が気持ちいいのではないかと思う。もっとも、生身の人間は、宇宙服を着ていなければ生きていけないから、頬に風なんて感じることはできないだろうし、もちろん、今の私たちのように身体の見えている部分から内部に至るまでの大部分を機械部品と電子機器に取り替えられてしまった火星探査・開発用サイボーグには、感じることはできないことであるのだが・・・。
ただ、私たちは、人工皮膚に付いているセンサが、火星の大気の状態や火星探査用バギーの走行中の風圧データを忠実に記録しているため、データを人工眼球内にディスプレーして風を楽しむことの代わりとして楽しむことができたので、これは、生身の人間が宇宙服に閉じこめられての火星探査の体験より恵まれていると心の中で自分を慰めていたのである。
1Y500D00H00M00S。
私たちの火星北半球の探査旅行が、順調にプログラムを消化していき、終盤に差し掛かった頃、地球上では、この火星植民地化計画の重大な計画決定がなされ、このプロジェクトが加速度的に動き出そうとしていた。
第一次探査チームのここまでの大成功と澤田の安定的な政権運営の中での澤田の野望実現があいまっての計画の加速であった。
そして、もう一つの私たちの身体の技術を応用したプロジェクトも計画決定をされたのである。この国が生き残るため、澤田が考える最善の二本柱のプロジェクトが共に動き出したのであった。私たち、第一次火星探査チームに使われた技術など、ほんの試験的な物にすぎなかったと言うことは、私たちが地球に帰還したときに私たちが嫌というほど感じることになるのであった。私たちは、何も知らずに火星での第三回探査旅行の終盤の任務をこなしていたのである。
そのころ、宇宙開発事業局の木村の元を首相の澤田と副首相の三谷が密かに訪れていた。
彼女たちは、火星植民地化計画の期間の短縮と新たなプロジェクトの実行が、決定されたことを木村に告げて、協力を求めるためにやってきたのである。協力といっても、もう実行することが決まってしまったので、木村に今後どの様にこの二つの計画の中核を担ってもらうかを説明に来たと言った方がよいのであった。澤田と三谷にとって木村を中核に据えない計画の実施などあり得なかった。木村の手腕と信頼は絶大なものであった。
木村は、澤田と三谷に席を勧めた。二人は、ラバーフィットスーツにヘルメットとバックパックを装着したラバーフィットスーツの通常装備の状態でやってきていた。
「私たちは、今、通常のラバーフィットスーツ装着者の状態だから、このソファじゃ座りにくいのよ」
澤田が、そう言って、木村の誘いを断ろうとした。
「瑞穂。大丈夫よ。私も、二人のいでたちを聞いていたから、私にとって一番楽なラバーフィットスーツの通常装着状態になっているわ。だから、普通のソファだったら座りにくいんだけど、ここのソファは、ラバーフィットスーツ装着者にも座りやすいように座面の体位サポート能力を高めた特注のソファなの。座ると、バックパックの出っ張りも吸収して包み込むような座り心地が得られるの。私もラバーフィットスーツ装着者なんだから、この部屋で、ラバーフィットスーツ通常装着状態で座りにくい様になっている椅子は、一つもないから安心して座って下さい」
「わかったわ。それじゃあ、心置きなく座らせてもらうわ」
澤田がそう言って、三谷と共に、その応接用ソファに座ると木村が言うとおり、二人の身体がラバーフィットスーツを装着した体型と彼女たちが好む体位に合わせて沈み込んでいき、もっとも楽な体勢を作り出した上で、その体勢を保持しながら、二人の身体を包み込んだ。
木村も、対面する席に座り椅子に包み込まれた。
「本当だ、玲子さん凄いわね。私と首相の私邸にも欲しいわ」
「わかりました。今度手配します。でも、おふたりは、バックパックを外している方が多いから、このような椅子を用意するより、ラバーフィットスーツメンテナンス用チェアだけで充分だと思い手配しなかったのです。気が付きませんで申し訳ありません。私のようなラバーフィットスーツのバックパックとヘルメットを暫くは外せるタイプのラバーフィットスーツを装着した橋本大臣、寺田大臣、そして、バックパックとヘルメットを外すことが不可能なラバーフィットスーツを装着した中山秘書には、こういうタイプの椅子を用意してあげたのですが、おふたりは、ラバーフィットスーツのバックパックとヘルメットを装着している期間が短いので、配慮が足りずに失礼しました」
三谷が、
「玲子さん。確かにその通りだわ。私と首相は使用頻度から言ったら、あなたの言う通りかもしれないわ。わがままを言ってごめんなさい。でも、私も、人目を気にしないときは、ラバーフィットスーツの通常装着状態でいることが多くなったので、ラバーフィットスーツメンテナンスチェアだけじゃ物足りなくなったの。首相も同じ気持ちみたい」
「そう言うって事は、瑞穂も紘子もラバーフィットスーツに慣れたと言うことなの」
木村が質問すると、澤田が答えた。
「私も紘子もラバーフィットスーツの生活に慣れたわ。というよりも、ラバーフィットスーツ装着者の生活に満足しているの。ヘルメットやバックパックを装着したラバーフィットスーツ通常装着状態が一番楽に感じられるわ。私と紘子は、短い時間しかこの姿でいれないけど、この姿が一番なの。出来る限りこの姿でいたいのよ。陽子や紀子、カレンは、最初はラバーフィットスーツの生身の人間とは違った生活スタイルに戸惑っていたみたいだし、陽子は、ラバーフィットスーツもヘルメットも脱ぐことが出来ず、バックパックも外すことが出来ない事に不便さとショックがあったみたいだけど、今は、3人ともラバーフィットスーツの生活に慣れたみたいだわ。5人とも、生身の人間に戻るというラバーフィットスーツのない生活なんて考えられないと思っているわ。ただし、1日に一回は、生命維持管理システムとラバーフィットスーツ用メンテナンスチェアで接続されないといけないことの不便さを感じるわ。私は、早くこの煩わしさと決別するためにサイボーグに改造して欲しいぐらいよ」
玲子がまた質問した。
「でも、口からものを食べれないし、味もわからない。涙を流すことも出来ないとか、性欲の管理抑止と性器閉鎖カバーとクリトリスの除去といった人間としての感情や快楽の除去をされた状態に慣れるまでに時間がかかったんじゃないの?」
今度は紘子が答えた。
「私と首相は、政治家として、国民のトップに立った時から、人間の欲望を封印していますから、余り、食事をとれなくなって、煩わしいことが減ったし、性欲やセックスに関しても、興味を捨てていますから、何も寂しいとか悩んだと言うことはなかったです。もっとも、陽子さんは少し、セックスできないことに悩んでいたけど、彼女も切り換えが早いから、仕事に集中できるって言ってましたし、紀子さんは、夫に自分が貞操帯を永久に装着されたのと変わらない状態だから、自分だけがセックスできないのは不公平だといって、永久装着型の貞操帯を装着したと言ってましたし、カレンさんは、許嫁に自分と今後も一緒にいるなら、自分と同じようになって欲しいと迫って、ペニスの除去と睾丸の体内収納処置を行わせちゃいました。余談ですけど、彼女の許嫁は、肛門も前立腺をカレンさん以外がさわれないように鍵付きの人工弁で閉じられておまけに人工肛門による排泄に切り替えられちゃったんです」
やはり、鉄の女5人衆と言ったところだと思って、玲子は、頭を抱えてしまう。男性の受難を可哀想に思えてしまった。
「瑞穂も、紘子もラバーフィットスーツの生活を気に入ってくれて嬉しいわ。ところで、今日は、二人揃ってここにやってきた理由はなんなの?」
「そうだ、玲子、重要なことをまだ話していなかったわね」
「瑞穂、ラバーフィットスーツの装着感の報告の方が重要なことな程度のことなの」
「玲子、そうじゃないのよ。だけど、余りにも、ラバーフィットスーツの装着感が感激だったものだから」
「玲子さん。私も首相と同じで。すみません」
「わかったわ。それで?」
木村は話を始めることを澤田に促した。
「玲子、単刀直入に言うわ。あなたに新しいプロジェクトの統括責任者として指揮を執ってもらいたいの」
「プロジェクトの指揮を執るのはいいけれど、火星植民地化計画の指揮はどうするの」
「玲子さん。もちろん、今の宇宙開発事業局の局長として、火星植民地化プロジェクトの指揮も執り続けてもらいます」
「ということは、兼務しろと言うことなのね。当然、瑞穂と紘子の二人で揃って私を口説きに来たと言うことは、新プロジェクトもかなり手が焼けるプロジェクトと言うことなのね」
木村の答えを待っていたかのように、澤田が話し始めた。
「玲子、さすがに話が早いわ。その通りよ。兼務してもらいたい部署は、軍事医学研究所の所長なの。そして、指揮を執ってもらいたいプロジェクトは、強化兵士開発プロジェクトなの」
「ということは・・・。」
「その通り、今後起こる可能性が否定できない核戦争や化学戦争に備えるため、火星に人類を移住させると同時に、地球の我が国土においても生き残れる国民とそれを守る兵士の二つのサイボーグを開発していくことを平行して行うことを決定したわ。そして、二つを同時進行できる能力のある人間は、玲子しかいないと判断したの。幸い、地上用サイボーグと特殊戦参加型サイボーグの開発研究と火星探査・開発用サイボーグ、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ以外のタイプのサイボーグアストロノーツの開発研究にめどを付けて欲しいの。ただし、玲子は、火星移民の指導者として、私と同じくサイボーグとしての改造手術を受けて火星に行くから、終盤の指揮は、紘子と紀子がおうことになっているから、安心してちょうだい」
木村は、何が安心なのかと心の中で思ったが、澤田の下した決断を実務でのサポートを引き受けるのは、自分しかいないという使命感と澤田への信頼感の方が揺るぎなかったので、
「わかったわ、瑞穂。お引き受けします」
もう、そう言うことしか頭の中にはなかったので、思った通りに答えた。
「ありがとう、玲子」
澤田が、そう答えると、木村が、
「ところで、計画の中で、ラバーフィットスーツの兵士版や国民が核兵器や化学兵器で、犠牲にならないようにするための簡易型の地上用ラバーフィットスーツの開発や火星用簡易ラバーフィットスーツの開発も二つのプロジェクトの中で早急に行っていくことも変更ないのよね」
「玲子。その通りよ。それも含めて、二つのプロジェクトの指揮。よろしくね」
澤田にそう言われて、木村は、
「わかりました」
と短く答えた。
こうして、この日から、二つのプロジェクトが、二つの部局で、木村の指示の元に動き始めたのであった。
1Y540D00H00M00S。
火星上では、私と未来が順調に探査活動をこなして、ベース基地に帰還した。
私と未来の体内の記録保存用大容量ハードディスクには、もの凄い量の火星のデータが蓄積されていった。それでも、記憶容量のほんの僅かな領域にデータが蓄積されているに過ぎないのである。空き容量がまだまだある状態なのであった。私たちの体内に搭載されたハードディスクの容量には半ばあきれてしまうものがあった。
私と未来が、ベース基地のエアロックでクリーンシャワーを浴びて、居住エリアに戻った。久しぶりの我が家といった感じであった。
「お帰りなさい。待っていたわ。長期探査旅行の成功おめでとう」
みさきが祝福で迎えてくれる。
「帰って早々、お決まりなんだけど、はるかと未来は、火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアに入って、サイボーグ体のチェックとメンテナンスを受けてください」
みさきの指示がとんだ。私と未来はそれに従って、火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアに入り、サイボーグ体を固定した。これから24時間は、動く自由を完全に剥奪された上で、サイボーグ体の徹底的なチェックとメンテナンスが行われるのである。私たちは、その間、半覚醒状態におかれた上で、機械的なチェック作業が繰り返されるため、私たちにとって辛く厳しい時間を過ごすことになる。
そして、その辛い24時間が終了し、24時間のレストモードによる休息が与えられた。私と未来は、24時間という時間通りに意識が睡眠状態に入り、24時間経過後、機械的にアクティブモードに移行して覚醒状態となったのであった。
「おはよう、お目覚めはいかがかしら。今日は、地球から、重要な通信が入るから、そのまま、覚醒状態で、メンテナンスチェアに待機しているようにと、宇宙開発事業局のコントロールルームから、指示が入っています」
「みさき、わかったわ、この状態で待機します」
私がそう言い終わると、地球からの通信映像と音声が、私たちの体内に入ってきた。
人工眼球内に木村局長のシルエットのラバーフィットスーツが映った。そして、その横に、薄い紫色のラバーフィットスーツを装着された人物が現れた。
見慣れない色のラバーフィットスーツの人物の声が聞こえてきた。
「首相の澤田です。火星上で任務遂行中の3名のサイボーグアストロノーツの皆さん。任務は順調に遂行されているようですね。私は、とても嬉しく思っています」
その声は、紛れもなく、瑞穂さんの声だった。そうである、首相の澤田瑞穂女史の声であった。私たちがいないあいだの地球で何が起こったのであろう。国家元首がラバーフィットスーツを装着するなんていう状況は何なのだろうかと真剣に悩んでいると、瑞穂さんの明るい声が聞こえてきた。そして、その説明で重大な情報の全てを聞くこととなった。
「みんなは、私がラバーフィットスーツを装着していることを不思議に思っているのでしようね。実は、3人が火星に飛び立ってから、火星植民地化計画が前倒しで進められることになりました。そして、今後、起こる可能性の高い、我が国が巻き込まれるような規模の核戦争や化学戦争に備えて、地球上の我が国の戦争に備えた対策として、サイボーグ兵士の製造と重要人物の核、化学戦対策用防護型ラバーフィットスーツの装着、国民への簡易型ラバーフィットスーツの有償装着計画が実行されると同時に、火星への移民の早期実現を図ることに火星植民地化計画の最終目標が変更になったのです。その中で、私が、火星の初代最高統治官として、赴任する予定になっています。そして、火星に統治官として移民する全ての人間が、火星定住型サイボーグへの改造処置を受けることになったのです。そして、もちろん、移民希望の国民は、ラバーフィットスーツ装着かサイボーグへの改造処置を受けることになるのです。そして、我が国の国民は、火星と地球上で生き残りの道を探ると同時に、新天地の火星から、さらに遠い惑星の植民地化計画を推進することが決定されたのです。私は、その前段階として、ラバーフィットスーツを装着して、次の段階の処置への準備をはかることになったのです」
私たちがいない間に火星への進出計画がかなりのペースアップが図られていることに私たち火星の3人のサイボーグアストロノーツたちは、驚きを隠せなかった。
瑞穂さんの言葉はさらに続いた。
「そして、火星植民地化計画のプロジェクトが加速したことで、3人が火星にいる間に第2次火星探査チームが到着することになると思います。火星での探査に空白を作らないようにするためです」
木村局長が澤田首相の後をついで説明してくれた。
「皆さん、木村です。今、澤田首相がお話しされたように我が国のサイボーグ計画と火星進出計画が加速度的に早い展開になっています。その為、本来は、3人が地球に帰還後、火星探査の引き継ぎを第2次火星探査チームと行い、第2次火星探査チームを火星に送り込む予定を前倒しに行う予定です。順調にいけば、皆さんが火星を飛び立ち、地球に帰還する120日前までに第2次火星探査チームが到着して、火星上で任務の引き継ぎを行うことになると思います。それまで、故障の無いように、注意を払って行動してください。3人の持って帰ってくるデータを心待ちにしています。頑張ってください」
そう言って、地球からの映像が終わった。
私たちは、暫し、事態の把握に時間を要した。第2次火星探査チームの到着が早まる。火星への移民、軍事目的のサイボーグ手術等、私たちの想像を超えた計画が動き出したのであった。それでも、私たちの集めて、体内のデータ蓄積用大容量ハードディスクに蓄積した貴重なデータや探査の際に採取した多くのサンプルが、重要さをましていくことになるのであった。つまりは、私と未来それにみさきが、第1次火星探査の残された期間を完璧にこなしていかなければならないことに変わりはなかったのであった。地球での事態が、どうなっているのかは、私たちが地球に帰ってから、詳しく知ればいいことなのであった。
私たちは、今度は、430日の日数を費やし、火星の赤道上を火星の裏側に向けて、探査すると同時に、火星のオリビア山やバボニス山といった山への登山探査、マリネリス渓谷の完全探査を行うための探査旅行への出発に向けての準備に取りかかった。
1Y510D00H00M00S。
私たちは、今度は、430日にも及ぶ、大探査旅行に出発したのであった。
今度も大がかりな探査旅行であり、未来と二人で協力し合いながらでなければ、成功しないほどの困難な探査旅行であるはずであったのである。
「みさき、行ってくるね。留守は頼んだよ」
「任せてちょうだい。二人とも、無理はしちゃだめだよ。壊れちゃったら、元も子もないんだからね。私たちには、サイボーグ体の修理に使っている時間は与えられていないんだからね。特に、プロジェクト全体の予定が大幅にスピードアップされたから、第2次探査チームが来るまでにしておかないといけないことが山のようになったんだからね。気を付けてくれなかったら、消化しきれないことになるわ」
みさきの言葉は優しくも手厳しいものだった。
「わかっています。無茶はしません。安全に気を遣い、必ず無事に帰ってまいります」
私がそう言って、未来と二人で、探査旅行に出発したのであった。
そのころ、地球では、第2次火星探査チームの選抜が行われると同時に第一次火星開発チーム、第2次火星開発チームの選抜が行われていた。
「第2次火星探査チームのメンバーには、神保はるみ少佐、進藤ルミ中佐、大谷直樹少佐の3名を指名します。3名のサイボーグアストロノーツとしての改造種別ですが、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして大谷直樹少佐、火星探査・開発用サイボーグに進藤ルミ中佐、神保はるみ少佐を決定しました。第2次火星探査チームのリーダーは、神保はるみ少佐にお願いします」
ブリーフィングルームに集められたラバーフィットスーツを装着されいつでもサイボーグへの改造手術に望めるようになっているサイボーグアストロノーツの候補者たち、そして、サイボーグアストロノーツに改造されるためのリストにリストアップされている職員、技術者、医療技術者、それに宇宙飛行士に対し、木村が火星植民地化プロジェクトへの正式参加の為、そして、火星への旅立ちの準備としてのサイボーグ改造手術処置の被験者を指名していたのであった。
木村は続けた。
「そして、火星植民地化プロジェクトが、前倒しのスケジュールで実行されていくことが決まりました。我が国の火星でのコロニーをいち早く造り、火星での我が国の優位性を早期に確立するためです。 火星のコロニーに移住する指導者は、どの様な過酷な状況でも生き残ることが出来るように、火星定住型サイボーグへの手術を受けた上で火星へ旅立つことになる予定です。そして、コロニーの住民も火星定住用の最新型ラバーフィットスーツを装着させて送り込む予定です。
その為、第2次火星探査チームに続いて、火星での指導者としても活躍してもらうことも視野に入れた上で、火星のコロニーへの開発のための第1次火星開発チームも第1次火星探査チームが帰還すると同時に送り込むことになると思います。そして、第1次火星探査チームが持ち帰ったデータの分析を早期に完了した上で、第2次火星開発チーム、第1次火星移住部隊を火星に送り込むことが決定されました。
そこで、第1次、第2次の開発チームのメンバーもここで同時に指名し、第2次火星探査チームのメンバーのサイボーグアストロノーツへのサイボーグ改造手術が完了すると同時にサイボーグアストロノーツへの改造手術を行うことになりました。その上で、地球上や月面でのサイボーグ体の慣熟訓練の期間を多く取る事になったのです」
そして、木村が、第1次、第2次火星開発チームのメンバーの指名を始めた。
「それでは、第1次火星開発チームのメンバーを発表します。如月えりか少佐、山田クリス中尉、沢田美花大尉、三上絵里少尉、清水隆少尉、水谷美雪ドクター、長井詩織ドクター、前川渚職員、田中沙央理職員、田島博職員の10名を火星探査・開発用サイボーグとして、南マリヤ中尉を惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして火星に送り込みます。チームのリーダーは、如月えりか少佐にお願いします」
第1次火星開発チームから、惑星探査宇宙船の大型化が図られるため、積み荷である火星探査・開発用サイボーグも多く積み込むことが出来るのであった。
木村はさらに続けた。
「つぎに第2次火星開発チームメンバーの発表をします。結城ミチル中佐、坂田満中尉、佐久本夕紀中尉、木下はつみ中尉、木内真美中尉、高井望ドクター、水谷美衣ドクター、高橋萌大尉、守口宏美中尉、高橋まりな職員の10名を火星探査・開発用サイボーグとして、西谷亜里砂中尉を惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとして火星に送り込む予定です。このチームのリーダーを、結城ミチル中佐にお願いします。
そして、今、発表した23名のメンバーは、今からすぐに、第2次火星探査チームから、順次、サイボーグアストロノーツになる為の改造手術の処置を受けてもらいます。そして、今後は、ここにいる全ての人間が、今、発表した25名のメンバーに何かが起こった時の控えとなります」
木村は、そこまで一気に言ってから、一呼吸置いてさらに話をした。
「それから、今回、惑星探査船を月の周回軌道上で、3隻造るため、その作業のため、田中美晴大尉を含めて12名のアストロノーツと富田まつり主任を含む12名の宇宙機材技術者を宇宙空間作業用サイボーグとしてのサイボーグアストロノーツへのサイボーグ改造手術の処置を受けてもらうことになります。宇宙空間での惑星探査宇宙船建造の作業の効率性を高めるためです。この24名に関しても、すぐにサイボーグ手術の処置にはいってもらいます」
木村の言葉を長田が受けて、
「それでは、神保はるみ少佐、進藤ルミ中佐、大谷直樹少佐の3名は、サイボーグ手術処置室へ移動してください。すぐにサイボーグアストロノーツへのサイボーグ改造手術を開始します。また、田中美晴大尉を含めて12名のアストロノーツと富田まつり主任を含む12名の宇宙機材技術者を宇宙空間作業用サイボーグとしてのサイボーグアストロノーツへのサイボーグ改造手術の処置もすぐにおこなうようになります。田中美晴大尉と富田まつり主任もサイボーグ手術処置室へすぐに移動してください。そして、今指名された残りのメンバーは、サイボーグ手術被験者準備室の居住エリアに移動してもらいます。そこで、サイボーグ手術の処置開始の日まで暮らしてもらうことになります。それでは、解散します」
長田の言葉で解散したサイボーグアストロノーツの候補者の中で、神保はるみ、進藤ルミ、大谷直樹、田中美晴と富田まつりの5名が、サイボーグ手術の処置室に誘導されていった。これから、二度と人間の姿に戻ることの出来ない身体にされるために、機械に支配された人間となるために処置室に移動していくのであった。過酷な手術を何回も何回も受け続けて、3週間以内に彼女たちは、全く生身の人間と違った新しい身体になることになるのであった。特に、大谷は、男性被験者として始めて惑星探査宇宙船操縦用サイボーグに改造されるのであった。彼は、男性としての性器を失ったうえ、手脚のない全く違った生き物になるのであった。大谷にとって、性器を失ったことに匹敵する精神へのショックを乗り越えることになるのであった。
1Y540D00H00M00S。
地球上に新に5名の宇宙人、サイボーグアストロノーツが誕生した。
その中で、大谷直樹は、手脚を除去され、電子機器がほとんどの身体の部分を占める処置に耐え抜いた。精神的に、男性器を失い、手脚を失うという屈辱的な処置に耐え抜いたのであった。
そして、残りの4名と共に人間として残された部分がほとんど無い身体に慣れるための慣熟訓練に入っていった。
田中美晴と富田まつりの2名は、宇宙空間の無重量空間での作業に適した身体に変わっていた。脚を取り外され、背中と脚があった後の付け根に姿勢制御用及び、推進用イオンロケットエンジンが取り付けられており、手も本来の物が取り去られ、その代わりに、宇宙空間での細かい作業に適したマニピュレーターに取り替えられていた。しかも、マニピュレーターは、多くの作業を同時にこなせるように左右2本ずつ合計4本のマニピュレーターがついているという姿になっていた。
そして、身体を覆う人工皮膚は、太陽電池パネルを兼ねたラバーメタルスキンになっており、白いゴム質の皮膚になっていた。そして、ゴーグル状のどんなに暗い環境下でも小さいものから遠くまで見ることが出来る人工眼球になっていた。
聴覚は、宇宙空間での作業を中心に考えられたサイボーグアストロノーツのため、コミュニケーションサポートシステムのみの仕様になっていた。
大谷と同様に専用の移動用台車でサポートヘルパーによって訓練エリアに運ばれていった。大谷と田中、富田は、もう永久に地球上では、自分で何も動くことが出来ないようになってしまったのであった。田中と富田に取り付けられたマニピュレーターはデリケートなものなので、地球上では、使用できないようになっているからである。
ただし、大谷と田中、富田の違いは、大谷が、何らかの生命維持システムと接続されているか、定期的に生命維持システムに接続されないと生命維持が出来ないのに対し、田中、富田が改造された宇宙空間作業用サイボーグのタイプは、火星探査・開発用サイボーグと同様に、完全に環境から自立している点であった。
彼女たちは、自分たちが任務の遂行のため、必要とされるまで、訓練エリアで、過酷な慣熟訓練を消化して、サイボーグアストロノーツとして目的に応じたサイボーグ体の使い方に慣れる事になるのであった。
そして、5名のサイボーグアストロノーツが、サイボーグ改造手術処置室を再び生まれつきの生身の身体に戻ることが出来ない機械部品と電子機器がほとんど全ての身体になって出て行くと同時に、第1次火星開発チームの11名と宇宙空間作業用サイボーグとしての改造を待つメンバーのうち合計11名のアストロノーツと宇宙機材技術者の合計22名が、サイボーグ改造手術処置室に入って、サイボーグアストロノーツに改造手術処置を受けることになった。この中には、如月えりかの姿もあった。彼女は、火星にいる如月はるかと共に、サイボーグアストロノーツの姉妹となるのであった。
如月えりかたち11名は、初期型火星探査・開発用サイボーグを、より火星に適応するように改良を加え、探査目的ではなく、火星に植民地を作るための開発作業に重点をおいた二次型火星探査・開発用サイボーグであった。
えりかは、サイボーグアストロノーツ改造手術用処置台に固定されていた。
苦しい思いをして装着されたラバーフィットスーツは、既に脱がされて、ラバーフィットスーツを装着されるために処置を受けた身体で全裸のまま横たえられていた。
ラバーフィットスーツを着るために調整されてオリジナルの人体とは少し違ってしまった自分自身の身体をモニター越しに眺めながめていた。
えりかの身体には、髪の毛もなければ、体毛も全て無く、毛根が完全に無くなっていて、まるでセルロイドの人形を見ているようであった。そして、足や手の指先に目を移すと、そこには、爪というものがなかった。体毛の除去と併せて、爪も化学処理により、二度と生えてこないようにされているのであった。ラバーフィットスーツを着ていると手先の部分は、爪の役割をするものが、ラバーフィットスーツ自体についているので、違和感が無く過ごしてきたのだが、こうして、ラバーフィットスーツを脱がされてみると、あるべきところにあるものがないのは、可笑しいものだと思えてしまう。
もちろん、ラバーフィットスーツを装着されるために変更を加えられた身体の箇所は数多くある。性器だって、カバーがされて、使うことも出来なければ、性感を感じることも出来なかったし、呼吸器官には、呼吸液が充填され、大気を呼吸することは永久に不可能な状態になっているし、目だって、特殊なゴーグルを取り付けられ、呼吸液が循環するようになっていて、涙腺を除去されてしまい、泣くことだって出来なければ、瞬きも出来ない。
他にだって、耳も、口も何もかもが、ラバーフィットスーツを装着されるためだけに変更されていた。このような状態も立派なサイボーグ体ではないのだろうかとえりかは思った。
そして、今、火星で自分よりももっと人間とはかけ離れた姿になって活動を続けている姉のはるかも、同じような状況下に置かれていたことがあることを考え、彼女はどの様な感情を抱いて、サイボーグアストロノーツになる前の準備段階を過ごし、ラバーフィットスーツを脱がされた身体を見つめていたのだろうかと思った。きっと、自分のように、この不自然な身体を悲しみと違和感で見つめていたのだろうと思った。
そんなことを考えているうちに、えりかの火星探査・開発用サイボーグへの手術の開始の時が来たのであった。
サポートヘルパーの今井あずみが、やってきて、声をかけた。
「如月少佐、サイボーグ手術の開始時間になります。執刀医をご紹介します。柏田真純ドクターと蓮実玲ドクターです」
白いラバーフィットスーツを装着されている今井の横に薄い桃色のラバーフィットスーツを装着されている医療スタッフの柏田真純と薄い黄色のラバーフィットスーツを装着された技術スタッフの蓮実玲の二人が立っていた。
「如月少佐。卵子採取作業も終了し、いよいよ、生まれながらの肉体と別れを告げないといけない時がきました。みんなに言われたと思いますが、覚悟を決められていますね」
柏田に問いかけられ、えりかは、短く、
「覚悟はとうにしています」
とだけ答えた。
「わかりました。それでは執刀を開始します」
今度は蓮実がしゃべってきた。
えりかは、姉のはるかが、火星探査・開発用サイボーグになったときから、いつでも、姉妹そろってサイボーグアストロノーツになることを覚悟していたのである。そのため、今更、覚悟を決めるということはなかったのであった。
えりかのサイボーグアストロノーツへの手術は、まず、骨格が金属置換システムで複合金属が主成分の骨にされた。そして、内臓器官の改造手術は、呼吸器官の改造手術から始められた。
彼女のオリジナルである生体の肺や心臓が、取り除かれて、液体循環式ガス交換型内臓人工心肺システムと静穏型高性能ロータリーポンプ式人工心臓へ取り替えられた。姉のはるかに使用された人工器官よりもはるかに改良されたシステムになっていて、酸素発生システムと二酸化炭素処理装置の互換性が高められ、ガス交換システムが大幅に小型化されていた。
続いて、消化器官が機械化された。内蔵システムは、液体栄養を人工血管を通して残された生体部分や生体ベースの改造が行われている器官に送るシステムと老廃物の除去システム、機械部分へのエネルギー搬送システムがコンパクトに収められた。
視覚システムは、火星での微弱な光でもよりよく視覚を確保できるように改良され、地球への帰還を想定していないこともあり、火星で活動中の火星探査・開発用サイボーグに使われたものよりも遙かに高性能になっていた。
しかし、地球上の光度においては、人工眼球に光線シールドを貼り付けておく必要があった。えりかの視覚システムは、火星専用に作り替えられた結果、地球上の光線下では、明るすぎて視覚システムが使い物にならないのであった。もう、地球上では、光線シールドを貼り付けた状態でないとものを見ることが出来なくなってしまっていた。
また、第1次火星探査チームの火星探査・開発用サイボーグに内蔵されている大容量記録用ハードディスクは、データを持ち帰る必要がないので、大幅に小型化されていた。その代わり、全てのシステムが小型化されたために生まれた空間に、人工筋肉や骨格をより超人的に動かすことの出来るようにするための補助動力炉や動作サポートシステムが納められると共に、火星上の二酸化炭素をエネルギーに転換するためのシステムの増強がはかられた。
また、火星での植民地のリーダーとして植民者を統率していくのに必要なシステムが内蔵されたのである。
そして、バックパックが、少し小型化されると共に、フロントパックが不要になったのであった。
そして、第1次火星探査チーム及び、第2次火星探査チームとして改造手術により生まれた火星探査・開発用サイボーグと区別がつくように改良型火星探査・開発用サイボーグの太陽光エネルギー蓄積パネル内蔵の人工皮膚の色が、濃紺に変更されていた。ある意味では、より、サイボーグらしい身体になったといえるであろう。
えりかは、25日間に渡って生まれたままの肉体から、機械と電子機器がほとんどをしめる最新型の火星探査・開発用サイボーグへと変わり続けていった。
えりかは、自分が変化していく一部始終を自分の視覚によって見ていなければならず、自分の身体が、機械部品と電子機器のかたまりになっていくことを強烈に認識せざるを得なかったのである。えりかは、その一部始終において、自分の姉であるはるかはどの様に思ったのだろうと考えながら、自分を客観的に観察することが出来たのであった。そして、自分が火星人として、完成品となった時、自分の身体がどのように変わったのか実際に慣熟訓練を受けるのが待ち遠しいとさえ思ったのであった。
そして、最新型の火星探査・開発用サイボーグへのサイボーグアストロノーツ改造手術処置が完了し、慣熟訓練のため、火星標準環境室に移動することになったのであった。もう、地球に戻れることのないミッションの始まりであった。
えりかをはじめとした第一次火星開発チームの11名のメンバーと宇宙空間作業用サイボーグに改造手術処置を受けた11名の合計22名の改造手術処置が終わると、次は、第2次火星開発チームの被験者11名と宇宙空間作業用サイボーグの被験者の残り11名の合計22名が、サイボーグアストロノーツとしての改造手術処置を受けたのであった。
これで、実際に火星にいるサイボーグアストロノーツと模擬環境で火星生活のシミュレーションを行っているサイボーグアストロノーツと併せて、55名が、サイボーグアストロノーツに改造されたことになったのであった。