0Y530D00H00M00S。
  火星探査ミッション出発まで140日。 いよいよ、火星標準環境室での訓練が始まるのである。
  私、浩、七海、未来の4人は、下層階にある火星環境標準室に連れて行かれた。最初の低圧馴化エアーロックに入ると分厚い扉が後から閉められる。外からしか開閉すること出来ないようになっていて、扉の内側には、開閉用ハンドルがない構造になっていた。
  私たちは、火星に行くか、身体が故障することによって緊急搬出用カプセルを使ってのみ、この火星標準環境室をでることは出来ないし、ましてや自分の意志では火星環境標準室をでることが出来ない構造になっていた。
  次の低圧馴化エアーロックに移動すると自動的に後の扉が閉まりロックされた。そして、火星標準環境室内部と等圧化され、自動的に最後の扉が開くと、そこには、火星の表面と同じ光景が広がっていた。
  みんなは、火星標準環境室に足を踏み入れ、暫し立ちつくしていると、後でエアーロックの扉が完全に閉められ密封された。これで、完全にこの火星環境標準室から出ることが出来なくなったのであった。
  惑星探査宇宙船の火星着陸状態を燃して創られたシミュレーターが、私たちの居住エリアである。少し違うのは、4人がこの中で一緒にいれるようにするための設備になっていることである。中にはいると4人が休息がとれたり、メンテナンスが行えるように火星探査・開発用サイボーグ用のメンテナンスチェアが置かれていた。
  私たちがまず中島主任から指示された訓練内容は、火星表面で日常のミーティングを行ったりする部屋を作ることであった。私たちは、協力して、一つ一つの部材を確認しながら、組み立てを行った。
  そして、部屋や機材の動力供給装置をおろし、セッティングした。そして、火星面活動用バギーを調整する訓練に入った。このバギーは、自転車と同じ構造になっていて、私たちが一人一人別々に乗れるように一人用になっていて、私たちの脚力により、時速250㎞以上で走れるようになっていた。火星探査の効率を高めるための機材であった。
  そして、中島主任が次の訓練の指示を出した。
「みんな、次の訓練は、股間部のカバーを開けて、専用ケーブルを使い、お互いにエネルギーを供給しあったり、火星で使う機材にエネルギーを供給するためのケーブル接続訓練です。お互いの股間のカバーを開いてケーブルを接続してもらいます。最初は恥ずかしいと思う格好だけど緊急時に必要なことだから、これから毎日当然の動作として認識されるように必ず訓練の最初と最後にこの動作を行ってもらいます」
  そう言われ、私たちは、股間のカバーを開き、専用の少し太いケーブルでパートナーの股間同士を接続した。私は七海とパートナーとなって、ケーブルで接続しあった。私たちの人間だった頃の感覚で、レスビアンのプレイをしているようであり、生身の人間であれば、性的快感を感じるようになるのであろうが、機械と機械の接続として、人間的性感を奪われた存在なので、心の恥ずかしさに実感を伴わない不思議な感覚が私たちの中に存在したのである。
  そして、この訓練は、私たちが火星環境標準室で暮らす間毎日2回必ず訓練として行われたのである。そして、私たちの頭の中で、レストパートの時間の開始を告げるチャイムが鳴った。
  私たちは、各自の火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアに戻り、レストモードにモードを切り替えるように指示され、その指示に従って各々のメンテナンスチェアに入り、レストモードに入っていった。


  0Y531D00H00M00S。
  この日から、アクティブモードにアクティブパートになると同時にモードが切り替わり、まず、股間のカバーを開いて、ケーブル接続訓練を行い、その後、バギーの使い方や探査機材の使い方、火星の探査のデータサンプルの採取方法といったものを訓練で確実に使いこなせて、探査が行えるように反復的な訓練を行うことになった。
  そして、もう一つの大事な訓練である、火星探査・開発用サイボーグである私たちの身体の故障に関しての修理、メンテナンスの訓練も私たちが確実に行うことが出来るように、訓練過程を行うことになった。この場合の訓練は、私たち第一次火星探査正規チームのサイボーグが、緊急補充用バックアップチームのサイボーグの身体を使い、分解したり、補充部品に付け替えたり、生体部分をチェックしたりと言うことを訓練として繰り返し行った。
  私は、浩の身体を使い訓練を受けた。仲間の身体を使用しての訓練は、仲間を生きたまま解剖する生体実験と変わりがないように思え、非常に精神的にも辛い訓練の一つであったが、もし、火星で、万一、私や七海の身体の故障があった場合に備え、万全の知識と技術が必要であり、正規チームの身体を使うことは、万全を期す意味からも使うことが出来ないので、浩や未来の身体を使うことになっているのであった。
  私は、浩の身体を分解しては、組み立て、また、分解し、組み立てるという訓練を繰り返した。


  0Y570D00H00M00S。
  ここまで順調に私たちは、訓練日程を消化していった。そして、ついに火星出発まで100日となった。
  私たちの訓練は終盤を迎えていた。もうすぐ、火星探査・開発計画の全貌がマスコミを通じて発表され、火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグが周知されると共に、この宇宙開発事業局のプロジェクト本部の存在が、大衆に明かされるのを待つばかりの状況を迎えることになる。
  誰しもが、もうすぐ火星に出発という気持ちになっていた。全てが順調に進んでいたのである。 この日の訓練は、火星での探査機材のメンテナンスを行い、その後、基礎訓練としての時速80㎞のの継続ランニングをこなしていたときのことだった。


  0Y530D09H25M12S。
  私の人工眼球の時刻表示が示したときだった。事態が急変したのだった。
  七海が、時速80キロを維持できなくなり、身体が左右にふらつきだした。
「はるか、私、まっすぐに走ることが出来ないの。何故かしら。それに、速度をコントロールできないの。補助コンピューターの故障か、脚部コントロールシステムの故障かしら」
 そんな七海の声が聞こえた次の瞬間だった。七海が声を上げた。
「痛い!頭が割れるようにいたいの」
  そう言ったと同時に深い緑色の人工皮膚の七海の身体が、頭から崩れ落ちた。
  それは、まるでロボットが動力を切られて倒れるようだった。
「七海!どうしたの。誰か、早く、七海を火星標準環境室緊急搬出用カプセルを用意して」
  私は、そう叫ぶと時速80㎞の継続ランニングから緊急停止して、七海に近づき、七海の身体を抱きかかえた。
  七海の担当の薄い桃色のラバーフィットスーツを装着された春川瞳ドクターと薄い黄色のラバーフィットスーツを装着された百瀬ミハルドクター、それに白いラバーフィットスーツを装着されたサポートヘルパーの熊川智子さんの3人が火星標準環境室緊急搬出用カプセルを大急ぎで運び込んできた。
  浩と未来が火星標準環境室緊急搬出用カプセルを開けるのを待って、私が七海をカプセルに寝かせた。カプセルが閉じられると私たち6人は、カプセルを緊急処置室に運んでいった。この時、七海の名前を呼んだが、七海はもう答えることがなかった。
  緊急処置室について、七海を処置台に移したときは、既に七海の生体反応は消えていた。春川ドクターと百瀬ドクターが救命処置を施したが、もう既に手遅れの状態であった。
  動かなくなった七海は、機械の固まりでしかなかった。
  この日の訓練は中止され、緊急で、七海の死亡の原因を究明するために分解解剖処置が行われた。
  一つ一つ、七海に使用された機械装置が分解され、次々に洗浄メンテナンスをされていく。七海に使われた部品はほとんど、つぎにサイボーグ改造手術を受けるリザーブ順位1番の美紀に使用されるということである。美紀にとってこの事実は、どう感じるのであろうかと思った。同期の友に使用されていた機械体を使用されるのである。きっと複雑なのだと思う。
  七海の身体の分解解剖処置が進んでいったが、どこにも、不具合が見つからない。機械部分も、生体部分も正常であった。そして、ついに脳の部分の解剖が始まり、原因が明らかになった。七海の死因は、生体脳の脳内出血が原因であった。赤い血ではなく、白い人工血液が、脳内から大量にあふれ出した。
  七海は、機械部分からの情報を処理しきれなくなっての生体脳の過負荷が原因ではなく、火星探査のミッションに対する極度の精神的負担やストレス。それに、訓練とはいえ、仲間であり、双子の姉妹である未来の機械の身体を分解したり、組み立て直したりするという、いくら機械体になったとはいえ、姉妹の身体を弄ぶ行為の罪悪感とストレスに生体脳が耐えられなくなったのである。
  七海の数少ない生体部分は、研究材料として、保存液につけられ宇宙開発事業局の宇宙医学研究室に保管されるために運び出されていった。そして、機械部分は、再び使用されるための緊急メンテナンスのために運び出され、七海がここにいたという痕跡は跡形もなく消えてしまった。
  私と浩、それに未来の3体の火星探査・開発用サイボーグは、その場に立ちつくした。
  しかし、私たちは、その状態をいつまでも続けることは許されていなかった。すぐさま、ブリーフィングルームに呼び出されることになった。
  ブリーフィングルームには、木村局長、長田部長、水谷ドクター、そして、多くのプロジェクトメンバーとともに、リザーブメンバーの未来、はるみ、ルミ、直樹とともに、第2期サイボーグ手術予定メンバーのえりか、クリスをはじめとした全員が集合していた。


  私たちに長田部長が気づいて、席に着くように指示された。
  私たちが前列の火星探査・開発用サイボーグ専用チェアに着席すると、そこに、みさきと望が、シミュレーターから取り外され、ブリーフィングルームに運び込まれ、専用チェアに据え付けられた。ふたりの姿は、もう完全に人間ではなく、マネキン人形というものでしかなかった。
  そして、木村局長が話を始めた。
「皆さんに緊急に集まってもらったのは、望月七海中佐、コード名、MARS2の急死の件です。ご存じのように、死体解体解剖処置の結果、火星探査・開発用サイボーグシステム上のトラブルではなく、望月七海中佐の性格上におけるストレスによる脳内出血による死亡と確認されました。望月中佐の死亡は、本当に不幸なことだと思いますが、この故障による死亡原因が、他の3体の火星探査・開発用サイボーグに共通して起こるものではないことが不幸中の幸いといったところではないでしょうか。望月七海中佐については、任務中の殉死となりますから、少将へ二階級特進扱いとなります。ご冥福をお祈りします。全員起立の上、黙祷!」
  木村局長の号令でみんな立ち上がり、黙祷をした。二十数年人間として生きてきて、この短い間に機械と人間の中間的な存在にさせられた上での死というのは、私たちも人ごとではないし、七海の健気ながんばりを思うと本当に悲しみを覚えるのだが、もう、私には、泣くことは出来ない行為であった。
  ここにいるみんなが、涙腺のない身体になっているから、みんな悲しくてもなく事が許されていなかった。本当に悲しいのに泣けないということのつらさをみんな噛みしめていた。そして、七海は、脳とごく限られた生体部分だけの存在として人生を終えたのである。
  木村局長が黙祷を終えて、続けた。
「そして、今後のプロジェクトの進行についてを話します。今日、上層部と話し合った結果、打ち上げ日程を現段階では、現段階では変更せずに対処することとします。そして、第一次火星探査チームの正規メンバーへの補充は、望月未来中佐を任命します。望月未来中佐を緊急補充用バックアップメンバーに指名したのは、望月七海少将と一卵性双生児の姉妹であり、性格的にも酷似しているため、望月七海少将に何かあった場合、正規チームに入ったとき、如月大佐と美々津少佐とのチームワークがすぐに築けるというメリットを考えてのことだったのですが、まさか、本当に、その様な自体が来ることは予想を超えていました。望月未来中佐頑張ってください。ただし、この姉妹の場合、正確などの全てにおいて酷似している姉妹だったので、任務に入る前に、分析室で、精神的なストレス分析を行って、問題がないかどうかを確認した後、サイボーグの修理スキーム等の正規チームしかデータリングしていない訓練の経験データは、データ送受処置室で、望月七海少将が蓄積したデータを、股間のデータ送受用接続コネクターを通じて取得してもらいます。それにより、経験レベルは、望月七海少将のものを共有することが出来るのです。サイボーグになって便利になったところです。お姉さんの経験記憶データを使うのは辛いと思いますが、あなたにとって最善のことなのです、拒否する権利をあなたは持っていないので、我慢してください。
  つぎに、緊急補充用バックアップ要員の補充は、リザーブ順位の1位になっている、高橋美紀中佐になってもらいます。つまり、「MARS5」としての人生を送ってもらうことになるのです。もっとも、サイボーグ手術を受ける日にちが繰り上がっただけですから、覚悟を繰り上げて行ってもらうことになります。そして、医療スタッフと技術スタッフ、サポートヘルパーの皆さんにお願いしますが、「MARS1」、「MARS3」、「MARS4」の手術で与えられた期間は当然、与えることが出来ません。3体のサイボーグに費やされた23日間の改造手術期間を大幅に短縮してもらい、12日で、行ってください」
  ブリーフィングルーム内にどよめきとため息が同時に起きた。
  その反応を木村局長が制し、
「皆さんの反応はよくわかります。でも、高橋中佐に出来る限りの可能な範囲での火星探査・開発用サイボーグとしての身体になれてもらう時間を付与したいのです。無理を承知でお願いします」
  水谷ドクターが反論した。
「ドクター、スタッフとして、無理なスケジュールでの改造手術期間でのサイボーグ化手術は、結果的に高橋中佐のサイボーグ体の不具合に繋がり、高橋中佐が動作不良に陥り、望月七海少将のような悲劇的な最後を迎えさせる結果になる可能性があり、私としては、反対です」
  木村局長が答えた。
「そのことも、私と長田部長で検討しました。医療スタッフと技術スタッフ、サポートヘルパーを交代で配置し、手術を行うことで、長時間の手術が可能になると判断しました。超スピードでのサイボーグ改造手術に耐えられる体制をスタッフのローテーションという形で補ってください。それでも、ミスによって、高橋中佐を失う結果になっても、その為に補充要員がいるのですから、順次補充をしていくことで対処します。サイボーグ手術被験者の皆さんには辛い言い方かもしれませんが、上層部では、消耗品としての被験者の位置づけでオーソライズされています。その現実を受け止めてください」
「木村局長と長田部長がそこまで覚悟されているのであれば、無理とも言える限られた時間で、ミスなく、高橋中佐を火星探査・開発用サイボーグに改造して見せます。我々の技術力を集約して見せます」
  水谷ドクターが吹っ切ったようにそう言った。
  私たちは、何かあれば、すぐに代替品が存在する使い捨ての実験動物でしかないのであり、重要なのは、サイボーグの身体に使われる機械部分であるということを再度思い知らされた。でも、私たちも、七海のためにも、ミッションを完璧にこなすなければいけないのだ。そのことを心に誓う。
  木村局長が、続けた。
「水谷ドクターよく言ってくれました。高橋中佐も厳しく辛い手術を経験することになりますが、頑張ってください」
「わかっています。亡くなった七海のためにもがんばり抜いて見せます」
  美紀の言葉に木村局長が、
「高橋中佐、よく言ってくれました。ありがとう。それから、今後のことを考えて、サイボーグリザーブリストを増やします、今から発表します。第一順位は、神保はるみ少佐、第2順位が、進藤ルミ中佐、第三順位に大谷直樹少佐。ここまでは、繰り上げで順位が上がったサイボーグ改造手術被験者候補です。そして、新に第四順位に如月えりか中尉、第伍順位が、山田クリス少尉、第六順位に沢田美花中尉の3名を指名します。正規チームと緊急補充用バックアップチームに何かあったとき、緊急増員が必要なときには、速やかにサイボーグ改造手術を受けることになりますから、常に、火星探査・開発用サイボーグや惑星探査船操縦用サイボーグの行動を自分のこととして、バックアップ作業をしてください。もちろん、他の第2期ミッション用サイボーグ手術被験者もいつでも自分の番が来てもあわてないように心の準備をしておいてください」
  みんなが、
「わかりました」
  と答えた。
  長田部長が、
「それでは、各自、自分の持ち場に戻ってください。それから、高橋中佐は、処置室に移動してください。すぐに火星探査・開発用サイボーグへのサイボーグ改造手術が始まります。それでは解散してください」
  私たち3人が席を立ち火星標準環境室に向かった、その後をみさきと望がサポートヘルパーに運ばれてついてきた。そして、6人のリザーブメンバーも、今日から、訓練会にあるオペレーションルームに入ることになったのでついてきた。
「お姉ちゃん、私も、リザーブメンバーにされてしまった」
  えりかが、私に話しかけてきた。私は、
「えりかのサイボーグ手術が少しでも遅い方がよかったのに。ちょっと悲しい」
  そういうと、えりかは、
「私も、いつかは、改造された上で、ひょっとしたら、永久に地球に帰れなくなる可能性があるんだから、もう、とっくに覚悟を決めていたの。だから、お姉ちゃん心配しないで。私、お姉ちゃんのミッションの成功を待っている一人なの」
  そう言って私を元気づけてくれた。
  そうこうしている内に、私たちは、シミュレーターのある階に到着し、みさきと望を再び、シミュレーターに据え付けた。その時、みさきが、
「七海の分まで、私、頑張るね。ハルカも落ち込む暇なんてないからね。未来と一緒に最高のミッションにするよ。いいね」
  そう言った。
  私に首を横に振る理由などなかった。頑張るだけだ。
  未来には、辛い処置が待っていた。股間のデータ送受信コネクターに、ホストコンピューターからのデータ授受用ケーブルを接続され、七海が訓練で経験したことの全てのデータが送信された。双子の姉のデータを生で受信することの辛さは並大抵ではないだろう。でも、未来は、この仕打ちに耐えるしかないのだ。私たちは、どんなことをされようとも、耐えるしかない存在なのだ。
  未来のデータ受信処置が終了するのを待って、私と未来、そして、浩は、再び、火星標準環境室に戻り、何事もなかったように慣熟訓練を再開した。
  こうして、火星出発まであと100日という日が過ぎていった。


  0Y590D00H00M00S。
  火星標準環境室に高橋さんが到着した。胸の「MARS5 MIKI TAKAHASHI」の文字が誇らしげに見えた。
「私、ついに、火星標準環境室の住人になったわ。これから、先輩の皆さんよろしく」
  そう明るく言った。
「もう、身体に慣れた?」
  私の問いに、高橋さんは、
「ええ、充分に慣れたわ。みんなの経験したことをわずか20日で経験してきたの。密度の濃い、辛い手術と訓練であったけど、みんなとこうして同じ身体になって会えたのが嬉しい。改めて、よろしくね」
「こちらこそ、よろしく。さあ、慣熟訓練の再開よ、みんな頑張りましょう」
  私がみんなに声を掛け、再び訓練が始まった。
「高橋さん、私たちのここまでの訓練体験データは受信したの?」
  私の問いに高橋さんは、
「はい、受信しました。みんながどの様な訓練を積んで、どの様なデータを収集して、どの様な体験をしてきたかを全てデータで受け取っています。みんなと、早くなじめるように努力もします。みんなと一緒に訓練をさせてください」
  美紀が答えた。
  浩が、
「高橋さんは、今日に関しては、少し調整を考えての訓練でいいと思う。何故なら、僕らよりはるかに辛いスケジュールで火星探査・開発用サイボーグにされる手術を受けたんだからね。無理をすることはしないでくれよ」
「大丈夫」
  美紀がきっぱり言った。
  この日の訓練は、火星探査用バギーの操縦訓練を行った。そして、火星での人工眼球の使い方や人工聴覚の使い方、人工嗅覚の使い方といった、探査のデータ収集という大切な部分の訓練を行った。
  そして、レストパートを告げるチャイムが鳴ったため、居住エリアのメンテナンスチェアに戻った。
「高橋さん、私たちの半分以下のスピードで身体を機械に変えられるのは本当に辛かったでしょう」
「身体をいじるスピードが速いのは、あんまり辛くなかった。でも、厳しい状態があったことは確かだけれど…。でも、もっと辛いことは、七海の身体に使われた部品がほとんど再利用されていることなの。七海を思い出して、それが辛いわ」
  私の問いに高橋さんが答えた。高橋さんの身体の部品は、ほとんどが七海の身体に使用された機械部品であるのだ。
  確かに辛いことであるが、緊急事態で、ほとんどがオーダーメイドで造られる火星探査・開発用サイボーグ用の機械部品であり、新しいものを作ったのでは間に合わないということもあるのだが、私たち一人を造り出すのに使われるお金は、尋常な金額ではないため、コストを考えると機械部品や電子機器の再利用が理想的なのであった。ましてや、七海のサイボーグ体については、何も問題がないため、ほとんどの機械部品や電子機器が再利用可能であったのだ。
  私は、どういう言葉を掛けようか迷った末、
「高橋さん、あなたの身体が七海のものを再利用したということは、確かに辛いともとれるけれど、七海と一緒に高橋さんも私も浩も、そして、未来もミッションを行っているということでもあるのです。七海と一緒に7人でこのミッションを成功させましょう」
  未来も賛同した。
「美紀、はるかのいうとおりだよ。辛いと思わないで、七海がいつも側にいて私たちを励ましてくれるように見守っていてくれるんだと考えようよ。頑張ろう」
「ありがとう、未来。そう思って頑張るから」
  浩が、
「それでいいんだよ。さて、いくら機械の身体が疲労知らずとはいえ、生体部分のためにそろそろ、レストモードに切り替えよう」
  その言葉で4人がレストモードに自分たちの身体を切り替えた。


  0Y640D00H00M00S。
  私たちが火星に打ち上げられるまで、あと30日となった。
  私たちの訓練は七海を失って以後、何事もなかったかのように順調に消化された。そして、昨日の訓練で全てのプログラムを消化し、それは、火星へ旅立つ準備が完了した事を意味した。
  私たちは、この日は、火星環境標準室内の居住エリア標準モジュール内の火星探査・開発用サイボーグ専用メンテナンスチェアで待機を命じられていた。
  私たちの人工眼球内に本部の映像が映し出された。視覚もサイボーグになったときから自分ののではなくなっている。このように、自分の見たいものではなく、強制的な映像を見せられることもあるのだ。
  このときは、私たちに指示を与えるために木村局長が現れた。
「火星探査・開発用サイボーグのみんなおはようございます。皆さんのミッション開始まで、あと30日となりました。地球上の社会では、あと一ヶ月になったと表現する日数になりました。そろそろ、マスコミを通じてこのミッションの内容とあなた方の存在を発表するときが来たようです。このプロジェクトを国民の元に発表すると同時に火星の植民地化における我が国の既得権を世界に示す意味を持ちます。発表後から、あなた達は、第一次火星探査チームも緊急補充用バックアップチームも、そして、第二次探査以降のサイボーグ手術被験者も含め、程度の差こそあれ、注目される存在になってしまいます。記者発表を境にして、あなた達は、ヒーローとヒロインになるのです。覚悟していてください。
  そして、その前にあなた方の親兄弟恋人といった身近な人たちにあなた達のことをお知らせすると同時に保護しなければなりません。記者発表で間接的に知らせるよりも直接お知らせすることが最善と判断しました。そして、保護をするのは何故かといえば、あなた達の身近な人たちが他国のテロ行為にあう可能性があるからです。もし、交換条件にプロジェクトの内容を渡したとき、あなた達火星探査・開発用サイボーグや惑星探査宇宙船操縦用サイボーグが危険にさらされると国家の威信に傷が付くことになるからです。
  そのようなことを防ぐため、あなた方の大事な近親者は、この宇宙開発事業局周辺のコスモタウンで生活してもらうことになります。でも安心してください、皆さんの身近な方々の不自由のない暮らしは国家が責任を持って保証します。そして、希望があれば、記者発表前にあなた達との面会の時間も作ります」
  それは、事実として、火星植民地化プロジェクトミッションに直接的、間接的に関わっている人間を国家が完全に管理下に置くということだった。
  確かに、何不自由ない生活が保障される代わりに行動の制限や間接的、直接時な行動監視下に置かれることになるのである。私たちがこのミッションの主役として指名されてしまったために両親や恋人、兄弟、姉妹が待遇の良い囚人生活を送ることになるのであった。本当に申し訳ない気分になったし、今の私の怪物になってしまった姿やえりかの永久に脱ぐことのできない宇宙服に入れられた姿を見たら父や母はどう思うのかを考えると悲しい気持ちになってきた。みんなも同じ気持ちを持っているに違いないのだ。
  もちろんこのプロジェクトにかかわっている人たちも同様に思うことであろう。なにせ、このプロジェクトにかかわっている人間は全員が、永久に脱ぐことを許されない特殊な宇宙服を装着されているのだから、普通の人間とはまったく違う境遇にいるからである。
  木村局長が続けた。
「あなた方の身近な人たちのリストは、人工眼球下部にリストがあります。もし、追加したい場合は申告してください。もっとも、かなり多めのリストアップだから問題はないと思いますが」
  本当によく調査してある。私の場合、こんな人まで、行動規制をされるのかと言うほどであった。軍の調査部の資料だと思うが恐ろしいほどの調査力である。
  木村局長の言葉はさらに続く。
「それから、あなた達は、首相と面談を行う予定も入っていますし、記者会見の予定も入っています。火星に出発する日まで、国家の広告塔としての役割も果たしてもらいますから覚悟していてください」
  私たちは、火星に向けて出発するまで、さらし者としての役割も追加されるようだった。もっとも、帰還後も、さらし者として生き続ける役割を私と未来、みさきは背負っているはずであった。
  人工眼球から、木村局長の姿が消えて、通常の視覚に戻った。
  待機命令がとけ、居住エリアのメンテナンスチェアの拘束が解かれたが、私たちは、引き続き、身体のチェックに入った。久しぶりに、火星探査・開発用サイボーグとしての身体が、正常に機能しているのか、生体部分に異常がないかが、入念にチェックされていった。長い時間をかけたサイボー体のチェックが終わった。
  そして、私たちは、居住エリアの外に出るように命令を受けた。
  私たちが、居住エリアを出ると、そこには、みさきと望が待っていた。惑星探査宇宙船シミュレーターから取り外され、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に据え付けられ、火星標準環境室に移動させられてきていた。
「みんな久しぶり。火星着陸訓練以来だね。私と望も順調に訓練をこなして、もう、惑星探査宇宙船の操縦は完璧だよ。いつ出発しても大丈夫だよ」
  みさきが自信を持って話した。
「ずいぶんな自信だね。期待しているよ。必ず、ミッションを成功させて見せようね」
  私が答える。
  再び、木村局長が私たちの視覚を占領する。
「今日は、首相が、火星植民地化プロジェクトの進行状況の視察に見えるわ。火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの完成品をはじめてみることになるの。あなた達の力を存分に見せてあげてください。その為に、会見室にこれから移動してもらいます。サイボーグ搬送用カプセルに各自乗り込んでください。美々津少佐と橋場少佐のサイボーグ搬送用カプセルへの積み込みを先におこなってあげてください」


  0Y640D3H30M00S。
  地球時間で11時30分に首相が宇宙開発事業局の正面玄関に到着した。木村局長の出迎えを受け専用車を降りた。
  この国の現在の首相の名前は、澤田瑞穂。この国初の女性首相になったのが、5年前の事である。そして、彼女の持論であった領土を宇宙に向け拡大することが、人類にとっての種の存続に向けての最大のキーポイントであるという事であった。もちろんその政治手腕やキャラクターもあるが、火星植民地化計画を政策として国民から圧倒的な支持を受け若くして首相になると同時に、この火星植民地化プロジェクトの開始を密かに命令していたのである。彼女は、総選挙のタイミングを計り、このプロジェクトを公表することを狙っていた。
  支持率からしても今度の総選挙では勝てるという調査が出ていたが、その事実を盤石にするためにも、火星に人類を住まわせるというイベントの開始日の後に選挙を実施する予定でプロジェクトのタイムスケジュールを進行させていた。彼女にとって3期目の再選のカードである火星植民地化計画の大事な駒が死亡したという知らせは、自分の計画にないものであった。タイムスケジュールの延期を進言する者もいたが、選挙スケジュールと合わせているため、スケジュールの変更を許可しなかったという経緯があった。その為、今回の訪問が実現できたということイコール、計画が順調にいっていることである為、彼女自身、内心安堵していたのである。
  木村局長は、澤田瑞穂をサイボーグとの会見室に案内しながら、施設の全容を案内した。
「私は、宇宙開発事業局に何度も来ているけど、火星植民地化プロジェクトの施設を初めて見せてもらいました。一度見ておかなければと思っていたのですが、外交や内政で就任以来難しい局面が展開していたものですから時間がとれなくて。報告は全て聴いていますが、木村局長に任せっきりにしていて、申し訳ないことをしてしまいました。でも、プロジェクトが順調にきたのも、木村局長を初めとするスタッフのがんばりと聞いています。感謝しています」
  澤田の言葉に木村局長は、
「ありがとうございます。宇宙開発事業局を代表してお礼を申します」
「他人行儀な言葉はここまで。玲子と私の仲じゃないの。ここには、側近の秘書以外は、中に入っていないもの、プライベート感覚にさせてもらうから、玲子もそのつもりでしゃべって。もちろん、サイボーグたちも気楽にしゃべってもらうように伝えてね。あの怪物たちが、今回の最大の重要な荷物であり、私にとっての政権維持の大事なカードなんだから、あの人間とはかけ離れた姿の人間も私の重要な仲間ということにしたいの」
「瑞穂の考えはわかったわ。でも、あくまでも、火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの前では、彼らを好奇の目で見ないでね。それから、私も含めて、この施設内にいるスタッフも永遠に脱ぐことの出来ない宇宙服を身体に取り付けられている、ある意味ではサイボーグだから、特別な目で見ることはしないでね」
「わかっているわ、玲子」
「だって、瑞穂は、昔から、自分のカードだと思うとその役割としての価値手しか見ない癖があるから、念を押したのよ。何年のつき合いだと思っているの。性格はお見通しだからね」
  木村局長と澤田首相は、中学時代からのつき合いであり、大学も専攻こそ違ったが、この国の最高学府に一緒に通っているほどのつき合いであり、政治の道と宇宙科学を通じて軍の道にと方向は違ったが、ずっと友情を温め続けた仲なのである。今回のプロジェクトの責任者に木村局長を据えたのも、澤田にとって、一番任せて安心な相手が、都合よく、宇宙科学の権威に有人の木村玲子がいたことで、迷わず彼女を局長にしたという経緯があった。そして、プロジェクトのリーダーである長田静香部長は、彼女たちのやはり中学時代からの後輩であり、信頼の厚い人物だったのであった。
 このプロジェクト実施に当たって、澤田瑞穂は、自分の信頼の置けるスタッフを中心に据えたのであった。
「ところで、望月七海少佐が死亡した事による影響は本当に大丈夫なの?」
「瑞穂、それに関しては、大丈夫よ。彼女たちは、望月七海の死を乗り越えているわ」
「火星探査・開発用サイボーグの他の個体に同じエラーが起きるということはないの?」
  澤田瑞穂の質問に、木村局長は冷静にいった。
「大丈夫よ。彼女の死の直後にあのエラーは、彼女特有の症状であったことがわかっています。
精神的ストレスに弱いタイプの生体脳だったの。今後のサイボーグかでは、脳のデータ取得を事前に行い、望月七海と同じタイプの生体脳を持つ個体に関しては、ストレスを和らげるような処置と精神的環境を制御するシステムも確立しています。今後はあのような事故は起こらないような対処をしてあるわ」
「そうなの。安心したわ。今後は、改良型の火星永住型サイボーグの生産も開始されるし、私たちだって、火星へ為政者として移住するスキームも計画中なのよ。火星の環境は、人間にとって受け入れることが難しいことが多いし、永遠の為政者として君臨するには、自分たちの身体をサイボーグ化することも考える必要があるのよ。私たちがサイボーグになった場合は、絶対に私たちの身に危険があってはならなのよ。それから如月はるか大佐と望月未来中佐は、私たちの大事なパートナーよ。火星に為政者としてはいるときの大事な腹心なのよ。だから、彼女たちを危険にさらしてはならないの」
「瑞穂、解っているわ。彼女たちには、望月七海中佐のようなトラブルは起こらないという調査データが医療部から上がっています。必ず無事にミッションを成功させて帰還できるわ。帰還後のバージョンアップ手術のための機械機材、電子部品もオーダーしてあるもの、失敗させるようなことは、全力で防ぐわ。それから、基礎的なシステムは、私も含めて、ここのスタッフがラバーフィットスーツを装着されて実験しているから、信頼性も実証済みよ」
「玲子、やっぱりさすがだわ。そこまで危険管理を出来る人材は、私の人生の仲で会った人間で、玲子だけだった。信頼しています。この計画が、我が国の国民を火星で現在の指導体制で新しくて無限の可能性を持つ土地で長期的に政権を維持することに必要なことだからね。本当によろしく」
「瑞穂の発想って相変わらず凄いものがあるわ。普通の人間じゃそこまで考えられないもの」
「玲子、お褒めいただきありがとう。ところで、如月姉妹のリーダーシップはどうなの」
「やっぱり素晴らしいわ。さすがに誰かさんと同じ血脈を持つ人間ね。この計画になくてはならない存在よ。それに、機械との協調性も抜群だわ。まさにサイボーグになるために生まれてきた姉妹だわ」「如月はるか大佐に会うのが楽しみよ」
「そろそろ時間だわ、会見室に火星探査・開発用サイボーグの4人と惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの2人が運ばれてくるころよ。私たちも会見室に行きましょう。案内するわ」
  そう言って、木村局長は、澤田首相を会見室に案内した。


  そのころ、私たちは、みさきと望を彼女たち専用のサイボーグ搬送用カプセルに惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に据え付けたまま移動させ、所定の位置に据え付け固定した。そして、私たちがそれぞれのサイボーグ搬送用カプセルに入った。
  サイボーグ搬送用カプセルは、思ったよりも小さく。私たちは身を丸めるような格好で押し込まれた形になっていた。ただ、今の私たちの身体は、どの様な格好をしようと辛いということはなかった。
  私たちがサイボーグ搬送用カプセルに入ると自動的にハッチが閉まった。そして、サポートヘルパーによって今日の目的地である会見室に運ばれていった。
  途中で、宇宙開発事業局の火星植民プロジェクトのラバーフィットスーツを装着されたメンバーとすれ違った。みんなの視線が集中するように思えて恥ずかしさを覚えた。本当にこのサイボーグ搬送用カプセルで、外を移動するようになったら、一般人の奇異の目が刺さるようになるのであろう。本当に見せ物の怪物になってしまうのだろうと思った。
  程なくして、会見室に到着した。会見室でも、私たちは、サイボーグ搬送用カプセルを会見のために作られたカプセルに接続され、ハッチが開き、会見用カプセルに移動した。惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのみさきと望をサイボーグ搬送用カプセルから、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車ごと取り出して、会見用カプセルの彼女たちの所定の位置に固定した。そして、私たちも、定められた会見用チェアに身体を固定した。
  そして、会見用カプセルの外側のブリーフィングチェアを見ると木村局長と澤田首相が座っていた。ちょうど昼食の時間のため、澤田首相のブリーフィングチェアにだけ食事がのっていた。
  木村局長と澤田首相の会話が、コミュニケーションサポートシステムを通じて聞こえてきた。
「玲子、いつ来ても、ここの食事はまずいわね」
「しょうがないでしょ。私たちこの施設の人間は、口から栄養を摂ることをしていないのよ、食事なんて必要ないからね。味がうまいとかまずいなんていう人間としての感覚を無くしてから随分経つのよ。そんなわがままを言わないでよ。サイボーグ手術被験候補者たちやラバーフィットスーツ装着前の職員は、この食事でも、みんなおいしいといって食べてくれているの」
「そりゃ、最後の晩餐なんだから、どんな食事でも思い出深く食べるからおいしいに決まっているわよ。それにしても、今度はもう少しまともなものを食べさせてあげなさいよ」
  また、瑞穂さんわがままを言っている。首相となっても飾らないあの性格が私は好きなんだけれど・・・。
  澤田首相が、私たちが、会見用カプセルに入ったのに気がついた。
「火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのみんなが入ってきたわね。皆さん、素晴らしい身体を与えられて、使い心地はどうかしら。もう完全にサイボーグの身体に慣れたという報告を受けていますが」
「ハイ、みんな、トレーニングの結果、自分の身体の能力を十二分に発揮できるようになりました。最初は、生身の身体と機械の身体の性能の違いに戸惑いましたが、今は完璧になれることが出来ました」
「今の声は、はるかね。よく頑張ってくれたわね。必ずミッションを成功させてね」
  澤田首相が私に声を掛けた。彼女は、実をいえば、私とえりかとは年は離れているが、従姉妹になるのである。このプロジェクトに参加させられることになったからには、彼女のためにも頑張る必要があるのだった。
「美々津少佐と橋場少佐は、人間とは少し違う身体になりながらもその仕打ちによく耐えてくれました。あなた方の重要な任務に取り組む姿勢、本当に感謝しています。渥美大佐と高橋中佐は、緊急補充用バックアップメンバーとしてよく耐えてくれました。今後も、順調にプロジェクトが進めば、地球上の訓練施設の狭いところに閉じこめられて生きていかなければならない立場にいるのに、その処遇を理解してくれていて感謝しています。望月未来中佐は、お姉さんの悲劇を乗り越えてよく頑張ってくれていますね。感謝しています」
  澤田首相は、サイボーグの私たち全員に声を掛けた。そして、
「私は、皆さんの今回の任務が成功して、再び、地球に帰還して、私に出迎えさせてください。あなた方を二度と元の状態に出来ないような改造手術をした責任は私が負います。あなた方の将来の全てを私たち国家が責任を持って面倒を見ます。このミッションでの皆さんの活躍に期待と心からの敬意を表します」
  澤田首相は、こう言い残すと、次のスケジュールのため、席を離れ、会見室を出て行った。
  私たちは、再び、サイボーグ搬送用カプセルに乗せられて、火星標準環境室に戻された。そして、居住エリアのそれぞれの火星探査・開発用サイボーグ用メンテナンスチェアに戻った。みさきと望も、この居住エリア内にある惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ据え付け用設備に据え付けられた。そして、このままの状態で、この日は、待機を指示されたのであった。
  木村局長の映像が、私たちの人工眼球に移る景色を占拠した。
「今日はお疲れ様でした。澤田首相も皆さんが順調に仕上がっているのを見て、大変満足して変えられました。明日は、皆さんの肉親や恋人に対し、あなた方の任務と置かれた状況を説明することになっています。その後、希望者に対しては、面会を行います。久方ぶりに親しい人に会うことが出来ると思います。ただし、スケジュールから言って、これが最初で最後の面会になると思ってください。それでは今日はゆっくり休息をとってください」
  そう言うと、木村局長の映像が消えた。
  私たちは、レストパートの始まりと同時にモードをレストモードに切り替え、休息に入っていった。
  火星で必要とする訓練などのハードで厳しい訓練を受けるより、生身の人たちの前に自分たちの姿を晒すことの方がどんなに辛いことかを今日から嫌と言うほど味わうことになるのだろう。限られたメンバーとしか会話することを許されずにこの任務に配属されてからずっと来たために、他の人と会話をすることに再び慣れることは、かなりの苦労を要する作業になりそうであった。
  それに、生身の身体を身近で見ることは、私たちのように機械の身体であるサイボーグ体になったものにとってものすごく辛いことであった。自分の置かれた境遇に対しての恨みや後悔の念はなくなっているし、任務のためにこの身体になったことの誇りすら感じているが、生身の身体を見ることの何とも言えない辛さというものは消えないものだった。明日は、特に親しい人との会話をしなくてはならないというのは、私たちも相手も特別な感傷の上での会話になるものと思われた。明日はどんな気分でいるのかを思いながら、意識が消えていった。


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  レストモードから強制的にアクティブモードに意識と身体組織が切り替わった。もう慣れたが、機械によって意識が完全に支配されているのが今の私たちなのだ。起きるときのまどろみといった曖昧な意識レベルを持つことはもう私たちには出来ないことの一つであった。機械に支配されたことを実感する瞬間である。
  木村局長が、私たちの視界に再度現れる。
「今日は、昨日お話ししたとおり、皆さんの親しい人に、このプロジェクトについて、そして、あなた方の身体のこと、このプロジェクトが極秘で進められたのかをお話しして、コスモタウンに移住してもらう作業を一日で完了します。そして、あなた達に面会したい人たちに対し、昨日首相と話をした会見室で対面してもらいます。それまで、あなた達は待機をしていてください」
  私たちは、メンテナンスチェアに縛り付けられたまま、みさきと望は、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ据え付け用設備に据え付けられたままの時間が過ぎていった。

  何時間が過ぎたのだろうか?アイドルモードで過ごす時間を突如中断され、アクティブモードに切り替えられたときに、人工眼球内の時刻表示が5時間の時間が過ぎていた。
  木村局長の映像が入ってきた。
「みんなにそれぞれの面会があります。サイボーグ搬送用カプセルに移動してください」
  私たちは、指示されるままに、まず、みさきと望を惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ据え付け用設備から取り外して惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に据え付けてサイボーグ搬送用カプセルに移動させ、私たちも、サイボーグ搬送用カプセルに移動した。ハッチが閉まって、昨日も入った会見室に運ばれた。そして、会見用カプセルの所定の会見用チェアに入った。みさきと望も所定の位置にセットした。
  しばらくすると私の横にえりかもやってきた。そして、カプセルの向こう側に何人かの人間が入ってきた。そして、まりなさんが、会見の細かいルールを説明していた。この会見は、一人が10分以内にとどめること、集団会見のみで、個人同士の会見は行わないことなどを説明していた。
  会見希望者は、浩の婚約者、未来の両親と恋人、私とえりかの両親、私の婚約者、高橋美紀の両親と弟、みさきの妹と両親、そして、恋人、望の姉さんと両親が来ていた。
  それぞれが、コミュニケーションサポートシステムの個別回線を使い個々の関係者とのみ会話を交わすようにセッティングされた。
  私とえりかは、父や母、それに私の婚約者と言葉を交わすことが出来た。
  母は、
「はるかも、えりかも任務中に行方不明になったと聞かされて、気が狂うほどだったんだよ。でも、会えてよかった」
  といって泣き崩れた。
「私のこと聴いたと思うけど、こんな火星で生きるために都合がいい機械の身体になっちゃったし、
えりかもいずれは、このような身体になってしまうの。それに、えりかは今の状況でさえ、二度と脱ぐことの出来ない宇宙服を着せられているから、普通の生活にふたりとも戻ることが出来ないの、ごめんなさい」
「お姉ちゃんの言うとおり、お姉ちゃんは地球に帰還することを条件とした任務に最初に就くけれど、私は、火星から帰ってくることを前提にしていない任務に就くことになるの。それに、私も、今の状態でさえ、ラバーフィットスーツという宇宙服をもし脱いだとしたら、皮膚が温度調節もすることが出来ないし、太陽光に対しても、脆弱な状態になってしまうの。今、装着されているラバーフィットスーツが、私の皮膚になっているの。脱ぎたくても脱ぐことも出来ないし、脱いだとしたら、私は危険な状態になってしまうの。お父さん、お母さん、私の立場を解ってください。そして、ごめんなさい」
「木村局長からこの計画の全貌とはるかのの立場、そして、はるかの身体に施されたサイボーグ手術というものの全容を伺っている。それから、えりかの身体に今現在どのような処置が施されていて、今後、はるかと同じような手術が施されること、そして、はるかとえりかが、生涯サイボーグという後天的に与えられた身体で活動し続けなければならないのかも聞いているよ。でも、もう二人とも死んだと思っていたのだから、たとえ姿が変わっても生きているということは嬉しいことだと思っている。それに、二人の行動は、ニュースなどで見ることができるし、必要があれば、会話をすることも可能だと聞いている。死んでしまって、会うことも話すこともできないというよりはどんなにか良いと思っている。私も、母さんも二人の活躍を楽しみにしているから」
  父の言葉に母が、涙をこらえて、
「私も、納得しているのよ。二人とも任務がうまくいくように頑張ってね。コスモタウンにいるんだから、二人が私たちの声を聞きたくなったら、いつでも宇宙開発事業局に行けるから」
  えりかが、
「ありがとう、お父さん、お母さん」
  そう言った。私も、
「ありがとう。火星に人間の改訂増強版だけど、人類として、初めて降り立つ光栄を手にしているんだから頑張るね。私もえりかも自分本来の声帯や目がないから泣くことも悲しいという意志も表現しにくいけど、悲しいんだからね。でも、頑張るから、見ててね」
「わかった。恵一君、君もはるかをずーと一緒に探してくれていたんだよね。何か声をかけてやらないか?」
  父が答えた。そして、私の婚約者であった木下恵一がしゃべり出した。
「はるか、探していたよ。君が行方不明になったと聞いて、ショックだった。だから、こうしてあえて嬉しい。俺も、今は、研究者として何とか頑張っているよ。君がいなくなってショックだったから、少しでも君のことを知りたいと思って宇宙開発事業局の仕事に就こうと考えて、今度の春から、コスモタウンに住むことになったんだ。こんな形であえて嬉しいよ。君は火星にいってしまったあとになるけど、この場所で俺も待っているよ。」
  私は、恵一がそこまで思っていてくれたことを知り、今更だけれど、自分の運命を呪った。
「恵一、ありがとう。火星に行ってくるね。恵一の研究に必要なデータもたくさん持って帰るから」
「ああ、俺は、君とえりかちゃんの分まで、お父さんとお母さんの世話を受け持つから」
「ありがとう。恵一さん」
  えりかがそう言った。
  そして、時間が来て、面会者は、会見室を出て行った。
  残された私たちサイボーグたちは、一様に複雑な想いを胸に、火星標準環境室の居住エリアに運び返されていった。


  居住エリアに着くと、浩が、口を開いた。
「ミチルが、俺と一緒の身体になりたいと言い出して、今度の第三次メンバーに応募したそうなんだ。俺を思う気持ちは嬉しいけど、自分と同じ身体にしたくないんだ。脳以外がすべてに近いほど機械にされたこの身体にミチルがなるかと思うと何ともいえない気持ちだ。一緒に入れる可能性が出てきたことは嬉しいけど、本当に何ともいえないよ」
  結城ミチルは、浩や私たちの同期生で、空軍士官学校の時に浩と出会い、婚約をしたのだ。はじめは、浩は、自分が特殊任務に就く可能性があるため、婚約に踏み切れなかったのだが、空軍の同じ部隊に配属されたことで、二人の心の火が燃え上がり、婚約を決意したのである。
  まさか、男としての機能もない機械中心の身体にされるような任務とまではそのころは築かなかったから仕方ないのだが、自分の最愛の婚約者と肉体で愛し合うことができない身体になったことに、ラバーフィットスーツを装着された当初、浩の心に葛藤があったことは聞いていたが、ミチルが、浩が行方不明になったと知らされてもなお、一途に待ち続けていたとは浩にとってもショックだっただろうし、浩のことを聞いて、えりか同様に、自分の身体を機械の身体にしてまで、添い遂げたいという意志は凄いものがあった。
  彼女の身体能力なら、第三次メンバーに必ずなれるに違いなかった。
「ミチルと火星でカップルになるのも良いと思うよ。私たちは、人間としての心は失っていないのだから、心の結びつきで、添い遂げるなんてすてきよ」
  私がそう言うと、浩は、
「そう思って割り切っているんだが、男として、心だけの結びつきということが良いのかどうかがわからないという気持ちもあるんだ。でも、火星で初のカップルを目指しても良いかもしれないな」
  そう言って自分を勇気づける浩がけなげに思えた。そして、つぶやくように、
「男性器の無くなってしまった男なんて、やっぱり男じゃないんだよな。ラバーフィットスーツを装着されたときからこのジレンマがあったんだ」
  みさきが口を開いた。
「でも、浩は、人間の姿をしているからまだいいと思う私と望は、もっと深刻だよ。完全にアンドロイドの機械人形みたいな身体になった上に、手脚がなくて、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に据え付けられているんだよ。家族も恋人も、この姿を見て、変わり方の凄さに言葉を失っていたよ。そして、恋人には、もう、俺と一緒に歩くことも手をつなぐことも出来ないんだと言いながら、泣かれたの。任務から帰るまで待っていると言われたけど、任務から帰ったら、いきなり完全介護を受けなくちゃならない人工身体障害者になっちゃうんだから、どうしょうもないよね」
  望が言った。
「両親が、任務が終わったら、元の身体に戻れるのかって聴かれて、言葉に詰まったの。あの顔を見たら、このままの状態で、地球では、生命を維持して、人間的に機能できるとしたら、サポートヘルパーに24時間世話をしてもらわなくちゃいけないなんて言えなかったよ。でも、栄養液や呼吸液のカートリッジ交換、老廃物カートリッジの交換、機械体部分の維持のためのエネルギー補充、その他諸々のサポートを受けないと私は地球上では生きられないことを教えてあげなくてはいけなくて、それを話したら、みんなに泣かれちゃったし、姉さんには、彼女がサポートヘルパーの代わりになると言われちゃった。嬉しかったけど、こんな姿のままで、家族と暮らしたくないとも思っちゃった」
  高橋さんが、
「本当に、覚悟はしていたけれど、家族でさえ、見る目が違ってしまうのが辛かった。みんな、やっぱり好奇心と恐怖心で腫れ物のように見ていた部分も感じたの。家族でさえ、そうだから、一般の人に私たちの姿を公開されたら、きっともっと凄い奇異の目で見続けられるんだろうね。動物園の動物の気分を味わうんだろうね」
  みんなが、沈んだ会話になってくるのが分かった。私は何とかしなくてはいけないと思った。
「私たちは、それでも、火星へ行くため、そして、そのサポートのため、覚悟を決めて任務に就いたんだから、この位の悲しみは乗り越えていかないといけないのよ。辛いのはここにいるメンバー全てが一緒なの。この悲しみを乗り越えて、任務を成功させよう。いいわね。私たちは、前に進むしかないのよ」
  みんなが思い直したように意を強くしたように思えた。みんなに新たな決意が生まれたように感じた。こうして、サイボーグとして最初で最後の家族との対面が終わった。家族や縁者もコスモタウンで制限された生活を送らなければならないことを考えるとなおさら、頑張ってスーパーヒロインにならないといけないと思ったのだった。


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  私たちの存在を全世界に知らせるときがとうとうやってきた。
  この日は、私たちの火星標準環境室での訓練風景や、みさきのシミュレーターでの訓練シーンが映像として撮られた。そして、このVTRが全世界に配信された。このVTRは、全世界に反響を呼ぶと同時に全人類の地球以外の惑星の植民地化に対する期待と希望をふくらませることになった。そして、全人類の期待が、私たちに集まった。私たちは、火星への出発までは、スーパーヒロインとヒーローになったのである。
  月の衛星軌道で組み立てられていた惑星探査宇宙船の映像が共に公開され、私たちが機材と共に月面の基地に移動されて、惑星探査宇宙船に積み込まれるまで、全世界の注目を宇宙船と共に一身に集めることになる。極秘の計画だったため、惑星探査宇宙船の組み立ても、月の裏側で
組み立てられていたのである。他国の目に触れないように建造されてきたのである。ものすごく用心深く計画が遂行されてきたのであった。
  そして、火星への出発日の日程が同時に発表された。
  マスコミの取材依頼が、首相はもとより、家族に殺到することになった。何故なら、宇宙開発事業局の関係者は、取材に一切応じることが出来ない場所にいるし、私たちサイボーグは、極秘の場所であるこの施設で暮らしているため、人目に触れようがないからであった。
  私たちの会見は、惑星探査宇宙船に積み込まれるために月面基地に移動する直前になると言うことであった。
  澤田は、火星植民地化計画の発表と同時に絶大な支持率を得ることとなった。人間を火星に適応させるため、宇宙船を確実に操縦するためと言う目的で、生身の人間に手を加えるという行為に対して、批判があったことも事実である。しかし、澤田は、この計画で、人間を修正することは、火星自体を修正することよりもはるかに効率よく、火星を人類のものにする道なのであるとアナウンスすることにより、修正増強版の人類の存在と火星での活動とを世論に認めさせることに成功したのであった。
  澤田は予定通り、火星にサイボーグが出発した直後に議会を解散し、総選挙により、自分の地位を完全に確保するという青写真が、完成しようとしていたのである。
  澤田は、公邸でニュースを確認しながら呟いた。
「これで、今度の選挙も私が首相としての地位を維持できることになりそうね。そして、火星植民地計画区を不動のものにして、火星植民時の総統に私が収まれることになりそうね。次期の首相後継者も決めているし、機械の身体になることは、少し怖さがあるけれど、普通の人間や、普通のサイボーグよりも優位な支配階級として、火星に乗り込む計画が、遂行できそうだわ。地球上の複雑な各国の利権争いによって、全面戦争が20年以内に起こると予想されているから、その前に、私は、火星で新たな政権を確立することを我が国の存続の鍵として、遂行できるわね」
  澤田は、自分たち支配層が、火星に植民し、第二の祖国を火星で建国し、地球上の破滅的な戦争に対応しようとしていたのだ。その際に、自分たちの支配を長く維持していくため、支配者が自ら火星生活適応型サイボーグに改造されて、寿命の延長と絶対的な優位を築いて行くことが計画されていたのであった。そして、その計画の中心にいるのが、澤田であった。
  そして、政権与党だけでなく、現在の野党もこの計画を密かに指示しているのであった。
  澤田はさらに呟いた。
「この計画は、火星に移住するという平和的な人間のサイボーグ実験じゃないことはまだ誰も気づいていないわね。」
  そのことは、火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの手術と生存実験の成功は、ロボット兵士ではとうてい対応できない戦闘への対応を人間の脳だからこそ出来、しかも、生身の人間よりもはるかに強い兵士としてのサイボーグ兵士実用化のめどもついたと言うことであった。
  どんな環境でも生存でき、人間としての対応が出来る機械体兵士が誕生することになるのである。そのことは、核兵器を最初に持った20世紀のアメリカ合衆国と同じくらいのアドバンテージを他国に対し持つことが出来るのであった。
  しかし、この時は、このような野望が澤田を初めとする政権与党にあることは、火星探査・開発用サイボーグや惑星探査宇宙船操縦用サイボーグたちやサイボーグ手術ドナー候補、そして、宇宙開発事業局のスタッフも知らないことであった。
  水面下で極秘中の極秘事項として、計画が深く静かに進行していたのであった。


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  あと15日で惑星探査宇宙船に乗り込んで火星に向けて出発となった。
  今日、私たちは、宇宙開発事業局から月面基地連絡船打ち上げ基地に移動する日が来たのである。
  私たちの人工眼球に木村局長が映し出された。
「皆さん、とうとう、地球を出発するときが来ました。あなた方を首都沖合150㎞に創られた人工島の秘密打ち上げ基地に移動してもらいます。久しぶりの施設以外の地球の風景を充分に味わってもらいます。第1次火星探査チームのサイボーグのメンバーにとって、最後の地球の景色となるのです。緊急補充用バックアップチームのサイボーグのメンバーも正規チームの3名が、惑星探査宇宙船に乗り込むまで、行動を共にしてもらいます。そして、月面基地で、第1次火星探査正規チームのサイボーグのメンバーの出発を見送った後、この施設に戻り、正規チームと同じ生活をこのシミュレーション施設で生活を送ってもらい、データ収集用被験体になってもらいます。緊急補充用バックアップチームの役割も事前に火星にいるメンバーに起こるかもしれない故障のデータを把握できる為、非常に重要な任務になります。それでは、サイボーグ搬送用カプセルの中に入ってください。搬送を開始します」
  私たちは、言われるままに、まず、みさきと望の栄養液や呼吸液のカートリッジ交換、老廃物カートリッジの交換、機械体部分の維持のためのエネルギー補充を行ってから惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に据え付け、移動させる状態にしたあと、彼女たちをサイボーグ搬送用カプセルのなかに惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車ごと固定した。
  そして、私たち4人の火星探査・開発用サイボーグがサイボーグ搬送用カプセルの中に入り、長距離移動用固定装置によってかがみ込むような形で固定された。そして、サイボーグ搬送用カプセルのハッチが閉まり、私と未来とみさきの約6年に及ぶ旅行が始まったのである。
  私たちが一人ずつ入ったサイボーグ搬送用カプセルが、宇宙開発事業局の地下出入り口から、サイボーグ搬送用カプセル搭載用特別輸送車に積み込まれた。私たちは、月面基地連絡宇宙船打ち上げ基地のある首都沖合100㎞に浮かぶ人工島に向けて出発したのだ。
  宇宙開発事業局のスタッフや、はるみ、ルミ、直樹、えりか、クリス、美花を始め、サイボーグ手術のドナー候補者の全てが、見送りに来ていた。私たちを見送るために集まってくれたのであった。私や、未来、みさきはもちろんだが、浩や高橋さん、望も基本的にシミュレーターや火星環境標準室で本番さながらに生活させられるために、私たちの期間までは、直接会うことは不可能となるのであった。だから、みんなは、6人のサイボーグ全てと再び会える6年後までの別れを惜しんでくれているのであった。
  もっとも、私たちが帰還するまでの間に第2次火星探査チームが打ち上げられるので、そのメンバーとは、火星で会えることになるのである。順調なら、火星で会えるのは、はるみとルミと直樹であるはずであった。
  私のサイボーグ搬送用カプセルに向かってえりかが声を掛けた。
「お姉ちゃん行ってらっしゃい。健闘を祈っています。お姉ちゃんが帰ってくるときには、私も火星探査・開発用サイボーグになって訓練を受けていると思う。私も頑張るから、私の火星探査・開発用サイボーグとして頑張る姿を見れるように無事に帰ってきてね」
「えりか、ありがとう。えりかの人間としての顔を見られるのはこれが最後と言うことだね。しっかりと人工眼球に記憶させておくからね。きっと帰ってくるから、あなたの火星探査・開発用サイボーグ姿を見せてちょうだいね」
  そう言っているうちに、私たちの固定されて動けない姿が入ったサイボーグ搬送用カプセルを乗せたサイボーグ搬送用カプセル搭載用特別輸送車が出発した。みんなが私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
  私たちは、このプロジェクトのために作られた地下通路を通り、地下にある、海中潜水艦型サイボーグ搬送用カプセル搭載用特別輸送船の秘密港湾基地へと運ばれていった。 ここで、私たちサイボーグアストロノーツの6人が入れられたサイボーグ搬送用カプセルは、サイボーグ搬送用カプセル搭載用特別輸送車から、海中潜水艦型サイボーグ搬送用カプセル搭載用特別輸送船に移し替えられ、月面基地連絡宇宙船打ち上げ基地のある首都沖合100㎞に浮かぶ人工島に運ばれていった。
  この月面基地連絡船打ち上げ基地で、地下ロケット打ち上げサイロに係留中の月面基地連絡宇宙船にサイボーグ搬送用カプセルごと私たちは、積み替えられ月面基地連絡宇宙船に積み荷として固定され、打ち上げを待った。月面基地に送られる第一次火星探査の機材としては、最後の荷物が私たちだったのだった。月面基地では、私たちの積み込みを待っていたのである。
  特にみさきを据え付けないことには、惑星探査宇宙船が機能しないのである。惑星探査宇宙船の完成は、みさきの月面基地到着待ちと言った状態なのであった。


  0Y645D17H00M00S。
  地球時間では、深夜の午前1時を回ったところであった。
  夜陰に紛れて、月面基地連絡宇宙船は打ち上げられた。月面基地連絡宇宙船が地下サイロから発射していき、地球を離れていった。私たちサイボーグアストロノーツは、地球を離れていったのであった。
  ラバーフィットスーツを装着された宇宙開発事業局のアストロノーツが、地球周回軌道上に達したとき、私たちのサイボーグ搬送用カプセルのチェックにやってきた。彼らは、見たことのない、薄いグレーのラバーフィットスーツが全身を覆っていた。初めて、通常型アストロノーツのラバーフィットスーツを目にすることが出来た。
「こんばんわ。如月大佐、少し窮屈だと思いますが、月面基地まで、少し辛抱してください。私は、月面基地連絡宇宙船乗組員の田中美晴といいます。空軍大尉で、宇宙開発事業局へアストロノーツとしての任務を命令されて配属されています。火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの6体のサイボーグの皆さんの月面までの3日間の管理を任されています。何かあったら、何でもおっしゃってください」
「田中大尉、ありがとう。私より、美々津少佐と橋場少佐の生命維持のためのケアをしてあげてください」
「大丈夫です。如月大佐。美々津少佐と橋場少佐をお乗せするために、この月面基地連絡宇宙船には、簡易型の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用生命維持管理装置が搭載されています。そして、お二人のサイボーグ搬送用カプセルと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に付いている惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ生命維持システムと連結されていますので、地球上のように栄養液や呼吸液のカートリッジ交換、老廃物カートリッジの交換、機械体部分の維持のためのエネルギー補充のサポート作業をしなくても、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグを数日間の間、生命維持させることが可能になっています。ですから、美々津少佐も橋場少佐も快適に月まで、移動してもらうことができるのです」
  私たちにとっての快適という概念は何なのだろうか?そう強く思ってしまう。人間だったら、とうてい長時間耐えることのできない格好でサイボーグ搬送用カプセルの中に固定された囚人護送状態でも、何の苦痛もなく耐えることができる身体のシステムを持った身体に作り替えられた上に積み荷として月まで搬送されるなんて、とても、ヒロインやヒーローじゃないなと思ってしまう。
  田中大尉が、話しかけてきた。
「如月大佐たちは、サイボーグという身体をどうお感じになっているのでしょうか?私たちアストロノーツ仲間では、うらやましく思っているんですよ」
  私は、その言葉を不思議に思って聞き返した。
「田中大尉。どうしてなの?こんな身体のほとんどすべてを機械の部品や電子機器に置き換えられてしまっているサイボーグという存在が、うらやましい訳ははないと思うんだけど」
「如月大佐、おっしゃることは、その通りだと思います。アストロノーツでも、従来型の生身の人間のままの状態で、宇宙服を着て活動している人の中には、身体の大部分を機械の部品や電子機器に置き換えられることを拒絶する人がほんの少しいることも確かです。
  でも、多くの従来型のアストロノーツは、自分たちの職業に対する意識の中で、宇宙船という限られた生命維持環境から、自由に解放され、宇宙空間や月面、惑星といった人類にとって限りなく広がる宇宙の開拓スペースを自由に動ける存在にあこがれているのです。
  私たち、ラバーフィットスーツを装着された新型のアストロノーツに対しても、あこがれを持っていて、ラバーフィットスーツ装着処置希望をほとんどの従来型アストロノーツたちは、宇宙開発事業局に提出しているくらいなのです。ですから、従来型アストロノーツたちは、宇宙空間を自由に動き回れたり、宇宙船を自分の意のままに操れるサイボーグアストロノーツに羨望と憧れのまなざしを送っています。
  だって、彼女たちは、長いミッションが終了すると地球環境に戻るのにも苦労するし、宇宙空間に行けば、様々な宇宙空間での生身の人間特有の生理傷害に悩まされ続けているのですから。
  そして、私たち、ラバーフィットスーツ装着者は、従来型アストロノーツたちよりも進化した存在なのですが、如月大佐たちも装着処置を受けてご承知と思いますが、一日に一回は、生命維持のために生命維持管理システムに接続され生命維持をしていくか、もしくは、今の私のように、生命維持管理システムからのびるチューブ類やケーブル類を胎児のへその緒のように繋がれていないと生命維持できない、しかし、身体自体はラバーフィットスーツを装着されるため、ラバーフィットスーツを装着しやすいような外科的処置や身体変更処置が行われている中途半端な存在ですから、自分が完全に自由に宇宙空間に適応して、自由になれる存在に憧れているのです。
  だから、アストロノーツはほとんど、如月大佐たちサイボーグアストロノーツに対し、憧れと敬意を持っております。そして、私は、ここで実際に出会うことができて、短い間でもお世話ができ、お話ができたことに感激しているのです」
「ありがとう。田中大尉」
  私は、短く答えた。確かにそう言う考え方もあるのだと思った。私たちは、空軍パイロットから、突然、しかも、短い間にこのような機械と電子機器がほとんどの身体に改造されてしまったから、とまどいが先に立ったが宇宙での仕事が長いと宇宙で自由に何の制約も受けずに行動できる存在になりたいということなのだ。
  彼女たちの期待が一心に集まっているのだ。期待に応えるべくの責任感と充実感が私の中に生まれた。頑張らなくっちゃ。
「如月大佐たちのようなサイボーグになれるように、私も、宇宙開発事業局に希望を出しています。私は、宇宙空間作業用サイボーグへの改造のウェーティングリストに載せられています。火星植民計画が第三段階に入ったときに大型宇宙船の建造等で宇宙空間での作業の優位性を確立するために使用されるサイボーグアストロノーツとして、計画されているということです。美々津少佐や橋場少佐のように宇宙空間で不必要な脚を切除して代わりに宇宙空間推進装置が取り付けられ、腕は、宇宙空間作業用マニュピレーターに取り替えられるそうです。宇宙空間での作業性を高めているということです。私は、そのような身体で、宇宙空間で活躍できることを楽しみにしているのです。だから、この計画の第一歩である第一次探査チームの皆さんに頑張ってほしいのです。」
「もちろん、大成功をさせて帰還するつもりです。田中大尉たち、アストロノーツのサイボーグ候補のためにも、頑張るわ。でも、田中さん、サイボーグアストロノーツになったら、もう、地球上での生活は、しにくくなるのよ。特に、田中大尉の改造されるタイプは、地球上では生活自体が不可能になる可能性もあるのに」
「如月大佐。私は人類の宇宙進出のためなら、そのような身体になっても良いと思っていますし、自分の仕事に都合がよく、憧れがかなうのなら構わないという覚悟ができています。だから、手術を受けるのが楽しみでさえあるのです。さあ、そろそろ、レストモードに切り替えます。如月大佐、ゆっくり休んで下さいね。気が付くと月面の周回軌道上で着陸態勢に入っているはずです。少しの間の宇宙のゆりかごを満喫して下さい」
  私の生活モードが強制的にレストモードに切り替えられ、意識が遠のく。
「田中大尉、ありがとう。ゆっくり休むね。お休みなさい」


  0Y648D15H45M00S。
  私たちのサイボーグ搬送用カプセルを搭載した月面基地連絡宇宙船は、月面の周回軌道に入っていた。
  そのとき、私たちの生活モードがアクティブモードに切り替わった。
「サイボーグアストロノーツの皆さん、アクティブモードに切り替わっていますね。現在、月の周回軌道上に月面基地連絡宇宙船はあります。まもなく月面基地に着陸します。皆さんの着陸の用意を行います。ご気分はいかがですか?」
「みんな、問題ないようよ。田中大尉。」
  私が代表して答える。
「わかりました。順調な飛行を続けていますので、着陸の用意をしていて下さい」
  そう言い残すと、田中大尉は、操縦席に戻って自分の着陸態勢を整えにいった。
  私たちは、田中大尉に着陸態勢にはいるように言われたが、元々固定された体勢にあるので、何もすることがなかった。間もなく、月面基地連絡宇宙船は、月面に向けての着陸軌道に入っていった。
  チコクレーターにある月面基地に月面基地連絡宇宙船が着陸した。
  私たちは、サイボーグ搬送用カプセルごと運び出され、月面基地内に作られた火星植民計画用サイボーグ待機カプセルにサイボーグ搬送用カプセルを連結され、サイボーグ搬送用カプセルから出されて、火星植民計画用サイボーグ待機カプセルに設置されたサイボーグメンテナンスチェアに据え付けられた。私たちには、ここでも自由というものはなかった。
  惑星探査宇宙船に積み込まれるまで、固定されたままの状態で四六時中待機することになる。
  いよいよ、ここまで来たのだ。火星に本格的に旅立つまで、あと少しとなったのだ。もう、何事も起こることなく、火星に旅立ちたいと思った。


  0Y650D00H00M00S。
  私たちが火星に出発するまで、20日となった。私たちを除く、機材が順調に積み込まれていく。
  火星探査の準備が着々と整っていく。地球上では、澤田首相が議会を解散し、再選に向けた勝負をかけていた。投票日は、私たちの火星探査への出発の翌日に決定された。私たちの打ち上げの正否が、地球上の我が国の運命を決めるのであった。澤田首相が勝てば、火星植民地化計画とサイボーグプロジェクトは、多くの移民者を送り出すことが、順調に軌道に乗るのであった。
  私たちの今までの苦労を無にしないためにも、澤田首相に勝って欲しいと私は思った。
  今日から、私たち、火星探査・開発用サイボーグには、月面を自由に歩くことを許された。火星に旅立つまでの間、完全に固定されて、自由のない生活を送らなければならないと思っていたのだが、火星でのミッションに向けての火星探査・開発用サイボーグのサイボーグ体が、完全にトラブルなく火星でのミッションを消化できるようにするため、月面でしかできないサイボーグ体の最終調整の意味があるのだと言うことであった。
  みさきと望の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの二人は、惑星探査宇宙船のコントロールシステムとして、私たちより先に惑星探査宇宙船に積み込まれ、操縦スペースへの据え付けがあるため、最終調整とチェックを行われていた。
  私は、未来と二人で月面基地の二重エアロックを通って、チコクレーターをはじめとして、月面を散策感覚で歩行してみた。私たちには、不自由な宇宙服はいらないので、地球上の野山を歩くような感じで月面を歩くことができる。月面の気温は、夜間が-200℃、昼間は、100℃近くになる過酷な環境であるのだが、私たち火星探査・開発用サイボーグにとっては、地球上の外気温で活動するのと何ら変わらないのだ。
  このような体験をすることで、私の身体が、もう生身の人間の身体とは、完全に違うものになってしまったのを再認識することになる。そして、火星探査・開発用サイボーグの身体が完全に機能していることが証明されているということであった。
  私は、未来に、
「本当に素敵だよね。昔は、重くて動きにくい月面探査宇宙服を着て、僅かな時間の月面探査を行うのが限界だった私たち人間が、今は、このように自由に無制限に月面を歩き回れる人類である私たちがここにいるなんて」
「でも、はるか、私たちもつい220日前は、ラバーフィットスーツを装着されて、少し不自由な人類だったし、650日前までは、重くて不自由な月面探査服を着けなければ月面活動できない人類だったんだよ。そう思うと、不思議な感覚だし、私たちの存在自体が、不思議な存在なのだと思うわ」
「そうだね。でも、私たちは、やっぱり人間でありたいし、たとえ、機械と電子機器がほとんどの身体になろうとも、人間としての心を失わない限り、人間の改訂増強版であり続けたいと思っているの」
「そうだね、はるか。私もそう思っている」
「未来、そろそろ、月面基地に戻る時間だよ。月面基地に向けて帰ろうか」
「はるか、まだ、規定の行動を消化していないわ」
「そうだったわね。サイボーグアストロノーツに許されるセックスだったね」
  私たちが、サイボーグアストロノーツのセックスと呼んでいるのは、股間のエネルギー受け渡し用コネクターを股間カバーを開いて露出させ、サイボーグアストロノーツ同士の股間をケーブルで繋ぎ、エネルギーの相互供給を行う作業のことである。セックスといっても性的な感覚があるわけではないのだが、お互いの股間を繋ぐのが、セックスをするようだと言うことで、私たちが、自棄的にこう呼んでいるのである。
  私と未来は、股間カバーを埃が入らないように注意深く開き、ケーブルをお互いの股間のエネルギー受け渡し用コネクターに接続した。
「今日は、私の方がエネルギー消費量が多いから、私がもらう側ね」
  私がそう言うと、未来から、エネルギーが、お互いのチャージ量が同じになるまで、エネルギーが送られてきた。そして、人工眼球にエネルギー量が二人とも同量になったことを示すデータが浮かんだ。
  私と未来は、コネクターからケーブルをはずし、私の側から出したケーブルだったので、ケーブルを私の股間に収納した。そして、股間のコネクター部の自動洗浄装置が自動的に作動したあと、股間のカバーが自動的に閉じられ、股間のコネクターシステムが、密閉された。股間のコネクター部分が埃などから本当に守られるかの実験であった。
  この作業を終えて、私たちは、月面基地に向けて帰っていった。そして、月面基地の外部エアロックをあけて、第一エアロック内に入るとエアシャワーを浴びて、月面の埃を吹き流した。そして、身体が完全にきれいになったところで、内部エアロックをあけて月面基地内部に帰ってきた。
  地球からの交信が私たちの人工眼球であるフェースプレートに水谷ドクターが映った。
「みんな、月面を歩いたあとの調子はどうだった。砂漠での訓練の時にチェックしたんだけど、月面の埃は、本番の火星より細かいから、ここで異常がなければ、火星探査・開発用サイボーグの身体の防塵機能や埃による傷への耐性も合格と言うことなの。自分に自覚症状がないと思ったら、メンテナンスチェアーに座ってもらえるかしら、細かなチェックを行うから」
  私たちは、水谷ドクターの指示に従って、メンテナンスチェアーに着いた。そうすると自動的にバックパックにコードがつなげられ、身体にも、コードがつなげられて、身体の隅々までのデータをとられ、隅々まで異常がないかチェックされた。
  水谷ドクターから
「よし、みんなの身体はすべて合格だわ。月面作業でも何の異常も起こっていない。もう何日か、月面テストを行うけど、このままで行けば、安心して、火星に送り出せるわ」
  そのような満足げな言葉が聞こえて来た。
  私たちも、いろいろな訓練や試験、実験を地球上で行われたので、色々なシミュレーションデータが得られていたが、月という、宇宙空間の中でのデータ取得は、私達が火星で生きていくための重要なデータになるのであった。そして、そのことが、宇宙開発事業局と火星探査・開発用サイボーグとしての私達自身に自信と勇気を与えるものであった。
  私達は、私と未来、浩と高橋さんが組になってお互いの身体の清掃整備を行った後、私と未来がみさきを、浩と高橋さんが望を整備清掃をそれぞれ行った。
  そして、再びメンテナンスチェアーに入るとレストモードに切り替えて明日に備えることになった。
  意識がこの日も自動的に薄れていったのだった。


  このような月面訓練が、10日間続いた。
  そして、火星に行くために作りかえられた私達の身体がより実践的なテストを終え、私達自身も、宇宙開発事業局のスタッフも火星での活動により自信が増していったのである。
  また、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの機能が、惑星探査宇宙船との接続が順調に行われる状態であることも確認されたのであった。


  0Y660D00H00M00S。
  とうとう火星に私達、火星探査・開発用サイボーグと数多くの火星探査機材が、火星に向かい出発するまで、10日に迫った。
  この日のアクティブパート最初に私達に与えられた任務は、地球上のマスコミに対しての記者会見であった。
  私達は、月面基地に作られたプレスルームに待機カプセルからサイボーグ搬送用カプセルで移動した。プレスルームでは、みさきと望の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグが惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車のままプレスルームの所定の位置に固定され、私達、火星探査・開発用サイボーグが所定の火星探査・開発用サイボーグ用に作られたサイボーグアストロノーツ用
レストチェアに座らせられた。私達の様子は、地球上の宇宙科学省内のプレスルームのモニタースクリーンに映し出されているはずであった。私達は、地球上の宇宙科学省内のプレスルームの様子を人工眼球内に映像処理されて知ることができるのであった。
  私達が所定の位置に付いたとき、地球上の宇宙科学省のプレスルームは、各国の記者とテレビクルーがすし詰め状態になっていた。この火星植民計画のミッションと私達、サイボーグアストロノーツの存在が、全世界の注目の的であることを意味していた。
  地球上では、計画のあらましを木村局長と長田部長が説明し、サイボーグアストロノーツについては、水谷ドクターが説明した。また、水谷ドクターが装着させられいるラバーフィットスーツについても、富田主任から説明があった。
  進行役の白井課長が、私達の紹介を始めた。
「今回、火星に実際に旅立ち、火星探査を行うのは、真ん中の三人のサイボーグアストロノーツです。右から、隊長の如月はるか大佐、MARS1。望月未来中佐、MRAS4。美々津みさき少佐、SHIP.OP1。
  そして、バックアップ部隊の火星探査・開発用サイボーグが、右隣にいます。右端から、渥美浩大佐、MARS3。高橋未来中佐、MARS5。そして、バックアップ部隊の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグが、左隅の橋場望少佐SHIP.OP2。となっています。
  真ん中の三体のサイボーグアストロノーツが実際のミッションをこなし、端の三体のサイボーグアストロノーツが宇宙開発事業局内でデータを採るため、火星や宇宙空間と同じ環境のシミュレーションを使っての生活を送ることになります。何かご質問があれば、地球スタッフだけでなく、月面にいるサイボーグアストロノーツへも、ご質問願います」
  私たちの実際の姿を見るのが始めてである集まったプレスの興味津々の視線が地球上のモニターに注がれるのがわかった。
  プレスの質問は、まず、地球側のスタッフにそがれた。
  あるプレスから、私たちの視覚機能に関する質問が飛んだ。
「火星から送られる映像や音声は、火星探査・開発用サイボーグが、実際に見たり聞いたりしたものをライブで送られたり、記録され、期間後に再生されると聞きましたが、どのようなものなのでしょうか?」
  白井課長が間をおいてから、ゆっくりと答えた。
「それでは、皆さんがごらんになっているメインモニターをマルチ画面に切り替えて、右上に如月大佐の視覚映像を、右下に望月中佐の視覚映像を、左上に美々津少佐の視覚映像を、そして、左下に現在の状態の月面基地のプレスルームのモニターカメラの映像を映し出すようにモニター画面を切り替えます」
  そう言うと同時に、地球上のモニターが私たちの見ている視覚映像が映し出された。私たちの視覚はこのとき、地球のプレルームの後ろ側と前からの映像、そして、白井部長と質問者のアップの四つの映像が映っている状態だった。
  その映像が地球上のモニターに映し出された瞬間、プレスたちのどよめきがプレスルームを覆い尽くした。
  質問したプレスが、
「こんな、視覚を与えられているなんて・・・」
  といって絶句した様子が私の視覚を通じて地球上のモニターに映し出されていた。
  水谷ドクターが、
「サイボーグアストロノーツたちは、一度に視覚上に火星探査・開発用サイボーグは、16の違った視覚を、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグは、24の違った視覚を一度に見ることが可能なのです。そして、その内の一つ若しくは、いくつかの視覚画像に集中することも可能になっています。もちろん、皆さんと同じように単一の視覚にすることも可能です。その選択は、サイボーグアストロノーツの意志によります。ただし、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグは、常に、データとして、24の視覚データが内臓ハードウエア上には記録されているのです。それが、惑星探査宇宙船の各部の現況画像データだからです」
  私が、月面から答える。
「最初は、視覚を調整するのに苦労しましたが、訓練を重ねて、今では、自分のものになっています。また、拡大、望遠も自在に行えるようになりました」
  他のプレスが、みさきに質問をした。
「美々津少佐に質問があります。獅子がない状態にならないといけないとわかったとき、どう思われたのですか?また、今現在不自由なことはありますか?」
  みさきが答えた。
「ハイ、確かに四肢の切断によって、ダルマのような姿にならないといけないと言うことに最初はとまどいましたし、私と、望だけ何故こうならなきゃいけないのかとも思ったのも事実です。でも、今は、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとしての使命を全うすることに充実感さえ覚える自分があるのです。それから、不自由なことですか、地球上でのすべての生活が不自由です。でも、サポートヘルパーがいるし、惑星探査宇宙船の操縦空間に据え付けられると、自分の意のままに宇宙船をコントロールできるので、不自由なんてことはなくて、かえって楽しいくらいです」
  このような質問が会場からひっきりなしに続き予定の時間の一時間では終わらず、四時間に及んだ。
  そして白井課長が、
「予定の時間を大幅に延長してプレスの皆様の質問にお答えしましたが、時間もなくなってしまいました。ここで火星探査チームの隊長である、如月大佐からの言葉で、締めくくりとさせていただきます。如月大佐、一言プレスの皆さんにお話しして下さい」
「今後火星に行く途中や火星での映像が届くと思います。人類のために、このミッションを成功させますのでよろしくお願いします」
  私の言葉で、記者会見が終わった。
  プレスのみんなが、サイボーグアストロノーツに驚嘆の感情と経緯の念を持ったまま、会見が終了した。
  この会見以降、全世界の注目がさらに高まっていった。
  全世界が、私たちの火星への出発を待ち続けることになった。


  この日は、記者会見の後、みさきが、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの宿命なのであるが、惑星探査宇宙船の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所に据え付けられ、第一次火星探査が終了し、地球に帰還するまで、地球時間で5年の間、惑星探査宇宙船のコントロールシステムの一部となるのであった。
  みさきが惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車に乗せられ、居住エリアを出て行く。
「はるか、未来、一足先に惑星探査宇宙船に乗っているね。宇宙船の機械システムのチェックをして、みんなで安全に旅立てるように準備をして待っているから」
  そう言うのを待ったかのように、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ専用移動台車が、月面基地スタッフの手で、居住エリアを出て行った。そして、サイボーグアストロノーツ運搬用シャトルに乗せられ、月周回軌道上の惑星探査宇宙船に運ばれていった。
  みさきを乗せたサイボーグアストロノーツ運搬用シャトルが惑星探査宇宙船とドッキングすると、みさきは運び出され、コックピット内の惑星探査宇宙船操縦用サイボーグ用据え付け場所まで運ばれ、据え付けられ、完全拘束用システムで、完全に動くことがないようにがんじがらめに固定された。そして、両脚、両手の切断面のコネクターに無数のケーブルを30のコネクターセクションになったものを脚に各10グループ、手に各5グループが接続されていった。コードケーブルが接続するたびにみさきは、例によって、
「あーん」
  というような喘ぎ声を出した。
  惑星探査宇宙船操縦用サイボーグのストレス軽減のための性感システムなのだが、ケーブルを接続されることでしか性的興奮を得られないのが悲しいことだと思った。
  次に股間の部分のコネクターに太いケーブルが差し込まれ、接続時防護カバーがその部分を覆うように取り付けられたときであった。
  みさきが、
「ああーーん。イヤーーん。」
  という喘ぎ声を出した。
  股間の部分のコネクターも同じような構造になっていて、ここに外部コンピュータと内臓ハードディスクとの接続ケーブルを差し込んだり、エネルギー外部供給用および、受給用コネクターにケーブルを差し込むと快感が得られることになっているのだった。
  そしてケーブルの接続が全て終了し、バックパックやフロントパックに生命維持系統やエネルギー供給系統のチューブやケーブルが次々と接続されていき、そして、最後に頭部のコネクターにケーブルが次々に接続され、みさきの宇宙船との同化作業が終了した。みさきにとって、もう七年間、宇宙船としての感覚しか味わえない生活が始まったのであった。
  そして、みさきは、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグとしての任務に入っていった。惑星探査宇宙船の全体の機械チェックに入ったのだ。この作業は、私たち火星探査・開発用サイボーグが搭乗する直前まで続けられ、完全に惑星探査宇宙船が異常がない状態になって、初めて、火星探査・開発用サイボーグの搭乗が許可されるのであった。つまり、火星出発の三日前まで続けられる過酷で孤独な作業なのである。
  みさきの過酷で孤独な作業は、もう始まってしまったのである。シミュレーションでも孤独に続けていた作業であるので慣れていると言えばそうなのだが、みさきの作業の一部始終を人工眼球内のモニターで観察し、みさきの心の強さを感じた。
「とにかく安全な宇宙航海ができるようにするから待っていてね」
  というみさきの言葉がコミュニケーションサポートシステムに入ってきた。
  そして、このとき、月面基地内の惑星探査宇宙船のシミュレーターに同じように、望が接続されていった。緊急補充用バックアップチームも常に同一の模擬経験を積むことになっているのであった。望もみさきと同様にほぼ地球時間で5年間シミュレーターと一体化した状態で過ごさなければならないのだ。月面基地から地球上の施設に移される際に少しの間はずされることがあるかもしれないだけ、みさきよりはましな状態と言うだけである。
「私とみさきは、これから生涯自分で動くことができない身体にされてしまっているんだから、こういう形で機械と一体化して、任務をこなしている方が、気が紛れるからいいんだ。みんなが思うのと違って、今の状態に私とみさきは、満足しているんだよ」
  望の声が聞こえてきた。
  なんとポジティブな考え方になったのだろう。望とみさきを私は見習わないといけないと思った。私は、まだ、自分が、残りの生涯を機械と電子機器の身体で送らないといけないと言うことにネガティブな感情を捨てきれないでいるのだから。
  あと10日もすれば、火星へ旅立っていくことになるのだから、しっかりしなくてはいけないのだ。


  0Y668D00H00M00S。
  いつも通り正確にレストモードからアクティブモードに移行して、覚醒の時間を迎える。いつもながら正確で嫌になる。機械としての身体の性能が発揮されているのだ。
  私たちが、火星に旅立つまであと2日となった。惑星探査宇宙船の整備とチェックが終了すれば、私と未来も惑星探査宇宙船に積み込まれて、出発を待つことになるのである。惑星探査宇宙船内のコックピットで、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに完全に固定されて月周回軌道上で、火星への旅立ちの秒読みを迎えることになるのである。
  私たちは、惑星探査宇宙船へ積み込まれるのをひたすら待っている状況なのだ。みさきから、準備が整えば、連絡が入ることになっていた。


  0Y668D12H00M00S。
  みさきからの連絡が届いた。
「はるか、未来、惑星探査宇宙船の準備が整ったわ。地球の宇宙開発事業局とも確認を取り合ったの。火星に旅立つ準備は万全よ。今現在は、私の身体の一部として、完全に掌握していて、万全な状態よ。万全な飛行を約束できるわ。惑星探査宇宙船へのはるかと未来の搭乗をお待ちしています」
  みさきからの連絡のあと、木村局長からの指示を受けた。
「美々津少佐から聞いたと思いますが、惑星探査宇宙船の準備が整いました。これから、如月はるか大佐と望月未来中佐は、速やかに月軌道上の惑星探査宇宙船に移動してもらいます。それと同時に渥美浩大佐と高橋美紀中佐は、惑星探査宇宙船シミュレーターに移動して下さい。いよいよ、旅立つときが来ました。惑星探査宇宙船の船名を澤田首相からいただきました。今日から、「希望一号」と名付けられました。我が国の、いいえ、地球人類全体の希望を乗せてのミッションです。すぐに行動を起こします。心の準備を整えておいて下さい。成功を祈ります」
  いよいよ、そのときが来たのである。
  私たちは、サイボーグ搬送用カプセルに入るように指示され、指示に従って、再び、あの狭苦しいサイボーグ搬送用カプセルに入った。この狭苦しいカプセルに乗るのも最後になる。今度は、帰還後の運搬まで、地球時間でいう5年間は、押し込まれなくて済むのである。
  サイボーグ搬送用カプセルへの搭乗前に、浩と高橋さんから、
「成功を祈る。俺と美紀、それに、望は、地球上で、はるかたちと同条件で生活を送ってはるかたちに起こる可能性のあることを事前にデータをとられることでのサポートをしていくことになる。三人が、無事に地球に帰還できるようにサポートしていく。だから、このミッションを成功させて欲しい」
  私と未来は、
「ありがとう」
  そう答えて、サイボーグ搬送用カプセルに入って、拘束ベルトを締め、身体を固定させ、安定させた。
  サイボーグ搬送用カプセルのハッチが、自動的に閉じられ、サイボーグアストロノーツ運搬用シャトルに搭載された。私たちを搭載したサイボーグアストロノーツ運搬用シャトルは、月面基地を飛び立ち、月周回軌道上の惑星探査宇宙船とドッキングした。
  惑星探査宇宙船の内側から、エアロックがあけられ、惑星探査宇宙船内で作業をしていたスタッフが、私たちのサイボーグ搬送用カプセルをサイボーグアストロノーツ運搬用シャトルから、惑星探査宇宙船「希望一号」の船内に運び込んだ。いよいよ、惑星探査宇宙船「希望一号」に私と未来が
搭乗した瞬間だった。
  同じ頃に、浩と高橋さんが、惑星探査宇宙船シミュレータに運び込まれていることであろう。地球上のシミュレーターや火星標準環境室に閉じこめられ、地球時間の5年間、私と未来、みさきと同じような生活をシミュレートしていくことになるのだ。
  私と未来は、惑星探査宇宙船の船内作業職員により、コックピット内の火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルまで運ばれ、サイボーグ搬送用カプセルのハッチが開けられた。私と未来は、拘束ベルトをはずし惑星探査宇宙船「希望一号」の床に第一歩を踏み出した。私の脚で、惑星探査宇宙船に搭乗した瞬間であった。
  機械になってしまったあとでも、感触は人工神経を通じて感じることができた。何かワクワクした気持ちになった。
  惑星探査宇宙船の船内作業職員に促され、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルに収まった。右手の近くにある拘束ベルト自動装着ボタンを押すように指示され、ボタンを押すと自動的に拘束ベルトが私と未来をグルグル巻きにしていき、サイボーグアストロノーツの力を持ってしても、完全に動くことができなくなってしまった。そして、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルのカバーが自動的に閉じられて、火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中にパッキングされてしまった。
  すべてが順調ならば、約七ヶ月間の間、この動くことができない状態で火星までは積み荷として運ばれ、火星に着陸した直後に火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルから解放されることになるのだった。来る日も来る日もコックピット内の決まった風景しか見れないようになってしまったのだった。
  私のコミュニケーションサポートシステムにみさきの声が聞こえてきた。
「はるかと未来、惑星探査宇宙船「希望一号」の船内にようこそ。火星探査ミッションへの出発までしばらくお待ち下さい。惑星探査宇宙船「希望一号」は、順調に準備が行われており、はるかと未来の積み込みで、すべての準備作業が終了しました。火星への旅立ちの最終準備に入ります」
  みさきがおどけたようにすました口調で話しかけてきた。
「みさきはどこにいるの」
「へへ、はるかと未来が積み込まれるのを待っていたよ。私は、二人の火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの上の方に据え付けられているよ」
  そう言われて、私は、カプセルの上方に視線を集中した。
  私たちサイボーグアストロノーツの視覚は、360度を視線を移さずにカバーしているので、意識をその方向に集中させるだけで、視野を維持できるのである。首を動かす必要がないので、私たち、サイボーグアストロノーツは、首の部分に重要なケーブルや神経が通っているために動かすよりも、稼働できないようにして、強化する必要が設計上あるために視野の確保を人工眼球に行わせた設計のためであった。
  果たして、みさきが指示した場所にみさきが据え付けられていた。ケーブル類やチューブ類が身体と宇宙船内の機器類や装置類に連結された状態で、まるで宇宙船の壁に貼り付けられているような状態のみさきがいた。自分の身体もそうだが、惑星探査宇宙船に貼り付けられたみさきを見て、一昔前のSF映画を見ているような気分になった。
「みさき、見付けたよ。火星到着まで火星探査・開発用サイボーグ惑星間搬送用保護カプセルの中で、ゆっくりさせてもらうからね」
「はるかと未来、二人を安全に火星まで運ぶから安心して、退屈な七ヶ月を過ごしてね」
  みさきはそう言って私と未来をからかった。
「みさき、私とはるかはせいぜいくつろいでいるから、無理をしないで私たちの手を煩わせないで、私とはるかを火星に降ろすのよ」
  未来が応戦した。
「はーい。中佐」
  みさきがおどけて対応した。
  そんな一時を過ごしていると私たちの身体が、レストモードに切り替わる時間になった。
  みさきが、
「二人の意識をアクティブモードから、レストモードに切り替えるよ」
  そう言った。この惑星探査宇宙船「希望一号」での私と未来を含めてのすべてのものをコントロールする通常権限はみさきにあった。私が必要と認めた場合と地球上の宇宙開発事業局のコントロールセンターが必要と認めた場合のみ、私か、若しくは、コントロールセンターに権限が移ることになるのであった。非常権限の指揮コントロール権限は、隊長である私に与えられていた。しかし、通常は、みさきが指揮コントロールを行うことがルールになっているのであった。
  私と未来は、意識がなくなっていった。しかし、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグであるみさきだけは、レストモードが惑星探査宇宙船に据え付けられて任務を遂行している間は、二時間しか与えられないのであった。それも、半覚醒状態で、いつ何が起きても対応できる状態で過ごすことになっている。
  サイボーグアストロノーツには、基本的に睡眠は必要ないといいながらも、過酷な任務遂行の七ヶ月を過ごすことになるのであった。
「みさき、頼んだよ」
  そう私は心でつぶやいた。


  0Y669D00H00M00S。
  火星への旅立ちを24時間後に控えたアクティブパートが幕を開けた。
  この日は、もちろん、私たちには、レストモードに切り替えられることがない。最初のメインエンジン点火や月周回軌道を離脱するときなど気を抜けることはないため、私たちは、非常事態に備え、安定航行で火星に向けて飛行するまでの間は、休息することは許されていないのである。
  長い長い一日が続くというわけであった。
  もちろん、みさきにとっては、長い長い一日が、延々と七ヶ月続くのである。
  もちろん、選挙戦の中で、禾生植民計画がものすごくよい選挙戦の道具になっていることも確信することになっていたのだった。それで、ここで、出発直前のサイボーグアストロノーツの健闘を祈るためのセレモニーを行い、サイボーグアストロノーツたちの出発を見送ることが、澤田の最高の選挙戦終盤での勝利への切り札になることが分かっていたのだ。つまり、今、澤田がこの場所にいて、そのことをプレスを通じて国民にアピールすることは、選挙戦の勝利を不動のものにする最高の道具であったのだった。
  そして、澤田は、このミッションの順調な遂行に満足していたのであった。従姉妹を隊長とする火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグという2種類のサイボーグアストロノーツによるミッションの順調さは、この上ないものであった。
「サイボーグアストロノーツの皆さんは、不在者投票をされたのですか?」
  澤田には、そのような冗談を言えるほどの余裕も現在はあったのである。
「いいえ、任務に就くために厳しい訓練を行っていたために不在者投票をこれから行って、火星に旅立とうと思います」
  私は、そういって、澤田首相の冗談に答えた。
「分かりました。よろしくお願いね。冗談はともかく、がんばってください。たくさんの収穫をもって地球に帰還することを待っています」
  澤田首相は、そう言って選挙戦に戻っていった。
  地球の宇宙開発事業局のコントロールルームは、いよいよ慌ただしさを増していった。
みさきとのシステムチェックのための交信の量も増えてきた。惑星探査宇宙船「希望一号」のメインエンジン点火、そして、火星への旅立ちまで、1時間を切っていたのであった。
  いよいよ、5年間にわたる人類初の長期旅行の開始されるのであった。
  秒読みが順調に進み、残りわずかになってきた。
  10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0。


  1Y001D00H00M00S。
  運命の時間が刻まれる。
「メインエンジン点火!姿勢制御エンジン全開」
みさきの声とともに、メインエンジンに火が入り、もの凄い轟音の中、月周回軌道を離れ、火星に向けての飛行が開始された。みさきから、コミュニケーションサポートシステムを通じてメッセージが入る。
「私たちは、火星に旅立ちます。今、順調に飛行を開始しました。私たちは、火星に往くのよ」
  我が国にとって、人類にとっての何もかもが初めてのミッションが始まった。人類の未来への希望を乗せて、惑星探査宇宙船「希望一号」が、火星へ向けて飛び立ったのだった。私たち、全身を機械部品と電子機器に置き換えられた人類の改訂増強版に人類の未来が委ねられたのだ。もう、後戻りできないミッションの始まりであった。
  人々の希望と思惑を乗せたミッションとなることだろう。任務の重さに改めて、決意で、身震いがする思いであった。
  私は、こころでつぶやいた。
「私たちは、往くんだ!」

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