ラバーフィットスーツを装着されたあの日から、180日余り経ち、宇宙開発事業局に着任してから250日余りの時間が過ぎた。
わたしたちは、訓練に次ぐ訓練を重ねこのプロジェクトのこと、火星のこと、宇宙船のこと、人間機械化工学、医学、数多くの学問の専門家並みの知識を持つと同時に、基礎体力増強訓練などの厳しい訓練で一流アスリート並みの体力と身体能力を手に入れ、宇宙空間の専門訓練、宇宙機材の操縦訓練などのアストロノーツとしての技能を磨いてきた。
昨日、久々の休養日を与えられ、居住エリアで休んだり、まりなさんや、サイボーグ候補者の9名の仲間、そのサポートヘルパーと楽しい会話をして過ごした。
そんな楽しい1日が過ぎて、新しいアクティブパートが始まった。
例によって、バックパックからのアラーム音とアクティブモードへの切り替え処置でリクライニングシートから起きあがり、バックパックの状態を確認して、バックパックに接続していた補給・メンテ用ケーブルをはずして立ち上がる。気づくと、目の前にまりなさんが立っていた。
「今日から3日は、皆さんのメンテの日となります」
「だって、バックパックやケーブル、チューブ類を検査して、必要なチューブは洗浄して、ケーブルの交換、そして、腸洗浄、性器の洗浄とメンテナンスくらいだから、半日でいつも終わっているのに、何で、そんなに長いスケジュールを取るの?」
「はるかさん。忘れましたか?はるかさん達は、180日に一度、ラバーフィットスーツをはずして、今の身体のデータやラバーフィットスーツのデータを取ったりするための処置をうけることになります」
「あっ!忘れてた。今日のメンテは、その日だったんだ。だから3日を使っての大がかりなものになるんだ」
「そうです。忘れては困ります。全身に麻酔剤を循環させますので、3日間は、完全に意識がありません。このときの処置は、麻酔から覚めた後でじっくり見てもらいます。それでは、麻酔投与開始します」
まりなさんがそう言ったのを最後に、完全に意識がなくなってしまった。気づいたのは、処置が終了してからだった。そして、自分に起こったことを見ることが、3日遅れで、しかもダイジェスト版で見せられた。
私は、処置室に運ばれ、ラバーフィットスーツ着脱用スタンドの支柱に頭部とバックパックを繋げられた状態で、強制的に立たされていた。
バックパックの側面上部のカバーが開けられ、何かのチューブとコードの束が接続された。ラバーフィットスーツを脱ぐための剥離剤を注入する装置だそうである。そこから、バックパックを経由して、ラバーフィットスーツと皮膚の剥離剤が注入されていった。
モニターのタイマーで2時間このままの状態が続いた後、バックパックからラバーフィットスーツに接続されているケーブルやチューブが手早く取り外された。いよいよ、ラバーフィットスーツを点検のためとはいえ脱ぐことになるのだ。
バックパックがはずされるとラバーフィットスーツとヘルメットの切り離し作業に入った。慎重に肩の部分にあるジッパーが専用の機械で熱処理によりはずされた。そして、ヘルメットと私を繋いでいるのケーブルやチューブが慎重に私の身体からはずされていき、ヘルメットがはずされ、私の毛髪のなくなった頭部が姿を見せた。久しぶりに見るつるつるの頭部は、何かおかしく感じる。
そして、ラバーフィットスーツのジッパーがはずされ、私の身体をラバーフィットスーツ着脱用スタンドから取り外し、前田ドクターと佐藤ドクターが私を支え、まりなさんが、ラバーフィットスーツを剥がしていった。かなり脱がすと言うことは、大変なことなのであった。
剥離剤が効いていない箇所の皮膚の組織が、ラバーフィットスーツの付着していて、私の無毛になった身体から血が出ていたり、赤向けていたりしているところが確認された。私の身体は処置用寝台に置かれ、手早くケーブルやチューブが接続されていった。そして、傷ついた皮膚を丹念にケアした上で、データ取得用の機械に繋がれたため、私の身体は、みるみるうちにケーブルとチューブで埋め尽くされていった。この状態で2日間が経過した。
この間も私の意識は全くなくただ、人形のようにまったく動かないまま処置用寝台の上に横たわっていて、佐藤ドクターと前田ドクターのなすがままにされていた。まさに、ドナーという言葉が相応しい状況だった。その間、まりなさんは、性器や人工肛門、人工尿道から腸や膀胱の洗浄、呼吸器官のチェック、栄養補給システムのチェックを行っていた。
そして、3日目の後半は、私をラバーフィットスーツの中へ戻す作業が行われた。無数に繋げられていたケーブルやチューブがはずされ、ラバーフィットスーツ装着用接合剤が私の身体にまんべんなく塗られた。今回は、接合剤の中に皮膚の傷の回復剤も入っているのだそうである。そして、裏側が綺麗に洗浄消毒された上でラバーフィットスーツ装着用接合剤が塗布された。
ラバーフィットスーツが運び込まれた。そして、手早くラバーフィットスーツが私の身体に装着されていき、背中のジッパーが素早く専用機械により、熱処理加工で閉じられた。そして、ヘルメットも手早く取り付けられ、バックパックが私の背中に素早く固定された。この間2時間の早業であった。そして、バックパックと私の身体であるラバーフィットスーツとが、再びチューブとケーブルでつながれ。私は、再び、ラバーフィットスーツにとらわれた姿となった。
「今回、何とか、呼吸液の劣化での生命維持に支障をきたすことのない時間内での装着が出来たわ。ハードな作業だったけど、二人ともご苦労様」
前田ドクターの声だ。
「ご苦労様です。如月大佐を火星探査・開発用サイボーグにするためのたくさんの貴重な基礎データが得られて、満足です。彼女用の人工器官や機械装置の開発のめどが付きました」
うれしそうな佐藤ドクターの声がかぶる。
「生理的なデータもかなり多くとれたから、サイボーグ手術の際やその後の生体部分の管理も問題ないところまで来たわね」
前田ドクターの声が聞こえた。
「後もう少しで、充分なデータが取得できそうです。データが完全になったとき、いよいよ、本番という訳ね。如月大佐、頑張るのよ」
佐藤ドクターの声と共にモニターが暗くなった。
VTRが終わった。私たちは、まもなく、サイボーグについての教育を受け、自分がどの様な身体になるのか、その身体を火星では、自分自身で直していかないといけないのだから、その教育を完全に受けて身体を改造しなければならない。その時がもう間もなくに迫ってきていた。恐怖と期待で身震いがした。
そんなことを思う私をまりなさんが現状の問題に引き戻した。
「身体とラバーフィットスーツの間に具にグニョグニョ感があると思うし、傷ついた皮膚が治るまで疼きや痛みもあると思うから、7日間は、装着後のお約束で、安静にしてもらうわ。それに5日目の激痛もどのくらいの痛みになるかわからないから、だって、私たちは、ラバーフィットスーツを脱いだことも際装着したことも経験していないから、予想が付かないのよ。はるかさん体験したものを教えてね」
まりなさんのいじわる! 心の中で叫んだ。
「はるかさん、リクライニングシートで安静に寝ていてね。いよいよ、8日後は、再び訓練教育課程にはいるからね。それまでに気持ちと身体の整理をしておいてね。私も手伝うから」
「判ったわ。まりなさんにも手伝ってもらうことがもっともっと増えるかもしれないから、よろしくお願いします」
「もちろんです」
と、まりなさん。
メンテナンスの処置を受けた日からきっかり5日、私の身体を180日前以上の激痛が襲った。その痛さは想像を絶していた。180日前の痛みも想像を絶していたが、その痛みも今回の痛みに比べたら、かわいいものに感じてしまうほどだった。
それでも不思議なもので、1日苦しむと嘘のように痛みが引くのも、前回と同じだった。
再び、私の身体の完全な皮膚とラバーフィットスーツがなった瞬間だった。
休養期間の7日間を終了し、私たちは、通常の訓練教育に戻った。ただし、最初の20日間は、少し落ちた体力を元に戻し維持するためにトレーニングセンターで、アクティブパートを0時から20時に2時間延長されての訓練だった。もちろん、食事やトイレといった生理的要求による休憩時間は必要ない身体になっているため、栄養剤や疲労回復剤といった薬剤を投与され続けぶっ通しでのトレーニングの毎日だった。
トレーニングセンターでの私の日課は、まず、スタンド付き台車に乗せられトレーニングセンターに運ばれてくるみさきさんを手脚を切除した人間用に開発された強制筋肉トレーニングシステムに接続するのを手伝うことから始まる。彼女はトレーニングマシンに接続され、ラバーフィットスーツの手と脚の切断面のコネクターにケーブルを接続されるとすぐに前川さんがトレーニングマシンのコントロールパネルを操作し作動開始となる。 みさきさんは、苦痛の声を上げながら、起用のトレーニング開始となる。
私はその後、自分の身体をまりなさんに手伝ってもらって全身用トレーニングマシンに固定し、自分のトレーニングに入るのであった。私たちに課されるトレーニングは、オリンピック選手並みかそれ以上の身体的負荷をかけられて身体を動かすというハードなものであった。苦痛に耐える悲鳴や叫び声を誰も上げながらの訓練が続くのである。それも、休むことは許されず、もし、やめようものなら、バックパックに繋がれたメインシステムからの薬剤供給チューブから再度トレーニングを始めるまで、私たちに苦痛を与える薬剤が投与され、激痛に苦しむことになる。同じ苦痛なら、トレーニングマシンでのトレーニングの苦痛の方がはるかに楽なので、トレーニングを続けるしかなかった。
それでも、私たちは、ラバーフィットスーツを装着されてから、今まで耐え続けてトレーニングに励んだ。
20日のトレーニング訓練だけの日々が終わり、通常の日課である6時間トレーニング訓練、12時間、いろいろな知識を詰め込まれる教育訓練の併用の毎日が始まる。
いろいろな講義を受けるときも、私たちは、バックパックからコントロールルームに送られる身体データのおかげで、覚醒状態維持剤はアクティブパート中私の体内に流れているので眠くなることもないはずなのだが、それでも生理的に眠くて意識が薄れような状態になろうものなら、覚醒維持剤と罰則としての苦痛を与える薬剤が投与される。そして、苦痛に悶絶することになるし、覚えるまで、繰り返しプログラムを行われる。
私たちに自由はなかったのであると毎日毎日痛感させられる日々が続いた。
ラバーフィットスーツを装着されてから、270日たった頃から、シュミレーション訓練が始まった。
いきなり完全に閉鎖された小さなカプセルに入れられ10日間をその中で、生きていく訓練もさせられた。私たち被験者は、元々ラバーフィットスーツを装着されて、外界から閉鎖されていて、常に外部からの接触を断たれた精神状態でいるので、まったく孤独で暗いその空間でも、いつもと変わりない精神状態を維持することが出来た。また、宇宙空間での作業のシュミレーションを大きな議事無重量空間体験用プールで、72時間ぶっ通しで続ける訓練を行ったりした。みさきと望は、その訓練の間は、宇宙船操縦シュミレーターで操縦技術の訓練をしていた。
私たちは、宇宙探査士や宇宙飛行士としての知識や技術をマスターしていく日々が続き、普通の宇宙探査士や宇宙飛行士としては、かなりのレベルまでのスキルを身につけた状態になっていた。
ラバーフィットスーツを装着されて、330日目、任務を言い渡されて、宇宙開発事業局に着任してから400日あまりが過ぎた。
「はるかさん。おはようございます」
アクティブパートに入り、自分の身体が、バックパックによってアクティブモードに切り替えられたとき、まりなさんの声が聞こえた。
「今日は、まずブリーフィングルームに出頭していただきます。さあ起きて下さい」
まりなさんに促され、リクライニングシートを離れ、起きあがった。そして、まりなさんについて、ブリーフィングルームに出頭すると木村局長と長田部長が待っていた。二人は、今日も、全身をラバーフィットスーツに包まれていた。二人のプロポーションは、いつ見てもうっとりするほど素晴らしかった。
「如月大佐。おはようございます。ラバーフィットスーツでの訓練教育の日々、よく頑張っていますね。心強く思っています」
木村部長から声をかけられた。
「ハイ、ありがとうございます。もう、ラバーフィットスーツにも完全になれ、訓練にもついて行けるようになりました。ラバーフィットスーツは、完全に私の一部として機能しています。この前のメンテナンスの時は、ラバーフィットスーツを脱がされたので、大けがしたような気分になりました」
私がそう言うと、長田部長が、楽しそうに、
「そうよね。私なんか、ラバーフィットスーツを脱いでのメンテ処置をしろと言われたら、強行に辞退してしまうわ。だって、皮膚と完全に同化していて、皮膚を剥がれるように思えるもの。私も、このラバーフィットスーツを装着されて2セクション以上立つけど、最初は、早く脱ぎたいと思ったけど、今は、脱ぐことが恐怖になってしまったもの。慣れと脱げないという現実に対しての諦めって怖いわね」
「そうね」
と同意する木村部長。
「私は、ラバーフィットスーツを脱ぐことで、未知の経験をさせられることに対する不安と期待感があります。私たち被験者みんなの気持ちと思います」
私の言葉に木村部長が答えた。
「そう言う境遇に置かれている如月大佐達被験者のみんなはそう感じるでしょうね。さあ、みんながやってきました。今日は、吉報を発表します。みんなと一緒に聞いて下さい」
吉報という言葉が気になった。吉報っていったい何なの。
他の9名がブリーフィングルームにやってきた。
「それぞれ席について下さい」
長田部長に促され、ブリーフィングチェアに着席した。みさきさんがスタンド付き台車ごと席に置かれると、木村局長が話し始めた。この木村局長の言葉が私たちの運命の言葉になることとは、このときは思っても見なかった。
「皆さん、おはようございます。皆さんの訓練教育は、順調に進んでいるようですね。プログラムが滞りなく消化され、あなた方のラバーフィットスーツの姿で受けなくてはならないトレーニングも残り僅かとなったという報告を私は受けています。今まで本当によく頑張ってくれました。あなた達のがんばりが、この火星植民地化プロジェクトの成功の鍵を握っているのですから。本当に感謝しています」
ここで、木村局長は、一呼吸置いて、そして続けた。
「そして、医療チームも、技術チームもあなた方を火星に送り込むためにサイボーグ手術を行うためのデータや技術も完璧に取得できたという報告も来ています。そうした、報告を受けて、我々、プロジェクト本部としては、このプロジェクトを次の段階に進めることを決定しました。つまり、いよいよ、第1次火星探査チーム3名とそのメンバーに緊急事態が起こったときに即時に対応させる緊急補充用バックアップ要員にサイボーグ手術を施す段階に進むことになったのです。そして、今日、その6名を発表することとなりました」
いよいよ、最初に身体を機械にする手術を施されるメンバーが決まってしまうのだ。心の中に私でないようにと願う私とどうせ改造されるのなら早いほうがいいと願う私がいた。
「それでは、発表します。第一次火星探査チーム。リーダーは如月はるか大佐、探検士に望月七海中佐、そして、宇宙船操縦オペレーターは、美々津みさき少佐、この3名が順調にいけば、栄誉ある初の有人火星探査のメンバーと言うことになります。そして、緊急補充用バックアップ要員チームは、リーダーが渥美浩大佐、探検士に望月未来中佐、そして、宇宙船操縦オペレーターに橋場望少佐の3名です。
そして残りの4名は、地上でのバックアップをラバーフィットスーツを装着したままで行ってもらうのですが、緊急の場合の補充のため、リザーブの順位を指定しておきます。このナンバーが、地上バックアップメンバーのサイボーグ手術を受ける順位になります。まず、リザーブ順位1番が、高橋美紀中佐、順位2番が神保はるみ少佐、順位3番が進藤ルミ中佐、そして、順位4番が大谷直樹少佐となります。第2次探査、それに続く第1次開発計画の任務に就くための改造順位となると同時にサイボーグメンバーに何かあった場合には、速やかにサイボーグ手術を受けてもらうことになります」
私の名前がトップに呼ばれてしまった。みんなが言っていた私が主役という意味が初めて現実となって理解することが出来た。私は、現実として、サイボーグとしての人生を受け入れるしかないのだ。それは、これからの生涯を異形の怪物として生き続けなければならないことを意味していた。
長田部長が今後のスケジュールを説明した。
「今後のみんなのスケジュールですが、今後30日程度で、サイボーグの基本メカニズムを勉強してもらい、もしも、何かあったときにも、自分たちで、自分の身体を修理できるようにしてもらいます。そして、いよいよ6名は、機械との複合体であるサイボーグへの手術を受けてもらいます。手術と回復にかける時間を60日程度見ています。そして、火星標準環境室と宇宙船シュミレーターに入っての訓練を100日前後予定しています。候補者は、基本的にこの期間、火星標準環境室と宇宙船シュミレーターから外に出ることはできません。
そして、第1次探査チームは、地球軌道上で建造される火星探査用宇宙船に連絡船で移動し、火星に向け旅立つのです。補充用バックアップメンバーは、宇宙船シュミレーターと火星標準環境室の中に留まり、地球上で第1次探査メンバーと同じ生活を送ってもらいます。
残りの4名は、6名のバックアップを行いながら、第1次メンバーが火星に旅立った後に順次
サイボーグ改造手術を受けてもらいます。その時期については、まだ決まっていません。それから、辛いことですが、橋場少佐は、手脚の切除手術をサイボーグ手術と同時に行ってもらいます。精神的なショックを考え、手脚の切除処置を前倒しで行うことも考えましたが、橋場少佐の場合、精神的なメンテナンスを充分受けて、精神的なショックが少ないだろうというデータがでていますので、問題ないと判断しての同時処置となります。ここまでで質問はありませんか?」
みんなが、質問がなさそうなのを見て、長田部長が付け加えた。
「これからは、サイボーグ手術を最初に受ける6名のサポートに関して、サポートヘルパーが1名ではサポートヘルパーの負荷が大きいと判断し、もう1名増やして、2名体制となります。各々に付く担当の増員サポートヘルパーが、各々の居住エリアで待っています。各自、一度部屋に戻って、新人サポートヘルパーと対面して下さい。その後、10名全員、処置室に各自行って、通常のメンテナンスを受けてください。それでは、ブリーフィングを終わります。解散」
私は、まりなさんと共に私の居住エリアに戻った。
「はるかさん、リクライニングシートに座って待っていて。これから、私同様にはるかさんのお手伝いをするもう一人の新しいサポートヘルパーをつれてくるから。楽しみにしていて」
そう言って、まりなさんが出て行った。
まりなさんは、お手伝いって行ったけど、実際には、お手伝いもあるけど、管理、監視することも
怠りなく行っているのではないのか?だって、まりなさんに対しても、事実上、服従をしなければ、何も、手伝ってもらえなかったりするかも・・・。
そんなことを思っているとまりなさんが後に一人、ラバーフィットスーツを完全装着された人間を従えて戻ってきた。
「連れてきたわ。これから、サイボーグ手術を受けて、火星探査・開発用サイボーグとして生きるという、未知の体験をするはるかさんにとって、サポートヘルパーは、常にサポート体制を引いておかなければならないし、私たちも未体験だから、万全を期すためにも、二人体制がベストと判断しての決定と言うことです。ただし、彼女、見習いだから、そこは多めに見てね。万全の体制として、宇宙開発事業局からのささやかなプレゼントと言うことです。さあ、中に入って挨拶をして」
まりなさんに促され、私の居住エリアに彼女が入ってきて挨拶をした。
「よろしくお願いします。今日から、如月大佐のサポートヘルパーになります・・・」
私が、彼女の言葉を遮る。
「ねえ。薄い緑色のラバーフィットスーツだよね。それに、胸に、MARS11と書かれているのだけど、彼女は、サポートヘルパーとは違うんじゃないの。それに、如月えりかって。ひょっとして・・・」
私の頭が混乱してきた。整理がつかないんだけど、どういうことなの。
「順番に説明するわ」
まりなさんが答えた。
「はるかさんが、かえって混乱しちゃったのはわかります。まず、彼女のこのプロジェクト内での任務区分なんだけど、薄い緑のラバーフィットスーツを装着されている以上火星探査・開発用サイボーグ化予定者です。つまり、第2期の被験者の一人です。今回は、16人のメンバーが選抜されたのです。だって、もう、はるかさんが宇宙開発事業局に着任してから403日が過ぎています。私たちは、火星時間で過ごしているから、1セクションという火星の1年しか頭にないけど、地球上の時間では、1年以上経っていると言うことになっています。当然、次の年度での補充要員の配属が行われたというわけです。政府は、火星植民地化計画に、更に本腰を入れる決断を下したのです。今回の選抜メンバーは、ほとんどが、探査メンバーではなく、探査を終了して、開発を行うためのオペレーションを行うために火星に永住させることも視野に入れたミッションの遂行者となるのです。そして、その中でも、優先的にサイボーグ化手術を受ける6名のメンバーの教育には、第1次火星探査チームとそのバックアップチームの6名のサポートヘルパーとして、実際のサイボーグとしての生活や訓練をつぶさに観察させたり、実際に被験者とのコミュニケーションによる生の情報を与えることによる教育プログラムを実施することにしたの。だから、彼女は、はるかさんのお世話をしながら、自分がこれからどの様な処置や訓練を行われるのかを先輩の姿を見て勉強することになるの。だから、逆に、はるかさんの分身のようなサポートヘルパーになると考えての配属なんだそうです。私同様よろしくね」
一つの疑問は解決した。
「でも、彼女の名前、ひょっとして・・・」
「高橋さん、ここから先は、私が話します」
「いいえ、私から話します」
まりなさんが、彼女の申し出を断り、話を続けた。
「彼女の名前は、如月えりか。はるかさんのサポートヘルパーであり、火星植民地化計画の主役でもある火星探査・開発用サイボーグの第2期候補メンバーです。彼女は、空軍士官学校をこの春、優秀な成績で卒業した女性なの。卒業と同時に空軍中尉の階級を与えられ、任官と同時にこのプロジェクトに配属されたの。彼女は、現役空軍エースパイロットの誰よりも優秀な技術と統率力、判断力、決断力を持っているの。そして、機械への適応力もトップクラスで、はるかさん以来の潜在能力を持った火星探査・開発用サイボーグへの手術への適正を持つ素晴らしい被験者なの。
そして、はるかさんが聴きたいことだと思うのですが、はるかさんのご想像通り、あなたの本当の妹でもあります。そうです、あなたの妹のえりかさんよ。今回の選考で、空軍士官学校に抜群の成績で卒業する士官候補生がいると言う噂を聞いて、偶然、候補にリストアップしたのが彼女だというわけ。
ただ、被験者として着任したとき、木村局長が、はるかさんの妹とわかったとき、即座にはるかさんのサポートヘルパーに付けることを決断したの。理由は、姉妹という一番気心の知れた存在が側に付いていることで、誰も体験したことのない特別な経験をするはるかさんの心のケアに非常に有効だと判断したからなの」
えりかがまりなさんの言葉を受け継いだ。
「あらためまして。如月大佐。よろしくお願いします。如月えりか中尉です。今日から、大佐のサポートヘルパーとして、お世話させていただきます」
「えりか、よそよそしくしなくていいのよ。私が、この任務でいなくなる前の呼び方で呼んでちょうだい。お願い。まりなさんも、それでいいわよね」
「私は、はるかさんであり、えりかさんと呼びますから。えりかさんのはるかさんの呼び方は、はるかさんとえりかさんがいい方法で呼んでください」
「わかった。それじゃ、お姉ちゃんと呼ばせてもらうわ。これからよろしくね」
えりかがそう言うと言葉を続けた。
「お姉ちゃんが、空軍の任務中に行方不明になったと聞いて、お父さんとお母さんと一緒に悲しみの中にいたのが400日余り前のことだったの。私も、士官学校の卒業を来年に控えていた時期だったの。そこに、秘密特殊任務に先輩の何人かが就いたという噂が聞こえてきたの。私は、お姉ちゃんは、絶対その任務に付くことになったのだと確信したの。そんな時に、卒業後に特別な任務に就くことを打診されたの。任務の内容は、明かされなかったけど、この任務に就けば、お姉ちゃんに会えると確信したの。実際に配属されてみると、火星を植民地化するというとんでもない計画を遂行するために、身体を機械と肉体の複合体であるサイボーグになるという想像を絶する過酷な任務であると初めてわかったの。それでも、お姉ちゃんがいることがわかって、しかも、お姉ちゃんが火星に行くまで、どんな形にしても、一緒にいられる機会を得られたんだから、満足している」
えりかの言葉に何かいとおしさを感じる。でも、今の私は、涙を流すことが出来ない身体になってしまったのだ。その辛さが痛いほどだった。
「ねえ、えりか、あなたは、サイボーグ手術を受けるときは、ひょっとしたら、もう地球に戻ることが出来ない任務に就かないといけないのに、私を捜すために身を捧げる覚悟をしたなんて、なんて言う子なの」
えりかが答えた。
「私は、今は、涙が流すことが出来ない身体になってしまったけど、こんな時、人間は、涙を流して泣くのかな?でも、覚悟の上の決断だから、悔いはないわ。お姉ちゃんと過ごせる最後の時を満喫したい」
私は、その言葉に答えた。
「でも、私が任務を終えたら、また、あえると思う」
「違うわ。もしあえたとしても、二人は、怪物の姿で再開することになるわ。人間に近い状態であえる最後になると思うわ。膚と膚を直接触れあえないのは残念だけど。だから、誠心誠意、お姉ちゃんのサポートヘルプをしていたいの」
私は、妹の覚悟を知り、私自身の覚悟も更に揺るぎないものになった。
「わかった、私のサポートヘルプは大変かもしれないけど、まりなさんの足手まといにならないようにしっかりやるのよ。そして、自分がサイボーグ手術を受けるときのための経験にするのよ。いいわね。そして、まりなさん、これから、更に大変になるけど、私の世話をお願いします」
まりなさんと、えりかが、「ハイ」と答えた。
それでも、姉妹揃って任務中行方不明になったことになって、異形の身体で生きていくなんて、思っても見ないことだった。
「さあ、はるかさん。メンテ処置を開始します。処置室に移動しましょう」
私は、まりなさんに促され、リクライニングシートを立ち、処置室に向かった。
「えりかさん、着いていらっしゃい。最初のサポートヘルパーの仕事よ」
処置室に着くと、私は、処置用シートに腰を下ろした。そうすると、自動的に、リクライニングシートがたおれ、足がM字型に開いた形になって固定された。
「えりかさん。洗浄管をはるかさんに接続して」
まりなさんにそう言われて、えりかが私のまたの部分のバルブ弁に洗浄管を接続した。性器の洗浄用のチューブである。次ぎに人工肛門と人工尿道弁とバックパックを接続するチューブがはずされ、代わりに、洗浄管がそれぞれに接続された。妹に下半身の性器や排泄器の世話をされるのは、想像以上の恥ずかしさだった。
「えりか、恥ずかしいよ」
「お姉ちゃん、私は、任務を遂行するサポートヘルパーです。それに、お姉ちゃんは、この処置を定期的に行わないと、身体に不具合が生じるのだから、我慢して処置を受けてください」
「エヘヘ。はるかさん言われてしまいましたね。でも、えりかさんの言うとおりです。大変な恥ずかしさだと思いますが、我慢して処置を受けてください」
まりなさんのいじわる。こう心で叫んだのであった。
処置が終わって、えりかが、接続管を身体に再接続してくれ、作業が終了した。気心が知れているだけに、恥ずかしいことがあるのだが、ここでは、そんな羞恥心さえ持つことを許されないのだ。
「今日は、これで、スケジュールは終わりました。洗浄室でシャワーを浴びて、居住エリアに戻りましょう」
まりなさんに言われ、洗浄室で、シャワーを浴びた。久しぶりのシャワーだったが、もう、330日も経つとラバーフィットスーツの上からのシャワーに完全に慣れたし、気持ちよさが広がった。
えりかが感心していた。
「私は、まだ、シャワーなんて違和感があるから、早く慣れたいな」
そう言いながら、まりなさんと二人で、私の身体を丹念に洗浄してくれ、シャワーが終わった。えりかに身体を触られるのは、まりなさんに触られるより、やっぱり恥ずかしいことであった。
そして、更に、二人が、私の身体を丹念に拭いてくれた。
居住エリアに戻って、まりなさんと、えりかの3人と他の被験者やサポートヘルパーと一緒に6名の新しいサポートヘルパーとして任務を受けたサイボーグ改造手術のサイボーグ候補に今まで私たちが受けてきたことを話した。そして、居住エリアの自室に戻り、レストモードに自分の身体が切り替えられ、意識が遠のいた。
「えりかさん、お疲れ様。今日の仕事は、どうでしたか?」
「いろいろな勉強になりました。皆さんの経験を肌で感じられ、満足しています」
「明日も、早いから、あなたのモードも切り替えて、早く、休めるようにしてあげます。明日からも大変な作業をしないといけないですから、そっちのリクライニングシートがえりかさんのものです。席に収まって。今日はもう作業を終了しましょう」
そんな声が次第に遠ざかっていった。まりなさん、えりか、明日もよろしくね。
新しい1日の始まりが、バックパックによって、私にもたらされた。
身体をアクティブモードに切り替えられ、私のアクティブポートが開始された。0時、時間通りの起床だ。まりなさんと、えりかが、傍らから私のリクライニングシートをのぞき込んでいる。
「はるかさん、今日は、いよいよ、新しい身体の知識教育がカリキュラムに加わります。トレーニングの後、エデュケーションルームに入ってください」
私は、いつものようにみんなとトレーニングをこなした。少し違っているのは、6名に新たにつけられた薄緑色のラバーフィットスーツを装着されたサポートヘルパーたちも一緒にトレーニングをしていることだった。そして、トレーニングを終えるといよいよ、エデュケーションルームで新しい教育訓練の課目である
このプロジェクトで使われるサイボーグの身体の勉強であった。私たちにとって、自分の将来の姿と構造を学ぶことは、最も重要なことの一つであった。なぜなら、孤立した火星の環境で自分や仲間を修理するのは、ドクターのいない世界だからこそ、必然性のあるものであったし、重要なことであった。
しかも、治療とは言わずに修理とかメンテナンスという言葉を使うのだそうである。ますます、自分が人間でなく、機械に近い存在になることを認識づけられる。
エデュケーションルームに9名の第1期被験者候補メンバーと第2期メンバーのうちえりかたち6名が集合した。
私たちのバックパックが付いたラバーフィットスーツで包まれた身体をピッタリ包み込むような形のエデュケーションチェアに座ると全身が包み込まれるように拘束され、エデュケーションチェアの背もたれが傾き、全身が斜めの状態でしかも楽な姿勢の位置でホールドされた。そして、バックパックにエデュケーションチェアからエデュケーショナルケーブルが伸びだし自動的に接続された。このとき私のフェースプレートが遮光率0%となり、まったく何も見えなくなった。しばらくすると長田部長の姿の映像が、私たちのフェースプレートに映し出された。
私は、エデュケーションチェアに座るときいつも、私の視覚が一瞬途切れて何も見えなくなる時間が長く感じられた。エデュケーションチェアの特徴は、ラバーフィットスーツの視覚機能とコミュニケーションサポートシステムと連動して、訓練教育を受ける人間に対し、教育映像以外の視覚と聴覚を遮断し、意識を集中させる機能を持っているのである。もちろん、ここでエデュケーションチェアに座っている人間にそれぞれ違ったカリキュラムを受けさせることも可能であるし、個人に合わせたプログラムを受けさせることも出来るシステムなのである。
もちろん、身体データを管理されているので、睡魔が襲ったり、注意がそれたり、カリキュラムを受けることに反抗的だったりすると体罰システムが機能するので、訓練教育プログラムに集中することを強制されるシステムでもあるのだ。
フェースプレートに映し出された長田部長がしゃべり出した。
「今日から、いよいよ、皆さんにとって、一番重要なカリキュラムの一つである今回の火星植民地化プロジェクトで使用予定のサイボーグについてのプログラムが始まります。このプログラムは、自分たちがミッションの間中生き続けるためにもっとも必要な知識となるのです。なぜなら、自分たちの身体のことなのですから。このカリキュラム全体をとおしての教官の水谷美雪ドクターです。彼女は、今回のサイボーグ計画の人工器官の開発から、医学的処置に至るまで、全ての開発の統括責任者をお願いしています。火星探査・開発用サイボーグ、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの全てにおいて、最高の知識を持っています。水谷ドクター、どうぞこちらへ」
長田部長の映像が、水谷ドクターの映像に切り替わった。彼女は、技術スタッフの薄い黄色のラバーフィットスーツを装着していた。透過率100%にしてあるフェイスプレートとゴーグル越しに顔を見ることが出来た。どちらかというとかわいいタイプの女性だった。
「皆さん。こんにちは。はじめまして。水谷美雪と申します。今日から、我々が我が国の将来を託す皆さんの近未来の身体についての詳しい情報を与えます。皆さんは、情報を受け取ることにより、自分たちが置かれている状況を冷静に分析することと、自分たちの身体の修理とメンテナンスが間違いなく行えるようにしてもらうことを目的としたカリキュラムです。実際の人工器官の模型を見てもらったり、実地訓練も行ってもらいますが、火星探査・開発用サイボーグと惑星探査宇宙船操縦用サイボーグの身体の全ての知識を習得してもらうため、バーチャルの教育システムであるエデュケーショナルシステムをフルに使ったカリキュラムが中心となると思います。
実際の身体のメンテの習熟訓練は、皆さんがサイボーグ手術を受けてから、自分やチームの仲間の身体で行ってもらうことになると思います。特に、第1次火星探査の正規チームは、緊急補充用バックアップチームの身体を使って確実に技術を習得してもらうことになります。正規チーム自身の身体を使っての訓練もあると思いますが、正規チームの3名は、何事もなく、火星に送り込まれるための重要な機材ですから、故障の原因になる可能性のあることをサイボーグ体に行うことは出来ないためです。その為にバックアップチームに正規チームと同様の処置を施してあるのです。バックアップチームの3名は、そのことを忘れないでください」
かわいい顔をして水谷ドクターは、きびしいことを言う。でも、それが私たちに与えられた運命なのだ。それにしても、修理、故障、機材なんて言う言葉が私たちが人間ではなくなることを端的に示す言葉なのだと痛感した。
水谷ドクターは続けた。
「残りの4名の第1期プロジェクト用ドナーメンバーも第2期の中でここにいる6名のプロジェクト用ドナーメンバーも人ごとではないのです。第1次メンバーが旅立ってから、1年以内には、サイボーグ手術を受けてもらい、火星に行く準備と訓練を開始してもらいます。何故なら、第1次探査チームより、第2次探査チームの方がより長い期間火星に留まることになりますし、その後に出発する火星開発チームのメンバーは、火星からの帰還を想定せずに火星に送り込まれることになりますから、訓練することがたくさんありますので、長期の訓練と耐久試験でのサイボーグ体の信頼性を確認してから出発させる必要があるからです。だから、ラバーフィットスーツを装着されて人間としての生活期間は、余り無いのです。いいですね、皆さん」
私は、「ハイ」と答えた。
水谷ドクターが続けた。
「皆さんに厳しいことを言っていますが、現実として受け止めて欲しいの。そして、皆さんに火星で何かのトラブルに巻き込まれないようにして欲しいの。だから、厳しい言葉を吐くかもしれないけれど、勘弁してください。それから、これから、私たちサイボーグ開発チームがみんなを出来る限りサポートしていきます。みんな、頑張ってね」
水谷ドクターは、最後の言葉を話したとき口元がほころんだ。本当に心配してくれているのだ。水谷ドクターの優しさが伝わってきたように思った。
水谷ドクターの映像が消え、またしばらく真っ暗な状態になった。しばらくすると、映像ビデオが流れはじめ、視覚に映る物体があった。水谷ドクターの説明が入る。
「これが、美々津少佐と橋場少佐の2名そして、6名の第2期プロジェクト用ドナーの何名かのサイボーグ手術の完成イメージになります」
そこに映し出されたのは、まさに無数のケーブルに繋がれた物体でしかなかった。
「惑星探査宇宙船操縦用サイボーグは、基本的に、手脚という地球上で地球上で必要な器官が、このタイプのサイボーグにとっては、宇宙船ということになるため、手脚という器官を除去してあります。だから、手脚のとれたアンドロイドという形状になっています。そして、切断面には、宇宙船の操作用コンピューターと接続するためのコネクターが付いています。
身体は、特殊合金製のメタルスキンとなっています。身体の内部は、内臓は全てほとんど全て取り除かれ、空いた空間に補助コンピューターが組み込まれています。脳と一部に残った本来の肉体部分の栄養補給は、外部からの供給に頼るようになります。宇宙船に接続されている場合は、惑星探査用宇宙船の場合、半無限供給型有機栄養液生成システムから胸部のバルブに接続、チューブによって供給されます。それを人工心肺システムにより、生体部分に運ぶのです。宇宙船から切り離されて、生活する場合は、本体の右にイメージ映像が示されている交換型栄養液供給、老廃物貯蔵システムカートリッジをフロントパックにいれて、胸のバルブ部分に固定取り付けを行います。ですから、宇宙船では気にしなくてもいい栄養液カートリッジの補充と老廃物の貯留カートリッジの交換を定期的に行ってもらう必要があります。
そして、人工心肺に関しては、液体呼吸液が人工血液として直接生体部分を流れるようになっていて、酸素と二酸化炭素の交換は、バックパックで行われ、酸素を呼吸液に供給し、二酸化炭素を除去するシステムがバックパックに内蔵されています。心臓機能は、ロータリーポンプ型人工心臓システムになっています。このシステムのメリットは、常に人工血液でもある呼吸液を途切れることなく、一定の圧力で供給し続けられることなのです。
バックパックには、酸素発生システム、二酸化炭素処理システム、補助コンピューター、コミュニケーションサポートシステム、データ記録装置、データ送受信システム、機械部分駆動用蓄電池などの機械類が納められます。蓄電池に関しても、宇宙船では自動充電ですが、地球上では、1日に1回、必ず充電処置が必要になります。
頭部は、やはりメタルスキンで覆われていて、目は、ゴーグル型の人工眼球になっています。人工眼球下部からロケットの外部モニターと接続するためのコネクターが付いています。口や鼻といった知覚器官は不必要ですから取り除いていて、それらのあったところの空隙部分に永久エネルギー作成、蓄積、供給システムが取り付けられます。そして、脳の部分は、脳を包み込む形で、補助サポートコンピューターがおかれます。これで船内の音を聞いたり、船外の情報をリアルで収集を行い、必要な情報を脳に送るようにしています。
彼女と他のサイボーグたちや我々と話す際に使われるコミュニケーションサポートシステムと脳のサポート補助コンピューターと接続されています。そして、惑星探査宇宙船と接続され、シートに取り付けられ、固定されて任務を行うのです」
私は、息をのんで、その映像を見つめた。金属光沢を放つボディー、戦隊物のヘルメットを被ったような頭部、そして、ボディーと同じ素材で出来たバックパックが、ボディーと一体化されていて、どう考えても取り外すことが出来ない。もう、人間の肉体に機械の人工器官を移植したサイボーグというよりもアンドロイドに人間の脳と最低限の臓器を取り付けたという表現が正しかった。人間性というよりも、宇宙船の頭脳としての特殊用途サイボーグの機能を最優先された姿であった。脳以外は、余分な器官という意識で、デザインされていた。
説明は続いた。
「主要部品に軽量化金属を多用しているのと、手脚という余分な器官を考えなくてよくなったこと、電子部品の素材も軽量素材が使われていることもあり、重量を20Kg前後に抑えることが出来ています。宇宙服込みで通常の宇宙飛行士のオペレーターを乗せると200Kgに近い重量になることを考えると、この部分で、90%の軽量化がはかれたことになり、その分火星に降ろせる機材を余計に積むことが出来るようになったのです。それに、手足の動作を使ってのオペレーションと違い、宇宙船と脳及び神経組織がダイレクトに繋がっているため、反応速度が大幅に速くなっています。まさに、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグは、宇宙船をオペレーションするための決定版といったところね。ここまでで、質問はありますか?」
質問する気力すらなくなってしまう。もう、完全な物扱い、私たちは、火星に降ろす機材であり、人間ではないし、惑星探査宇宙船操縦用サイボーグも、宇宙船のメインシステムの一部でしかないのであった。
何か、気分が滅入ってしまうような感覚に襲われた。それでも、サイボーグの説明は続く。
フェースプレートが再び、真っ暗になった。しばらくして、違ったタイプのサイボーグの映像がフェースプレート内にモニターされた。
「次ぎに、皆さんに見てもらっているのが、火星探査・開発用サイボーグです。皆さんの大部分の人が手術を受けて、この姿になってもらうサイボーグです。まず初めに如月大佐、望月七海中佐、渥美大佐、望月未来中佐の4名が約30日後にサイボーグ改造手術を受けてもらうことになっています。彼らの処置が成功すれば、順次、ここにいるプロジェクト用ドナーである皆さんも、ここにいない第2期プロジェクト用ドナーメンバーも大部分の人がこのタイプのサイボーグになっていくのです。
だから、ここにいるメンバーには、何度も何度もひつこく言うけれど、自分たちのこれからの運命として、冷静に受け止め、身体の構造学を自分の物にしてください。決して、目をそらさないで欲しいし、そらすことは出来ないのです」
私が、ラバーフィットスーツを装着されていて、身体を部分的に変更されているけど、人間としての感触のある今の状態でいられる期間は、もう30日ぐらいしかないのか。計画が予定より遅れて、少しでも長くこの体でもいいから、人間でいたい。現実のタイムリミットが近づくとそんな思いがこみ上げてくる。事実を突きつけられれば突きつけられるほどそう言う感情が強くなる。覚悟は出来ているはずなのに・・・。
他の5人はどう考えてこの映像を見ているのだろう?
「如月大佐、考え事をしていないで、映像に集中してください」
水谷ドクターの声が聞こえた。
「すみません」
ハッとして、また、映像を見ることに神経を集中する。
「これが、我が国が開発する火星探査・開発用サイボーグです。つまり、あなた達の近未来の姿になります」
私の前に現れた映像は、特撮映画の女怪人といった雰囲気だった。濃くて深い緑色をしたラバーフィットスーツのようなゴム感がある金属光沢を持った身体、頭部は、同じ色をしたヘルメット上の硬質感を持っていた。そして、その頭部の顔に当たる部分は、大きなゴーグル状の形をした鈍く赤く光る物が多分目だと思う。そして、口や鼻という器官は痕跡すら見当たらなかった。耳の部分は、四角形の形に少し出っ張っていた。
背中に映像が移るとその部分は、バックパックぐらいの四角形をしたこぶが付いており、そこから金属製の柔軟性のありそうなチューブがでていて、それが身体に続いていた。もうここまでスタイルを見ても、人間ではないと思えたが、性能を聴いたら、もっと期待通りの物であろうと思えた。
水谷ドクターの説明が始まった。
「基本的には、ラバーフィットスーツを着たシルエットに近いと思います。しかし、実際の身体の寸法は、内部に詰め込んだ機械の関係で多少大きめになっています。頭部は、火星の微弱な光の中や夜の暗い中でも視覚を確保できるようにした低温光線可視型人工眼球です。そして、映像を動画及び静止画にて保存することが出来るような高性能デジタルカメラにもなっています。画素数換算では、人間の肉眼以上の性能になっています。
頭部側面にあるのが外部集音機になります。耳に相当すると同時にコミュニケーションサポートシステムの通信アンテナになっています。また、デジタルレコーダーになっていて、高性能のデジタル音源データを録音保存できるようになっています。口は、不用の器官であるため、デザインされていません。
臭いというデータは重要なので、人工眼球のすぐ下の部分に感臭装置が付いていて、臭いの成分が瞬時に分析され、脳にデータを送ると同時に視覚データとして人工眼球の中の視覚に成分表が表示することも出来ます。また、蓄積データとして、デジタル保存されるようになっています。
サイボーグの神経システムは、バックパックと身体内の補助コンピューターと脳が連動して、身体の最適に生体部分をコントロールできるようになっていますし、神経細胞の結節部分には、伝達速度を速くする神経システムアシストシステムの電子部品を取り付けます。この装置のもう一つの目的は、機械部分の制御用ケーブルを分岐させ、神経組織を通じて生体部分と機械部分の両方を脳と神経が制御できるようにすることです。それによって、本来の生体脳が、もちろん、補助コンピューターとの協調によるものですが、自分の身体として、サイボーグ体全体を完全制御できるようにしているのです」
火星探査・開発用サイボーグの頭部は、データ取得のための装置と指令を実行するためのメインシステムである脳の収容装置としてだけ考えられているようだった。
「つぎに身体部の説明をします。サイボーグを覆う表面部分は、強化人工皮膚なのですが、金属とゴムとプラスティックの強化複合素材から出来ています。柔軟性伸縮性に富んでいて、なおかつ、耐薬品性、耐衝撃性に優れ、強度も高くなっています。一方で、サイボーグを覆う皮膚のための重量に関しても、考えられた素材の中では、性能比で最軽量のものになっています。大事な探査機材としてのサイボーグを外的危険から守る能力が非常に高くなっています。
そして、この人工皮膚の特徴は、人工葉緑素とエネルギー吸着素材、酸素吸着素材を含んでおり、火星では、二酸化炭素とごく微弱な太陽からの光線を使い、酸素とエネルギーを作り出すことを可能にしていると共に、火星と宇宙空間や宇宙船内で少量の酸素や空気中の元素エネルギー、太陽光エネルギーを吸収できるようになっています。そして、人工皮膚でつくられたエネルギーや酸素は、背中部分の一体型バックパックと腹部に作られた貯蔵システムに蓄えられます。下腹部にあるポーチ状のふくらみの部分が貯留システムです。
そして、人工皮膚は、本来の皮膚と完全溶着融合され、本来の皮膚として機能します。それにより、皮膚に損傷があった場合でも自己修復が可能となっています。そして、もとの皮膚に戻すことは、不可能な処置となっていることを認識してください。
それから、その内部の筋肉に関しては、柔軟性と人間の能力をはるかに上回るパワーを持たせることを、皆さんの本来の筋肉と人工筋肉を一本ずつ編み合わせていく作業を行うことにより可能にしました。人工筋肉の素材は、特殊金属とセラミックの複合体です。これも不可逆的な処置となります」
ここまで聴いただけでも、もうすでにもとの人間らしい身体には戻れないことを理解しなくてはいけない状況になっていたのに、これから先の水谷ドクターの説明は、更にそのことを強く認識するものになった。
「更にその内部にある消化器官は、ほぼ全てを除去し、そして、高濃度液体栄養液を人工心肺システムで直接人工血液に供給します。老廃物は、人工腎臓と僅かに残した排尿管で体外に排泄されます。
僅かに残った生体部分の健康維持システムとして、自分の胆嚢、脾臓、肝臓の細胞から造られた人工肝臓システムに置き換えます。栄養液の供給、老廃物の排泄に関しては、バックパックの循環リサイクルシステムに依存します。
呼吸器官に関しては、肺も心臓も除去して、人工心肺システムに交換されます。このシステムでは、肺に代わる器官は必要なくなり、酸素を含んだ人工血液がバックパックから直接人工心臓システムに供給され、二酸化炭素を含む人工血液が、バックパックへ排出されます。バックパックでは、酸素貯留システムと酸素発生装置により、人工血液に酸素が取り込まれ、二酸化炭素吸着システムにより、人工血液から二酸化炭素を吸着します。そして、吸着された二酸化炭素は、酸素と炭素に分解され、酸素は、再び人工血液に供給され、炭素は、栄養液の中に溶け込ませて生体部分の維持に使うと同時に、機械部分のエネルギーとして変換するようになっていて、完全クローズシステムとなっているのです。生体部分の老廃物に関しても、機械部分のエネルギーに変換されるようになっています。
そして、身体の空いた部分には、火星のデータをデジタルで蓄積させるための超大容量ハードディスクや補助コンピューターが収まるスペースになります。ちなみにこの大容量ハードディスクの容量は、火星探査開発用サイボーグが20年間見たり聞いたり臭いをかいだり、感じたりしたデータや会話データ、身体データなどの全てが記録できるものなのです。
そして、屋台骨である骨格に関しては、金属物質置換装置を使って、カルシウム成分をチタンの合金成分と金属特性を持つ樹脂成分に置換されます。それによって強度と粘りをもつ骨へと生まれ変わるのです。そして、関節部分には、間接倍力モーターでサポートします。筋肉の改造と、この倍力モーターによって人間の数百倍にもなる運動能力を持つことが出来るのです。
機械部分のエネルギーは、生体部分で不要になった物質、人工皮膚で生成されたエネルギー、などを使いながら、足りない部分は、バックパックに収められた、永久エネルギー生成循環再生システムから供給します。このような構造の身体を持つことにより、どの様な環境においても、完全に独立した個体として存在することになるのです。しかも、火星上においては、火星独特の大気を最大限に生かしての活動を可能にしています」
私をめまいが襲ってくるような気にさせた。何故なら、完全に私のオリジナルな生体部分は、脳と一部の内臓だけになってしまうし、生体部分を基礎に造られることで、生体部分があった痕跡が残るのは、皮膚と骨・筋肉ぐらいかもしれない。大部分の組織は、機械のパーツに完全に置き換えられたり、付け加えられたものになってしまう。そして、地球上で生活するより、火星での生活が最適な身体になってしまうのであった。
水谷ドクターの解説はまだまだ続く。
「まあ、言うなれば、火星専用人類の誕生といったところかしら。つぎに、火星探査・開発用サイボーグの性能をお話しします。火星探査・開発用サイボーグは、骨格部分を軽量金属に置き換えたりしたことにより、100Kgそこそこの自重に抑えることが出来ています。そして、5トンの重量のものを持ち上げ運ぶことが出来る能力や、時速120Km/hのスピードで、1日ぶっ続けで走ることも可能になっています。そして、跳躍力も信じられないものになっています。その他も考えられる火星での活動に必要な性能が備わっています。今までに経験したこともないような聴力、どんなに暗くても見ることが出来、遠くのものも、小さなものも見ることが出来、視覚に関するあらゆる能力を負荷させた人工眼球、どんな小さな音も、遠くの音も判別できる人工聴覚などといった、火星での任務を送るのに考え得る全ての能力を持たせることに成功させたのが、火星探査・開発用サイボーグなの」
火星探査・開発用サイボーグになる手術を受けたら、確実に人間とはまったく違った存在になってしまう。
水谷ドクターは、火星人の誕生とか、神に近い存在になるという言葉を使ったが、これでは、怪物に変えられてしまって生き続けるという表現が正しいのだと思った。
「一通りのサイボーグの性能についての説明を終わりました。みんなにとって、自分の運命なのだから辛いこととは思いますが、任務に付くことを指名されたメンバーなのだから、早く現実として自分でかみしめてください。
あっ、一つ重要なことを説明し忘れていたわ。それは、性器についてのことです。性器は、火星探査・開発用サイボーグにとって完璧に不要な組織なので完全に除去され、男性には、男性としての意識を維持するのに必要なホルモンを供給するシステムが、女性には、女性の意識を維持するのに必要なホルモンを供給するシステムがつけられます。さして、睾丸、前立腺、膣、卵巣などといったものは除去されます。その事実も早く受け入れること。
今日はこれで講義を終了します。明日からは、細かなメカニズム、使い方、修理の仕方といったプログラムを順次学んでもらいます。自分が今説明した身体の持ち主になるのだから、明日からのカリキュラムは、今までのカリキュラムにも増して、完璧に自分のものにしてください。それが、あなた達の唯一の生きる道なのです。それでは今日は終了です」
再び、フェースプレートが暗くなり、しばらくして、明るくなって、視力が戻った。そして、エデュケーションチェアの拘束が解かれた。しかし、私は、しばらく立ち上がれなかった。
それは、他のメンバーも一緒だった。私たちは、受け入れなければならないことが多すぎたのだ。私たちは、自分の居住エリアへ向かう足どりは最悪に重かった。しかし、私たちに知らせられなかったサイボーグの機能がまだあったことを知ったのは、私たちが、サイボーグに改造される手術を受けた後のことだった。それは、本当はかなり重要なことなために機密扱いとして、我々にもこの時は、明かされることがなかった。
居住エリアに帰るまで、私は、えりかとも、まりなさんとも、声を交わさなかった。
居住エリアに着いて、3人は肩を抱き合った。普通の人間なら、ここで、3人が大声で心いくまで泣けるのだが、私たちには、もう涙を流すための器官がなかった、私たちはなく自由すら既に奪われていたのである。3人は、しばらく肩を抱き合い、身を寄せ合って、お互いの感情を沈め合うことしかできなかった。
私が、話し始めた。
「私たち、本当に人間じゃなくなるのね」
「お姉ちゃん、最後の人間としての期間を堪能して。私も少し長いけど、状況は変わらないから、一緒に堪能しようね」
「はるかさん、えりかさん。私は、出来る限りのサポートをします。訓練は厳しいけど、余暇の部分は楽しんでください」
みんなでそう言い合うのがやっとだった。
そして、私は、リクライニングシートに着いて、休息に入ろうとすると、水谷ドクターが、私の居住エリアの外に立っていた。
「はるかさん、えりかさん。少しお話ししてもいいかしら」
私が、
「どうぞ、お入りください」
というと水田ドクターが入ってきた。
まりなさんが、席を外そうとした。それを水谷ドクターが制して、
「高橋さんも一緒にいてください」
そして、4人で向かい合う状態になったところで、水田にドクターが話し始めた。
「今日の話は、もともと、このプロジェクトにサイボーグ手術用被験者として参加させられたときから、覚悟していたことだと思うけど、改めて、実際の姿形を見てしまうとあらためての恐怖心がでて当然だと思うわ。みんなを恐怖と絶望のどん底に落とし込んじゃってごめんなさい。それが言いたかったの。他のメンバーにもいって回るつもりよ。でも、あなた達には、もう一つ知っておいてもらいたいことがあるの。それは、第2期メンバーのことなの」
「第2期メンバーが何か?」
えりかが聴いた。
「実は、第2期メンバーは、あの日任務を言い渡された16名だけじゃないの。実は、後4名の第2期メンバーがいるのです。そのメンバーというのは、火星開発計画が進むと同時に火星に居住するサイボーグが増えることになるのはわかるよね。そこで、宇宙開発事業局の首脳は、火星に早めに、サイボーグに関与した医療スタッフと技術スタッフ、それに、サポートヘルパーのチームをメディカルケアを目的として火星に送り込むことを決めたの。そして、第2期メンバーとして、極秘に4名のスタッフをサイボーグ候補にしたのです。その中の一人が、実は、私なの。そして、長井ドクターとサポートヘルパーの前川さんと、望月七海中佐をサポートしている田中さんが選出されることになったの。私たちも自分が開発した機械の身体にならなきゃいけなくなったって言う訳なの。だから、恐怖と絶望の感情を持っているのはみんなだけじゃなく、私も同じなの。だから、かえって、包み隠さずにサイボーグについて話をして、みんなが早く置かれた立場への理解をして欲しいという気持ちになったの。だから悪気がなかったの。許してください」
「いいんです。そんなこと、私たちは、いずれ改造手術を受ける身ですから。とうに覚悟は出来ています」
「はるかさん。ありがとう。そう言ってくれると気が楽になる。それに、私も、火星に怪物として、火星に送られ、決して地球へは帰ることが出来ない身の上にあるから、同じ立場の人間として接してくれたらと思います。はるかさん。えりかさん。よろしくお願いします」
そう言うと、水谷ドクターは、次の居住エリアに行ってしまった。
私は、水谷ドクターの心の葛藤もわかるような気がした。だからこそ、第1次探査チームとして、頑張らなくてはいけないのだ。早く強く意志を持ち直し、精神的なブレがないようにしなくてはいけないと心に誓った。私は、もう戻る泥道はどこにもない、たとえ異形の身体になっても、頑張らなくてはいけないし、頑張って当然なのだと心に誓った。
翌日は、教育プログラムは、私たちがサイボーグへの改造手術後に火星に旅立つまで訓練を受ける施設を見学することになった。専用エレベーターで更に地下に降りるとそこにあったのは、本当に巨大なプールであった。
高さが30mで縦横が500mにもなるプールで外壁は全て透明な強化樹脂となっていた。この中には、私たちがサイボーグになったときの比重をニュートラルにするような密度に設計された超微粒子樹脂が水の代わりに入っている。この樹脂は、液体の特性を持っているのが特徴なのだそうである。私たちがこの中に入って宇宙空間での作業の訓練を行うことになるのだ。
そして、プールの傍らには、惑星探査宇宙船のシュミレーターが2つ置いてあった。このシュミレーターは、船室の部分が忠実に再現されていて、この中で、第1次探査チームと緊急補充バックアップチームのそれぞれが船内作業の訓練や惑星探査宇宙船操縦用サイボーグになった2名が操縦訓練を行う場所であり、緊急補充用バックアップチームにとっては、第1次探査チームの宇宙船での時間を地球上でシュミレートする場所であった。
そして、その更に地下には、火星環境標準室があった。ここは、火星の大気や地表面を忠実に再現していて、火星の気候と昼と夜などまで忠実に再現している空間であった。重力の再現が出来ないことをのぞいては、火星とまったく変わらない空間であった。この部屋の大きさは、1km四方の大きさを持っていて、火星環境での火星探査開発用サイボーグの訓練を行うスペースであった。
この部屋に入るには、低圧馴化エアーロックを2つ通り徐々に気圧を低くしていき、初めて入室が出来るようになっていた。そして、メインに火星環境標準室の傍らに低圧居住室が付いている。ここは、火星探査・開発用サイボーグたちが通常の場合、火星着陸船の中と同様の作りにしてあり、眠ったり、僅かに与えられる自由時間を過ごすところである。
そして、居住エリアのもう一方の壁には、エアーロックの扉があり、そこを開けると、火星探査・開発用サイボーグを宇宙船まで移動させたり、記者会見などのため、移動するためのカプセルであった。このカプセルも全体が透明で、移動中のサイボーグを外から見ることが出来るようになっていた。まるで動物園の動物の移動のようなものであった。
これらの施設で、火星に旅立つまでの間の訓練を行うことになっていた。この部屋も、第1次火星探査メンバーが旅立った後、緊急補充バックアップチームが火星の模擬生活を送る場となるのである。
そして、低圧居住室に隣接して、トレーニングマシンが置かれた部屋も存在していた。
そして、第2次探査メンバーやその後の開発メンバーが訓練を積むため、宇宙空間再現プールや宇宙船のシュミレーター、それに、火星環境標準室とそれに付随する設備がそれぞれ2つずつ存在していると聞いて、驚きと同時にこの施設は、いったいどのくらいの深さまでフロアーがあるのだろうと思った。
これらの施設は、歩き回るだけでゆうに1日はかかった。その為、この日の訓練は、施設見学だけに終わってしまった。
そして、次の日から、近々自分の身体になるであろうサイボーグについて実際の修理の方法から何から、全ての知識データをたたき込まれて、28日が過ぎていったのである。 この間に、サイボーグについての多くの知識データを自分のものにしていったのである。
そして、運命の日を迎えることになった。その日は、意外と早くやってきた。私たちがラバーフィットスーツを装着されてから360日、宇宙開発事業局に着任してから、430日目のことであった。
その日も、私は、バックパックによってレストモードから、アクティブモードに切り替えられて覚醒した。時間は0時。今日も時間ピッタリの目覚めだ。もう完全に機械に寝起きは支配管理されているのだ。私が、機械との共生体となりつつあると感じる一瞬だった。まりなさんとえりかを確認して、いつものように挨拶を交わす。
「おはよう、まりなさん。えりか」
「おはようございます。はるかさん」
「お姉ちゃん、おはよう」
そして、えりかが続けた。
「今日から、いよいよ始まってしまう。悲しいけどとうとう始まるのね。お姉ちゃんが機械にされる日なんだね」
私は、そう言われて、かえって開き直りに思えるほど覚悟が決まった。もう、わかっていたことだし、ここにいる以上いずれは、被験者の立場として、サイボーグに改造されるのだ。それが早いか遅いかなのだ。そして、私は、紛れもなく、栄誉ある第1号としての立場なのである。
「何言ってるの。どんな身体にされても、私は私なんだから。そんなこと言わないの」
えりかを諭すように私は言葉にした。
「でもでも」
えりかは言葉にならなかった。
それでも、涙を流すことが出来ない私たちであった。その事実の方がどんなに辛いのだろうか。
「もう時間なので、悪いけど、はるかさん。処置室に移動しましょう」
「わかっているわ。行きましょう。えりかも、行くわよ」
「ハイ」
えりかはそう短く言って、私とまりなさんの後に続いた。
処置室に続く通路では、浩、七海、未来の3人と一緒になった。それぞれのサポートヘルパーに前後を囲まれて、12人の集団での移動であった。みんな緊張しているのか、終始無言だった。第1期火星探査・開発プロジェクトのサイボーグ候補の6人が立っていた。
「みんなに会うのが、これが最後じゃないんだよ」
その中に、台車に乗せられたみさきと、まだ手脚の残っている最後の姿の望もいた。
「私たちは、みんなの後からの手術になるそうよ。一足お先に行って待っていてね」
「お互い頑張ろうね。」
私が答えた。
ルミが言った。
「生ありながら、神となりに往くものへ敬礼」
みんなが敬礼した。その中を私たちは、処置室に向かった。改めて、自分の置かれた立場を痛感した。そして、もう戻ることの出来ない現実があるのだった。
「みんなありがとう。見送ってくれて。頑張って処置を受けてくるわ。そして、任務を完璧に成功させてみせる。だから、みんな、協力と応援よろしくね」
心の中でつぶやいた。
4人がそれぞれの処置室にはいるために分かれた。私の処置室には、前田ドクターと佐藤ドクターが待っていた。
佐藤ドクターが、口を開いた。
「さあ、いよいよ、火星に行く本格的な準備段階に入ったね。機械の身体になるということは、精神的に辛いことだから、せめて、私たちのスキルの全てを注いで楽に改造処置をするようにするから、頑張るのよ」
あまり励ましになっていないような励ましを受けて、私はラバーフィットスーツ着脱処置台に乗った。そして、完全に固定された。
佐藤ドクターが私に行われる最初の処置を説明してくれた。
「まず、ラバーフィットスーツを脱いで、元々の身体に戻す処置を行います。とにかく、180日前に経験したように苦痛を伴うから、全身麻酔で少し意識を失っている間に処置を進めます。いいですね」
「お願いがあります。麻酔で意識がない状態で、ラバーフィットスーツから出されるのではなく、少しでも、人間としての感触を長く味わいたいので、麻酔なしで、ラバーフィットスーツを脱ぐ作業を経験させてもらいたいのです。苦痛を味わうのも、人間として最後の経験のうちですから耐え抜いてみせます。どうかお願いします」
私は強い決意を持ってお願いをした。
「わかりました。そこまで決意が固まっているなら、如月大佐の望み通りにします。ただし、身体的、精神的に危険と私が判断した時点で、麻酔を投入します。いいですね」
前田ドクターが答えた。
「お願いします」
私が答えた。前田ドクターが再び口を開いた。
「それでは、処置を開始します。高橋さん、如月中尉、如月大佐のラバーフィットスーツと皮膚との剥離剤を投与してください。苦痛を軽減するために剥離剤の濃度をギリギリまで上げて、量もギリギリまで多めに投与した上で、ラバーフィットスーツの揉みほぐし作業をしてください。揉みほぐし方を念入りにすることで剥がれやすくしたいのです」
「了解しました」
まりなさんとえりかが同時に声をそろえた。
バックパックの側面上部のカバーが開けられ、チューブとコードの束が接続された。ラバーフィットスーツを脱ぐための剥離剤を注入する装置が接続された。そこから、バックパックを経由して、ラバーフィットスーツと皮膚の剥離剤が注入されていった。
前に注入された時より濃度が濃く、強力な剥離剤であるため、全身を痛みが走る。ラバーフィットスーツと皮膚が剥離するために化学反応が身体のそこら中で起こっている証拠である。でも、我慢できない痛みではなかった。そして、剥離剤が全身にまんべんなく効くように、2時間半にわたってまりなさんとえりかが全身をマッサージしてくれた。丁寧に揉みほぐしてくれたので、かなり、ラバーフィットスーツと皮膚の間がグニョグニョしてきた感覚がある。つぎにバックパックの切り離し作業に入った。
バックパックからラバーフィットスーツに接続されているケーブルやチューブが手早く取り外された。そして、背中に完全に固定されたバックパックが4人がかりで取り外された。つぎに、慎重に肩の部分にあるジッパーが専用の機械で熱処理によりはずされた。そして、ヘルメットと私を繋いでいるのケーブルやチューブが慎重に私の身体からはずされていき、ヘルメットがはずされた。私の頭上にあるモニターに毛髪が完全に除去されたツルツルの頭部が現れた。外耳もなくなっているため、ヘルメットを取ってもヘルメットを装着されているのと変わらないように思える。でも、外気が頬に当たってやっと人間の感覚が戻ってきた。これもつかの間の喜びなのだ。
次は、ラバーフィットスーツの上に装着されたブーツが取り外された。圧迫感が少し薄まっていくのを感じた。そしてついに、ラバーフィットスーツが脱がされるときがきた。
「如月大佐は、今回は、麻酔処置をしていないから、ゆっくりと無駄なく脱がせるようにしてください」
前田ドクターの指示が聞こえた。
ジッパーを専用の機械で熱処理により、はずしていき、肩から脚に向けてラバーフィットスーツが脱がされていった。そして、私の毛髪の何もない全裸が現れた。
「さあ、急いでケーブルとチューブを付けていかないと生命維持に支障をきたすわよ。気を抜かないでね」
佐藤ドクターの厳しい言葉が聞こえる。
全部で8本の手が、魔法のようにチューブやケーブルを私の身体に接続した。また、操り人形状態に逆戻りだ。
でも、ラバーフィットスーツを脱がされた身体に外気が気持ちいいし、開放感を謳歌できた。しかし、やはり皮膚に痛みがきた。ものすごい痛みである。
「お姉ちゃん大丈夫?」
えりかの声だ。
「我慢しなくていいのよ。ただ、身体に付いた剥離剤を洗い流すと痛みが治まるはずだから、これから、洗浄室で身体を洗うようにするけど、呼吸液の更新をしないと呼吸液の吸排液チューブを付けた状態にしておかないとチューブ類、ケーブル類をはずしての洗浄が出来ないから、人間の姿を満喫したいなら、1時間は我慢できれば我慢してね」
前田ドクターが言った。
私は、もちろん、ラバーフィットスーツ着脱処置台に固定されていて動くことが出来なかった。私はその状況で、痛みをこらえながら、
「まだ我慢できます」
「わかりました。でも、無理はだめですよ。はるかさん」
まりなさんが声をかけた。佐藤ドクターが続けた。
「呼吸液の更新の間に口や鼻の充填剤を取り除きます。そう言うと、歯医者のドリルのような機械で、口に詰まった充填剤や鼻に詰まった充填剤を大まかに取り除いた。そして、最後に充填剤溶解液を噴射するノズルを口と鼻にいれて、完全に充填剤を取り除いていった。何か、顔の真ん中が、ポッカリと穴の空いたような感覚になった。
「これで完全に、ラバーフィットスーツから如月大佐は解放されたわけね。どうかな。気持ちいい?」
佐藤ドクターの問いに痛みに耐えながら、
「ハイ、とっても気持ちがいいです」
と私は答えた。
佐藤ドクターが続けた。
「よかったわ。短い自由を満喫するのよ。それから、目のゴーグルは、はずせないから悪しからず。というのは、もうあなたには、涙腺がないから、ゴーグルをはずすと眼球に酸素を送れなくなっているからなの。それに、まぶたを閉じることを長くやっていなかったし、眼球が乾いてしまっているため、瞬きもうまくできない可能性が非常に高いので、失明の危機があることも理由の一つです。完全な健常者の身体を使って造ることが、今回のプロジェクトのサイボーグの条件なの。だから、無用にあなたの身体を傷つけてはいけないのよ。わかってちょうだいね」
充分に理解できる説明だった。ゴーグルは、もう私の目の一部となってしまっているのだ。このゴーグルを取り外すとき、イコール、人工眼球への変換の時だと言うことだったのだ。
この処置の間に1時間が過ぎ、私は、ケーブルやチューブ類を再びはずされ、洗浄室に移された。そして、まりなさんと、えりかが私の身体を洗浄液で丁寧に洗ってくれ、精製水で綺麗にすすいでくれた。
痛みがだいぶん改善されたようである。辛いが我慢できる状態になった。それをえりかに言うと、えりかとまりなさんが喜んでくれた。
「お姉ちゃん。ラバーフィットスーツを着ていない、地球上の空気に触れる短い期間を満喫してね」
「ありがとう。まりなさん、えりか」
私は、ラバーフィットスーツ着脱処置台から解放され、普通の処置台に移され、居住エリアに運ばれた。そして、まりなさんとえりかによって、チューブ類とケーブル類を手早く繋がれて、今日の処置は終わった。
えりかとまりなさんに痛み止めと皮膚再構築促進の薬を全身に丹念に塗られて、痛みもかなり落ち着いてきた。
「お疲れ様でした。処置台に拘束されてはいますが、ラバーフィットスーツの無い、開放感を今日は味わってください。明日は、1日かけて検査を受けてもらいます。ですから今日はゆっくり休んでください。何かあったら、私か、えりかさんを呼んでください」
まりなさんに言われた。
「わかりました」
そう言うのが精一杯で、我慢できない痛みが引くと同時に睡魔に襲われ、なすがままに眠りに落ちてしまった。
「おはようございます。今日は、皮膚再構築のための日となります。ゆっくり休んでください」
まりなさんの声が聞こえる。私は、今日も、0時に意識が回復した。やっぱり機械からの支配というのは、ラバーフィットスーツを脱ぐことが出来ても変わらないのだ。
「お姉ちゃん、おはよう。最後の人体の皮膚感覚を満喫してね。痛みは治まった?」
えりかに聴かれて、痛みが治まっていることに気が付いた。
「ええ、おかげさまで。大丈夫みたい。」
「さすがに、昨日の薬は効きますね。皮膚再構築率も、95%まで再構築されていますし、前田ドクターの言うとおり、今日一日を皮膚再構築期間にすれば、次の処置がはじめられそうですね」
まりなさんの言葉には意味があった。
「まりなさん、ということは、順調なら、明日から火星探査・開発用サイボーグへの手術処置が開始されると言うことなの?」
「はるかさん。そう言うことになります。生身の肉体で少しでも長く過ごしてもらいたいという気持ちは
スタッフ全員が持っているのですが、新しい身体になれてもらう時間を少しでも長くとってもらわないとミッションが開始されてからが大変になりますし、数多くの訓練が予定されているため、訓練期間は少しでも長い方がいいと言うことから、残念ながら、皮膚再構築養生期間は、最小限にとどめるという判断をいたしました」
まりなさんの言葉をえりかが受け継いだ。
「お姉ちゃんには辛いかもしれないけど、ミッションを滞りなく進めていくことを優先すると言うことなの。私たちは、ミッションを進めていくための駒の一つに過ぎないんだからしかたないのよ。それに、お姉ちゃんたちは、皮膚再構築期間が、36時間以上あるけど、私たちは、第1次探査チームの処置データを使っての処置を受けるから、これだけ回復が早いのを考えると、薬物の改良によって、この期間は、12時間になってしまうかもしれないもの。お姉ちゃんがうらやましいと思う」
「覚悟は出来ているから大丈夫よ。せいぜい今日一日、最後の時間を楽しませてもらうわ」
悲しい気持ちになっていることは確かだった。普通の人間だったら、涙が止まらないのだろうが、今の私には涙を流す期間が存在していないのだ。悲しい気持ちを表すことは私たちにとって不可能なことなのだ。
私の気持ちに関係なくプログラムは進んでいく。もう実験台としての存在でしかないからしょうがないのだけれど・・・。
私は洗浄室に移され、まりなさんとえりかが本当に丁寧に私の身体を洗浄してくれた。
そして、再び居住エリアに移され、私の全身に痛み止めと皮膚再構築促進の薬を二人が丁寧に塗ってくれた。
「起用の処置はお終いよ。あとはゆっくりしていてね」
まりなさんにそう言われたが、身体はぴくりとも動かすことが出来ないほど完璧に処置台に拘束されていた。大の字の形で全裸をさらし、ケーブル類やチューブ類に繋がれいる姿は、やっぱり操り人形にされているようにしか見えなかった。
それでも、圧迫感の全くない感触は、本当にうれしかった。そんな感触をひたすら楽しんでいるうちに、身体を支配する機械にアクティブモードから、レストモードに切り替えられる時間になってしまう。機械が、私の意識を徐々に奪っていった。
まりなさんとえりかから「おやすみなさい」と声をかけられたようだった。
こうして、生身の身体で過ごした最後の一日が終わった。ほんのつかの間の幸せな一日だったのだ。
本当の運命の処置開始の日のアクティブパートが始まった。私は、いつものようにアクティブモードに身体を切り替えられ、0時ちょうどに意識が覚醒した。
私が映ったモニターがいつもと違った部屋にいることを気づかせた。よく見るとここは、処置室だった。
「おはよう。如月大佐。今日から火星探査開発用サイボーグへの改造手術に入ります。私たちも全力を尽くして手術を行います。火星へのミッション遂行のため、頑張ってください」
佐藤ドクターの声が聞こえた。その隣には、前田ドクター、まりなさん、えりかの姿があった。
「おはようございます。如月大佐。お気づきのようにあなたは処置室にレストパート中に移されています。映像で確認してもらいますが、洗浄室にて身体の洗浄処置、腸、膀胱、性器の洗浄処置も完了しています」
モニターに洗浄処置中の私の姿があった。これだけのことをされていながら、私は、生命維持管理装置という機械によって睡眠状態に置かれているため、気づくことがなかったのだ。自分の感覚なども支配されているから、何も知らずに今を迎えたのだ。
「さて、まず最初の処置は、性器を取り外す前に最後に卵子の採取を行うから、ラバーフィットスーツを着る処置を行ったときのように排卵促進用特殊ホルモンを投与します。今度は30分に一度生理が来るし、まだ、麻酔処置をしないから、生理痛の苦しみが限りなく続くようになるけど、人間としての苦しみも最後だからここまでは、麻酔処置なしでいいわよね」
前田ドクターの言葉に私は答えた。
「もちろんです。耐える覚悟は出来ています。よろしくお願いします」
「それじゃ処置開始、高橋さん、ホルモン注入開始して」
「了解しました」
まりなさんはそう言うと、操作パネルを操作した。それから、私は、30分に一度という頻度の生理に苦しんだ。その間、性器のバルブに接続された卵子採取装置と性器洗浄装置が休み無く働き続けた。そして、私が貧血気味の症状になるとまりなさんは、その都度操作パネルをいじって即効性造血促進剤を投与した。人工血液にすぐに変えられるので、この前のように輸血を行うことはなかった。それでも、今は、この生理痛という苦痛が人間としての尊厳を感じて楽しくてうれしくてしかたなかった。私は、マゾになってしまったのかしら。でも、このプロジェクトの主役としての立場に耐えていると言うことは、十二分に真性マゾの素質があるということなのだろう。
この処置は24時間ぶっ通しで行われた。そして、最後の採卵が終わり、洗浄室に移され、身体を再度洗浄され、再び処置室に移された。
そして普通の処置用寝台から4人がかりでサイボーグ手術用処置台に移された。この処置台は、大の字で完全に拘束されていることに変わりはないのだが、身体を反転させなくても身体の前後の処置が行えるように身体が中空に浮いているような格好で特殊身体固定棒により拘束されるようになっていた。
その傍らには、私の身体にやがてなる人工器官などのサイボーグ部品が人の形になってここに
パッケージされた状態で置いてあった。私の身体を、まりなさんとえりかが再度殺菌剤を含ませたウエスで念入りに拭いてくれた。
「さあ、いよいよ身体の感覚をゼロにします。残る感覚は、いつものように視覚と聴覚だけとなります。それから、もちろんコミュニケーションサポートシステムは作動状態にしておきますので、私たちとの会話も可能です。ただし、視覚と聴覚の処置中はそれらの器官に付随するシステムを停止させますからあらかじめ理解しておいて。もちろん、サイボーグ手術の一部始終は、あなたに全て見ていてもらいますが視覚のサイボーグ手術中は視覚が働きませんのでこの部分は、術後に映像にて確認してもらいます。それでは、これから時間をかけて身体感覚をフェードアウトしていきます。如月中尉、処置を開始して」
前田ドクターの指示にえりかが操作盤に向かい操作を開始した。
「身体感覚除去処置開始します」
それから徐々に視覚と聴覚をのぞいた身体感覚が、徐々にしかも確実になく何って行った。
その状況を報告したり、会話が出来るのが不思議な感覚だった。そして、レストモードに身体が切り替わり、意識が遠のいていった。
時間が0時になり、いつも通り、私の身体組織が活動を開始させられたが、いつもとは少し様子が違った目覚めだった。身体の感覚が、視覚と聴覚以外ない。そうであった、身体感覚除去処置を受けたのだった。身体全体が、感覚がないだけでなく、拘束されているだけの問題ではなく、動かすことが出来なかった。
「お目覚めは如何?如月大佐」
前田ドクターのいたずらっぽい声が聞こえた。
「今日から、如月大佐の身体にメスが本格的にはいって、次々に隣に置いてある人工器官が大佐の体内に入っていくのよ。火星へいくための準備の始まりね。楽しそう」
佐藤ドクターの声がなぜか楽しそうである。やっぱり、佐藤ドクターは、サドかもしれない。いや、絶対サドに違いない。
「まどかさんが何を思っているか知らないけど、処置にはいることに変更はありません」
まりなさんが冷静な口調で言った。
「お姉ちゃんの皮膚の再構築率は、100%に達しました。従って、今日から、貸せた探査・開発用サイボーグへの改造手術が可能になりました」
えりかもいつもよりはるかに冷静に答えた。
佐藤ドクターが最初の処置の内容を私に告げた。
「今日は、骨格部を金属物質置換装置を使って、カルシウム成分主体の組織からチタンの合金成分と金属特性を持つ樹脂成分に置換します。それによって強度と粘りをもつ骨へと生まれ変わらせます。そして、骨と骨の関節部分や背骨の椎間板などのクッション部分は、シリコン樹脂に置き換えていきます。それにより、腰痛などの痛みを永久に感じることがないほどの骨格が完成します。そして、この骨格と人工筋肉の能力によって人間では考えられないパワーを引き出すことが出来るのです。さあ、処置をはじめます。高橋さん、如月中尉、準備に掛かってください」
いよいよ、始まってしまった。心の中が動揺している私がいた。そんなことにはみんな構わず、私に対する処置の準備に掛かっている。
まりなさんとえりかが私の傍らに大きな機械を運んできた。そして、私と生命維持管理システムとを繋いでいるチューブの一本である薬液注入用チューブに機械から伸びるチューブを接続した。そして、私の腰部に注射針を刺した。そして、手先と後先に機械から伸びる電極を取り付けた。
「この装置は、如月大佐の骨の主成分であるカルシウムをイオン化元素交換により、チタン合金とメタルプラスティックに置換すると共に骨と骨の間のクッション部分や腱、靱帯などをシリコン樹脂やメタルラバーに変換するための装置です。変換までの時間は、約36時間です。それだけの時間をかけて、丁寧に如月大佐の小粒とその付随部分を人工物に変えていくのです。高橋さん、準備が出来たら、作動させて」
佐藤ドクターの指示で、まりなさんがスイッチを入れた。
私は、身体の感覚がないので、自分の身体にものすごい大きな変化が起こっているという自覚がなかった。しかし、実際には、想像を絶する痛みや疼きといったものがおそってきているのだそうである。モニターの骨格人工化状態のデータを見ているだけである。少なくとも、今の私には、それしかできないのであった。
前田ドクター、佐藤ドクター、まりなさん、えりかが私のまわりをせわしなく動き回り続け、時折、誰ともなく、私に「気分はどう?」とか「大丈夫?」とか「痛みはない?」などの声をかける。そんな36時間が過ぎていった。
モニターの人工化率のデータグラフが、100%になった。それを佐藤ドクターが確認すると、簡易型体内分析機で骨が今までのものとは違った素材になっているか慎重にチェックされた。確認が終わると装置が私の身体や付随しているチューブからはずされた。
「おめでとう。如月大佐、まずあなたの骨が金属と樹脂の複合素材に完全に置き換わりました。これで、宇宙空間で骨が脆くなるということもなくなったし、強靱なサイボーグのパワーを充分に支えられる骨になると共に、人間の骨にはない柔軟性やねばり強さと強度を併せ持ったものになったのです」
佐藤ドクターが少し得意気に説明してくれた。そして、前田ドクター、まりなさん、えりかに向かって、
「これから、6時間の休憩に入ります。今、18時だから、0時に如月大佐に対する火星探査開発用サイボーグ手術を再開します。それでは一時解散」
みんなが、「了解」と答えて、処置室を出て行った。私は一人の処置室に残された。
処置室で一人になると私の身体の生命をコントロールしている生命維持管理装置の駆動音が大きく聞こえている。それ以外に聞こえる音はなかった。そして、私のモードがレストモードに切り替わって、意識が遠のいていった。
気がつくと、前田ドクター、佐藤ドクター、まりなさん、えりかが処置台の横に立っていた。えりかが、声をかけた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「おはようございます。みんな、いつの間に」
前田ドクターが答えた。
「もう、0時も過ぎたから当然よ。あなたがアクティブモードになるのを待っていたの」
「そうだったんですか・・・」
佐藤ドクターが待ちきれずに話に割り込む。
「お話中悪いけど、今日の処置も盛りだくさんだから時間がないの」
「サイボーグ手術のことになると急に元気になるからね。絵里ったら自分の腕の見せ所だけに張り切る張り切る」
前田ドクターがからかった。
「緑、鋭いわね。その通りよ。さあ、処置開始よ。今日は、人工呼吸システムの構築よ。その前バックパックとフロントパックの調整よ。高橋さん、如月中尉手伝ってください」
「絵里、私は、如月大佐の心臓と肺のチェックにはいっていいわね」
「お願いします」
佐藤ドクターの許可を取って、前田ドクターが、私の身体から、心臓と肺のデータをチェックしはじめた。
バックパックの中には、酸素発生装置、人工血液更新装置、栄養供給システム、機械部分エネルギー供給システム、排泄・廃棄物処理システムなどの重要器官やコミュニケーションシステムなどといったサイボーグ体の内部と連動して生命維持や管理の重要機器が納められている。
フロントパックには、エネルギー貯留システム、補助生命維持管理機器、データシステム補助ハードウェアなどバックパックと同様に重要器官が納められている。
「バックパックとフロントパックのチェックと調整が終わったら、サイボーグ用人工心肺システムの調整を私と高橋さんで行います。前田ドクターと如月中尉は、手術中使用する外部据え置き型人工心肺のチェックに入ってください」
佐藤ドクターの言葉に3人が答える。
「了解!」
私の身体と今日使用する機器が念入りにチェックされると、佐藤ドクターが声を出した。
「さあ、オペを開始します。切開をお願いします」
人工血液が輸血用パックを使い輸血されるよう身体に輸血パックが繋げられた。
前田ドクターが、メスを取り、執刀が始まった。
前田ドクターが私の胸部にメスを入れ、手早く、心臓に繋がる動脈と静脈を心臓から切り離し、外部据え置き型人工心肺に繋ぎ変えた。メスで切った皮膚に素早く止血がされた。そして、人工心肺に白色の人工血液が流れ込み、赤い血液が人工心肺に回収されていった。
「心臓と肺を切除して、火星探査・開発用サイボーグ専用に開発された人工心肺システムに交換します。じっくり自分が機械の身体に改造されていく姿を確認してね」
前田ドクターの言葉に
「はい、じっくり見させていただいています。でも、身体の感覚はまったく剥奪されているのに、視覚と聴覚が生きていて、処置の全容が見えるようになっていて、しかも、前田ドクターや佐藤ドクター、まりなさん、えりかと会話が交わせるのって、何か不思議な感覚ですね」
「まあね。普通の麻酔を使用しているなら、これだけの大手術だったら、意識が完全にないはずだけどね。ラバーフィットスーツを装着されたときと同じ状態でしょ。でも、このように、我々も、あなたの意識があった方が、状況を把握しやすいからいいの。ただし、ラバーフィットスーツを装着したときの感覚剥奪とは、基本的に違っています。それは、今回は、生命維持管理装置によって、完全に如月大佐の感覚や意識をコントロールさせていることです。ですから、薬物使用だけではない感覚コントロールが出来るため、副作用が少なく、感覚管理が容易に出来ることです」
佐藤ドクターが説明してくれた。通常の生活でも既にラバーフィットスーツ装着時点から意識が生命維持管理装置のコントロール下に置かれているから、もう驚きもしなくなった。慣れというのは本当に恐ろしいものだ。
それよりも驚いたのが、前田ドクターがメスを使い切開したのは、胸部だけではなかった。首からまたの部分まで、一直線に切開され、骨格と内臓が完全に見えていた。そして、皮膚と筋肉は、広げられ、サイボーグ手術用処置台に貼り付けられていた。腕や脚も骨格が見える状態で皮膚と筋肉が切開され、広げられていた。そして、身体に繋がれているケーブルやチューブ類は、それぞれの内臓器官と直結された。まるで、標本になった気分だ。
えりかにからかわれた。
「さしずめ、お姉ちゃんの今の状態は、あじの開きみたいなものね。裸よりもすごいヌード状態ね」
「でも、はるかさんの体力を考えて、これから、何日も連続オペになります。私たちも、はるかさんも、これから大変になりますよ」
まりなさんの言葉を前田ドクターが、会話を遮った。
「心臓と肺を除去します」
その言葉と同時に、メスや鉗子を使い、私の肺と心臓を私の身体から取り去った。そして、取り去った臓器は、臓器移植を待つ人に移植されるために保存液に入れられ運び出された。
もう、火星から帰ってきても、自分の臓器は保存されていないから、もとの身体に戻ることが出来ないようになってしまっていた。本当に一生火星探査・開発用サイボーグの姿でいることになるようであった。
もう元には戻れないのだ。
そんなことを考えているうちにも処置は進み、肋骨の下に肺や心臓がない状態で、外部据え置き型人工心肺でのガス交換が私の生命を維持している。外部据え置き型人工心肺は、白色の人工血液を供給し続け、本来の血液が完全に人工血液に入れ替わってしまった。この人工血液は、酸素の供給量が、赤血球の5倍となっており、サイボーグになっても残る脳や一部の器官の働きを劇的に引き上げることが出来るのである。
そして、前田ドクターが、首の部分の気管と食道を除去し、そこに佐藤ドクターが神経補助のための光ケーブルそして、データ保存用ハードディスクへの感覚システムからの光ケーブルを通すための金属複合樹脂製のケーブル防護管とコミュニケーションサポートシステム、火星で使用することも出来る発声用外部スピーカーが取り付けられた。
そして、内蔵型永久人工心肺システムが、肋骨の中に納められた。
そして、外部据え置き型人工心肺に繋がれていた血管が内蔵型永久人工心肺に繋ぎ変えられた。この人工心肺は、肺に相当する部分がなく、バックパックの酸素発生・貯蔵及び二酸化炭素処理システムと直接ガス交換が出来るようになっていて、それをロータリーポンプシステムで連続的に体内の生体部分に人工血液を送り込むようになっている。肺を介さないで直接血液の酸素・二酸化炭素交換が可能な器官である。そして、ロータリーポンプシステムで体内に人工血液を連続的に効率よく送ることが出来るようになっている。その為、心拍というものや脈拍というものがなくなっている。ドキドキという音が消えて、グイーンという音が聞こえるような気がした。実際には、僅かなモーター音しかしないため、ロータリーポンプシステムの駆動音は、気にかける必要がないほど静かであった。
佐藤ドクターの説明が入る。
「バックパックとフロントパックとの協調で人工心肺システムが駆動し始めたわ。これであなたの生命維持器官は、完全に、外部から独立したものになったわ。火星では、二酸化炭素を分解して使用することを併用するけど、宇宙空間や月などの大気のない世界でも、如月大佐は、半永久的に外部の支援なしに生きることが可能になったの。ラバーフィットスーツ装着者みたいに定期的に、外部からの補給がなくても生きていけるようになったので、外部の補給排気チューブに繋がれることもなくなったの。うれしいでしょ」
「ますます、人間でなくなってきたのですね。嬉しいというより、やっぱり、ちょっと悲しいです」
「この様なシステムを取り付けられた人間、つまり、火星探査・開発用サイボーグになって火星で任務を行うために宇宙開発事業局に配属になった人間だから、それはしょうがないことだよね。これから、如月大佐は、変わり続けることになるわ。自分の変わる姿を認識することだけに専念してもらうことね」
佐藤ドクターがとどめのような言葉を口にした。
傍らで、えりかが、あまりにすごい光景に立ち会って、固まっていた。そして、やっとの思いで言葉を私にかけてくれた。
「お姉ちゃん、呼吸システムのサイボーグ手術は、成功したわ。一番デリケートな手術が成功に終わって、ホッとしてる。でも、お姉ちゃんは、機械の身体に変わり続けるんだね」
「えりかだって、いずれは、この状態になるんだから、その時の心の準備を今の私を見てして置くんだよ。いいわね」
「うん。わかっている。でも、やっぱり悲しいよね。まさか、お姉ちゃんが機械の身体に変えられていくのを間近で見なきゃならないなんて」
まりなさんが、えりかを慰めた。
「えりかさんも、はるかさんも、頑張るのよ。私は、そうとしか言えないし、今、えりかさんがショックを受けていたら、はるかさんの処置でミスが起こるかもしれない。そうしたら、もっと悲しいことになるから、今は、頑張るのよ」
そうなのだ、前田ドクターも佐藤ドクターもまりなさんも、はるかさんも、えりかも私の処置を長時間にわたってぶっ通しで行うためにラバーフィットスーツのバックパックに供給排泄チューブと電源などのケーブルを繋ぎ続けて、長時間活動に耐えれる状態で処置を行ってくれているのだ、ラバーフィットスーツの連続活動モードを使い、何日も睡眠や休息を必要としないモードでの作業をしてくれているのだ。
もっとも、私の今の解剖されたカエル状態を速く解消しなくては、私がまいってしまうのだった。
私は、このプロジェクトにとって大事な実験材料であるから、その意味で、失うことは出来ない存在であった。
「機械部分の調整は終わったわ。全て順調に動いているわ」
と佐藤ドクター。
「生体部分にも、今のところ異常はないわ。順調に機能しています。機械部分との協調についても、生体部分の拒絶反応も認められないし順調だわ。さすがに空軍のありとあらゆるデータから選び出された被験者の中でも、ピカイチの被験者だというデータ通りね。サイボーグになるために生まれてきたという表現がピッタリね」
何か複雑な気持ちになる一言を前田ドクターに言われた。私は、機械人間になるために生まれてきたんじゃないはずなのに、この施設で暮らし始めてからというもの、自分は、機械人間になることが生まれる前から決まっていたように思えてくるから驚いてしまう。
前田ドクターが次の指示を出した。
「如月大佐の様態は安定していますので、次の手術にはいるまで、4時間の休憩を許可します。それでは解散」
みんなが20時間にも及ぶ私の手術を終え、つかの間の休息をとりに処置室をでたものと思っていた。
「お姉ちゃん」
不意にえりかの声がして気づくと、私を見ているえりかの姿があった。
「とうとう、始まってしまったね」
「そうだよ、この任務に就いたときから私は、今の状態を覚悟していたの」
「でも、お姉ちゃんの身体が徐々に機械に変わっていくんだよ。今は、骨が金属質のものに変わって、心臓と肺が機械に変えられた。最後は、ラバーフィットスーツの発展版みたいなシルエットになるんだから。見てると悲しいよ」
「私は大丈夫。それに、あなたもいずれはこうなってしまうのだから、今のうちに自分の時に冷静になれるように今の私を見ておくことが大切だと思うわ。僅かな時間の休息だから、あなたも疲れているから、休息にはいって」
「でも・・・」
「あなたがミスしたら、私の命にかかわるのよ。さあ、考え込んでないで、休息に入りなさい」
「わかった。それじゃ、休息に行ってくる。お姉ちゃんが一番疲れてるんだから、休息するんだよ」
私は、えりかの後ろ姿を見送った。私もレストモードに入れられたようだ。私の開封された身体を保護する装置が働くのを見ていたら意識が遠ざかっていった。私本来の物がだんだん無くなっていく・・・。
「気が付いたようね」
前田ドクターの声が聞こえた。
「これから、心肺器官以外の内臓の処置に入ります。この処置で、胴体内部の臓器が除去されるか機械に置き換わるわ。もう内臓組織の見納めよ。如月大佐覚悟は出来ているわね。もっとも、元に戻してくれとここでいわれても、もうどうしようも無いけどね」
佐藤ドクターの言葉に、
「覚悟できています。オペを続行してください」
私はそう言った。
前田ドクターが指示を出す。
「それでは、オペを続行します。私が消化器官の除去手術をしている間、佐藤ドクターは、高濃度栄養液供給システムと老廃物管理システム及び生体機能維持システムの最終チェックと作動テストを行ってください。高橋さんと如月中尉は、脚の筋肉組織の改造を行ってください。人工筋繊維と筋繊維を一本ずつ編み込む処置だから、根気よく、細心の注意を払って行ってください。注意力を切らせたら絶対だめよ。それでは皆さん、作業に掛かってください」
私の胴体部分には、前田ドクターが、処置を開始し、両足の部分では、まりなさんとえりかが作業を開始した。
前田ドクターは、本当に素早いスピードで内蔵を除去していった。まず、十二指腸や胃が切除され、保存液に入れられ、移植用に運び出された。肝臓、胆嚢、脾臓などの臓器は、切除された後、生体機能維持システムの装置の中に納められ、再び私の身体に戻すため、佐藤ドクターの手に渡され、生体機能維持システムの一部となった。そして、小腸、大腸、直腸が切除されると同時に人工肛門が取り外された。そして、腎臓や膀胱が取り外され人工尿道も取り外された。
そして、佐藤ドクターによって調整された高濃度栄養液供給システムが、人工心肺システムのすぐ下に取り付けられ、システム同士が管により接続された。これにより、高濃度栄養液がロータリーポンプシステムを使って直接身体中の生体部分に人工血液で供給されるようになった。高濃度栄養液供給システムは、バックパックのシステムと仮接続された。そして、つぎに生体機能維持システム、老廃物管理システムが、それぞれ体内に納められ、血管と接続された。これで、私の身体の中は、機械以外の物がほとんど無くなってしまったことになる。
そして、その空隙部分の全てにデータ管理保存用ハードディスクが入れられた。
そして、光ケーブルが人工感覚器と繋げられるように光ケーブルが喉を通って頭部にのばされた。
そして、老廃物管理システムとバックパックを結ぶ管が背中のバックパック取り付け位置までのばされていった。老廃物管理システムと生体機能維持システムにより、人工血液の浄化作業が行われることになる。そして、バックパックのリサイクルシステムと老廃物管理システムと生体機能維持システムが仮接続された。
そして、私の生命を維持する体内内蔵型人工器官が全て、私の身体の中に固定され、そこから伸びるバックパックとの接続ケーブルやチューブが背中の腰と肩胛骨の下あたりから体外に出され、バックパックと接続された。バックパックは、私の処置台の傍らに置かれ、私の身体の一部になる処置まで、そこに仮置きされることになった。そして、私の臍あたりに背中を貫いてバックパックから伸びるチューブやケーブル類がフロントパックと接続された。そして、フロントパックも私の身体の一部になるのを待つだけの状態となった。
そして、前田ドクターが、私の身体のオペとしては、最後となる性器の処置へと入った。
「如月大差、あなたの胴体部分の最後の処置に入ります」
「それは、性器の切除ですか?」
「残念ながら、その通りです。でも、安心してください。あなたの女性らしい人格や、女性らしさに必要なものを維持するだけの必要性を確保するため、性器は除去されても、ホルモン等の分泌物を人工的に合成して体内に送り出すシステムを取り付けるし、切除した性器は、冷凍保存して、万が一計画が変更され、あなたが人間の姿に戻れることになったときは、自分の性器だけは、元通りの場所に納められるようにしておきますから。ただ、冷凍保存時の事故で再移植後に正常に機能するかは保証できないし、大元のプロジェクトが変更になって、あなたを人間の姿に戻すことは100%ないと思うけど」
女性としての快楽や喜びの源の性器を完全に失ってしまった悲しみは、格別であった。ラバーフィットスーツを装着されたときから機能は失っているのだが、現実に股間に何もなくなってしまうと心の痛み方が違うものがあった。私の脚の筋肉を調整していたえりかが股間をおさえている姿が印象的に映った。
「ありがとう、えりか、自分のこと私のことと二重の心の痛みを体験してくれたんだね」
そう心でつぶやいた。
そんな感傷に浸る間もなく、前田ドクターがオペを開始する。
性器は卵巣、子宮、膣などの女性器が取り除かれ、その部分に女性用ホルモン分泌システムとして、女性としての尊厳を保つための金属のボックスが取り付けられた。そして、性器を閉塞していた弁が取り除かれ、そこにエネルギー外部供給用コネクターとデータ管理保存用ハードディスクと外部コンピュータを接続するためのコネクターが取り付けられ、金属製の開閉カバーが取り付けられた。取り除かれた私の性器は、えりかが素早く液体窒素の入った保存カプセルに入れてくれた。
こうして、私の胴体部には、私の生身の部分は何も無くなってしまった。
私の股の部分に取り付けられたコネクターは、私が作り出したエネルギーを外部機器対応可能型エネルギーに変換するシステムが私のバックパックと腹部に分けて納められていて、バックパックとフロントパックの貯留装置に貯められるようになっていて、私自身の機械部分が必要とするエネルギー量よりはるかに多くのエネルギーが生成されるため、火星や宇宙空間に於いて使用する機材へのエネルギー供給が出来るように設計されている。その供給用のコネクターというわけである。もちろん、サイボーグの他のメンバーの緊急時のエネルギー補給もこの股のコネクターを直接接続し合うことにより可能となっている。セックスの時のような格好になるのだが・・・。少し恥ずかしい格好であることも確かだが、緊急時での対応なので仕方のないことだと説明された。これが私に可能なセックスなのだという諦めの気持ちもついて回った。
これから、このような奇妙な格好になることに違和感が無くなる訓練も嫌というほどやらされるのだろう。ちょうど、空軍士官学で長時間の飛行訓練の一環として、おむつをでの排泄を違和感なく行えるように何日もおむつを連続装着させられておむつでの排泄以外禁止されて、おむつになれる訓練をしたときのように、今回も何回も何回も違和感の消えるまでやらされるに決まっているのだ。うんざりするほどにだ。
そして、佐藤ドクターが、私が教育訓練で習ったことのない機器をいくつか、私の喉元に組み込んだ。
「佐藤ドクター、今の機器は何ですか?」
「ああ、これね、説明はされていないと思うけど、指揮命令系統維持システムと胸部光子ビーム砲用エネルギー貯蔵タンク、それから、胸部光子ビーム砲制御装置よ」
「それって、佐藤ドクターどういう物なんですか?」
「いいわ、説明します。指揮命令系統維持システムとは、我が国のこのプロジェクト上の倫理規定や、指揮命令系統に対して、著しい反抗をした場合に身体の動きが自分の考えた行動ではなく、命令された行動が優先されるようになるのです。それと同時に脳に対して、懲罰のための刺激をくわえるシステムなの。つまり、命令には絶対に従わなくてはいけなくなる装置なの。でも、通常では働かないから大丈夫よ。それに、如月大佐の場合は、このプロジェクトで集められた被験者の中で、指揮命令順位1番となっているから、あなたの命令に誰も従わないということは出来ないことになっています。ただし、あなたも、プロジェクト本部の指示には従うようになりますから、そこは注意してね。でも、このシステムが作動するには、本部や如月大佐といった命令権者が複数以上必要と判断し、特殊コードが付いた命令信号を発したとき以外は、絶対に作動しませんから、現場であまり暴君的な態度はとらないで、チームワークをはかってください。あくまでも、特別な極限状態での上下関係を示すものなのです。
それから、胸部光子ビーム砲は、あなたの胸に2門取り付けられることになっています。今取り付けた機器は、その関連機器です。光子ビーム砲は、火星という未知の環境では何が起こるかわからないので、
チームリーダーであるあなたにだけ取り付けられ、使用を認められた物なのです。あなたの脳からの直接制御によって使用できる銃で破壊力は抜群です。将来は、火星永住型サイボーグには、その用途に合わせて取り付けられていくことになりますが、今回は、統制をとることやあなたのリーダーシップの強さを判断して、あなただけの機能として取り付けています。光子ビーム砲本体は、腹部を閉じた後、あなたの胸に装着処置を行う予定です。如月大佐の胸も今よりもう少し、グラマラスになると思いますよ、楽しみにしていてね」
どんどんとメカという存在に近づいている私だった。
「さて、内蔵部分のサイボーグ手術の処置は終了よ。高橋さん、如月中尉、そっちの方の進捗状況は?」
佐藤ドクターの質問にまりなさんが答える。
「やっと脚の筋繊維全体の98%を編み終わったところです。もう少しで脚の部分の複合筋繊維化処置は終了します。」
それでも両脚の人工筋肉化は順調に進んでいた。
私の本来ある筋繊維に特殊金属とセラミックの複合素材の人工筋肉が一本一本丁寧に編み込まれていく。私の筋肉組織が金属光沢を持つ組織に変わっていった。
「わかりました。それでは、その終了を待って休憩に入りましょう。手術をする側はもちろんだけど、される側も疲労の限界にきているようだから」
もう40時間ぶっ通しの処置を行っていた。みんな疲れるはずであった。
「両脚の複合筋繊維化強化処置は、終了しました」
まりなさんからの報告がある。
「わかりました。それでは8時間の休息の後処置を開始します。それでは解散。如月大佐の体力回復処置をお願いします」
前田ドクターの指示によってまりなさんが生命維持管理システムではなく、バックパックの操作盤をいじった。私はもうバックパックとの共生に入り始めているのだった。今は、まだ頭部などが生身で残っているので、生命維持管理システムとバックパックが繋がれている状態だが、手術が終わるとバックパックと生命維持管理システムが切り離され、完全に環境から独立した存在になってしまうのだろう。
みんなが処置室を引き上げた。えりかが残って私に話しかけてきた。
「お姉ちゃん、苦しい?」
「それはもちろんだけど、がんばれない苦しさじゃないわ」
「我慢してね。切開状態での処置は、もう半分以上過ぎたんだって」
「わかってるわ。440日前にこの任務に入ったときからね」
「私のことより、えりかがサイボーグになることを考えるのが辛いことね。お父さんやお母さんは今頃どうしているのだろうか?こんな身体にするために二人を産んだんじゃないっていうだろうな。でも、そのうち、火星に打ち上げられる前にプレス発表されたら、判ってしまうのよね」
「それを思うと、私も複雑だわ」
「えりかごめん、もう、機械に休むように命令されてるから、意識がなくなってきた。えりかもゆっくりレストモードに入って休むのよ。明日から、また大変な処置をしてもらうんだから」
「わかった。お姉ちゃん行くね。お休み」
そう言って、えりかが出て行った。私の意識もフェードアウトしていく。
8時間後、再び、佐藤ドクターの声が、アクティブモードに切り替わった私に聞こえてきた。
「さあ、まず最初に筋繊維の編み込みをみんなで行い、首から下の筋繊維の複合化を完成させます。みんな気を張りつめる作業ですが、頑張っていきましょう。機械の身体に変えられる処置を受けている如月大佐の方がはるかに精神的にも、肉体的にも辛いことを頭の中に入れて手早く処置を行ってください。我々の集中力が、火星開発プロジェクトの成功を握っていると言っても過言ではありません。それでは、処置を開始してください」
その言葉を待っていたかのように、前田ドクター、佐藤ドクター、まりなさん、えりかの4人が、一斉に人工筋繊維を持って筋肉の間に1本ずつ編み込んでいく。そして、人工の腱に繋げていく。この作業は、非常に根気のいる作業であり、みんなが集中力をかなりたかめて作業している姿が有り難いと思えた。しかし、筋肉がこんなに細かく、人工的に手を入れられることにより、人間とは程遠いほどの驚異のパワーの源になるのが不思議に思えた。
それに、この作業に関しては、ただ、自分に行われている光景をただ見ているしかない私にとっては、非常に単調な光景であるため、今までの疲労と相まって、脳に対しての警告信号が流れることが何回も起こった。ただ、見るだけの身はつらいのだが、そのたびにえりかに怒られた。
「お姉ちゃん、私たちが一生懸命やってるのに、警告信号が流れるような状態になっちゃって、みんなに悪いでしょ、警告信号が流れなかったら、ねてることになるんだよ、みんなに謝らなくちゃ」
いやはや、何にも言えないとはこのことであった。
20時間近く掛かり、首から下が全て複合型筋繊維組織に改造され、全身の筋肉組織が金属光沢で鈍く光っている。
そして、佐藤ドクターが骨の関節に稼働補助用関節倍力モーターが取り付けをおこなった。この装置と人工筋肉の協調により、超人的、いや、怪物のようなパワーを出すことが可能になった瞬間であった。
「次は、神経アシストシステムの部品の取り付けよ。前田ドクター、私と一緒に取り付けをお願いします。高橋さん、如月中尉、部品のチェックと調整をお願いします。少しスケジュールが押しているから、手際よくやりましょう。もう少しの辛抱よ。如月大佐」
佐藤ドクターと前田ドクターによって手際よく、神経細胞の結節点や分岐点、体内に取り付けられた機械機器との結合点の神経組織の重要地点に神経システムアシストシステムの電子部品が取り付けられ、神経細胞や人工器官と接続されていった。このシステムにより、生体脳による人工器官のコントロールをスムーズに行え、しかも、神経伝達速度の向上も可能になるし、生体脳のバックアップとしての補助コンピューターの連携性もアップすると同時に体内に設置されたハードウェアのデータも有効に生体脳で活用できるようになった。そして、身体データもハードウェアを通じて蓄積されたり、地球上のプロジェクトオペレーションセンターにデータをいつでもすぐに送ることができるのであった。
つまり、このシステムの電子部品が、サイボーグのマンマシンシステムの中心的役割を担う重要部品の一つなのである。
「よし、全部取り付けが終わったわね。これで、胴体部分に施すサイボーグ手術のすべての処置が完了したわ。どう。如月大佐、自分の身体が、グレードアップした人工器官や機械装置に置き換わった気分は?」
佐藤ドクターにいわれて、モニターに映った自分の姿を見ると筋肉の中や体内のシステムの間を無数の電線やケーブル、チューブ類が所狭しと走り、フロントパックやバックパックと背中や腹部を通して内部機械類とが接続した光景を見ることが出来た。もう、見る限りオリジナルの私の肉体は何一つ無くなり、火星や宇宙空間で人間が外部支援なしで活動するために開発された機械組織に取り替えられてしまったのが理解できた。
前田ドクターが、
「さあ、胴体部分最後の仕上げよ元通りに縫合します。佐藤ドクター、高橋さん、如月中尉サポートお願いします。如月大佐、腹部が元通りに皮膚と筋肉に包まれるまで、待っていてね」
「了解」
かけ声と共に、前田ドクターを中心に私の開かれてしまった皮膚と筋肉が生体接着剤と特殊縫合糸を使用して、元通りにされていった。両脚、両腕、胴体部、首が次々と縫合されていった。特殊縫合糸は、つなぎ合わされて、生体接着剤が乾く頃になると生体接着剤として、皮膚に解けてしまうようになっている。
つかの間の元通りの身体がモニターに映った。見慣れた、毛のないツルツルの身体がモニターに現れた。この皮膚とも頭部の手術を終わった後、新しい皮膚に変わってしまうのだった。
そして、佐藤ドクターが、私の胸の部分に細工を加えた。それは、胸部光子ビーム砲本体の取り付けだった。手際よく胸の筋肉をかき分け、ケーブルやコード類を内部から引き出し、胸部光子ビーム砲本体と接続し、胸に完全に納められた。私の胸がかなり大きくなり、つんと立った形のよいものになった。本来の胸でこんな形だったら、自慢してもいいのであろうが、兵器となってしまったことで嬉しさより、落胆が先に立つ。
そんな思いを抱かせて、処置が終了していった。
「みんな、ここまでは何とか何事もなく処置を行うことが出来ました。如月大佐の皮膚組織や筋肉組織が定着して落ち着くまで、しばらく休憩します」
前田ドクターの言葉を佐藤ドクターがついだ。
「前回の休息から今まで、48時間が過ぎていますから、24時間の休息をとりますが、その間も如月大佐の容態を監視する必要がありますから、6時間づつ交代でモニター監視をすることにしましょう」
まりなさんが私に声をかけた。
「はるかさん、よく頑張ったわね。24時間はゆっくり休んでください。これから、レストモードに変換します。いいですね」
「私は、何ともないわ、少し疲れただけです」
私の答えにえりかが、
「お姉ちゃんは、今、感覚剥奪処置中なのよ、これだけの大手術をされて、大丈夫なはずはないわ。首から下の全ての器官を機械組織に改造されているのよ。ゆっくり休んでちょうだい」
そうだった。私は、首から下の全てをいじられているのだ、感覚がある状態だったら、こんなに平静を装っていられなかっただろう。みんなのいうとおり、休息を受け入れることにした。私の意識がまた遠のいていく。
「まず私から、監視に入ります。皆、休息してください」
そう言って、前田ドクターが、監視用モニターの前に付いた。他の3人は、居住エリアに引き上げていった。
24時間の休息の後、私の頭部のサイボーグ手術が開始された。
「今から、頭部の処置を開始します。視覚や聴覚が一時切断されることがあるけれど、すぐに回復するから、心配しないでね」
佐藤ドクターがいった。
「それでは処置を開始します。よろしくお願いします」
佐藤ドクターの指示によって処置が始まった。
まず、強化プラスティック製の頭皮カバーが、脳に刺された電極ごとはずされ、頭皮と頭蓋骨が、真上からと側面から切断された。組成がカルシウムではなく、チタンを中心とした特殊複合金属でできているため、高速ダイヤモンドカッターによる切断のため、ものすごい金属音が処置室内に響き渡った。今までのサイボーグへの処置の中で一番うるさいものであった。
そして、頭蓋骨の上半分が左右に分割される形ではずされ、脳がむき出しになった。前田ドクターが電気信号ケーブルのつながれた電極を無数、私の脳に埋め込み固定した。機械との強調システムのための補助コンピューターとの結節ケーブルや脳のデータをハードディスクに送ったり、オペレーションセンターに送るためのものである。まるで脳がハリネズミになったかのように電気ケーブルが取り付けられた。
そして、電気ケーブルは、後頭部をはわせて、首の部分にからバックパックと体内の機器からの電線と接続された。このとき、体内からのケーブルも首の後ろを通してバックパックと接続された。これで、神経組織、電気信号伝達システムが感覚器の接続をのぞいて完成された。
取り外された頭蓋骨は、頭皮カバーによって開いた穴を用意された同じ素材の人工骨を溶接され塞がれた上で、機密保持パッキンを張られて開閉式のするための蝶番が両脇に付けられ、頭頂部に開閉用ロックが付けられた形態で頭蓋骨が戻された。開閉式にしたのは、複合金属の骨になったため、点検の時に必要だと考えられるからである。
そして、頭皮が元通りに生体接着剤で接合された。
佐藤ドクターは、続いて耳の部分の改造に取りかかった。もっとも耳の部分に関しては、三半規管も宇宙空間用に変更されているので、変更の必要はなかった。そして、コミュニケーションサポートシステムの端末と小型高性能外部集音機、通信アンテナ、デジタルレコーダーの端末が取り付けられた。そして、コミュニケーションサポートシステムや外部集音機、デジタルレコーダーのメインシステムがあるバックパックへとケーブルがのばされ接続された。外部集音機は2Km先の小さな音まで拾うことが出来るほどの高性能の物になった。
そして、いよいよ、視覚システムの改造にはいる。少しの間は、視覚が無くなったが、補助視覚システムにより、手術の内容を見させられた。今まで慣れ親しまされてきたゴーグルが取り外されるとあらかじめ呼吸液が抜かれているため、見開かれた自分の眼球が現れる。佐藤ドクターは、手早く眼球を両方とも取り出し、視神経から切り離した。眼球は、移植希望者のもとに送られるはずである。
そして、人工眼球の形に皮膚がはぎ取られた。視覚システムは、大きな楕円形をした大きなゴーグルのような形をしており鼻は必要ないため、鼻骨は全て削られ、目から鼻のあったところ全てをカバーするほどの大きさで取り付けられた。人工眼球がその位置に接着され視覚が補助視覚システムから人工眼球の視覚システムに切り替わり、視覚が戻った。低温光線可視型のため、かなりの暗い環境下でも赤外線可視システムにより視界を確保できるようになっている。しかし、その為、鈍い赤色に光るように外部からは見えるのであった。
そして、デジタル画像をとらえられるような高性能デジタルカメラとしての機能もあった。3~4Km位の10Cm角の物を見ることも出来れば、近くの本当に小さな物まで見ることの出来る視覚を持つことになった。これらの機械は、口の部分の空き空間があるため、口の部分にいくつかの機器が収納されていった。
そして、臭気分析システムが取り付けられるのだが、これは、視覚システムの下に臭気を集めるためのカバーの付いた小さな穴が取り付けられることになった。
視覚や臭覚も聴覚同様、バックパックと接続されるためのケーブルが繋がっていた。そして、バックパックの補助コンピューターで人間本来の脳への刺激が強くないようにするための調整を行うようなシステムになっており、その一次調整装置が口のあった場所に納められている。そして、頭部の形状を全体的にフルフェイスヘルメットを被ったような形状に調整された。
「ふぅー、やっとここまで終わった。これで後は、人工皮膚を貼り付けてバックパックとフロントパックを固定すれば、火星探査・開発用サイボーグの第一号の完成ね。如月大佐、もう少しだから、頑張るのよ」
佐藤ドクターが、楽しそうな声で言った。前田ドクターが、
「ここまでで、私たちも、48時間の連続活動だったから、6時間交替のモニター監視を行うことは続けるけど、また、ここで、24時間の休息に入ります。如月大佐のライフモードをレストモードに切り替えてください。如月中尉お願いします。お姉さんが一番疲れていると思うから、早く切り替えてあげてください」
えりかが
「わかりました。お姉ちゃんに万一のことが起こったらいけないからね」
といって、急いで、バックパックの調整装置を操作した。そして、私は、24時間のレストモードに入っていった。
最後の処置が始まる日がやってきた。この処置を終えると私は、完全に人間ではなくなることになるのだ。
「よく休めたようね。モニターの数値が、疲労度を示すものがなくなっているわ。如月大佐、よく頑張ってきたわね。今日で最後の処置になります。この処置が成功に終われば、あとは、火星に往くのを待つだけということになります。はれて火星人になれるのよ。それでは処置をはじめましょう」
佐藤ドクターの声で今日も始まった。相変わらず、サイボーグになった私を見て、自分の開発した人工器官に満足しているようなうれしそうな声で話していた。
「人工皮膚のチェックをしてください」
濃い緑色をした人工皮膚がまりなさんやえりかの手で入念にチェックされていた。その間に佐藤ドクターと前田ドクターが人工皮膚完全融合用接着剤を私の皮膚に塗り始めた。それはもう丹念に丹念になで回すように塗られていった。
そして、人工皮膚のチェックが終わり、体温維持、体内冷却システムの人工皮膚側のケーブルがバックパックと接続された。このシステムは、体温調節維持機能のケーブルが、バックパックの制御システムと連結された。これで、私の体内の温度調節機能が人工皮膚とバックパックにより行われることになった。
そして、まるでラバーのドライスーツのような質感をした、私の改造された身体の寸法通りに設計された人工皮膚が裏返され、人工皮膚完全融合用接着剤をこちらにも万遍なく塗りつけられた。そして、ラバーフィットスーツを装着された時のように、今度は、頭から、位置を合わせるかのように頭部、両手、胴体、脚というように、接着されていった。そして、この人工皮膚は、膝下までのものだった。
そして、その下は、ゴム質と金属光沢を持った人工皮膚と同じ組織で作られたかかとがそれほど高くないブーツ型の人工皮膚を接着されていった。そして、これによって、私の身体は、完全に人工皮膚で包まれてしまった。40時間もすると人工皮膚が、完全に私のオリジナルの皮膚と癒着し、そして、融合し、私の皮膚と同じ機能を果たすようになると同時にどんな厳しい環境でも、私の機械化された身体を守ってくれる存在になったのだ。
そして、最後に、脚の膝下の部分の皮膚が接着された。そこの部分は、4cm位のヒールが付いた白のブーツのような形状になっていた。この脚の部分に取り付けられた人工皮膚は、どの様な地面でも確実に蹴ることが出来るようにスパイクや磁石、吸盤などの身体をケースバイケースで安定させられる機能を持っているし、ジャンプしたときの着地の衝撃を完全にゼロに近づける機能も持っている。足も皮膚化した靴を履かせられたような状態になってしまった。そして、進化した足という機能を果たすことになる。
そして、フロントパックとバックパックが所定の位置に固定され、こちらも、身体の一部として、取り外すことがほぼ不可能な状態になってしまった。そして、体内との連絡チューブ、ケーブルが金属樹脂の配管ガードで何系統かに分けられてバックパックに再接続されていた。
そして、最後に、私の人体の非常時の手動調整装置及び、視覚データや身体データなどのいろいろな確認が出来るシステム、レスト・アクティブのモード切替など手動で通常も行う操作の操作パネルなどが、私の両腕に腕時計のように取り付けられた。こちらも取り外すことは出来ないように設計されていた。
「これで完成ね。素晴らしい出来だわ。如月大佐、皮膚が落ち着けば、いつでも火星に行けるわね。皆さんご苦労様でした」
佐藤ドクターは、満足そうな声で話した。
「高橋さん、如月中尉、皮膚が安定するまで、2日ぐらいかかるから、如月大佐の様態をモニターすることを継続してください。それから、48時間の処置が今回も続いたから、48時間の休息に入りましょう。交代の監視は続けることにします。如月大佐、本当によく頑張ったわね。48時間レストモードにしますので、ゆっくり休んでください。今度如月大佐がアクティブモードにはいったら、身体の検査をした上で、身体の感覚剥奪処置を解除し、本格的に身体を活動状態にします。素晴らしい身体を使えるようになるまでもう少しこのままで我慢してください。高橋さん、如月大佐のバックパックに接続している体外コントロールケーブルの接続確認をお願いします」
「接続確認、OKです。えりかさん、コントロールパネルで、はるかさんのモードをレストモードに強制操作してください」
「判りました。レストモード、オン。ゆっくり休んでね、お姉ちゃん。お疲れ様」
「そう言っても、機械にコントロールされたまま、意識がなくなっているから、ゆっくり休めないことはもう無いんだけどね」
まりなさんの言葉が、私が機械人形になったことを改めて認識させられる。悲しい気持ちで意識がなくなる。でも、そんなことも関係なく、意識が剥奪された48時間になるのであろう。

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