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『 2 』










やだわ、もうこんな時間。



あたしはうんざりとキッチンを見まわした。
昨日、悠河クンがぴかぴかに磨いてくれたはずなのに。
この惨状は、なにぃ?なんなのおおっっ!!!


今日はバレンタイン。
本人はちっとも気が付いていないけれど、
爽やかで優しくて前途有望、新入社員の期待の星だった悠河クン。
ひよっこのOLどもが給湯室とかで、きゃあきゃあ騒いでいたのを、
あたしは知っている。
会社一の高嶺の花だったキャリアのあたしがかっさらったと知った時の、
あの子たちの顔ったら。
オンナはね、トシじゃないのよ。
美貌よ、び・ぼ・う!!


彼はあたしに首ったけで、あたしは彼に首ったけで。
勿論アツアツのらぶらぶの新婚さんなんだけど。
やっぱりバレンタインだもの、喜ばせてあげたいじゃない?
それでもって、眉とか上げて「おおっ~~!」とか言わせてみたいじゃない?
だから凄っごいの作ろうと思っちゃったわけ。
ああ、隣の棚にあった『サルでも作れるシンプルケーキ』買ってくりゃあよかった・・・


本に書いてある時間逆算して夕食までパーフェクト!余裕!なはずだったのに。
そうよ、なあんにも出来てないのようっ!!!







「 ただいま――――――――。りーかーさーん。」




うっ、帰ってきちゃった。
どおしよう、昨日も一昨日も夕食作ったのよね・・・彼。
もういいや、わかんないから座っちゃう。




「ど・・・どしたの」


目をまあるくして、ネクタイを緩めた悠河クン。
なんて格好よくて可愛いくってセクシーなの・・・
それなのに、あたしってば、ケーキひとつ出来ないっ!!



「りかさん。 た・だ・い・ま。」


新入社員の挨拶で、あたしをノックアウトした笑窪でにっこり笑う。
でもね、あたしはもう上司じゃないのよ。
悠河クンの可愛い(?)奥さんよ!奥さんっ!!
・・・・・・・・・拗ねてみちゃおうかな。




「その呼び方、いや。」
「え・・・?」
「答えないわよ、ちゃん、じゃないと。」



なんか嬉しそうね、余裕なのかしら。



「じゃあ、りか、ちゃん。どしたの?」
後ろから抱き締められて低く囁かれる。
声に、背骨がじーんとしちゃう。
ああ、いつのまにこんなにアダルトになっちゃったの?
チョコレートより甘くあたしはとろけそうになって、
つい白状してしまう。



「だってね、今日バレンタインじゃない?」
「うん。」
「でね、悠河クンに作ろうと思ったのよ。」
「何を。」
「・・・・・・・・・ 手作りチョコケーキ。」


うわあ、かっこわるう~~~~~~。
そんなに顔接近されると、瞳に涙があふれちゃうでしょ。


「でも、だめなの。
 何回やっても出来ないのよおおおっ!」




もう、わかんない!泡立て器をぶんぶん振りまわしてるあたし。
彼はいよいよ微笑んで、あたしをぎゅうっと抱き締める。
んん、気持ちいい・・・・
「お帰りのちゅう、が先でしょ。」
「ん。」
鼻のアタマにじらすように舌を伸ばす。
かっこわるいあたしは、必死こいて体勢を立て直す。
お姉さんを焦らすなんて、百年早いわよ。
甘い唇が重なって、あたしは舌を滑りこませる。
どう、きもち、いいでしょ?


でもって、お帰りのキスを座りこんだまま延々と。




「でね、気が付いたらもお、こんな時間で。
 夕ごはんも作ってないのっ・・・!」
なんかこんなこと、昨日も言った気がする。
ああん、いいかげん怒るかしら。
溜め息の一つもつくかしら。




「いいよ、なんか作るよ、俺が。」
「だって、今週ずうっと悠河クン作ってて・・・」
「いいの、俺、りかちゃんに料理してほしくてケッコンしたわけじゃないもん。」
エプロンをするすると外され、抱きかかえるように立たせられる。


いくらあたしが綺麗だからって、どうしてこんな優しいの、この人?


「じゃあ、なんでケッコンしたの?」
なんかね、不安になってきちゃうじゃない?
愛され過ぎてるって、それ、ほんとう?って。
ノロケっていわれたって、今のあたしの最大の悩み。
ほんとうに綺麗?
ほんとうに可愛い?
ほんとうに好き?
毎朝鏡を見るたび思ってる、なんて、
あなたは気付きもしないでしょ。



「愛してるから。」


あったりまえ、という顔でいともさらりと言ってのける。
こういうところが凄く大人。
こういうところが一番好きなの。
あたしは思いっきり甘えられる。


「ん~~~~ もうっ ! 
 だいすきっ!!」


とりあえず散乱したケーキの残骸を片付け始めた彼に、後ろから抱き付いて。
まだまだカラダの線も崩れちゃいないわよ、ってぺたっとくっついて。
「あ。悠河クン、みみ赤いっ。」
耳が性感帯なの、知ってるのよ、実は。



「つ・・、作っちゃうから。
 りかちゃん、着替えてきな。」
「いいの?」
「うん、パスタでいい?」
「うん。」
「でもって、後でケーキ食べに出かけよっか?」
「んっ!悠河クンの為に、綺麗にしてくるね。」




嬉しくてスキップになっちゃう、あたしの脚。
今夜はどうやって綺麗にしよう。
今日も明日も明後日も、ただあなたの為だけに。


だからりかちゃんって、ずっと呼んでね。
あたしの素敵なダンナ様。






ベタベタの甘々で、大和家の夜は更けてゆく。













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