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『 1 』








うわ、もうこんな時間。
日の暮れたバス停から団地に飛びこむ。
階段を一段抜かしで駆け上がる。
なんでって?俺は新婚さんなんだよ―――――っ!!






「ただいまぁ―――っ!!。りーかさーん。」






アレ、今日は出てこない。
んじゃ、もう一回。

「帰ったよ―――。りーかさーん。」

とかなんとか言いながら、ネクタイを緩めながら、
俺はリビングに向かう。



「ど・・・どしたの?」

昨日ぴかぴかに磨いたシステムキッチンは既に跡形もなくなってる。、
エプロン姿のりかさんが泡立て器もって、床に座りこんでた。
鼻の頭に、茶色いかたまりをくっつけて。



結婚してもう一ヶ月、まだ一ヶ月。
会社の上司のバリバリキャリアのりかさんが結婚してくれるなんて、
まだ夢じゃないかなって、俺も時々思うけど。
ブイブイ言わせてた会社一の美人で才媛の、俺のりかさん。
皆無理だっていってたけどさ、ハートって伝わるもんなんだよね。
まだこんなに小さな団地暮らしだけど、俺絶対に幸せにしちゃうからね~。



「りかさん。 た・だ・い・ま。」
「その呼び方、いや。」
「え・・・?」
「答えないわよ、ちゃん、じゃないと。」



唇尖らしたまま、拗ねてるりかさん。
かわいいいいっ―――――――――――!!


会社のやつらに見せてやりたいけどやりたくない。
タイトスカートにピンヒールでバリバリしてたりかさんのこんなに可愛いエプロン姿っ。
そりゃあ、ちょっと年は上だけど。
そりゃあ、ちょっと家事は苦手だけど。
だけど、これだけ綺麗で可愛くて色っぽい嫁サンがいますか?っての。


「じゃあ、りか、ちゃん。どしたの?」
俺も座りこんで後ろから抱き締めて低く囁いてみる。
声を低めて、目指せ、渋い男!
・・・・なんだけどね。


「だってね、今日バレンタインじゃない?」
「うん。」
「でね、悠河クンに作ろうと思ったのよ。」
「何を。」
「・・・・・・・・・ 手作りチョコケーキ。」


大っきな瞳をうるうるさせて、ああ、俺のりかさんってば、
なんてかわいいんだっ。


「でも、だめなの。」
 何回やっても出来ないのよおおおっ!」


テーブルに開きっぱなしの
『鉄人パティシェのケーキ~上級編~』
一流品好きのりかさんらしいけど・・
ミソ汁失敗する人が、使う本じゃねえよなあ。



あ・・・あ~、泡立て器ぃ、振りまわさないで――――――
こういう時こそ抱擁力あるとこ、みせなきゃな。
ぎゅうっと抱き締めて、ぷっくりした唇に口を寄せる。
「お帰りのちゅう、が先でしょ。」
「ん。」
柔らかな鼻のアタマをぺろりと舐める。
うわ、かなりチョコ臭い。
それも焦げたやつ(笑)。
でもって、改めて唇へ。
合わせた唇から長い舌が滑りこんで。
ああ、りかさんのキスやっぱり甘くて上手・・・



でもって、お帰りのキスを座りこんだまま延々と。




「でね、気が付いたらもお、こんな時間で。
 夕ごはんも作ってないのっ・・・!」
俺に凭れかかって、エプロンの裾なんかいじりながら、
トドメのうるうるの上目使い。


「いいよ、なんか作るよ、俺が。」
「だって、今週ずうっと悠河クン作ってて・・・」
「いいの、俺、りかちゃんに料理してほしくてケッコンしたわけじゃないもん。」
りかさんからエプロンを外して、俺は腕まくりする。
「じゃあ、なんでケッコンしたの?」
涙ぐんだ目尻がほんのり染まって、小首なんか傾げている。
なんでって、なんでって・・・・・・・・・
そりゃりかさんの顔、毎日見られるんだもん。
毎日メシ作ろうが、週末掃除で暮れようが、パンツ洗濯させられようが、
いいじゃないの、幸せなんだから。



「愛してるから。」



「ん~~~~ もうっ ! 
 だいすきっ!!」


とりあえず散乱したケーキの残骸を片付け始めた俺を、
長い腕で抱き締める。
スレンダーに見えるけど、胸なんかちゃんと柔らかくてぴんと張っていて
・・・・いやいやいや。
「あ。悠河クン、みみ赤いっ。」
ああっ、弱いんだそこ。
息吹きこむのやめてよお~。


「つ・・、作っちゃうから。
 りかちゃん、着替えてきな。」
「いいの?」
「うん、パスタでいい?」
「うん。」
「でもって、後でケーキ食べに出かけよっか?」
「んっ!悠河クンの為に、綺麗にしてくるね。」



そういって、なんか跳ねるみたいにして部屋にいっちゃった。


どっからどーみても、尻に敷かれてるダンナだけど、まあいいや。
鍋でぐつぐつパスタを茹でながら、ひとりでににやけてくる。
チョコなんかよりよっぽど甘い、素敵な奥さん。
なぜだか俺に首ったけ。






ベタベタの甘々で、大和家の夜は更けてゆく。












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